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051 第10章 樹海を越えて 10ー2 異形の人

 樹海の中、突如として出現したありえない場所。

 そして、謎の生き物。

 マリーネこと大谷は、ここで何を見るのか。


 51話 第10章 樹海を越えて

 

 10ー2 異形の人


 林から出てきたのは、ねじくれた樹のような老婆。服は葉っぱか?


 その老婆、いや人と呼ぶべきかすら躊躇われる、人の様な形をした樹の様な”何か”。

 しわくちゃの女性らしき容貌、銀色の髪の毛。

 

 その者に出会うと、それは向こうから直接頭に話しかけてきた。


 ((おや。とても、とても珍しモンがきよったな。ここに何用ぢゃ。ここはそもそも、人など入れぬ場所なのんぢゃがな。ぐへ))

 ((!))

 あまりに唐突で、思考が止まった。


 ((おぬし。そん血。臭うぞぇ。臭うぞぇ。ぐぇへ。ぐぇへ))

 ((あ、あの……。私はマリーネと言います。マリーネ・ヴィンセントと言います))

 ((ぐぇー。ここでそん名を聞くとはな。聞くとは思わなんだわ。おぬし。おぬし、まっこと、奇妙なモンよ。ぐへ。ぐへ))

 

 ((あ、あの。……ここには水を求めて来たのです。近くに水がなくて。ここはひらけていたので泉だと思ったのです))

 ((ぐぇへ。ぐぇへ。水ならそこにあるぞぃ。ぐへ))

 樹木にしか見えない小屋の横にこれまた簡素な屋根というべきなのか、雨よけが立ててあるだけの場所に大きな大きな釜があった……。


 ((しっかし。そん血。そん歪な器。まるで神々があちこち弄り回しよったか? そうぢゃな。そうぢゃな。……ぐぇへ。そん魂がこれまた。ムリヤリ嵌め込んどるようぢゃな。おぬし。本当になにもんぢゃね。ぐぇへ。ぐぇへ))


  な、何なんだ、この異形の人は……。

 

 ((み、水。頂きますね))


 しかし、蓋をとって見たその水はとてもまともな物には見えない。

 ((な、なんですか、これ……))

 ((ぐへ。それは、な。こんおばぁのん命をつないどるもんぢゃ))


 ((その、、さっきから臭う血……とか……私の血が何か? 何かあるのですか? ))

 ((ぐっくっくっ。おぬし、自分のん血も知らなんだかぇ。ぐへ))

 

 いきなり老婆は節くれだった枝のような腕を伸ばしてきた。

 しかし、その手は遥か上を探り、触ろうとしている……。

 ((お、おぬし……。何故、ここに顔がない……。ぐへ))

 ((すみません。私は背が低いんです…。もしかして、目が? ))

 ((ぐぇへ。目なぞ、とうに、とうに、失くしたわさ……))

 ((ぢゃがな。心で見える。ぐへ。ぢゃが……こんおばぁが大きさを見誤るなど初めてのん事ぢゃて))

 ((おぬし。おぬしはそん器とそん魂が刻み持っておる体のん大きさがあっとらんのんかへ))

 ((…………))

 ((おぬしん顔がこん辺りに無いのんはへんなのんぢゃて……))


 枯れ木のような腕をぐりぐり動かしている。

 その高さは……。元の世界の私の身長だ……。一七二センチ。中肉中背だった元の世界の……。

 

 ((私の背はもっと下です))

 そのおばばは手を下げる。

 

 ((!))

 ごつんと頭にあたった。

 

 ((こんなに、こんなに低いのんかぇ。ぐへぐへ))

 まるで古いねじくれたやや細い樹木にしか見えない、やや大きい体。

 ゴツゴツした枝のような四本の腕。足は太い根っこのようなものが二本。それで立っている。

 その手は頭の上を撫でて、それから髪の毛を伝い、肩まで降りた。肩を数回撫でて手は離れた。

 

 (((よわい)重ねて、幾星霜。もう九〇〇〇年は越えちょる、こんおばぁにして初めて見よる……。長生きはして見るものよのん。ぐぇへ、ぐぇへ))

 

 ((おぬし。……エルフん血が濃い……。しかし、臭う、臭うんのぅ。やはり無理やり、そうではない”何か”に変えたような跡があるのんぢゃな。ぐぇへ))

 ((わ、わたしが、エルフの血? ))

 ((こんおばぁ、心ん目で見ておる。そん器が刻んだ、そん血を見誤ろう物かね。ぐへ))

 

 ((そん水を飲んだら、どうする。おぬし))

 ((今日はもうここで野営するつもりでした。出来ればここに泊めて下さい))

 ((ぐぇへ。おぬしがそう言うならな。それはかまわぬ。ぐへ。ぐへ)

 

 ……このぐぇへ。とか、ぐへ。には何か意味があるのだろうか?

 私の頭の中の思考というか語彙に、この老婆の言葉に該当するものがなくてこんな風にしか変換できていないのだろうか……。

 

 水は妙にトロッとした不気味な液体としか言いようがなかった。その紫色の水を掌で掬った。

 目を瞑って。ひと呼吸。思い切って口に含む。一口飲んでみる。

 

 ……甘い……。これは……甘露だ。

 

 そして喉の乾きが少し和らいだ気がした。もう一口、掬って飲んでみる。

 甘みが広がる。しかしその中に何か色々混ざっている。

 土の味、色んな植物の葉っぱ。恐らく樹皮や根っこ。なんでこんなに全体は甘いのだろう……。そして喉の乾きが止まった。

 

 ……

 

 ((不思議な味です……。甘いのに色んな味が入っています。土の味や様々な植物のエキス))

 ((それは命のん水。こんおばぁがおばぁのん為に作るもんぢゃから、他にはなかろ? ぐへ。ぐへ))

 

 この老婆は九〇〇〇年と言っていた。それが本当なら元の世界なら、最低その三倍、あるいは四倍。つまりおおよそだが、二万七〇〇〇年から三万六〇〇〇年という途方も無い時間を生きている事になる。エンシェント・なんたらみたいな種族なのだろうか。

 

 ((水を飲んだかぇ。こっちに入れ。はような。ぐへ)

 老婆は扉を開けている。

 私は荷物の入ったリュックを背負い、そのあばら家に入る。

 

 老婆は急に長い腕を伸ばして私の後ろのドアを閉じた。

 不思議なライトが辺りを照らす。魔法? なんだろう?

 

 ((そこいらに座れ。ぐへ))

 促されてリュックを降ろしそれに凭れた。

 

 ((しっかし。おぬし、それだけん臭いを出しおって、よぅ魔物に襲われなんだな))

 ((いえ、その。山の向こうでは散々襲われていました。森を歩くだけで襲われてました))

 正直に話すしか無いのだが。

 ((ぐぇへ。ぐぇへ))

 老婆の反応はいまいち、分からない。相槌なのだろうか。

 

 ((今はそん背中ん袋にある魔物のん(あかし)で襲われなんだか? ))

 ((普通の獣はみんな、逃げていきます。魔物は僅かに向かってくるものもいました))

 ((ぐぇ。ぐぇ。それだけのん”魔気”を放っておるのんぢゃ。普通んもんなら、みな逃げるわな。ぐぇへ。ぐぇへ))

 ((逆に狩りになりません……))

 ((ぐぇへ。そん背中ん証がおぬしを守っておるのんぢゃよ。判っておるんかのん? そんおぬしん血はそれくらい魔物にとっては魅力的な”餌”ぢゃて、ぐぇへ。今までよう生きとったと言うぐらいぢゃな。ぐぇぐへ))

 

 ……そうだったのか……。

 

 ……

 

 魔獣は何でも人を襲うんだな。と不思議に思っては、いた。

 あのネズミやネズミウサギが襲ってくるのは本当、不思議でしかなかったのだ。

 魔物が片っ端から私を襲いに来たのは私が”餌”だったからなのか。

 

 ……何ということだ……。

 

 ((そうぢゃ。言うておく事があるぢゃな))

 ((なんですか? ))

 ((おぬしは、絶対に銀のん森に行ってはならんぞぇ。ぐへ))

 ((どういう事です?危ないのですか? ))

  

 ((どう言って良いもんか。おぬしがヴィンセントならば、尚のん事ぢゃな。ぐぇへ。そうでなくても、そん血ぢゃ。そん血が彼らを苛立たせ、彼らん怒りを買う事ぢゃろて。よいか? 絶対に銀のん森に近づいてはならぬよ。ぐへ))

 

 ((それは、何処にあるんです? ))

 ((こん森を東に行くと山があるぢゃろぅが、そん先は森全てが銀のん森ぢゃ。近づいてはならんぞぇ。ぐぇへ。ぐぇへ))

 ((……。わかりました。避けていく事にします))

 ((それがええ。それがええ。下手なん事して紅鮮大蜂(こうせんおおばち)を怒らせてもだれも喜ばんのん。ぐぇへ))

 

 ……。

 怒らせては、やばい蜂? キイロスズメバチみたいなのがいるのか?

 

 本当にやばい蜂が出てくるのか、ただの比喩なのか。

 老婆の言葉から真意は読み取れなかった。

 

 その日は火を起こす事が出来ず、干し肉を(かじ)って、あの大釜のトロッとした水を飲んで寝る事にした。

 ゆっくりと寝る事が出来たのは久しぶりの事だった。

 

 翌日。

 目覚めると、まずはストレッチ。

 

 家の外に出て、剣を握る。

 素振り、そして徐々に分かってきた実戦の剣筋。

 速度が重要だ。素振りを繰り返す。


 何度も繰り返す。居合抜きも重要だ。抜いた後の剣筋も繰返す。

 最速の剣筋を求めるのだ。

 すぅっと深呼吸。

 (そう。私は速い。私の剣は速い。私の剣速は魔物を越える。)自己暗示をかける。

 居合抜きから一気に払った後、剣を捻り左手を添えて左に払う。そこから右へ一文字に横に斬る。まだまだ。

 

 左八相の構えから剣を真ん前やや下に払いすぐ右手を持ちかえ、左手を上に。右脇にまで引いて一気に前に出す。

 そこから右八相の構え。ここから一気に∞の剣筋。

 途中の持ち替えに無理があるな。

 ……。そして速度はまだ上げしろがあるな。

 

 剣は仕舞って、今度はダガーの素振り。


 ここの空気は濃密で、温度も湿度も高い。

 びっしり汗が出た。

 あの村の空気とは濃さが違うな。やはりあそこは高度が相当高かったのだろう……。

 

 いつしか、あの老婆が見ていた。

 

 ((なるほどのん。ぐぇへ。そん剣で生きてきよったか。ぐへ))

 老婆はじっと私の方を見ている。

 

 あの老婆にどう見えているのかは判らないが、私が剣を振るっていたのは心の目で見えていたようだ。

 ((おぬし、ヴィンセントなんのんかも知れぬな。ぐぇへ))

 

 ((それは、どういうことです? ))

 ((おぬしがこん先を進めば、いずれは判る。それと。おぬしがまっこと知らな、ならんければ、それは向こうからやってきよる。よいか? ……ぐへ))

 

 ……。


 まるで苦手な禅問答のようだ。要するに自分の正体はこの先、まっすぐ突き進んでいけば判るという事だな。

 ((判りました。自分の正体は自分でも解らないんです。この先、進んでいけばおのずと判るんですね))

 ((ぐぇへ。ぐぇへ))

 たぶん相槌なのだろうか。たぶん。

  

 ((そうぢゃ、おぬしん持っておる魔物ん証をこんおばあに見せれるかのん。ぐへ))

 そう言って、老婆は家の中に入る。私は後を追って家に入りリュックを開けた。

 大きな革袋を取り出す。

 魔物の魔石はだいぶ入っている。

 

 あの傷がついてしまった初めて狩った六本足狼、あのエグい鹿馬。

 多数のネズミとネズミウサギ、ネズミ蝙蝠の小さい魔石。

 あと、迷彩柄の豹もどき。

 猪もどきらしいやつ。あの黒ぶち狐もどき。最後に採ったのは迷彩の蛇。

 

 ((随分あるのんぢゃな。ぐぇへ))


 老婆の手がすぅっと伸びて鹿馬ヤローのやや大きい魔石を掴んだ。

 ((死を司る地獄んズベレフ……)) そう言って、老婆はその石を少し持ち上げた。

 ((ようもまあ。こんおっそろしい魔物を倒しちょるうな。ぐぇへ。ぐぇへ))

 ……。

 やはりヤバい奴だったんだな……。

 

 ((もう一つ。こん傷がついた石じゃな。ぐぇへ。傷なかれば。これも地獄ん使いよ。地獄んウベニト。ぐぇへ))

 あの傷が入ってしまった石を別の手でつまむ。


 それから迷彩柄豹もどきのを見た。

 その魔石をもう一つの手でそっと触った……。

 ((珍しモンを。滅多に見る事ないもんぢゃ。気配なき森を歩く死……。ズオンレース。ぐへ。ぐへ))

 その石をもう一つの手でつまみ上げた。


 ……まったく気配を感じさせなかったのは……。そういう魔物だったのか……。

 それがコイツの特殊能力だったのか……。

 

 ((よいか?おぬしん命守ってきたもんぢゃ。こん三つ。おぬしん命をこれからも守るぢゃろて。ぐへ。よいか?離すでないぞぇ。ぐぇへ。ぐぇへ))


  それだけ言ってその石を私の前に差し出した。

 

 ((判りました……。ありがとうございます))


 この奇っ怪な姿の老婆には感謝しか無いな。

 私はこの三つを革で作ったポーチに入れた。そしてリュックに戻す。

 他の魔石を一纏めにしてまた大きな革袋に入れ、そしてリュックに入れた。

 

 色々な疑問が解けた。いや、答えを貰ったと言っていい……。


 この心で物を見るという不思議な姿の老婆は本当に九〇〇〇年とか、生きて来たんだろうな……。

 あの大樹海と密林で襲われなかったのは、この魔石のお陰だったのだ。

 たぶん魔虫とか他の獣も来なかったのは……。

 みんな伺っていたり逃げたりだったのは、たぶん。


 あのムカデは知能もなくコッチを殺れると、襲ってきたんだろう。

 蛇は……。やはり火に惹かれて来たのか。興奮したその先に、さらにそこに魔気を放つのに餌がいた。という事か。

 

 ! そうか、あの時にあの湖の畔で出会ったあの(ぬし)のような化け物。あれが鰐もどきを食ったが私を食べなかったのは……。

 あの鰐もどきも私に向かって来たのではなく、やはりあの時焼いていた肉の匂いに誘われた……。

 しかし魔物の気配を持つものに餌の食事を邪魔されて怒った。そういう事なら理解できる。

 あの湖の(ぬし)は、大きな魔物の気配を放つ私を無視したのだ。お互い手出し無用。

 そういう事なのだろう……。


 ……あの鰐の前、飛び出してきてしまったあの魔物は、ある意味向こう見ずなおっちょこちょいかもしれん。

 どんな世界でもいるんだな。それは異世界でも変わらないという事か。

 

 ……

 

 そして、老婆は会った時に()()()()()

 ()()()。まるで神々が()()()()()()()()()かのようだと。

 ()()()()()()()()()()()()()と。

 たぶんこの体は神々が何か、したのだ。転移の時に。そこに私の魂を入れたという事だ。

 血液に関しても。

 無理やり、そうではない”何か”に変えたような跡があると。

 つまり体は元々はエルフだったものを体も変え、血も変えた。たぶん。

 そういう事か。

 だが、その無理が私の血を魔物の餌に変えた。老婆は臭うと言っていた……。


 なんという因果。

 

 そう、物事には理由があるのだ。そうあれば、こうなるという……。

 

 それがたとえ『異世界』でも、だ。

 

 まさしく。まさしく。なんという因果。

 これで残る疑問は、()()()()()()()()()()。あと、何故私はこの世界の言葉を話せないのか。

 この二つだな。

 ヴィンセントに関しては、あの背の高い大貴族様も何か勘違いして末裔と言ったが、この老婆はもしかしたら、そうかもしれぬ。と言った。

 

 たぶん、何かの偶然だ。

 

 老婆は水を持っていきなされというので、有り難く革袋三つに入れた。たった二口で物凄い喉の乾きも消えた、老婆の言うところの命の水。

 

 私はリュックを背負い、老婆に別れを告げる。

 

 ((ありがとうございました))

 私はペコリとお辞儀。

 ((お名前は何というのでしょうか))

 ((こんおばぁかへ? ぐへ))

 

 ……

 

 暫くの間があった。


 ((ベラランドス・ヴィーズ・ヴィーヴェ))

 そこに何か抑揚が付いていた様に思えた。


 ((もうこん名前で呼ぶもんもおらんわぇ。ぐへ))

 ((では、私が呼びます。ベラランドス様。色々ありがとうございました))

 ((ぐへぐへ。また、どこかで会うかも知れぬな。ぐへ))

 ((おぬしん先に転がるモンに色んな所が。色んなモンが))

 そう言って老婆は黙った。

 

 そして林の方に歩いて行ってしまった。

 

 さあ、続けよう。この樹海を抜ける冒険を。

 

 ……

 

 

 つづく

 

 この異形の老婆との出会いが、大谷の運命を決定づける。

 いまだ先の定まらぬ、羅針盤は1つの方向を示した。


 次回 密林地帯の縦断 

 

 大谷の強い意思が不可能にも見える大縦断を可能にしていた。

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