053 第10章 樹海を越えて 10ー4 ジャングル
マリーネこと大谷は、黙々と密林を抜け、とうとうジャングルに至る。
そして、ジャングルの中に何かの遺跡を見つけたのだった。
53話 第10章 樹海を越えて
10ー4 ジャングル
滝から西へ行くと、またうす暗い森になる。
こっちは、本来の意味であるジャングルになっている。
つまり、上からの光があるので灌木に蔓が絡みついていて、鬱蒼としている。
要は、とても歩きにくい。歩く場所を片っ端から切り裂いて行かなければならない。
藪こぎ。それのもうちょっとハードルの高いやつ。
鉈を出すべきか迷うが、取り敢えずはダガーで切っていく。
それほど続かないはずだからだ。しかし、大きいリュックと後ろに括り付けた大型の剣が切り払った蔓に邪魔されて歩きにくい。
こうなっているという事は、過去にここは何らかの理由で、だいぶ広く木が倒れたりして、光が指すようになったのだろう。
ジャングルというのは、元の世界では多分多くの人が間違った意味で覚えている。
本来は熱帯雨林の下といっても灌木の下で下生えの草や蔓植物がびっしりと密生している事を指す用語だ。
灌木とは高さ六メートル位から、伸びても八メートル止まりの低木をいう。
元の世界では熱帯雨林の内部には高木と亜高木がびっしり密生している。そうなれば光が下に差さない。これは大樹海もまず同じだ。そういう場所には蔓植物は生えない。
これはジャングルではない。
樹海とはほぼ単独の種類の高木で構成された大森林。それもかなりの地域を覆う森林をいう。シベリアにおける針葉樹林の大森林やアマゾン流域の熱帯雨林だが、熱帯雨林の場合は完全に単独の木で構成されている訳ではない。
日本なら富士山の周辺に広がる青木ヶ原大樹海や乗鞍岳があるだろう。大雪山の場合はハイマツ帯だ。しかし、これはあくまでも元の世界の話。
生えてる種類が一種類や二種類じゃないが、びっしりと高木で構成された大樹海をだいぶ歩いて抜けてきた。たぶん、この異世界では普通なのだろう。
ここはなんといっても「異世界」だ。
しかし川沿いとか道路沿い、焼き畑跡地等ではやたらと日光が差し込むため、蔓植物やら灌木やらが密生して、通る事自体が困難になる。
從って範囲はそう広くはない。そういう地域をジャングルというのだ。ジャングルジムのほうが遥かに元の意味に近い。
高層ビルが立ち並ぶ大都会をコンクリートジャングルとかいう和製英語がいけないのだろう。いったい誰があんな出鱈目な和製英語を作りだしたのやら。
…………
食料がだいぶ乏しい。渋々非常食とした村で作った燻製肉を少し切り出して囓る。
水も一口だけ。
おばばの所で薪は増やせたが、まだ先が見えないのでここで浪費するわけには行かない。
こういう地域で気をつけるべきは、蛇を含む爬虫類と昆虫、毒蜘蛛などだ。ジャングルだと獣は通れないので、こういう場所は蛇とか蜘蛛とか昆虫等といったものが出てくる事になる。
通常の場所と棲んでいるヤツラも変わってくる。ただし、蜘蛛は大抵、積極的に襲っては来ない。
蛇とか毒を持つ昆虫のほうが危ないかもしれないな。もう一つ注意すべき生き物がある。
それは蠍だ。
しかし、蠍の中で致死性の猛毒を持つものは意外に少ない。
元の世界では一七〇〇種類以上いるのに人間が死ぬような毒を持つものはたったの二五種類なのだ。
ただ、蠍は種類の同定が難しい。似たような異形な代物が一杯だ。
まあ、この惑星というか「異世界」が、元の世界のような歴史を同じ様に刻んでいなければ、蠍はいない。
うん。アレの起源は古すぎる。
いくらなんでも四億年前の節足動物まで同じっていう事は無いだろう。
あまり詳しくはないどころか、この時代にまで遡るといくら古代が好きでも知っている事は僅かだ。
古生代の時代は目茶苦茶沢山の種類の生命が生まれた。
神様の悪戯時なのかというくらい出鱈目な、異形の水棲生物が数多生まれた。
おおよそ、生命の可能性を限界まで追求したのかという位の勢いだろう。
そして海の中はそういう出鱈目な形をした生物同士の激しい生存競争の場と化した。
そこで、新天地を求めて海から陸に上がった節足動物がいた。それが蠍の形になった。
出鱈目な、とはいったがそれらは現代の人間から見たら余りに異形というだけだ。
そして彼らは恐らく最初は同じ節足動物を食べていた筈が何時しか昆虫が餌になった。
逃げられたりしないように、一発で相手が動けなくなる様に進化したのだ。
それがあの、尻尾の棘から出る毒だな。暴れられないように神経毒になっていったのだろう。
いや、違うな。
恐ろしい程の種類がたぶん陸上にも発生し、その中で神経毒を獲得した物だけが、生存競争に打ち勝って捕食者の地位を獲得し生き残った。
あの棘の付いている尻尾みたいな部分も本体の一部であって、それが変化して自在に動かせるようにあんな形になった。
そういう進化をしたという事だな。
なんにしろ、石の裏や物陰でずっと餌を待ち、一撃で仕留めるものもいる一方で、自分から積極的に狙いに行き、一度狙ったらどこまでもとことん追いかけてくる蠍もいたりする。
そうやって捕食者としての進化を遂げて完成に至る。
蠍の形は恐らくそこから殆ど何も変わっていないだろう。数ヶ月もの間、水も餌も無しでも死なない。彼らの体は究極のエコで動いている。
そういう進化をしたせいで、もうこれ以上進化する余地がない所に到達したのだろう。
斯くして、あの異形の姿のまま二億年は軽く越えている……。
この時代、気の遠くなるような種類が生まれ、これまた気の遠くなるような生命の試行錯誤の結果、独自に適応したものだけが生き残ったのだ……。
……
という事は、だ。この世界ではもっと出鱈目な形をした生物が選択的に生き延びている可能性は大いにある。それは否定しない。
うん。なんといってもここは「異世界」。
……
所々、かなり蔓が多い。ダガーでぶった切るのも相当な手間が掛かる。
灌木も時々は切り倒さねければならない。
本当に厄介な場所だ……。
……
あの村のあった盆地の湖にいた鰐もどきもそうだった。
目がおっそろしく長い触覚かと思うような状態だった。あれはもしかしたら複眼だったのかもしれない。私の方を見ていたあの左眼は恐らく全周レンズのような複眼。右眼を潰して居なければ、どうなったかすら、定かではない。
あの主に食われてしまったので確定ではないが、おばばが言っていたズオンレースと同じように、気配を消せる能力も持っていたのだろう。
更にあの長い目で、前後左右だけではなく上下も別々に見る事が出来ていた可能性は大いにある。片目潰されても私の動きは全て見切られていたのだ。
私の攻撃が全て躱されていたのも、そういう事かもしれない。
しかも恐ろしい早さで目の再生が始まっていた。元の世界の鰐だって尻尾くらいは再生するが、勿論時間がかかる。あの鰐もどきの再生速度は異常だ。
そして、あの主だって、出鱈目具合は相当だ。
……
そんな事を考えながら、藪こぎを続け、ジャングルを切り裂いて進んでいると、石があった。なんだ?
蔓に埋もれていたが、なにかある。
右手のほう、よく見ると灌木とは思えない高さまで何かがあって蔓がびっしりだ。
私は蔓を切り裂いた。
大きな石の建造物。おそらく。石は綺麗に削られている。
人工物である事はすぐに分かった。花崗岩は自然にこんな風にはならない。
だいぶ古代の遺跡か?
石自体がおそろしく綺麗に切られている。しかも大きい。
もう少し詳しく見てみたい。さらにハードな藪こぎをした。
どうやら神殿というべきなのか、ある。ここで中に入るべきか、迷う。
頭の中で、危険が多いからやめろという声と冒険のチャンスという声の二つがある。
初見殺しの罠も十分ありうるが。
そもそも中に入れるかすら、判らない。
しかし勘は何時もなら、どっちかは駄目だというのだが。
フリーハンドという事だな。ならば。入るというか、探検家気分で。
石に何か手掛かりがないか、探す。
変な記号が彫ってある。勿論読めない。
その彫られた記号を少し触った。しっかり彫っているな。まるで墓石だ。
さて花崗岩は元の世界では、ありふれた岩石だ。
しかし、何故か太陽系の中においては、地球にしか見られなかった。
理由を思い出すのに暫く掛かる。
私は右手の人差指を眉間に当てる。
……
そうだ。花崗岩の生成には水が必要なのだ。地球には海があった。
他の星には、海がなかった。それだけの話だ。たしか、そんな理由だ。
火星には水があったかもしれないが水を失った後、全てが風化して砂になった可能性もある。
温度差がかなりあったり、雨が多いと花崗岩は表面が簡単に侵食されてぼろぼろになるのだ。
それを防ぐには表面をツルツルになるまで磨くか、特殊な加工を施すしか無い。
見た所、この石は明らかな高度技術で表面加工した痕跡が見て取れる。
いったいどんな文明だ? こんな風にするにはレーザー加工でもしたのか。
切断面があまりにも正確に平面と直角が出ている。原始的な道具で、未開の人々が切り出したというには鮮やかすぎる。石の継ぎ目はもはや髪の毛一本も入らない。
元の世界の技術ですら、ここまでやるのはそんな簡単ではない。
何しろ石がデカい。一つが一〇〇トンあっても不思議ではない大きさだ。
持ち上げるのすら容易ではないだろう。超大型重機でしか持ち上がらない気がする。
そして含まれている石英のモース硬度が七もあるのだから、かなり硬い。
それを六面全て、ぴったり磨かれたような表面加工がしてあるのだ。
ただ花崗岩は風化に弱い。一度クラックが入ると、そこからボロボロと崩れていく。
そして徐々に砂になってしまう。
しかし。この岩の表面加工を見るとそういう事は無さそうだ。
オーヴァーテクノロジーだろうか。
古代の未知の高度文明か?
それならば、尚更見てみたい。古代ロマン大好きの私がここに来て立ち去る選択などナイ。
友人が見ていたら、ヨダレ垂らしているかもしれん。
男のこはこういうのが好きだ。しかし私の今の状態は男の娘? いや、逆か。女の漢? まあそんな事はどうでもいい。
文字というか記号をたどって進む。
この記号には特徴がある。筆記体ではない。流れるような流麗な文字とかいうものではない。
明らかに一個一個を区切った記号だ。しかしこれを文字というなら文字なんだろう。
もしかしたらブリス・シンボルのようなものだろうか。
ブリス・シンボルは非音声言語だが数百の基本的な記号は各々が概念を表す。
そして、それらを互いに組み合わせる事で新しい概念を表現する新しい記号を生成する。
その記号を連ねて一連の文章にするというやつ。
記号一つ一つに意味があり、それらを連ねていくと文章になる。
こういうヘンテコな記号で文章になるのだろうか。
進んでいる方向は、北か。右側、つまり東にも同じ様な物があるな。
横の壁には、もうびっしり記号なのか文字が刻んである。
読めないのが残念だ。あの村に有った本の文字と一致する部分がまるでない。
ここには灌木もないが蔓も絡みつく事が出来ないらしく、生えていない。
そういえば、草もほぼ無い。おかしい。
外は蔓でびっしり覆われていて、切り進むのも大変だった。
……
奥まで進むと、壁だ。残念ながら行き止まりか。
いや。待て。
ここまで来てというか、如何にも通路です。という風に見せておいて、行き止まりというのは罠でない限りはおかしい。
壁を見る。これは安山岩か。花崗岩にしていない理由が有るのか。
これはかなり上まで真っ平らだが。
壁中央に薄っすらと継ぎ目が縦方向に上まであった。高さは三メートルくらいか。村で使っていたあの槍の長さ。
これは明らかに扉のような気がする。
しかし。びったり閉じていて、開く気配が全く無い。
表面に記号が刻んである。
右から左に向かって人差し指でなぞった。
左端についた。
その一段下にある記号を今度は左から右になぞった。
そこだけくっきりと見える。
と。その文字が薄蒼く光っている。
開く気配がするが、これが地獄直行の罠という可能性もある。
…………
音もなく開いた。
おおっ。古代文明来た。未知のテクノロジーだ。
いや。異世界だからな。単に何かの理由で捨てられただけで、これがこの異世界でありふれた技術かもしれん。
だとしたら、この異世界は相当な高度文明という事になる。
村のあれらとは、比べ物にならない。
しかし。あの大貴族様はあの村にお忍びで来訪したが、超絶高度文明という感じは受けなかった。ああ、貴族だなというオーラは有ったが。
という事は。これは紛れもない古代の失われた文明。
入って見るしかない。かなりドキドキものだ。
まずリュックを下ろして、松明を取り出す。リュックの外に数本括りつける。
一本に火を灯す。
さて、背負って中に入る。
こういう施設が墓でない限り、大きな罠は無いと思っていい。
墓の場合は、予め墓泥棒を予測して即死級の罠があちこち仕掛けられるというのは、元の世界では、あるあるネタだ。
しかし、ここが墳墓ではないならば、罠を心配する必要はない。利用する者が一々解除とか面倒臭い。従って、居るのは番犬とか番人、あとはガード。これは人に限らない。
魔物だって、ゴーレムだって護衛機械だってなんだってあり得る。
私の靴の音だけが響く。
中の石も真っ平ら。建設には相当な量の石が使われている。
左右の壁は相変わらず高さは三メートルほど。横はそれなりに、五メートルから六メートルの間だ。
歩いていくと、壁の下に何かいる。
松明を近づけてみると、もうどういう表現が適切なのか、やや平べったい、かなり大きいダンゴムシに大きな鋏。
大きさは三〇センチ程度という奇妙な生物がそこかしこで干からびて死んでいた。何匹も死んでいる。
形の違うのもいる。
体が細い。背中に棘が一列に生えていて、長い長い鋏。
とりわけ奇妙だったのは、カマキリのような形だ。
大きな鎌だが左右に二つづつ。そして節のようなものがいくつかつき、長い首の上が大きい頭。これがやばい。ブルドッグ犬の様な人の様な顔がそこにあるような気がしてならない。
見ないようにした。
今までに見た事も無い、奇妙な生物だ。外に出れなくて死んだのだろうか。
となるとこの遺跡が廃棄されるまで、棲んでいたのだろうか。
松明を照らすと、奥の壁は玄武岩だ。
私は壁を見ようと松明を掲げた。
その壁が音もなく、すっと横にズレて開いた。
中はぼんやり明るい。
その時だ。頭の中でいきなり警報が鳴り響く。
背中は反応がない。魔物じゃない。
なにか、とんでもなく危険といっている。
背中のリュックを一回おろした。
そして薪を一本取り出して、そのぼんやりと明るい中に投げ込む。
瞬時にそれは音もなくばらばらになって、下に落ちた。
……
踏み込んでいたら、ああなったわけだ。
……
位置を変えてもう一本投げ込む。観察だ。
中に入った瞬間にバラバラ。落ちる最中にすら、切れていく。
スローモーション動画のように、それが見えた。
あそこにビームが出ているわけではない。
下に落ちた薪は、焼けたり焦げたりはしていない。切断面が物凄く綺麗に真っ平ら。
だが。
魔法ではない。風の鎌鼬とかで出来る芸当ではない……。
あれは、高度な科学。おそらく。
たぶん、たぶん、あれは……炭素の鎖だ。
昔、聞いた事がある…………。
アルコールから、瞬時に酸素と水素を抜き取るように電気と熱で分離させる。
すると炭素分子が残る。
これを極めて極めて高圧で、一気に極小サイズの穴から噴出させながらやるとどうなるか。
目に見えないミクロサイズの太さの炭素の鎖というか糸ができる。
それが噴出した先の壁に到達。見えない糸が張られる。
この見えない糸に触れたものは、なんであれ、すっぱり切れる。
木や肉体等あっという間に切れる。
速度次第では石だって金属だって斬れる。人や動物なら痛みを感じる前に骨や筋肉が綺麗に切断される。
そしてそれが腕や足ではない場合、ほぼ即死。
先端と根本だけはそれ程には固く結合していないように圧力を瞬時にコントロールすると、ロープの様に何処かに引っ掛けて網すら作れる。
目に見え無い破壊の網。突っ込んで来るものは、網に掛かった瞬間に勝手にばらばらになって終わる。
……ほぼ完璧な防御装置だ。
炭素というと、強そうに見えない。
然し。極めて高圧をかけるのだ。
ぶっちゃけ、其処にあるのが、ミクロサイズの太さのダイヤモンド・チェーンだといえば、その恐ろしさが分かる。
目に見えないダイヤモンド・カッターの糸が其処に無数にあるのだ。
余りにも細すぎて、目に見えない。
光は殆ど透過。たまに反射しても反射光が小さすぎて、良くてほぼ一瞬しか見えない。
私の見極めでも、見えない糸。
しかも、剣で斬ったり棒で払ったり出来ない。払う得物の方が微塵切りになる。
解除の方法は、炎か放電で炭素を焼いて鎖を切る。すると効力がなくなる。
しかし、糸が全部無くなったのかは、見えないのだ。
火が有れば、突破可能かもしれないが、あの炭素の糸を作り出している高度文明が、こっちの方にまでそれを放ったら、火を使うだの、魔法だのやっている場合ではナイ。
そもそも見えないので、初見なら即死。
あれがこの廊下の壁に沿って平行に何本も放たれると全てが膾切り。
それか、壁と壁の間に一定間隔で、かつ天井も同じように放たれたら、全てが微塵切りだ。
これはもう防げない。見えないのだから。
即死級の防御装置。
高度文明の防御装置が手加減するとは考えられない。
さすが高度文明としか言いようがない。
数人でここに来たとする。
最初の一人が前かがみで入った瞬間に、そいつは悲鳴を上げる間もなく頭の一部と顔がなくなる。
そのまま前に倒れ込むと、全身ほぼ全て微塵切り。
後ろから来た者が見るのは、先頭の人がいきなり細切れの肉と骨と血になった、という事実だけ。
何が起きたのかすら分からない。
魔法かと思うのだろうが、そこに目に見えない殺人糸があるなんて誰も予想できない。
そうでなくても。踝ちょっと上の位置で横方向に糸を貼られたら、その糸に引っ掛けた瞬間、足首から下が斬られ歩けなくなる。
もう、それをランダムにやられるだけで、誰も前に行けない。
たとえ焔で焼き払っても、その後すぐに貼り直されたら、お手上げだろう。
ミクロサイズに近い極小の穴など、絶対に見えない。つまり、どこから噴出するかすら分からない。
炎のバリアとかで進めば行けるのか。とも考えたが天井と床から、不意に下方から糸が出たり、天井から垂れてそれが巻きつくだけで終わり。
完全に空中に浮いた上にダイヤモンドでも弾くシールドが無いと、通れないな。
どっちにしろバリアなり、シールドの内部の酸素がなくなる前に、その罠の地帯を抜けないと酸欠で死ぬ。この異世界に酸素ボンベなど、無かろう…………。
恐ろしい。恐ろしい……。
まだレーザーとかゴーレムとかのほうがましだ。
レーザーならこの磨いてある鉄剣を盾にできる。レーザーを受けている場所を動かせばいいのだ。すぐには溶解しないだろう。
その溶解するまでの時間差を剣を動かしながら、時間を稼げば事態を打開、脱出できるだろう。
ゴーレムなら剣で殺り合える。
しかし、ここの防御装置が本気なら、さっきの入り口を閉じて、この玄武岩の扉も閉じて酸素を抜けばいい。
あるいは天井から炭酸ガスでも流せば終わりだ。硫化水素とか流されたら、それでもほぼ一瞬で終わる。
魔法で防ぐとかそういう世界ではなかろう。
そして、硫化水素や炭酸ガスは重い。硫化水素を床下から回収して、また上に運べば再度使えるというおまけ付きだ。
……
溜息が出た。
私は目を閉じて頭を横に数度振った。
いつか、この遺跡にまた来れるなら、準備して中を探検したいとは思う。
しかし今は……無理だ。とても残念だが、このまま中を探検するのは諦めるしかない。
くるっと踵を返し、私は其処を後にした。
遺跡から出て、蔓をぶった切りながら、先に進む。
当面、あれは忘れよう。残念だ。
……
藪こぎを続け、やっとジャングルを抜けた。
密林に入ると、また真っ暗である。松明に火を灯さないと進めない。
一々リュックを降ろさなければならない。ここで一回休憩。
リュックを降ろして、松明とほくち箱を取り出し、火を点ける。
その松明を地面に刺した。
薪を二本、取り出して下に置きその上に座った。
例の水を取り出すが、余り飲むとなくなるのでここはほんの一口。
口の中でこの甘露を転がしてゆっくりと飲み込む。
さて、あの遺跡のせいで、少し回り道をしたが、後悔はしていない。
中を探検できなかったのは、残念だが。
そして、さっきの廊下で死んでいた生物の事を考えた。
この異世界の生物たちがどんなに異形であっても、彼らはこの世界の一部なのだ。
あの巨大な湖の主も、あの老婆も、あの巨大竜も。
そして、この世界の一部ではないのが私だ……。
魂はそもそも異世界から来たわけだし、この体とて神々がなにか弄ったと、あのおばばは言った。
体も血も変えた訳だ。
つまり完全にヴィジターなわけだな。つまり異邦人というか、外野なのだ。
私と同じ種類の人間は、多分誰もいない……。
そう考えたら、さすがの五〇過ぎたおっさんでも、すこし挫けそうになった。
……
おばばは、私がこの先を進めば、私が本当に知らなければならない事が向こうからやってきて、私に教えると。そういう事を言った。
挫けている場合ではないな。
またバカでかいリュックを背負って、松明を拾い上げた。そして歩き始める。
この密林を抜けるんだ……。
どんな事をしても。
つづく
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大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ 蠍 ─
蠍とは太古の昔からいる節足動物である。
あの異様な姿は極めて古い時代の節足動物の姿を現代にまで残しているからである。
その種類は一七〇〇種類以上であるが、実は正確に数がすべてが分かってる訳ではない。
まだ未発見の蠍がいる可能性は極めて高い。
そして、そのうち二五種類が人間に作用する毒を持つ。それらは全て神経毒である。
殆どの蠍は弱い毒であり、餌とする昆虫に刺して、彼らを瞬時に動けなくする程度の毒性である。人間に刺さった場合はチクッという刺された感じはあるのだが、それで痺れて死に至る種類が二五種類という事である。
ただし毒性は弱くとも蜂の毒でアナフィラキシーショックを起こす事もあるように、それは蠍にもいえる。故にショック死する人もいる。
蠍の起源は今からおおよそ、四億三八〇〇万年前のシルル紀にまで遡る。
この時代に海から陸上に上がっていった節足動物の”総称”が蠍だ。
八本の足、大きなハサミのような二つの触肢、そして尾節と呼ばれる部位に棘を持つ。
この棘で相手を刺して、触肢と呼ばれるカニの鋏で獲物を捉えて食べる。
尻尾のような体は実は終体と呼ばれる、体の一部が細く変化したものである。
シルル紀とは、生命が爆発的に生まれて種類の増えたカンブリア紀の後のオルドビス紀に続く古生代の時代である。
このシルル紀にはデボン紀があとに続く。恐竜の登場は、遙か後の時代である。
シルル紀は生物の陸上進出が本格的に始まった時代であり、この時代、節足動物こそが最初に陸上に上がった生物である。そして数多の種類の節足動物が生まれる。
蠍はその代表である。
そしてこの時代に、初めて陸上の「植物」も生まれる。
南半球にゴンドワナ大陸があった時代である。
湯沢の友人の雑学より
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大谷は自分自身がこの異世界において、ただのお邪魔虫であることは、判っていた……
しかし、大谷はこの世界が見たかったのだ。知りたかったのだ。
この広い異世界が果たして、どんな異世界なのかを……
次回 森林縦断
とうとうこの長い樹海縦断の旅が終わろうとしていた……