005 第1章 始まりの村からして残念な事。1ー1 始まりは「お約束」な森の中
何の説明もなく時間切れ状態で異世界に放り出された大谷。
ここから、大谷の冒険が始まります。
5話 第1章 始まりの村からして残念な事。
1ー1 始まりは「お約束」な森の中
気がつくと薄暗い森の中に放り出されていた。
頬をつねってみる。どうやら現実らしい。
手を見る限り、若いらしいな。皺一つ無い張りのある皮膚、やや小さい手だ。中学生くらいか?
服を見るに女子供の着る服のデザインに思える。
……
おいおい。女のコに転生、いや違うな。転移したのか? 五〇すぎのおっさんが!
魂はおっさんのまま、一〇代の半ばくらいの女のコの体に転移したのか。笑えない冗談だ。
……
……
しかし、どうしてこんな森の中なんだ。これは「お約束」なのか?
ジタバタ騒いでも何にも変わらんし、現実は受け入れるしかない。
これからどうするかだ。この状態では現在の位置も判らない。
取り敢えず、この深い森から出ないとな。
歩きながら、なぜこんな事になったのか考える。
あの天使が泣いてるものだから、時間の大半をそこで使ってしまったんだよな。
ここ異世界なんだよな……
普通ならなにか優遇をもらっていて、村につくまでとか人に会うまでに、貰った優遇を試すとか、そういうのが異世界小説のパターンなんだけどな。
異世界に飛ばされたとはいえ、そうそううまくはいかないか。
新しい体と服だけは貰ったが……。他に所持品は何もなし。
裸で放り出されなかっただけましなのか?
何かの優遇を貰ったのかどうかすら分からないまま、この森に放り出されていたわけだ。
自分の名前すらわからないぞ。
まさか女の子になるとは思ってもいなかったし、自分の名前、おっさんのをつける訳には行かないだろう。
なんせ「大谷 龍造」(おおたに りゅうぞう)だぞ? 流石に困った。
トボトボ歩きながら自分の名前つけに悩む。自分なのに自分じゃないからだ……。
ネットのゲームを始める時、キャラメイクの最後に名前をつけるのだが、キャラメイクは一〇分のくせに名前でいつも一時間くらい悩む。
男キャラだとすごく難しい。やり過ぎない程度にそこそこかっこいい名前というのは本当に難しい。
やり過ぎた名前だと、肩に力入りすぎている感とか中二病感が出過ぎて、あとあとずっこける。
女性キャラの場合は、呼びやすい愛称が付きそうな名前だ。そして許せばハウスネームも付ける。
名前は重要だ。とても重要だ。
名前付けに失敗すると波に乗れない。あの感じを思い出したのだ。
今のところ、女の子らしいというだけで、その他の容姿に関する部分はまったくわからない。
そこでふと昔遊んでいたMMORPGで女性キャラにつけていた名前を使う事にした。
マリーネ・ヴィンセント。
あのキャラは確か鍛冶屋と裁縫屋などの生産キャラだったか。
生産キャラでも外に素材集めに行く必要があって、剣の腕前はグランドマスターだったな。
材料収集の間に襲われるから戦ってるうちに剣の腕が上がってしまったんだ。
MMORPGあるあるだ。
今、私に生産の優遇が有るかどうかは関係ない。あのキャラはそれなりに上手く波に乗った。
鍛冶では固定客がつく程度には名前が売れた。自分の銘を刻み入れた武器の修理を頼まれるのも嬉しかった。
うん。人に聞かれたらマリーネと名乗る事にしよう。
さて、優遇を何も貰えていなかったら、どうなるんだろう。
いや、自分は何がしたいんだろう。
まさかの女のコだしな……。
おっさんだったなら何か作りつつ、ゆったりと一〇年とか暮して終われればとは思うが。
この身体だとまだ何一〇年か、生きそうだ。
これから何をして暮して行けばいいのか。
というか、この異世界で何ができるんだろうな。
さらにトボトボと森の中を歩いていくが、一向に森を抜ける気配がなかった。
まずいなぁ。もともと薄暗いのに、さらに暗くなってきた。
下で寝るわけにも行かない。
こういう森では大体、何かの獣がいて襲われてしまうんだよな。もう少し歩いてみよう。
しかし、「歩けども歩けども、そこは深い森」。まるで自由俳句の世界だな。
……
このままではまずい。真っ暗になりそうだ。登れそうな樹木を探す。あちこち枝ぶりを観察して、どうにかよじ登れそうな樹を見つけた。
登ってできるだけ自分の体を預けられそうな、木の枝と幹のいい具合の場所を探す。
わずかな空間でも寝る事ができるのは、三〇年間のプログラマー生活の賜物だな。
しかし……。
今日はこんなところで野宿かよ……。先が思いやられる。
朝になり、木から降りてまた歩き始める。お腹もすいてきてるが、食べ物は何もない。
とんでもない放置プレイだよな。
あの若い天使みたいな女は、もしかして見習いとかなのか? フォローなさすぎだろう。
「別の人生を導かせてください」とか言った割に、私にくれたのは、この若い女の体と服。
そしてどこなのかわからない異世界に放り出しと来た。
確かに『別の人生』なのは間違いないが……。
やれやれ、あのドジぶりな天使っぽい女に関わったら、みんなこういう目に合うんだろうか?
不幸な人を増やすのがお役目じゃなかろう……。
目を閉じると思わず深いため息が出た。
……
その日もたっぷり歩いた。お腹もすいて、喉も乾いてるのだが?
とうとう森を抜けられずに、陽が暮れかけている。またしても木の上で野宿だ。
真っ暗になると何やら動物たちの鳴き声がする。襲われないように祈るしかなかった。
翌日。
少し明るくなると下に降りて歩き始める。
森の木々はやや太い樹が大半を占めている。下生えは少ない感じだな。
見通しは利くものの、上のほうは大半が枝で空が隠されていて、所々から空が見えたり、陽が差し込むだけだ。
つまり、森の中はどこもそこそこ薄暗い。
木々に印をつけるという事すらできないから、方向があってるのか、そこはもう勘でしかなかった。
堂々巡りをしていない事を祈るしかない。
またしても森を抜ける事は出来ずに暗くなってきた。
木の上に登るのも体力がいるので、腹が減っているのがまずいな。歩いて疲れているのに食料も水もないってか。
やっとの事でよじ登った。
さっさと寝るしかない。しかし空腹に加え、あたりは奇妙な動物の鳴き声が多くて、なかなか寝付けなかった。
翌日。
少し寝過ぎたらしい。陽が昇ってどれくらい経っているのだろう。
朝ではないな。空気感が違う。
疲れが溜まってきているんだな。しかし今日も歩くしかない。
小川とか池とかの水のある場所とか、木の実がなってる場所とか、そういう場所に出ないかな。
このままでは行き倒れるのも見えてきたな。
ただひたすら黙々と歩き、前方が明るくなっている事に気が付いた。
夕方に近い頃やっと森を抜けた。偶然だろうが、勘は正しかったらしい。
少し解放感に浸り、空を見上げる。太陽が二つあるのか……。まさに異世界だよな……。
少し開けた場所を歩くと、遠くに小さな集落がある。
建物が見えた時は心底ホッとした。
村の誰かに会えば何かわかるかもしれない。
……
……
つづく