008 第2章 村での生活開始 2ー1 読めない文字
村人の埋葬を終えて、村で生活するために、まず村長宅の掃除と探索です。
8話 第2章 村での生活開始
2ー1 読めない文字
村長の家から遺体を運び出してすべて埋葬した後、床の血はかなり頑張ってお湯と水で流しては拭いた。
凝固した血を拭き取るのは大変な作業だった。
この作業に四日。しかし血の染み込んでしまった広間の床は黒く変色して残ってしまった。
村長宅の家の窓をすべて開ける。まずは空気を入れ替えたい。
小さい硝子を多数組み合わせたステンドグラスのような窓硝子だ。
たぶん大きい硝子を造るのは大変なんだろう。
あるいは透明の硝子が作れない可能性があるな。
相当に技術水準が昔だと判断するべきか。
窓が全て引き戸式なのは小さく薄い蝶番が無いのか?
これも『作れなかった』と判断するべき材料か。
さて、改めて村長宅を探索。
荒らされていたように見えたが、それは表面的なものだという事に気がついた。
広間は散らかっていたがあれだけの人数が斬られていた訳で、周りが無事な訳がない。
取り敢えず血を拭く為にもすべて先に片付けた。
村長らしい人の部屋の棚は本が全て落とされていたが、滅茶苦茶にかき回したようには思えない。
本を拾って順不同ながら本棚に戻していく。
まったく意味不明な記号が書かれた背表紙だ。
机の引き出しにはなにか本か? ノートらしきものが入っていて、小さな箱もあった。
小さな箱の中は空っぽだった……。
ノートらしき物をそっと手に取って開く。何も書かれていない。表も裏も、背表紙も無記入か。
他の部屋も見ていく。
村長婦人らしき女性の部屋だろうか。
簡素とは言えない、凝った作りの布が壁と窓に張られていた。
壁の布はあれだ。タペストリーってやつか。
窓の上から垂らされているいい作りの布地はカーテンなんだろうか?
上品さがあった。
ベッドもどうやら綿だろうか? ふかふかだった。
机の横に書棚があり何冊もの本が並んでいた。
ここでも残念な事に、背表紙を見ただけで私には読めない事だけは解った。
他の部屋はもう一人の男性の部屋だったのだろう。
やや質素な部屋に箪笥とベッドに机と椅子。本棚に何冊かの本。
あと二つ部屋があったが、ベッドも机も使われた形跡が見えない。
きちんとベッドメイクされ、机は拭いてあり書棚には本も無い。
台所と食堂、家の中に倉庫。裏手には大きな倉庫も見えるが、裏出口の横にトイレが二つ。
広間は血のシミが取れないが、そこは無視して階段に向かう。
この家だけが二階があるが、二階は全て同じ作りの部屋で、多分メイドたちのものだった。
簡素な箪笥と簡素なベッド。
小さな机と椅子が一つ。小さな窓が一つ。
五人の部屋はそうなっていたが、一部屋だけ空いていて倉庫のようになっていた。
井戸は村長宅の裏に二つあるので水はどの家も井戸から汲んで水甕に貯めているようだ。
二階にも水甕が一つあった。トイレはともかく水は下に行かなくてもいいようにしているのだな。
まあ掃除とかにも水は使いたいだろうし。
一階に降りて、まず村長の部屋の本を見る。
まず、背表紙の文字が読めない。
本はどれも木の薄い板に革を貼った表と裏があり、中のページはすべて薄い皮に手書きらしい文字。
背表紙部分は薄い木に革が貼ってあり表、裏表紙を紐で縫い付けてある。
紙は使われていなかった。楮がないのかもしれない。
大抵の異世界物で皮を使った本は羊皮紙とかで出来ていて、超がつくほどの高級品。
木の板に書くのが一般的か。お金持ちなら皮の巻物かもしれないな。
紙がない世界もあるし、あってもやはり高級品というのが普通だ。汚損しないように気を付けよう。
紙が量産できる前は文字の記録は大変だった。
羊皮紙も無いとなると、更に大変で昔の文明の殆どは石の壁とか石板、粘土板等に刻んでいた。
エジプトなら壁画の象形文字やパピルス。他文明では石板や良くて皮の巻物というのも多く発見されている。
そのために文字は一般の人々には少々縁が遠いものだった。
この世界もそういう事情なら、元の世界の中世以前のような文明の可能性が極めて高い……。
ここの館の人々は、少なくとも文字の読み書きができる教養があったという事だな。
……
取り敢えずどの本も私がこれまで見た事も無い文字で、どう発音するのかすら想像も出来ない。
丹念に色んな本を開けていく。
この村が亜人の村で亜人の言葉で書かれたものなら、もしかしてこの文字とは違う本で人族の本もあるかも知れない。
そう期待して片っ端から本を開いていく。
……
すると、あった。
明らかに書体が違うとかいうレベルではない、違う文字で書かれた本だ。
恐らくはこれは亜人の文字ではないだろう。
しかし、さっぱり読めない。暗号解読なんて私の能力では無理だろう……。
そもそも異世界だ。文法がどうなってるのか。横書きなのはわかったが、左から右なのか、右から左なのかすら解らないのだ。何しろ短文は中央揃えで書かれている。
この言語はそういうお作法で記述なのか。
このミミズののたうち回ったような記号から判読するのはかなり難しそうに思えた。
しかし、これアラビア文字とかインドの文字に似てるのだろうか。
あの辺りの文字は、私には文字にすら見えない。これもその類だ。
亜人の方の本だと思われたものは、ミミズのような記号ではない。何だろう、象形文字を簡略化したような……。
あえて近い物を上げろと言われたら、ルーン文字に近いのかな……。
あれはアルファベットとは違う文字なので、私には読めない。
それにルーン文字に近いとはいっても、文字の種類が多く象形文字らしい変な記号っぽい物も多い。
ルーン文字はアルファベットより少ないが、こいつはアルファベットの三倍か四倍くらいはありそうな文字だ。
これは一体どういう文字なんだろう。
村長夫人らしい部屋で見つけてきた、謎の本。もう一人の男性の部屋の本棚にあった本も持ってきた。
これらの中にあった謎の文字? の本はもっと厄介だった。
四角い顔のような絵が並ぶ文字だ。これはどこかで似たものを見た記憶がある……。
眉間に人差し指を当てて記憶をたどる。
ああ、昔テレビで見たマヤ文字にどことなく似てる。
一体どんな種族がこんな文字を使って、本に記録したのだろう。ぼんやりとそんな事を考えた。
しかし、この変わった四角い顔のような絵文字の本は、二冊だけだった。
これらの見つけた本は一纏めにして袋に入れた。
後で眺めてみる事にしよう。
それにしても、私は異世界の文字を読む事も出来ないのか。
……
頭ががっくり下がる。
目を閉じると思わず深いため息が漏れ出た。
つづく
大谷は基本的な異世界の文字を読む能力が与えられていませんでした。
なんという、出鱈目っぷりな転移なのか。それともこれが「普通」なのか?
運のなさを一身に背負ったかの様な大谷の苦闘が始まります。