表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
305/306

305 第21章 第三王都と西部地方 21-15 第三王都で続く製作と慰労会

 職人の日々が始まり、

 そして、だいぶ遅れていた『慰労会』も行われることに。

 305話 第21章 第三王都と西部地方

 

 21-15 第三王都で続く製作と慰労会

 

 毎日の気温は、やや下がった。

 ただ、この地方でも完全な四季は感じられそうにないな。

 まあ、トドマの方は完全に亜熱帯だった。あそこに比べれば、気温も湿度もそれ程でもない。

 もう少し、南に行けば、はっきりとした四季がありそうだ。まあ、雪が降るかどうかは別として。

 

 毎日、(のみ)を叩き続けていると、親方が鑿はもういいので、そろそろ爪切りも頼むと言われ、爪切りの製造を開始。

 

 毎日、こつこつと爪切りを増やす。

 で、長い方を八個製作。

 ケニヤルケス工房製の爪切りも造り始めたようだ。

 

 そろそろ、細工も一つ、二つ、造った方がいいのだが。

 それで、ケニヤルケス親方に話して、アスデギル工房に行く事にする。

 「ケニヤルケス親方様。また、少し、細工の品を、作って、納品、しなければ、なりません。アスデギル工房の方に、暫く、行ってまいります」

 「ああ、判った。優遇期間は使えるだけ使った方がいい。商会がどれだけ困ろうが、ヴィンセント殿の造った物は、全てそれなりの値段で買い取るのだ。まあ、商会がそれを売れなければ、ヴィンセント殿も今後が困ろう。暫くは実用品を作って納めるのを薦めておこう」

 そう言って、私を送り出した。

 

 ……

 

 まずは部屋に戻って、細工道具を全部背負う。

 そして、工房に行きがてら、暫く考える。

 

 今回は、何を作るか、だいぶ迷ったのだが。

 そうだなぁ。模型はややネタ不足。もう少し色んな車両があれば、それをじっくり観察して、それを精密模型にしてみるというのがあるのだが。

 ベルベラディのあの二輪車のタクシーはなぁ。なんというか、見栄えのする模型になりそうにない。どうしても、と頼まれでもしない限りは、あれはいいかな。

 

 となれば、ケニヤルケス親方も言っていたが、実用品だな。

 やや廉価版に振った背負い袋を作ってみるか。前回のやつは、やはり凝り過ぎた。

 もう少し簡略化できる部分を簡略化して、革の使用量も減らせれば、価格を安くできる。

 それで、今回もアスデギル工房で、最高品質の革を発注して貰おう。

 前回の残りで、造り始められるが、全然足りないのだ。

 それと蜜蝋だな。前回のリュックには塗っていなかった。

 今回のものにはちゃんと塗ろう。コストはかかるが、これをやるのとやらないのとでは、雨に降られた時、その後がだいぶ違うのだ。

 

 ……

 

 アスデギル工房で、また暫く作ることになり、早速革の発注、それと帆布の様な、あの厚い布。それに蜜蝋だな。板は、箱を作る木工部門にいって、少し分けて貰う。

 バックル部分は前回に使った木型を使う。

 腹に使う大きいのと、それ以外のベルトに使う部分では、大きさが違う。小さい方は多めに作りたいので、前回のを見て少し量産する。ハーネスは全て穴の開いたベルトになるのだ。

 

 砂に埋めて砂型を作り、真鍮を流して作る。少し多めに作ろう。

 

 さて、全体の構造は同じようにするのだが、ロード・リフターは省略せず、必ずつける。これが私の工房製品の大きな特徴だから。

 

 さて、ハーネス加工はケチれない。とはいえ、革は二重で中に帆布のような、あの厚い布を入れる。

 腰ベルトも、だな。これで使う革の量をだいぶ減らせる。

 

 背中の部分の構造を少し簡略化。板は入れる。この世界ではベニヤなぞ無いので、自分で薄い板を縦横で重ねて、それを膠で接着するのだ。

 そして背中の穴の開いた革は二重にした。三重との違いはそうそうなさそうに思えたのだ。背中側の革も板を挟んで、背中に近い方には帆布のような厚い布を入れる。これで、ここの革も一枚省略。

 

 全体の大きさ、高さを少し削る。幅と奥行きはそのまま。そうしないと、最初のリュックと同じような幅、奥行きのある物が運べない。まあ高さの方は、今後の注文次第で、もっと長い物も用意するかもしれない。

 

 底の革は二重にするが、省略した革の代わりに、真ん中に挟むように厚い布を入れる。

 後ろのポケットも革は二重ではなく、シンプルに一枚。

 前回のやつは、折り目を二つ入れて、上で重ねて縫い、中が広がるようにするとか、色々凝った事をしておいたが、今回それはなし。

 

 ケチれないのは外套擬きのロールトップ部分か。ここは構造を少し変えた。

 外套擬きの後ろ部分は、そのままなのだが、頭に被る部分と肩に回す部分の革は、分離。これが、コストダウンになるのか? というと、なるのだ。

 ロールトップ一枚の大きさを小さく出来るからだ。で頭に被るほうは、フード付きケープの様な形にして、これを後ろの上部で巻いて一緒に縛れるようにしておく。

 

 外套擬きのロールトップは、ちょうど腹の高さの辺りに、紐というか、簡単なベルトを付けておいた。風で捲れないように、体に縛り付けられるようにしたのだ。まあ、これだと腕とか前は姿勢次第では結構濡れるが仕方がないな。

 

 それと、フード付きケープ部分は縁をきちんと縫い、安っぽくならないようにする。あと横は、やや長くして、腕にかかるようにする。首の所で留められるように、小さな紐を縫い付けておく。まあ、これで縛る訳だ。

 あとはあちこちにこっそりと、◇とMとVを重ねた紋章を糸で刺繍する。

 ばらさないと見えないような場所にも刺繍して、縫い付けてしまうと隠れる。まあ、万が一の偽物除けだな。

 ロールトップの一番端にも紋章を刺繍した。

 

 既に、一度作ったことのあるリュックだから、だいぶ製作時間も短縮され、刺繍を入れても八日で完成。

 最後は蜜蝋を丹念に塗る。防水用のワックスである。特に外套になる部分とフード付きケープになる部分は丹念に塗りこめた。乾燥させた後、もう一度ロールトップ部分に蜜蝋を塗りこめた。

 

 これでも製作時間は、なんと半分になった。なので、同じ物をもう一つ製作。

 ま、これで買取価格が半分でも、全然問題ない。

 

 これを二つとも持ってベネッケン商会に売りに行く。

 

 ベネッケン商会に到着。

 扉を開けると、そこにオドカルがいた。

 

 「おや。ヴィンセント殿。また納品かね」

 私はお辞儀した。

 

 「はい。この、背負い袋を、見て頂ければ、と思います」

 「ふーむ。以前の物と比べると軽い。革を減らしたのだね」

 「はい。価格を、下げた、廉価版を、造ってみました」

 

 「特徴的な部分は、全て同じだな。ただ、外套の部分が今回はちょっと違うようだな」

 「それも、価格を、下げるための、工夫で、ございます。一枚の、革で、あの大きさを、採ると、なると、一頭から、ぎりぎり、一つしか、採れません」

 「まあ、他の部位もあるとはいえ、均質な物を採ろうとしたら、そうなるな」

 「はい。あとは、すこし高さを、切り詰めました」

 「ふむ。前回の程は、必要ないと?」

 「もっと、沢山、入れたい方は、特注して、頂ければ、と、思います」

 「なるほど。今回の物は全体が蜜蝋仕上げか」

 「はい。前回の、物は、そうして、いませんが、やはり、雨の事を、考えますと、これが、最初から、必要かと、考えまして、塗って、ございます」

 「分かった。これなら、すぐにでも売れるだろう。製作日数を訊いても?」

 「はい。これは、一つ、九日です」

 「なるほど。前回の半分だね。それで二つなのか」

 「はい」

 「よろしい。これは十分売りやすい価格で出せるだろう。一〇、いや一二リンギレで、どうだろうね」

 「お任せ、いたします」

 私がそう言うと、オドカルの顔に笑顔があった。

 

 「これなら、新機軸の背負い袋としても、ぎりぎり売りやすい。これはこれで職人価格に乗せる事を検討しよう。第二商業ギルドに出すことになろう」

 「は、はい。ありがとうございます」

 「これをもう少し、廉価にできないだろうかね。ヴィンセント殿」

 「それは、もう、革の、質を、落とさねば、なりません」

 「これほどいい革ではなくても」

 「いえ、この、構造で、沢山の、荷物を、運ぶなら、全体に、かかる、負担を、考えても、革の質は、落とせません」

 「ふーむ。革の質を一段落として貰えれば、八リンギレにできる。そうなれば、他の職人の物と一緒に並べつつ、ここが違うと訴える事でだいぶ沢山の注文が取れるのだがね」

 「私は、革の、質を、下げた、物を、提供する、つもりは、ございません」

 商会は、革の質を一段階下げてもいいのではないかと、だいぶいうのだが、長く使う物だし、手触りが違ってくるのだ。特に時間が経つと。

 なので、使う革の質は下げずに行こうと思う。

 

 「分かった。ヴィンセント殿が、どうしても、というのであれば革の品質を下げた物は出さないということで、職人価格の所にも革の品質を記載するようにする」

 オドカルは、そんな事を言った。

 このリュック、沢山の注文が入ると、それはそれで、困るのだ。

 価格を安くして、それで注文が殺到したら、私一人で作るのだから、ずっとこのリュックを作り続けなければならなくなる。鍛冶をやる時間も取れなくなる。

 それはそれで問題なのだ。

 

 「では、契約書を作ろう、ヴィンセント殿」

 「はい」

 私は、代用通貨を渡す。

 オドカルは、受け取って、私の神聖文字での名前を書き写す。

 私は皮紙二枚に、自分の名前と紋章を書いた。

 契約終了。一通が私に渡された。

 「それでは、よろしくお願いします。ベネッケン様」

 彼が笑った。

 「いやいや。様はなくてもいい。またよろしく頼むよ、ヴィンセント殿」

 「それでは、失礼します」

 一礼して、店の外に出た。

 

 まあ、細工も暫くはこの背負い袋でいいかなと思いつつ、工房に戻る。

 アスデギル工房で、親方に挨拶。

 「ヴィンセント殿。あと三週で、細工の買い取り優遇期間が終わる。どうするね」

 ああ、そうか。後一個くらいは造っておきたい。

 「それでは、第六週に、また来ます。そこで、第七週までで、一つ作って、納め、それで、終わりに、しとう、ございます」

 「ああ、判った。では、其方の手を付けた材料は、そのままにしておこう。ヴィンセント殿が注文した分は、全てギルドの方から補填が来るのでね。纏めないといけないのだ。では最後の一個分、材料も注文しておこう」

 「よろしく、お願いします」

 それで、私はアスデギル工房を出た。

 

 翌日からは、再びケニヤルケス工房。

 そして、鑿を叩き始めると、午後も過ぎてだいぶ回った時間にバーリリンド係官がやって来た。

 任務が終わって、実に九週も経っている、前回の慰労会の開催との事。

 で、慰労会が始まるのは夕方かららしい。

 それで、私は部屋に戻って、何時もの服に着替えた。

 

 バーリリンド係官の運転する荷馬車の御者席に乗せて貰う。

 今日は本来、武器はいらない。それで剣はクレアスとダガーだけ。だから、そのまま御者席に座った。

 

 ……

 

 何時もなら、中央にある支部の方に向かうのだが、荷馬車は中央の王宮をぐるりと回って南側に向かう。

 

 今回は、第三商業地区で行うらしい。

 とはいっても、南に行く街道に繋がる大通りにある店だ。

 入り口は大きい。

 看板には『酒場 ウルダンガリン』と書かれてあった。

 

 やや早く着いたらしい。まだ全員は揃っていなかった。

 

 慰労会の集まりは、周りの反応はやや微妙なものだった。

 何というのか、あの時に行った隊員たちの目線が明らかに違う。

 銀三階級のルツフェンとヒスベルクの二人は、私にお辞儀はしたが、何も喋らない。

 やや、距離感が広くなったというか。恐れの様な。

 そんな目線のオーバリが何かを言いたさそうだったが、結局何も喋らない。

 ヤルトステットも同じだ。

 

 そこに、弓師の二人が入って来た。二人ともお辞儀はしたが、私と目線を合わせようともしない。

 

 ドスとホロもやって来た。

 これで、あの時の全員が揃った。

 

 大きなテーブルに白い布を掛けた席に全員が座る。私の席は支部長の横。

 私の椅子だけ、座面が高い、子供用である。

 支部長の席の横、もう一つに副支部長が座った。

 

 ユニオール副支部長からの挨拶があった。

 「前回の任務は、皆、本当にご苦労だった。これからも、皆の協力で、任務をこなしていこうと思う。ヴィンセント殿、これからもよろしく頼む。貴女の魔獣検知は今や欠かせない。階級が階級なので、これからは徐々に、最初から隊長を頼むかもしれない」

 副支部長が、私の方を向いて話し終えた、その時だった。

 急に立ち上がったルルツに、はっきり言われてしまったのだった。

 

 「悪いけど。いくら白金様でも、『エフィムーズ』にそのまま戦いに行っちまうような人の配下で闘うのはごめんなんだ。私たちは『王国の槍』じゃない。私たちは今回は助かったし、それについては白金様とマレンのおかげだって、判ってるけど、ね。次は分からないじゃないか。流石に、あんなに毎回毎回、うようよと沢山の魔物が湧いて出る隊長の下で、やり続けようとは思わない」

 

 彼女は下を向いた。

 「白金様は、山の戦神(いくさがみ)の異名もあるみたいだけど、私は只の弓師なんだ。冒険者ではあっても、命は惜しいのよ」

 

 皆、無言だった……。

 この無言は、そのまま皆の気持ちを代弁しているかのようだった。

 そして、この会話の中でルルツは一度も私の苗字を呼ばなかった。

 

 「フローリアン。それはいくら何でも言い過ぎじゃないの?」

 副支部長の横に座っていた、ミュッケが立ち上がった。

 「マレン。あの場にいた全員が、あっという間に倒されたんだ。確かに、命は助かったけどさ。あの時の恐怖を、何も出来ずに、倒された、あの時を。私は忘れない……」

 「フローリアン……」

 ミュッケは何かを言いかけたが、小さく唇をかんでそのまま座った。

 それは、その場を体験した人物でないと判らない事だと、ミュッケも分かっているからだ。

 

 やはり、というか、結局、というか、こうなってしまったか。まあ、そうだよなぁ。

 あれが麻痺じゃなく、必殺の毒なら、ルルツを含む五人はその場で死んでいたからだ。

 

 その時に副支部長が立ちあがった。

 「まあ。みんな。今日は、慰労会だ。その辺にして、食べようじゃないか。今後の事については、支部長が何とかするよ」

 

 副支部長が()()すように言ったその時、支部長が丸めた右手拳を口の前に当てて、咳をした。

 「皆の者、そのまま聞いてくれ。今回の事態。確かに過酷な事だったであろう。そして、ヴィンセント殿ゆえに切り抜けてきたのも、これまた事実。しかしながら、だ。彼女はもう十分に実績を重ねていて、来年の四節季終わりまでは、特に強制的な仕事はない。そこで、途中、強制的に発生する任務が出ても、今いる諸君のうち、副支部長を除き、今後はヴィンセント殿を含む討伐隊に、一切指名はしない。希望者があれば受け付けよう。それは約束する。それで、納得してもらいたい」

 

 全員が立ち上がって、胸の前で右腕を水平にした。水平にした右手の拳を握る。

 冒険者の敬礼だな。

 そして、全員が着席。

 

 「では、今回の任務、全員の健闘を称え、乾杯」

 支部長が乾杯の音頭を取った。

 全員、それは私以外だが、お酒の入ったグラスを上に掲げていた。

 私のは、勿論、果汁飲料だ。

 

 運ばれてきたのは、またしても鳥の肉。量が多い。どの皿を見ても山盛りである。

 たぶん支部長の好物なのだろうな。

 

 みんな、暫く食べてから、少しづつ会話が始まっていた。

 私は、当然加われない。そういう雰囲気ではない。

 

 うーん。せっかくここのみんなと仲良くなれたかと思ったのだが。

 

 私は、ほぼどんな魔物でも検知は出来ても、殆どの魔物の名前も知らない。

 そして、どんな攻撃をしてくるのかさえ、知らないのだ。

 

 あの時、あの魔獣、エフィムーズは私以外をあっさりと転がして、私との対決に持ち込んだ。その上で必殺技であろう、あの光る球も、暫くは撃ってこなかった。

 まあ、先に一回出しているから、連続では出せないのかもしれないが。

 私をいきなり必殺技で斃そうとする魔物は今までいなかった。

 

 ただ、私がいるから、あの魔獣を呼んでしまったと、ルルツには思われたのか。

 まあ、その前のペラヌントの群れを思えば、私がいるから、大量に出たと、そう思われても不思議ではないな。

 あの時、最初のペラヌントははっきり、私を狙っていたのだ。

 

 ルルツたち、弓師は後方にいる。全体が見えた事だろう。そして魔物たちが私だけを狙っていたことを……。

 

 二回目の時はガブベッカが乱入してこなければ、どうなったのか、まったく分からない。

 なにしろ、どんどん上陸して九体にもなったのだ。あの恐ろしく固い、鎧のような鱗持ちの魔獣が、だ。

 

 尻尾から棘を飛ばしてくるは、口からは長い舌を出してくるはで、前衛は近寄れないし、弓は殆ど役に立たない状況だった。

 で、あのままだと大苦戦したのは間違いない。

 

 デルメーデだって、彼女からしたら、私がいるからあんなに出たんだと思っているだろう。

 なんせ、山の麓に行った時の討伐でも、普通じゃない魔獣の数だとヴァルデゴード副支部長は言っていた。

 

 カサマの街道では、もうはっきりと私の匂いで多数の魔獣を呼んでしまったのは判ってるが、今回のは水中に(ひそ)んでいた敵だ。

 私の匂いではないと思いたい。偶然に偶然が重なった結果なのだと。

 しかし……。私が魔物を検知できる代わりに、陸の魔物を引き寄せる『餌』だ、等とここで言う訳にはいかないのだ。

 

 ……

 

 食事も()る事ながら、みんなのお酒も大分進んでいた、その時だった。

 急にオーバリが立ち上がった。

 

 「みんなに、言っておきたいことがある」

 全員がオーバリに注目。

 

 「大変済まないが、今回の事件で、私の体はもう、元の様には動かないんだ。それで、だいぶ考えたが、引退する事にした。半年休んで、更に治療して鍛え直すのも考えたが、元に戻るかどうかはかなり怪しい。もう少し動くようになっても、金階級の働きはおろか、銀階級の働きすら、もう出来ないだろう。あとで、手続きする。みんなとこうして食事をするのはこれが最後だと思う」

 まさかの、オーバリ引退宣言だった。

 

 「そ、そうか。解かった。後日、支部の方に来てくれ。まだ今回の応援任務の分を、支払っていない。他のみんなもそうだが、明日は休みだが、いつでもいい。支部の方に来て欲しい。みんなの分を支払うから、代用通貨は忘れないで持って来てくれ」

 副支部長がみんなに説明した。

 彼は無理にオーバリを引き留めるようなことは言わなかった。

 

 「辞めた後はどうするのだね。アロルド。第三王都にいるのなら、一般技術者ギルドへ紹介状を書こう」

 「クリステンセン支部長殿。キレオの近くに私の知り合いが住んでいるのです。戦闘はだめでも、他の事ならたぶん、できるでしょう。そっちの知り合いの家の方に行くつもりです」

 「…… 判った。後で、書類を作っておこう。代用通貨を廃止しない方がいいだろう。だいぶ金額がある。それで仮階級章も作ろう。あっちは第四王都管轄だが、あっちで降ろせるように手続しておく。家も借りられるように、書類を作っておこう」

 クリステンセン支部長は、それだけ言うと黙ってしまった。

 「お手数、掛けます」

 オーバリはそう言うと、座った。

 

 キレオの街は、少しだけ、知っている。あのワダイ村に行った後、引き返す時に寄ったかなり大きい街だった。

 忘れもしない、あの甘酸っぱい、そして後から来る強烈に辛い、魚のスープの様な料理が出た店のある街だ。

 確か、料理は『クベルト・スベリカ』だ。どんな意味なのか、さっぱり分からないが。

 千晶さんが作ってくれた共通民衆語辞書の中に、この言葉はない。だから、メニューにあったあの綴りは、単に共通民衆語で音の響きが同じになるよう、書いただけで、店の主人の出身地域の料理であり、その名称なのかもしれない。

 

 そんな事をぼんやりと考えた。

 

 オーバリの、この突然の引退宣言は周りの支部員に波紋を引き起こしていた。

 今ここにいないヴァルデゴード副支部長がいたら、何と言うのだろう。

 ヤルトステットがオーバリとだいぶ話し込んでいた。

 

 あの泡吹いて痙攣した症状の中で一番重いのがオーバリだった。

 元通りになるかは分からないと、ミュッケは言ったが、(まさ)しく、その通りになった訳か。

 

 金一階級でこれまでやって来たオーバリがいきなり銅階級の、下手したら無印の仕事になるなんて、彼にしたら、受け入れられないものだろう。それは理解できる。

 金の階級になるまでの努力が全て水の泡と消え、そして銅階級になったとして、上に上がれる見込みがまったく無いのだ。知識はあれど、自分の体がついてこないとなれば、訓練場の教官すら務まらない。

 それで、彼は引退を決意した訳だな。

 

 しかし、ミュッケから言われている。私がみんなを連れて帰ってこれただけでも稀有な事であって、責任を感じてはいけないと。

 彼女は、私にもっとドライになれと言ってるのだろう……。たぶん。

 

 食事が終わり、慰労会は閉会となった。

 

 「それでは、慰労会は、これにて閉会とする。みなに言っておくが、今回のガルア支部応援任務の支払いは、いつでも手続きできる。なんなら今からでも、出来るが、みな、今日は休んで、明日以降、いや明日は休日。その次でもよい。支部に来て貰いたい」

 支部長がそう言うと、みんなから拍手があった。

 みんな、ぞろぞろと店の外に向かう。

 

 その時だ。オーバリが私の前にやって来てしゃがんだ。

 「ヴィンセント殿。貴女にこの命、助けられた。私はこれで引退となるが、この恩は一生忘れない。ヴィンセント殿は、これからも白金の冒険者として邁進(まいしん)して欲しい」

 右手を出された。握手と言う事か。

 彼の大きな手に私の小さな掌をちょこんと乗せる。

 

 「貴女の魔物検知は、たぶん、神からの贈り物だろう。だが、それを信じすぎないように、な」

 彼はそっと私の手を握って、それから放した。

 オーバリは、私が今までに見た事もないほど、穏やかな笑顔だった。

 「オーバリ殿。今日まで、ご苦労様でした」

 私は少し見上げてそう言うのが、精いっぱいだ。それから深いお辞儀。

 「ああ、ありがとう」

 そういうと彼は立ち上がり、そして店の外に出て行った。

 彼の大きな背中が、少し寂し気に見えた。

 オーバリを見るのはこれが最後だろう。そんな気がした。

 

 

 つづく

 

 慰労会では、ルルツから、強烈な言葉を受けてしまう。

 そして、症状の酷かったオーバリは、引退を宣言した。

 

 次回 第三王都での慰労会のその後

 慰労会が終わり、思う所は色々とあるマリーネこと大谷。

 さて、翌日の休みにすることは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ