067 第13章 エイル村 13ー2 魔獣討伐と新人実習(前編)
ギルドの依頼で、白金の二人は、トドマの新人たちを連れて、魔獣狩りに行く事になっていた。
そこについて行く、マリーネこと大谷だが……。
67話 第13章 エイル村
13ー2 魔獣討伐と新人実習(前編)
翌日。
真司さんと千晶さんが話し合っていた。
何か手伝える事はないかと聞いてみると、最近魔獣の魔石納品が遅れていて、どこの支部も魔石が慢性的に不足しているという。
積極的に魔獣を刈り取る冒険者が少ないのと、手ごろな討伐依頼も少なくなっていた事が影響していた。
そうであるならば、この森に狩りに出かければいい筈なのだが。
「出かけて、沢山刈り取って来ればいいのなら、私やりますよ?」
「魔獣狩りなら自信あります」
そう言ったら二人は笑っていた。
「マリーが出来るのは分かっているよ。問題なのは、新人を連れていけという事なんだ」
「面倒臭そうですね?」
と言うと、真司さんが頷いて、千晶さんは苦笑した。
「足手まといを何もこんな時にと突っ返したんだが、白金の二人なら余裕だろうと返されてしまうんだ」
うんざりした様に真司さんは言った。
「で、新人を四人も連れて行かないとならない」
「私も行きますよ」
どのみち、魔獣討伐で腕を見せないといけない事になっていた。
「彼らがどういう経験を得るのかは判らないが、連れて行く彼らにも少し経験させないと格好がつかない。となると、あまり奥でやる訳にも行かないだろう」
「確かに面倒そうな話ですね」
「用意してきます」
私はそう言って、リュックの中身を全て出して自分が借りている部屋の片隅に積み上げた。
リュックが大きすぎる。
大きな剣を背中に背負う事にして、ブロードソードと後はダガーを右腰に。
小さいポーチのお金は革の袋に入れた。それを再度小さいポーチに入れる。
色々必要なものが出るだろう。それが分れば、街で買ってくればいいのだ。
ポーチを肩に袈裟懸け。
私は取り敢えず、戦う方に集中した格好で、二人の前に戻った。
「武器だけ持ちました」
そう言うと、千晶さんが箱を肩からかけていくから、収穫はそれに入れるという。
真司さんたち二人に付いて、村の外に行くと、もう四人が来ていた。
四人共、銅の階級章、無印だった。かなり緊張してる様子。
無理もない。白金の二人が目の前にいるわけだし。それにこれから魔獣狩りだ。
モック、スベルト、ヴェック、ケイティの四人。名前だけの自己紹介があった。
ケイティ・ペリーだけが女性だ。しかも名持ちだ。あまり突っ込んで訊かないようにしよう。
全員背が高い。二メートル近いか。
人種は分らないが、人族ではないだろう。全員、耳が長かったり、指が少し長かったりしている。全体的に顔立ちは整っているが、やや面長。
肌はやや浅黒い感じというか、男性はそういう感じだ。顔が若干だが、角張った感じがある。
女性はやや赤銅っぽい感じで顎がやや尖り気味だ。肌の色はここの気候でそうなったのか、元々そうなのかは分からない。
ケイティ・ペリーは門番たちが着込んでいるような皮の鎧を着用していて、胸の所が大きくつき出ていて強調されていた。
他の三人は薄い革の鎧に鋲を打ったものを着込んでいた。
彼らが、どういう亜人なのかは分からない。
真司さんが言った。
「みんな、初めてではないだろうが、緊張し過ぎも油断も禁物だ。肩の力を抜いてくれ」
千晶さんが挨拶した。
「小鳥遊です。怪我をさせるような事は多分無いはずだけど、何かあっても私がいるから、安心して打ち込んで下さい」
私はペコリとお辞儀して言った。
「今回は、皆さんの、補助を、します、マリーネです。よろしくお願いします」
四人は、あまりに背の小さい私が銀の階級だというのが信じられないという顔だった。
真司さんは言った。
「みんな、信じられないっていう顔だが、マリーネさんは、最近登録したから銀の階級だが、腕前は銀以上だ。おれが保証するよ」
千晶さんが笑っていた。
モックという若い男性が訊いた。
「ホント、ホントですか?」
「ギングリッチ教官の木刀を折ったのは、彼女だぞ」
真司さんはニヤニヤしていた。
それを聞いて四人は顔を見合わせていた。
「よし、顔合わせは終わった。森に行くぞ」
真司さんはそう言うと、どんどん森に入って行く。
真司さんが先頭である。
モックが右、ヴェックが左で、真司さんの後ろに、横に並んだ形でやや広がって続く。
その後ろが、千晶さんだ。中央になる。
そして、スベルトが右、ケイティが左でやはり横に並んだ形でやや広がって続く。
私は一番うしろ。殿を務める。
ソルバト川の岸に出るまで北上する事になった。
たしか、真司さんはそこまで行くと結構魔物が出るといってた場所だろう。
そして、私は魔石を置いてきた。そうしないと狩りにならない。
恐らくは私の血の臭いで、どんどん出てくる事が予想される。
森の中は、結構明るい。枝は完全に二メートル以上高い場所にある。
葉っぱは広葉樹林のような広く平たいものばかりだ。熱帯の方ほど、落葉しない常緑性のものが多いのだが、全てがそうだという訳でもなさそうだ。
太陽の日差しが差し込むお陰で、下は適当に草や苔が生えている。
背中に一回軽い疼きの反応があった。
早速飛び出してきたのは、ネズミウサギだ。右側の森の奥から一直線に走ってくる。
モックが剣を振ったが、遅すぎて空振り。スベルトが慌てて剣を下にして当てようとしたが、狙いが外れた。
私は飛び付くネズミウサギを右腰から抜いたダガーで払った。
「ギギッ」
声がして、そのまま後ろに転がり落ちて、ドサッという音がした。
私は後ろに行って、ネズミウサギを拾って首の頸動脈を切り、逆さにした。
(南無。南無。南無)心のなかで唱える。
新人四人が私の方を見ていた。
真司さんは、こっちを見てニヤニヤしていた。
私は少し前にでてスベルトのやや右後ろくらいに位置を変えた。
と、その時また背中に軽く疼く反応が。
暫くすると、左からやや大きめのネズミなのかモグラなのか分からない、齧歯類らしき魔獣が飛び出した。
私がやや位置を調整するとモグラもどきはケイティに突撃。
ケイティは剣を真っ直ぐに構えたまま、固まったが、そのモグラもどきはジャンプしてケイティの剣にそのままぶつかった。
(やれやれ。うまく行ったか)
彼女は、目を瞑ってしまっていた。
真司さんから叱責が飛ぶ。
「目を閉じちゃって、どうするんだ。目を開けているんだ!」
「今のは、ソイツが勝手に剣にぶつかったが、そうじゃなければ大怪我するぞ!」
尤もなアドバイスだった。
下に落ちたモグラもどきは、まだ生きていて、手足がビクビクしている。
「早く、トドメを」
私がそう言うとケイティは持っていたソードで胴体を刺した。
モグラもどきは少し暴れた。
真司さんが言った。
「出来るだけ心臓のある所を一突きするんだ」
ケイティが頷いて、心臓らしい所を刺すとモグラもどきは動かなくなった。
モックが、モグラもどきの頸動脈を斬った。
そのまま抱えあげて、首を下にして、血抜きしつつ縛る。
この調子で進むのか、なる程。
朝、真司さんがウンザリしていたのが良くわかる。
私はまた後ろに戻る。
暫く、黙々と歩き進む。
森の中は、すこし生温かい空気に満ち、湿気も、ややある。
自然と汗が滲む。
……
と、背中に寒気とぞくぞくする感覚があった。魔物がくる。それも複数だ。
さっきのような易しいのじゃないな。
今度は、あまり嬉しくない敵だ。角の生えた魔犬が出た。
あの時の濃紺の魔犬じゃない。
焦げ茶の体毛。額に短い角。短い耳、脚も短いな。そして胴体がやや長い。
茂みから六頭の群れ。
一気に向かってきた。
真司さんが一気に剣を抜いて、魔犬に斬りかかる。一頭の首が飛んだ。
そのまま、もう一頭の胴体を切り裂いた。
「ギューッ!」
魔犬の悲鳴。切り裂かれた魔犬の後ろ脚が激しく痙攣した。
魔犬の足が短いので、地を這うようにして来るので、真司さんはやり難そうだったが、もう一頭、横に斬った。
私も前に出る。ブロードソードに右手を掛けた。
抜刀。飛び込んで来た、一頭の首を刎ねた。もう一頭は左から回り込んできた。
手首を返しそのまま、左へ。剣は左の魔犬の顔よりやや下部分から一気に斜め下に向かってざっくり斬った。
「ギャ!」
一瞬声が上がった。前足が両方根本から斬れた。胸から激しく流血。
後ろ足がバタバタしていたが、立つ事は出来ない。肺から気道が切れたらしく、声は出ていない。
一頭が突っ込んでくる。私の剣はフル回転だった。
低い左から右へ払った剣はそのままくるっと上に上がって右上から一気に切り降ろしていた。
魔犬は声を上げる事もなく、其処にクタッと転がっていた。
左から横に払った剣は前足をざっくり横に斬っていて、上からの切り下ろしで左肩から胸に剣が入っていて激しく流血し後ろ脚がビクビク動いていた。
私は剣を一振りして、血を払い左腰に収めた。
(南無。南無。南無)
四人は、ポカンと間抜けな顔でそれを見ている。
真司さんから声が飛ぶ。
「ぼやぼやするな。すぐトドメを刺して、回収」
四人は、はいっと言う返事はあったものの、もたついていた。
私は言った。
「三頭に、念の為に、トドメを」
彼らは大きい剣を振り上げて、やっとの事で心臓らしき所を突いた。
(南無。南無。南無)
彼ら魔犬が今何かをした訳ではないが、私に向かって来てるのは間違いない。
まずは頭を刎ねたやつから角を削るのだが、彼らにやらせるらしい。
「角と牙、丁寧に削るように」
真司さんが言った。
「それが出来たら、頭蓋骨を割って貰う。中の魔石を取り出すんだ」
まあ、彼らに経験して貰うしかない。まだ生温かい魔犬の処理を任せた。
頭が継っている魔犬の処理も、四人にやらせた。
削った素材は千晶さんが持って来た箱にしまった。
モック、スベルト、ヴェックの三人で、それぞれ二頭ずつ、縛って背負った。
もう少し進んだが、魔物は出てこなかった。
「ここで休憩しよう」
真司さんが言って、一行はそこで止まった。
全員が輪になって座る。
千晶さんが、箱の中から水を出してくれた。
木で作ったコップで水を飲んだ。
「真司さん、さっきの、魔犬ですが、どんな、特殊攻撃が、あるのですか」
彼ら四人を代表するような形で、私が質問した。
「あれはゲネスと言う名前だ。あれが体を身構えて頭の角が赤く光ったら、要注意だ。それほど大きいものではないが火の玉を吐く。頭数が多いと厄介になる」
「火の玉は、速い、のですか」
私は訊いてみる。
「それなりに」
と彼が言う。
「速度より、連射されると避けられなくなる。あの数で囲まれ、火の玉が連射で来たらソッチのほうが遥かに問題だ。だから、火を吐かれる前に倒す。今さっきみたいに」
真司さんはそう言ってまとめた。
四人は、顔を見合わせていた。
「出来るだけ早く倒さないと、相手の攻撃が始まったら、厄介になる。つまり、もたついて倒すのは、危険が大きい。さっきのマリーネの剣を見たかな。自在に剣を操るには、自分の身の丈にあった、自分で扱える大きさである事も重要だ。今後の練習の参考にして見て欲しい」
そこで真司さんは一回、言葉を切った。
四人を見回して、それから続けた。
「つまり、もしかしたら、もう少し短い剣のほうが、うまく扱えるかもしれない。自在に扱えるようになってから、剣を長くする方が、上達は早いだろう。ギルドの剣技習練では、そんな事言わないじゃないか、とみんな今思っただろう。剣の長さは、個人の自由だ。だからそこは、自分で選べ。と言っている訳だ。だけど、剣を選ぶ段階から既に始まっているんだ」
真司さんはそう言って、みんなを見回した。
四人は小さく頷いた。
このアドバイスでもう少し短めの剣で練習するのが流行るかもしれないな。
それは、それで重要な事だ。そんな事を思った。
長い剣を自在に扱うのは、かなりの練習が必要だ。
まあ、短い剣は間合いが詰まるから、恐怖のほうが先に立つと練習の意味がなくなる。
恐怖を抑え込んで、如何に正確に剣を振るえるか。
彼らにそれが出来れば、ずっと早く上達するだろう。
少し休んで、また出発である。
狩りを続ける。
皆は知らないが、私が魔獣にとって最高の囮である。いや、餌そのもの。
猛烈な針と牙のついた魅惑的な疑似餌、とでも言うべきか。
その効果は、程なくして分かる。
背中に悪寒が走って、二回ぞくぞくする感覚が来た。相手は複数。どうやらお出ましだ。
しかし、全く知らない魔物が出た。
二本足で高さは私よりやや高い程度だが、腐ったような臭いのする人のような姿だ。そして目は固く閉じられている。眼球があるのかは分からない。
鼻はぼっこりと空いた穴が二つ。頭の部分が小さい。額のうえが無い。
いや、額も極めて小さい。無頭症の赤ん坊のような頭が付いていて、横に大きく裂けた口。
腕は、ただぶら下がっている枝にしか見えないが、長い指が動いている。
動きは見た目からは予想できないほど早い。どんどん出てきた。五体、いや、さらに増えた。八体。
真司さんはもう、剣で薙ぎ払っていた。
しかし、胴体真っ二つでもその上半身と下半身が別々に、もぞもぞと這いつくばって、こちらに来る。
途中で、その分かれた上半身と下半身は内臓をぶちまけるでもなく、それらは猛烈な悪臭を放ちながら徐々にくっ付いた。
不死身なのか。ゾンビ? なんなんだ。これは。
モック、スベルト、ヴェックの三人は、半狂乱になりながら、剣を振っている。
ケイティは千晶さんの前で、剣を構えたまま動かない。顔色が真っ青だった。
このままでは、まずいな。確実に倒せる弱点を見つけなければ。
考えるんだ。
襲ってくる、このリビングデッドのような人のような『何か』を切り裂いた。
ばらばらになれば、少し時間は稼げるが倒せたわけではない。
そして口から腐汁とでもいうべき、恐ろしく臭い液体を飛ばしてきた。
当たれば、そこから腐っても不思議ではないな。
口から吐かれた液体で、あちこちの地面で草が茶色になりドロドロに溶けている。
「口からの液体に注意して!当たっても触っても溶ける!」
千晶さんから警告が出た。
その警告に三人が怯む。
真司さんが叫んだ。
「絶対に正面には立つな!」
つづく
順調に進んでいた魔獣狩りに、とうとう見た事も無い化け物が立ちはだかる。
次回 魔獣討伐と新人実習(後編)
今まで誰も見た事も無い腐った死体のような魔物を相手に、真司とマリーネこと大谷が奮闘する。