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065 第12章 ポロクワ市 12ー7 冒険者ギルドにて

 真司の用事は魔石をギルドに納品してそのお代を受け取ることだった。

 しかし、2人はマリーネの為に身分証明書替わりに、ギルドの階級章を与えようと考えていたのだった。

 65話 12章 ポロクワ市


 12ー7 冒険者ギルドにて

 

 二人が入った先はさほど大きくはない建物で、そこは冒険者ギルドの支部だった。

 

 私は、本来は入れないのだが真司さんと千晶さんが、来なさいと言うのでそのまま入る。

 真司さんは、あのネズミウサギの魔石を納品に来たのだった。

 

 カウンターで中の人と話している。

 どうやら無事買い取られたらしい。真司さんは自分の代用通貨、つまりトークンを出して、そこに追加してくれるように言っていた。

 まあ、普段遣いの足しにするのだろう。

 

 それから、私が呼ばれた。

 「え? 何でしょうか」

 真司さんは、私にこっそり耳打ちした。

 「年齢は一六歳以上じゃないといけないので、一七歳という事にしておくよ」

 そう言って、何か羊皮紙に記入している。

 

 係の人に署名をするように言われた。

 「はい」

 マリーネ・ヴィンセントと、下手くそなミミズ文字で記述した。

 係の人は私の腕前を(いぶか)しがっているのは、間違いない。

 

 「せっかくの白金のお二人からの推薦です。登録するのは全く問題ないのですが、いきなり銅階級にして欲しいというのは、いくらなんでも腕前を見ないと私の一存では出来ません。本部代行の許可も要ります」

 係の人は真司さんに言っている。

 

 普通はそうだよな。下は真鍮の無印から鉄の○三つまで全部すっ飛ばして銅ランクにしろ。と言う方が無茶だろ。一二段飛び級という事になる。

 

 「まー、普通はそうだけど、マリーネさんの腕前を見たら、銅階級でも甘いと思うが。本部許可も要らないと思うよ」

 真司さんは、軽くそんな事を言った。

 

 あー、病み上がりの時に剣を振ってみせたけど、あれが根拠なのかな。

 それとも村ではいつもネズミウサギくらいは捌いてたというのが根拠なのかな。

 

 「まあ、腕試しも悪くはないですね」

 私がそんな事を言ったら、廻りの人々がざわついてる。

 

 結局、ギルドハウスの裏にある練習場に連れて行かれた。

 ロングスカートで戦った事はないが。

 ブロードソードとポーチを二人に預ける。

 

 好きな木製武器を取りなさいとか言うので、眺める。

 色んな模造剣が置いてあるが、どれも長い。

 長さが全体で六〇センチ弱の物を見つけた。短いのが三本しか無い。

 

 そのうちの一本をとって確かめる。

 状態はあまり良くないが、しょうがない。

 ショートソードの練習をする人が少ないから交換もされていないのか。

 

 まあ、初心者ほど長い剣を振りたがるものだ。

 身の丈にあった自分の力量相当の剣を自分で選べるくらいなら、その人はもう初心者ではない……。

 

 

 係の人が連れて来たのは、一九〇センチくらいの中肉中背な若い男性で銅の階級章を付けている。

 ⊿三個○一個。剣はやや長め。剣の刃部分で九〇センチといったところか。

 

 どうやら事務の人の手伝いで、ここで低ランクの人に剣技を教えているらしい。

 その彼は、如何にも不機嫌だった。

 ド新人、しかもドチビの女の子が、いきなり一二階級もすっ飛ばすという事が、当然気に入らないのだ。

 ありえねーとか呟いている。

 

 真司さんと千晶さんがこっちを見ている。

 「あんまりマジにやるなよ、マリーネさん」

 真司さんは、のほほんとそう言った。

 

 「では、始め」

 係の女性が合図。

 

 すっと正眼に構えて、だいぶ離れた距離を一気に間合いを詰めて、上から相手の模造剣を打ってから、やや下から掬うように相手の模造剣をすっ飛ばした。

 カランと音がなって、模造剣が転がった。

 

 相手の目が見開かれている。

 

 若い男は慌てて模造剣を拾った。

 男が構え直す。

 

 怪我をさせるのは本望ではない。しかしある程度見せないと、この係の人も納得しない。

 

 仕方ない。相手の打ち込みを少し誘った。

 相手が動いて打ち込みに来る、その刹那。

 相手の左手首に軽く打ち込み、そのまま鳩尾を模造剣で軽く突いて、少しジャンプ気味に男の頭を模造剣でこれまた軽く叩いてから相手の左側を走り抜けた。

 

 かなり手加減はした。頭にまともに入ったら、この若い人は死んでいる。

 

 男が仰向けにぶっ倒れて、あわてて事務所の係の人の後ろにいた治療士がすっ飛んできた。

 気絶した上に手首が折れてるらしい。

 

 私は頭を下げた。

 「すみません。ちょっと、やりすぎて、しまったようです」

 全然本気ですら無いのだが。

 真司さんがニヤニヤして笑っている。

 

 千晶さんは、治療をしている若い女性を見守っていた。

 勿論千晶さんが治療したほうが早いだろうが、ここで手を出すのは治療しているあの若い女性の為にならない。経験を積む機会を奪うような事をしてはいけない。そういう事だろう。

 応援を頼まれるまでは黙っているのも、たぶん、独立治療師の役目だ。

 おそらくはそういう物だ。

 

 係の人は、驚愕していた。何かに化かされたか騙されたかのような気持ちだっただろう。

 私としては、これ以上手を抜いたら、相手の人に失礼極まりない。

 

 そこへ銀の階級章、☆三つに○三つを付けた人がやってきた。

 ☆三つは、概要書になかったな。どうやら、☆三つは指導員というか、いや教官という事だな。

 やや年配である。いぶし銀の中年親父という雰囲気が漂う。

 

 二メートルちょっとの身長。肌はやや浅黒い。四角い顔で髪の毛は銀色だ。そして短く刈りこんでいるが、所謂スポーツ刈り程には短くない。目はうっすらと金色。耳はやはり尖っている。

 鼻がやや太くかなりがっちりした形で、顔全体がややいかつい印象。

 「どうしたんだ、何の騒ぎだ」

 もう冒険者ギルドのロビーに居た全員が、ここに集まっていた。

 

 係の女性が説明している。

 「一二段もすっ飛ばすだぁ? そんなふざけた事を言ってるのはどこのどいつだ」

 彼女は、真司さんと千晶さんを指差す。

 その教官の目が見開かれていた。

 

 それから、係の女性は私の方を指差した。

 「この人を銅の階級に入れて欲しいって」

 「このお嬢ちゃんが、さっきの若いのを熨斗(のし)ちまったのか」

 「そ、その、一瞬でした……」

 係の人には余り見えなかったらしい。

 

 「ほぅ。流石白金のお二人が連れてくる有望新人は違う、という所か」

 どうやら、このおっさん、やる気だ。

 

 「どうだ、お嬢ちゃん、儂とやってみるか」

 やはりそうなるか。

 しかし、これはかなり難しい練習試合になる。

 彼はここの教官。彼のメンツを潰すわけには行かない。

 私もおっさんだ。それくらいの分別はあるつもりだ。だが、黙って殴られるつもりもない。

 

 となれば、やる方法は……。

 頭の中にイメージした。

 

 よし。やるか。

 

 「よろしくおねがいします」

 ペコリとお辞儀した。

 「おう、いくぞ」

 微妙な間合いから、二人とも一気に前に出る。銀○三個は伊達ではない。

 打ち合いになった。木製の模造剣同士が、バンバン音を立てて、そして軋む。

 

 相手の力を受け止めて、こっちも一歩も引かない。

 相手に、こちらの力量が不足しては居ない事を見せる必要がある。

 さらに打ち合い。

 

 ちょっとでもタイミングが違えば、こっちの模造剣が木っ端微塵になりそうな勢いだ。

 相手のおっさん、さすが教官なのか、相当出来るな。

 

 その打ち合いの最中に出来るだけ、切っ先に近い場所で構造材が弱い場所を見極める。

 

 あった。

 切っ先からだいだい三〇センチくらいの場所が、今までの練習で傷んでいて、そこが弱い。

 

 不意に突きが来た。左に半歩。ぎりぎり交わしながら、その模造剣の一番弱そうな場所に、キツめに一撃入れておく。

 再び、打ち合い。出来るだけこっちは同じ場所でずっと衝撃を受けて置く。

 

 おっさんの剣はかなり自在に繰り出されてくる。それを全て受けて、流す。

 更に激しい打ち合い。

 もう少しだ。ヒビが入る寸前でとめる。

 

 おっさんの顔がかなり本気だ。

 

 すっと、腰引いて模造剣を脇から前に出したような構え。

 一気に突っ込んでくる。私もそれに合わせるようにして模造剣を出し、相手の模造剣の一番弱い場所にこっちの模造剣で衝撃を入れる。

 両方の模造剣がほぼ同時に折れて、砕けた切っ先が地面に落ちた。

 

 やれやれ。狙った通りにうまくいったか。

 

 「そこまで」

 係の女性が声を張り上げた。

 

 廻りの観客と化したメンバーたちがどよめいていた。

 真司さんが、こっちに向かって片目を瞑った。

 私の意図を理解したらしい。

 

 さっきの若い男の治療も終わったようだ。

 若い女性の治療士が、千晶さんの前から動こうとしない。憧れの存在が其処にいるのだ。しかも自分の治療を見てもらえたとなれば、舞い上がっていたとしても無理はない。

 今後、彼女の自慢話になる事だろう。

 

 「お手合わせ、有難うございました」

 私はペコリとお辞儀。

 銀の階級章の教官はこっちをずっと見ている。その目にははっきりと驚愕の表情があった。

 「うむ。いい試合だった。いい腕をしている」

 そう言うと折れた模造剣の破片を拾い上げ、係の女性に、言った。

 「見てのとおりだ。本部代行の方には、私から言っておこう」

 そう言うと、破片を持ったまま、事務所に入っていった。

 

 係の女性が慌てて、その後ろを追った。

 

 真司さんがやってきた。

 「お見事。まさか同時に折るとは思わなかったよ」

 私は片目を瞑ってウインクで返した。

 

 「まあ、これで銅の階級章は確実に発行してもらえるだろう。そうなれば一緒に魔獣狩りに行ける。俺が千晶と一緒に行くのにお供に付いていくという形でも実績になるからな」

 「それと、マリーネさんの身分証明にもなる。どこに行っても、身元不詳の怪しい人物という扱いではなくなる。それが一番だな」

 彼はそう言って、千晶さんの方に向かった。

 

 事務所の中の人たちは、てんやわんや状態だった。

 いきなりふらっと連れてこられた、身長の小さい女の子が銀○三個の教官と互角に戦い、同時とはいえ教官の模造剣を折ってしまったのだ。

 一体、これをどう記録し、どの階級に位置づけるべきか、物凄い勢いで話し合いがされていた。

 「真司さん、なんか事務所が凄い事になってますけど……」

 私が二人を見上げてそう言うと千晶さんが言った。

 「心配しなくていいわよ。マリーネさんの実力は証明されたんだから」

 「まあ、マリーネさんの本気は、この後の魔獣狩りで見せて貰おうよ、千晶」

 真司さんは気楽にそんな事を言っている。

 

 わざと模造剣を同時に折って見るような事をして見せたわけだし、さっきのが全然本気では無い事は、真司さんにはバレている。同時に折るための仕込みに少し手間がかかっただけだ。

 

 私たちは暫く、ロビーのベンチに座って結果を待った。

 

 廻りの冒険者たちが遠巻きにこっちを見ている。

 彼らからしたら、真司さんも千晶さんも遙か天上界の存在だ。

 おまけに千晶さんは、紛う事無き美人だ。そりゃ男性陣の目の色も変わろうというものだ。

 

 だいぶ待たされた。

 

 そして係の人に呼ばれた。私も含めて三人は奥の部屋に入るように言われたのだ。

 取り敢えず、付いていく。

 

 中に入ると三人の人が居た。さっきの教官とさっきの係の人。もう一人は背の高い、あの玉ねぎ色の短い髪の女性だった。細い目で整った美しい顔立ち。門番の人たちと瓜二つにすら見える顔。その顔の人がきっちりとした男性貴族が着るような服を着ているのは初めて見る。腕に腕章、そして白い手袋か。

 男装の麗人。って感じだな。

 

 「こちらにお座り下さい」

 促されて、私も含め三人共座った。

 「私はトドマ支部を預かる王国商業ギルド監査官のマイレン・リル・トウレーバウフと言います」

 私は座ったままだが、お辞儀した。なんかお偉い人が出てきてしまった。

 

 「冒険者ギルドから連絡があって、商業ギルドを束ねている監査官がここに来るというのも変な話なのですが、一応ここトドマにあるギルド全体の監査を私が行っています」

 「今回、極めて特例となる事例が発生して、私の判断を仰ぎたいという事でした」

 「もし私が判断できない場合は、本部代行のあるベルベラディまで起こし頂く必要があるのですが、そこまでの事態ではないとも聞いています」

 

 監査官は全員を見回した。そして、私をまっすぐ見つめた。

 

 「そして、ギングリッチ教官との試合中であなた、マリーネ・ヴィンセント殿が双方の模造剣を同時に折ったという事でした。皆さん、間違いないですね?」

 全員が頷いた。

 

 「私がその場を見ていればよかったのですが、ここに白金の二名が居て、その二名が嘘をつく事は考えられません。そんな由々しき事態が起これば、冒険者ギルド全体の信用問題となります」

 「従って、これは先程起きた、完全な事実であると認定いたします」

 そこまで言って、監査官はまた全員を見回した。

 

 「そして、ギングリッチ教官の階級を考えれば、最低でも同じ銀の階級章を与えるのが適当であると、私マイレン・リル・トウレーバウフは考えます」

 「誰か、異論はありますか?」

 全員黙っていた。

 

 「今回の事態は極めて異例であるため、これは公式記録に残されます。またこの記録は第一王都のギルド本部に送られます」

 「しかし、流石にいきなり○三個というのでは、周りの理解が得られません。実力は勿論、ギングリッチ教官と同等相当と私は判断しますが、ギルド全体の調和に反するでしょう」

 「皆さんも御理解頂いている通り、調和に反する事は大きな反発を生みます。今回マリーネ・ヴィンセント殿へ銀の階級章を与える事は全く問題がありませんが、そのかわりに、マリーネ・ヴィンセント殿は直ちに魔獣討伐で充分な実績を上げて頂く必要があります」

 「私からは以上です。スージー係官、ギングリッチ教官、よろしいですか?」

 二人は頷いていた。

 

 そしてギングリッチ教官は言った。

 「恐らく、マリーネ殿の腕は申請の銅どころか銀ですらあるまい。本来ならば金だろうとは思うが、それを証明するのは、この者ならば簡単にやってのけると思う」

 「ギングリッチ教官、仰る事は理解りました。今回は銀○一つの階級章で発行させる事とします。スージー係官、手続きを進めて下さい。その際に発行責任者は、私マイレン・リル・トウレーバウフとなります。では、これで終わりです」

 

 終わってしまいそうなので、私は慌てて言った。

 「すみません。私は、別に、銅の、無印、でも、構わない、のですが」

 私がそう言うと、監査官はまっすぐ私の目を見て、こう言った。

 「マリーネ・ヴィンセント殿のお気持ちも理解(わか)りますが、冒険者ギルドは完全に実力主義です。高実力者を不当に低評価する事は、ギルドの為にも、また所属する者たちの為にもならない事をご理解下さい」

 

 マイレン・リル・トウレーバウフと名乗る、この監査官は極めて事務的だった。

 「スージー係官、階級章発行のために、私の名前でドロニア魔法師をすぐ呼ぶ様に。それと、記録監査官を大至急こちらに寄越して下さい。事務員に作業を手伝わせるように」

 これで私のランクが決まったという事か。

 

 それから監査官は私の方に目を向けた。

 「それと、今回の銀の階級章が完全に正当な評価と言うつもりはありません。これはあくまでも、妥協の産物であって、暫定です。ギングリッチ教官の評価が正しいならば、あなたは程なくして金階級章になるはずです」

 

 「では、以上です」


 男装の麗人は一瞬微笑んだように見えた。

 そしてすっと立ち上がった。

 

 うっわー。これは取り付く島がないってやつだな。

 いきなり銀の階級章ともなれば、周りの冒険者たちからどんな嫌がらせが飛んでくるか、想像するだに、難くないものがあるのだよ。

 

 しかし、この監査官の言う事も一理ある、というか(もっと)もな事だ。

 これはおとなしく、教官の模造剣に殴られておけばよかったか。

 しかし、最早手遅れである。

 

 そんな私の心配を他所に、真司さんは上機嫌だった。

 取り敢えず、退席。ペコリとお辞儀して、私は部屋を出た。

 

 私と二人はまたロビーでだいぶ待たされた。

 

 どこから来たのかローブを着た老人がカウンターの係官と話してから、奥に入っていった。

 

 「えっと、さっきの監査官の人が、直ちに魔獣討伐をして実績を上げなさいと言ってましたが、そんなに都合よく、依頼仕事があるのですか?」

 「ああ、それは心配要らないよ。監査官がああ言った以上、必ず魔獣討伐依頼が来て、たぶん俺と千晶が指名される。そこにマリーネさんも付いていく形だ」

 「分かりました。私一人で討伐でも村では普通だったし、別にそれでもいいのですが」

 そう言ったら、二人共笑っていた。

 「まあ、マリーネさんにはそれで問題なくても、それは流石にギルドが許可しないよ」

 

 だいぶ待たされて、とうとうまた呼ばれた。

 

 スージー係官が、私の前に銀色の横長な階級章を持ってきて手渡した。

 ☆二つ、○一つ。縁は赤色にその内側に黒いライン。真司さんと同じか。

 「これは、とても大切なものです。無くさない様にして下さい。それと細かい事は、あのお二人に訊いて下さい。私がここで細々説明するよりは時間の節約です」

 私は受け取って首から下げた。

 

 「有難うございました」

 ペコリとお辞儀。

 「これからは、あなたは銀の階級章持ちとしてそれにふさわしい仕事をする必要があります。特に今回は特例ですので、充分その事をご理解下さい」

 「理解(わか)りました」

 

 最後にもう一度、署名するように求められた。

 「これは、何のための、署名ですか?」

 「監査官の方が仰ったでしょう。公式記録としてギルド本部に送ると。あなたの署名が必要です」

 「なるほど。判りました」

 私はその指定された場所に署名した。下手くそなミミズ文字だが、大丈夫だろうか。

 「これで、全て終わりです。お疲れさまでした」

 係官はそう言って私の握手を求めた。

 背が低いので、見上げながら、やっとである。ペコリとお辞儀もした。

 彼女は、書類を持って、奥の部屋に行ってしまった。

  

 私は座っていた二人の方に戻った。

 

 「これで終わったみたいです」

 そう言うと二人共、喜んでくれた。

 「これで、大手を振ってどこでも行けるよ。マリーネさん」

 「有難うございます。真司さん、千晶さん」

 「じゃ、これからマリーネさんのシルバー登録を祝って、何か食べましょう」

 千晶さんは笑ってそう言った。

 

 支部の中の周りの人たちの視線が痛い。

 

 たぶん、試合を見なかったものは、私が白金の二人の推薦で贔屓(ひいき)されて銀になったと思ってもおかしくはない。

 ○三つになるまでは、一人で支部に来ないようにしよう。

 流石に○が増えれば、そう云う事も無くなるだろう。と、思いたい……。

 

 二人に預かって貰っていたブロードソードを左腰に付け直す。小さいポーチも返して貰って、肩から下げた。

 

 外に出ると、二人はどんどん中央通りを西に歩き、左に曲った。

 色んなお店がある通りだ。

 

 なるほど、栄えていた名残は今も残ってるんだな。

 そして、こういう店が成り立つ程度には、往来があるという事だな。

 北の隊商道は過去の遺物、もう寂れてるみたいな印象の話しぶりだったが。

 真司さんが言うよりは、もうすこし賑わいのある街という気がする。

 

 少し行くと其処にレストラン風の店があった。お昼に食べた魚の店とは明らかに違う。

 

 どうやら、この店らしい。『アイゼック・ガストストロン食堂』

 うーん。店のネーミングが食堂ですか。レストラン的な言い方が無いんだろうか。

 そうか、やったとして「何とか料理店」位になるのか。確かに分かりにくい。

 

 四人席に座る。私は千晶さんの横になった。

 

 「何がいいかな?」

 真司さんが訊いてくるが、さっぱりメニューは判らない。

 文字は読めても、其れが何を意味しているのか、まず想像がつかない。

 

 昼のパケパケとかザビザビもそうだった。

 あのネーミングで魚の煮物を想像しろという方が無理なのだ。

 

 「メニュー見ても判らないし、おまかせします」

 素直にそう言ったら、千晶さんがちょっと笑った。

 「そうよね、真ちゃん、適当に頼みましょう」

 そんなこんなで、彼らはだいぶ注文している。

 

 其れが終わって、私は言った。

 「すみません。お二人にお願いがあります」

 そう言うと二人は不思議そうな顔だった。

 

 「お願いって何だい?」

 真司さんが先に口を開いた。

 「えっと。私の呼び方ですが、マリーで呼び捨てて下さい。そのほうが私もしっくりくるというか」

 二人が笑顔だった。

 

 「なんていうか、お二人からマリーネさんと呼ばれてると、背中が落ち着かないんです」

 そう言ったら、真司さんが笑っていた。

 

 「マリーネさんがいつも行儀よく俺たちの事もさん付けだからな」

 「すみません。それはもう癖になっていて」

 「はは、じゃあマリーでいいのかな」

 「はい。それでお願いします」

 「だとさ、千晶」

 「でも、私たちを呼ぶ時はさん付けなんでしょう? マリーは」

 千晶さんは笑っていた。

 「はい」

 二人は笑っていた。

 

 「お兄さん、お姉さんで呼ぶのも違う気がしますので」

 そう言ったら、真司さんは、それでも構わないよ。とか言うのだが、流石にそれは私の心中に抵抗があった。

 

 その日の夕食は、『何か』の肉だ。おそらく腰肉と脛肉の炙りだろう。


 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 手元に置かれたナイフで肉を切り出し、皿にだいぶ入っているソースを少し付けた。

 ソースはかなりの茶色。

 ソースには焦がした穀物の粉も入っている。とろみ素材として使ってるのか。

 その炙り肉には、魚醤と香草、果物を混ぜたソースが予め塗られている味がした。

 

 「このお肉は、美味しいですね」

 そう言うと、千晶さんが言った。

 「ここのお勧めの一つなのよ。ここの味付けはかなり工夫されてるわね」

 「足りなければ、また頼むけど、どうする?」

 真司さんが訊いてきた。

 「いえ、これで充分です」

 

 「それにしても監査官の人が出てきてしまうなんて、びっくりしました」

 私がそう言うと、二人共笑っている。

 「あんなに事務的なんですか、あの人たちは」

 そう言うと、千晶さんが答えた。

 「あの方は商業ギルドを束ねている監査官と仰ったでしょう。商業ギルドは税金計算もあるし、商売ですからどんな事にも利権が絡みますからね。感情私情は一切抜きにして公平に、というのが必要なの。ああいう方が一番適任なのよ」

 「それでも、配慮してくれたほうなのよ。あの教官にも、あなたにも。言葉の節々にそれが出ていたわね」

 千晶さんはそう言いながら肉を切っている。

 「なるほど、ですね」

 

 料理は程なくして、別の肉を焼いて、香辛料で味付けしたものも出てきた。

 更に、野菜と肉の入ったシチュー。

 湖の魚を干したものを焼いた料理も出てきた。

 

 お腹いっぱいになった。

 「どれも美味しかったです」

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。

 

 なんだかとても充実した食事だった気がして、つい笑顔になった。

 二人も笑顔だった。

 

 ここの食事にいくら掛かったのかは、分からない。

 真司さんが自分のトークンで支払ってしまったからだ。

 店の主人も、心得てますという感じだった。


 通りに出ると真司さんは荷馬車を捕まえて、何か交渉していた。

 まとまったらしくて、荷馬車の後ろに載せてもらった。

 

 村まではさほど離れていないが、荷馬車の速度は速かった。

 日が暮れるまでに村に戻れるように、急いでもらったようだった。

 

 

 つづく

 

 ひょんな事から、冒険者ギルドの銀クラスとなってしまったマリーネこと大谷。

 真司は大喜びだが。

 

 次回 エイル村のある老人

 村の老人の様子をみる大谷は、昔のMMOでの事を思い出していた。

 

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