表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/306

069 第13章 エイル村 13ー4 ドロクロ古物商店主

 古物商の店主がやってきたのは、千晶さんに合うためだった。

 そして、マリーネにも。

 

 69話 第13章 エイル村


 13ー3 ドロクロ古物商店主


 翌日。

 まだ朝は早い。起きてやるのはストレッチ。

 服を着替え、柔軟体操をして何時ものように剣の素振りだ。

 そして空手と護身術。そしてダガーを使った護身と攻撃の技。

 鍛錬を終えると、今日はやる事がある。


 私は、昨日捌いた獲物たちを小川の水から引き上げて、毛皮を()いでいた。

 魔犬四匹。こいつらの焦げ茶の毛皮をどうするべきだろうか。さほど量が有るわけでも無く四匹分を全て足さないとまとまった物は作れない。

 まあ、その前に(なめ)す必要がある。この村で鞣せるのだろうか。


 肉の方は桶にどんどん切り取って入れる。塩を塗りつける。

 村に居た時なら、燻製だがここでは千晶さんに任せよう。


 肉の桶は、家の裏手から台所の方に持って行く。


 それから、まだ濡れた皮から脂肪を丁寧に()いでいく。それから皮から水分を抜きつつ揉む。とにかく揉む。

 かなり柔らかくなるまで揉んでから叩く。薪を削って作った怪しげな道具で叩く。

 これはあの村の革の工房にあった道具を思い出して、自分でナイフを使って同じような形に削り出して作ったものだ。


 だいぶ叩いていると、朝食になった。


 今日は、その切ったばかりの魔犬の肉を使って、朝から焼き肉と肉シチューになった。

 いい匂いだ。

 今日は千晶さんが、あの魚醤を使って作ったソースが肉に乗っていた。


 手を合わせる。

 「いただきます」

 軽くお辞儀。


 「今日のはソースの味が違いますね」

 と言ったら、彼女がニッコリしている。

 どうやら、あのレストランで出た肉料理に、あの魚醤で味付けされたソースにヒントを得て工夫したものらしい。


 真司さんがもりもり食べている。

 私も目の前の肉は全て頂いた。

 肉シチューも僅かに入れた魚醤が隠し味だ。


 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。

 「おいしかったです」

 と言うと二人から笑顔が返ってきた。


 お皿を全て私が片付けて、井戸へ持っていく。

 少し灰を使い汚れ落とし。どんどん洗って水を切る。そして台所に戻した。


 真司さんはカフサに行く用事があると言って、急いで出ていった。


 さて、作業再開だ。

 また皮の鞣し作業である。揉んで、再び叩く。


 それから、「だいぶ色んな事に使いました」みたいな古びた桶を見つけたので、此処に木っ端を入れて、タンニン桶にする。


 まだ割ってない薪をダガーで削り始める。樹皮が特に重要だ。細かく削りながら桶に入れていく。そして樹皮の少し内側の木も削って行く。

 六本程度、割る前の薪がツルツルになっていた。

 コレくらいで良いだろう。


 お湯を沸かし、そこに入れる。半分くらいまでお湯を入れてかき混ぜ、茶色の液体になるのを確認。熱湯から少し温度が下がるのを待つ。

 そして六〇度C。全ての皮を中に沈めて、ゆっくりとかき回す。


 そんな事をやっていると、表で誰か人の気配がする。


 急いで南の庭に行くと、禿げ上がった、仕立ての良い服を着た立派な白髭の大柄な老人が立っていた。


 「小鳥遊(たかなし)殿は、ご在宅かな?」

 「いらっしゃいませ」

 私は丁寧にお辞儀した。

 「はい、今呼んで参ります」

 

 パタパタと家の中に行くと、彼女は何かの作業中だ。

 「ご老人が、千晶さんを尋ねて来ました」

 そう言うと、彼女は手を止めてエプロンを取った。

 二人で家の外に行く。


 「あら。ドロクロさん。こんな朝から、わざわざ私の家に?」

 あのポロクワの街から、ドロクロ古物商の店主が馬車で来ていたのだ。


 この人物が、あの古物商店主か。わざわざ、どうしたのだろう。


 「いやいや、やっと揃ったんでな。あんたが頼んだ本ぢゃ」

 「この本の元の持ち主は、カネに困って一冊づつ売り払いおってな。集め直すのに時間が掛ったわ。かっかっかっ」


 どうやら、かなり前に千晶さんが頼んだ、書物を持って来たついでに、私にも本を持って来たようだ。


 千晶さんの頼んだ本は、この国のほぼ全域で採取可能な植物についてまとめてある本、数冊だった。

 かなり前に頼んだらしい。

 先日行った時は、その本の仕入れに出ていたようだった。


 「ゴルベルドお爺さん、わざわざ持ってきてくれたんですね」

 千晶さんは、少し嬉しそうだった。


 「だいぶ待たせたからのう。まあ、待たせた分、価格は少し割り引いておく」

 そう言って、爺さんはポケットからリンギレコインを数枚、千晶さんに渡した。

 「いいですよー。取っておいてくださいな」

 「いんや、それでは儂の気が収まらん。小鳥遊(たかなし)殿、どうか受け取ってくれんかの?」


 二人の間で少しやり取りがあって、結局、千晶さんがコインを受け取った。


 そして、私の方の本はついでに持ってきたという感じだった。


 この王国の事を書いた概要の本と薄ペラい地図のようだった。


 「ほれ。おまえさんはこういう本が欲しかったのじゃろう? 二〇リンギレでいいのなら、置いてゆくぞ」


 もはや、定価がどうとか、そういう世界ではない。

 この古物商の爺さんの言い値次第だ。


 「判りました。予想より、安くて、助かりました」

 そう言って、コインを二〇枚渡す。

 「ふん。此れだから価値の判らんやつは」

 と言いながら、爺さんはいきなり笑った。

 「かっかっかっ。こんなに客から貰ったら、強欲じじいの風評が立つわ。お主、全く惜しくないのか?」


 「え? 情報を、得たいのですから、それ、相応の、金額は、掛かるのでしょう? 情報を、得たいのに、値切る、人は、その、情報を、本気で、得たいのか、私には、分かりませんね」

 そう言うと、爺さんはまた笑った。

 「かっかっかっ。お主。判っておるな。判っておるな。よろしい。これの価値は本当は一二リンギレぢゃ。地図込みなら少し値引いてやろう。一四でどうぢゃ」

 「願ってもないわ。それで、お願いします」

 私はペコリとお辞儀した。


 「孫が面白い客が居たと言うておったが。お主の事ぢゃな。気前がいいのう」

 「普通に、物を、買うのと、情報を、買うのでは、違います、からね。私が、買いたい、のは、本の、形をした、情報です。そこに、お金を、惜しんでは、いい情報は、買えません。それだけの、話し、ですよ」


 老人の左眉がつり上がった。

 「成程、面白い客ぢゃな。ここ最近、とんと見た事の無い客ぢゃ。かっかっかっ。この分だと、この世界全体の地図が欲しいとか、やれ隣国の本がいるとか、歴史書が欲しいとか言い出しそうぢゃな。まあ、それもそのうち、入るぢゃろう。お主がこちらの言い値で買うと分かっておるなら、そういう本も仕入れられるわ。どうじゃな、マリーネ殿とやら」

 「あなたが、見立てた、本なら、どんな、本でも、どんな、値段でも、引き取りましょう。お願いします」

 私は頭を下げた。


 「お主なら、そう言うぢゃろうと思うたわ。かっかっかっ。よかろう。探しておく。待っておれ」

 そう言うと老人は私に六枚返して、残りの一四枚のコインを持って、外に出ていった。


 豪快な爺さんだ。豪放磊落(ごうほうらいらく)とでもいうのか。しかし店の方は細かい気配りで物凄い拘りの店に思える。

 相反する二面性を持つ爺さんだ。なぜ、こんな人物が古物商なのか。その方が不思議だった。


 本の表紙には、『アナランドス王国 (詳説)抜粋版』と書いてある。

 地図も『アナランドス王国』と、そう書いてある。やっとこの王国の名前が、判った。今更だが。

 そうか、この王国はアナランドスというのか。


 今まで誰かに尋ねた事は無かったから、この国の名前すら知らなかった。


 馬車の横で老人は千晶さんと話していた。

 老人はこれからキッファの街に行くので、何かいるものが有れば買ってくるぞと、そんな会話だった。

 どうせ帰りに此処に寄っても、そう手間じゃないから、遠慮なく言えと。


 千晶さんは、それならと『何か』を頼んだようだった。

 老人には先にコインを渡していた。

 老人は、後でも良い。と言いながらまた豪快に笑っている。


 老人を載せた馬車は西に向かっていった。


 千晶さんが戻ってきた。

 「千晶さんたちはもう、地図は見た事が有るんですよね?」

 そういいながら、私は地図を広げた。

 

 まずどっちが北なのか。

 文字が書かれているのが東西でいいのか。地図をそのようにしてみると、巨大な湖が上になった。

 どうやら、違うな。これは北が上ではなく、東が上になっている。

 「千晶さん、この地図は東が上なんですが、そういうものですか?」

 あのムウェルタナ湖があったので、位置も方向も判った。

 「そうなのよ、太陽が登る方向を上に書く習慣がこの王国には有るみたい」


 「これって、縮尺はあってないようなものですよね?」

 私の言いたい事をすぐに察したらしく、彼女は言った。

 「そうねぇ、この地図は大まかな形とか位置とか、そういうのが判るように描いて有るけど、距離は当てにならないわ」

 そう言って、彼女は笑った。


 一応、トドマの港町から対岸のカサマまで七五フェリールあるのだそうだ。

 千晶さんの話では、元の世界の四二〇〇メートルが、この国の一フェリールという単位で、これを船を何隻も浮かべて、紐で実際に測ったという。

 この四二というのが長さの単位の基本なのか。それともたまたまなのか。

 彼女の話によれば、そういう計り方だから、実際には一割程度は前後してるかもしれないと言っていた。


 ……


 彼女が指差した場所が、ここエイル村だった。

 此処からトドマの港町までは歩いた感じ一二キロメートルくらいか。三フェリール?

 ピクニック気分で、歩けた距離なので、そんなところだろうか。


 「この大森林のほう、密林とかは地図として正しいというのは期待してはいけないっていう感じですか?」

 「そうねぇ。調査の人が歩いた歩数とか、そういう測り方ですからね。歩けなかった場所は想像が含まれてるわよね」

 「あの森林の中を正確に測れという方が酷ですね」

 私がそう言うと、彼女は笑っていた。


 まあ、大体の位置とか街などが分ればいいのだ。正確な距離感など期待はしていない。


 そもそも、元の世界だって、空から見る事が出来るようになるまで、アマゾンの森林と大密林の正確な姿など、誰も知らなかったのだ。アマゾン盆地は広大だからだ。

 その広さは一〇〇〇キロメートルx一五〇〇キロメートルにもなる広大な盆地だ。

 アマゾン川など、ブラジルのその広大な盆地を東西に横切り、西の隣国ペルーの一部を横切る、河幅の広い長大な河である。


 こういうは他の地域にも当てはまる。アンデス山脈があれほど長い山脈など、地上からでは正確には判らなかったのだ。

 飛行機でないと判らなかったのは、例えばナスカの地上絵もそうだな。

 飛行機であの上を飛んで、初めて形も大きさも位置関係もはっきり判ったのだ。


 この異世界も世界全体を知るには空から見るしか無いんだろうな。

 そんな事を思った。

 

 とりあえず、第一王都やベルベラディの位置もやっと判った。

 成程な。

 

 「千晶さん、この第一王都なんですけど、第二王都と近いですよね。しかも西の第二王都は海の近くです。これって何か意味があるんでしょうか」

 「あー、これね。本当は第二王都が、最初の王都だったんですって。でも海に近いから、色々あったんでしょうね、海側に山もあるけどね。それで遷都して東に遷ったそうよ」

 「でも第二王都も残されたんですね」

 「そうねぇ。第二王都はあとになって、海からの被害を受けないように工事されたって聞いてるわ」

 「全体を見たら第三王都が国の中央って感じなのに、ここが第一王都じゃない理由があるんですね」

 「そうね。その南の大街道がたぶん一番大きな理由。だから、第四王都もその街道沿いなのよ。第三王都は、わざとそこから離すのと北東から北の方角の街へ睨みを利かせる目的だったんでしょう」

 「なるほど」


 全体を見て、奇妙な事に気がつく。

 「王都や都市からクモの巣状に伸びた道路も殆どないし、変わった国です」

 「これは便利さを考えて作った道路には思えないのよねぇ」


 「第三王都は第一王都とも道路がズレてますね」

 と私が言うと、

 「第一王都は遷都した位置から、また移動したの。ティオイラが最初に遷都した所。そこからなぜか、西のアルジュに遷都したの」

 道路が大きなカーラパーサ湖を掠めるようには、作れなかったと予想したのだが。

 全然違う答えが返ってきた。

 そもそも、そうならベルベラディから真っ直ぐ南に街道を作れば良いのではないかと思ったが、そうはなっていない。


 「理由は、良く判らないわ。ただ、他の王都を動かさないで、第一王都だけが、移動してるのよね」

 「不思議な国ですね」

 「まあ、住んでる人たちが、変わってますからね」

 彼女はそう言った。


 地図を見る限り、北側の街の多さと比べ、南東の田舎感が凄いな。

 第四王都アガディはその田舎感満載の場所にある。

 其処から東に行くと、川を渡って、山側は国境。お隣の国はクルルト王国。

 

 

 ムウェルタナ湖の北西部から森林の南をずっと西に行くところに街が多い。

 昔の北の隊商道だ。

 恐らく、この国は西の方で始まって、この亜熱帯と温帯の狭間である北の隊商道近辺で農業を行って栄えたのだろう。川がいくつかあって、水も十分確保できる。

 森林地帯の動物を狩っての狩猟も行える。豊かな場所だ。

 

 各地の街の位置は、ほぼ河川に沿っている。水のために大掛かりな水路を作っているのは、大都市圏に限っているようだ。

 

 それと、道路に特徴がある。真っすぐが多い。これは元の世界の古代ローマもそうだったのだが、出来るだけ真っすぐの道を敷く事で、軍隊を迅速に派遣出来たとか、そういう話だったが、実は別の理由が大きい。


 古代ローマでは、街道はカーブの道が綺麗には作れなかったという。測量する機械が水平とあとは真っすぐと直角の方向を出すしかできない。それで頑張っても四五度とか直角に曲がる道が結構多いらしい。

 

 たしか水道橋もまっすぐで、できるだけ曲げない。山にぶち当たると山を真っ直ぐ掘り抜いて、なおかつ傾斜も付けて通した。二メートル以上段差がある谷間の所は全てアーチ式水道橋を石造りしたのだというから、徹底している。

 そのためには、精密な測量が不可欠だった。

 

 それは、うろ覚えの記憶によれば、グローマ測量(※末尾に雑学有り)とかいう。

 

 これには勿論、ちゃんと理由がある。

 道の脇は若干凹んでいて、道の中央部がなだらかに盛り上がる弓反り構造をしているのだが、道の端は排水を兼ねている。ここの端は普通、道路としては使わない。

 道路の建設は結構複雑であり、ただ平らにした場所に石畳を敷いたものではない。

 排水もそうだが、道路としての強度も考慮している。

 それでかなり掘り下げてかなり硬い地盤が出るまで掘る。深い場合は大きめの石を敷いてから、その上に中くらいの石を敷き詰める。更にその上にまた砂利や小石などを敷いて土を乗せるが、都市内部や街道などの場合は更にその上に石畳を弓反りになるように慎重に配置される。

 

 そしてこの時に道路の延びていく方向の勾配も考慮している。相対的に見て最低でも二度から三度程度はないと、大雨で水が貯まる。それで、どっちかが僅かに低くなっていくように、作られている。

 道筋を造る際に、入念な測量を行い決めるのだという。


 この時に排水を完全に溝にしたほうが良さそうに見えるが、そうしてしまうと、溝が詰まれば溢れるし、蓋は出来ないので、水で滑って馬車の車輪が嵌まれば転倒もありうる。そうした事を考えれば、道の端がやや低い状態で、雨水がそこに流れ、道の端を辿って、低い方に自然に流れるというのは、合理的であった。

 

 谷になるような場所は、そこに雨水が集中するのでそこから排水路も作られ、川の方に流された。長い長い水道橋を設置するような人々である。こういう部分に細心の注意が払われていた。


 因みに道幅は、その当時のローマ軍団兵がフル装備状態で五人並列で行進しても道端までは行かないようになっていた、との事で、荷馬車同士が楽にすれ違える十分な広さを石畳で確保した。

 

 そして、人々の往来は、その石畳の道路ではない。

 人の歩く歩道は、更にその外側になっていて一段高い。

 道路は歩道より低い位置になっているのだ。ただし、馬車などが通らないときは、人々は石畳の上を往来したという。


 この構造である為に、水が絶対に歩道にも道路にも溜まらない。道路はいつでも馬や馬車や荷車が快適に通れるようになっていたという。


 そして、この排水を両側で行う構造の為に、綺麗にカーブした道がその当時は作れなかったのであった。

 直線道路が一番作りやすく、かつ補修もしやすい、建設も維持もこれが効率がいい。

 そういう事である。


 この国の、この地図を見る限り、まあ、大体はそんな感じだな。

 雨がそれなりに降る地方の場合には道路の排水設備は重要だからだ。


 まあ、北部に栄えた道路とそこに連なる街があるというのは、まず、ここが発展の基本になったと考えるのが普通か。

 国が大きくなっていって、徐々に現在の形になったと考えるのが妥当だろうな。


 取り敢えず、憶測でどうこう考えるより、今日売って貰った本を読めば、多少は分かるかもしれない。


 さっそく、王国の概要本を読み始める。

 どこかの高名な学者が書いたものらしい。

 

 ……

 

 ……

 

 俄かには信じられない内容の本だった。

 

 ……


 この国は、ちょっと風変り程度の変わった国ではないな。

 相当、これは変わった国だ。

 そして、農業の収穫物は全て国の管理による配給制。

 完全に社会主義に見えるが、そもそも、ここの国民はみんな、あの玉ねぎ色の髪の毛の、あの女性だけ、というのが尋常ではない。

 そして、全てが四人の女王の子供という、完全な一つの家族による社会が、この全体国家を成している。


 『流石、異世界』と言うしかない。


 色々な部分に蟻との類似点が見て取れる。これでは、まるで蟻人間だな。


 この人々は寿命が長いのに、拡大政策はとらず、国家をどの程度の規模にするかを決めるのは女王で、しかもある程度の大きさで止めてしまっている。


 足るを知る。か。


 ……それが一番なのだ。だが、支配者に欲があるとそれが出来ない。


 そして、最終的には国が壊れる。

 

 実際、元の世界では、移動速度を超える通信速度が極度に発達するまでは、どんな時代でも、拡大すると国は亡びる。


 その国土の大きさは、端から端まで、元の世界での馬の速度で一四日以内の距離だったかな。それを超えると例外なく、どの王国も帝国も分裂か、滅亡したという記録がある。

 分裂した場合も、その距離はやはり馬で一四日以内にぴったりと納まったという。

 これは考古学における割と新しい知見という事だ。

 

 人類と馬の関係性に注目し、馬による移動速度という観点から文明を分析した結果だという。それは馬に乗った人が情報を伝達する以上に確実な伝達手段が存在しなかった事による。

 

 例外は中央、南アメリカの文明だったが、それも理由は簡単だった。南アメリカに馬がいなかったからだ。それで通信は全て、人が走って伝えていたという。

 西洋からアジアにおいて馬の速度が、文明国家の大きさを決めていた。という厳然たる事実があった。

 エジプトなどは、ラクダ。あとは川を走らせる船。そして、信じられない事に多くが徒歩だったという。

 

 この異世界で、例えば魔法による通信が発達しているなら、国家自体がもっと広がっていてもおかしくはない。

 

 しかし、どうやらそうではないらしい。

 村にいた時は、散々魔法について考えた。そして外の世界では魔法はもっと普通になっているのだろうと思ったが、そうではないらしい。

 

 ギルドの概要本を見た時に、魔法師ギルドは、属性魔法で精霊の魔法という事だった。

 そう考えると、村にやってきたあの大貴族様の転移魔法は、精霊魔法ではなさそうだ。

 この異世界では、一口に魔法といっても色々、種類もあり、制約もありそうだな。

 

 そして、この国では通信速度は恐らくは、あのアルパカ顔の馬もどきが走る速度、という事になるのか。

 やはり、これは相当古代な世界というべきだろうな。

 

 そんな事を考えつつ、もう一度二度、本を読み込む。

 あの、娼婦みたいに見えた彼女らは、本来は外敵への槍で、普段は『待機』している人員なのか。

 なるほど。不測の事態に備えた余剰人員か。ここにも蟻との類似点が見て取れた。

 

 それと、ここの記述は気になった。

 ガイスベント王国の騎士団、ヴィンセント騎士団は暫く前に失われてしまった。か。

 あの大貴族様が言う『末裔』とは、この騎士団の事だったのか。

 勇猛さはこの大陸でも一番の騎士団の強さと等価、とか書いているので、あの娼婦みたいな彼女たちは相当に強いという事だな。

 彼女らが本気を出せば、第一級の戦士という事になる。魔獣を簡単に屠る腕なのか。

 

 あの様子を見てしまうと、それこそ俄かには信じがたいが。

 

 だが。命を捨てた必殺の苛烈な槍、となれば躱すのは恐らく相当困難であり、それが強さなのだ。

 自分が先に刺される事も、相打ちになる事も全く恐れない殺人者となれば、対峙する相手には、それは恐怖以外の何者でもないだろう。

 

 それは、どんな世界でも、だ。

 

 魔法で封じるとか、そういう事が可能でない限り、たとえ飛び道具があったとて、防がれたり躱されてしまえば、何の意味もない。

 

 そして、このガイスベントなる貴族社会な王国がどこにあるのかは、今の所はさっぱり分からない。

 世界地図が必要だな。きちんとした物が、あるのかどうかは分からないが。

 

 何しろ、元の世界での最古の地図は、たしかバビロニアのもので、粘土板に刻まれていたそうだが、正しかったのは、バビロニアとその僅かな周辺で、それ以外の部分は伝聞と、殆どは想像で書かれたものだったという。つまり、自国の領土以外は全く当てにならない。

 この異世界でも、そんな調子なら、まともな世界地図はとても期待できそうにはない。

 

 ……

 

 それにしても、私は運がよかったと言うべきだろう。

 下手にものすごい階級制度の貴族社会の王国に、私がこの格好で出て来ていたら、どうなったかは分からない。もしかしたら、最悪、奴隷もありえた。

 

 この国は、諸外国のあらゆる種族を受け入れてしまっている。そして、そういう人々の行う商業活動によって、共生社会を築いているのだ。その包容力の高さに救われているともいえるな。どんな風体の人であろうと、会話が通じる限りはここにいる事が出来る。

 

 ……そう、会話だ……。

 この二人に出会わなかったら、その会話が出来ずに私は野垂れ死にしていただろう。

 

 

 まだ、読み落としが無いか、丹念に読み直していくと、もう夕方だった。

 そして、この日、とうとう真司さんは戻ってこなかった。

 

 

 つづく

 

 

 ───────────────────────────

 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ グローマとグローマ測量 ─

 

 ローマで用いられたからグローマとかいう名称になっているわけではない。

 この測量機器は、メソポタミアで発明された。その後、紀元前四〇〇年頃にギリシャに輸入され、ギリシャで各地の建設に用いられた。

 その後イタリア半島中部地方に住むエルトリア人が輸入し、そこから更にローマに持ち込まれたという事であるが、経緯は定かではない。

 

 エルトリア人は独自の言語と文化を持つ人々だったが、その後にローマに同化してエルトリア文化は消滅している為に記録も残っていない。


 グローマとは垂直の一本の棒を支える台座が三本、また四本の横木で出来ている。

 この垂直の棒の先端に腕木が付いている。

 この腕木の先に張り出し棚と呼ばれる棒が十字の形で載っている。

 この十字の木は直角に固定されている。この十字の木の先端に各々下げ振り糸が垂らされて先端がとがった錘が付いている。

 

 これで水平、直線と直角の測量に使われている。応用として、道路の測量、土地の長方形、正方形の測量にも使われた。

 比較的シンプルな構造の測量機器である。

 

 古代ローマの街は、まず正方形、または長方形の土地を測量し、その中心部分に十字路を作るところから始まる。

 『カルド・マクシムス』という、中心から南北へ貫く基幹道路がまず建設される。

 次に東西方向の道路を『デクマヌス・マクシムス』といい、この中央の交差点から東西に貫く道路が作られる。

 次に東門。北門、西門、南門と反時計回りに門が作られた。

 次に中央の交差点付近は、『フォルム』と呼ばれる公共広場が作られる事が殆どであった。

 その近辺には公共施設が作られる事になる。

 

 湯沢の友人の雑学より

 ───────────────────────────

 

 地図を見て、ようやく自分のいる周辺地形を知るマリーネこと大谷。

 そして、この王国の概要を読むと、俄かには信じられない事ばかりが書かれていた。

 

 次回 アナランドス王国概要

 大谷の読んだその王国の内容とは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ