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066 第13章 エイル村 13ー1 エイル村のある老人

 留守番はやる事が無い。

 村の老人の様子を見学するマリーネこと大谷。

 思う処がある様だった。


 66話 第13章 エイル村


 13ー1 エイル村のある老人


 今日もまた真司さんと千晶さんは、出かけていて私は留守番だった。

 

 先々日、二人は揃ってキッファの街に行ってしまった。

 先日は二人はスッファの街に行ってしまった。

 その間に、千晶さんがトドマの店で注文した魚醤と干した小魚を私が受け取る事になった。

 その間、私のやる事と言ったら、文字の読み書き、発音練習、あとはいつもの剣の練習。

 

 そして昨日と今日はカフサの街に行く用事があるという事だった。

 何だか二人の表情は明るくなかった。

 そして二人は何故か私に、その明るくはないだろう話題の中身を話してくれない。

 

 この前の私のギルド階級章の件でトラブルでも有るのだろうか。

 下手に銀とか、周りとの軋轢(あつれき)も有りそうだし、銅でいいと言ったのに、あの監査官に押し切られたからな。

 

 考え込んでいてもしょうがない。

 文字の読み書きも、自分の知らない単語を覚える方に重点を置いた。

 千晶さんが、簡単な対訳辞書のような物を作ってくれてあった。

 

 この羊皮紙なのか、薄い皮で出来た、無地の本が一体幾らしたのか、かなり怖いのだが。

 そして、かなりこまめに、「あ」から大量に綴ってくれていた。

 もう一つがミミズ文字から、日本語の対訳辞書だった。

 これはすごい記憶力と努力だ。本当に感謝しかない。おそらく夜の隙間時間に、こつこつ書いてくれたのだ。

 

 そこに書かれている日本語を見つつ、その対訳のミミズ文字を書いて、発音記号を読む。発音記号も完璧に記憶されているのか。あの人は。

 

 この発音記号は、出来るだけ私の記憶にある、日本語や英語風に合わせられていた。

 それで、真司さんや千晶さんの様に完璧な発音ではないが、私にも発音できるようになっていた。

 優遇のない私が、やや訛った状態でも話せる事が重要だ。うれしい配慮である。

 それから、ひとしきりミミズ文字の植物の本を、声を出して読む。

 分からない部分を彼女の自作辞書で、意味を確かめて、発音する。

 

 次は書き取りだ。木の板で作った白板もどきに木炭を握ってミミズ文字を写し取る練習。

 やれやれ。小学生になった気分である。

 それが終わったら、少し休憩。

 

 剣を握って、外に出る。

 鍛錬開始。

 

 ブロードソードの方から。

 一通り、速度を上げての振りを確かめていく。

 そして大きい方の剣。できるだけ少ない予備動作で、速度を上げていく。

 一通り終え、少しばかり休憩。

 更に空手と護身術、ダガーを使った護身術もやる。

 

 何時もの鍛錬を終えると、昼前だがもう暇だった。

 そこで家を出て、ちょっと北にある村のほうに散歩。

 

 とある家の庭で老人が何かやっている。

 老人が何かの臼のようなもので、植物の葉っぱを潰しているのだ。

 なんだろう。気になった。

 

 行ってみる。

 

 「こんにちわ、おじいさん」


 「おや、こんにちわ。嬢ちゃんは、おまえさんは……、たしか……」


 「真司さんと千晶さんの所でお世話になってる、マリーネと言います」

 私はぺこっとお辞儀した。


 「そかそか、あの二人の。それでどうかしたのかな?」


 「おじいさん、その、葉っぱと、茎で、何を、してるんですか?」


 「おぉ、これかね。コモスイというんぢゃ」

 老人は杵のような道具を握った。

 「これをこうやって突いてやると、汁が出るじゃろう」

 老人は慣れた手つきで、手に持った杵のような物を細かく動かして割と太い植物の葉と茎を突いている。


 「だいぶ沢山、汁が出たなら、これに細かいおが屑を入れる。そうしてな」

 「糊の代用というか、形を崩さんようにな。このシロカの粉を水に溶いたのを混ぜるんぢゃな」

 老人はおが屑をふりまいて、それを杵でまた突いたあと、その水で溶いた粉を掛けた。

 なにやら、茶色のドロドロしたものが出来ている。そこに老人はもう少しだけおが屑を入れた。


 そして老人は作ったものを見せてくれる。

 「これぢゃ。手で細くしていって、まわすんぢゃ。そしてお日様で乾燥さすのぢゃ」

 五回ほどの渦を巻いた、茶色のやや大きめの円形になった細い物があった。

 「これはクラカデスというてな。鉱山の方で働いとる衆らに、売れる。大した額にはならんがの」


 「ぢゃが、あそこの人には必要なんぢゃ」

 そう、老人は言った。

 

 「これは、どうやって使うんです?」

 「銅の皿に乗せてな。これの端に火を付けよる」

 老人はニヤッと笑った。

 「え?」

 「するとゆっくりと煙が出よるでな。虫が来ないんぢゃな。虫忌避(きひ)の香ぢゃよ」

 「ここにな、色々他の香をいれるのもあるがのぅ。そんな事はせんでも、虫は避けるんぢゃ」

 「なるほど。わかりました」

 私は笑顔を老人に返した。


 老人が作っていた物、それは手っ取り早く言えば、蚊取り線香のような物だ。

 たぶん亜熱帯特有の刺す虫が居るのだろう。それを避けるための物か。

 なるほど。こういう人が作って、それが野外の労働者の為に使われているのだ。


 老人はかなりたくさん作っていた。それこそ、木箱の中はそれが一杯詰まっていて、木箱が多数あった。

 もしかして、職人なのか。


 「これって、おじいさんの、お仕事、なんですか?」

 「まあのう。ほれ、働かざるもの、喰うべからず、ぢゃよ」

 老人はかっかっかっと笑っている。


 私は暫くしゃがみこんで、それを見ていた。

 老人はまるで日向ぼっこでもするかのような、ゆったりした動きで丸めては捏ねていく。


 じっと見つめる。

 老人の手の動きは、まるで無駄がない。熟達の職人のようだ。

 見極める。

 手にとった材料が無駄にならないように一定の幅と長さにしながら、下に置いた板を回転させて、丸く渦巻状に仕上げていくのだ。

 その手捌きは練達の、それこそ名人というべき手付きだった。


 そして思った。

 老人は分かっているのだ。

 もっと色んな香を入れてやれば値段も高く、街の方の人にも高額で売れる。そういうのを沢山作って売れば儲かる。


 しかし、敢えてそうしない。

 老人は安価に買える虫除けを鉱山労働者の為に作っている。彼らはきっとそれが大量に必要だ。

 老人は大した額にはならないと言いながら、作っている。


 ああ、名人とか達人のスローライフだ。いいなぁ。


 そう、食べていけるだけでよくて、のんびり過ごしながら人生を楽しんでいるのだ。

 ここは、雪も降らない。寒くなるような事もない。実りは豊かだ。

 効率など、まったく関係がない生活なんだろう。


 「おまえさんもやってみるか?」

 「え、いいんですか?」

 「結構難しいぞ。途中で切れんように、気をつけるんぢゃ」

 目を細めて老人が言った。


 私は横に座って、そのおが屑の塊を手にとって伸ばし始めた。

 切れないように、一定の太さで伸ばすのが難しい。

 最初は伸ばし始めてすぐ切れたので、回収して丸めた。


 もう一回繰り出し始める。

 

 ……

 

 やや細い、かなり歪な渦巻が出来た。細いので、老人のより一周多かった。

 「うーん、細すぎました」

 「かっかっかっ。初めてで、これだけ巻けたもんはおらんわ。おぬしは才能があるのう」

 老人は笑っている。

 「もう一回、やらせて下さい」

 「かっかっかっ。納得するまでやってみるがえぇ」

 

 もう少し太めか。

 指で繰り出す速度を少し押さえ気味にして、太さを揃えながら伸ばして行く。

 かなり歪ながら、なんとか老人の作っている太さになった。

 「難しいですね。丸くなりません」

 「千切れないだけで、大したもんぢゃ。かっかっかっ。おぬしは細工が向いとるかもしれんのぅ」

 老人はそんな事を言い、また作業に取り掛かった。


 今、まさしく私は、長閑(のどか)な村の景色の中に居た。

 穏やかな日差しの昼さがりだった。


 そういえば、昔やっていたMMORPGでも、グランドマスターになるまでは、それこそ寝ても起きても、というくらい只管(ひたすら)鉄鉱石を掘っては集めた。

 だが。なった後は、いつしかのんびりとかいうか、ゆっくり生活になって行った。


 この異世界でも、ああいう風になれたらな。


 そう、あの頃。


 ……


 あの頃、若き鍛冶屋見習いだったマリーネは、鉄鉱石を掘っては、奪われたり殺されたり、なんとか持ち帰って溶かしても、インゴットが出来なくて、がっかりだったり。

 何のために、こんな事をしてるんだろうと思うくらい、あの世界の各地を飛び回っていた。

 鉱夫になりたかったわけじゃない。あくまでも材料入手の手段なのに。

 男の戦士キャラのほうがよほど充実していた。しかし日替わりで遊ぶと決めていたのだ。


 鍛冶屋キャラでは飢えたように鉄鉱石を追い求めインゴットを作った。時に怪物と戦い、時には出来た駄作を叩いては溶かしていた。


 効率最優先で掘って溶かした事も一度や二度ではない。


 その頃か、あの世界では大きな大きな変更があって、日本専用のサーバーが出来て、日本語が使えるようになった。そしてキャラたちをそっちに移動した。今まではぶつ切りにした英単語で遊んでいたが、日本語が使える事が新鮮だった。


 だが、私はまだまだ修行中。人と会話するより、ただひたすら機織りして作った服は全てNPC売りだ。

 細工はツルハシとハンマーを作って腕を上げた。スコップはコスパが悪く作らなかった。


 そして各地を転々としては鉄鉱石を掘って武器を作る。殆どはダガーとブロードソードだった。


 そうして、私は一体何をしたかったんだろう。

 その時はただ、前に進むには作るしかない。そう思ってがむしゃらだった。

 が、戦士と交代の二日に一度プレイ。

 それで早い人がスキル上げバーストタイムを駆使して三週間以下という短い時間で到達する処を私は一年半も、かかった。


 効率はほぼ無視して六つ同時上げだった事もあって時間がかかった。

 生産三つと剣士、一般鑑定、武器防具鑑定の六つだ。魔法や鉱夫、キャンプ技術はマスターまでだった。鉄鉱石を掘るための鉱夫と街に緊急避難で帰るための魔法、野外生活も長かったので、キャンプ技能は必然的に上がっていた。

 それ以外に戦闘一般技能と大工と樵等の技能も少し。


 やっと生産スキルがグランドマスターになった。


 だが。いざグランドマスターになると、暫くは呆けていた。


 それで、男キャラの方の戦士のプレイに暫くは集中していた。

 装備は全て作り変えた。最高の出来の武器は今までとは切れ味が違っていて、修理も新品ももう、思いのままなので暫く戦闘漬けだ。


 女性キャラの方に切り替えると、委託販売の服が無くなってると、作り足すくらい。

 時々、細工で作るツルハシ、スコップ、ハンマーは、グランドマスターになると耐久性がまったく違う。

 NPCが売る品物の二倍から二・五倍以上耐久があって、これは少々高くても沢山売れた。

 この売り上げを見て、とにかくスコップとツルハシを量産し、鉱山近くの販売所で委託販売だ。もう、これだけで高いインゴットが沢山買えたくらいには儲かった。


 そして鍛冶屋だ。

 実感が無い状態で、暫くは呆けていた。

 暫くの間、男キャラの方の装備の面倒ばかり。

 

 

 そして、その後はただただ武器を打っては、銘入りの武器を販売していた。

 銘入りの鎧も作って販売した。

 

 そのお金を貯めに貯めて、とある田舎の山に近い場所に念願の中庭の付いた一軒家を買う事が出来た。

 そこを拠点に、炉を置いて、鉄床(かなとこ)を置いて、糸巻き機と機織り機も置いて、更に生産に邁進(まいしん)した。

 販売は、大きな販売所に委託した。いつもいつも補充が間に合わないほど、飛ぶように売れていった。

 

 そして売れば売るほど、名前も売れて、指名が入る。

 

 厳選して作る武器は何時も補充したその場で売れて行く。

 厳選して作る鎧はそんな簡単に補充は出来無い。

 しかし造りためて持って行ったその場で完売してしまう。

 

 その流れで、私の銘が入った服まで完売する。

 男性物の服も大量に作らねばならなかった。 

 マントまで注文が入る。マントなんて、店売り物でいいじゃないかと思ったが、全部同じ職人の名前で統一するとかいうのが流行っていたせいだ。

 

 生産はもう、馬車馬の如く作らねば間に合わない。

 

 そうして、いつしか私は()んでいた。

 終わる事のない補充生産に倦んで疲れ果てていた。

 

 

 そのうちに、私は腕に覚えのある歴戦の戦士や名の通った鍛冶職人が集まる、王都の鍛冶屋ギルドハウスに行くようになった。

 そしてハウスの横にある炉のそばに(たむろ)して、お喋りタイムに興じるようになる。

 ここには全ての武器に通じた戦闘のグランドマスターや、鍛冶屋のグランドマスターがごろごろいるという、不思議な場所である。


 毎日、毎日、お喋りに興じていた。

 戦闘グランドマスターの人たちから聞く、様々な敵との闘いの話はとても興味深く、敵がどんな攻撃をしてくるのかとか、子細に教えてくれた。

 それは、客が持ち込む鎧や盾にどの様な傷を負わすのか、参考になった。

 

 しかし、もっぱら、その日その日の茶飲み話がメインである。

 

 もう何のために鍛冶屋のグランドマスターになったのやら。

 

 

 インゴットが乏しいので、掘りに行こうかと思っていると、馴染みの客が結構差入れしてくれたり。

 ただ貰うのは気が引ける。リクエストの武器をキチンと打って厳選して渡したり。

 

 打った代金や修理代金が金貨じゃなくて鉄インゴットという、分かってる人も居て助かる。

 

 ほんの時折、修理で預かった鎧が酷すぎて、痛み過ぎた鎧は修理で叩いただけで(こわ)れそうな時がある。こんな時の武器防具鑑定の結果は、シンプルである。

 一番ひどい状態だと、ただ一言「ガラクタ」と出るのだ。これはもう、使い物にならない。修理もできない。長い鍛治生活でも、この状態の形を鑑定できたのは、僅か数例。

 

 その次だと「(もうすぐに)バラバラになる」というのが多い。

 こういう酷い状態の鎧は、たとえ直せても、防御力がほぼ失われていて、ただ鎧の形をしているだけなのだ。なにか一撃食らったら、その場で砕け散るだろう。

 こういう状態だと修理で僅かでも運が悪いと、簡単に毀れる。

 

 こういう時は予め、宣言した。

 「もう、こんなに草臥(くたび)れていると触るだけで毀れるわよ」

 そうお客に言うと新造を頼まれて、新しく叩いて造ったり。

 

 ……

 

 勿論、中には疑り深い人もいて、それでも直せとか言うのである。毀れても責任が持てないと言っているのに、毀れて失われると、鍛冶屋が盗んだ。等と言い出すクレーマーも居るには居た。

 たぶん、そうやって騙し取られた過去があるのだろうが、こっちは正直一本槍が売りなのだ。そうでなければ、事前に鑑定などしない。

 

 それにそんなガラクタを盗んで溶かしたって、得られるインゴットはたかが知れている。自分の信用を天秤にかけてそんな馬鹿な事をするグランドマスター鍛冶屋は居ない。

 その程度のインゴットなら裏山に行ってちょっと掘るだけでいいのだ。

 

 なので、そういう面倒な客の修理依頼は引き受けないようにしていた。

 その為にも、引き受ける前に行う武器防具鑑定は重要だった。

 

 ちなみに武器防具鑑定スキルの結果を会話に活かすには、それなりに習練と想像力が必要である。鑑定結果が現代風に全て数字で表される訳ではないからだ。

 

 ステータス表示で、はい、これは最高値からマイナス五ね。耐久度残り一〇ね。とかそういう事が分かるようにはなっていない。

 全てが『言葉』で表示される。それを読み解いて実際のプレイに活かすには、常にプレイする者の積み上げてきた経験と想像力と会話術が試される。

 

 そして、人の一〇倍も時間の掛かった私には、マスタークラスからグランドマスターになるまでの期間がかなりあり、修理依頼の経験が多かった。その事が大いに役に立っていた。

 

 ……

 

 馴染みの客の武器修理を引き受けると、時々は刃が(こぼ)れかけたのが来る。

 直せない事はない。しかし、直した所で切れ味は、そう良くはならない。つまりは命を預けるには心許無い。

 「こんな毀れかけに最高の毒を塗るのは勿体無いわ。もうこの剣はボロボロで、これは直しても期待した切れ味に戻らないから」

 そんな風に伝えると、

 「じゃあ姐さん、いいやつを新しく打ってくれないか。お奨めの剣をお願いしたい」

 と客が言うので一本仕上げる。

 同じ武器を作らない事も有る。その人に合う武器が別の物という時もあるのだ。いずれにしても、幾つかは武器を叩いて、厳選が必要だ。

 

 

 そんな感じで日々まったりと鍛冶屋ライフを過ごしていた。

 

 ………

 

 そんなある時、若い冒険者が私の前に来た。

 

 私の鍛冶のお得意様の客人が知り合いらしい。

 「ここに来れば、必ず合うものを作ってくれると聞きました」

 とか言ってニュービーな若い男性が来た。

 

 今着てる革製の鎧じゃなくて、格好いいのが着たいんだ。

 皆が着ている格好いい鎧とあの大きい武器がいいと彼は言う。

 

 鑑定の目で、彼自身を鑑定した。まだ、駆け出しの初心者だった。

 何故、鑑定をしたか。このMMOにはキャラにレベルなぞ、存在しない。

 つまりレベルが表示されて、ああ初心者だなと、分かるような世界ではなかったのだ。

 

 私は、まったりとそこに数人いるモブの鍛冶屋に見えたかもしれないが、ロールプレイの意味は十分、(わきま)えていた。

 自分の仕事に誇りを持つ独立した『銘を持つ鍛冶屋』なのだ。目の前の客にただ、作って売れば良いという仕事は、絶対にやりたくなかった。

 それなら彼も武器鎧デパートで委託販売されている適当な名人作のを買えば良いのだ。

 

 私は、彼がどうしても着たいというプレートメイル一式を叩いた。

 面、首、胴体、両腕、籠手、下。そして脛から下の靴部分。全七部位。

 勿論、客には見えない様に厳選した。防御力、耐久度、最高の逸品だ。

 

 それを彼に差し出した。

 「これを着て一〇歩、歩いて剣が抜けるなら、売りましょう」

 私はそう言った。

 しかし、それはたぶん無理だと分かっていた。

 どこまで歩けるだろうか。それ次第で決める。三歩か五歩か。

 

 しかし彼は三歩どころか、一歩も歩けず身動きも出来なかった。

 フルプレートアーマーを着る筋力も動くためのスタミナもまったくなかったのだ。

 

 そこで、私は言い放った。

 「今のあなたに必要なのは、プレートメイルなんかじゃない。スタミナと剣の腕です」

 そう言って、私は返して寄越されたプレートメイルを受け取って、リングメイルとチェィンメイル一式を作って差し出した。これも密かに厳選物だ。

 

 「けしてカッコ良くはないけれど、まずはリングメイルを着る所から始めて、徐々に戦えるようになってから、チェインに着替える事。そして、この剣で戦いなさい」

 そう言って、おまけに軽い扱いやすい盾とブロードソード二本、バイキングソード一本をつけた。全て私の銘入りだ。


 「もし、生き抜いて、こんどこそプレートメイルが要ると思ったら、遠慮なく尋ねてきなさい」

 そう言って彼を送り出した。

 

 いささか、言い方が厳しかったかも知れなかった。

 

 リングメイルは、見た目がかなりダサいので、このMMOで着ている人は少ない。

 しかし軽いという事が重要だった。

 チェインメイルも見た目はあまりスマートではない。だが防御力はそれなりに高い。

 それは剣士スキルをグランドマスターにした私がよく判っている。勿論今の私はフルプレートアーマーを着て戦える。

 

 ちなみにその時に叩いた鎧は、そこに居た戦士たちに希望を聞いて一番高い値段をつけた人に売った。

 「あの新人の彼がこれからそれを着て戦うのなら、最高の物を着せてやりたかったのよ。でも動けなかったから、彼には着る資格がなかったのよ」

 そう言って、周りに性能を見せて、ベテランの戦士に売ったのだ。

 

 ……

 

 そして、(くだん)の彼は相当長い長い間、私の前には来なかった。

 もう何度も死んでしまって、諦めたのかな。と思ったが、違っていた。

 

 

 相変わらず、私は他の鍛冶職人と他愛もない世間話をしながら、日々のんびりだった。

 時々、マリー姐さん、修理頼むよーとかいう指名があっては、剣や鎧を直すような、そんな日々。

 

 

 そこに葦毛(あしげ)の馬に(またが)った立派なマント姿の、これまた立派な盾を持つ聖騎士が現れた。

 

 あの、若き冒険者だった。

 

 彼は馬を降りると、ヘルメットを取って敬礼した。

 

 そして私の前に(ひざまず)いて、こう言った。

 「生き延びて、あなたの前にこうして来れた事を光栄に思います」

 「あなたが私に合う物を、確かにあの時、作ってくれました。あの時の事を忘れた事はありません」

 

 …………ハンマーをもったまま、私は呆気にとられた。

 

 いや、周りに居たみんなが、呆気にとられていた。

 あろうことか、一介の女鍛冶屋相手に、聖騎士が跪いているのだ。

 

 

 「あなたがしてくれた事は今でも忘れていません。どうかこの生意気な若い戦士にもう一度、鎧を打ってください」

 彼は跪いたまま、(うやうや)しくそう言った。

 

 (いささ)か、芝居掛っているように見えたが。

 

 「……見違えたわ」

 私は本気でそう思った。

 

 「いいわ。今から作るから。待っていて頂戴」

 そう言って、私はプレートメイルを作って厳選した。

 勿論、コストなぞ無視している。ストックしてあった大量のインゴットを惜しげもなく使った。

 こういうのは気持ちの問題だからだ。

 

 その最高の出来栄えの鎧一式を渡しながら、私は黙って彼の着ていた鎧を全て鑑定した。

 銘入りの鎧だ。この銘はもっと東の方の都市でやってる鍛冶屋のだ。

 この名前はよく修理依頼に来る客の鎧にも見た事がある。

 そして彼のこの鎧は歴戦の傷ばかりだ。相当傷んでいる。

 

 武器防具鑑定も「浅い傷は多数、凹みあり、深い傷は数か所あり、深刻」となっている。

 こういう傷の入り方は、見覚えがある。鎧を買って、お気に入りのそれをずっと修理もしないままに着続けたものの、だいぶガタが来て鍛冶屋に持ち込まれた時、こんな風になる。間違いない。

 

 多分、彼は今までは修理せずに毀れるたびに買い換えていたのだろう。

 

 私は彼にその鎧も全て脱いでよこす様に言った。

 「買ってから一度もマトモに修理した跡が無いわね。こんなに傷むまで使ってはダメです。もっとこまめに鍛冶屋を頼りなさい」

 私はちょっと叱った。

 

 まだ、叩いただけで壊れるような所までは傷んでいない。防御の劣化も最低限に抑えた修理ができそうだ。

 

 「戦ってる最中に壊れたら、困るのは貴方なのですよ」

 そう言ってから、預かった鎧をすべて、丁寧に直して、新品同様になるまで磨いて渡した。

 「そんな事まで分かるんですか?」

 件の彼はそう言った。

 「鍛冶屋ですからね」

 

 

 因みに鎧と盾の防御性能はアーマーレーティングという数字で表される。このMMO世界で数少ない、数値で見る事の出来るパラメータの一つだ。

 それを見て、修理する前と修理後を見比べる。銘入りの鎧であるなら、新品でこのくらいはあるはず、という想定値が頭の中にある。修理終わりでその値が想定値よりはだいぶ落ちているようなら、もうそれは二級品。


 この傷んだ鎧は、なんとか直って、推定ラインに届いたので合格である。


 そして私は言った。

 「普段使いは、こっちの直したほうでいいと思います。きちんと直っている筈です。強敵と戦うという時だけ、さっきの方を使うといいでしょう」


 普段なら、客が持ってきた武器の傷や、盾鎧の損傷具合から、どんな敵と戦ったのか、その人がどういう腕なのか、もう殆ど分かるようになっていた。

 沢山の客が持ってくる、数限りない武器と鎧の鑑定と、その修理の賜物だった。

 

 しかし、かなり使い込んだその鎧から彼がどういう戦いをするのか、判らなかった。

 詳しいアドバイスもしようがなかった。

 

 その若き聖騎士は、私から鎧を受け取り、物凄い量の金貨を渡して寄越した。

 その重さだけで、プレートメイル三セット分とほぼ変わらない。

 いくら惜しみなくインゴットを使ったとはいえ、貰いすぎだ。

 

 そう、銘入りの武器と鎧には、本来定価が無い。

 

 職人と客の間の阿吽の呼吸で金貨がやり取りされる。相場を知らない戦士は、まず武器や鎧を専門で委託販売しているデパートで、銘入りの価格と性能を見定めるのだ。

 銘を持つ鍛冶屋に直接依頼して、打って貰うという行為は、全て「時価」と掛かれた寿司屋に入るのと同じである。

 

 「いくら何でも、貰いすぎだから、何か作るから待っていて」

 そう言って、私は彼のために、最高品質のハルバードを作って厳選した。

 おそらくこれが一番、二番だと思う物を選びだした。

 

 「これをサービスしておくわ。私からの気持ちだと思って受け取って」

 そう言って彼に二本、渡した。

 

 「本当にありがとうございました。またお願いします」

 彼は敬礼した。

 私はいつもの様に答える。

 「貴方の上に武運があります様に」

 私はハンマーを持って胸に当て敬礼した。

 

 そして彼を送り出した。

 彼は馬に乗って走り去っていった。

 彼の向かう先はこの王都の外。すぐに戦いに行くのだろうか……。


 「さすがはマリー姐さんだ」

 誰かがそんな事を言った。

 「私はいつも通り、特別な事は何もして無いわよ」

 そう言ったのだが。


 周りはやれカッコイイだの、ピューピュー囃し立てていた。

 「ただ作って売るんじゃない所が姐さんだな」

 誰かがまたそんな事を言った。


 「本人に合わないものを叩いて売ってもしょうが無いじゃない。その剣と鎧に命を託すんですからね」

 私は、半ば本気でそう言ったが、その意味をちゃんと分かってくれている人は私が尊敬する三人のロールプレイの方も名人な名鍛冶屋、七瀬姐さんと室高(むろたか)さん、ほんまるさんだけだった。


 ………


 思えば、あの頃がまさにグランドマスターらしい生活だったのかもしれない。

 そして、まさしくスローライフだった。

 

 懐かしくその頃の事を思い出していた。

 

 

 つづく

 

 昔の事を思い出した大谷。この異世界でも、まったりのんびり、やっていけないか、そんな事をぼんやり考えていたのであった。

 

 次回 魔獣討伐と新人実習(前編)


 剣技は徐々に実力を見せて行く事になるマリーネこと大谷。

 それによって、この街道沿いで起きた事件に巻き込まれて行く。


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