050 第10章 樹海を越えて 10ー1 樹海単独縦断
第2部、スタート。直前に書きましたがここから樹海を抜けていく話。
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マリーネこと大谷は、見渡す限りの樹海を、単独で越えようというのだ。
マットグロッソ(ポルトガル語で「深い森」)の如き、大森林と密林を抜ける、過酷な旅程である。
50話 第10章 樹海を越えて
10ー1 樹海単独縦断
これから、樹海を渡る。
森が始まるすこし前で、私はリュックを降ろし、周りを眺めていた。
東の方にはまだまだ山が見える。西はかなり真っ平らな樹海。その先に山が見える。海までは遠そうだな。
南西が一番可能性が高い。上で見た時に樹海の先、平野が見えたからだ。
しかし。西も南も行くならあの山の中腹?上から見た見渡す限りの樹海を越えなければならない。
上から見ると植生が途中で変わっている。
高度の違いで生えている植物が変わるのは、まあしょうが無い。温度が違うだろう。
しかし。通常山の下に広がる大森林という物があんなに鬱蒼とした大密林になる物だろうか。恐らくは植物が違うのだ。
という事は、あそこは通常の樹海ではない。とは言え、樹海は大きい樹木が上を占める為に、下に光が差さない。
この部分はたぶん変わらない。
いくつかの場所ははっきり植生が違う。
温度が高い場所に生える熱帯雨林の中に所々光が差し込んで発生するジャングルの可能性がある。
この辺りは亜熱帯か熱帯に近い場所なのか……。
とにかく水の確保を最優先で、南南西方向。
森を抜ける。目標は決めた。
松明を取り出す。まだ火は点けない。
やや背の低い樹木の森の中に入っていく。まだ、この先はだいぶ下っているのは間違いない。
少しづつ、次第に温度が上がる。とはいえ、まだかなりの高度がある。
恐らくだが、気圧が元の世界と比べたら高く、比較的温度もそこまで冷えないこの地域は森林限界がずっと高度が高いのだ。
この山は裾野が相当長いのだろうな。
軽くため息をついて、黙々と歩き出す。
まださほど暗くもない森の中を歩く。
時々、動物たちの声が聞こえる。
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しかし、動物たちはマリーネの姿を見た瞬間に大慌てで、去っていく。
カモシカのような生き物や名付けようのない四つ足の動物たち。
木の上にいる小動物。それらが一斉に逃げていくのだ。
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上空に鳥が飛んでいる。かなり大きいのが見えたが、森の木々で遮られ確認できない。
比較的、狩りのやり易いこの辺りで少し肉を調達しておきたかったのだが、それは相当難しそうだ。
弓矢があるならともかく、槍や剣では難しそうだ。
槍を作るべきか迷う。この辺りの樹木から槍になりそうな枝を切っておくべきか。
暫く逡巡した。
槍は足でまといになる可能性がある。この先は剣で行く。
そう決めた。
リュックを降ろし、少し前へ。
しゃがんで辺りの気配を探る。……いる。
…
かなり離れているがダガーを投げた。
ガサッという音がした。ギギーッという鳴き声。どうやら刺さったらしい。
そこに行ってみると貂のような、小型の四つ足の動物だった。
首の近くにダガーは刺さっている。
獲物を拾ってリュックの場所に戻る。多分絶命しているだろうが、喉を切る。
鬼手仏心。合掌。南無。南無。南無。
この小動物が何なのかは判らないが、魔物ではなさそうだった。
ひょろっとした胴体。短い足。そして尻尾。白っぽい毛皮。顔はやや細長い。全長は四〇センチ弱。
こんな小さい獲物はあの村の近くでは居なかった。
頚動脈を切ったので、取り敢えず持ち上げて血抜きする。
手っ取り早く腹を裂いて胃を確かめる。何を食べているのか。
木の実が多い。それとミミズ? かなり小さいネズミ?
雑食らしい。
なんとなくホッとしている自分がいる。これは魔物じゃない。そんな気がした。
かわいそうだが、一応頭を割ってみる。
眉間にナイフを刺して鼻の手前まで切り、それから頭頂部やや後ろまで切ってナイフで中を探る。反応なし。
頭から血がだいぶ出ている。しかし抉って見てもなにも無い。
魔石はない。
これはやはり魔物ではない。やはりそうか。
内臓を取り出した。
首と内臓を掘った小さな穴に埋める。
ロープで胴体を縛って背中のリュックの後ろに括りつける。
森の中はやや薄暗い。
かなり歩いたところで森の中に木の生えていない場所がある。
小さい泉だった。
湧き水で小さい泉が出来ていて、溢れ出す水で出来た小川があった。
しかし小川はすぐに地面に消えていた。伏流水で泉が出来ていたのか。
こんな泉の所しか上は見えない。上は少し開けているのに見えている空は薄暗い。夜が近い。
この泉の所で野営をする事にした。
この泉の廻りの樹木の近くに枯れ木もあって枝が取れた。少しだが。
火打ち石で火を熾す。下が湿っている訳ではないので何とか火はついた。
だいぶ白い煙が出る。徐々に枯れ木を置いて焚き火が育った。
手っ取り早く近くの木から枝を切って、肉を焼くためのY字の支柱を作る。
リュックを開ける。先の獲物を解体して肉に塩を塗る。毛皮は鞣せない以上は腐るだろうから、ここで地面に埋めた。
串を刺して遠火で炙る。
泉で手を洗って、飲めるか? 水を一口掬って、ゆっくり口に含む。
問題ない。飲める。となれば、ここは動物たちの水飲み場だろう。
少し離れた柔らかい地面に足跡がいっぱいある。
他は落ち葉とかが多くて足跡は確認できない。
革袋の水を小川に流した。そして新しい水を掬って入れた。三つとも満たす。
解体した肉はさほど量があるわけではない。先に食べるか迷った。
山を超える前に狩った魔獣の塩干し肉。これを先に食べる事にした。
村で作った燻製肉は保存が効く。この先の事を考え非常食としよう。
この小さい獣の肉も遠火で炙って干しておこう。
魔獣の肉をナイフで切って串に挿していき、火で炙る。
手を合わせる。
「いただきます」
串肉を食べて水を飲む。
あっという間に終わってしまう。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
倒れた丸太に座ろうと思ったが、どうやら腐っている。
こういう朽ちた木は中が完全に腐っている事はよくある。
手斧でガツガツ割ってみた。薪にはなりそうにない。
ささくれた幹をどんどん割りながら削っていくと……。
中に居たのはシロアリのような『何か』が大量に居た。蟻はどこでもいるんだろうな。
黒い細長い虫のような『何か』。ゾロゾロ出てきた。
そして白い『何か』の幼虫。大きい。そして大量にいる……。
よくある事だ。大型の甲虫がいるのかも知れないな。
流石にこの幼虫を食べないといけない所まで追い込まれてはいない。
まだ。
追い込まれても虫の幼虫は食べたくないな。高タンパクらしいが。
あの見た目がな。苦手だ。
頭を横に振り、ため息をついた。
焚き火の脇に体育座りで炎を見つめる。
色々揃っていた村を出てきたが決断は正しかったのだろうか?
ぼんやり、揺らめきながら燃える炎を見て思う。
この先、『何か』があるのだろうか?
不安しか無かった。
夜になると色んな所から動物の鳴き声や遠吠え、時々鳥の鳴き声がする。
ああ、これだよ。これが正常なんだ。あの村の森は異常だった。
リュックに凭れて寝る。近くには動物の気配がなかった。
翌日。
焚き火はとっくに消えている。
動物は近くに来なかった。そして魔物も来なかった。
泉で顔を洗い、水を飲んだ。それから干し肉を縛り直す。リュックに括り付けた。
体をすこし動かそう。かるくストレッチ。
ブロードソードを左腰に付け直す。ダガーも点検。手斧とナイフは仕舞う。
リュックを背負い、出発。
泉から離れ、再び森の中へ。
先に進む。
だいぶ歩くと、徐々に木の様子が変化。
次第に森は深くなり樹海らしくなってきた。
松明に火を点ける。この先はもう上は見えないだろう。
真っ暗な樹海に入っていく。
樹海の中は木の上からぶら下がる怪しいものが多い。アレはなんだろう。
菌なのか植物なのか、サッパリ判らない。
蜘蛛の巣のように見えるものすらあるのだが、松明の火をかざしても蜘蛛は見えない。
更にどんどん進む。
奥の方に赤い目がいくつも見える。しかしこっちを見ているだけだ。
背中に薄気味悪い感覚が何度も襲ってくる。しかし何も飛び出してこない……。
背中に急にゾクゾクする感覚が。
不意に何かが飛び出してきた。
それは大きい大きい蟲だった。
何だコイツは。ムカデ? バカでかいムカデ?
巨大な顎の牙が迫る。うわ。これは食えないし、襲われ損だな。
左に松明を持ったままブロードソードを抜いた。ソードを巨大なクワガタムシのような顎に当てる。
一気に右側の巨大な顎のような牙を叩き切る。
すごい勢いでのた打ち回りながら口が迫る。
口が迫る。
冷静に上段からまっすぐ剣を振り下ろす。
口と後ろの頭部分だけを真っ二つにした。紫色らしき体液が飛び散る。
危うく躱し後ろに飛び退いた。
地面に落ちたその体液はその場で泡立って周りの苔を溶かした……。
ぐぐぐ。
切られたムカデはのた打ち回ってバタバタと動き跳ね回る。
そのたびに紫色の体液が廻りに飛び散る。
うわわ。更に後ろに下がる。しばし見守る。
暫くばたばた動いていたが止まってビクビクし始めた。巨大ムカデは死んだらしい。
辺りは怪しい紫色体液で泡だらけだ。
南無。南無。南無。
このムカデの死体を避けて迂回しながら先に進む。
時折、松明の光に照らされた巨大な羽虫が飛んで行くのが見える。鳥は上の方か。
鳴き声が時々する。
じっとりと汗ばむ空気。だいぶ空気が濃くなってきた。湿度も高い。
しかし上はほぼ真っ暗。松明に照らされる木には恐ろしく長い白い黴らしきもの。
ひょろひょろと伸びたキノコ。そんなのがびっしりと生えている。
ねじれた大木と変な菌類ばかりの場所を抜けていく。
そして時々私の前を巨大な虫や大きな犬のような生き物が駆け抜けていく。
私には目もくれない。
どういう事だろう。
この森に入ってずっとそうだ。まるでみんな逃げて行くように見える。
しかしそれでも今までとだいぶ様相が違う。こっちを伺う様な目を向ける生き物が居ない。
木の枝は苔だらけ。下にも苔が多い。滑りやすい。
そして飲み水がだいぶ減った。
時間が全く判らない……。上は完全に木の枝で遮られていて空は見えない。
光が差し込まないから時間の感覚はもう麻痺している。
あまり疲れていないうちに焚き火を焚いて野営したかった。
しかし湿っている木が多く、ここで焚き火は無理そうだ。
少し場所を作る。木が比較的湿っていない場所を探し、湿った落ち葉とかをどかす。
何が出てくるか分からないのでやりたくなかったが。
落ち葉をどかすと、やや柔らかい土が出てきた。
そこに松明を刺した。
リュックを降ろし中から革袋を出す。もう中身が空なのがあるのだ。
これを下に敷いてその上に座る。
松明の火を見つめて考える。
方向はあっているのだろうか?自分の勘を頼りにずっと進んでいるが。
全く判らない。
リュックを開けて塩干し肉を取り出す。
加熱したいが、そのまますこしナイフで切って噛って食べる。
水を二口飲んだ。
非常用の燻製肉以外もうあまり残っていない。
もう何日歩いているのかすら、感覚がない。
そして何時になったらコレを抜けるのか。
最初の村にたどり着くまでに歩いた森はまだ少しは日が差して昼か夜の区別はついたが、ここはさっぱりなのだ。
ここはほぼ真っ暗に近い。
根っこが絡み合った木が多くなってきて、下も平坦ではない。
所々、岩が見えた。松明を拾い直し、かざしてみる。
溶岩だな。玄武岩か……。下が根っこがのたうち回っているという事は、ここは……。
これは……たぶん溶岩が流れた場所の上に長い時間を掛けて植物が生えたという事だな。
山が噴火したんだな。どこの火山なのかは判らないが。
ここのは安山岩だな。元の世界では地表というのはほぼこれで構成されていた。しかし、兄弟星のはずの火星、金星の地表は玄武岩が主体だという。この安山岩を見る限り、この岩石惑星はほぼほぼ元の世界と同じような構成のマントルやプレートなのだ。
安山岩は殆どの場合プレートの沈み込み帯で噴火した岩石による物だからだ。
取り敢えず、元の世界と大きく違ったところは魔物やら魔法やら気圧と重力。あとは二つの太陽と三つの月。
よし。今の所私の知識はまだ使える。
松明を地面に刺し直して、すこし休憩するつもりだった。
ズルッ、ズルッという地面を擦る音が微かにした……。
背中にゾクゾクどころかビクビクくる。以前のゾクッとするのと違う。
何だろう。目を細める。暗くて見えない。
松明の後ろにいるコッチは相手からは丸見え……。まったく……。暗視の優遇でもあればな。
ズルッ、ズルッとまた微かに音がした。微かにシャーという音だ。
蛇か!
間違いなくやばい……。咬まれたら間違いなくヤヴァイ。咬まれたらアウトだろう。
こういう密林にいるやつは致死性の猛毒持ちと相場が決まっている。
アマゾンの大蛇、スルククとか……。
右手をブロードソードの柄に掛けた。
圧倒的にマズイ状況。
あっちは見えている。こっちは全く見えていない。
柄にかけた手に汗が滲む。
パチっと松明が爆ぜた。ふと体を右にずらした。その瞬間だった。
抜刀!
左腰から右上に向けて一気に払った。
……手応えあり……。手応えあり。見えないが……。
頭が吹っ飛んできて、口を大きく開けて大きな牙を剥き出した頭が私の真横に落ちた。
でかいでかい蛇だった……。凄い牙だ。たぶん牙の先から猛毒が出るんだろう。
やばかった……。
松明を持ちあげてよく見る。迷彩柄。やや黒が多め。胴体はまだのたうっていた。
ソードを一回振るって血を飛ばし左腰に戻す。
合掌。南無。南無。南無。
こんな大きい蛇と殺り合いたい訳じゃないんだ。
少し張り詰めていた気が抜けてため息が出る。
牙に注意して頭をダガーで割ってみる。小さいながら石があった。魔石か。
魔物だったんだな。どうする、蛇の胴体。首の後から一メートル位を切り取った。
血を抜きつつ、腹を裂いてロープで縛る。内臓はここより後ろなのか。
内臓はなく食道らしい。
体は後ろがまだ長い。体長は四メートル前後、もうちょいあるか。たぶんこれでもこの異世界では相当小さい蛇の魔物だろう。元の世界でも一〇メートルとかいるんだし。アナコンダとかな。
村の外の奴らはみんなデカかったしな。二〇メートル越え大蛇が出ても不思議でもなんでもない……。
そんな事を考えていると赤い小さい蛇がゾロゾロ出てきた。
パッと私は飛び退いた。
赤い蛇は迷彩蛇の胴体に群がり食べ始めた。赤い蛇はこの暗闇では更に暗い暗い黒に見えるのだろう。深海の魚の赤とかと同じだな。コイツらの体色は。
つまりは本来は明るい場所には出てこない。
だからこっちの松明の方には来ないのだろう。
蛇なのに噛みちぎる歯があるのか。なるほど。異世界の蛇だしな。
このやや小さい赤い蛇は大量に出てきて群がって先を争うように貪っている。
またたく間にさっきの大蛇は骨になっていく。
もうびっしりと赤い蛇が三メートル程度の胴体に食らいついている……。
私はゆっくりとそこを後にした……。
ここで蛭が居ないのは助かる。吸血蛭とか小さいから厄介だしな。
相変わらず、私は勘で進むしかなかった。
塩干し肉を松明の火で炙った。煤がだいぶ着いた。もはや味をどうこう言ってはイケナイ。
蛇肉も塩を塗り込み、裂いて炙る。煤の着いた塩干し肉を噛じり、水を飲む。
革袋の水の味はもう、言わずもがな。エグ味の着いた水を三口ほど飲んだ。
まだどれくらい歩くのか。
ため息が漏れた……。
勘だけを頼りにほぼ真っ暗な樹海を松明頼りに歩き続けてもう何日か過ぎた……。
途中から、はっきりとまた植生が変わった。
高度は更に下がったのだろう。更に空気は濃密になっている。
あまりの湿度の高さに纏わり付いてくる空気が水気を持ってるのがはっきり判る。
服はもうびしょ濡れだった。
また色々な鳴き声がする。暗闇の中で色んな動物が蠢いている。しかし私が行くとそれらはたちまちパニックを起こして去っていく。
時々、魔物の気配。背中にゾクッと来るのに魔物は手を出してこない。
神経が削れる。今が一体何時なのか?
いや、そういう感覚はこの異世界では意味がない。今は昼なのか夜なのか。こっちだな。
地面がまた変わってきてる。岩場の上に生えてます。という感じはもう無くなっている。
根っこはもう上に出ていない。
松明を掲げてみると相変わらず樹の下から上にかけて変なキノコ。サルノコシカケのようなやつ。太く真っ白いひょろっとしたキノコ。そんなのが生えている。
そしてまた木の上から変な物がぶら下がっている。この吊り下がっているものが何なのか解らない。
あれも菌なのか。
時々、上の方を蟲が飛んでいく。どう見ても体はバカでかいムカデなのにその体にこれまたバカでかい羽が付いている。トンボのような羽が前に左右で其々四枚、後ろにも左右其々四枚。
それが続々と飛んでいく。編隊飛行なのか。
この湿気の多い密林のような森でもっとヤバい物が出ても全然おかしくナイ。
しかし、あのムカデと蛇以降、何も出てこない。
私を避けているようだった。
空になった革袋を下において尻に敷く。
リュックを降ろし、木に凭れ掛けさせる。私は革袋の位置をずらしそのリュックに凭れた。
松明はまだあるがもう残りはわずかだ。
立ち上がって凭れかけた樹木を削って見る。
湿気ていてとてもじゃないが使えそうになかった。
これだけ湿度がある中の樹だ。水分だらけだな。
拾ってきた枯れ木をケチるのも限度がある。
渋々残っていた僅かな枯れ木で焚き火を作る。
じっと、揺らめく炎を見つめる……。
村ではやる事も一杯あって、手が回らないほどだったが、アレはある意味充実していた。
物を作って、狩りに行って、また物を作って、お風呂も入って……。
時々とんでもない魔物に出会ったりはしたが。それで更に武器の訓練に打ち込んだりして……。
ぼんやりとあの村の日々を思い出す。
本当にこの先に私の未来があるんだろうか……。
……
いや、後ろ向きはナシ。それはナシ。
……
この先、どんな事が待ち受けていようと。先に進む。
それがこの新しい体の『新しい人生』なんだ。
五〇も過ぎたおっさんが改めてこんな意気込みを自分に言い聞かせる。
はあ、それにしても……。もう少しなんか優遇があればな。
あの薄い服の豊満な体つきの若い顔をした天使の事を久しぶりに思い出した。
器量も体つきも良かったが、色んな所が抜けすぎてるだろ……。
せめてなにか魔法が欲しかったよ……。
少し仮眠。
ウトウトしていると焚き火が消えかけていた。
松明に火を灯し、焚き火は消す。
勘が示す方向にただひたすら歩く。
下生えは無いが時々節くれだった根っこが飛び出し、行く手を阻む。
遠く、遠く微かに灯りが?
日光が差し込んでいるのか?
泉でもあるかも……。
やっとの事で辿り着いたが、そこは何本もの木が倒れて出来た広場だった。
そこに光が差し込んでいてそこだけは草が生えていた。
ありえない場所だ。
本来こういう密林で光が十分差し込む場所は、まずあっという間に蔓の植物で覆われてしまうのだ。我先にと争って伸びる植物や灌木にそれが絡みついて手の付けられない状態になる。
なのに、ここには蔓の植物が無い。視界を遮る低木も無い。
向こう側に粗末な小屋と呼ぶべきなのか、そんな物がある。
こ、こんな所に人が?
い、いや。人とは限らない……。そうだ。ここは『異世界』。
どんな生物が棲んでいるのか。粗末な小屋というよりは樹木をただ刳り抜いて窓と戸を付けただけにしか見えないのだが。
枯れ木はこの広場のあちこちにある。倒木も腐っては居ない。
少し手斧で切り出す。十分乾燥している。松明がもう僅かだったのだ。これを削って補充だ。せっせと手斧で薪にしていく。
倒木の上に座り、削り始める。削り粉も無駄には出来ない。
皮の袋を太ももの上においてそこで削る。溜まった削り粉は火口箱と一緒にしているおが屑の入っている革袋に入れた。
どんどん削って握りやすくした松明をどんどん作る。
これをたくさん作ってロープで縛りリュックに入れた。
薪にした木も長さを揃え、ロープで縛ってリュックに入れ、入りきれなかったものはロープで縛ってリュックの外に付けた。
水がもうないんだが、ここに水はないのだろうか?
手っ取り早く倒木の隙間の多い場所に浅い穴を掘った。今日はここで野営か。
水が有ればな。
その時だった。林のような木の向こうで「何か」が動いた!
ハッとしてブロードソードの柄に手をかける。しかし……。
背中は何も言わず、何時もなら危険を知らせるはずの頭の中の警報も何も言わない。
私はブロードソードの柄から手を離した。
林の向こうから何者かが出てきた……。
つづく
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大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ スルクク ─
アマゾンに棲む毒蛇でスルククとは、アマゾンに住むポ部族の言葉で「蛇」という意味である。
「スルクク・デ・フォゴ」といい、ポ部族の言葉の直訳は「火の蛇」である。
英語では「ブッシュマスター」と呼ばれる。
火を見ると興奮して松明や焚き火に飛び込み、攻撃する所から付いたという。
咬まれて一〇分とは持たず死ぬ猛毒、神経毒を持つ。呼吸が麻痺してヤラれる。
しかもスルククは耳や鼻、目等から出血して咬まれた部分の組織からの出血が止まらなくなる出血毒もあり、混成毒である。
この出血毒は血圧低下、体内出血、腎臓機能障害、そして多臓器不全を引き起こし死に至る。
猛毒の蛇は大抵どちらか一方なのだがスルククは両方出す。
だから血清は二種類いるという珍しい毒蛇である。
普段はおとなしい性格だが夜になると攻撃性が極めて高い。大きさは三メートルくらいが確認されている。
湯沢の友人の雑学より
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樹海に突如として現れた、ありえない広場。
そしてマリーネこと大谷はそこで重要な出逢いを果たす。
その出逢いは大谷に1つの啓示を与える。
運命の歯車はかっちりと噛み合い、ゆっくりと音を立てて、しかし確実に廻り始める……。
物語が、動き始める……。
次回 異形の人
大谷は、衝撃の事実も知る事になる……。