表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/306

077 第14章 スッファの街 14ー6 宿の中庭にて

 マリーネこと大谷は自分の剣を点検することにした。

 この機会に研いでおこうというものだ。

 77話 第14章 スッファの街


 14ー6 宿の中庭にて


 家に戻れないという事は、色々不便だった。


 まず、せっかく自分で作った服に着替えられない。

 リュックを置いてきてしまったので、買い物に出れない。

 まあ、そもそもオセダールに協力したから、この館から外に出れないのだが。


 お金は、トークンを持って来ているので、これで足りないという事は考えにくいのでそこは問題ない。しかし買い物に出れないのでは、持っていても意味がないな。

 細々(こまごま)とした物が、真司さんと千晶さんの家に置いたままなので、出来る事が極端に少ない。


 オセダールに頼むしかないな。

 「オセダール様、お願いが御座います」

 「どうなさいました、お嬢様」


 「背中に背負う、革の袋が、欲しいのですが、大人の方が、背負う、大きい物が、欲しいのです」


 「お嬢様がお使いになられるのでしたら、縫製職人を呼び致しましょうか」

 「それには及びません。鋏と、革用の糸、針があれば、自分で自分に、合わせた、長さに直せます。それに、職人の方が、私の体に合わせて、しまいます、ので、それでは困るのです。必要以上に、小さくなって、しまうのが、手にとるように、判りますが、私は、大きい物でも、背負えるのです」

 「お嬢様。私から職人に大きいのを作らせるように言いましょう」


 「あと、砥石が、欲しいのです。目の荒い物と、中間と、細かい物、三つです」

 「お嬢様は、剣を御自分で研がれるのですか」

 「はい、これは、他の人には、任せられません。全て、自分で作った物、なので、他の人には、分からない、部分があると、思いますので」

 「お嬢様が、御自分でお作りになったのですか」

 オセダールはびっくりした顔だった。

 「はい。それに、だいぶ使ったので、こういう時に、研いでおく、必要があります」

 「判りました。砥石は庭師に言って、早急に用意させましょう」


 「良かった。買い物に、出られない、ので、どうしようか、と、思っていました」

 そう言うと、オセダールは、

 「他にもなんなりと仰って下さい。ここがお嬢様のお屋敷だと思ってお使い下さい」

 うわぁ……。オセダールのこういう時の(へりくだ)りが怖い。

 

 彼はもしかしたら、元は大きな貴族の元で働く有能な執事だったか、この屋敷を見る限り、あるいは元貴族だったかも知れないのだ。

 もしそうだとしたら、相当な理由があって今は宿屋を経営している、という事になる。


 とにかく、刃物の点検と研ぎ出しは早急にやらなければ。

 そう、この三日で血が流れすぎた。魔獣も、人も。


 オセダールは、私たちのために色々配慮してくれているようだった。


 本来、あの大きな剣は使ったら毎日点検する必要がある。

 切れ味が良すぎる分、(こぼれ)れやすい。

 ダガーもかなり研いである方だが、大きい鉄剣程ではない。


 ブロードソードも、相当使った。刃は見ておかねば。


 玄関前にいくとポーターの青年がそこにいた。

 やや浅黒い肌、長い耳。うす青い目。身長は一八〇センチくらいだろうか。

 「どうなさいましたか? お嬢様」

 彼の方から話しかけてきた。

 

 「私の剣、全てを中庭に、持ってきて、欲しいの。お願い出来るかしら?」

 「承知いたしました。どこに於けば宜しいですか?」

 「東屋の、座る場所に、置いておいて、下さいます?」

 「承りまして御座います」

 青年は深いお辞儀をした。

 「お願いね」

 私はそう言って、さっきのラウンジに戻る。


 オセダールはまだ座っていた。真司さんたちと話していた。


 「オセダール様、中庭に出るのは、構わないかしら?」

 「勿論ですとも。そちらに扉がございます。鍵は開けてありますので、ご自由に出入り下さい」

 「ありがとうございます」

 私はペコリとお辞儀した。

 さっそく中庭に出てみる。


 植えられている植物を眺めていく。


 ここは異世界。


 私の知るような植物は無いのだが、亜熱帯気候に入るギリギリの、このやや暑い湿気も多い風土で、全く花が咲かないハズがない。

 

 葉っぱはやや長めに延びた、すーっと細長い植物にはうす青い花が咲いていた。

 少し横には、幅広い葉っぱが延びていて中央から幾つも出ている、その真ん中に茎が伸びて先端には赤い尖った(くちばし)のような花が咲いている。

 

 背が低いが大ぶりの花も多い。

 そういう花は葉っぱがやや小さい。これは本来、生えている場所が違うのだろう。

 やや葉っぱが長く、すっと延びている花たちはどうやら湿気を好むらしい。

 根元の方には苔らしきものが大量にあった。土が乾かないようにするためだ。

 

 どんな名前がついているのか分らないが、どの花もいい香りがする。

 たぶん、そう云う香りのものを集めて植えているのだろう。

 

 熱帯の方になると、花は綺麗だが匂いの酷いものも出てくる。

 強烈に腐ったような臭いで、死体に(たか)る蠅などを(おび)き寄せるという。

 蝶々や蜂が期待出来ないような場所の花たちは、独自の方法で虫を寄せるのだ。


 私は東屋のほうに向かった。


 そこには、さっきのポーターらしい青年がちゃんと剣を運んでくれてあった。


 まず、大きい鉄剣からだ。

 鞘から抜いて、丹念に見ていく。先端は刺したし、横の部分は広範囲に、魔獣を切り払うのに使っている。

 見極める。

 先端の刃はまだ大丈夫だ。横の方もステンベレを斬ったが、それは大した事じゃない。あの暗殺者との打ち合いのほうが、影響あるだろう。


 相手の剣が(こぼ)れて折れたくらいだから、慎重に見て行く。

 こちらの剣に目立った(きず)らしい瑕が無いのは、不思議だ。打ち合った場所にそれなりの瑕が出来ていておかしくない。靭性(じんせい)にそれほどの差があったようには思えないが。

 

 そういえば、あの時の暗殺者の顔は、剣が折れた時に、かなりびっくりしたような顔だった。刃が(こぼ)れた事が、それほど意外な事だったのか。


 あの剣の欠片を持って来るべきだったが、バッグには入らなかったし、しょうがない。

 私が自分で打ったこの剣は、あの村の裏のすごい硬い巨木を一刀の元に払ってしまう切れ味に自分でも驚いた。

 その分(こわ)れやすい事を危惧していたが、ひとまず刃はどこも(こぼ)れてはいない。

 軽く、一番目の細かい砥石で研ぐのがいいかもしれない。


 次はブロードソードだ。

 こちらは、いつも通り私の魔獣狩りの剣だ。こっちに降りてきて、真司さんたちの家に厄介になってからは研いでいない。

 流石に少し研ぐ必要がある。とはいえ、この前のあのゲネスだったか、茶色の犬と、あのリビングデッドに、ここの街で相手の弓矢の払いとか、だな。

 鍛錬はしているが、実戦が少なかったので、思ったほどには傷んでいない。


 そしてダガー二本。これは、かなり使っている。私の汎用(バーサタイル)ナイフ的な存在なのでそれはしょうがない。

 魔獣に投げるのも、魔獣を(さば)くのも、魔石取り出しも、皮とその脂を()ぐのも、街の暴漢どものナイフを受けてへし折るのも、コレだったからちゃんと研いでおこう。


 暫く剣を見ていると、人がやってきた。

 背の高い、四角い顔のやや顎鬚(あごひげ)を蓄えた、鳥打帽のような帽子をかぶった老人がやってきた。

 どうやら庭師の人らしい。

 両手に持っていたのは、片手に水の入った桶、片手には幾つかの砥石と布が入った桶だった。


 「お嬢様、旦那さまから言い付かりまして、お持ちいたしました」

 「何か、足りないものなど御座いましたら、遠慮なくお申し付け下さい」

 「ありがとうございます」

 私はそう言って、両手の物を受け取った。

 「今は、これでいいわ。お仕事に、戻って下さいませ」

 私は出来るだけ笑顔で老人に言った。

 物静かな雰囲気の白髪の老人は帽子を取って、深くお辞儀をして歩き去った。


 ここの宿の人々の雰囲気に少し圧倒されている自分がいた。

 誰もがよく訓練された、職業人ばかりだった。

 ドアマン、ポーター、メイド、ウェイター、ウェイトレス。みんなそれぞれきっちり制服を着て、一部のスキもない。

 庭師のお爺さんまで、アレだ。

 

 つまりはこの宿の主人が教育に力を入れているか、そう云う人を厳選して雇っているのか。これは両方だろうな。


 ベンチはそれほど高くは無いが、ここに座ったまま出来るような作業ではない。

 砥石の表面を触って、一番粗い物を手にとって、下に置き水を掛ける。

 まず、ブロードソードからだ。刃に水をかけてみて、魔獣の油が載っているようなら、まずは桶の水で油を流して、よくタオルで拭いてからだ。


 本来、油があったほうが錆びないが、それは砥石で研いでからの話だ。

 丹念に両刃を研いでいく。

 刃渡りは長くないので、両手でかなり水平に近い角度に倒して研ぐ。


 本来、こういう諸刃(もろは)(つるぎ)というのは、突く事を主としている。

 私が便宜上ダガーと呼んでいる、小さい剣もそうだが。

 西洋の剣というのは、本来は綺麗に斬るものじゃなく、力任せにぶった斬るみたいな使い方か、思い切って前方に突き出して、相手を突き殺す使い方なのだ。

 しかし、私は剣道から来ているから、どうしても刀のように刃で斬る方を主体にしている。


 まあそれで、これらの剣を作る時も刃つけには拘った。

 そうである以上、刃の部分は丁寧に研がねばならない。

 もっとも、私の常識はずれの筋力や反射、敏捷性で魔獣が斬れている事は否めない。


 刃を見極め、両刃を研ぎ終える。


 ダガーの方に移って、二本とも、目の粗い砥石で(きず)を削っていく。


 ここは風がない分、やや暑くなってきた。

 鉄剣だけ後回しにして、どんどん細かい目の砥石に替えていく。

 ブロードソードとダガー二本を黙々と研いだ。

  

 鉄剣はもう一度刃を見極めると、毀れている所は無いがやはり、本当に僅かな瑕が少し。やはり打ち合った部分だな。出来るだけ位置は一箇所にならないようにずらしたが。

 この幅広い鉄剣の両側とも、魔犬の脂が載っているような感じなので、少しタオルを濡らして拭き取った。

 

 そして剣を下において水を少しかけ、砥石の方を慎重に角度を付けて動かす事で、研ぐ。

  

 切っ先は、それほど使ったわけじゃない。一回刺しただけ。

 だが、切っ先の方も軽くだが研いで行く。

 

 刃の部分はステンベレの三頭をまとめて叩き切ったし、その後の光る雌と、濃紺の魔犬、イグステラだっけ。それにあの暗殺者だ。

 剣を激しく打合わせた場所を中心に、一番目の細かい砥石で研ぎ上げていく。

 

 長い刃を軽くとは言え、丁寧に研ぎ上げていくのはそれなりに時間がかかった。


 二つの太陽が少し傾き、東屋の横も周りの建物の影で暗くなった。

 空は明るいのだが。

 

 そうしたら、いつの間にか真司さんが剣を持って、横に来た。

 

 「俺のも研いでくれないか?」

 「ついでですし、いいですよ」

 受け取ってみるとかなり軽い。

 「これはどういう金属なんですか?」

 「俺にもあまりわからないんだ。ただ、鉄じゃないのは分かる」

 「そうですね。一番目の細かい砥石で研いでみます」

 

 全体を一回拭いて、水を掛けて研ぎ始める。たぶん、これは私の鉄剣よりも靭性がありそうな金属だった。

 

 なんだろうな。お約束なミスリルではあるまい。あれは灰色だという話だ。

 取り敢えず、(こぼ)れている場所はない。しかし、もう少し目の粗い物からの方が良さそうだ。

 

 一つ粗い方に替えて研ぎ始める。

 ブロードソードとは、研いでいる時の感触が全然違う。

 

 そして砥石の減りもやや早い。

 砥石を細かいのに替えて、様子を見ながら研いだ。

 かなりの時間が掛かった。

 そして、この細身の長い剣の両面を研いで諸刃を仕上げる。

 

 「出来ました」

 私は真司さんに言って、剣を返した。

 「かなり感触が違うので、うまく研げたかは自信はありません」

 そう言って私はお辞儀した。

 

 真司さんは、剣を見て満足そうだった。

 「いやいや、研いで貰っただけでも助かるよ。これは自分では研げなかったのさ」

 真司さんはそう言った。

 

 「鉄の剣とは、だいぶ違う感じがしました」

 私は素直にそう話した。

 

 「それにしても、マリーは何でもやるんだな」

 「本当は、職人になりたいのです。鍛治か、細工か、縫製の」

 私は真司さんを見上げて、にこっと笑顔でそう言った。

 

 「職人希望か。その剣もマリーのお手製なんだろう?」

 「はい。鍛治なら、大体は何でも叩けると思います。鍋とかも直せますよ?」

 「それは凄いな。細工はどんな物を?」

 「それは……。やってみないと分からないですが、造るのは楽しいですからね」

 

 「服は、自分で作ったと言ってたね。随分細かい縫いの服が有ったらしくて、千晶が感心していたよ」

 「そうでしたか。トドマのギルドに行った時の服が自分で縫った物です。ここに持ってこれなかったので、他のをお見せできませんけど、ワンピースとブラウスで四着くらいですが。それとスカートですね」

 街で着るように作ったのに、持ってこれなくて着れないとか残念過ぎる。

 

 もう夕方になっていて薄暗くなり始めていた。

 取り敢えず、私は手を洗ってこの砥石を桶に入れた。

 あとはこのタオル。少し桶の水で洗って絞り、砥石の横に。

 これでいいか。きっとあの物静かな老人が持っていくだろう。


 私と真司さんは剣を持って入り口の荷物預りの青年に託し、ラウンジに戻った。

 

 もう夕食になるとの事だった。今日の夕食はなんだろう。

 流石に毎回フルコースではあるまい。

 

 しかし、オセダールには、やんわりと着替えるように言われているのを思いだした。

 自分にあてがわれた部屋に行くと、中のテーブルの上に服が置いてあるのだが。

 明らかにドレスである。流石におっさんは、こういうのは気恥ずかしい。

 

 どうするべきかと思っていたのだが、ノックが有った。

 「はい」

 ドアを開けると背の高い昨日のメイドが立っていた。

 「お嬢様のお着替えをお手伝いするように、言い付かっております」

 うわぁ。そうきたか。仕方無いな。

 

 「どうぞ」

 と言ってメイドを中に入れる。

 「出来れば、おとなしい服がいいのですけど、手伝ってもらえますか?」

 そう言うと、

 「畏まりまして御座います、お嬢様」

 おっさんだから、こういうセリフがメイドから出ると背中がムズムズする。つまりは落ち着かない。

 取り敢えず、服を脱いだ。シャツとパンツ姿である。

 

 そして藍色(あいいろ)っぽいドレスを着せられた。これがおとなしい服なのか。

 どう考えても、華美な服装だ。

 かなりひらひらの装飾がついた服で、あちこちレースも入っていた。

 そして白いフリル。胸元に白いリボン

 ああ、これは村の村長婦人のタンスを覗かせて貰った時に、ちらっと見たような気がする服。サイズは違うが。

 歩き難い事、間違いなしだ。

 

 メイドに連れられて、昨日食事したあの部屋に連れて行かれた。

 入り口に別のメイドも立っていた。会釈する。

 それから、部屋にいたオセダールに挨拶。

 

 スカートを両手で掴んで、やや持ち上げ左足を引いて、頭を下げた。

 「ご機嫌、麗しゅう」

 「おお、お嬢様、ご機嫌麗しゅう御座います」

 「たいそう、見違えましたな」

 オセダールはたいへん上機嫌だった。

 

 真司さんと千晶さんも、もう来ていて座っていた。二人とも目を丸くしていた。

 身長が低い私が華美な藍色ドレスで、ちょこんと立っているのだ。きっと人形でも見る気分だっただろう。

 

 「服の大きさが合っていて良う御座いました」

 オセダールはそう言ってくれるのだが、大きすぎる気がする。

 裾を引き摺らないと歩けないのだ。

 

 メイドの人が踏み台のようなものを椅子の前に置いていてくれた。

 そこに足を載せて、クッションでかなり嵩上げした私の居場所に座る。

 

 何というか、落ち着かない事、落ち着かない事、(おびただ)しい。

 しかも、このドレスを汚さないように食事しないといけないのだ。

 いや、我慢、我慢。これも社交だ。出来るだけ笑顔を作る。

 

 宿の主人がこれがいいと思ってやっているのだ。

 耐えられる所までは、私が合わせるべきだ。真司さんと千晶さんに恥をかかせる訳には行かない。

 

 この日の夕食もあれこれ出てきたが、大きめの皿の上に載った、かなり深い皿の上をパイで蓋をしたシチューがメインディッシュだった。

 服を汚さないように食事だ。そっちに注意を払いすぎて、食事の味が全然分からなかった。

 

 中身が五〇もだいぶ過ぎたおっさんでも、こういうのはそもそも慣れていないのだから、しょうがない。

 

 

 つづく

 

 真司の持っている剣は、素材が鉄ではないらしい。

 興味はあったが、真司自身がこの自分の剣の素材を知らない。

 

 次回 宿のお風呂

 汚れているので、お風呂に入ろうとしたのだが、宿の主人は岩風呂を用意してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ