073 第14章 スッファの街 14ー2 宿の夕食後
やってきたのは、またしても監査官。
真司さんや千晶さんの今後も、暫く、この町になりそうだ。
そしてマリーネこと大谷のやらかしてしまった過去の話が蒸し返される。
73話 第14章 スッファの街
14ー2 宿の夕食後
宿の主人、ルオン・オセダールは執事と小声で話をしている。
私たちは紅茶を戴き乍ら、切った果実を食べていた。
殆ど飲み終えると、またメイドの人がカップを取り替えて、もう一杯入れてくれた。
執事が出て行き、主人がこちらに向かって言った。
「お客人が、見えられます。こちらに同席したいとの事です」
「誰でしょう?」
珍しく千晶さんが切り出した。
「監査官様がお話があるとの事で、是非にと」
また監査官だ。何かあるんだろうか。
程なくして執事がやってきて、その後ろに男装の麗人がいる。
やはり玉ねぎ色の短い髪は、ちょうど顎の下くらいの長さだ。
そして整った美しい顔立ちに、すっと通った鼻筋。細い目。トウレーバウフ監査官にものすごくよく似ている。
しかし顔が微妙に違う。腕に腕章が付いていた。そして白い手袋。
「お初にお目にかかります。私はこのスッファのギルド全体の監査を行っております、リーズ・リル・ルクノータと申します」
彼女が胸に手を当てて、挨拶した。
慌てて降りて挨拶しようとしたが、止められた。
「そのまま、着席したままで結構です」
彼女はふっと微笑んだ。
メイドが椅子を持って来た。そして彼女はオセダールの横に座った。
「今回、冒険者ギルドのテオ・ゼイ殿から連絡がありました。街道の脅威をお三方の御力で極めて迅速に取り除かれたと聞いております」
「ナロン殿とゼイ殿とから大分慰労の言葉を戴いております」
真司さん、千晶さんはお辞儀して言った。
「スッファの街の主力冒険者たちが大勢犠牲になって、ここの戦力は一気に後退してほぼ壊滅状態にありました。今回の討伐は白金のお二人がいたとは言え、かなりの戦力不足だったと聞いております」
メイドがまたやってきて、ルクノータ監査官の前に皿とカップ、果物を出してから紅茶を入れていった。
「そんな中で、損害を一切出さずに八頭のステンベレを見事に討取って来たと、ゼイ殿がひどく興奮して私に報告して来たのです」
彼女は紅茶を一口飲んだ。
「先ほど、このお三方にその話を伺っていた所に御座いますよ」
宿屋のオセダールが言った。
ルクノータ監査官は頷いた。
「亡くなった者たちには謹んで哀悼の意を申し上げるが、今宵は街と街道の無事を祝わせて欲しい」
ルクノータ監査官がそう言って、微笑んだ。
「今回の件は、この街にとっても街道の治安にとっても、重要な事です。お三方には改めて褒章が支払われる事になると思います」
ルクノータ監査官は私たち三人を見回した。
「今回、犠牲が大きすぎて戦力の補充はそう簡単にも行かないので、ベルベラディとキッファの方から回して貰う予定ですが、ギルド規則の優先任務先は今回の事情も鑑みて暫くの間トドマの山だけでなく、こちらのスッファの方にも目配り戴きたい」
真司さんと千晶さんが頷いている。
「判りました。出来る限り、協力させてもらいます」
真司さんが力強く言った。
その言葉を聞いて監査官も微笑んだ。
「そうして頂けると助かります」
なるほど。そういう事で、わざわざ監査官が来たのか。
これが言いたくて、わざわざこんな夜の時間にやって来たのだな。
真司さんたちも大変だ。
これから暫く、忙しくなるのだろうか。
「それから、マリーネ・ヴィンセント殿」
いきなり名前を呼ばれて、はっとした。
「街の警備隊隊長から聞き取った話だが、もう九〇日ほど前の事だが、そなたが、極めて問題を起こしている四人の無法者を倒して警備隊に引き渡してくれたという報告とその日の詳細な聞き取り日誌がある。その時に、何故かそなたが名前を名乗らずに走り去ったとか」
「えっと、その」
「遠慮深い事だな。マイレンからも聞いているが、そなたはギルドの階級章は銅の無印で良いと言ったそうだな。収入が全く違うというのに。そなたは金の階級でもおかしくない実力があると、マイレンが感心して話したのだ」
「そんな、ことまで、話が、通って、いるんですか……」
これはもう、正直に言うしかないな。
「街にいた、四人組を、叩きのめして、しまったのは、私です。彼らを、引き渡したのは、私では、ありません」
はぁ。やれやれ。あの時の事を思い出す。
「その四人に、絡まれていた、女性が、居たのです。困った様子で、とても、嫌がって、いたのです。その四人は、彼女を、そのまま、そういう、宿に、連れ込みそうな、勢いでした。それで、助けようと思って、ちょっと暴れてしまい、やり過ぎました。四人が、あっという間に、倒れてしまったのです」
ルクノータ監査官が、くっくっくっと笑っている。
「そなたが実力の片鱗でもそこで出せば、その四人などまるで虫けら同然であったろうな」
そこでルクノータ監査官は紅茶を飲んだ。
「その四人は、無許可で金貸しや違法な手数料を取る両替、違法な販売を行っていた無法者だったのだ。逃げ足も早くて、なかなか捕縛も出来なかったそうだが、四人を動けない状態で引き渡してくれた事で、逃げ出す事を心配する手間が省けたと言っていた。無許可の金貸しだけでも、この国では重犯罪となる。彼らは余罪も多くて、今はベルベラディの方で牢屋暮らしだ」
ルクノータ監査官は私のほうを真っすぐ見た。
「引き渡したのは、その助けられた者とそこにいた見物人たちという事になるのだな」
「名前も名乗らなかった少女が、大きな革の袋を背負い大きな剣を後ろにつけていたという。四人の男たちに囲まれた少女の体が舞ったかと見えた瞬間には、もう四人が地面に転がっていたと言っていた」
「その少女は黒っぽい茶色の髪の毛で身長は我らの半分ほどに低かったと聞いてな。これは最近トドマのギルドで噂になっている、期待の新人。そなたの事ではないのかという事になった」
ルクノータ監査官はテーブルの上で両手の指を組み合わせ、目が閉じられて、そして開いた。その細い目に、鋭い眼光があった。
「なぜ、名乗らなかったのだ」
そこに千晶さんが、慌てて割って入った。
「マリーは、いえマリーネはあの時はまだ、この国の言葉を話せなかったんです」
暫くの間があった。
「そういう事だったか。なるほど」
彼女は色々納得した顔だった。
「そなたに話しかけた者たちがいただろう」
静かにルクノータ監査官が言った。
はっとした。あの娼婦の様にしか見えない二人組か。
「はい、その、こういう、表現が、監査官様の、前では、適切では無い、と、思いますが」
「あの時に、思った、通りの事を、言えば、まるで、娼婦の様に見える、お二人が、私の前に来て、その」
「性的な、という、意味で、ですが、男性相手への、挑発的な、仕草で、私に何か、話しかけて、来たのです」
「その人たちは、暫く、私に向けて、何か話した、のですが、私には、なんと言っている、のか、が、理解できなかった、のです」
かなり辿々しく喋る私を見つめる監査官の顔は優しかった。
「彼女ら独自の集団が、そなたの特徴を極めて子細に報告してくれて、間違いなくそなただと分かったのだ。もう人相描きも不要なほどにな。マリーネ・ヴィンセント殿」
「この件については、時々行う警備隊の日誌への監査で明らかになった事だ。安心して欲しい。心配は要らない。決して悪いようにはしない。別途街の警備隊の方から感謝の意を込めて十分な褒美がそなたに出る。連絡が来たらスッファの警備隊本部のほうに来てほしい」
監査官は微笑していた。
この人たちもこの微笑は美しいものがある。
羨むほどの背の高さといい、この美しい顔といい、皆ほぼ同じ顔といい、この人たちは何というか浮世離れしているとしか、言いようがない。
「それでは、寛いで居る所をお邪魔した」
そう言うと監査官はすっと立ち上がった。
「お三方、また会いましょう」
彼女は胸に手を当てて軽く会釈し、部屋を出ていった。
暫くの間、静寂があった。
「いやはやなんとも。ヴィンセントお嬢様にはまだまだ武勇伝がお有りのようですな。機会があればそちらの方も、是非とも聞かせて戴きたい」
宿屋の主人は、朗らかに笑った。
「では、お三方を今宵の部屋に案内致しましょう」
宿屋の主人の後ろについて、少し廊下を進む。私たちの後ろにメイドが二名ついてきた。
廊下には絵画が飾られ、装飾豊かな彫刻が置かれている。
そして広い階段を結構上がった。
真司さんと千晶さんは二人で一つの大きな部屋を割り当てられた。
広そうな部屋だった。メイドが二人を中に案内した。
「お二人には、こちらのお部屋でお寛ぎ下さい。何かあれば、呼び鈴は紐を引いて下さい。私たちが伺います」
主人がまた廊下を歩き始めた。私も付いて行く。その後ろに背の高いメイドが続いた。
私に与えられた部屋は少し離れた場所だった。
それほど大きくは無いのだが、中の設えが豪華である。
これは、明らかに貴賓室だ。貴族の様な客人を宿泊させる部屋だろう。
大きなベッドは四方に豪華なレースのカーテンと更にその外側にもカーテンが二重についている。
レースのカーテン付きは天蓋付きベッドとかいうのだったか。元の世界でもこんなベッドで寝た事は一度たりとも無い。
そして分厚い木のテーブルと椅子は脚に複雑な彫刻が施されている。
カーテンで区切られた小部屋もある。これはお風呂の為の場所だ。
天井にはこれまた小振りながら、豪華な装飾の付いたシャンデリア。
壁にも蜜蝋の蝋燭と燭台。
窓も大きく、たっぷりとしたカーテンが掛かっている。
そっと、外を覗く。外の景色は街の夜景だった。
あちこちにぼんやりと灯りがついていた。
テーブルには燭台が二つと水の入った豪華な彫り込みのある水差しとグラスがあった。
グラスに水を入れて、取り敢えず喉を潤す。
昨日から色んな事があった二日間だった。
昨日は皮を鞣していたら、朝から急にドロクロ古物商の店主が来るし、それで店主から買い取った地図を見て、やっとこのあたりの地形とか街の位置が分かった。
それから王国の概要を読んだが、この王国は相当に変わっている。
その日は真司さんは戻ってこないし。
そして翌日に、真司さんが朝に帰って来て大慌てで討伐に出る事になるし。
魔獣は魔獣で、あの黒ぶちのキツネもどきだったし。
そしてディナーコースの後に監査官が来た。
今日は大忙しの一日だった。
真司さんと千晶さんも、たぶん久しぶりに二人だけの時間だろう。
おいしい食事だったし、気持ちのいい部屋。二人でゆっくりして欲しい。
そして、この宿。とても物腰の柔らかい、品のいい主人だ。
唐突に気がついた。
わざと私の部屋をかなり離したのだ。
あの二人に宿の主人が配慮したのだ。
中の声も音も何もかも、全く周りに漏れない部屋なのだろうな。
たぶん、この部屋にも防音の加工はされているのだろう。
床にコルクがたっぷり敷き詰められて、壁にも二重三重に入っていても、まったく不思議ではない。
貴族などなら、こういう小じんまりとした部屋で、秘密の相手と密会やら、秘密の話等も有る事だろう。
宿の主人は、持て成しという事をきちんと辨えていて、とても居心地良く客が過ごせる様にしている。
たぶん、とても高い、そしてとてもいい宿なのだろうな。
それにしても。あの四人組は札付きの悪だったか。
もし、この街の有力者のドラ息子だったとしても、彼奴らには余罪も相当あるとか。
監査官がわざわざそんな事にまで言及して、遠いベルベラディにまで運んで牢屋に叩き込んだというからには、相当の悪党だったという事か。
或いは他にも理由がある。たぶん。
恐らく商業ギルドの怒りを買った?
いや違うな。あの監査官が怒り、此処ではなく本部代行のあるベルベラディまで連行して、裁かれたという事か。
その事に関して私が心配する事はないと言いたげだったな。
安心して欲しいと。心配は要らない。悪いようにはしないと。
わざわざそんな言葉まで使った。
何故、そんな言い方をしたのか。ここは重要だろう。
何かある。
やはり、あの四人の背後には何らかの力関係が有ったのだ。
それが炙り出された、という事だろうが気を付けた方が良さそうだ。
これは、少し宿の主人に聞いてみるか。
あの四人組を叩きのめした事で、たぶん変なフラグが立った。
彼らが逮捕されて終わったのでは無く、そこから始まった、と考えるべきか。
私の姿は、この街の身長の高い人々の中では逆に目立ち過ぎるから、おおっぴらには動きにくい。焦点を絞れたら、その方がありがたい。
よし、呼び鈴の紐を引いてメイドを呼び出す。
……
暫く待つと背の高い、先程のメイドがやってきた。
「お嬢様、お呼びでしょうか」
「こんな夜分、ですけど、宿の主人の、オセダール様と、話しがしたいと、伝えて下さい」
「畏まりました」
深いお辞儀をしてメイドは出ていった。
……
しばらくして、ノックが有った。
ドアを開けると、オセダールが立っていた。
「オセダール様、夜分、わざわざ、すみません」
オセダールを中に招き入れた。
テーブルの横の椅子に座る。勿論私用にクッションが二つ重ねて置かれている。
オセダールも、椅子に座った。
「ヴィンセントお嬢様、どうなさいました?」
「オセダール様に、聞いておきたい、事が、あるんです」
「内密に、という事ですな」
私は頷いた。
「はい。真司さんたちは、これは、関係が無いので、私だけの問題です」
「予想通り、聡明な御方のようですな。それでどのような事を?」
「ずばり、最近、活動を自粛している、か、最近になって、活動がおとなしい、商会を、教えて欲しいの。オセダール様も、商業ギルドの、一員でしょう、から、何か、知ってらっしゃいますか」
「ふむ。先程の監査官様の話では、心配は要らないと仰っておられましたが、お嬢様はそうは考えてらっしゃらない。なるほど」
しばし沈黙が有った。
「ドーベンハイ・スルルー商会。最近めっきり大人しい状態ですな」
「そこは、大きい、のですか?」
「それは、もう。この街だけではありませんからね。それにしても、どうなさいます」
「降り懸かる、火の粉は、自分で、振り払います、が、相手が、解っている方が、やりやすい、です。裏にいる、相手が、解って、良かったわ」
私はオセダールをまっすぐ見つめて言った。
「あれだけの、無法。どこかの、商会の、誰かが、絡んでいた、はずです」
「そして、庇い切れない、状態になって、あの四人を、切り捨てた。しかも、この街だけ、じゃない、別の街にも、その四人に、便宜を、図った者が、いる」
「そして、この一件で、ギルドの、中で、自分たちの、立場を、潰された、家がある」
「たぶん、そこは、私を、ただでは、おかない」
「……お嬢様は本気で闘うおつもりで?」
「お金のある、相手なら、傭兵か、暗殺者の、ような者を、雇って、この街に、忍ばせて、私が、一人の時を、狙っている、筈です。黙って、殺られる、つもりは、ありません」
「警備隊を呼んだほうが良いかも知れませぬな」
「今までは、証拠が、巧みに、消されていて、警備隊が、手を、出せなかった、のでしょう? 今回も、巧妙に、私を殺しに、かかる、はずです。この街で、斬り合いに、なったら、私は、捕まりますか?」
「相手が一般の人を装っていたら、たとえお嬢様が銀階級でも、いい顔はされますまい」
「暗殺、道具を、持っている、人が、一般人、なの、かしらね」
「それは、どういう事です?」
「剣じゃなくて、毒の付いた、針でも、何でも、ありえます」
「…………」
「相手は、私を、殺しに来る、私は、相手を、殺せない。平等じゃない、けど。街の中でなら、生きたまま、警備隊に、引き渡す、しかないわね。無傷は、保証しない、けど」
「もう一つ、聞かせて。ドーベンハイの、縄張りは、どの地区ですか?」
オセダールは言うべきか迷った。
しかし、言わなければ、この少女は、自分でそこに辿り着くまで、やるのだろう。
「街の北部の通り一帯は全て、彼らの息がかかっていると思って下さい」
「ありがとう。何かやるなら、そこですね」
私は笑顔を返す。
「朝、日が明ける、前に、早めに、食事を出して、いただけますか」
「判りました、用意させましょう」
「あの人たちを、巻き込みたくない、から、真司さんたちには、マリーネは、出かける用事が、出来て、朝、早めに出たと、言っておいて、欲しいのです」
「たぶん、ここの敷地から、もう、見張られていると、思ったほうが、良いので、武器全部持って、北側の、街区に、行ってきます」
オセダールに、不安な顔は見せたくない。
私は笑顔たっぷり、自信たっぷりの顔で言った。
「たぶん、そんなに、時間は、かからないから」
……
オセダールは思った。見た目は全く当てにならない。
この少女は、ただ普通に獲物を狩って来て、この階級なのでは、ない。
恐らくは本当の修羅場を何度も何度も潜り抜けて来ているのだろう。
オセダールは心底、この少女の胆力に感心せずにはいられなかった。
つづく
はっきりと、自分は狙われている事を自覚したマリーネこと大谷。
まずいフラグを立ててしまったらしかった。
次回 スッファの街の北門
立てたフラグは、自力で回収するべく、降りかかる火の粉を払いに行くマリーネこと大谷である。