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306 第21章 第三王都と西部地方 21-16 第三王都での慰労会のその後

 慰労会は終わり、何時もの様にバーリリンド係官によって下宿に送られ、帰されたのだった。

 今回の討伐については色々思う所はあるのだが。

 

 306話 第21章 第三王都と西部地方

 

 21-16 第三王都での慰労会のその後

 

 慰労会が終わって入り口にまで行くと、他の人たちは更に飲むらしくオーバリを囲んで、別の店に向かって行った。

 あの中に、私は入る事が出来ない。残念ながら。

 

 私が生き残るために手強い魔獣を斃すたび、ここの人たちとの距離が広がって行くような気がするのは、何故なんだろう。

 少なくとも、トドマやカサマではそんな事はなかった気がする。

 

 まあ、トドマではそれ程やばい敵がいなかったのか。

 オブニトールを別にすれば、だが。

 あの事件でカレンドレ隊長は負傷し、そのお見舞いの時に、私は何者であるのか、という事について話が少し出ていたが、ヨニアクルス支部長はそれを各自の胸にしまっておくようにと、他の隊長にも頼んでいた。

 

 カサマでは、ガーヴケデックとラヴァデル。あれを見たのは案内役の二人だけだ。それにあの時は白金の二人。真司さんと千晶さんがいた。

 

 カサマの街道掃除は連日魔獣が出たとはいえ、本当にヤバい敵は最後の二頭だけだった。そして、止めを刺したのは、一緒に行った隊員たちである。

 カサマの隊員は、かなり無理をしていたとは思うが、ベルベラディからの派遣組だった二人は、殆ど喋りもしなかったが、優秀であり、魔獣がどう出ようと、果敢に立ち向かっていた。

 

 こっちに来てからの大きな仕事は、あの山の麓の鳥魔獣と今回の湖の畔の魔物駆除だな。

 

 だが。

 ま、言われるまでもなく、判っている。

 

 真司さん、千晶さんははっきりと優遇持ちの優秀な剣士だ。そして、それは冒険者ギルドで認めており、はっきりと彼らの憧れの対象ですらある。

 

 私は、どちらかというと、それとは違う。

 たぶん、異質なのだろう。

 私が討伐に出れば、普段では考えられない程の魔物がうようよ登場し、危険に(さら)される。

 そしてそれを普通では考えられない程、簡単に始末していく。

 

 私にとっては、やや苦戦した部類に入る、あの鰐擬きであっても、彼らにしたら、あまりにもあっけなく終わった部類だと思う。

 そうした部分が、彼等にしてみれば異質で、そしてやや受け入れ(がた)い物なのかもしれない。この子供の様な背丈が、影響しているのは確かだろうけれど、それだけではあるまい。

 

 やはり。まだ、私はこの異世界において世界の一部には成れていないのだろうか。

 

 ぼんやりとそんな事を考えていると、声を掛けられた。

 「…… ィンセント殿」

 そこにやってきて声をかけてきたのはバーリリンド係官だった。

 

 また下宿に送ってくれるらしい。

 この人は、一体どうして、終わる時間を知っていたのか。もしかして、少し離れた場所でずっと待っていたのだろうか。

 不思議な人だ。

 

 

 ……

 

 翌日。

 この日は休み。

 とはいえ、起きてやるのは、いつも通りストレッチから。

 軽く準備体操をやって、剣を持って下に降りる。

 井戸で顔を洗ってから、軽く気合い入れて、空手。そして護身術。

 ダガー二本でやる謎の格闘術を一本、クレアスに変えて振り回す。

 速度を上げる。汗が吹っ飛んでいく。

 空手や護身術の動きの中に、スラン隊長から教わった二刀剣を混ぜていく。

 

 魔獣たちの動きを思い出す。

 今回のエフィムーズは、いきなり尻尾が長く伸びて、それが前に出て来て私の剣を()なして来た。

 毛皮の柔らかそうな尻尾だったのに。あれが鉄剣ですら斬れないとは。

 速度が足りないのか。

 

 いや、あいつを空中に浮かせていた魔力で、あの尻尾が守られていたのではないだろうか。なにしろ、その後、物凄い力で鉄剣は私の手から叩き落とされたのだから。とはいえ、全身を隈なく覆うような守り方は出来ないのだな。

 そうでなければ、私が投げたクレアスが刺さる筈もない……。

 

 ……

 

 相手がもう少し詰めて来れば、やりようは幾らでもあった。

 やはり距離を取られると苦しいな。

 ヤルトステットの長い剣なら、とは思うが、それをきちんと取り廻せなければ意味がない。

 槍があれば違っただろうか。最近使っていないまま、時間が過ぎた。

 また、地味な基礎練習からになるだろうな。

 

 ダガーの投擲。これも練習が出来ていない。

 だから実戦でのダガーも少しずつ、精度が狂って来ている。

 これも、広い練習場があればな。

 

 次に住む場所では、必ず練習場を作っておこう。

 

 ここでもできる鍛錬で、最近やっている回数が少ないのは掌底か。

 これを何度も繰り返す。壁はないので、目を閉じて瞼の裏に浮かぶ敵目掛けて掌底を放つ。

 だいぶ汗が出るまでやった。

 

 鍛錬を終えて、井戸で顔を洗って上に戻る。

 

 朝食を済ませて、やる事と言ったら洗濯。

 服は若草色のブラウスと焦げ茶色のスカートにして、作業着とか何時もの服などを洗い、自分の部屋のベランダに干す。

 

 さて、今日はどうしよう。

 

 少し、城壁の外で散歩でもしたい。出かけるか。

 この第三王都の中は、准国民に向けた公園のような施設がほぼない。

 なので緑が少なく、それは中央の宮殿にある物で殆どなのだ。

 アグ・シメノス人は、そういう部分には気を払わない種族らしい。

 

 私は出来れば緑は見ていたい。エイル村は無論のこと、トドマの宿営地にいた時やマリハの町でも周りに緑があるのが当たり前だった。

 まあ、あの事件で船に乗って南に向かうと緑じゃなくて、紫だったり青だったり、黄色だったりと、元の世界とはだいぶ違う森や林だったが。

 

 ……

 

 一応、首に階級章と、それから左腰にクレアス。両腰にダガー。

 小さなポーチには硬貨を少々。デレリンギ硬貨を三〇枚とリンギレ硬貨五枚。それと代用通貨。それに水袋だ。

 

 西の通りに出て、巡回馬車に乗って城門の西口方面まで行き、そこから少し散歩。

 やはり城門の外には緑があってほっとする。

 

 いつにもまして、西口方面の街道は荷馬車が多い。それも向かってくる荷馬車より、ガルアの方に向かう馬車だ。

 その中に、大量の石材を積んでいる、アグ・シメノス人の一団がいた。その後に丸太を載せた、やや後ろに長い造りの荷馬車が続く。一台二台ではない。かなりの数だった。そしてその後ろにさらに作業着を着た人を載せた荷馬車が続くのである。

 

 ああ。あの鍛冶工房の水車小屋の解体と作り直しがあるのだ。

 足場を作ったりして水車を解体して、新たに作り直す、突貫工事が命令されたからだろうな。

 普段は全く見ない、赤い作業着姿のアグ・シメノス人たちだった。

 

 たしか、水車の小屋から続く、歯車の小屋は地中に埋められているとか言っていた。それも掘り出して撤去するか、作り直すかするのだ。

 

 恐らく、これから来年の一節季の半ば、あるいはもう少しの期間中にあそこの鍛冶屋を完成させなければならない。

 まあ、母屋の方は直すだけでいいはずなんだが。私が細かい注文、各扉に鍵を付けるつもりだった、とか地下の蔵を造るつもりだった、とか言ってしまったので、その部分の手間がかかるが、王都の中央からの指示だ。たぶんとんでもない人海戦術でこなしそうな気がする。

 

 ……

 

 私は、街道を眺めながらぼんやりと考えた。

 

 私は、出来るだけ目立ちたくなかったのに、今や白金の階級章になってしまった。

 とはいえ、ベルベラディで呼びつけられて、『この階級章を受け取れ。これは上の監査官たちも、動いている』等と言われれば、あそこで断るのは無理な相談である。

 まあ、ともかく、それも良くなかったのだろうな。

 そもそも、私がなぜ白金になったのか、なんて一般の冒険者には一切分からない事だろうし、仮本部で起きたことは口外無用。

 

 正確に起きたことを知っている人自体、限られるし、話せば王国から追い出される。ギルドのメンツの為、一切は闇に葬られて(ふた)がされたのだ。

 それ故に、私がなんで白金の二階級になったのか、なんて、商業ギルドの上の方の意向と第一王都にある本部の意向が合致した結果である。としか言えない。

 

 思わず、深いため息が漏れた。

 

 私があまり目立たない背の低い子供の様な冒険者でもって、討伐隊の隊列の最後でいつも殿(しんがり)を務めているくらいが良かったのだろう。つまり、銀三階級くらいで。

 

 しかし。魔物はこっちの事情なぞ、お構いなしだ。

 どんな時でも、ぞろぞろと出てくる。そして、私は手を抜く事なぞ出来ない。

 いつだって、全力で火の粉を払わねば、私はいつ死ぬか分からない。

 その部分において、私は他の誰かを頼ろうとは思っていない。

 

 それが自然と周りにも伝わるのかもしれない。

 つまり、自分たちは信用されて、頼られている訳ではないと。

 

 そうだよな。

 思い出して見れば、いつも魔物が出る事を警告はしても、対処は自力だ。第三王都の副支部長とその右手級の人物たちならば、直ぐに反応して私より早く斃すことはあるが、それは単純に私より前にいるから、だったりする。

 魔物たちは基本的に私に殺到する。だから、他の人がどうこうではなく、自分で薙ぎ払うしかないと、何時も思っている。

 

 あのエフィムーズも、その対処だった。

 

 だが。あれは『見た時は死ぬ時である』攻撃を持っていて、ルルツは、自分たちは『王国の槍』ぢゃないと言ったのだ。

 王国の槍の彼女たちは、自分たちの命は、はなっから捨てている。

 つまり『死兵』。

 

 軍団兵の前に立って、彼女たちがエフィムーズからの攻撃を受けつつ、立ち向かい、斃すために彼奴(きゃつ)の攻撃を牽制している間に、彼女たちは何人も倒れるだろうが、それによってできた隙をついて軍団兵の圧倒的な兵力で押し潰す。そういう斃し方をするのだろうな。

 

 さすがに、それは冒険者たちにやらせられる戦い方じゃない。

 

 ……

 

 今後は、討伐は慎重にやらねばならないだろう。

 

 まあ、殆どを鍛冶と細工に当てて、ごく時折、どこかの街道掃除的な任務があればいいとは思うのだが。

 

 私が自分から、積極的に冒険者を辞めるという選択肢は、実の所無いのだ。

 少なくとも、この王国にいるのならば。

 

 この王国では、准国民で自由に武器を腰に持ち、使う事が出来るのは、冒険者か、商会が雇った傭兵だけだ。あとは他国から入り込んだチンピラたちくらいなものだ。

 それと、もう一点。職業上、鍛冶屋が武器を納品する時くらいか。

 

 私が、街道掃除も済んでいないような場所に行けば、間違いなく魔物が出るだろう。私が武器を持たないなどというのは、ただの『餌』になってしまう。

 

 とはいっても、現状で傭兵になるのも難しいだろう。

 お守りを持っていれば、馬車には乗れない。お守り無しなら、どこで魔物が襲ってくるか、全く分からない。

 荷馬車を守るのではなく、私は自分を守るだけで精一杯かもしれないのだ。

 そして、荒くれ漢どもの中に、こんな子供の背丈では、まず信用すらされないだろう。

 …… やれやれ。

 

 女だてらに偉丈夫(いじょうぶ)にでもなれれば、また違うのだろうけど、そのためにはまず、大きな体格だな。あのオーバリや、ヤルトステットの様な。こんな背丈では、話にならないのだ。

 つまり、身長が伸びてくれるまでは、私は一節季に一回の任務を出来るだけ穏便にこなして、時が過ぎるのを待つしかない訳か。

 

 私はもう鍛冶屋なので、街の外での自衛のために、という理由で持たせてもらえるなら違っても来るのだが。

 

 私は大空を見上げる。

 

 二つの太陽は、まだ真上にはいない。

 西の空を見やれば、何時もの様に大型の猛禽が大きな翼を広げ、ゆっくりと大きな円を描いて滑空していた。

 

 ……

 

 まあ、身長は確実に伸びてきている。来年は一気に延びている可能性だってある。

 あまり、考え込んでもしょうがない。

 

 私は北西の方を見渡す。しかし背が低いので、あまり見通せない。

 ここの城壁に登らせてもらえれば、遥か彼方まで見えて気持ちがいいだろうな。

 

 だが。まあ無理な話だ。そんな事をすれば、この第三王都の中の配置が、全て筒抜けになる。つまり。そういう物も情報であり、守備隊からしたら、極秘情報かもしれない。それが駄々洩れなんていうのは、許されない事だから、城壁の上に行く階段が一切見当たらないのも、そういう事なんだろう。

 

 たぶん、上に行くには、この城壁の中にある通路と階段を使って上がるのだろうな。

 

 ……

 

 日はまだ高く、夕方になるにはまだまだ時間がある。

 

 少し城壁に沿って北側に歩いて行く。

 城壁の北西側には林があって、その先は見えないのだが、たしか、城壁を少し回り込むように道が伸びていて、その先にあるのがウルサの町。まあ、それなりに距離がある。そこからだいぶ北に行くとクルーサ。

 

 その横に流れている川は、ソルバト川の支流だ。それは、北の隊商道にあるカフサの街のすぐ南で別れているのだが、この支流は更にテッファの街のすぐ東辺りで二つに分かれている。

 私がこの王都に来る時に使った道はその川の横を通る物だったが、随所に水車があった。

 たぶん、あの川自体、農業用に作ったのに違いない。

 スッファ街の南とテッファの北辺りからずっと広大な農地が広がり、大規模な灌漑(かんがい)が行われているからだ。

 

 あの時、そう、落穂ひろいでスッファからキッファへ行く時に見た、広大な穀物畑。

 かなり遠くに少し木々があって、あとは遥か遠くに見えた第三王都。

 そこまで、全てが穀物畑だった。

 

 私は適当な所まで歩いたが、戻ることにした。

 あの林に何がいるかは分からないからだ。

 第三王都のすぐ横とはいえ、魔物がいないとは限らないからだ。

 

 西門まで歩いて戻り、そこに来た巡回馬車で少し東に行って、降りる。

 そこで北側に行く巡回馬車に乗り換えた。

 まあ、マインスベックの店に行こうという訳だ。

 

 斜めの道がある場所で、大勢の亜人たちが降りていく。

 私も一緒に降りて、その斜めの道だ。

 暫く歩くと、やっと店の前に到着。相変わらず大勢の亜人たちで賑わっていた。

 扉を開けて中に入る。

 もう中ではいい匂いがしていた。料理を作っているのだろうな。

 

 窓際の席が空いていたのでそこに座ることにした。まだ込み合う時間でもない。

 何か軽く食べたくなっていた。余りがっつり食べるのではなく、軽く。

 

 何を頼もうか迷っていると、そこにウェイターのような御仕着せを纏った男性がやって来た。

 「お嬢様。何をご所望でしょうか」

 うーん。まだ決まっていない。

 

 「そうね。何か暖かい飲み物と、甘いものがいいわ。軽く食べたいの」

 

 もう、丸投げだ。どんなものが出てくるか。マインスベックの店は変なものは出すまい。

 「はっ。承知致しました。お嬢様。少々お時間をくださいませ」

 男は直角かもしれないというほど頭を下げて、それから奥に行った。

 ああいうかっちりした服を着た男性に、お嬢様とか言われると背中がむず痒くてしょうがない。

 

 暫くすると、男性が飲み物を持ってきた。

 「どうぞ。こちらを」

 出されたのはお茶だ。しかし色は赤くはない。

 複雑な香り。色は焦げ茶だ。勿論、珈琲ではない。僅かな渋み。複雑な味わい。

 

 それを飲んでいると、今度はやや厚めに焼いた生地に色々なものが乗ったタルトの様なものが出てきた。

 甘い香りが漂う。

 ちゃんと洋白の小さなナイフとフォークが出される。

 一番下の生地はサクサクしている。その上に載せたものがやや変わっていた。

 明らかに砂糖を液糖にして、柔らかい生地に染み渡らせている。その上に皮をむいた様々な果実が乗せられていた。

 

 なるほど。これは明らかに、こういうお菓子を作り慣れた人がいる事を物語っていた。

 かなり美味い。

 

 そこに、見覚えのある赤ら顔の大男がやってきた。

 「御機嫌よう。ヴィンセント殿」

 「着席、したままで、失礼、しますわ。御機嫌よう。マインスベック様」

 「かなり珍しいお客様がいらしたというのでね。なんでも白金の階級章を付けた少女に見える女性だとか」

 そういいながら、彼は笑顔だった。

 

 「ええ」

 「前回、ラギッドと来た時は金の階級章だったはずなのだがね。今見ると、なんと〇が二つもついた白金でいらっしゃるという訳だ」

 「私が、望んだ、訳では、ありませんわ。これは、上の、意向、だそうです」

 そう言って、笑顔を浮かべておく。

 

 「そういえば、ラギッドがいないな。彼はどうしたんだね」

 「マインスベック様。ヨニアクルス様は、ガルア支部に、配置転換、されましたわ。近いのですし、行って、みたら、如何でしょう。あの方も、さぞ、お喜びに、なるかと、思いますわ」

 「おいおい、ガルア支部っていえば、とことん暇な支部と聞いてるぞ。あいつは何かやらかして、閑職の支部に飛ばされたのか?」

 「いえいえ、そういう、事では、ございません。ですけど、私が、ここで、事情を、喋って、しまっては、お二人の、お楽しみが、無くなって、しまいますでしょう? 彼から、直接、聞いた方が、旧知の、間柄を、温めなおす、いい機会では、ございません事?」

 「はっはっはっ。これは、一本やられたな。確かにその通りだ」

 彼は右手を頭に当てた。

 「どうだね、そのお菓子は」

 

 「これは、たいへん、おいしゅう、ございます。この、お茶も、よく、合います。ここには、腕の、確かな、料理人の、方が、いらっしゃいますね」

 それを聞いて、彼はますます上機嫌だ。

 

 「気にいって貰えて何よりだ。それは新商品でね。今後、女性客向けに出していくものだ。男性陣が女性陣を持て成ししたい時に、何を出せばいいのか迷うような客は大勢いるんだ。そう言う時に、こいつをそっと薦めるわけだな」

 「まあ。お高いのでしょうね」

 そう言って笑うと、彼はにやりとした。

 「それ程でもないさ」

 

 「では、私はこれで、失礼しますわ」

 椅子を降りる。

 「お会計を、お願いします」

 

 さっとウェイターらしき男性がやって来た。

 「ヴィンセント様。お支払いは硬貨でしょうか。それとも代用通貨でございましょうか」

 「少額なら、硬貨も、持ち合わせが、ございます。硬貨で、支払いますわ」

 「はい。では、こちらに署名をお願いします」

 出された皮紙には値段が書かれていた。お茶の方、飲み物としか書いてないが二デレリンギ。

 あのお菓子が一六デレリンギ(大谷換算で八〇〇〇円)。合計で一八デレリンギか。

 指定された場所に署名する。マリーネ・ヴィンセントと。

 

 まあ、お菓子の方は、砂糖がかなり使われていた。そもそも、王国のどこで作っているのかは判らないのだが、これでも相当安いほうだろう。

 

 そういえば、マリハの方では茶色の砂糖だった。あれは要するに精製がかなり不十分な状態だ。大きくはない袋で五〇デレリンギくらい。

 多分だが、きちんと精製すれば量はかなり減る。白くなるまで精製すれば、普通の家庭では使えないくらい高いかもしれない。

 

 そして、砂糖をどこぞの貴族とかの所領でしか作れないとかなれば、だ。とんでもない金額でも不思議ではない。多分独占事業だろう。

 

 しかし。農業のほぼ全部を王国が管理しているからこそ、ここのような事が可能な話。

 砂糖を作る工場がどこにあるのかも不明だが、その辺りは秘匿されているのかもしれないな。

 

 私はポーチからデレリンギ硬貨を一八枚取り出して渡した。

 「ありがとうございました。またどうぞ」

 そう言ってウエイターのような男性が扉を開けてくれた。

 

 「マインスベック様。それではまた。御機嫌よう」

 「ああ、御機嫌よう、お嬢さん」

 赤ら顔の大男が態々胸に手を当ててから、掌を上に。そして僅かにお辞儀。

 正式なお辞儀をされては、こちらも返さざるを得ない。

 両手でスカートの端を握って持ち上げながら、右足を引きながら、軽くお辞儀だ。

 

 「それでは、失礼します」

 私は振り返って、そのまま西の大通りを目指す。

 ここから歩いても、下宿はそう遠くはない。

 歩いて帰る事にしたのだった。

 

 

 つづく

 

 洗濯も済ませると、暇になってしまう。

 西門の所に散歩に行くことにして、外を見てからまた戻る。

 その途中でマインスベックの店に寄ったのだった。

 

 次回 第三王都での何時もの日々

 ケニヤルケス工房で、また刃物を頼まれるマリーネこと大谷。

 また、何時もの様に職人の生活が始まった。

 

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