068 第13章 エイル村 13ー3 魔獣討伐と新人実習(後編)
真司すら今だ、遭遇したことの無かった腐った死体の様な魔物が彼らを襲う。
マリーネこと大谷が相手の弱点を見つけ出すのだった。
68話 第13章 エイル村
13ー3 魔獣討伐と新人実習(後編)
暫くするとバラバラにしたはずのコイツラはまたくっついて、立ち上がる。
指の先は、なにか尖っている。
これも危ない。腕を切り落とす。
しかし、致命傷をどうやったら与えられるのか。
この腐った死体のような『何か』は、切られても動いている。
そういう能力を持っている、という事だな。
そして、恐らくだがそういう特殊能力はたぶん、最終的には魔石に依る。
どういう原理なのかは分からないが、今までの魔獣たちとの戦いを振り返るとそう考えるのが自然だ。
そして魔石は、必ず脳味噌の中にある。全ての魔物で脳味噌が頭にあるとは限らないが。
斬っても斬っても、時間稼ぎにしかならず、次第に周りは腐液で溶けた場所が広がりつつあった。
まずい。動ける場所が減っている。
踏む事の出来ない場所を避けて戦うのは、大変になってきた。
ふと、新人のほうを見ると、彼らは少し離れていた。別の魔物が出たらフォローしきれない。
それを察してか真司さんが、そっちに行ったが魔物も向かっていく。
そして、またしても斬ったはずの躰がくっついた『ソレ』が立ち上がり、私に迫ってきている。
そいつの腕が伸びた。素早い!
その腕を瞬時に躱して、私はブロードソードでそいつの頭を横から切った。
閉じられた目と僅かな額がある部位だけが、下に転がり落ちた。
口からは腐液が!
!!
それも躱しながら、そいつの胴体を思い切って前蹴りで蹴り飛ばす。
私は急いで転がり落ちた頭の、その閉じられた目と目の間に剣を突き立てた。
何かに当たる感触。
剣を少しばかりこじりながら抜いた。
魔石があった。
横から叩き斬った頭を踏みつぶして魔石を拾い上げると、その魔物らしき腐った死体は横になったまま、ピクリとも動かなくなった。
! 魔石を抜けば動かなくなるか。
「弱点は、目と、目の、間!」
「頭を、壊して、魔石を、抜けば、動かなくなる!」
私は叫んだ。
真司さんはすぐに反応した。閉じられた目の真下を横に払って、ちょうど目と目の間を突いた。
とにかく、口から飛ばす腐液の攻撃が厄介だ。
少しでも飛沫が当たれば、そこから腐る。腐液は避ける事に専念した。
当たれば、洒落にならない。全員、躱す方に専念。
どうやら、連続では出せないらしい。
「口の、液は、連続では、撃って、こない! 十分、躱してから、首を、斬って!」
私は叫んだ。
真司さんもこのリビングデッドの首を落とす方に回った。
私は、腕と脚を斬って、そこから胴体を斬った。
動きを鈍くする。そんな最中にも、このリビングデッドは腐液を吐く。
とにかくバラバラにしてから、頭を斬った。
新人たちは怯えて真っ青になりながらも、どうにか脚を斬るほうに回った。
動きを止めれば、時間が稼げる。そうなれば大分やりやすい。
とにかく彼らは怪我さえしなければ、それでいい。私はそう思った。
千晶さんがいるとはいえ、負傷者が出れば彼女は注意をそっちに向けなければならない。その場で本格的な治療が必要な事態なら、かなりまずい事になる。
そうなれば不測の事態も有り得る。
普通の魔獣ではない、このリビングデッド相手にそれは避けたい。
千晶さんをカバーする為に真司さんがそっちに回るだろう。
そうなれば私の負担が一気に跳ね上がる。
……
どうやら、この魔物は私だけではなく誰彼構わず襲っている。
出て来た切っ掛けが私の血の匂い、というだけで襲う対象は誰でも構わないらしい。
要するに食べられれば、なんでも。という奴だ。
腐った苔や草で、足の踏み場が無くなりつつあるが、とにかく頭を斬り飛ばし、魔石を抜き取って頭を潰す。
……
周囲に充満する空気は、恐ろしく臭い。腐敗臭と変わらないからだ。
厄介なこのリビングデッドのような生き物とも思えない魔物をやっと、片付けた。
あの村ですら、こんな魔物は出た事が無い。
一体、何なんだろう。
「全て、片付きました」
私は簡単に報告したが、銅階級の四人の顔色は真っ青だった。
真司さんも真顔だった。
「だいぶ、酷いのが、出ましたね」
そう言うと、真司さんも頷いた。
「魔石は回収したから、戻ろう。撤収する。村まで戻るぞ」
真司さんは、まず撤収を宣言した。
無理もない。四人はさっきのリビングデッドのような魔物ですっかり怯えていた。
七人ともに、溶けた苔や草を避けるのも大変な、その戦場を後にした。
戻る最中も油断は出来無い。私は餌なのだから。
途中で真司さんが言った。
「あれは、今までは話でしか聞いた事のなかった魔物だ」
歩きながら、説明してくれた。
「倒すのは焼くのが一番早いらしいが、焼くと物凄い酷い悪臭がして、その煙を吸い込んだものは昏倒するという。下手をすると、煙を吸い込んだだけで死ぬらしい」
「死ななくても酷い場合は一年近く起きる事のない眠りに落ちるとも言われていて、焼くのは最終手段だ。どういう謂れなのかは知らないが、マルデポルフという魔物だ」
千晶さんがぽつっと言った。
「その症状の人を一度だけポロクワ街で見た事があるのよ。治療はとても大変で重い症状だったわ」
その時の事を思い出したらしく、千晶さんの表情は暗かった。
あいつを焼くと硫化水素でも出るのだろうか……。
「あの指の、先の、爪も、なにか、ありそうですね」
と私が言うと、真司さんが答えた。
「あの指の棘には何かの神経毒があると言われている。引っ掻かれると、手足が麻痺して倒れるそうだ。そうなったら、アイツラに生きたまま食われる」
新人四人の表情が引き攣った。
「そしてあの口からでる液体も充分ヤバいな」
みんな頷いていた。
あの戦いになった場所の草と苔は、全て腐って溶けていたからだ。
そうか、あれはマルデポルフというのか。相変わらず、この異世界のネーミングは、さっぱりわからないな。
帰り道は、ネズミウサギが出ただけに留まった。
ヴェックがなんとか、突くようにして仕留めた。
真司さんが、褒めた。
「いいぞ。ヴェック。今のタイミングを忘れるな」
ヴェックはネズミウサギを拾い上げ、頸動脈を切った。
流石に、あんな恐ろしいものを見た後では、ネズミウサギは普通の獣に見えたかもしれない。そんな事を思った。
一行は、エイル村に戻った。
新人たち四人、皆の顔に安堵の表情が浮かんだ。
無理もないな。あの犬たちはともかく、リビングデッドは真司さんが先頭にいなければ、私一人ではカバーしきれない。
私がリーダーなら新人が一人か二人、死んでいるかもしれない狩りだったな。
真司さんは、全員に休憩を取るように言った。
千晶さんがまた飲み物を出してくれた。
今度は、冷めた何かのお茶だった。
この異世界で飲んだお茶といえば、村長の奥方が淹れていたという、あの緑茶と紅茶の混ざったような、複雑なブレンド茶だったな。あの大貴族様に出したお茶だ。
このお茶は、シンプルな緑茶味だった。
この北の亜熱帯地域の何処かにお茶の木が有るのだろうな。
このタイミングで、やってなかったネズミウサギやモグラもどきの魔石を抜く作業だ。
これも新人にやってもらう。抜いた魔石を千晶さんが回収した。
今回はここでは終わらず、ギルドまで行かないといけないらしい。
村の前に荷馬車が来ていた。
予め呼んであったのか。全員が獲物も持って、荷馬車の後ろに乗り込んだ。
荷馬車の中では、反省会が始まった。
最初のネズミウサギからだな。
真司さんが振り返るように言った。
「まず、最初のからだ。途中でも言ったが、剣の長さを使い切れていない。その結果、反応が遅くなって、獲物を逃している。まず、あの速さに反応出来ないなら、剣を少し短くして、出来るだけ素早く振る練習が必要だ」
三人共頷いた。
「それと、ケイティ。怖かったのは判るが、目を開けているんだ。戦いの最中に目を瞑るなんて、絶対にだめだ」
ケイティがすこししょんぼりと頷いた。
「さて、あとはあの焦げ茶の魔犬だ。低い奴は、ああやって地面を這うように来るのも多い。扱いやすい長さの細身の剣もあったほうがいいかもしれないな。槍のように突くんだ。そういう戦い方も、今後は練習に入れていくと良いだろう」
真司さんは一度、言葉を切った。
「途中で飛び跳ねてくる場合もある。最初の魔物の時にマリーネがとても短い剣で払っただろう。時として、ああいう反応が必要になるんだ」
新人たち四人が頷いていた。
「あと、マルデポルフは全員無事で良かった。それしか言いようがないな。まさかあんな恐ろしい物が出るとは、思わなかった」
全員、小さく頷いた。
「しかし、確実な倒し方が判ったのは大きな収穫だった。マリー、有難うな」
「いえいえ」
私の場合、大体は私の反射神経頼みのその場しのぎ的な対処だからな。
あれで良かったのか、もう少しいい方法がないのか、とは思うが。
斬りに行って、口から腐敗液吐かれて浴びてしまったら、洒落にならん。
「最後にヴェックがやった、突くようにして仕留めたやつだが、他の三人もあれを参考にするように」
真司さんは、そう付け加えた。
どうやら、思った以上に今回のは彼ら四人にとって経験になったようだ。
それにしても、新人の四人は全く喋らなかったが、私が役に立てたならそれが一番嬉しい。
まあ彼らは喋る余裕が一切なかったのだろう。そういう事にしておこう。
荷馬車は、程なくしてトドマの港町についた。
荷馬車はそのままギルド前まで進んで、停まった。
全員降りる。荷馬車には待っていて貰う事になった。
私たちが帰るのに載せてもらうからだ。
ギルドの受付で、真司さんが話をしている。千晶さんが肩にかけていた箱の中から魔石と牙と角を全部納品した。
ネズミウサギ二羽、モグラもどき一匹、焦げ茶魔犬六匹、そしてあのリビングデッドなマルデポルフが八体か。
多いですねー等と感心している係官だが、マルデポルフの魔石を見て、表情が変わった。
この魔石には表面にかなり独特の模様が出ている。
「これが出たんですか」
「ああ、まさかエイル村の北で、これに遭遇するとは思わなかった」
「被害は?」
「いや、無いな。マリーネ殿が確実な倒し方を見つけてくれたので、首をちょん切って、頭を目の下で更に切って、魔石を引き剥がして、直接頭を潰した。それで倒せたんだ」
「判りました。それは重要事項です。遭遇事例が極めて少ないので、報告書に書いておきます」
魔犬の牙二四本と角も六本あるので、今回の収穫はかなりの金額のはずだ。
牙が一一×二四=二六四。これに角が一三×六=七八か。二六四足して三四二リンギレ。
これに魔石だが一七個。これだけでもウサギが一五×二にモグラが一八で、魔犬が二二×六にあの死体が四八×八。
三〇+一八+一三二+三八四=五六四
三四二+五六四=九〇六。
計九〇六リンギレ
人数分で割るのだが。
七人で行ったので、七で割るのかと思ったら、四で割った。
四分の一をまた四で割って、彼らの取り分になったらしい。
まあ、教育を兼ねた実習だったし、そういう物か。
しかし新人の四人は二二八÷四=五七で、五七リンギレとなった。
いきなりとんでもない額だ。元の世界の二八五万にもなる金額だ。
こっちの取り分も凄い事になった。
一人二二六リンギレ。二リングレットと二六リンギレ。
そもそも二リングレットって、中銀貨二枚。
元の世界で考えたら一〇〇〇万だろう。
端数の方の二六リンギレだって、一三〇万にもなるんだが……。
大丈夫か、冒険者ギルド。こんな普通の狩りで、こんなに支払ったら破産してしまうんじゃないのか。
と思ったが、この魔石やら牙やらは、当然買い取った金額より高く売るわけで、全然びくともしないらしい。
私はとりあえず、トークンを初めて貰った。六リンギレはそのまま硬貨で受け取る。
真司さんや千晶さんもそうしたようだ。
新人さんたちは信用買いや支払いには出来ない、いわば預金口座のカード的な代用通貨を貰い、端数の七リンギレを硬貨で受け取ったようだった。
いきなりとんでもない収入が入った。
魔犬とあのリビングデッドのお陰か。苦笑するしかなかった。
あれが簡単に倒せたように思えても、今回はたぶんそれは偶々うまく行っただけなのだ。
もし、あれが自分一人だったらどうしただろう。
正直、自分の対処が変わったとは思えないので、魔犬六匹は倒せたとは思うが、そこで回収して戻ったんじゃないかな。
あの死体もどきが出る前に。まあ肉は四体持てたかどうかだろうか。重さは問題にならないが適当な大きさのリュックがいるな。
それでも、途中でネズミウサギの二羽でも倒していれば、魔犬と合わせて五〇〇は行くか。
それは中銀貨五枚? いくらなんでも、それはまずい。
一人でそんな結果を叩き出したら、悪目立ちしすぎる。
この場合は、持重が必要だな。
まだこの王国の事をよく知らないのに派手にやるのは、たぶんいい結果を産まない。
しかし、あの小さい魔犬の群れとか動く死体の群れ程度でこの金額。
おばばの言う、ズベレフとかウベニトのような地獄の魔物クラスだと、魔石の値段は一体いくらになるんだろう。想像もつかないな。
あと、あのズオンレースとか、バカでかい魔石だった茶熊とか。
アイツラは、まあ規格外という事にしておこう。
たぶん、あの村の外にいた焦げ茶熊とか、ここに出たら三〇人か四〇人がかりで倒すんです、とか言い出しそうだな。
まあ、そうであっても全然不思議ではない。あれは弓矢では倒せまい。
あいつに突撃する槍の持ち主がどれだけいるのかもわからん。
並大抵の事ではあいつは止まらないだろう。私とて、あれを倒せたのが不思議なくらいだ。
何しろ、心臓に槍が刺さってるのに、あの暴れっぷりだからな。
背中から登って、首の骨に直接叩き込んだダガー。人間でいえば、首の根元に直接畳針を叩き込んだようなものか。
あれで全身に行く神経を叩き切れたから倒せたようなもので、そうじゃなければ私が死んでいたに違いない。
……
肉は、魔犬三匹とネズミウサギ一羽を引き取って、他は四人に渡した。
四人に魔犬三匹とネズミウサギとあのモグラもどきだ。
ケイティの取り分は、モグラもどき。
ヴェックがネズミウサギ。
あとの魔犬三体は二人でそれぞれ一匹づつでいいという事になった。
なので、一体をこっちに寄越した。
まあ、大きさはどれもほぼ変わらない。モグラもどきが若干大きいくらいだ。
どれも中型犬よりは少し小さいかな。くらいの大きさはある。
「よし。今回はこれでおしまいだ。みんな家に帰って十分休んでくれ。解散」
真司さんは四人に声をかけた。
私は一応、報告書に記載しなければならなかった。
今回の狩りに参加して、ネズミウサギ一羽と魔犬三匹、あの死体もどきも三体倒しました。という感じで書いて署名した。
そこに真司さんと千晶さんも、狩りの現場を確認したという署名をした。
たぶん、私に銀の階級章を与えた事で、説明が必要になっている、あの監査官の為だろう。
もうかなり夕方になってきている。三人共、急いで荷馬車に乗り込んで戻る。
エイル村に着く頃には、日が暮れかけていた。
今日判った事は、冒険者といってもまあ彼らは駆け出しだが、魔獣を楽に狩れる訳では無いらしいという事だ。
もし、彼らより上級の者たちが楽に狩れるなら、魔石が慢性的な不足とか考えられない。
なにしろあの値段で買い取る訳だから。
あの金額なら、どんな事をしても倒して稼ごうという輩が絶対に居そうなのに、不足している、という事実が現実としてある。という事だな。
私が餌状態だから、ポンポン出るのであって、普通は余り出ないのだろうか。いや、真司さんは川岸まで行くと魔獣が多いと以前、言っていた。
たっぷり稼いだ冒険者がどんどん引退してしまって人材不足なのか。
十分有り得るが……。
いや、違う。その要因も少しはあるのだろうけど。
私が例によって感覚が麻痺している。
自分の体が優遇によって、無茶苦茶な反応速度や体力、筋力を持っているのだ、という事をつい忘れてしまう。この異世界は重力が元々強い。
それ故に、普通の人々がそれなりにおっとりな反応速度でも無理からぬ事で、真司さん、千晶さんには転移者優遇が有る。
私の場合は神様が弄った、よくわからない体だが。
この異世界は恐らくは元の世界の重力の一・二倍くらいは十分ある。
たぶん、その差が私が感じている以上に大きいのだろうな。
……
……
村について、まずやるのは、獲物たちの腹を捌いて内臓を抜き、村の小さな小川に捌いた獲物を吊るす事だった。
つづく
色々と魔獣は出てきたが、4人の新人たちには、十分な実習になったのだろう。
マリーネこと大谷にも今後の為に必要な十分な収入になった。
次回 ドロクロ古物商店主
なぜか、古物商の店主がやってくる。
千晶さんに会いに来たのだった。