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056 第11章 森を抜けて町へ 11ー2 彷徨

 とある田舎町に入り込んだマリーネこと大谷。行きかう人々の会話は理解できない。

 そして街角でトラブルが。

 56話 第11章 森を抜けて町へ


 11ー2 彷徨(ほうこう)

 

 あの親子を助けた場所に来るともう動物たちの死体は無くなっていた。

 野犬や肉食の鳥や、あの魔物の犬たちが処理したのだろう。

 あのアルパカ馬二頭を置いた場所には夥しい血と僅かに骨が残っていた。

 肉を切り取っておきたかったが、しかたない。

 

 東に向かうと橋があった。あの時、渡ろうかと思っていた橋だ。

 橋を渡りきると村というよりはちょっと片田舎街といった風情の集落。

 

 ここは門番がいない。しかし夕方以降は門を閉じるのだろう。

 もしかしたら中に居るのだろうか。

 取り敢えず門はある。魔物対策だな。

 門が空いていて、誰も咎めないので中に入ると、それなりに人がいる。

 

 すれ違う人には、にかーと営業スマーーイル。印象を悪くする必要など無いからな。

 

 街角の人々を観察する。

 様々な人々がいる。服装も色々だ。すれ違う彼らは皆、背が高い。

 大人しかいないのだろうか。二メートル越えるような男の人たちに混ざって、やや背の低い女性。

 

 そしてあの時見た、門番の人とほぼ同じ顔、高い背で玉ねぎ色のやや短い頭髪の女性が何人か居る。髪型はショートヘアというやつか。正式な名称は判らないが。

 整った顔立ち。やや細い目ながら、美しい顔だった。門番の人のような凛々しさはなかった。どこか腑抜けたような顔だが、妖艶(ようえん)さを漂わせている。

 身長はこの女性たちは全員二メートル越え……。しかも全員がほぼ同じ背格好だ。

 背が高いな。ちょっとだけ羨ましかった。

 門番仕事のオフなんだろうか。

 

 私はびくっと体が反応したが、こっちを見てもただニコニコして、何か飲んでいる。

 私も営業スマーーイル。

 彼女らが手を振った。その時に大きな胸が大胆にも、こちらに見えた。

 

 彼女らはやや(はだ)けたような、言い方が適切なのか迷うのだが、淫らな服を着て廻りを見ながら飲み物を飲んでいる。

 時々スリットから大胆に太ももが見え、大きい胸がチラチラと外に見えている。

 何なんだろう、娼婦(しょうふ)なのだろうか。

 

 よく見ると髪型も色も顔もほぼ同じにしか見えない人があちこちにいる。

 服装は違うのだが、みんな似通っていた。いわゆるストリートガールなんだろうか……。

 

 そしてそんな彼女等をよそに、背の高い男性たちが行き交う。

 みんな二メートル越え。

 

 肌が褐色の人、真っ白で顔色さえ悪く見える様な人。顔だちも違いたぶん人種? が違うのだ。

 やや丸い顔に団子っ鼻のような男性陣。背の高さは一八〇センチくらいか。ここの長身男性たちの中では、やや低い身長なのだな。

 紳士な服とその顔が全く似合っていない。そしてなにか物凄い速さで会話して、その数人が熱弁を振るいながら歩いていく。

 

 時々、私の方を指さして笑っている女性たちがいた。

 このバカみたいにでかいリュックとその後ろにつけた剣が目立っているのであろうな。

 仕方ない。

 にかーと営業スマーーイル。とりあえず笑顔を返しておく。

 

 ……


 後で気が付いた。服が泥だらけだったのだ。たぶんそれで笑っていたのだろう。


 ……

 

 耳がやたらと長いのだが、のっぺり顔でやや鼻が長い上、それが鷲鼻ではなく丸い感じの男性や女性。明らかに、元の世界でよく漫画とかで見たエルフともまったく異なった不思議な顔の人々だ。ムーミンが近いのか?

 まあヨーダ顔でないだけ、まだまともなのか。

 

 鱗が少し付いたような肌の男性は、ズボンだけだ。肌の色はやや薄蒼い。そして上を着ていない……。何なんだろう。この人は。色からして水棲人のようにも見える。

 しかし、明らかにリザードマンです。という様な顔立ちではない。人間顔の横に棘が出て居るようにも見えるが。

 

 オークだ、ゴブリンだ、ホブゴブといった、伝統的な亜人がいない。

 トロールだのも、今の所いない。

 まあ、仮に居たとして、こんな街中には出てこないか。

 

 横を通ったのは、彫りの深いがっしりした顔立ちの男性。服装も結構まともだ。

 あの時、村にいきなり来た紳士の顔立ちに近い。

 似てるとまでは言わないが。

 

 そしてイケメンな若い男性も結構いる。

 

 ……

 

 つまり此処って人種というか種族の坩堝なのか?

 コスモポリタニズムな街に集うコスモポリタンな人々なのか?

 こんな片田舎なのに?

 ここが大都会とかで巨大な商業都市とかいうなら理解もするのだが。

 不思議な場所だ。


 ……


 そして彼らの話す会話は、何一つ判らなかった。

 しょんぼりと街角の家の脇にしゃがみ込む。

 

 すると背の大きい、例の玉ねぎ色の髪の短髪の淫らな服の女性が来た。同僚なのかもうひとり連れて。

 私の方を指差して何か言ってるのだが、さっぱり分からない。

 その際に何度も服の合間から大きな胸が揺れて外に見える。

 この人たちには、羞恥心とか無いんだろうか? あれが普通なんだろうか。

 

 それともあれは営業スタイルで殿方にアピールなんだろうか。

 

 然し。そもそも、それを咎める人も目を背ける人も、好色な目で見る殿方もいない……。

 つまり、この光景はあまりにも日常的な光景であって、彼らの興味対象外、という事を意味していた。

 どういう道徳なんだろうな。この街は。


 彼女等は、やはり娼婦なんだろうか。実はあれで高級娼婦で、普通の人は遊べないとか、そういう事なのか……。

 あるいは元の世界の芸者さんのように普通の人は遊べない存在とか……。

 ぼんやり、そんな事を考える。

 

 元の世界の男性の姿の時なら、いくらか考慮しないでもないが。

 今の幼女の姿でどうしろと。

 

 とりあえず営業スマイルを返しておく。

 暫くの間、その女性は連れの女性と話していたが、また歩いていって別の店に入って行った。

 

 ……

 

 暫く見ていると今度は、奥の方から街のチンピラが数人やってきて、街角に立っていたその女性ひとりを取り囲んだ。

 会話の内容はさっぱりわからないが、おおよその見当はついた。

 

 五〇も越えるおっさんなのだから、独身で大都会に暮らしていれば、繁華街のストリートガールの四人、五人くらいは拾った事もある。

 性欲だって人並みには持ち合わせていた。

 別段、聖人君子の様に暮らしてきた訳じゃない。

 

 あの様子だと、無理やり数人で楽しもうや。というふうにしか見えない。

 あの女性はかなり嫌悪の表情で猛烈に嫌がっているようだ。

 

 周りの人々は、まるでその光景が見えていないものであるかの様に振る舞って過ぎていく。


 私は、やっぱりこういう事が見過ごせない性分なのだろうな。

 軽いため息をついた。

 その取り囲んでいる男の踝に脚を軽く引っ掛けた。

 男は派手に転んだ。

 

 「この!ガキー、何しやがる。さあ、この怪我の埋め合わせにその荷物を貰おうか」

 (○△!▽◇※!■○◇□ ▽▽ □※※○○□※□▽⊿■)

 勿論、何を言われてるか、さっぱりわからない。

 

 あの時の牢屋でのムチの仕置の、あの死んだ魚のような目の太った男の喋ってた言葉とも違うな。

 何を言ってるかはわからないが、罵詈雑言(ばりぞうごん)が飛んでいるのだ。

 廻りの男が詰めてきて、荷物に手を出そうとする。


 まあ、でかいリュックを背負っていた所で、街のチンピラはたぶん私の敵ではない。

 少しやってみるか。足は猫脚。踵を上げる。

 

 真後ろのヤツから潰す。

 急に全力で振り向く。リュックに付けた剣の飛び出した先が当たって右横の男が悲鳴を上げた。

 

 振り向いて前にいる男は背も高い。遠慮せず竜拳を金的に打ち込んだ。

 男が白目を向いて仰向けに倒れた。

 

 そのまま左側のさっき剣が当たった男が前屈みなのを見て、一歩踏み込み、腰をいれて鳩尾に竜拳をぶちかます。

 

 右側に居た男が向かってくる。何故か反射的に私は踵を更に上げて、全力の右後ろ回し蹴り。空手技が出てしまった。

 そいつの脇腹に豪快に私の踵がめり込むように命中し、男がグギャッという悲鳴と共に横に倒れた。


 手加減も遠慮もしない。今の私は少し気が立っていた。

 

 あと一人。何やら罵詈雑言を飛ばしていた、その男が殴り掛かって来てるのだろうが、遅すぎる。

 その男の腕の肘を下から取って左手で上に持ち上げた。

 背がまったく足りないので、相手にしてみたら、腕を掴まれた、くらいだろうか。

 

 右手に握った竜拳をその男の金的に、遠慮なく打ち込んだ。

 グゲッという蛙の潰されたような声を上げてその男は真後ろに倒れた。

 

 あっけなさ過ぎた……。

 しかし。いささかやり過ぎた。

 

 ここに至って、周りの人々の空気が変わった。

 

 周りの人々がざわついている。ほぼ一瞬で四人が転がったのだ。

 金的に拳を喰らった二名はしょんべん垂れ流しながら、痙攣(けいれん)していた。

 脇腹に私の踵を喰らった男は、泡を吹いて気絶。

 鳩尾(みぞおち)に喰らった奴も悶絶して倒れていた。

 

 街の人々が私の方を指差している。

 それだけではない、どうやらチンピラの方へも指差して何か言っている。

 やり過ぎたか。

 金的に打ち込んだ二名はもう、男の機能は死んだだろうしな。

 

 何やらざわつきが大きくなった。

 奥の方から何人かが向かってくる。

 

 仕方ない。何かざわついている彼らのほうを向いて、思いっきり笑顔だ。

 にかーと営業スマーーイル!

 そして走り出した。

 

 私は、ダッシュで街の東側から外に出た。

 そのまま街道らしき道を少し走って門がだいぶ遠ざかった所で歩きに切り替える。

 

 歩きながら、考えた。

 つい、やってしまった。


 ちょっとやりすぎたが、後悔はしていない。

 少々どころかだいぶ、自分も鬱屈(うっくつ)していたのは認める。

 会話が理解できず、喋れないという状況の辛さに、心中に鬱積(うっせき)した憤懣時(ふんまん)をぶちまけたのは認めざるを得ない。


 かなり自分の中にどす黒い物が溜まって憂さ晴らしに、チンピラ相手に喧嘩を売ってしまった。元の世界なら絶対にやっていないだろう……。

 

 然し、まずいな。あのチンピラか不良連中。

 さっきの街の有力者のドラ息子とか、有り得る話だな。

 そうなると、たとえ不出来の息子であっても、メンツだけでなく、男の機能まで潰されたとあっては、怒りが収まらんだろうな。

 あの街は、私は出入り禁止かもしれないな。


 ……

 

 街道に居るとまた、厄介事に巻き込まれかねないが。

 トボトボと歩く。

 食料もなく、ただただ当て所もなく、彷徨う。

 

 残っていた僅かな燻製肉は、もう傷んでいるのを通り越して腐っていた。

 あの熱帯雨林を抜けた時、湿度も高かった。致し方ない。

 川に投げ捨てる。

 あの魔犬の肉、もう残っていない。

 

 しかたなく川で水を飲んで空腹を紛らす。

 もう何日、そうしたのだろうか。

 

 川を渡る橋を越えると、すぐの場所に村があったが、そこには行かずに一度南に向った。

 何日か歩くとまた村だ。

 村に入るべきか。


 逡巡した。


 門番はまたしても、高い背で玉ねぎ色のやや短い頭髪、目の細い凛々しい女性が二名。

 何も言わなかったし、止められなかった。


 恐る恐る、入ってみる。人が少ない。

 農村なのか。道路には(まば)らにしか人がいない。


 少し歩いてみたが、看板の出ているお店の中にいる人々以外は、道を歩いている人は僅か。


 ……


 さらに進む。

 へたくそなナイフとフォークらしい柄の看板。

 たぶん食事できるのだろうが、私はお金がない。そして喋れない。


 だめだ。くるっと踵を返し、もと来た道を戻る。


 もはや、人に合う事すら怖くなった。

 どの道、あの念話の紳士のような御仁がいない限り、会話もできない。


 心が折れそうだ。

 

 結局、もと来た道をどんどん戻る。


 北に上がった。以前に見た村を横目で通り過ぎて川沿いに、更に北へ。

 

 川沿いに上がったが、この川は徐々に東に向かっている。

 あのおばばは、銀の森に行くなと言っていた。これ以上、東方面に上がってもいけないのだろうな。

 どれくらい先にあるのかは知らないが。

 

 川辺で顔を洗い、水を飲んだ。

 

 ここで焚き火をしても食べるものは無い。

 完全に食料ゼロ。

 

 狩りをすれば、調達可能だろうが、今の体力で魔物と殺り合えるのかは分からない。

 この魔石を手放せばどんな魔物が私を餌にしようと来るか分からないのだ。

 しかし、魔石を取り敢えず離して置かないと、普通の獣も狩りが出来ない……。

 

 詰んだな。うん。詰んだ。

 草でも食べろというのだろうか?

 

 川沿いにもうすこし北の方に向かう。あまり上がってもまずいのか。

 

 もう、ここ二〇日以上、水しか口にしていない。

 ノロノロと川沿いをさらに東北に向かい、少し歩いていた。

 流石に限界が来ていた。体の中のグリコーゲンを使い切ると死ぬんだっけ。

 

 がっくりと膝が折れる。地面に両手をついた。

 

 だめだ。こんな所で終わったら、何の為に下に降りたんだ。

 

 まだだ。先に進むんだ。

 

 ─────────

 

 だが。

 既にマリーネの体は限界をとっくに越えていた。

 もう大谷の強い意志だけで、ここまで来たのだ……。

 

 いくら優遇を貰っていても、限界を超えた飢餓には抗う事が出来ない。

 

 ─────────

 

 

 ………… ここまでなのか。

 

 体が前に倒れ込んだ。

 すうっと視界が暗くなっていく。

 

 もう意識さえ眠ったかのように動かなかった。

 

 

 つづく

 

 とうとう行き倒れてしまった、マリーネこと大谷。

 状況の打開が出来ず、とうとう詰んでしまったのだった。 

 しかし、この行き倒れが、この場所、この偶然が、必然を呼びマリーネの運命を大きく動かす。


 いや、ただの偶然など存在はしない。グラハースの第2法則は、偶然の一致を否定する。


 そして運命の歯車はまた1コマ動き、回った。大谷にどこまでも因果はついてまわる。

 

 次回 ロゼッタストーン

 

 マリーネこと大谷の背負った運命が動いていく。

 

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