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080 第14章 スッファの街 14ー9 宿の大食堂

 この日は大食堂が一般に開放されていた。

 そして、とうとう刺客が現れる。

 

  80話 第14章 スッファの街

 

 14ー9 宿の大食堂

  

 昼になって、玉ねぎ色の髪の毛の彼女たちは、サロンでやっていた香合せを一時中断なのか、大食堂に移動していった。

 顔も姿形もそっくりな女性が一〇数人。

 かなり上質の布を使った仕立ての良いドレスを纏っているその姿は壮観だった。

 

 私は辺りに注意を向ける。

 と、その時、背の高い例のメイドがやってきた。

 「お嬢様、そのお姿はどうなさいました?」

 「説明は、後です。私の、部屋に、誰も、行かないように、入らないように、してもらえますか?」

 「畏まりました」

 そう言って彼女は、廊下の向こうに行ってしまった。

 

 大食堂の位置は外から、玄関を入って左に向かい、長い廊下の突き当りにある。

 その途中に、サロンが有るわけだ。

 ラウンジは、玄関を入って左に向かって途中で右にある廊下に折れて、すぐのところにあって、このラウンジからもドアを開けてあるとサロンが見える。

 

 私はラウンジに戻る。ラウンジのカウンターに居る二名は人が変わったりはしていない。

 ここで、しれっとウェイトレスが入れ替わっていたりすれば危ない。

 

 ここでもう一度、ウェイトレスがやってきて聞いた。

 「お嬢様、何かお飲みになりますか」

 「では、紅茶を」

 「畏まりました」

 

 それにしても。失敗だった。

 彼奴等(きゃつら)を痛めつけても終らない事くらいは自明の理だった。

 それは、北の森であの男たちを(たお)した時に思った事だ。

 

 ここに戻ってくるべきではなかった。

 そのままエイル村に走ればよかったのだ。

 村の外でなら、遠慮なく相手出来た物を。

 自分の迂闊(うかつ)さを今更悔やんでも、始まらないが。

 

 あの玉ねぎ色の髪の人たちが、ここで香合わせをするのは、以前から分っていた事なのだろうな。

 いきなり来て、サロンを占拠した訳ではあるまい。

 となれば、私がここに戻ったのを、彼らの監視者は見ていて報告した筈だ。

 翌日に、ここが人で混み合う事は相手も分かっていた事になる。

 

 ウェイトレスが紅茶を持ってきて、私の前に皿とカップを置き、その横に焼き菓子の乗った皿を置いていった。

 「どうぞ、ごゆっくり」

 

 私は持っていた鉄剣を鞘ごと、床に置いた。剣の重みで大きな音がした。

 

 窓の外の中庭には、四人ほどのあの玉ねぎ色の髪の女性たちがいて、談笑しているようだった。

 一見、平和に見える。しかし、この平和な光景の中のどこかに、雀蜂か蠍の様な暗殺者がいるのだ。

 

 紅茶を飲んで、暫く考える。

 

 敵はどこなら私を襲ってくるのか。本来、人が少ないほうがよいのだろう。

 しかし、オセダールの宿はどこにでも人がいる。

 この大食堂の周りは、今や人で一杯だ。

 だとすれば、木を隠すなら森の中、ってか。

 

 そして、その大食堂の方からは音楽が聞こえて来ていた。

 昼食をする皆の為に、生演奏か。オセダールの宿は、そういう処も手抜かりなく行き届いているな。

 

 ……

 

 私の動きを見ているのは誰か。

 オセダールの部下に、敵の手の者がいるとは思えないが、その可能性は捨ててはいけない。連絡役があちこちいるかもしれない。

 

 私は、鉄剣の剣帯を持ち上げ、下に置いた鉄剣を取り付ける。数か所、革紐で縛る。

 そして剣帯を肩に掛けた。鉄剣の鞘は丁度後ろのリボンの上をほぼ真横。

 更にドレスが汚れるな。申し訳ない。

 

 取り敢えず、この宿の中でこの大きい武器を抜く事はない。相手に抑えられない様に手元に置いているだけだ。

 相手が何か仕掛けてくるなら、何時ものようにダガーと体術で対処だ。

 

 ……

 ……

 

 玉ねぎ色の髪の毛の女性たちが、大食堂から戻ってくる。

 そのうちの二人の女性が手を振った。あの時の会話してきた二人か。

 あの時、娼婦の様な格好でやってきた二人が、今日は綺麗なドレスを着ていた。

 

 私も手を振って、営業スマイルだ。

 

 彼女が話しかけてきた。

 「お元気?」

 「ご機嫌麗しゅう」

 私は両手でドレスの裾を掴んで、左足を引いてお辞儀した。

 あちこち剣を帯びているので、ちっとも優雅な姿ではなかった。

 

 「今度は喋れるのね。可愛い少女」

 この女性はそう言って微笑んだ。

 

 「なぜ、あの時に、話しかけて、きたのですか?」

 私が見上げながらそう聞くと、彼女は微笑みながら答えた。

 「貴方から、とても珍しい香りが聞こえたからですよ」

 「え?」

 「少し、ぞくぞくする香りだったのよ。興奮しちゃった」

 あの時のもう一人が会話に入ってきて、そう言った。

 「今も、聞こえてる」

 そう言って、微笑んだ。

 

 「どんな、香りに、近いのでしょう?」

 私は訊いてみた。

 「説明するのは、とても難しいわ。ネペタラの木の花に近いかしら」

 一人がそう言った。

 「でもリドミルの樹とプレゴの樹の香りも聞こえるのよ」

 もう一人が言った。

 ネペタラにリドミル、プレゴか。覚えておこう。あとで千晶さんに聞いてみよう。

 

 「こんな珍しい香りが聞こえる人なんて、私は見た事が無いの。貴方は人族に見えて、全然違うのね」

 あの時の、妖艶さを感じさせる顔になった。

 この人たちがあの本によれば、この王国の苛烈な槍。

 とてもそうは見えない。

 

 「また会いましょう。貴方の事をもっと知りたいわね」

 そう言って、二人はラウンジの横の方にある扉に歩いて行った。中庭に行くのだろう。

 

 彼女たちのいう香りが、魔物をおびき寄せる匂いなのか。おばばの云う、(にお)うというやつか。

 

 魔物にとって、猫のマタタビと同じなんだろうか。

 いや、マタタビを猫が好むのは蚊を忌避(きひ)する物質を躰につける行動からだという。

 マタタビの葉っぱにそういう物質があって、猫が()()を知っているらしい。

 魔物の場合は、そういうのはなさそうだ。

 もしかしたら、この匂いが幾つかの魔獣を油断させ必殺技を出すのを遅らせているのか。可能性は十分ある。

 千晶さんは言った。明らかにこっちを見くびったような状態だと。相手が油断していた様に見えたと。

 

 ……

 

 まあ、おばばが言った言葉は比喩的な物では無かったんだな。

 匂いはしてるらしい。それは解ったが、魔物が来る理由にはまだ遠いな。

 

 然し。

 

 そう、物事には理由がある……。それはどんな物にも、だ。

 今の私が分かっていないだけだ。

 

 ……

 

 私は、そんな事を考えながら、大食堂に入った。

 まったく油断していた。

 

 と、その刹那、頭の中で警報が鳴り響く!!

 

 私はもう反射的に体を左に倒し、左肩が壁に着いた。

 瞬時に左腰から右手でダガーを抜いて払った。

 連続で三つ。全て払い落した。

 ダガーを素早く腰に戻す。

 

 どこだ。相手は。

 大食堂の方は人でいっぱいで、誰が犯人だったのか。

 見極める。

 

 いた。急いで何かを手元に持っていたバッグの中に隠した女性がいた。

 

 覚えた。一人は見つけた。

 あれで終わりではあるまい。

 

 

 あの女性のほうに敢えて向かっていく。笑顔を浮かべながら。

 どういう反応を示すか。

 そしてまだ、他にいるかもしれない。あの女一人だと決めつけてはいけない。

 

 女のほうに歩いていくと、彼女は一瞬だけ表情が凍った。

 しかしそのまま無表情になった。プロだな。こいつも。

 

 私が右に立とうという刹那、女の右手が動いた。

 私はその動きを上回る速度で女の右手の肘関節を掴む。

 そのまま乱暴に私は右手を前に。その時に女の右手に握られていた針が掌から零れ落ちた。

 女は後ろに仰け反りかけて、左手を伸ばしてきた。

 

 私は強引に右手を左の方へ倒れ込むよう引っ張り、女が目の前に倒れ込む。

その最中、女は左手を突き出してきた。針が握られていた。

 こっちも左手でダガーを抜いてそれを前方に払い、針を折った。

 

 女が睨みつけて、左手を私の躰のほうに伸ばそうとするその時。

 左手で握ったダガーの柄を、思い切って女の鳩尾に叩き込んだ。

 一瞬で女の動きが止まった。気絶したか。

 抜いたダガーを左腰に戻す。

 

 女の腕を掴んだまま、ズルズルと引きずって、人々の間を抜けていく。

 背の高い人々は、みんな簡単な食事中だ。

 私や、この転がった女性に目を向けるものはいない。

 

 ウェイトレスたちが忙しそうに動いていた。

 食堂のあちこちにいたウェイターが側を通った時に、ロープを持ってきてもらえるように頼んだ。

 

 大量にロープを持って来て貰った。そして、とにかくこの女を縛り上げた。

 バッグを取り上げて、中を確認する。

 筒状の物が三つ。これで連射してきたのか。

 そして薄い箱が一つ。たぶんこれが、針箱だ。

 このバッグは、預かっておく。

 

 女の腕を後ろで縛ったが、両手の親指を後ろで併せてロープをばらしたやや細い紐でしっかりと結ぶ。

 そして、ロープを玉結びしたのを、この女の口に当てて少し開かせて結び、テーブルにあった、布を使って女に目隠しをした。

 

 暴れられても困るので足をロープで結び、これを更に背中側にロープを掛けて両肩でYの字で縛る。やや海老反り。

 これで、動いてロープ抜けをやるなら、こいつは体の関節も外せる名人クラスだな。

  

 もう一人位が何処かに居るはずだ。

 大食堂の中は、相変わらず人がいて混んでいる。

 

 暫くすると、色んな匂いがし始めた。

 玉ねぎ色の髪の毛の女性たちが全員いなくなると、かなりの刺激臭もする料理も出されているようだった。

 

 彼女たちが先に此処を占拠したのは、そういう事なのか。

 まあ香合せをやっているのを中断して、お昼になったのだ。

 また、午後もやるのだろうけど、その前に刺激の強い香りで鼻の感覚をおかしくしたくはないのだろう。多分。

 

 私は一食二食抜いた所でどうという事はない。

 この縛り上げた女を見張りつつ、まだ向かってくる者が居るのか、監視を続ける。

 

 

 つづく

 

 どうやらマリーネこと大谷は本当に何か、特別な臭いがするらしい。

 それは、魔物たちと、この国の人でないと判らない特殊な物のようだ。

 そして、襲い来る刺客を倒し、縛り上げる。

 

 次回 宿に来た暗殺者

 

 警備隊に刺客を引き渡して、暫くすると真司たちが慌てて戻って来る。

 そして、マリーネこと大谷の部屋に暗殺者が。

 

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