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072 第14章 スッファの街 14ー1 スッファの街の宿

 千晶の疲労を慮って真司はどこかで美味しい物でも食べようと提案したが、やってきた紳士に宿へと案内される。

 

 72話 14章 スッファの街


 14ー1 スッファの街の宿


  スッファの街の冒険者ギルドは今回の件で大打撃を受けていた。

 もはや潰滅的な被害だった。


 魔獣狩りの主力がごっそりとやられて、死んでしまったからだ。前衛は全滅。

 支援の後方部隊まで重傷では、治療ギルドからの派遣が数名で間に合うはずもない。

 そもそも、その治療士たちまでも何人かは負傷して寝込んでいた。


 事態を察した千晶さんが、医療部屋のほうに行った。


 前衛の彼らの葬儀も有るだろう。そっちはそっちで、てんやわんや状態だった。

 前衛の彼らにも家族はいただろう。

 こういう職を選んだ時点で、覚悟をしていないといけない事だが、ギルドの方も大変だろうな。


 真司さんは今回の顛末(てんまつ)を報告書にまとめる事になったらしく、最初の討伐がどういう状況だったのか、聞いていた。


 どうやら、最初は四頭だった。魔獣たちはわりと最初から光って来たらしい。

 出て来て直ぐ、最初からアレをやられたら私でも多分無理だ。

 そうであるなら、遭遇直後の僅かな時間で一頭以上倒さなければならない。全部が光り始める前に。

 

 ……

 

 そこで前衛一〇人が全滅。後衛が逃げ切って報告。それが五日前か。

 真司さんたちが此処に来たのは五日前だ。六日前は街道の更に先にあるキッファの街に行っていた。

 討伐隊が出た後に行って、彼らが全滅の報告を聞く前に、村に戻ったのか。

 

 翌日に再度、討伐隊が規模を二倍にして向かったが返り討ちに会い、スッファの冒険者ギルドとしては緊急事態となった。

 なにしろ二日間で三〇人以上のギルドメンバーが同じ魔獣討伐で死んでしまったのだ。

 

 四日前、三日前は、白金の二人は手前のカフサの街だった。

 

 そして、ありったけの人員をかき集めて編成した討伐隊が出たのが二日前。

 またしても殆ど最初から光って来たという。しかも八頭に増えていた。

 それで、最初から大パニックに陥った前衛が次々仕留められて、後衛が慌てて逃げ出したのか。

 ここで更に前衛が一七人、全員死亡した。

 

 魔法士が時間稼ぎしなければ、後衛も全滅だった可能性がある。

 炎と風で押し返して逃げ出したとの事だが、それでも数名は重傷。

 

 ギルドメンバーの被害は前衛の死者だけで五〇名に達していた。

 最早、冒険者ギルドの魔獣討伐部門としては崩壊していると言える。

 真司さんたちが暗い顔だったのは、こういう事があったからか。


 昨日に真司さんがその話を聞いて、今朝に私たち二名を迎えに来た訳だ。


 当然カフサの街の冒険者ギルドにも連絡は来ていたはず。

 トドマのギルドにまで連絡してあれば、直ぐにこの二人が出ていった筈だが。

 そうすればここまで被害は無かっただろう。

 何かルールが有るのだろうな。


 そういえば、私の登録がトドマだったのも理由があるはずだ。

 真司さんたちがあっちで登録しているからだろうか。

 という事はギルド登録者はその登録した支部の意向に従うという事か。

 ここはトラブルにならないように、後で確認しておこう。


 ……


 ギルドの係の人によれば、光る方は雌、大きくなる方が雄なのだそうだ。


 なぜ、私の時は最初から光ってこなかったのか。

 あの村の時もそうだった。

 これも私の血のせいなのだろうか。

 自分でも分かっていない事なので、迂闊(うかつ)に言う訳には行かない。


 真司さんは、最初は八頭が周りに広がって囲むように襲って来た事を説明した。

 応援の後衛部隊を三つに分けた事。弓の支援が届くギリギリのラインで前に出た事を説明していた。


 そして最初の遭遇で四頭倒し、残り半分で魔獣が光り始めようとしていたのでその二頭を倒し、完全に光った敵と大きくなった魔獣の二頭を倒して終わったと説明していた。

 まあ、時系列的にはそうだな。


 討伐部隊で全滅した前衛職の人たちは銅○三つと銀○一つ、銀○二つといった感じで、普通にこの辺りで出る魔獣に遅れを取る階級ではない、と職員の人たちは真司さんに説明している。

 まあ、それは一頭二頭の場合だろう……。

 四頭同時でもやばいだろうに、八頭は、な。


 真司さんと私でほぼ半分ずつ斬って倒した事を説明し、報告書に記入した。

 弓の支援で相手を牽制できた事。負傷した雌を弓部隊が斃した事も合わせて記載した。


 署名を求められ、下手くそな文字で署名を入れる。マリーネ・ヴィンセント。

 これでいいか。


 もう、辺りは暗くなってきていた。


 今日は家には、もう戻れそうにない。

 近くに宿を取る事になった。それはギルドの係の人たちが手配してくれていた。

 千晶さんが戻ってきてから宿への移動になる。


 かなり待つと、千晶さんが戻ってきた。あまり表情が良くない。

 恐らく重傷者たちの治療で疲れたのだろう。

 「千晶も疲れただろう。何か美味しいものを食べに行って、そこから宿の方に行くか」

 真司さんがそう言ってると、誰かが来た。


 ルオン・オセダールと名乗った、品のいい、やや太り気味の御仁だった。

 二メートルはある立派な体躯。そして仕立てのいい服。立派な口髭。やや長い尖った耳。目は蒼い。髪の毛は銀色で緩い感じのウェーブだった。


 「山下様、小鳥遊(たかなし)様、ヴィンセント様。お初にお目にかかります。ルオン・オセダールと申します。ここでは小さな宿を営んでおります。この程はナロン様とゼイ殿から、あなた方三名様を丁重にお持て成しするよう言い付かっております。どうか何なりとお申し付けください」


 うわ……。いきなり物凄い(へりくだ)った物言いの紳士が来た……。やばい。

 まあ、あの二人は白金の最高階級の冒険者だしな。ここの責任者の人が感謝の気持ちを込めての配慮なのだろう。


 真司さんはどうするのかと見ていると、彼が言った。

 「そういう事なら、言葉に甘えさせて貰うよ。彼女もちょっと疲れているし、おいしい食事を食べさせたいんだ。どこに行けばいいか教えてくれないか」

 宿屋の主人が、丁寧にお辞儀した。

 「承知いたしまして御座います。馬車を御用意致しました。どうぞ、これにお乗り下さい」


 促されて、私たちは箱の形の馬車に乗った。

 真司さんが先に乗って、千晶さんに手を貸して二人が乗り、私はこの宿の主人が、載せてくれた。

 大きい剣の剣帯を背中から降ろした。そうじゃないと邪魔になりすぎる。

 中はかなり広かった。六人乗りか。


 前の席にオセダールと名乗った紳士が座り、その横に真司さん。真司さんの対面に千晶さんが座って、私はその横。紳士の対面である。


 この異世界で箱馬車は初めて見るな。

 馬といっても、あのアルパカ顔の動物だが。

 二頭立て。箱の前に御者が乗るタイプだ。


 中央通りに戻って、通りを少し進んでから南の通りに入った。

 もう周りは暗くて、辺りは明かりのある所しか見えない。

 しかし箱馬車は、ゆるゆると進み、大きな建物の門のある所で一度停まった。

 どういう方法なのか、私にはわからないのだが、街灯のような灯りが門の所にいくつか燈されていた。


 「着きまして御座います」

 大きな屋敷の門が開いてから馬車は中に入った。そして暫く庭らしき場所を進み、玄関入り口よりやや手前の開いた場所で停まった。

 オセダールは扉を開けて先に降り、私たち三人が降りるのを手伝った。

 何しろ私は背が小さいから、彼らのサイズには合わないのだ。


 あちこち灯りが燈る、かなり大きな屋敷。まるで貴族の館にしか見えない大邸宅。ここがこの主人の宿と食堂らしい。

 どこが小さな宿なんだ……。たぶんこの街で一番でかい宿に違いない。


 ルオン・オセダールと名乗ったこのやや太り気味の男が、屋敷に向かうと、入り口にいた男女が出迎えた。

 みんな頭を下げていた。彼の執事とメイドにウェイトレスにドアボーイとポーターだろうか。

 豪華ホテルなのか。ここは。


 取り敢えず、大きい剣を剣帯から外して別々に渡した。腰の剣とダガー二つとベルトも預ける。

 真司さんも剣を預けた。今まで彼の剣をまじまじと見た事はなかったが、やや細身で長い。

 ただの鉄剣には見えない。

 「真司さんのその剣は金属が違うんですね」

 そう言ったら、彼がウインクした。

 微妙な話題なのだろう。私は小さく頷いた。


 宿屋の主人が、それほど広くはないがかなり豪華な飾りの部屋に私たちを招き入れた。

 本当はたぶん四角形のテーブルに二人ずつ座って行き、八人が座るようになっているのだが、そこには一辺に一つずつの椅子が置いてあった。

 一人づつ座り空いた一つにはここの主人が座った。


 相変わらず、こういう改まった場所の椅子では私の座高が絶望的に足りない。

 靴を脱いで、椅子の上に正座してそれからつま先を立てる。

 踵の上にお尻を載せて、やっとである。


 ゆったりとしたテーブルには分厚い布が掛けられている。

 壁には豪華なタペストリーが貼られている。床はふかふかの絨毯だ。複雑な模様が織り込まれている。どんな材料なのか、どれくらいする物なのか、想像もつかない。

 天井には蜜蝋(みつろう)蝋燭(ろうそく)でシャンデリアだ。


 この部屋自体がたぶん、恐ろしく高級な部屋なのは間違いない。

 貴族の様な客が泊まり、食事する時の部屋なのだろうか。



 「まずは、ご(ゆる)りとお過ごしなさって下さい。飲み物を運ばせます」

 そう言って後ろを向くと、メイドのような女性がやってきて、主人が何か合図した。

 お辞儀をしたメイドが、(かしこ)まりましたと言ったのは聞こえたが、何を頼んだのだろう。


 普通、こんな大きな宿で主人が一緒の食事をする事自体あり得ない。

 という事は、多分これは社交だろう。となれば下手な事は出来ない。

 真司さんと千晶さんがやる事を真似れば良さそうだ。

 こういう席で莫迦をやらかすと二人に迷惑が掛かる。

 

 ご緩りと、などと言われて本当に格好を崩して良いのは、相手を良く知っている場合だ。


 程なくして、先程のメイドが盆の上に硝子製の凝った造りの長いグラスを持ってきた。

 大きなピッチャーも載っている。

 私の姿は子供に見えている筈なので、麦酒(ビール)では無いだろうから、果実味の飲物か。

 

 もう一人のメイドが椅子の高さが合わない私の為に厚いクッションを持って来てくれた。

 ふむ。あの主人、ちゃんと見て気を回したんだな。

 私は椅子を降りて、靴を履いた。


 「ヴィンセントお嬢様には席の高さが合わず、大変失礼しました」

 そう言ったメイドがクッションを椅子に二つ置いて、私を少し持ち上げて座らせた。


 「お持ちした飲み物はここより東方の、あの湖の先でやや寒い山の方に実る果実でしてな。酸味と甘味が味わえる、この辺りでは珍しいものです」

 四人のグラスにメイドが注いでいく。

 まずは主賓なのだろう、真司さんのグラス。そして千晶さん、私のグラス。

 そして最後に宿の主人のグラスだ。

 

 ここが貴族の屋敷なら、これは執事の役目なんだが、さっきの執事じゃなくメイドにやらせているのだな。

 この長身の女性はメイド長なのかもしれない。十分有り得る。


 「この辺はどちらかというと暑いですからな。こういう果実はなかなか実らない」

 そう言って、主人はグラスを持ち上げた。やや薄い緑色。

 匂いを嗅いで見ると、確かに果実らしい香りだ。

 「それでは、皆さんの無事と街道の無事を祝って乾杯」

 宿の主人が勝手に乾杯の音頭をとっている。

 

 飲んでみると、何だろう、林檎に近い味だが、ぐっとくる酸味が主張する。そこに絶妙な甘さが入ってくる。舌にやや残る感じがする味だ。


 これは生ジュースといって良いのだろうか。

 其れを飲んでいると、次の物が運ばれてきた。そして別のコップに水が注がれた。


 なにやら、やや硬いパンを薄く切った物を焼いて、その上に油を塗り、さらにその上に塩胡椒とかなりの強い香りのする何かのペーストが乗せられている食べ物が出てきた。

 

 これは……。あえて元の世界の物に当てはめるなら、ブルスケッタが一番近いだろうか。

 さらに横にかなり楕円のカップに入ったスープが置かれた。


 「これは、この国の南の方の野菜から作ったスープでして、味付けは西の方の香辛料が入っているのですよ」

 宿の主人が言った。


 水を一口飲んで、口の中の味をまずは流す。

 それから、スプーンでこのスープを頂く。


 野菜の味に、何か肉の旨味が出してある。そこに香辛料でアクセントを付けている。

 なるほど。塩分も多めで濃い味付けだ。

 香辛料が程よく利いていて美味しかった。


 「この、食べ物は、何と、言うの、ですか?」

 私はこのブルスケッタらしき物を指さした。

 「これはスクロティと呼ばれている食べ物で、色々な物を乗せるのがあるのですよ」

 「この強い香り物は、魚醤と香草ですね」

 千晶さんが言った。

 「そうです。そうです。このスープと合わせて食べていただくと、一層味が際立ちます」

 この複雑な味のするペーストの塗られたパンを食べながらスープを堪能した。


 料理は次に、大きな川魚が来た。

 これは衣をつけて揚げたものだ。衣は穀物だが、麦みたいなものか。

 

 普通ならこれは泥臭いというか、川魚特有の臭みのある味がするものなのだが。

 衣の上に、これまた、何かが掛かっていた。ややお酢の臭いだ。

 元の世界でも、ロブスターの臭さを大量のレモンで消して食べるので、そういう感じだろうか。


 一口食べてみると、身は淡白でふんわりしている。如何にも淡水魚です。という臭みは感じない。

 臭み抜きしてあるのだろう。其処にこの旨味入りのお酢のような物が掛けてある。

 

 塩味の上に何か旨味と酸味が有る。この酸味には砂糖だろうか、甘みも入っている。

 この旨味と酸味が十分に魚に染みていて美味しい。


 「この掛けてあるのが、絶妙でしょう」

 主人はそう言った。

 「これは透明な魚醤とお酢に砂糖で出来ているのですよ」


 「この旨味が、魚醤だった、のですね。臭みも、色もないし、分かりませんでした」

 私は素直にそう言った。

 「魚全体の、臭みも、この酸味で、消していて、身はふんわり、ですし、とても美味しいです」

 そう言うと主人が微笑んだ。

 「うちの料理人の腕前が分かる料理です。魚料理は多々ありますが、これは他では食べられない料理ですよ」

 主人はそう言った。


 真司さん千晶さんも感心した様に、美味しい、を繰り返していた。


 魚料理が終わると、次は燻製肉を炙った物が出てきた。

 これは、どんな動物なのか。幾種類かの動物の肉だ。

 燻製の肉を作る際に何か染み込ませてある。

 旨味がかなり濃い。これも魚醤だろうか。

 

 「この燻製肉も、美味しいです。味が濃いですね。香辛料も、加減が、とてもいいです」

 月並みな感想しか言えない。

 宿屋の主人は笑顔だった。


 「少し珍しい物もお出ししましょう」

 宿屋の主人がそう言うと、次のものが運ばれてきた。

 硝子の器に白い物が入っていて、そこに果肉が二つ載っている。

 

 「これは、何ですか?」

 「カルフィルトと私たちは呼んでいますが、この国ではスブラザージと言いまして、生乳を発酵させた物に砂糖を加えて、冷やしてあります」

 「冷やす? どうやって、です?」

 思わず、私は訊いてしまった。

 「冷やすのは、冷気の出る魔道具があるのですよ。これを使って長時間、冷気に当ててあるので、中まで冷えています。すぐに食べたほうが美味しい」

 

 宿屋の主人は、それほど大した事ではないという感じだが、これは大変に貴重な物だろう。

 魔道具は魔石を燃料とする事が、ギルド本に書かれていた。

 そして魔石の値段を考えたらこれは相当な贅沢品だと分かる。

 

 とにかく急いで食べる。酸味と甘味、喉越しがスムーズで冷たい。

 

 「冷えていて、さっぱりしますね」

 千晶さんがそう言い、私たちは同意した。

 主人がニコニコしながら頷いていた。


 更に料理が来た。

 

 次は皿に肉が塊のまま焼いた物が厚切りされて、それが幾つか乗っていて其処にソースが掛かっている。

 このソースがこれまた旨味と辛味、そして僅かな酸味が隠し味だ。

 ソースを付けて、厚切りの肉を一つ食べる。


 「このソースは、先程飲んだ、果実が入っている、ように思えます」

 私がそう言うと、主人が微笑んだ。

 「ヴィンセントお嬢様は、なかなか舌が肥えてらっしゃる。この隠し味が分かるとは」

 千晶さんも微笑んでいた。彼女も判ったのだろう。

 「このお肉とソースは本当に美味しいですね」

 千晶さんが何時もの笑顔だった。


 ……


 私は思った。

 これは元の世界で言う、フルコース料理が振る舞われているのだ。恐らく。

 体裁はやや異なってはいるが、さっきのあのパンはオードブルだったのだろう。

 そこにほぼ同時にスープだったが、次に魚、肉料理。そして冷やしたヨーグルトにはご丁寧に砂糖入りでフルーツまで乗っていた。これがソルベという事だな。

 その次がこの肉料理だ。ロースト系の肉料理だから、これがメインディッシュだろう。


 まったく予想だにしなかった事だが、この宿屋はあの外観に似付かわしく、恐らく最高の料理をフルコースで私たちに提供しているのだ。

 

 ここの料理の味を支えているのは川魚の魚醤だ。様々な味の魚醤によって変化や旨味を付けているのだ。

 恐らく色んな料理に使われているのだろう。

 

 考えても見れば、大昔から人は味を求めたのだ。

 そうでなければ、魚醤を作ったり、香辛料を必要としない地域で料理に大量にそれを使ったりもしない。

 

 中世の頃のグルメもかなりな食道楽になると、肉を布に包んで土に埋めて全てが腐る寸前で取り出して、表面のだめになった所、蛆の湧きそうなぬるぬるの所を全てこそぎ落として、表面を洗って塩胡椒で焼いて食べたとかいう。

 冷蔵庫のなかった昔に熟成肉を造るには、そうやって土に埋めて作ったとか友人が言っていた。

 その熟成肉は旨味成分、つまりイノシン酸が凝縮していて、この世の物とは思えない美味なのだとかいうが、失敗すると食中毒で、下手すると命を落とす。

 それはまるで河豚(ふぐ)のようだ。

 

 うまい味は快楽だ。そういうのを求めるのは、異世界だろうとなんだろうと変わらないのだろう。

 

 ……

 

 会話は自然と街道に出た魔獣の話になった。


 「一体どのような恐ろしい魔物だったのですか。山下様」

 主人が尋ねる。

 「人の身長くらいは有る大きさの、四つ脚の獣なんだ。全身にまだらの黒い模様がある。額には角が生えていて、この角は彼らの武器なんだ」

 「おお」

 主人の目が輝いている。

 

 「この角は、今回の魔獣の最大の武器なんだ。どういう分けか、この角が光り始めると雄は体が一時的に大きくなる。二倍か、もう少し大きい。雌はそのまま角が光り続けて、とうとう眩しくて見えなくなる」

 「! なんと」

 

 「この雌雄の連携をやられると、今回のように討伐隊がやられる」

 「恐ろしい攻撃ですな」

 「そう。これは私たちの時は偶々、最初はこの攻撃ではなかったから、相手の数を減らして押し切れたが、最初からこの連携攻撃だったなら、結果は判らない」

 「なんと。山下様と小鳥遊(たかなし)様でも、ですか」

 「私たちに加えてマリー、いやヴィンセント嬢がいても、どれだけ倒せたかは定かではない。そう思う」

 真司さんが言う。

 「今回は、運が良かった、のです」

 私も同意するように付け加えた。


 「小鳥遊(たかなし)様から見て、どうだったのですかな」

 主人は、黙っていた千晶さんに話題を振った。

 「私から見て、ですか。正直に言えば、今回の魔獣たちは、明らかにこちらを見くびったような状態でした。私からはそう見えました」

 千晶さんはすこし言葉を選びながらだった。


 「たぶん、私たちの前に前衛を全滅させている自信が、彼らを油断させたのだと思います。今回は前衛は二人でしたし、それで最初の攻撃は、連携もそれほどでもない感じでした。ヴィンセント嬢が剣で一刀で払ってしまえるくらい、相手は油断というか(おご)っていたように見えました」

 

 千晶さんの観察眼も、びっくりするくらい鋭いな。あんな後方からでも、魔獣たちの様子をしっかりと見極めていたんだな。


 「ヴィンセントお嬢様が、一刀で? それは凄い。先程のあの大きな剣ですな」

 宿の主人は感嘆したようだった。


 「それで、魔獣たちはあっという間に戦力が半分になって、更に弓矢が飛んできて、慌てて連携攻撃に移行したけれど、それはもう遅かった、という感じでしょうか」

 「なるほど。それは凄いですな。その場で見た者でなければ、判らない事なのでしょうな」

 主人は(いた)く感心していたようだった。



 今度はあっさり味の冷たいスープが来た。


 口直しという事だろう。

 このスープもこれまた、あっさりながら凝った味付けだ。

 僅かな旨味はたぶんさっきの透明な魚醤だろう、それとやや酸味、胡椒、そして肉汁の味付け、其処に豆のような物が入ったスープである。


 この冷製スープを頂いていると、また控えていたメイドがコップを替えて水を入れてくれる。

 水を飲んで、口の中の味を流せという事だな。


 水を飲んでいると、次は生野菜。サラダだろうな。

 塩、酢、油、香辛料、そして、やや香りのある、味はパンチの効いた魚醤が少量混ざった調味料が振りかけてある。

 生の葉野菜か。緑色というよりは黄土色の葉っぱたち、緑色の酸っぱい丸い野菜と、それと芋らしい物の茹でた後で皮を取った物がサイコロ大でぶつ切りされて混ぜるように入っている。


 これを食べていると、甘味デザートである。

 最初の、あの林檎っぽい味の果実を切って砂糖漬けして、ピザのような生地の上にその果実を並べて、軽く焼いたものが出てきた。

 これは、初めて見る。この異世界のお菓子だろう。


 もっちりした生地の上に溶けた砂糖でねっとりとした甘い味とやや強い酸味がマッチした果実が乗った焼菓子になっていた。


 次は果物だ。

 私では名付けようも無いのだが、亜熱帯特有の甘い味の果実を切ったものがお盆に乗って出てきた。

 そして紅茶が出た。ここの紅茶はごく普通に発酵茶だ。あの村の奥方のお茶はかなり特殊な物なのだろう。

 紅茶と一緒にこの果物を頂く。


 思いがけず、きちんとしたディナーのフルコースを堪能した。


 真司さんと千晶さんもこのフルコースディナーを存分に堪能したらしく、笑顔だった。

 宿屋の主人は、まだ色んな冒険話を聞きたがっていて、前々日のエイル村の北でやった討伐の話になった。

 あの足の短い魔犬とリビングデッドとの闘い。

 宿屋の主人は、こういう話に飢えていたらしく、熱心に聞いていた。


 そこに、執事がやってきた。

 宿屋の主人に何か耳打ちしている。

 

 

 つづく

 

 大きな宿で豪華な食事を堪能した一行。

 

 次回 宿の夕食後

 そして、とある人物がやってきて、あのチンピラを熨斗てしまった話が、再び……。

 

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