071 第13章 エイル村 13ー6 街道の魔獣討伐
真司が戻ってきて、街道沿いに出てしまった魔獣討伐に向かう事になったマリーネこと大谷。
マリーネは、自分自身が魔獣相手の囮であり、餌である。
光る魔獣達相手に真司とのタッグで狩りが始まる。
71話 第13章 エイル村
13ー6 街道の魔獣討伐
翌日。
朝起きてやるのは、ストレッチと剣の鍛錬。
そして、空手と護身術。そしてダガーに寄る護身術。
真司さんは、朝になるまで戻ってこなかった。
千晶さんは、内心は心配のはずだが、噫にも出さない。
二人で朝食になった。
手を合わせる。
「いただきます」
今日の朝食は、肉の入ったシチューと硬いパン。
パンをシチューに入れて、柔らかくしてから食べる。
シチューには肉が入っていて、味もしっかり出ている。
今日も美味しく頂いた。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
家の裏手の井戸の横で皿を洗って片付ける。
そうこうしていると、真司さんが戻って来た。
荷馬車を拾って大慌てで戻って来たらしい。
何やら、少し慌てている感じだ。
真司さんは、浮かない顔で言った。
「厄介な事を引き受けさせられたよ。しかも大急ぎなんだ」
「魔犬が街道に出て、だいぶ酷く被害も出ているんだ。で、街道の安全の為にもギルドの上の方からの命令でね。今回のは流石に断れない」
「多分、俺と千晶でやる事になると思うんだ」
「そうね」
二人の話に割り込むのは、気が進まなかったが。
「私も行きますよ。どのみち腕を見せなければなりません」
「マリーが来てくれるなら、正直助かる。スッファの街からの支援があまり当てに出来ないんだ」
「大丈夫ですよ。支援なんて無くても」
「そうもいかないんだ、マリー。スッファの街のギルドからの支援なんだが、要員は来るんだがそれの腕前があまり当てに出来ないっていう事なんだ」
「どうしてギルドの方はそういう面倒事をするんでしょうね。三人でやったほうが早いですよ」
「ははっ。そりゃマリーはそうかもしれないが、ギルドの方はそうもいかないんだ。人数集めて魔獣に対抗するんだ」
私は目を閉じると溜息をついた。
「どういう魔獣が出たのでしょう。二〇頭くらい出たのですか?」
「まさか。そんなに出たなら、もう軍が出て討伐してるよ。今回は八頭だが、連携してきて、討伐部隊がごっそりやられたそうだ」
「かなり手ごわいのですか」
「ジャッカルのようなハイエナのような、そういう魔獣なんだが、とにかく群れで襲ってくる。そして連携して狩りに来る敵だ」
「それってもしかして、黒ぶちで頭にねじくれた角のある?」
「お、マリーは知ってるのか」
「もし、私が思ってるソレが相手なら、銀無印くらいでは到底無理でしょう」
「銀三階級でも怪しいと思います。それ以上じゃないとあの連携を崩すのはほぼ無理です。支援が何人あっても、どれだけいれば足りるのかすら……」
私がそう言って黙ると、真司さんはかえって気楽な口調になった。
「ははっ。マリーは戦った事があるんだな」
「四頭同時で来られて死にかけました。連携を崩して倒せたのは、たぶん少しばかり運が良かったのです。あの特殊な攻撃が二頭同時でも、私はやっとでした」
あの時の事を思い出す。
「もし八頭同時特殊攻撃だと、たぶん……、真司さんと、千晶さん以外は誰も助からない」
「たぶん、私も避けられないと思います」
「……まあ、な」
勿論、真司さんも分かっているのだ。アレの特殊な連携攻撃のやばさを。
八頭同時なら、もう真司さんは自分と千晶さんを守りながら切り抜けるだけで精一杯だろう。
私は二頭までしか相手できなかった。
まったく見えない状態で八頭来たら、たぶん無理だ。躱せないだろう。
あの光の中で、あの魔獣たちは、見えているのだろうな。
私相手なら、餌の匂いかもしれないが他の人たちも殺られているなら。
気配を頼りにしてるのか、それともなにか別の感覚なのかは分らないが、確実に見えているのだ。
まさしく強敵だ。
……
「準備してきます」
私はそう言って、自分の荷物のある部屋に行き大きな鉄剣と何時ものブロードソード、そしてダガーを二本持って二人のいる部屋に戻った。
鉄剣の納まった剣帯を背負って、ブロードソードを左腰。そのすぐ脇というか上にダガーを。右腰にもダガーをつけた。
数がいるなら、投げる必要があるだろうと私は思った。
小さなポーチに革袋を入れて、その中にコイン数枚とトークンも入れた。
革袋はしっかり縛る。中身が暴れないように。そしてポーチは袈裟懸けで身につける。
外に行き、待っていた荷馬車の後ろに二人が乗った。私も乗ろうとして、足が届かない。
二人に乗せて貰った。身長が足りないのが、本当に痛い。
荷馬車はかなりの速度で走り出してカフサの街に向かった。
街の入口に門番が二人いたが、そのまま荷馬車は街中を走り抜ける。
西の出口で一回停まった。
真司さんは門番の人に状況を聞いているようだ。
荷馬車は、もう少し先まで行ってくれるらしい。
街道を進んでいく。
もう昼はだいぶ過ぎている。
すると、少し先の街道には人だかりが出来ていた。
責任者らしき人が出て来て、真司さんに挨拶して話し始める。
「主力が揃いも揃って、殺られました。精霊魔法の支援要員も全員怪我で出てこれないので、新たに魔法師ギルドに依頼も難しい状況です。今回、他から出来る限りの人員を集めました。力不足なのは承知していますが、どうかご勘弁を」
「分かった、有難う」
真司さんは、その応援部隊を一瞥した。
私も全員を見回す。
弓を持った銅の三階級が七人、銀無印が三人。
剣と盾のほうも同じだな。銅三階級のほうが七人、銀無印が三人。
明らかに、よろしくない。実力不足もいいところだ。
しかし、真司さんはそんな事は噫にも出さない。
「みんな、よく集まってくれた。相手はあのステンベレだ。十分に気を引き締めてくれ」
真司さんは手短に部隊の配置を指示する。
「弓の部隊は三つに分かれてくれ。右翼に三人、左翼に三人、中央は四人だ。後ろの事は考えなくていい。千晶は、中央の弓の所にいてくれ。治療が必要なら、そこから頼む。盾を持ってる者は、それぞれ三つに別れて弓部隊の護衛だ」
真司さんは一回言葉を切った。
「いいか、絶対に前に出るなよ。俺たちからの距離は十分取るんだ。弓を打ちながら、相手の気を逸らしてくれ。当てようと前に出て無理はするな。もし万が一、そっちに向かったら、盾持ちが集団で壁になって防ぐんだ。独りでやるなよ。そして前でかき回して斬るのは、俺と、そこのマリーネだ」
みんなの痛いまでの視線が私に注がれた。
なんで、こんなドチビが前衛なんだよ。と言わんばかりだ。
それを察した真司さんが言った。
「では、始めるが、その前に皆に言っておく。そこのマリーネはつい先日、登録したばかりで、銀〇一個だが腕前はトドマのあの教官と互角かそれ以上だ。見かけで判断するなよ」
集まった支援部隊から、すこし驚きの声が上がっていた。
「では配置についてくれ」
真司さんはそう言うと小走りで林に向かう。
そうか、あれはステンベレというのか。
私も走って林のほうに向かう。
だいぶ林に入って、一回立ち止まる。
しゃがんで左掌を地面につける。
この辺で一回、あたりの様子を伺っておこう。
私は、しゃがんで左手の感触で辺りを探ろうとしていた。
しかし、廻りの冒険者たちは、ソワソワしているらしく、落ち着きがない。
周りの足音やその振動で、全く気配が読めない。
腕の立つ人たちなら、もっとずっとリラックスしているはずだ。
魔獣が出る全然前から、こんな所で緊張感一杯では筋肉が強張ってすぐに反応できっこない。
緊迫感剥き出しの気配が、そのまま彼らの足に現れている。
だが、仕方がない。あの魔獣が相手なのだ。彼らは緊張してたぶん相当に不安なのだ。
私は立ち上がって、少し走り出した。林の奥、北の方角。
どの道、私が撒き餌なのだ。分かってる。
私だって、不安がない訳ではナイ。
あの黒ぶちのキツネもどきがいきなり八体とか、考えたくも無い。
廻りに木は少々あるものの、やや開けた場所だ。
充分剣が振るえそうな場所だ。ここが良さそうだ。よし。
私がここで盛大に臭いを出す撒き餌だ。ここに相手を引きつけよう。
真司さんが後ろから来た。
「あんまり前に出ると、後ろのフォローが届かないぞ」
「分かってます。でも、彼らに危険が向くのはまずいんです。こっちに惹き付けないと。支援部隊に魔獣が向かったら彼ら全員をフォローは出来ないから」
そう言ってから立ち止まって、またしゃがむ。
左手を地面につけた。
「真司さん、右手の方の警戒お願いします」
「ああ、分かってるよ」
彼はそう言って、右にある木の茂みの近くへ行った。
……
余り時間は掛けたくない。夕方になれば、彼らのほうが絶対的に有利になる。
どんどん暗くなる一方だからだ。そうなれば弓の部隊が機能しない。
だから、ここは短期決戦だ。一気に誘って、一気に倒す。これしかない。
私の血が餌で盛大に臭ってるならば、もう相手は絶対に来ているはずだ。
魔獣たちは嗅覚が鋭い。あの最初の魔獣と迷彩柄の豹もどきは遥か先の道にいたくらいだから、この林だって同じだろう。
後ろに弓の部隊がいるが、たぶんそんなのお構い無しだろう。
林の中の後方部隊まで三〇メートルくらいか。この距離ならいくら重力が多少強いこの異世界でも、弓の部隊が大きく外すようにも思えない。
とはいえ、林の方は木々が多いからソレが邪魔して、魔獣に当て難いのは確かだろう。
後ろに背負った大きい鉄剣を抜いておくべきか。横に倒して抜けるか、確かめる。
たぶん抜刀術のようには抜けないが、降ろして抜くような事はしなくても、使えそうだった。
使った後にそのままでは戻せないというだけだな。
じっと、待つ。私は呼吸をやや深く、そして目を閉じる。
背中に疼きを感じる。もう魔物は来ている。
南側の弓部隊の気配もさっきよりは落ち着いたようだ。盾の部隊はまだちょっと落ち着きがない。
やや遠い、北の方に人ではない気配が有る。その気配が散らばった。
配置につくという事か。
私はしゃがみながら、ジリジリと真司さんのほうに距離を詰める。
背中はもうとっくにゾクゾク来ている。あの感覚だ。
あの魔獣が相手なら、出来る事は何でもやらなければならない。
あいつらの角が光る前が唯一のチャンスだ。光った後は、出たとこ勝負になってしまう。
左の方に三頭。そのうちの一頭がさらにやや後方か。前方も三頭。右側の真司さんのいる方に二頭が回った。
もう、これは来るな。
私は立ち上がって、後ろの剣を抜いた。
その時に、やや後方と前方から、あの魔獣が来た。前三頭は、やや広がっている。
左の二頭がやや遅れて、右も二頭だが、こっちは真司さんがいる。
まだ完全な連携ではないな。数が多いから、一蹴できると相手は思っているのだ。
私はやや斜めに構え、剣を振り上げて右八相の構えから、一瞬でさらに腕はやや上に上がり、そこから剣先は瞬時に頭上で反時計に回って、一気にやや下方に向けて腰を捻り、右から左に払いながら更に体を捻って後方へ。
ほぼ一瞬の事だ。
そのまま剣の勢いのままに足を踏みかえて、後方を向いた。
今の一刀で、前方三頭の顔の下から首が横からやや斜めの切り口で真っ二つである。ギャッという悲鳴が一瞬したが、見ている暇はない。
後方からの一頭は飛びかかって来て、剣の払いをすり抜けた。
私は突進をかろうじて躱したが、少し右の耳近くの髪の毛が切れた。あいつの攻撃が掠ったか。
今や右側となった魔獣たちが剣を避けて、一瞬引いてそのまま私の後方に回る。
私は急いで、右手で剣を右横に倒しながら握ったまま地面につける。
左手で体全体を支え前方にやや横転しながら廻り込むようにして回転し、そこから立ち上がり向いている方向は再び北の方角。
右の一頭が飛び掛かろうとしていたが、真司さんの剣が鮮やかに貫いて、そのまま斬って魔獣は下に崩れ落ちた。
斬られた魔獣は大量に流血し、内臓をぶち撒けた。後ろ足が激しく痙攣していた。
残りは四頭だが、もう向こうは恐らく簡単な餌じゃない事を知ってしまった。
私は更に真司さんの方に距離を詰める。
弓部隊が、矢を放ち始めたが魔獣には当たっていない。
魔獣たちは弓矢を避けつつウロウロしながら、こっちを伺っている。
弓部隊も頑張ってはいるようだが、矢は一本も刺さらない。
決定的なチャンスは訪れないまま、一進一退。
……
背中が再び強く疼き出した。そしてゾワゾワし始める。
これは来るな。
「真司さん、光る前にもう一頭を」
私は叫んでいた。
私は前に走り出していた。左手で剣を上に向けたまま、右手で右腰のダガーを抜いた。
左手で剣を前に構えてまるで長い盾のようだ。
右手で抜いたダガーを全力投擲。
一頭の胴体、首の根元の辺りに突き刺さって、そいつは崩れた。
しかしまだ生きている!
もう一度右手も剣を握ったその時だった。
角が光り始める魔獣の一頭を前に真司さんの剣が舞った。魔獣の首が飛んでいた。
鮮やかな剣の筋だった。
私のドン臭い剣とは、雲泥の差だな。あれが優遇の剣士の剣筋か。
感心している場合ではない。一頭はもう完全に光り始めた。
やばい。あれが始まった。
もう一頭はたぶんデカくなるんだ。
あのダガーの刺さったやつまで角が光り始めた。よろよろ立ち上がろうとしていた。
まずい。視界は真っ白。だが、相手は私に向かって真っ直ぐ来る。
私は目を閉じた。眩しくて見えないなら、開けていないほうがいい。
私の匂いが目標だ。変化球はありえない。
必要なのは速度だ。
私の口から自己暗示の言葉が日本語で漏れ出た。
「常に速度だ。……速度だけが全てを解決する。私の剣速は魔獣に負けない」
剣を再び右八相、やや手を上に。手を頭の横にまで上げて、剣先は左方向に大きく倒れ反時計回りに大きく円を描く軌跡。そして二回、瞬時に回った。
更に剣先を一気に右下の後方へ。そこから左上に上がって、剣先は左下に向かいながら手首を返し全力で右方向、水平に払った。
これも一瞬の事だった。
手応えはあった。
悲鳴がした。くっ。一頭だ。
光っていた一頭が下に崩れ落ちたが、デカい方は剣を躱した。
まだ速度が足りなかったのか。崩れ落ちたそれは、即死。痙攣する事もなかった。
右から左に行き、そこで回った剣が、光っていたやつの胸と胴体を横から薙ぎ払っていたのだ。胸の所が左右でスッパリ斬り裂かれて内臓が漏れていた。
二頭は直前で位置が交差して入れ替わっていた。そういう変化はありなのか。それでデカいやつは右に逃れたか。
もう一頭の弱々しい光だった魔獣は、もはや乱射ともいうべき弓矢によって、何本もの矢が刺さって絶命。光が消えた。
その時だ。真司さんの冴え渡る剣がでかい魔獣を捉え、そのまま斬り払った。
魔獣は崩れ落ちて激しく痙攣した。そして徐々に萎んでいく。
私は首が飛んだ三頭と最後にざっくり斬った一頭を前にして、剣を下に置いた。
合掌。静かに手を合わせる。
南無、南無、南無。
斬らずに彼らを森の奥に返せる方法はナイ。
今回は私の血が目当てなのだから。
この殺生も、仕方がないのだ。
剣を拾って、大きく二度振って血を払った。
剣帯をずらしてから大きい剣を左に。ゆっくりと鞘に入れる。なんとか、降ろさずに戻せたようだった。
後ろで大きな、それは大きな歓声が上がっていた。彼らが一斉に走ってくる。
真司さんがやってきて、笑顔で右手の親指をぐいっと上に突き立てた。
私は見上げて、右手の親指を上に。真司さんに答えを返す。
私はそれからダガーを拾いに行った。
ダガーを抜くと、そこからも激しく流血したが、既に死んでいる。
ダガーの血を二度振り払って、右腰に戻す。
合掌。南無、南無、南無。
この光る攻撃が最初から来ていたら、この数だ。私が何とか出来る数はどれくらいだろう。そんな事を考える。
良くて二頭か三頭か。それで光っている奴を全部倒せなければ、その後他のヤツの牙で切り裂かれて終わる。
真司さんなら、楽に切り抜けられるのだろうか。
真司さんが集まってきた皆を前に、言った。
「全員、ご苦労」
「支援は大いに助かった。ここの脅威は当面収まったものと思う。魔獣を回収しよう。牙や角、魔石を切り取るのは、ギルドに持って行ってからとする」
皆が静かに頷いていた。
そこに現場責任者らしき人も来た。その彼にホッとしたような表情が伺えた。
その安堵の表情が全てを物語っていた。
討伐隊の前衛は全滅だったというから、今回も相当な犠牲を覚悟していただろう。
討伐成功で、被害がなかった事が一番だろう。
……
魔獣八頭を二人一組で運んで行った。
頭が取れたやつと千切れかけた魔獣は大変そうだった。激しい流血だったからだ。
真司さんは千晶さんとともに、私の前に来た。
「マリー、有難うな。マリーのその剣の速さは、今回もしっかり見せて貰ったよ」
真司さんの方が剣の腕前は、はっきりと上なので、これはお世辞だろう。
私は小さくお辞儀した。
「マリー、どうしてあなたの方にばかり魔獣が行くのかしらね」
千晶さんは心配そうだった。
コレばっかりは本当の事は言えない。私の血の匂いが、餌だなんて。
「多分、私って小さいから、魔獣は私を狙い易いんでしょう。大丈夫です。村では何時もの事でした。慣れてるんです」
……
街道の馬車は大賑わいだ。
現場責任者も彼らの方に乗ったので、七人で一つの荷馬車が三つ。私たちのが一つ。
荷馬車四台が一列にスッファの街へ向かう。
私たちの荷馬車は一番最後だ。
荷馬車はかなり早い速度で街道を西に向かった。
前の荷馬車の冒険者たちは、だいぶご機嫌の様だ。笑い声が聞こえた。
まあ、街道の魔獣討伐は終わった。後はギルドでこの二人が説明するだろう。
後ろ向きに座っているので、カフサの西の橋はどんどん遠ざかっていく。
右手は田園風景だ。右奥の方に小さい村があるようだ
何しろ遮るものが小さい林くらいだから、遠くまで見える。
そして右だ。南西方向だろう、遥か遥か彼方遠くに、大きな都市があるらしい。
かなりの距離があるな。あれが第三王都のアスマーラか。
途中に森一つ無い。小さな村が点在し、まっ平らな田園が続き、大きな道路もない。
何故、王都に向かう直通の街道がないのか不思議だったが、細い道はちゃんと有るらしい。
二人に拾われる前に彷徨した時に見た光景を重ねる。
そして出かける前に見ていた、あの地図を頭に思い浮かべた。
二つの太陽はもうだいぶ傾いていた。
スッファの街へ向かう馬車の中で、少し聞いてみる。
「実は、一回、スッファの街には来た事が有るんです。そこでちょっとトラブルを起こしちゃって。私が行っても大丈夫でしょうか?」
あのチンピラ四人を熨してしまったからだ。
「それは、俺たちの前に来る前って事だね」
「はい」
私は小さく頷いた。
真司さんは千晶さんと顔を見合わせている。
「大丈夫だと思うわ」
千晶さんが答える。
「マリーのした事が、犯罪になるような行為だったなら、人相書きが冒険者ギルドの方に回るから、そうしたらトドマのギルドで登録なんて出来なかった筈よ」
彼女はニコッとした。
「だって、あなたを助けてからもう六〇日を軽く越えてるのですもの。手配がスッファの街の中だけというのは考え難いわね」
千晶さんがそう言うと真司さんも同意した。
「まあ、心配無いさ。この国では、その首の下の金属は飾りじゃないからな」
だいぶ勇気づけられる言葉だった。
そういえばこの階級章が身分証明書みたいな物だと言ってたな。
あのチンピラがどういう風になったのかは気になるが、一々気に留めていてもしょうが無いか。
荷馬車はやや登りに差し掛かり、速度が落ちる。
登りきって、再び平地。荷馬車の速度が上がった。
だいぶ西日に傾いた頃にようやく荷馬車隊はスッファの街に入った。
何時ものように門番が二名。あの玉ねぎ色のやや短い髪の毛の人たちだ。
中央の通りは相変わらず混雑していた。色んな種族が混ざりあって歩いている。
あの時のままだ。
荷馬車は、ゆっくりと中央通りを通って、途中で角を曲がって北に向かった。
北に向かって暫く進むとそこそこ大きい建物前で荷馬車は停止した。
どうやら、ここのようだ。
荷馬車を降りると、もう中から何人かの事務の人が出てきていた。
伝令係が一足先に、早馬で知らせていたらしい。
真司さんと千晶さんが荷馬車を降りて、二人で中に行こうとすると呼び止められていた。
スッファの街の冒険者ギルドの責任者と、街の責任者だ。市長みたいなものだろうか。
テオ・ゼイと名乗った人が冒険者ギルドの責任者。
ゼーレ・ナロンと名乗った人がこの街の責任者らしい。
真司さん、千晶さん二人は、たぶん簡単な挨拶くらいで済ませたかったのだとは思うが、捕まってしまっていた。
出てきたこの二人は、きちんと改まった身なりの人物でどちらも背の高い亜人だった。そういえば、以前ここに来た時も人族は見かけていない。たぶん……。亜人しかいないんだろうか。
討伐成功で帰ってくる白金の二人を出迎えるのに服装を改めたのだろう。
どうやら街道の脅威を迅速に取り去ってくれた事で、感謝の言葉を貰っているらしい。
私はそっと、ギルドの建物の中に足を運ぶ。
さっきの弓部隊や盾部隊だった人たちが、中でがやがやと会話していた。
どうやら真司さんの鮮やかな剣捌きを称賛しているらしい。
白金の冒険者を初めて見たとか言う会話も飛び交っていて、きっと彼らの自慢になるだろう。一緒のパーティーでした。とか言って。
あのクラスの人たちには、そういう物が自信になるだろうし、何か得る所があったのだろう。
私も、さっきの剣筋を真似て見たいとは思うのだが、身長が足りない。
身長が伸びないと、無理だな。相変わらず私は自分の出鱈目な筋力と敏捷性と速度に頼った、鈍臭い剣法で戦うしか無い……。
まあ、結果として斃せているのだ。今はそれでいい。
だいぶ経って二人がやってきた。係官の人に今回の討伐の報告である。
ステンベレ八頭の討伐。其処に二人が署名した。私の署名も求められて、下手なミミズ文字で書く。マリーネ・ヴィンセント。
今回はどういう報奨になるのだろう。まだ魔獣は解体もしていないのだが。
魔獣の解体はギルドの裏で行われる事になり、荷馬車を裏手に回した。
魔石八個。角は一体に付き一つ、牙は一体に付き四本。
牙は相変わらず、一本が一一。角は一四だった。魔石は一個四〇か。
四×八×一一=三五二に八×一四=一一二、八×四〇=三二〇か。
七八四だな。これをどう分けるんだろう。人数で割るのか。
私たち三人+支援二〇人で二三で割るのかと思ったら、違った。
まず半分が、真司さんと千晶さんの二名、白金の階級の二名の取り分。
次に前衛をやった私が残りの半分のうちの四割だという。
残った六割が彼ら支援部隊で分ける取り分らしい。
中々複雑なのだが、階級によってちゃんと取り分が分かれるのが普通のようで、あのトドマの時は、真司さんが独自にそういう分け方を指示したらしい。
支援部隊の彼らの取り分もこれまた、銀の階級の八人と、銅階級の一二人では違うわけだ。
真司さんたち二名が三九二を二名だから、一九六。
私は一五六・八。これは、今回の前衛ボーナスが含まれているらしい。
残りは二三五・二を二〇人で分けるのか。
銀の八人がその中の半分で一一七・六。これを八人。一人一四・七。
残り一二人は一名九・八だ。
本当は盾部隊と弓部隊では、比率が違うらしいが、今回は弓は攻撃チャンスが有ったが、盾部隊は護衛とはいえ立ってただけだったから、同比率にしたらしい。
弓の人たちは、消耗品の矢の補充が自腹だろうから、実質弓部隊のほうが収入が少なめか。
まあ、こういうのは、本当は詳細なルールが有るのだろう。
階級や職が入り混じってると相当に面倒な計算になりそうだな。
相変わらず、お二人の収入は凄いものが有る。一九六リンギレは九八〇万に相当する。
私は一五六リンギレと八〇デレリンギか。つまり一リングレットと五六リンギレと八〇デレリンギ。
つまり五〇〇万+二八〇万+四万。七八四万だ。
私は今持っているトークンに、全部追加してもらい、八〇デレリンギは硬貨で受け取った。
こんなに貰って良いのだろうか?
イマイチ、ピンとこない。
支援部隊の彼らは銀で七〇万ちょいか。銅のほうが約五〇万弱。
うーん。たぶん彼らは何時も多人数で狩りをして割った報酬だから、いつもの事なんだろうけど、私には戸惑いしかない。
危険報酬としては、こういうものなのだろうが、他の物の値段を知らないので、これがどれだけ高額なのか、さっぱり分かっていない。
ただ、ポロクワに向かう時に、千晶さんは、一ココリンギがパン一個。普通の食事は四ココリンギだと言った。
元の世界なら、やっすい定食四〇〇円という事だろうか。それは牛丼レベルか?
まともなハンバーガーだって、セットなら五〇〇円は越えている。
まあ、この国は元々は農業国家だと言っていた。つまり食料品や食事は安いが、贅沢品が高い、という事か。そもそも武器の剣とか幾らするのか、それすら私は知らない。
あのギルド概要の本が八五〇デレリンギ。つまり四二万五〇〇〇円だ。
そして王国概要に至っては一二リンギレ。六〇万か。つまりこういう古書本は高級品か、稀覯本だったのに違いない。
あの薄っぺらなこの国の地図が二リンギレ。一〇万円だ。しかもこれは主人が値引いている金額。地図も贅沢品か?
そして、銅階級の人の今回の収入ではこの王国概要の古書は買えないという事実だ。
銀階級の人だって、この本と地図でほぼ全部飛んでしまう。
まあ古物で買ったし、こういうのは食料品の価格と比べてはいけないという事だな。
もう少し、他の価格も知らないとな。
つづく
狩りは成功に終わり、被害も無かったがマリーネこと大谷の心は少しモヤモヤしたままだった。
なぜ、自分の時は魔獣達は最初から必殺技で来なかったのか。
そして報奨金は今回も多額だった。
次回 スッファの街の宿
真司たち一行は大きな宿に案内されたのだった。