007 第1章 始まりの村からして残念な事。1ー3 村人の埋葬
村人は恐らくは全員、死んでいた。
気落ちしていても、しょうがない大谷。
縁も所縁も無いが、彼らを弔うことにしたのであった。
7話 第1章 始まりの村からして残念な事
1ー3 村人の埋葬
広場のハズレにスコップで墓穴を掘り始める。二八人分の墓穴を掘るのはそれなりに重労働だった。
結局一五日かかった。
魔物が現れて死体を食べるという事はなかったが、その間にもどんどん遺体は腐っていくのだ……。
機織り機のあった家に行き布をタオルの大きさに数枚切って、一枚は鼻と口を覆って後ろで縛り、一枚は頭に被った。そして必死で穴を掘っては遺体を穴に入れて埋葬した。
胸の奥で湧き上がる嘔吐感がすごい。
服の端を掴んで引っ張るのだが鼻の奥がツーンと来て、泪が出そうだ。頭がくらくらする。
掘った土を顔にかけるのに少し心が痛んだが土葬なら仕方のない事だ。
遺体に触るのには躊躇いがあったが目を閉じさせてやる。
二八人を埋葬したら、手を合わせてお経を唱える。
彼らの宗教は分からないが、私の知っているお経だ。
合掌。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
「南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経」
こういうのは気持ちの問題なのだ。死者を弔う気持ち。
ぺこりと頭を下げる。礼拝っていうやつだ。
親兄弟の葬式と法事で散々お経を唱えたおっさんだからな。
坊さんじゃないが、般若心経なら経文なしで唱えられる。
再び合掌。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経。
観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。
舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。
受想行識亦復如是。舎利子。是諸法空相。……
……
……
……
即説呪日。羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。
菩提薩婆訶。般若心経」
合掌して、しばし黙祷。そして礼拝。ぺこりと頭を下げる。
次は村長宅だ。
あの血だまりの中の人を埋葬するのは勇気が必要だった。
特に村長らしき人は頭がないせいで首からたっぷりと流血していて、血が凝固している。
さすがに、少し怯む。
村長宅の横の空き地にひたすら穴を掘った。八人分。
メイドらしい女性五人と頭のない男性。たぶん村長だろう。たぶん。
服がそれなりに立派なのでそう判断した。
もう一人、きちんとした身なりの良い、やや細身の男性の遺体があった。
その遺体の奥にある部屋のドアは開いていて、すこし立派な服装の女性が斬られて死んでいた。
村長婦人だろうか?
寒村に似つかわしくない立派な服装だった。
埋葬には一週間を費やし、途中で何度も激しく吐いた。涙と激しい嘔吐を繰り返す。
猛烈な腐敗臭が漂っていたせいだ。
先にこっちだったかと激しく後悔したが、もう後悔先に立たず……。
どっちみち一緒だ。独りで埋葬である。
やっと八人埋葬して、手を合わせ、お経を唱えて黙祷。
どんな人たちだったのか、知る由もないがこんな場所で素朴な共同生活をしていた人々が悪人なわけがない。
冥福を祈って再度の合掌、そして黙祷。
一五歳かそこいらの少女の姿で、よくもまあ大人の死体を運べるものだと自分でも思ったが、力はあるらしい。
これは優遇なんだろうか……。
さて、三週間をまるまるこの村の人々の埋葬に費やした事になる。
農家らしい家に寝泊まりし、毎日の手洗いの徹底と顔に巻いた布の煮沸消毒が日課になったくらいにはルーティン化していた日々だった。
衛生にはかなり気を付けた。作業前にはお湯を沸かし、手もすべてそれで洗っている。
とにかく病気になってしまったら終わりだからである。
しかし、吐き気だけはしばらく残っていた。
……
そして一つ気がついた。
何故、遺体は腐敗し始めていたのに、蛆が湧いていなかったのか?
不自然だった……。
そして普通なら狼だの魔物だの、鳥が啄みに来ていても不思議では無いのに、鴉のような鳥どころか小鳥すら見かけなかった事だ。
獣も、魔物も見かけなかった。そして虫すら見かけていない。
冬なのか? 確かに気温は高くはないが。
毎日の温度変化のほうが頻繁で驚いた。
ちょっと暑いかと思う日もあれば、かなり寒い日もあって太陽の加減で一〇日か二週間くらいで四季が変わってるんじゃないか? と思うくらいの温度の変わり方だった。
異世界だから何があっても不思議では無いが。
あまり気温については自信が無いが、自分のこの新しい体は温度変化に鈍い可能性も否定は出来ない。
食料も水もすべてこの村に残されていたので困らなかったが、どうするべきか。
あまり考えないようにしていたが、どうして自分が一五歳とかわかるんだろう。
これはもしや、異世界物にありがちな便利なステータス画面とか出せるんだろうか?
試しにやってみる。
「ステータス」
唱えてみたが変化なし。
「状態表示」
やはり変化なし。
頭のなかにステータスのイメージ画面が出るとか期待したが、さっぱり浮かんでこない。
まずはっきりしたのは、こういう優遇? 恩恵? は私は貰っていないという事か。
私が一五歳とかいうのも、自分の思い込みだったのかも知れない。
……
つづく
村人を弔い、村での生活を始めた大谷。
やらなければならないことは、山積みです。