061 第12章 ポロクワ市 12ー3 新生活
マリーネこと大谷の新しい生活が始まっていた。
村で1人だった時とは大違い、やはり勝手は違う。
朝の鍛錬とお留守番である。
061第12章ポロクワ市12ー3新生活
061 第12章 ポロクワ市 12ー3 新生活
61話 第12章 ポロクワ市
12ー3 新生活
朝起きたらやるのはストレッチ。
何時もの服に着替える。
今日からまた鍛錬だ。剣を二つ持って外に出る。
槍は穂先だけしか無いから、槍はまた竿を作らなければならないのだが、道具がこの家には無い。
槍は暫くお預けか。
この時間はまだ暗い。空には二つの月が西に居た。大きいのと赤い小さい月が見える。
今が何時頃なのかも分らないが、鍛錬開始。
まず、久し振り過ぎるので、柔軟体操からだ。
そしてあの護身術。
呼吸法から。
そして護身の構え。左から防御の型を繰り出していく。
まだ体を充分に動かせている感じがしないな。
やはり体の方のブランクが響いている。寝込んだのも長かったが、その後のリハビリがこれまた長かった。
飢餓で倒れました、死にかけました。とかシャレにならないな。
なまじ体の優遇が飛び抜けすぎていて、自分が我慢すると何処までも我慢できてしまうとか、やばすぎる。
……
最後の後ろに中段への竜拳。くるっと振り返る。手を腰につけて、一礼する。
そして息を整える。
まずはブロードソードを振るう。
居合抜きから。やはり剣の速度は以前より確実に落ちている。
これは時間がかかりそうだ。
そしてあの大きい方の鉄剣。
体は充分温まっている。
まずは正眼に構える。
そして上段に大きく振り上げて打ち込む。何本も行った。
左八相。
ここから一気に下へ打ち込み、剣を戻す。左八相から、体を左にさらに捻って剣を水平に右に向かって全力で払う。
手首を返し、そのまま今度は大きく右から左へ払う。
剣を戻し中央へ、そのまま前へ踏み込んで突き。
もっと速度を乗せる剣筋が必要だ。今のままでは無駄があるのだろう。
何度か行った。竹刀や木刀のような訳には行かない。
バランスは重心が剣先方向にあるのだから、それを充分に活かす必要がある。
そして、こんな遅さでは魔獣に殺られる。もっと速く。
右八相構えから右肘をさらに上げて、剣を前に突き出し、そこから踏み込んで一気に突く。
そこから剣は右上に行き、斜め下に払った。
今まで、ブロードソードの居合抜刀術に頼りすぎていた。
剣が短い事もあって、間合いを充分にぎりぎり引きつけて、抜いて一気に払って倒す。
抜いた瞬間に相手を斬るのに頼っていたので、この大きい剣では居合が出来ないからこの剣なりの殺法が必要だ。
そして、鍛錬するしか無い。
居合では倒せなかったのが、あの四頭同時の黒ぶちのキツネもどき……。そしてあの二頭の連携。
そしてあの時に過去最高の剣速が出せた。
そう、居合ではない。あの速度だ。
こういう我流の剣では、何処まで行っても研鑽を長年積み上げた上に編み出された剣術には遠く及ばない。
そういう時に相手に勝つには、やはり速度しか無いのだ。そして剣先が重い剣ほど威力が増す。
何処まで行っても勝負を決めるのは、やはり、速度だ。
『速度が全てを解決する』
これは変わらない。
ダガーに持ち替えた。
異様なほど軽く感じられる。持っているのか? というくらいだ。
試しに右手にダガーを握ったまま、空手の様に突きや手刀の型を出す。
そのまま右後ろ回し蹴り。そこへダガーを突き出す。
手の払いの動作や突きに全てダガーが加わった、新しい『何か』が出来た。
これは……。試しに両手がダガーになったら、どうだろう。
やってみる。たぶん、空手の型とあの護身術の型と両方混ぜた、怪しい動きだ。
こんな出鱈目な型をもつ殺法は存在しないかもしれないな。
たぶん喧嘩殺法みたいな、『何か』だろう。
新しい謎の流派の開眼である。まあ、冗談だ。
今まさに、このダガーと私が呼んでいる短い剣を二つ使った、二刀流の格闘術のような『何か』を編み出しつつあった。
……
汗がだいぶ出ていた。外の空気はそれほど暑くはない。空気はあの村より、だいぶ濃い。たぶん。
今日はここまで。
息を整えていると、真司さんが出てきた。
「おはよう。マリーネさん。朝早いね」
「おはようございます。真司さん。ちょっとした体操です」
ふっと真司さんが微笑んだ。
「とても、ちょっとした体操に見えないね。その剣を振っていたのかい?」
「あ、はい。だいぶ寝込みましたから、どれくらい鈍ってしまったのか、確かめたかったんです」
「見せてくれないか? 君のその剣を」
私は小さく頷いて、ブロードソードと大きい方の鉄剣を差し出す。
両方持った真司さんの目が見開かれる。
「この大きい方の剣はかなり重いぞ。こんなのを振っていたのか」
「まだ、練習中です。今の速度ではとても実戦には使えません」
真司さんはこの剣をじっと見つめていた。
─────────
真司は思った。
全体はかなり荒削りな作りだが、諸刃の剣で刃の長さはたぶん八〇センチそこそこ。とにかく刃の幅が広く、そして分厚い。
こんなに分厚い剣は見た事がない。
もう一つの方は短い。よく打たれている剣だ。これはショートソードだ。彼女の身長からいって、これが普段の剣か。
─────────
「この短い剣で、すこし練習の剣筋を見せてくれないか?」
そう真司さんは言った。
私は小さく頷いて、ブロードソードを受け取り左腰に収めた。
一礼する。
いきなり抜刀。剣先は右上へ。そこからいっきに左下方に向かって払う。手首を返して左から右上へ。
そこから右八相。右上から半歩踏み込んでやや中央へ振り下ろした。そこから大きく振りかぶって、地面スレスレまで打ち込む。
……
私は振り返った。
「これくらいでいいでしょうか」
真司さんはその剣筋をずっと見ていたようだった。
「ああ。大したものだ。最初の抜刀は良かったね。凄い早い」
真司さんは、そして言った。
「ブランクが影響してるのかな。右下方にやや隙きを見せた感じがあるね」
はっとした。鋭い。さすが転移者の勇者というか剣士だ。観察眼も鋭い。
「すみません。だいぶ寝込みましたから」
ははっと真司さんは笑った。
「まあ、焦らずにゆっくりだよ。体を壊したらなんにもならないさ」
「ありがとうございます」
私はペコリと一礼する。
とにかく居候な私は何か彼らの役に立てるような事をしたいのだが、ここには道具も無いので作って役に立つとか出来ないのがもどかしい。
もう日が昇って、いつものように二つの太陽が東から顔を見せていた。
そうこうしていたら、千晶さんが私たち二人を呼んだ。
「朝食、出来たわよー」
いつものように彼女の笑顔が眩しかった。
この異世界、他ではどうなのか知らないが二人は必ず朝食を食べる。
千晶さんが、少し硬目のパンとスープを出してくれる。この硬いパンをスープにつけて食べる。
いつものように手を合わせる。
「いただきます」
軽くお辞儀。
二人が笑っている。
スープは勿論、毎回色んな、やや濃い味がする。私が村で作っていた塩漬け肉を放り込んで胡椒だの葉っぱだのを入れたのとは、もはや次元が違う。
あれはあれで、肉のエキスと塩味、若干の胡椒とかで素朴な味だった。
あの寒村で出来る範囲といったら、あのくらいだったのだ。なにしろ農作物が何も無い。
食べ終える時に、パンで皿を拭って食べた。
たしか、大昔のヨーロッパとかでは、シチューとかはこういう食べ方をするのが、一般家庭ではマナーになっていたと友人から聞いた。
理由は簡単である。残さず食べるのと、お皿を洗うのが楽になるからであった。
残すのは重大なマナー違反である。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
軽くお辞儀。
食べ終わると、片付けと皿洗いは、任せてもらうように頼み込んだ。
千晶さんが、そんな事をしなくてもいいと言うのを、私が押し切った。
何もしてない居候では、私が申し訳なさすぎる。
皿は井戸水を汲んで、桶に入れてそこで洗う。村では全部一人だったから、こういう雑用も苦にはならない。
何時もの事だ。
そういえば、ここも家の裏口と井戸とトイレの間には渡り廊下と屋根だ。
雪はありえない。となると、激しい雨でもあるんだな。たぶん。
あの村の時ほどには長期間降らないにせよ、まとまった雨の期間があるのだろう。
洗濯も任せてもらう。
そうしたら、二人は森に行ってくるという。かなり付いて行きたい気持ちを抑え込んで、笑顔で送り出した。
「いってらっしゃ~い」
二人が手を振っていた。たぶん千晶さんの薬草摘みがてら、二人の連携で狩りでもしてくるのだ。
その光景を是非見たかったが、次の機会にしよう。
まず竈の火は落とさないで置いてもらったので、お湯を沸かす。
そして、とにかく洗濯である。
女性物をこの中身が五〇もだいぶ過ぎた、草臥れたおっさんがやるのはどうかと思うが。
竈の近くの灰を入れた桶を持って裏手に廻り、大きな盥にやや熱めのぬるま湯を入れる。
そして二人の服を洗い始めた。
女性物の下着を洗うのは、かなり気恥ずかしかったが、引き受けた以上、きっちり丁寧に洗う。
布地を傷めないよう、デリケートそうな部分はそっと洗った。
そして、日当たりの良い所に上着とか真司さんのズボンとかそういった物を干した。
下着は最初は日陰干し。生乾きを確かめて、日にさらして干すのは最後だけ。紫外線の殺菌効果を期待しての事だ。
昼過ぎには全部終わってしまう。
では、全て取り込んでアイロン掛けだな。
アイロンはここにもあるからだ。炭を入れるタイプ。
炭を竈で火を付けて、七輪のようなものにいれて、作業できる場所を探す。其処においてアイロンの中に炭を火箸で入れる。
温度を見極める。アイロンの底の温度だ。
八〇度Cから九四度C。ややばらつきがあって、中央部は一一〇度Cを越えた。炭を動かしてできるだけばらつきを少なく。
焦がすわけには行かない。お湯とタオルも持ってきた。霧吹きがないから、タオルをお湯に濡らして絞って、洗濯物の上に置いてからアイロン掛け開始。
生乾きなら、これは要らないのだろうが、私の気分的な問題だ。洗濯物はぱっさり乾いた状態にしたかったのだ。
……
どんどんアイロンを掛けていく。時々炭の位置を変えたり、追加したりしてアイロンの温度も調整。
村でも散々、自分の服にやったのだ。お洒落着に丁寧にアイロン掛けも何度かやった。
もはや慣れている。
どんどん掛けていくと、あっという間に終わってしまう。終わったものは丁寧に畳んだ。
……
七輪のようなのに入っている炭は消すための壺に入れて、竈の火も消した。
そして、いきなり手持ち無沙汰になる。
もっとゆっくりで良かったな。暇になると困るのだ。
そうだ、買ったあの本を読もう。
まだ読んでいなかった。
ギルドの概要が分かるだけでも、私には有り難い。
この国は、案外まともっぽいから、ギルドの仕組みもきっとそれなりにしっかりしていそうだ。
概要とは言え、ある程度はしっかり書いてあるようだ。
……
……
本をあらかた読み終える頃に二人が戻ってきた。
見慣れた様な獲物がいる。あのネズミウサギの魔物だ。
三羽ほど、真司さんが背負っていた。
私は直立不動、きっちりお辞儀して出迎えた。
「おかえりなさいませ」
二人は笑っている。
「まるでメイドのようだね。そこまでしなくていいよ」
笑いながら真司さんは言った。
さっそく、獲物の血抜きをしていく真司さん。私も手伝う事にした。
千晶さんは夕食の支度である。
腹を捌いて内蔵を抜いた。少し小さい川に吊るすという。
村の中にある小さい川に棒が組んである。其処にロープで吊るして、ちょうど獲物が川の中に入るようにした。
翌日の昼過ぎには肉を捌こうという事になった。
「魔石を抜いたほうがいいのでは?」
「ああ、そうだった。先に抜いておこうか」
川から取り出して、頭蓋骨を割っている真司さん。
私もダガーで眉間から鼻方面に少し割って、其処から頭頂部後ろまで切って、中をダガーで探り、頭を少し割って石を取り出す。
私の作業を見ていた真司さんはもう一羽、頭を捌きながら言った。
「マリーネさんは、随分手慣れているな」
「村では何時もやってました」
血の匂いは相変わらず噎せそうになるが堪えた。
「なるほど。そうだったのか」
三個の灰色の魔石が集まった。桶の水で洗って彼に渡した。
「これはどうするんですか?」
「ああ、これは冒険者ギルドに持っていく。けっこういい値段で売れるんだ」
「そうだったんですね」
「こういう収入が、地味に欠かせないのさ」
彼は笑った。いい笑顔だった。
私も笑った。
概要書によれば魔石は魔法師ギルドだったが、冒険者ギルドでも買い取るのか。覚えておこう。
真司さんもやはり首の所に、ギルドの階級章を付けていた。
千晶さんと同じだ。白金の小さな横長のプレートに左に○三つだ。
ただ、彼のは縁が赤く塗られ、その内側に黒いラインがあった。
千晶さんが同じランクにいないと、やりにくいと言っていたが全く同じだった。
つづく
お留守番中は、洗濯とアイロン。それも終わったら本を読んで見た。
この国のギルドの事が、大雑把ながら分かってきた。
次回 ギルド概要本
この国ギルドの概要とは。