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064 第12章 ポロクワ市 12ー6 トドマの港町と魚醤

 また、やや地味なお洒落服を着て、2人と共に湖の手間にある港町までピクニック。

 雄大な光景を目にする事になる。

 64話 第12章 ポロクワ市

 

 12ー6 トドマの港町と魚醤

 

 翌日。

 朝は起きたらストレッチ。まだ外は暗い。

 

 体も回復したので、鍛錬もいつものように行う。

 まずは着替えて柔軟体操をしてから、空手の基本形。そして護身術。

 

 ブロードソードを使った剣の鍛錬。

 あとはデカい方の鉄剣。これをなんと呼べばいいのか私も分からないので、デカい鉄剣と呼んでいるが。

 昨日の練習でも分かったが、ちょっとした事でも速度は上げていける。

 これの振り回しもだいぶ速度を上げられるようになった。

 やはり少し予備動作が要るんだな。

 いくら体力、筋力の優遇があっても予備動作として少し剣を後ろから振るほうが速度が乗る。

 

 どのくらいまで下げたらどれくらい上がるのか。さらなる研究が必要だ。

 後ろに下げすぎても駄目なのだ。

 得られる効果とそこまでの時間差を考えたら、時間差は最小にしなければならない。

 

 何時だって『速度が重要』である。

 だいぶ汗を書いた。顔を洗って家に戻る。

 

 今日も日が昇り始めると、空は良く晴れている。

 

 今日は東の湖を見に行くのを約束してあった。以前から、見に行きたかったのだ。

 

 そしていつものように、二人と朝食。

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 今日の朝食は、固いパンに少し野菜の入ったシチューのような『何か』。

 塩味が効いている。シチューのようなソレはなにかの肉の細切れと野菜と何かの粉で出来ている。

 なめらかな味だ。たぶんこのパンを作るのに使っている穀物の粉だろう。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。

 二人がニコニコしている。

 笑顔のある食卓というのは、それだけで何でも美味しい。

 

 さて、出かけるのに着替える。

 余り目立たない服がいいというので、服はまたしてもこげ茶襟のブラウスと焦げ茶のロングスカートだ。

 そして首にはスカーフ。白いワンピースでも良かったかもしれない。

 こうなってくると、頭にかぶる、ボンネットとかベレー帽とか、何か作ればよかったなと思った。

 

 湖の畔には村というか、昔はそれなりに大きかった街があるらしい。

 歩いても行ける距離だというので、歩く事にした。

 

 真司さんと千晶さんも一緒である。

 ちょっとしたピクニックか。

 

 南側には所々、林や森があるものの、穀倉地帯が広がる。そしてあちこちに街や大きい都市も見える。

 遥か彼方の東南の方に山が見える。あっちは国境方面らしい。国境はそのさらに先だそうだ。

 林に囲まれている村が見えてきたが、まだ距離はありそうだった。

 

 今回、二人がついてくる事になったのは、案内は勿論なのだが、どうやら二人はトドマの街で、何か買うものと真司さんは街に用事もあるらしい。

 

 今回も魔石のポーチは置いてきた。転生者の二人がいて、危険も何も無いだろう。

 とはいえ、左腰に何時も使っているブロードソードを付けた。

 あとはお金を入れた小さいポーチ。

 

 

 三人でのんびりと街道沿いを歩く。

 

 「田舎道なのに、こんなに整備されているんですね」

 私が言うと、真司さんが答えた。

 「あぁ。ここは昔は北の隊商道といって、それなりに往来が有ったらしいよ」

 「らしいという事は、それはもうだいぶ前の話ですか?」

 「多分、かなり前だろうね。大都市のベルベラディから北に出て、キッファの街を経由して東に向かい、森の脇をずっと通って、僕たちの居るエイル村の前を通ってトドマまで繋がる道で、人の往来も多かったようだね」

 

 ベルベラディ。たしか概要本では、各ギルドの北部方面の本部代行がある大都市だったはず。

  

 千晶さんが言った。

 「トドマの街はその頃の名残があるのよ」

 「へー、どういうのです?」

 「大きな宿とか、大きな船の付く桟橋とか、大きな商会、そこでの商売人のギルド支部が、あったりするのよ。それで今でも人が往来してるわね」

 

 なるほど、あの概要本によればギルド支部は小都市に置かれるという感じだったので、それなりに重要な場所だったのだろう。少なくとも、村に置かれるという事は無いはずだ。

 

 左側のほう、森の中に山も見える。

 道路を歩く人はほとんど無く、時折荷車がゆっくりとトドマの方から来る程度だ。

 

 右の方には林の切れ目からちらっと水面が見る。


 「もう湖が少し見えてますね」

 「大きいですからね」

 千晶さんが同意した。

 

 門まで行くと、門番がやはり二人。背の高い、あの玉ねぎ色の短い髪の毛、細い目の女性だ。

 何処に行ってもあの人たちが居て、門番はまるでクローンのようにも見えるが、よく見ると僅かに違いがあるのだ。

 クローンなら、寸分たがわず同じのはずなので、彼女等は全員が血縁関係か、或いはああいう種族なのか?

 

 真司さんたちが手を挙げると、あの門番たちがにっこり笑顔で手を上げた。初めて見た。

 ま、まあ、生きてるわけだし。感情はあるよな……。

 一番最初に見た時は、剣やら槍持って追いかけてこられたので、一目散に逃げたから、余り観察出来なくて、次の街では入口にいないし。

 

 中にいた玉ねぎ色の髪の毛の彼女たちは、まるで娼婦だったしなぁ。

 その先の村で見た門番も、怖そうな顔で立ってただけだ。

 でポロクワの街の入口の門番の人たちも、厳格そうな表情で立っていた訳だ。

 何というか、こういう普通の人のような反応は初めて見たのかもしれない。

 

 街の中に入ると、大通りはまっすぐ港まで突き抜けていた。

 波止場まで行き、湖を眺める。波止場には、平べったい、やけに長い大きな船らしいものが多数ロープで岸と継っていた。

 たぶん荷物を積んで対岸と行き来きするのだろう。帆が付いてるが、風まかせなんだろうか。オールがどこかにあるのだろうか。

 

 沖合には何隻か、小さい船が浮かんでいる。南の方も同じだ。あちこちに小さい船が浮いている。

 

 本当に広い。とは言っても東側は対岸の山みたいな地形が、何とか見えた。

 距離は相当ありそうだ。一〇〇キロメートルではないだろう、多分二〇〇キロメートルか、あるいはもっとある。

 ここまで距離があると、どれくらい離れているのか分からない。

 

 「ムウェルタナ湖よ。この国で一番大きい湖。たぶん、この大陸のずっと東の方からこの国までの間にここまで大きい湖はないわね」

 千晶さんは横にきて言った。

 

 ここはここで、本当に雄大な自然の景色だった。

 

 南北にものすごく長い湖だが、ふと気がついた。湖岸は平らではなくて、結構、どこも山みたいになっている。

 そして、岸からほぼ絶壁に近い状態で落ち込んでいるようだ。

 もしこの地形が単なる陥没によって出来たのなら、大規模過ぎる。

 

 何か、別の理由だ。

 

 北東に、大きな滝が見え、水が流れ込んでいた。

 真司さんがあれはソルゲト川の大滝と言うのだと教えてくれた。

 「あのソルゲト川の源流の奥の方に銀の森と呼ばれる不可侵の森があるんだ」

 真司さんが呟いた。

 

 銀の森……。私が会ってはならないエルフたちが住まうという森か。

 

 このトドマの街の対岸がカサマの街。ここからまっすぐ南にある街が、カミナの街で道路と港で北と南に大きく分かれているのだそうだ。北カミナ、南カミナというらしい。

 その街は、この前に行ったポロクワ市のあの中心街ポロクワからほぼ真っすぐ東になるという。

 

 そして遙か南にある島がテパ島で、その島の町がそのままテパ村というらしい。

 ここからでは見えない。この光景だけだと、これが海だと言われても信じてしまう広さがある。

 そのテパ島を挟んで、西がコルウェ、東がルッカサ。この二つの街が東の隊商道の港だという。

 たぶんどっちも大きい街だろう。

 

 この巨大な湖へ流れ込む川がソルゲト川しか無いというのが、不思議だ。たぶん地下で水が湧いているに違いない。

 しかし、真司さんも千晶さんも、この湖はとても深くて、誰も地下から水が湧いてるのか分からないと言う。

 

 私は、あの村のあった森のほぼ半分近くを占める湖を思い出していた。

 あそこには、とんでもない(ぬし)が居たがここはそういう事は無いらしい。

 

 「ここには水の魔物は居ないんですか?」

 「どうだろうな、もう今はほぼ居ないんじゃないかな。完全にいないとは言い切れないけどね。何しろデカい上に深い」

 そう言って笑って、続けた。

 「今は普通に漁業が行われているから、大きい水棲型の魔物がいたとしたら、相当前に討伐されたんだろう」 

 そう真司さんは言った。

 

 湖岸を吹き抜ける風は、ゆったりとしたものだった。波止場のちょっと先で、魚が跳ねていた。

 やや生暖かい風が吹き抜けていく。

 

 「海は遠いのかな……」

 「え? 海かい。急にどうしたんだい」

 真司さんが訊いた。

 

 「かなり遠いわね。ちょっと、じゃなくて、相当、よ」

 そう言って千晶さんは笑った。

 

 「海も見てみたかったな、と思っただけです」

 私がそう言うと二人は私の方を見て、千晶さんはこう言った。

 「かなり旅行しないと見れないわ。第二王都まで行く機会があれば、海が近いから見れるかもね」

 

 そして、真司さんが言った。

 「まあ、ここから船でずっと下れば相当遠いが、凄い大きいデルタ地帯があって、その先は海なんだ。ただデルタ地帯の両岸は崖になっているから、岸に上がれない。それでそのデルタまでいく船はないんだ。ただ、東の隊商道の港町から南の隊商道のナンブラという川沿いの街までは、ごく(たま)に船が出る。そこから海までもかなりの旅だよ」


 「解りました」

 ちょっと残念だった。

 二人の口ぶりからいって、かなりの距離を移動しないと無理そうだ。

 

 「どうして海が見たかったんだい?」

 真司さんが訊いてきた。

 「うーん、色々理由はあるんですけど……。一番簡単な理由は、この世界の有り様を端的に表しているのは、海だと思ったんです」

 そう言うと、真司さんは不思議そうな顔をしていた。

 

 「マリーネさんは、つまり海の状態を見たらこの世界がある程度分かって、自分なりに納得できるって言いたい訳だね?」

 「そうです」

 

 千晶さんは、ちょっと微笑みながら言った。

 「三つの月の影響がどれくらいあるのか、知りたい。という事ね」

 「はい」

 三人で、波止場のベンチに座り込んだ。

 

 「かなり影響はあるわね。三つの月の状態によっては海は大荒れよ。沿岸の天気もね」

 「やっぱり、そうですか。この世界は重力も強いし、潮汐力もかなりある。そうしたら、そういう事を予測する天文学とか、ここではありそうな気がしていたんです」

 「この国では海運はほぼ無いから、もっと東の国じゃないと、研究していないのかもね」

 「あと、大きな大陸が東でも西でもまだ見つかってないから、船が発達しきれてない気がするわ」

 千晶さんはそう言った。

 

 「まだ? という事はあるかもしれない、でもやっぱり無いかもしれない。予想としてはありそうだ。でも長い航海をするには海が容易じゃない。そういう事ですね」

 「そうね。そういう部分はまだまだ、相当未発達というべきでしょうね。この世界の全体像は、誰も知らないんじゃないかしらね」

 千晶さんはそう言って湖を眺めた。

 

 時々、水面近くにかなり大きな鳥が来て、大きな魚を捕まえていく。

 大きい鳥だ。羽を広げたその姿は、おそらく四メートルくらいは楽にある。


 猛禽か。背中の色はかなり深い茶色。顔も茶色だが、頭頂部だけやや赤っぽい。

 嘴だけが黄色でよく目立つ。翼の先の部分が白い。お腹の部分は、斑な白。

 尾翼が少し長い。

 魚を掴んだまま、北の方に飛び去った。

 滝の近くの崖に巣でもあるのだろうか。

 

 ピューイ、ピュルルルルル。ピューイ、ピューイ。

 大きな鳥たちが飛翔して来て、上空を旋回しながら啼いている。

 

 時々、柔らかな風が吹き抜けていく。

 

 ここにはゆったりした時間が流れていた。

 

 私は話題を変えた。

 「ここでは、どんな物が美味しいんですか? 魚介料理がありそうなんですけど」

 真司さんは笑っていた。

 「色々あるけど、食べに行くか」

 「そうね」

 千晶さんも同意して、立ち上がった。

 

 三人で、また街中を歩いていく。

 

 色んな店があるのだが、二人はどんどん北の奥に向かっていく。

 彼らがきっとお気に入りの店があるのだろう。

 

 一軒の店に二人が入った。急いで付いていく。

 「お邪魔するよ」

 真司さんは手を上げて入って、奥の席に座った。

 

 「ここでは、魚の料理でも煮たものが美味しいんだ」

 「そうそう。ここに書いてあるザビザビというのが美味しいわよ」

 千晶さんが勧めてきた。

 「じゃあ、それを食べます」

 彼らは結構色々食べ比べているらしい。

 真司さんは、別のを頼んだ。パケパケという煮物らしい。

 何というか、ネーミングが、同じ音を続けるのが多いんだな。

 

 千晶さんは少し迷っていた。何か新しいのにチャレンジなのか。

 ティマティマという煮物にしたらしい。

 三人共全く別になった。

 

 真司さんのパケパケが最初に来た。目玉の飛び出した魚らしき生き物が独特の色をした汁の中で煮込まれている。僅かに匂いがある。その匂いも独特である。

 

 私のザビザビが来た。

 やや細い魚を一回焼いて、煮たらしい。手が込んでいる。味付けはどういうものなのか。

 匂いは僅かだが、明らかに魚醤という感じがする。

 魚は、明らかに淡水魚というのは分かるが、それ以外では私の知識の中にあるどの魚とも一致しない。この異世界なりの進化で出来た形なんだろう。

 

 千晶さんが頼んだティマティマという料理は、匂いが違う。なにか香草の香りとやや甘い感じの匂いがする。

 

 私は手を合わせる。

 「いただきます」

 

 フォークらしきものを二つ使って食べるのか。

 食べてみる。かなり濃厚な魚醤だ。僅かな匂いも独特だが、旨味が強い。

 なるほど、なるほど。焼いた切り身からも味が出ている。

 

 真司さんのパケパケは私のと同じく魚醤ベースだが、私の食べた方の魚醤とは味が違う。

 こっちは魚の内臓に潰した海老が入ったものを発酵させたらしい。独特の癖がある。

 なるほど。かなり濃厚なパンチの効いた味だ。

 

 千晶さんの方は、匂いからして違うのだが。

 僅かな魚醤の匂い消しに、香草が入った魚醤が使われていて、そこに何か果物の甘みが加えてあるという、複雑な味である。

 

 川魚だとどうなのかと思ったが、案外濃い味が出ていた。

 

 魚醤は特有の臭気を発するが、下級の物ほど加熱すると臭気がかなり出る。

 上級の物は、臭気はかなり少なく、気にならない程度だ。

 濃厚な旨味は鍋物に使う時のだし汁によく使われる。

 加工そのものはわりと簡単で、発酵時間がかかるというだけだ。

 古くから行われている調味料である。

 

 普通、魚醤は海の魚と思われているが、元の世界でも魚醤の発祥はメコン川流域付近が始まりとも言われている。メコン川は長い河川だ。そこに住む魚類は一二〇〇種以上だという。

 そして、その河口で最初に始まった。これは魚醤を作るのに大量に塩が必要だからである。

 塩が流通していくようになると、ずっと上流の方で川魚からも作られたという。

 正式な記録はまったく残っていない。文献は完全に失われている。かの地で戦争があったためだ。

 

 海の魚で作ったものはニョクマム、あるいはニョクマン、ヌクマム等と呼ばれる、アレだ。

 

 現在は淡水魚を使う業者はほとんどおらず、小型の海水魚を丸ごと頭も内臓もついたまま使うやり方だ。

 海岸近くの各家庭で作られていたといい、家庭ごとに味が違っているそうである。

 冷所で樽か(かめ)に塩と共に漬け込んで、一八〇日から一年近く熟成させる。

 大体一八〇日程度で魚醤自体は完成するが、長く置くと味に深みが出るという。

 彼の国では、塩を除くと塩気のある唯一の調味料がこれで、実に多彩な料理に使うという。

 元の世界の醤油の代わりと思えば、なるほどという事になる。

 

 これはこの辺が亜熱帯地域にほぼ近いから行われている調味料だろうか。それとも小魚が多く取れるからか。

 いずれにせよ、海から遠い筈の、この場所に大量に塩が運び込まれているのだ。

 

 川魚で作る場合、大型のナマズ等を使い、頭、鱗、内臓を取り出して、身を使う。そして塩水に十分漬け込む。魚の重さの約半分程度の重さの塩を使うというので、かなりの塩を必要とする。これを出来るだけ涼しい場所で一年から二年程度寝かせる事で、出来上がる。大体半年くらいで、タンパク質のかなりの部分が分解し、アミノ酸やうまみ成分である、グルタミン酸などが出る。

 これはメコン川中流地域で川魚から作る文化が僅かに残っていると聞いた事がある。

 

 魚醤の歴史は古く、東南アジア以外にも、古代ローマ時代から既にあったと友人は言っていたな。

 

 たしかガルム(※末尾に雑学有り)という。

 

 元の世界でも醤油や旨味調味料が一般的になるまでは、塩を除けば、味付けの調味料は魚醤が殆どだったという。

 温帯地域での製造には時間がかかり、きちんと発酵熟成させるには最低でも三〇〇日以上必要だった。

 長い物では五四〇日程度かかるという。ここは気温や湿度も関係しているのだろうか。

 地域によって、かかる時間がだいぶ違っている。

 

 加熱して消えてこれだとすると、ここの原液製造時は間違いなく、あの『くさや』レベルだろう。

 これはこれで大変だ。それで、こういうのを製造する場所は、大抵人里離れた所で行われる。

 いわば、腐っているのに等しい匂いを出す魚醤を、最初に食べた人たちというのは、どういう人たちだったのだろうか……。

 この異世界は勿論の事、元の世界での古代人の食への冒険には、頭が下がる思いだ。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。

 二人は笑っていた。

 

 「どうだった?」

 千晶さんが訊いてきた。

 「美味しかったですよ。魚醤の味が濃かったですね。魚の味も焼いてあるからか、身の方の味もちゃんと出てました。そのまま煮ると、この魚は臭みが強いのかもしれないですね。川魚とは思えない食感でした」

 真司さんも笑っていた。


 千晶さんがもう既にお代を支払っていた。

 幾らしたのか。

 

 二人に付いていく。彼らが目指していた店は結構大きな店だ。

 『ポルカドット商会』と書かれていた。


 今回この港町に来た理由の一つが、この魚醤を買って帰るのと、干した魚を買うのが目的だったらしい。

 「ここでなにか買うんですか?」

 真司さんもここには付いてきただけ、という感じでここで買うのは千晶さんらしい。

 「ここで、さっきの魚醤と干した魚を買うのよ。伝手(つて)があって、届けてもらえるから」

 そう言うと彼女は奥の方に行ってしまった。

 

 色んなものが置いてあるのだが、その殆どはまず魚の加工品である。

 それで結構生臭い匂いと、あの乾燥させた魚独特の匂いが充満している。

 

 元の世界でも、西洋の海沿いの国では、タラ等の白身魚の内臓を抜いて、半身にして塩漬けにした物を更に天日にさらして、よく干した物が長期保存の効く加工食品として、かなり昔から行われており、大航海時代には長期航海をする船員たち等の食料として、塩漬け肉と共に活躍した。

 その後も独特の旨味をもつ魚の加工品として食卓に上る。

 天日に干した事で旨味成分であるグルタミン酸が出て来ている。加熱するとそれが凝縮するのだ。

 

 それが、川の魚だったとしても、塩があるなら問題ない。同じ様な事が出来る。

 

 ただ、魚はそこの水の臭いがついてしまう事が多い。水が綺麗なら、食べている餌の臭いとその食べている餌の味になる。そういうものだ。それは河も海も、ほぼ変わらない。河川のほうが影響を受けやすいというだけだ。

 

 さて、ここでは小魚だけではない。なにやら小エビのような形のものが干してある。匂いが強烈。

 ザリガニのようなのを干したやつもある。内臓は取り去ってあるのだろうか。

 蟹の様な物もいた。色々と甲殻類もあるのか。

 こっちには、どう見てもナマズにしか見えない魚を内臓を抜いて丸ごと干した物。

 

 私の知識では、川の魚はせいぜい五〇種類くらいしか知らないのだが、この異世界の淡水魚は全く異なる形も多い。深いからか。あの湖は水深が二〇〇メートルを軽く超えている感じがする。

 

 あの広大な湖に他にどういうのが棲んでいるのか。

 なにしろ亜熱帯から温帯にかかる長大な長さを誇る巨大湖である。種類は豊富そうだ。

 

 真司さんはいつの間にか、お店の外に居た。逃げたな。

 程なくして千晶さんが戻ってきた。

 商談はまとまったらしい。

 後で、荷馬車が魚醤を小さい水甕で二つ。あとは干した魚の入った袋を届けてくれるという。

 

 私もやっとこの匂いの充満した店内から脱出した。

 調味料があると料理の幅が広がる。千晶さんも腕の振るい甲斐があろうというものだ。

 

 次は、真司さんの用事だ。

 少し南に戻り、街中にまた入ってきた。

 港のやや北に入り、少しいった場所にその建物はあった。

 そこは冒険者ギルドの小さい支部だった。

 

 

 つづく

 

 

 ───────────────────────────

 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ー ガルム ー

 

 ガルムとは、古代ギリシャに起源を持つ、魚醤であり、古代ギリシャの叡智の一つである。

 

 古代ギリシャ語のガロス又はガーロンが語源といわれるが、詳しい事は分かっていない。

 古代ローマ世界では最もよく使われた調味料である。

 ありとあらゆる料理に用いられ、レシピ本に置いては、ガルムを使う事が大前提であったとされ、お菓子にすら使われたと伝う。


 さて、このガルムは、極めてまろやか、かつ繊細な味で匂いもごく僅かだったという。

 

 このガルムは輸出されて、海岸沿いのギリシャの都市は海外交易で大きな富を得て繁栄した。このガルムは、その内にスペインやポルトガルの沿岸にある港湾都市でも作られるようになり、ローマに輸出されている。

 古代ローマがこうした都市を征服したのは、このガルムが目的の一つだった事が分かっている。

 

 港湾都市の中にはガルムの工房が存在せず、恐らくは市壁の外に工房があったと考えられている。それくらい製造時は悪臭が酷かったのである。

 なお、それぞれの港湾都市毎に独自の伝統的製法があり、味が異なっていたとの事である。


 製造方法は主として魚の内臓を細切れにし、魚によっては頭もすり潰して使い、そこに身も細切れにして加える。

 場合によっては甲殻類を潰して加える。

 内臓を細切れにする際に魚の血を洗わずに残し共に使うのが良いとされる。

 それ故に、ガルムの事を『腐った魚の血』等と言われていたと伝う。

 

 細切れにした、それを素焼きの長い長い(かめ)に入れ、時々撹拌(かくはん)しながら天日に当てる。

 凡そ六〇日から九〇日ほどこれを行うと発酵、液化が進む。この際に猛烈な悪臭が出る。

 失敗して完全に腐る物も当然あり、激烈なまでの悪臭が出たという。

 その為に、かなり民家から離れた場所で製造する工房が作られていた。

 動物性の分解腐敗臭は、嗅いだだけで涙と猛烈な吐き気を催す刺激臭である。

 

 塩分の加え方次第で腐敗の進行度が変わり、ここに工房の差が出る。

 

 

 完成させると極めて良質の液体が得られる。

 

 これには、大量のタンパク質とアミノ酸が含まれ、大体は核酸が多く含まれる。

 アデニン、グアニンである。

 使用する魚の身や甲殻類により天然のうま味成分であるグルタミン酸を多く含む。

 魚から出るミネラルやビタミンB類も豊富に含まれる。


 漁師は獲った魚を種類ごとに、また部分ごとに分けて並べ、ガルム製造業者が好きな種類の魚と部位だけを原料として選べるようにしていたと伝う。

 地方によっては香草の煎じ汁を混ぜる事もあり、工房の庭で香草を栽培する事も多々あったとの事である。

 

 つまり、ガルムは特定の一種類の海の魚だけを厳選して使う事が殆どで、東南アジアの魚醤のように種類問わずに小魚を全部丸ごと、内臓も潰さずにそのまま入れて発酵させる物とは大きく異る。実際、地中海の鯛だけを使った物が遺跡から発見されており、この事が判明した。

 

 発酵過程が終わると、発酵容器に目の細かい濾過器を入れて透き通った上澄み液を汲んだ。

 この上澄みの液体は、かなり透き通った、やや濃い琥珀色。

 

 魚肉を発酵させた後、上澄みの液体を調味料(ガルム)として取り出した後に残った固形物はアッレクまたはアレックと呼ばれ、最貧層の主食の粥に混ぜて、あるいは最下層の奴隷に出される粥に混ぜて味付けに使用したという。

 残った物を捨てず、二番絞り三番絞りを取らずに提供されたのだ。

 しかし、だいぶ臭い為に最下層の貧民だけが食したのだった。

 

 出来上がった上澄み液である、ガルムは臭いは殆どないか、あるいはわざと臭いを少し残し、香草を混ぜたものは香水として使ったりもしていた。

 

 ガルムには出来栄えや味、匂いなど基準によって細かく等級があり、高級品になると富裕層向け商品となり高額で取引されたと伝う。

 

 ガルムを水で薄めた『ヒュドロガルム』という飲み物が、ローマ軍団兵に支給されていて、兵士たちはこれをやや薄い蜂蜜色になる程度に更に薄めて、そのまま飲んだと言われている。

 ビタミンB群が不足すると、疲れ、(だる)さ、集中力不足等が顕著に現れ、眠気を誘う。

 そのため、『ヒュドロガルム』は兵士たちにとっては、格好の栄養剤であった。

 

 古代ローマにおいては、これは栄養ドリンク剤でもあり、一般においても万病に効く薬とも考えられていた。

 また化粧品としても用いられ、直接肌に塗るなど、ガルムは生活の中において、あらゆるものに使われていた。

 

 生き物から作られる、極めて技術のいる物である為に、しばしばガルムは価格が高騰し、古代ギリシャ時代においても、それが政争の具にすらなったと伝う。

 

 なお、ガルムはローマ帝国の滅亡と共に製法が完全に途絶え、以降、ガルムはどこでも作られていない。完全に失われた技術となった。

 

 ローマ帝国の滅亡と共に、多くの優れた知識や技術や道具は完全に失われてしまい、ルネサンスに至るまで、地中海沿岸は元より、ヨーロッパ全体の文明は大きく後退し、暗黒時代と呼ばれる。

 この時代に多くの知識、技術が失われたままだったが、ガルムもその一つで以降復活する事はなかった。

 

 現在、魚醤自体、西ヨーロッパでは、イベリア半島沿岸部の僅かな港町くらいでしか作られていない。

 それはガルムとは似ても似つかない別物であり、匂いも相当な所謂、現代の魚醤そのもの。

 

 近年ではローマ時代の資料を元にガルムの復元が試みられるも、出来上がるものがガルムには程遠く、まだ再現には至っていない。

 

 二一世紀の技術と知識でも、再現は出来ていないのが現実である。このガルムが如何に高い技術と知識と経験によって作られていたかを物語っている。

 ガルムの再現は、とにかく発酵が相手であるため、条件が厳しく相当に難しいものと思われる。

 

 湯沢の友人の雑学より

 ───────────────────────────

 

 この異世界での本格的な料理は、魚醤を使った魚料理だった。

 川魚の魚醤も濃い旨味がある事を再発見した、マリーネこと大谷であった。

 そして真司の用事はギルドのほうにあるようだ。

 

 次回 冒険者ギルドにて

 ここで、マリーネは思いがけず、自分の実力の片鱗を見せる事になる。

 

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