074 第14章 スッファの街 14ー3 スッファの街の北門
マリーネこと大谷の覚悟は決まっていた。
何時もの様に朝の鍛錬は、これから始まる死闘に対する準備運動でもあった。
第74話 第14章 スッファの街 14ー3 スッファの街の北門
14ー3 スッファの街の北門
翌日。
ふかふかのベッドは、寝心地が良かった。
これはあの村の村長のベッドより柔らかかった。高級品なのだろうな。
起きてやるのは、まずはストレッチ。
余り汚したくなかったので、服を脱いで下着で寝たので、服を着る。
どこにいたって、朝にやる事は同じだ。
しかし武器を預けてしまってあるので、剣の鍛錬は出来ない。
柔軟体操をやってから、両足を伸ばしながら開いて座る。
股間の付け根の柔らかさを軽く手刀で叩いて確かめる。空手の稽古の前には必ずやっていた事だ。そしてそこで前屈。両手は膝の所。顔がぺったりと床に着くまで倒す。
ここだと分厚い絨毯か。体を起こして手を前に出し、バンザイの姿勢でまた前屈。これを数度繰り返す。
体を右足の方にべったり倒す。暫く停める。そして左も行う。
数度繰り返す。
立ち上がって、軽くジャンプを数度。
よし。両手拳を握って腰に付け、一礼。
稽古開始。
場所はそこそこあるとはいえ、小ぢんまりとした部屋なので、前進したりするのは止めておこう。
両手拳を握っての突きや手刀。貫手といったものを中心にした、攻撃の技を繰り出す。
前蹴りも上段、中段、下段。そして足刀。回し蹴り。後ろ回し蹴りもやった。
大きく動かずに出来る技を黙々と鍛錬する。
ここで拳を腰につけて一礼。
次は護身術。呼吸法から。
十分に気を練る。六回も回した。
それが終わったら、まずは防御の構えから。
目を閉じて、相手が突いてくるのをイメージして上に払う。左、右、左。
下段に来る攻撃を横に払う。
相手の腕を取る反撃。全て目を閉じて行った。
イメージは重要だ。相手の速度が更に早いイメージ。自分の腕で捕らえているか?
何度も繰り返す。体がもう、反射的に動くくらいでないと使い物にならない。
踏み込んで竜拳で突く鍛錬。
体を大きく動かさないで出来る技は全て繰り出す。
掌底。これも全力で放った事が今まではなかったが、これからは必要になるかもしれない。
踏み込んだ脚の反対の脚が掌底の瞬間にきっちりと伸びていないと力が十分に伝わらず、失敗する。
そしてこの時の衝撃波が当てた手の少し先で焦点を結ぶ様に出来れば、掌底を当てた相手の体の中で衝撃波が伝わる。
表面に何が有っても、内部に直接伝わる。これが真髄だったはずだ。
これの究極奥義が自分でどのくらい先に焦点を結ぶか、一瞬で選択可能な掌底突き。
うろ覚えだが透勁とかなんとか。達人は相手の腹や胸に軽く掌底を当てただけで、相手の背骨を折ったとかいう。鎧の上から当てて相手の骨を直接砕く奥義だ。
元の世界でかなり以前、テレビで少林拳の達人の技を見た事がある。
中身の入ったビール瓶を九本ぴったりくっつけて並べて、端の一本に掌底を当てるのだが、力は一番反対側の端にあるビール瓶に突き抜けてそのビール瓶が砕けた。
自在なのを証明するために、次は真ん中の一本を割ってみせた。さらに二本先、三本先。観客のリクエストでどこでも割ってみせたのだ。正に焦点が自在の奥義だった。
あれは見ているだけで痺れたものだ。奥義に憧れるのは、武芸者の常。しかし、そんな簡単に奥義が習得できたら、それは奥義でもなんでも無いだろう。
黙々と掌底を繰り返す。
この辺にしておこう。
練習に使う的みたいなのを作ったほうが良さそうだ。
汗を拭いて、そこにあった水をグラスに注ぎ入れて飲む。
家に戻りたいが、やるべき事が出来てしまった。
昨日のメイドとは違うメイドがやってきた。食事の支度ができているという。
急いで下に降りて、かなり早い食事をいただく。
そしてオセダールが、水袋と燻製肉を炙って切った物を入れた革袋を出してきた。
その二つをまとめて入れる小さな肩掛けバッグまで用意してくれていた。これを袈裟懸けに肩に掛ける。
鉄剣を付けた剣帯をベルトに付けてから腰に付け、剣帯を左肩に。
ブロードソードとダガーを二本、いつもの位置に。
「行ってまいります」
オセダールに向かってペコリとお辞儀。
「お嬢様、十分気をつけて行って来て下さい」
私はオセダールに笑顔を返す。
薄暗い朝から剣を持って、街に向かう。
まだ人通りは殆どない。
中央通りまで出て、そこから少し東に向かい、この街のほぼ中央に行く。
スッファの街は、以前は村よりは少し大きい、ただの片田舎の街くらいに思っていたが、ぜんぜん違う。
東西の距離は然程には無い。しかし南北に長い。
南の方よりは北に長い。たぶん、なのだが南の方は畑とかが有るのだろう。
開発して大きくなっていく方向が、切り開いても問題のない北側だったというのは、大いに考えられる。
しかし、北側は周りが既に林の中にある。そして、その先は魔獣の居る森が広がっている。
さて、つけてきている者は、まだはっきりとは気配を見せない。
余り急ぎすぎずに南北に走る道路に向かう。周りの家々は、まだみんな窓も閉ざされている。
彼らとしたら、街中で殺るなら、皆が黙っていてくれる北側の街区だろう。
私としては、街の外がよい。
こんな時でさえ、私は魔獣の餌と、同じだ。撒き餌なのだ。
私のアドバンテージは、私が狙われている事を自覚している事。
たとえどんな攻撃も奇襲ではない。相手がそのつもりでも、だ。
もう一つ。この子供のような風体だな。
相手は私がどのような力量なのかは知らない筈だ。
そして北側の街区は、敵のテリトリーだからどんなトリックも有り得る。
困っている風に見せかけて、私が助けに行こうとすると、毒の針がブスリ。
とか十分に有り得る事を私が知っている事だ。
つまり、ほぼ全ての事象が私を殺そうとしていると思っておけば間違いない。
唯一のこちらの弱みは、相手が魔獣ではないので、この街中で何時ものように斬ってしまう事が出来ない。このハンディキャップは大きい。
ただし、あの玉ねぎ色の髪の毛の女性たちは、たとえ何処に住んでいようと恐らくは敵ではない。
たぶん。門番やら街中の警備隊やら、あの監査官たちまで、みんな玉ねぎ色の髪の毛だ。
あの人たちは、こういう類の話とは無縁な気がするのだ。
然し。人相書きが不要な程に。か。
ルクノータ監査官の言葉を思い出す。つまり、相手にもそれはいえるという事だ。
こういう時の情報はもう商会の上層部にも届いているに違いない。
誰かと私を間違う事など無い。という事だな。
それなら、余計な被害者が出なくてすむ。という事だ。
これは、良い方に考えよう。
……
中央の街区を抜けていくと、北側の街区に入る前に、大きな通りがある。
1回、立ち止まる。しゃがんで左手を地面につけて気配を探る。
こんな時間に、遠くから荷馬車が来る。少し大きい建物の壁に身を寄せる。
左手を下につけつつ、荷馬車が来るか見る。
後ろの方に気配。頭の中で警報がジリジリと鳴り始めた。
右手は腰のダガーに。
前から、何か来る!
ダガーで瞬間的に払った。
そのまま前に前転する。そして走る。行き過ぎた荷馬車が唐突に停まった。
私は振り向いてダガーでまた、払った。
そして踵を返し、走る。
もう相手の攻撃は届かない。
荷馬車の御者が、まずは吹き矢のような物を放って来たのだ。二つともダガーで払った。
たぶん、何かの毒が塗ってあったのだろう。
私を生かして捕まえるつもりなら、調整された神経毒だろうか。
亜熱帯にすむ生き物で、人が死にはしないが、倒れて暫く動けなくなる神経毒を出す奴がいてもおかしくない。
真司さんがマルデポルフと呼んだ、あのリビングデッドは指の先に神経毒があって、麻痺して倒れると言っていた。
他にも元の世界の蠍のような毒を持つものがいてもおかしくは無い。
そう、ここは異世界。そういう事はなんだって有り得る。
そういう事が私には解っていなくても、相手はソレに対する十分な知識がある可能性は高い。
それを使えば、こっちを動けなくして労せず捕まえられる。
もし、こっちを殺すつもりなら、たっぷりと猛毒が塗られている事だろう。
出血毒ですら刺されば、やばい。例え最高の治療術を持つ千晶さんでさえ、対処出来るかは不明だ。
もしそれが混成毒のスルククや猛烈な出血毒のハララカクラスなら、それは神様以外無理だろう。
ご都合主義的、魔法で治癒。はい! 一瞬で治りました! なんていう世界ではないのだから。
私が倒れた後に、何日も寝込んでいた事からも分かる。
魔法で何でもあれこれ出来るような世界じゃないらしい事は、あのステンベレの惨劇で、前衛が全滅した事でも分かる。
支援の魔法部隊がヘタレだったとか、そういう話じゃないな。
……
走りながら、更に北側の方に向かう通路に入る。
街の一番北側に、林の方に出る通路と門が有るだろう。そこを探す。
後ろから、誰かがずっと付いて来ている。僅かな気配だけが有るが姿を見せないので、かなり優秀な尾行者だ。普通なら尾行に気づきもしないのだろう。
少し走る速度を上げながら、さらに探る。
北側の街はかなり広かった。
いろいろな店もあるが、全て閉まっている。まだ人が出てくる時間には少し早い。
本当に色んな店がある。
ここも北の隊商道にある街だから、昔は相当に栄えていて人口も膨らんだのだろうな。そして現在の形になったのだろう。
沢山の店の前を通り過ぎて、更に奥の街区に入る。
もっと平和な状態で、ここを見学したかった。
更に奥に向かうと、とうとう北側の門が見えてきた。
門番がいる。私は首に下げた階級章を彼女たちに見せた。
門を開けてくれた。
外へと向かう。
ここから危険度は二倍以上だ。私の血の臭いが盛大な撒き餌。
どんな魔獣が来るかは不明だ。お守りの魔石の入ったポーチは、村に置いて来ている。
ここからは全力で魔獣と戦う一方で、暗殺者の事も考慮する必要がある。
林を東に向かって、少し走る。
そして、またしゃがみこんで辺りを伺う。
背中。反応なし。
頭の中の警報。少し反応。左手に伝わる気配は後ろから。
相手は立ち止まった。距離が少しある。
ならば、相手は飛び道具。ギリギリまで引きつける。
相手の足が踏ん張る気配。これは弓だな。
すっと立ち上がって、振り向きざまにブロードソードで斬る。
もう一つ。右上から左やや下へ。
また一つ。左下のそこから剣をほぼ正面、右へ払う。三本の矢の連撃だ。
右のダガーを左手で引き抜いてその矢の方向に、全力投擲。
左で投げた事は、訓練の時だけなので当たるかどうかは、やや運次第だが。
ぐあっと言う声がした。当てたな。しかし何処に当たったのやら。
そして倒れる音。
私は急いで音のした茂みの方に近寄る。
ブロードソードは腰に仕舞った。
男は不思議な形の弓を持ち、胸にダガーが刺さっていて口から大量に血が出ていた。肺の一部と何かの臓器を突いたか。これは助かりようもない。
男の脚を持ちあげて、その茂みから引きずり出した。そのままズルズルと森の方へと引っ張る。
少し速度をあげて、森の奥へ。
手近な茂みの中にそいつの体を隠し、ダガーを引き抜いた。
こういう殺生は、出来ればしたくなかった。
人を殺すのがゲームの中ですら躊躇う。その後ろに操作している、実際の人がいると思うと。ましてやリアルに殺し合うなんて……。
判ってる。
敵対してくる魔獣は、さんざん自分の手で殺して来ている私が、今更こんな事をいうのはただの偽善だ。
魔獣だって命に変わりはない。だが、敢えて言うなら、あの村での魔獣の殺生は自分が生きていく為に、食料として必要だった。
この王国に降りてきての殺生は、自分に降りかかる火の粉だ。振り払わねば、自分が死ぬのだ。それは、魔獣だろうと、この敵だろうと同じ事か。
仕事の魔獣狩りはともかく、偶然に遭遇する魔獣相手ならあのお守りの魔石を持っておけばいいが、コイツラにはそういう物が効かない。
……これは、とどめを刺すのが、せめてもの慈悲か。
首の横から骨を狙って、ダガーで打ち込む。骨を砕いた感触が有った。
ダガーを二度振って、血を飛ばしてから腰に戻す。そして静かに手を合わせる。
合掌。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
金で雇われたのだろう。傭兵だろうか。
暗殺専門の輩が持つ様な特有の雰囲気を感じない。
耳はやや長い、顔は細面で、褐色の髪の毛は後ろで縛っている。
目は薄い青で、鼻は、鼻筋がすっと通っていてやや長い。肌の色はやや浅黒い。
そして全体的に馬面か。
今までに、見かけた事がない顔だ。
そして特に取り立てて印象のあるような顔ではない。
そのまま、森をやや東南に移動する。
時々、しゃがんで気配を探る。二人。やや間隔が離れている。
連携で来るか。
飛び道具二つか。それとも、別の武器か。
森の大木を利用して体をそこに寄せつつジグザグに走って、更に東へ。
茂みに潜り、また左手で気配を探る。
四人。増えてる。何が何でも私を殺る気だな。
四人が散らばって行く。囲む気だ。
その時に、不意に頭の中での警報と、背中のゾクゾク感が同時に来た。
魔獣か!
まずい。
餌な私に一直線で魔獣が来る中を、あの四人の攻撃を避けないといけないのか。
危惧していた通りになったが、森に入った時点でどの道避けられない事だ。
あの四人が、どういう暗殺者なのか。
しかし、思わぬ事態になった。彼らが魔獣の方に攻撃をし始めた。
自分たちが襲われると思ったのだ。
魔獣も流石にそれを無視して、私の方に来る事は無いらしい。
魔獣は濃紺の魔犬。あれか……。
四頭いる。
頭の中の警報は鳴りっぱなしだ。そして背中のゾクゾク感が止まらない。
背中のデカい剣を抜いた。
彼らは善戦している。銀○三階級でも全くおかしくない腕前だろう。或いは金の階級かもしれない。
つまりは、相当な手練である。
しかし、一名が僅かな隙きを突かれて魔獣の牙にかかった。足に咬みつかれ、怯んだその時に、もう一頭が喉を喰いちぎったのだ。
ああ、あの時の護衛たちがやられたのは、アレか。
怯んだもう一名もいきなり喉に食いつかれて、絶命した。
もう一名が長い剣で、その魔獣を斬った。かなり出来るな。
更に別のもう一名は、不思議な剣を持ち出した。刀身が曲がっていて、変に反った剣だ。
その剣を振ったかと思うと、魔獣が一頭倒れていた。
魔獣の角が赤く光り始めていた。
不味いな。何が起こるのか、全く想像がつかない。
ポロクワの街に行く時、牙を売る話の際に、千晶さんに聞いておけばよかった。
魔獣の赤い角から電撃のようなものが延びて飛び出し、刀身が曲がった剣にそれが絡みついた。
その剣を持つ男が瞬時に後方に翻筋斗打って倒れた。ピクリとも動かない。あの動作は、避けようとしたのか。
しかし、もうひとりの男はその間に冷静に一頭を斬り捨てていた。
あいつは強い。間違いない。
しかし、残った最後の魔獣は急に私の方に向かってきた。
やや左後方からの鉄剣で一気に切り裂いたが、もうひとりの男がそこに来た。
出来る。こいつ。
目を見て、息を合わせる。
暫く睨み合いがつづく。
来るか。
相手が息を吸い込むその瞬間、私は剣を前に突いた。不意をついたのだが、相手は半身で躱した。だが、僅かに遅れて腹の下の方に刃が少し当たって、すっと切れた。
しかし相手が打ち込んでくる。顔と剣を上げて打ち合わせる。
一気に剣を打ち合わせる死合になった。
細身の長い剣なのに、かなりの重い剣筋で力の入れ方次第で、こういう威力になるのか。
流れるような剣筋ではないが、少しでも間違えばこちらの剣を落とされるだろう。
かなりの実戦的な剣という事だろう。身長の有る、この相手の方が圧倒的に有利のはず。
しかし、突いては来なかった。
距離が近いので、斜め上から突く挙動の予備動作で隙きが出来るのを嫌ったか。
やはり、出来るな。
こいつの身長なら上から下ろせばそのまま威力も上がる。
こっちの手が痺れる程の威力で打ち込んでくる。
しかし打ち合う中で、相手の剣に綻びが生じる。刃が毀れた。
更に踏むこむ。完全に相手の剣が折れた。相手の顔に驚愕とも恐怖とも取れる表情が浮かんでいた。
私は右八相から剣をやや前に倒し、一気に突く構え。かなり下から相手の喉、ギリギリまで一瞬で突いた。
私は、下から睨み付けるように、言った。
「手を、引くように、雇い主に、言って、貰えないかしらね?」
相手は顔の表情がブルブル震え始めた。
「殺せ」
「商会の、元締めに、諦めるようには、言えないの?」
「ひと思いに殺せ」
こいつはかなりのプロだ。商会の手下とかでは無さそうだ。
任務失敗で、逃げ出すのも地獄。
ましてや、雇い主におめおめと負けてきました、手を引きましょう等とは、言えぬ、という事か。
命と自分のプロとしての立場を天秤にかけたら、命のほうが軽いのか。
私は唇を噛んだ。
目は開けておかねばならない。まっすぐ斜め上の相手の眼を睨んだまま、息を止めた。
そして、そのまま剣を前方やや上に突き出した。突き出した剣先はそのまま喉の上、顎との付け根の奥に潜り込んだ。
剣を抜くと、男は仰向けに倒れた。顎の付け根の喉部分から激しく流血した。
私は剣を下に置いて、静かに手を合わせる。
合掌。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
商会に戻って負けました、と言えない奴をこのまま生かしておけば、これほどの手練。何処かに逐電して完全に隠遁してくれればまだしも、ここで放せば、どこで私を斬るか分からない。
この五人がセットだったのなら、恐ろしく腕の立つ傭兵のグループだったのかもしれない。この五人が完全に連携だったのなら、恐らく私は死んでいた。
しかし、私は聖人君子ではない。こういう事を糧とする類の人をそのまま見逃せる程、心が広くも無いのだ。
商会の上の連中にはっきりと知らしめる方法はないんだろうか。
目を瞑ると少しばかり溜息が出た。
あの電撃を喰らって倒れている男の喉には、ダガーを突き立てた。即死だったとは思うが、もしかしたら気絶して居るだけかもしれないからだ。
だから確実にとどめを刺す。
ダガーを二度払って血を飛ばし、左の腰にダガーを戻した。
合掌。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
大きい剣も二回振って血を飛ばしてから、そっと後ろの剣帯につけた鞘に入れる。
では死体を片付ける。
脚を持って、森の奥へ。茂みの中に投げ込んだ。
他の三人も、同様。それぞれを離れた茂みに投げ込み、武器も忘れずその男たちの所に置いた。
この四人たちは、最初に斃した弓男とほぼ同じような顔の様相だ。そういう種族という事だな。
あとは濃紺の魔犬。牙やら角やら魔石が有る。
四頭ともまず角を削って取り、牙も四本づつ取らないといけない。
次に頭を割って魔石を抜く。大量の血と脳漿の匂いでだいぶ噎せる。四頭処理するのに、かなりの時間がかかった。
魔犬の死体はだいぶ離れた場所まで、移動した。一頭づつ、離して置き去りにする。
男たちの死体を投げ込んだ茂みからはかなり離れている。
死体をそれぞれ位置を離したのには、理由がある。
まあ、要するにあの血の匂いで死体の肉を食べる連中が出てくるだろうけど、そこに魔獣が入っていた場合、まとまった数が現れて、こっちに来て欲しくないのだ。
分散した死体を食べるのに夢中になってくれていれば、かなりの数も有るし、彼らがまとまった状態で、こっちに来るのに時間がかかる。
私は一気に南に走って街の塀まで、たどり着いた。
辺りを伺いながら、少し休憩。
このまま、もう少し時間を置いて、北の門から私だけが戻ってくるのを見せつけるか。
相手は、何が起きたのか悟るのは少し後だろう。
今回の暗殺者たちが戻らない事で、彼らもきっと焦るはずだ。
どんな手を打って来るか。考えられるのは、なりふり構わない手段なら、南側の街区にあるオセダールたちに被害が及ぶ。しかし、それをおおっぴらには出来まい。
彼も、それなりに大きな宿の主人。あの宿の大きさからいって恐らくはこの街一番だろう。
そういえば。彼は、冒険者ギルドの責任者の人には殿だが、市の責任者には様をつけている。
あの感じだと、殿は卿と同じ。つまり様を付けて呼ばれている人物が彼から見て目上の扱い、または彼にとってあの宿のお客か。
何れにせよ、両方を様を付けて呼んではいない。
まあ真司さんは誰に対してもほぼ、殿だが。それはあの二人が特殊な地位に居る事による。
とにかく、その言葉使いで言えば、彼の立場はただの宿屋の主人ではナイ。
オセダールは実はかなりの有力者である事は間違いない。この街一番、二番の実力者の可能性もある。
しかし、いや、それだからこそ、彼に迷惑はかけたくない。
相手の商会が諦めるまで誰が襲ってこようと、私はそれを躱すか斃すしかない。
私はこんな無益な殺生を、何時まで続けないといけないのか。
偶然とはいえ、立てたフラグ? が悪すぎる。
とはいえ、まさか敵の商会の上層部を全部潰すような真似は出来ない。
それは流石に、さっき斃した彼らとやっている事が変わらなくなる。
どうすればいいのか。
つづく
魔獣を切り捨て、傭兵との剣戟も打ち勝ち、街の外でのひとまずの決着を付けたマリーネこと大谷。
しかし、彼の心は重く沈んだままだった。
次回 スッファの街の北部街
街中でも仕掛けられ、マリーネこと大谷の体術がそれを叩き潰していく。
暴れまくるマリーネこと大谷であった。