301 第21章 第三王都と西部地方 21-11 廃墟見学
何時ものルーティーンを終えて、ふと思い立ち、あの廃墟の鍛冶工房を見てみる事にしたマリーネこと大谷。
301話 第21章 第三王都と西部地方
21-11 廃墟見学
翌日。
朝、まだ日が昇るかなり前、辺りが暗い時間に起きる。
何時もの事だ。
ストレッチからの準備体操。服は何時ものに着替える。
そして、鉄剣以外の剣を全部持って、下に降りる。
まず、顔を洗って、深呼吸から。
そして、空手の型を一通り。護身術もやる。ダガー二本の謎な格闘術。
クレアスを腰に付けて、抜刀からの素振り。抜刀一〇〇本。
目を閉じて、シャドウで行う素振り。あの黒服たちの剣を思い出す。
斜め上から、正確に差し込まれてくる高速の突き。
そのイメージにクレアスで合わせる。左手にダガーを握って、二刀剣術になっていた。
あれ程の速い剣を繰り出して来たのは、冒険者ギルドではベルベラディで出会った、仮本部長のみ。ただし、アレは魔物がすり替わっていた。
本人の記憶や癖や性格まで盗み取るというのだから、あの剣筋は、元の仮本部長のものだったのだ。ただ、あの速さはもう亜人の出す速度を超えている。
それら以外なら、村の近くで出たあの黒服の一団も、たぶん隊長らしい男は速い剣だった。他の男たちはそれなり速かったが、そのレベルには到達していない。
そして、その手前で千晶さんに化けていたあの魔人らしき女も同様に速かった。
ああした者たちが、今後もどこかで私を襲ってくるなら、私は今やっている稽古をなお一層、段階を上げて行かねばならない。
そう、速度だ。
技巧がどうこうと言ったところで、それには速度が必要なのだ。
遅い技にいくら大きな威力があろうと、話にならない。
それなら、いっそシンプルに、高速に突くだけとか、まっすぐに斬るだけのほうがいい。
何のかんの言ったところで、究極的には、速度だけが荒事を解決する。
それは、第三王都の支部長、クリステンセンが見せた、あの頭を挟む技だってそうだ。
あの高速振動。支部長はあの男に大けがを負わせるか再起不能にするつもりなら、あんなことをしなくても、たぶん、他の体術だけで出来たと思う。
あれは、相手を傷つけることなく、ほぼ一瞬で無力化する目的で使ったのだ。
あれは、私でも出来るだろうか……。
両手を合わせる。
軽く打ち合わせるのを早くしていくが、無駄が多すぎてだめだ。
わずかな距離、そして同調させずに僅かに左右の打ち合わせをずらす。
これは相当難しい。
そして、秒間に六〇〇回くらいの往復があった。
あの半分でも凄いとは思うが、今は出来る気がしない。
……
汗を拭いて、顔を洗う。
もう、朝日が昇って来ていた。
この体には、ちっとも筋肉がついてくれているように見えない。
普通ならもうとっくに上半身にはぎっちぎちの筋肉が付いていそうなのだが。
まあ、この体は普通じゃないし、な。
そもそも、筋力がどのくらいあるのか、自分ですらさっぱり分からない。
力の方も。大体にして、七〇〇キログラムは軽く超えていただろう、あの鹿馬や、二トン越えのSUV並みの重さだろう、七メートルもある焦げ茶熊を、たとえ引っ張ったにせよ、運べたことすら未だに信じられないのだ。
ただ、握力の方はこの掌が小さいので、限界がある。
もう少し掌が大きく指も伸びてくれないと、あの鉄剣を思う存分振り回すには足りない。今の所、だいぶ指の長さが足りていないので、ぎりぎり握っているだけだ。
ま、以前よりは身長も伸びてきているし、この手も少しは大きくなってきている。
体の成長が全く無い訳ではない。もう少ししたら急激に伸びる可能性だってある。
あのベルベラディで見た、准国民向け学校の生徒たちのように。
何時もの鍛錬を終えて、私は二階に戻る。
程なくして、朝食が扉下に差し込まれる。
この下宿の何時もの朝食である。
この日は、休みに当てた。本来の休日は明日だ。
やれることをやっておきたいというのはある。
実の所、あのガルア街の外、かなり北にあった、鍛冶屋の家を見てきたい。
何時もの日々が始まってしまうと、見に行く機会が無くなるかもしれないからだ。
よし、これから外出して見てこよう。
まず着替える。
服は赤い服。腰にはクレアスと背中にはミドルソード。
首には冒険者の階級章と独立鍛冶師の標章だ。
小さなポーチには硬貨を入れておく。
部屋の扉を閉めて、階段を降りると、マチルドが掃除をしていた。
となれば、出かけてくる旨をマチルドに伝えるべきだろう。
「マチルドさん、これからガルア街に行ってくるわ。明日、戻りますから」
「え? どうなさったのです」
「ちょっと、見てくる、ものが、あるの」
「はい。いってらっしゃいませ。お嬢様」
マチルドは、深々とお辞儀した。
下宿を出て、西側に行く。
早速、通りに出て巡回の馬車を待つ。
西口門の所まで出て、そこで荷車を物色。
乗せてくれそうな人を探すのだ。
私を荷台に乗せてくれる荷運び人を見つけて、ガルア街まで乗せて貰うのだ。
手を挙げていると、やっと止まってくれた御者がいた。
「ガルアまで、行きたいの。乗せて、貰える、かしら?」
御者は、暫く私を見ているので、首の階級章をつまんで顔の前に持って行く。
男の目が見開かれた。
「ただとは、言わないわよ。先払いで、払うわ」
私は一二デレリンギ、手のひらの上に乗せて見せる。
それを見ると男は頷いた。
よし、引き受けて貰った。
「ここに乗ってくんな」
荷運び人は、私を御者台の横に載せてくれた。
これで、荷物をずらして座る場所を作らなくて済む。
ミドルソードを背中から降ろして、小脇に抱える。
「ちょっと、揺れまさ。冒険者、様」
「構わないわ。歩くより、早いの、ですから」
そういって笑顔を返しておく。
今日も街道は荷馬車で混雑している。たぶん第三王都の南側も混雑しているだろう。
とにかく幌荷馬車が多い。その幌には同じ紋章が付いたものが数台続き、その後ろにまた別の紋章の描かれた幌荷馬車が数台続くといった感じだ。
帆船が失われてしまった今、全ての荷物が第三王都を通って、南に行くか、西に行くのだ。
ふと空を見上げると、曇った空を渡って行く鳥たちの群れがあった。
トドマの方では見た事もない風景だ。
鳥たちの群れは三角だったり、急に纏まって丸になったり、そこから再び三角になったりしながら、西の方に飛んで行った。渡り鳥なのだろうか。
……
ガルア街についたのはお昼すぎ。中央にある市場の手前で降ろして貰う。
ミドルソードは背負い直しだ。
さて、冒険者ギルドにいって、だれかいないか、探す。
荷馬車で御者をやって貰うのだ。
で、北側に行けるか、聞いてみる。
扉を開けた時に中にいたのは、あの時の設営護衛隊のカー隊長だ。
「第三王都に帰ったと思ったら、急にまた、どうされたのですか。ヴィンセント殿」
「カー殿。ちょうどいいわ。今、任務が、無いのなら、手伝って、欲しいの」
「どういう事でしょう?」
「北側に、ある、空き家の、鍛冶屋まで、行きたいの」
「え? あそこですか。それはかまいませんが」
「あの家を、借りようと思ってるんです」
カーは少し考えるような表情だ。
「許諾が、いるのなら、ヨニアクルス支部長様に、話を、してくるわ」
「いえ、それには及びませんよ。それほど距離があるでもなし。あそこに泊まろうなんて言わないですよね?」
「そうねぇ。どれくらい、広いのか、どれくらい、壊れちゃって、いるのか、それが、知りたいのよ」
「なるほど。それなら、全体をざっと見て少し作業場などを点検しても夕方までには戻れるでしょう」
「じゃあ、それでお願い」
彼は頷いて、アルパカ馬のいる厩に向かった。
カーが持ってきた荷馬車の御者台に乗せて貰い、まず街の西側に向かう。
街の西門を出て、すぐに北側に向かう。
この日も、大空には二羽の大型猛禽類が、大きく旋回していた。
西にあるアガワタ河の川岸には、いくらか塀で囲まれた家々がある。
「あの家は、漁師、ですか」
「そうです。ヴィンセント殿。あの辺一体にある家は、川岸にくっついているでしょう。あの家の川岸側には、船が置いてあるんですよ。漁をして、それは家に持ち帰る。多く取れれば、他の家と持ち寄って、ガルア街に売りに来るんです」
「なるほど……」
ここからでは、川面は見えない。水面の位置は大分低いのだ。
家は全て高い塀があって、家々は二階か三階建てだ。
「それにしても。ヴィンセント殿。どうしてあそこを?」
カーが手綱を操作しながら、訊いてくる。
「すごく、簡単な、理由よ。カー殿」
彼は、一瞬こっちを見た。すぐにまた前を見て、アルパカ馬の手綱を握り直す。
「理由は、とても、簡単よ。水車小屋が、付いていて、鍛冶の、ための、風力を、水車で、得られる、街の、外の、工房が、借りたかったの」
「なるほど。確か、あそこの工房は水車が二つ付いていたはず」
「二つも?」
「そうです。ヴィンセント殿が仰るように、たしか鍛冶の為の水車が一つ。もう一つは水を汲み揚げるのと、粉を挽いたり、油を搾ったりする、農業用の水車のはず」
「農業用、ですか」
「確か、そうです。多目的水車だったはずです」
「判りました。今でも、使えると、いいのですが」
「あそこが放棄されてから、だいぶ経ちますからね」
「放棄、されて、何年ですか?」
「そうですね。私は放棄された正確な日を知らないのですが、放棄されてから、そう……」
彼は少し言い淀んだ。考えているらしい。
「…… だいたい五年と聞いてますね」
うわぁ……。
この世界の五年だ。元の世界なら、それは二〇年に相当するのだよ。
これは大分壊れていることが予想される。
「それと。雨の、季節は、あの川は、どれくらい、水位が、上がりますか?」
「ああ、そうですね。第六節季の頃は、だいぶ水位が上がります。とはいえ、だいぶ上流の方ですが、ベルベラディの方にも引き込んでいますし、あの河の周辺は穀倉地帯です。王国の農業部門が途中で水を引きこむようにしています。それとスッファの南西には、大きく水が溜まるように湖状態になっているんです。あれはたしか、王国のほうで大規模な工事で掘って、さらに河を浚渫して作ったと聞いてますね」
「ということは、雨の、季節も、そんなに、水位は、上がらない?」
「北の地方での降り方によりますからねぇ。多い時で四フェルムといった所でしょうか」
…… だいぶ、と、彼は言ったが、結構上がるじゃないか。それだけ水位が上がると水車も回らないんじゃないのかという疑問が湧き上がる。
「それでも、水車は、回りますか?」
「ええ。それは回りますが、水位が低い時よりは、やはり遅くなりますよ」
「そうですか」
「ただ、王国のはそれも考慮して、水位が大きく変わる場所の水車はその外側に工夫があるんです。まあ、水位が上がった時用の羽根が付けてあるのです」
「その辺が、壊れているか、どうか、ですね」
そんな話をしていると、この馬車道の脇にでている道が、その鍛冶工房に向かっている。
周りに塀がされた、やや大きい廃墟。
まずは門を開けねばならない。
とはいっても、かぎは掛かっていない。外側から、太い角材で閂がしてあるだけだ。
たぶん、これは仮の処置だろう。閂を外して、馬車ごと中に入り門を閉める。
さて。左奥には煙突。手前に工房らしい建物と二階建ての母屋。右手側には小屋がいくつかあり、そこに向かって屋根付きの渡り廊下だ。たぶん、一番外れにある小屋は厠だろうな。
工房と母屋の間に井戸があった。上には庇があるので、天気に寄らず飲料水は汲みだせるという事だな。
「到着です。ヴィンセント殿。では、失礼」
カーは私の腰に手を通して、やや抱き上げる形で、下に降りた。それから私を降ろしてくれた。
「ご丁寧に、ありがとうございます」
そういうと、彼に少し微笑があった。
「どこから、見て、行けば、いいのかしらね」
「まずは、水車を見ましょう。ヴィンセント殿」
二人で、東側の方に行くと、ここの土地が川面から、大分高いことが分かった。まあ、雨で一・六メートルも水位が上がるようだから、それを見越して土手も上げてあるのだろう。まず、母屋のある土地から、川面までなら三メートル近い落差がある。
鍛冶用という大きな水車。ただし水車羽根は壊れていた。
それと、木材で作ったらしい、浮き波止場? 杭に綱を付けてある桟橋かもしれない。そして上に揚げてはあるが、小型の川船。
鍛冶用の水車の後ろにある水車の方も大きい。そして中心軸から段階的に大きくなる形で三段ほど羽根が付いている。
たぶん、これがさっき言っていた増水時にもまあまあの速度で回すための羽根なんだろう。
ここの水車小屋には入れなかった。どちらも鍵が掛かっていたからだ。水車小屋自体は大きい。とはいえ、ここに炉が無いのは明らかだった。煙突が無いのだ。つまりここで鍛冶をする事は出来ないらしい。
となれば、水車の動力をどうにかして、上に持って行っていることになる。それはそれで、相当面倒な話だろうに、この王国の技術力はよく分からない部分が発達しているらしい。そういえば、図書館でも機械工学的な本は多数あった。
歯車に寄る機構を作り上げるのも、お手の物。と言う事だな。
農業用といっていた水車によって、水は上に汲み上げられて、更に水車の動力が伝達されているのか、スクリューのようなものが水路にあり、一つは母屋の方にまで水が引きこまれている。
もう一つは南側に向かっている。
とはいえ。ここの水はもう、汲み上げた水ではあるまい。水車は壊れていて動いていないから、これは雨水が溜まった。という事だろう。もう水は腐っているかもしれない。
「水車は、作り直さないと、だめのようね」
「そのようですね。水車の木材もどの程度腐っているか、判りません」
「はい。では、ここは、元通りに、するにしても、完全に、作り直し。母屋の、方に、行きましょう」
二人で、また階段状の渡り廊下を少しあがり、母屋のある方に戻る。
厠の横にあったのは、何かの小さな小屋。開けてみると、葉っぱがたくさん入っていたが、乾燥しきって枯葉になっていた。
たぶん、これは尻を拭く葉っぱ。
なにしろ、トイレに使うのは葉っぱなのだ。
そこから少し離れた場所にある小屋は、明らかに厩。アルパカ馬と荷車を入れておくのだろう。
すぐ横には水車で汲み上げた水がここに来ていた。アルパカ馬に飲ませる水だな。
餌は草と、あとは塩。
渡り廊下も、所々崩壊しかけている。渡り廊下の屋根は全て直さないとだめだろう。
そして、物置小屋が二つ。
母屋に行く。母屋の扉も表から、仮の閂がしてあるだけだ。
扉を開けると、埃と黴臭い匂いだ。
中は暗かった。
窓が全て雨戸を閉めてあるからだ。
こういう時のための松明か、油ランプを持ってきていない。
「中はだいぶ、暗いようです」
「二階も、あるのですが、明かりが、必要、ですね」
私がそういうと、カーは頷き、そこにあった大きな箱の上に載せられた火口箱から、燧石と鉄片、木片と木屑粉を取り出し、数度打ち合わせる。
直ぐに木屑粉に火を点けて、それを木片に灯した。
火の点いた木片から、横に有った油ランプに火を点ける。
手慣れている彼でも、少し時間がかかった。中の植物油も、この世界で五年! も経っているのなら、酸化してだいぶ変質しているだろう。
油ランプからは大分黒い煤が上がるが、明かりが確保できたのは大きい。
まず、入ったばかりのこの部屋の中が大きい。しかし、入り口に大きな箱があったきりで、他には荷も箱も、何もない。
それから右側にいくつかある扉を開けてみる。
すると広い場所が何か所かある。
家具は一切ないので、閉鎖するときに全部持って行ったか、取り払ったのだ。
母屋の一番手前にある小部屋に入り、中の扉を開けるとここは通路になっている。
全ての部屋に向かう廊下があって、反対側の扉は外の渡り廊下に出られるようになっている。
まあ、厠行きの廊下と扉だな。
油ランプが残されたのは、たぶん、後で来た時に、やはり真っ暗ではどうにもならないからだろう。
しかし、どの部屋も、物はほぼない。そして堆く埃が積もっている。
奥にあったのは食堂。そして、炊事場と水場だ。これがどっちも広い。
たぶん一〇人以上の職人がいて、ここで共同生活しながらの鍛冶だったのに違いない。
たしか、殆どの工房は住み込み制のようなことが概要本に書いてあった気がする。
王都だと、ほぼ下宿になっているようだが、それは王都ではそのほうが簡単だというだけに過ぎない。
……
二人で奥に行く。
二階に上がる階段。
階段を上がってすぐの扉は中は二部屋になっていた。
そこそこ広い。奥の方はたぶん寝室だったのだろう。
それ以外には五部屋ある。どれも同じ。左右、どっちかに窓があるが、雨戸でがっちりと閉じられていた。
重要なのは、屋根が壊れていないか、だが。
辛うじて雨漏りはしていないようだ。とはいえ屋根がどのくらい傷んでいるか、これでは判定できない。
どの部屋も埃が積もっていて、黴臭い匂いだ。
ランプの明かりでは、床に雨が落ちて乾いたかなんて判らないのである。
もし、細かく見るなら、雨戸の様な鎧戸を開けて中に光が差し込むようにする必要がある。それをやるには時間が足りない。
この黴臭い匂いがするという事は、湿気があって黴が生えたのだろうから、どこからか雨漏りした可能性は否定できない。
「たぶん、どれも四人か五人の部屋、ですね。ヴィンセント殿」
「そのようね。住み込みの、職人さんの、部屋、なのでしょう」
「ここは少し大きい工房だったようですね。職人が二〇人かもう少し」
「ここは、たしか、ブリッカー、鍛冶工房と、言っていたわね」
「おお。ブリッカー殿の武器工房がここだったのですか」
「えっ。カー殿は、元々ガルア出身ではないのですね?」
「私は、三年前に、ここに赴任になったのですよ」
「では、ここが閉じてしまったあとに、こちらに来たのですね」
彼は頷いた。
「元は、ベルベラディの南のガングラです」
今、地図がないので、朧げにしか判らないが、ベルベラディの南にそれなりの大きい街があったはずだ。そこから来たのだな。
まあ、突っ込んだ事情を訊くのはよそう。
「ここ、ガルア街の、鍛冶ギルドの、事務所で、ここを、借りる、つもりなら、よく見て、どれくらい、修理が、いるのか、自分の、予算で、治せるのか、それを見て、からに、しなさい、と言われたわ。仕事場を、見ましょう」
「そうですね。では下へ」
階段を降りて、下に行き、母屋の西側にある大きな作業場にある大きな扉に掛けられた閂を外して、扉を開ける
大きな土間がある。樽が一個、ぽつんと残されていた。
カーと一緒に奥に行ってみる。
確か、煙突はこの奥の方にあったのだが。
炉はここではない。ここには大きな砂場があるだけだ。右奥に行くとまずレンガ壁があった。そして大きな扉。下の方にはいくつか穴が開いている。
その扉を開けると溶鉱炉があって、下の方にも開放的な長方形の炉が三つある。あとは小さい炉が一つ。
これは熱を保ちたいから、敢えて小さい区画にしてあるのだ。扉下の穴は空気の取り入れ口だな。まあ、酸欠にならないように、他にもこういう部分はあるだろう。
長方形の炉は長さが三メートル程。なるほど。長い剣もここでやれていたのだろう。
鉄砧も四つある。これは下の土間に床が貼られ、そこに取り付けられている。その脇に砂場。
右の奥に小さな風車が二つ。やや大きい風車が四つ。これは長方形の炉に向けられている。溶鉱炉の方についているのは、風車ではない。なんだろうか。
装置の箱が上から下がっているのだが、その箱からそのまま炉の方に向かって、長い筒が付いている。よく分からないが、あれが空気を送る装置なのだろうか。
壁全体は、耐熱煉瓦のようだ。炉もそうなのか。
炉は壊れてはいない。溶鉱炉の方はこれは王都にある反射炉とは少し違う。
かなり奥行きが短いのだが、その中で熱を反射させながら鉄などを溶かすタイプだ。
あの箱の筒から風を送り込むのか。それとも、あの小さい風車を使って、横の穴から吹き込むのだろうか。
だとすれば、相当高速に回転しなければならない。
やや大きい方は長方形の炉に使うのか。それでは、たぶん風量が足りないなと思ったが、どうやら下に備え付けられている鞴が、何かの動力で動くらしい。これは小さい炉もそうだった。大きいほうの風車は、むしろ人間向けで、風を起こしているのかもしれない。
まあ、ここは大きく直す必要はないだろう。むしろ私に使い方が判るかどうか。そっちのほうが大きな問題だ。
さらに右奥に行く。
ここはやや広い。ここで皮の加工とかできそうだ。
ここの部屋には北側と南側になる方にも扉がある。南側を開けてみると母屋につながっていた。
まあ、ここだけでなく、母屋の広い場所で裁縫も出来るだろう。
それが革にせよ、布にせよ。
ここの作業場の左側には大きな扉があり、そこを開けるとそこは倉庫だった。もっとも、埃しかないわけだが。ここも雨漏りしたのかどうか、それは判らなかった。
まあ、炭とか鉄塊とか粘土など、ここに積んでおけば、表の扉を開けずに燃料やら素材が取り出せる。まあ、ここに置いておけという事だな。
どうやら、作業場は壊れてはいなさそうだが、風車がちゃんと動くのか、それは定かではない。なにしろ水車は壊れていた。
あの川辺からこの作業場所まで、どうやって動力を伝達しているのか、それも判らない。
水車小屋の横に炉があって、鞴が水車の回転で動いて、というような単純な話ではない。
まあ、これで判ったのは水車小屋と、動力部分を直さないと、私一人では作業出来ない。
あとは、屋根がどれくらい壊れているかだな。
これは屋根に上がってみないと判らないので、判った事と言えば、大きな穴は開いてないのと、多分雨漏りは無かった、くらいだ。
「では、そろそろ戻りましょう。ヴィンセント殿」
「ええ。だいたい、判ったわ。水車小屋を、完全に、直すのに、どれくらい、かかるか、次第だわ」
「あの状態では、一度壊して作り直しでしょう」
そう言いながら、カーは母屋の扉に、外から閂を掛けた。
「時間も、かかりそうだわ」
彼は頷き、アルパカ馬を母屋の横にまで、連れてきた。
母屋の横に会った井戸から水を汲んで、アルパカ馬に一度水を飲ませる。
塀を越えたところで、門を閉じて、これまた外からの閂を掛ける。
これはたぶん、獣などが入り込まないようにしているだけで、それ以上の意味は無いのだろう。もっとも、川岸の方から上ってこられたら、中に入られてしまうのだが。あっちにもきちんと塀を作るほうがいいのかもしれない。
荷馬車の横に座って、またガルア街に戻る。
「今は、ニーレの、造船、騒ぎで、大工さんも、確保が、難しいわ」
「まあ、そうですね。それに木材の調達も問題でしょう」
「ええ。相当、修理費用が、高そうね」
そう言って顔を顰めると、彼は笑っていた。
……
夕方になる前に、ガルア支部に到着。
「ありがとうございました。カー殿」
「いえいえ。こんな事でも、白金の人のお役に立てるなら」
「それじゃ、また、何かの任務があれば、お会いしましょう」
「そうですね」
彼はそう言って、右手を胸の前に持って来て拳を握った。
敬礼だな。
私は胸に右手を当てて、深いお辞儀。
今日は宿を探して、明日一番で、また市場で王都に行く荷馬車を探すのだ。
この王国には街から街を繋ぐタクシーみたいなのが無いのが、本当に痛い。
この前も泊まった宿にお願いして、一泊。一六デレリンギだった。
夕食は、クリンク肉の唐揚げ風のものだ。
この街では、これが一般的なんだろう。
つづく
中の様子を見てきたが、水車小屋は、水車が駄目になっていた。
家の中は広いが黴臭い。屋根のどこかが壊れている可能性が高い。
とにかく、修理というより、水車小屋は作り直しだろうと判断せざるを得なかった。
次回 第三王都での雑事
朝一で、第三王都へと戻るマリーネこと大谷。
片づけておくべき雑事がある。




