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304 第21章 第三王都と西部地方 21-14 第三王都で続く製作と今後の事

 ケニヤルケス工房で何時もの鍛冶の作業が始まった。

 大剣も研ぎ直し。

 大工用の鑿を作っている所に、声がかかる……。

 

 304話 第21章 第三王都と西部地方

 

 21-14 第三王都で続く製作と今後の事

 

 翌日。

 起きてやるのはストレッチ。からの何時ものルーティーンだ。

 井戸端での鍛錬もいつも通り。

 

 今日は服を取り込んで、伸ばしつつ畳む。

 アイロンがあれば、アイロン掛けしたいのだが、それは自分の工房を持ってからの話か。

 

 朝食を済ませ、服は作業着。何時もの靴。

 首には階級章と鍛冶の独立標章だな。

 とにかく、何時もの仕事道具と鉄剣を背負って、鍛冶工房だ。

 

 ケニヤルケス工房に行き、取り合えずは挨拶。

 「おはようございます。ケニヤルケス親方様。戻りましてございます」

 「おお。ヴィンセント殿。無事戻ったようだね。おや、またその大きな剣が、何か歪んだかね?」

 「い、いえ。かなり、(こぼ)れて、しまいました。研ぎ直さないと、いけないので、合間を見て、研ぐつもりです」

 「そうか。判った。貴方のやっていた作業の物は、そのままにしてある。続きからやってくれたまえ。それとその剣を研ぐのはいつやっても構わない」

 「はい。早速、作業します」

 

 私は革のエプロンをして、何時もの様に布を顔に巻きつける。

 皆が叩いている炉の方に行くと、ゼワンが手を挙げた。

 「ヴィンセント殿。来たな」

 「はい。続きから、行います」

 彼が私の作業していた物を出して来た。

 細い(のみ)だ。

 

 「ありがとうございます」

 受け取って、早速『やっとこ』で掴んで炉に入れる。

 熱を入れて、素材の方を八〇〇度Cまで上げていく。

 

 赤熱した素材をハンマーで叩く。

 鋳物の鑿の先端は次第に密度が整って行く。

 温度が下がって来れば、また熱を入れていく。

 軸の方もちゃんと叩く。あまり強く叩き過ぎると変形してしまうので、そこは注意が必要だ。

 頭の中の内なる声が「そこまで」というのを待って、叩くのを終了。

 一回、水に入れる。

 すぐに取り出し、壁に立てかける。

 

 次の一本に取り掛かる。

 また、『やっとこ』で掴んで熱を入れていく。

 

 淡々と作業が進む。額の汗が巻いた布に染み渡る。

 

 叩いては、火に入れ、また叩くの繰り返し。

 

 また、鍛冶の日々が始まったのだ。

 

 取り合えず、鑿を三本仕上げて、それから自分の剣に取り掛かる。

 

 よく見れば見るほど刃は(こぼ)れてしまっていて、かなり研がなければならない。まあ、それでも亜人の冒険者たちの剣の中でも長い部類になる、副支部長の剣とかヤルトステットの剣に比べたらましな方。

 彼らのは二メートルだ。私の剣の倍はある。

 

 私の剣の刃は刃渡りで八五センチ。とはいえ、正確に測れたわけではないので、だいたいそのくらいという訳だ。なにしろ山のあの村にはきちんとした物差しもなかった。

 

 今なら長さをちゃんと測れる。刃渡りは二フェルム。つまり八四センチだ。

 柄の長さは三〇センチとしたが、あくまでも大体だ。今測り直すと七フェム。これは二九・四センチ。まあ。ほぼあってる。

 合わせて一一三・四センチか。まあ、あの頃、村にいた私の身長は、たぶん一二〇センチくらいだと思っていたし、それで身長より少し小さい剣を造ったのだから、まあ、合ってる。

 

 さて、毀れた部分は、離して見てもはっきりと判る程なので、二ミリくらいは欠けてる。全体をそれだけ研がなくてはならない。

 仕方なく、毎日研ぐ。

 バランスを合わせるために、反対側も少し研いでいく必要があり、かなり急いで研いでいくが、大きいので取り回しが悪く時間はかかる。

 

 結局、全力で研いでも三日かかった。第三週の五日目。翌日は休みである。

 研ぎ終えた鉄剣は持ち帰る。

 

 翌週。

 

 また、朝から鑿を叩いていると、誰かが来たらしい。

 「ヴィンセント殿。お客さんが来ておるぞ」

 言いに来たのは、なんとケニヤルケス親方だ。珍しい。

 何だろう。

 取り合えず、叩いていた鑿をその場において、顔に巻いている布を取って、入り口の方に行く。

 そこに居たのは、護衛の兵士、二名と制服の女性だ。たぶん私が知らない人である。

 「ヴィンセント殿。お初にお目にかかる。私はアーダ・リル・エステルスタム。第三王都中央商業ギルド、情報部所属、一等情報士官を務めさせて貰っている」

 「は、初めまして」

 私は胸に手を当ててお辞儀した。

 「早速ですまないのだが、彼女を少し借りてもよろしいだろうか。ケニヤルケス殿」

 「勿論ですとも。一等情報士官様」

 「では、ヴィンセント殿。其方(そなた)はこれから中央商業ギルドの方に行って貰う事になる。話は、そこですることになる。よろしいかな」

 「は、はい。では、この服装の、ままで、よろしいですか」

 「無論、構わぬ。では、馬車に乗って貰いたい」

 

 私は、言われるままに馬車に乗ることになった。

 中央商業ギルドが呼んでいるとなったら、あの鍛冶屋小屋の話のはずだが、どうして私が呼び出されるんだろう。

 使用許可が出た、書類に署名して金払え、で終わるんだと思っていたのだが。

 私の横に護衛の兵士が座ったため、私は真ん中。

 情報士官の人は私の前だ。左右が空いている。これは六人乗りらしい。

 

 車輪の音がかなり速いので、速度を出しているのは間違いない。

 こういう士官の人たちも、普段の移動は、あの巡回馬車を借り切り状態で乗る筈だから、今回のこの事態は特別という事だな。

 

 暫くして箱馬車は中央商業ギルドの前についたらしい。

 この建物は……。

 

 たしか、この建物の横の建物の入り口は、知っている。

 以前訪れた事があるのだ。特別監査官のいる事務所だからだ。

 こっちの建物は中央商業ギルドの建物だったのか。

 

 私は横に護衛の兵士が付いたまま、入り口に連れていかれた。

 何というか、こういう人たちのやる事にケチをつける訳ではないのだが、私はまるで犯罪人と化して、連行されているように見える。

 まあ、仕方がない。

 

 護衛の兵士は入り口までだ。

 情報士官の人と共に、中に入る。

 

 中は広い。ホールの様になっている、その奥に何か飾ってある。

 見るとそれは、私が作った、あのブルクの曳く戦車に乗った兵士の情景模型だった。

 

 中央商業ギルドが購入したのか。あるいはどこかの大手の商会が買い上げて、寄贈したのかもしれない。

 

 情報士官の人に連れられて、階段を上がる。

 

 階段を二度上がった。

 

 大きな扉の前についた。

 

 彼女は大きな扉に取り付けられている、大きな金属を上下に動かした。

 金属的な音が響き渡る。

 そして彼女は扉を開けた。

 「エステルスタム一等情報士官であります。ヴィンセント殿を連れて参りました」

 「よろしい。二人ともこちらに」

 

 そこに居たのは三人の監査官だ。そのうちの右の一人は、エルカミル監査官。

 中央にいて大きな椅子に座っているのは、もう何度も会った事のあるスヴェリスコ特別監査官。

 左の椅子に座った監査官の人は初めて見る。

 「来たな。ヴィンセント殿」

 私は深いお辞儀をした。

 「エステルスタム一等情報士官。ご苦労だった。下がっていいぞ」

 スヴェリスコ特別監査官がそういうと、情報士官は敬礼して、下がり、部屋を出て行った。

 

 「さて、ヴィンセント殿。まずはそこに座りたまえ」

 「はい」

 言われるままに、低いテーブルの横に有るソファーに座った。

 

 「話は聞いた。ヴィンセント殿。これでようやく、この第三王都で其方に褒美を与える事が出来る」

 スヴェリスコ特別監査官は足を組んだ。

 

 「ど、どういう事でしょう」

 「其方が、ガルア街の外にある水車付の鍛冶工房跡地を借り受けたいという話が、中央商業ギルドに来たわけだ」

 「は、はい。お願いしました」

 「ヴィンセント殿。あの鍛冶工房は、水車がだいぶ酷く壊れているのだ。それは知っているのかね」

 「一度、見て、参りました」

 「水車は壊れていただろう?」

 「はい。修理は、無理で、建て直しが、必要、と言われました」

 「ほう。誰にだね」

 「私を、そこに、案内した、ガルア街区の、冒険者ギルドの、人です」

 「私の所に来ている報告でも、同じだな。水車小屋は、二つとも一度取り壊して新たに作る必要があるそうだ」

 

 スヴェリスコ特別監査官は左右を見た。

 「どう思う。エミーリア」

 

 左側の女性が私の方を見た。

 「ああ、私はエミーリア・リル・ブロムダール。中央商業ギルド監査官主席だ。ヴィンセント殿」

 私は立ちあがってお辞儀した。

 スヴェリスコ特別監査官は笑顔のまま、右手を上げて掌を前に向けた後、数度ひらひらと倒した。これは座れと言う事だな。たぶん。

 私は慌てて座る。

 

 「スヴェリスコ特別監査官様。この水車小屋は土手の方を掘って、歯車小屋が埋めてあります。もともとは、王国の農業支援施設。最初は灌漑。次に籾摺り。油絞りといった作業用になり、更に農具の製作修理用に鍛冶工房となり、それを准国民向けに仕立てたもので、この機械部分は准国民では、直せません」

 

 「なるほど。あの場所は相当、歴史もある建物だな」

 「そうなります。スヴェリスコ特別監査官様」

 「となると、だ。直すのは、ヴィンセント殿でも無理だろう」

 

 これは困ったな。直して、あそこで一人鍛冶工房というのが今後の予定だったのだが。

 「そこでだ。ヴィンセント殿は、あそこを直す時に、どのようにするつもりだったのか、ここで話して貰えるか」

 

 えっ。まだ先の事だと思っていたので、大雑把にしか計画はしてなかった。

 取り合えず、やろうと思っていたことは幾つかあるのだ。

 

 「一つは、母屋の、方は、そのまま、直して、全ての、扉に、鍵を、つけるつもりでした。窓には、硝子を、入れるのと、それと、貯蔵用を、兼ねた、地下室。蔵と、いうべきかも、しれません。それを、二つほど、作るのと、あとは、革の、加工が、出来る、部屋。布を、裁縫、出来る、部屋を、作る、くらいで、外の、倉庫の、一つは、木工用に、する、つもりでした。鍛冶工房は、風車と、(ふいご)も、含め、そのまま、壊れている、所だけ、直す、つもり、でした。あ、あとは、金属細工の、炉を、砂場の、方に、追加するのと、水車は、私の、手には、負えません。専門の、人を、探す、つもりでした」

 

 暫く黙っていたエルカミル監査官が私の方を向いた。

 「ヴィンセント殿。弟子を採ったり、職人を入れてある程度の工房にしたりはしないのかな」

 「私は、冒険者です。白金を、戴いて、しまいました。まだ、階級章を、返す、予定は、ありません」

 「ノレアル。まあ、彼女の階級を弄ったのは我々であるし、彼女はどこに対しても、一人で鍛冶と細工をやると言っているそうだ」

 目を閉じたスヴェリスコ特別監査官はそう言って、腕を組んだ。

 

 「そこでだ。ヴィンセント殿。あのワダイ村の一件の褒美はまだ出していない。そこで、その鍛冶工房を全て直すのを第三王都商業ギルドの責任で行う事を提案する。いや、これを褒美として受け取ってほしい」

 「そ、それは、もう、望外の、申し出。有難く、受け取らせて、頂きます」

 「よろしい。ノレアル。先ほどのヴィンセント殿の言葉、全て暗記しているな」

 「もちろんです」

 「では、この一件、上にも通さねばならない。エミーリア。あそこの土地の権利等に関しては、一切を特別監査部に廻しておくように」

 「はっ。直ちに」

 そういうと彼女は立ち上がり、部屋を出て行った。

 

 「ヴィンセント殿。これでようやく私も肩の荷が下りた」

 そういって、彼女が微笑んだ。

 

 「スヴェトラント監察官様から、まだかまだかと言われていたのだ。これでヴィンセント殿が一番望むものを褒美にしたと報告できる」

 そう言うスヴェリスコ特別監査官の顔には笑顔があった。

 

 「よろしい。これで、あとは工事の全てを王国の土木部門が行う。来年の第二節季になる前までには、必ず完成させるよう通達せよ、ノレアル」

 「はっ。最優先で、工事させます。スヴェリスコ特別監査官様」

 エルカミル監査官が立ち上がり敬礼した。

 

 「では、話はここまでだ。ヴィンセント殿。この書類に署名してくれるか」

 私の前に一枚の皮紙が出された。

 何と書いてあるのか。何だか古い言い回しでびっしり書かれていて、よく分からないが、言われるままに、一番下に署名。マリーネ・ヴィンセントと。それから紋章。◇とそこに重ねてMとVだ。

 「署名しました」

 「うむ。態々呼び出して済まぬな。ヴィンセント殿。誰かに、元の職場に送らせよう。そうだな。メーヴィスを呼んでくれるか、ノレアル」

 「はっ。直ちに」

 エルカミル監査官が部屋を出て行った。

 

 暫くするとスヴェリスコ特別監査官が口を開いた。

 「随分、時間が経ってしまったが、あの事件の事は裏の調査がだいぶ進んでいるのだよ。ヴィンセント殿」

 「薬の、出どころ、ですか」

 「うむ。どうやら、一二王国の一つが絡んでいるのは、ほぼ確実だ」

 「一二王国?」

 「そうか。ヴィンセント殿は、砂漠の西から広く南西に広がる、王国地帯を知らないか」

 「砂漠、というと、アシンジャール王国、ですか」

 「ああ。あのシンジャジ人どもの王国だな。その西には多数の国がある。そのうちの一つが、どうやら熱帯地域で、特殊な植物を見つけたようだ」

 「幾つかの、植物の、成分を、混ぜて、あれが、造られた、のですね」

 「そういう事だ。もう間もなく、全ての成分が明らかになろう。あれを作り出した商会か、王国の要人がいるなら、叩き潰さねばならん。今はそこの調査中だ」

 丁度そこに、人が入って来た。

 

 「お呼びで御座いますか、スヴェリスコ特別監査官様」

 「メーヴィス。雑用を頼んで済まんが、ここにいるヴィンセント殿を北西のケニヤルケス工房に返してやってくれるか」

 「はっ。承りました」

 リーゼロンデ特務武官が敬礼した。

 

 「では、また会おう。ヴィンセント殿」

 そういうと、スヴェリスコ特別監査官も部屋を出て行った。

 

 「ヴィンセント殿。こちらへ」

 リーゼロンデ特務武官に連れられて下に行くと、もう入り口には箱馬車が来ていて、そこには四人の護衛の兵士がいた。

 一人が御者だ。

 二人に囲まれて私は箱馬車に載せられ、私の前にリーゼロンデ特務武官が座った。

 「ヤンデル・ケニヤルケス殿の工房でいいのだね? ヴィンセント殿」

 「はい。よろしくお願いします」

 すると彼女は、前についている小さな窓を開けて、御者席に座った兵士に何かを告げたが、それは共通民衆語ではなかった。王国の言葉だな。

 帰りの箱馬車は、それほど飛ばしている訳ではないが、それでも巡回馬車よりはだいぶ速い。

 

 さっき起きたことを反芻する。

 スヴェリスコ特別監査官は、私に出す褒美を何にしていいのか分からず、ずっと棚上げだったのだな。まあ、私はスッファの方の褒美も棚上げしているし、そのうちに忘れてくれれば、それでもいいとすら思っていた。

 

 しかし、ワダイの村で起きた、あの粉の密輸入事件は、そう言うわけにはいかない代物だったらしい。まあ、あの事件の後に態々監察官様がお忍び訪問の形を装って、私に会いに来たくらいだ。

 

 かなりの衝撃を与えた事件だったのだろうな。

 

 そしてあの時の作戦打ち合わせにいた、情報士官たちは一人も見ない。

 となれば、作戦中に命を落としたか、或いは。捕縛された……か。

 まあ、もう製造元を突き止めようとしている段階に入っているらしいし、私はもう関係ないだろう。

 

 そして、私が借りようとしていた鍛冶工房は、私が直す必要がなくなったのは本当に助かる。二リングル(※大谷換算で一億)かけて、直るかどうか? と考えていたからだ。

 何しろ、水車が全くダメな状態で壊れていたのだ。あれが相当掛かりそうなのは明らかだった。

 

 アレを誰に頼んで、どう直して貰えるか、と考えていたし、今の第三王都周辺は木材もないし、大工もいない。手空(てす)きの人材は全部ニーレに集まってしまっている。人を何処から連れてくるか、木材などの材料もどこから仕入れるか、頭の痛い問題だった。

 その辺、諸々、全て第三王都の方でやってくれるという。

 スヴェリスコ特別監査官の命令だ。土木部門を動員して、雨が降る第二節季になる前に完成させると言っていた。材料も何処から持ってくるのやら。

 

 今日は第九節、上前節の月、第四週の初日だ。

 恐らく今週と来週は、計画だけで終わるだろう。

 とすると、一二日とあとは上後節、下前節、下後節だな。まあ第九節なので年末は仕事をしないとして、ざっくり一二〇日。第一節の最後の週の手前で完成としたら、一五〇日くらいか。合わせて二七〇日で、水車を作って、他は全部直すという事になる。うーむ。突貫工事だろうな。間違いなく。

 そしてこれが、監察官やら特別監査官の命令によるものなので、最優先となって、あそこに相当な人数が投入されることになるであろう。

 一時的にガルア街北部は大騒ぎになるのかもな。

 

 つらつら考えていると、もう北側について箱馬車は西に曲がった後だった。

 

 これで、はっきりしたのは、今の下宿は、次の節。つまり年明けの第一節季で終わりと言う事だな。これはもう、決定事項だ。

 余程の突発事態がない限り、第三王都の中央商業ギルドが指揮する工事が遅れるとは考えにくい。

 と言う事は、年末になる前に、ホールト夫人には話しておこう。

 

 箱馬車が停車。

 「着いたようだ。ヴィンセント殿」

 「ありがとうございました。リーゼロンデ特務武官様」

 「いや、礼はいい。スヴェリスコ特別監査官様の命令だ。私にとってはこれでも、重要な任務なのだよ」

 彼女はそう言って、扉を開けた。

 

 横の兵士が降りて、私を抱えて下に降ろしてくれる。

 私はお辞儀した。

 彼女たちに笑顔があった。

 護衛の兵士も乗り込み、扉が閉まる。そして箱馬車は、ゆっくりと南に向かって行った。

 

 「ただいま、もどりました」

 「おかえりなさい。ヴィンセント殿」

 出迎えてくれたのは、見習いのケネットだった。

 

 「もう、皆の興味が、ヴィンセント殿が何故呼ばれたのかに集まってますよ」

 ケネットは少し笑いながらそう言った。

 「でしょうね。中央商業ギルド、ですものね」

 私はまた顔に布を巻く。

 そして工房の奥へ。

 

 ゼワンの横に移動した。

 「ヴィンセント殿。おかえり」

 皆から声がかかる。

 

 「ただいま、もどりました」

 「どうだったのかな。ヴィンセント殿」

 ゼワンに直球で訊かれた。

 私は『やっとこ』で鑿を掴んで、炉に入れる。

 

 「私の、工房を、ガルア街の、外にする、つもりで、北に、ある、今は、使われて、いない、水車付き、鍛冶工房を、借りる、許可を、求めたのです」

 「なるほど。あっちに工房を構えるのだね」

 「はい。もう、その、つもりです。使用、許可が、出ました」

 「元は、誰のだったのかな」

 「たしか、ブリッカー、鍛冶工房、です」

 「おお。ケラム・ブリッカー殿か」

 「ご存じですか」

 「ああ。今ではガルア街一番の刀匠と聞いている。が、もう引退されるかもしれんな」

 「ご高齢、なのですね」

 「ああ。そろそろ、次の親方を後継指名する頃だろう」

 「私は、ガルア街の、鍛冶屋が、集まる、地域に、行かなかったので、ブリッカー、鍛冶工房を、見て、いませんが、大きい、のでしょうね」

 

 ゼワンは、そこですこし沈黙した。

 「いや、今はたぶん、一五人程だろう」

 そこでゼワンは、急に黙って赤熱した刃物を叩き始めた。

 

 ゼワンはどうしたのだろう……。

 話を続ける様子がなかった。

 

 彼は黙々と鉄を叩き、火花が飛び散る。

 

 少し、先を訊いてみるか。

 「今から、五年前に、ガルア街の、中に、移転、された、そうです」

 「ああ。もうそんなに経つのか」

 ゼワンは手を休めることなく、叩き続けていた。

 

 ゼワンの目は真っすぐ、赤熱した鉄を見つめている。

 「これは、余り人に話す事ではないのだが、あの鍛冶工房は一度、魔物に襲撃されて、職人何人かが犠牲になり、それで結局あそこを手放した。そういうことだ」

 「そう。そんな事が、あったのですね」

 「まあ、その後、あの近辺はガルア街の冒険者ギルドが魔物掃討を行っている。今はあの辺りにまで来るような魔物はいない筈だな」

 そう言いながら、ゼワンは赤熱した刃物を叩き続け、火花が飛んでいた。

 

 私も炉に入れている鑿を見つめる。

 温度は大分上がってきているが、まだ八〇〇度Cには届いていない。

 

 もう暫く待って、赤熱した鑿を取り出し、ハンマーで叩き始める。

 

 甲高い、金属の音があがり火花が飛び散る。

 

 ……

 

 鍛冶ギルドのあの爺さんは、魔物が出て危ないから街に引っ越したというようなことを言っていたが、実は襲われて、職人を数人失ったのだな。

 そして、あそこで続けるのは難しいとして、街の方に移ったのか。

 

 もう少し事情がありそうだがな。

 たぶんゼワンはもう少し知っているだろうが、こういう事は突っ込んで訊かない方がいいのだろうな。

 

 

 つづく

 

 中央商業ギルドに呼びだされたマリーネこと大谷。

 なんと、王国の作戦のあとの褒美はずっと保留にしていたが、今回、あの鍛冶工房を全て直して、使わせてくれるという。

 これが、マリーネこと大谷への正式な褒美ということで、完成までの期間も決まった。

 しかし、ゼワンはあの工房がワケあり事故物件だったことを明かす。

 

 次回 第三王都で続く製作と慰労会

 鍛冶工房で鍛冶をし、細工工房にいっては、細工と称して革製品を作るマリーネこと大谷。

 そして『慰労会』に呼ばれる。

 

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