300 第21章 第三王都と西部地方 21-10 魔物討伐その後2
宿に行くとミュッケから、思わぬ指摘を受けるマリーネこと大谷。
そして、何はともあれ、第三王都に帰ることにしたのだった。
300話 第21章 第三王都と西部地方
21-10 魔物討伐その後2
その日の夜。
宿にはミュッケもやってきた。
「ミュッケ殿。ご苦労様です」
他に言いようがなかったのだ。
「ヴィンセント殿。聞いたわよ。支部で。貴女の報酬を削って、怪我人たちの報酬を引き上げて欲しいって言ったんですって?」
彼女は呆れたような顔をして、私を見つめていた。
「はい……」
「私は現地を見た訳じゃないから、想像にしかならないけどね。彼らが生き延びれたのは、単に貴女が、それこそ致命的な攻撃をする難しい魔物を斃して来たからなのよ。貴女は感謝こそされても、責任を負う必要なんか、これっぽっちもないのよ」
「はい」
ミュッケの表情は厳しかった。
「言っておくわ。間違っているとまでは言わないけど、それを続ける事は、決して貴女にとっていい結果にならない。貴女はもう白金なのよ? 貴女が連れて行った誰かが怪我をするたびに、貴女が自分の報酬を削るなんて、腕の不確かな者たちを喜ばせるだけだわ。それは、いずれ貴女を追い込む。冒険者なら、自分の怪我も不運も死に方も、全て受け入れていないといけない。貴女はそれを壊しかけてるのよ」
まさかミュッケから、こんな厳しい言い方をされるとは、思っても見なかった。
「すみません……」
「謝るなら、それは私に、じゃないわね。ユニオール副支部長とガルア支部のヨニアクルス支部長に言ってきなさい」
「はい」
「とにかく、今後はそういう事はしない方がいいわ。例え、他の人がどう思おうと、貴女自身と、ギルドのためよ」
「わかりました。今後は、しません」
「そうね。もうやってしまったことは、撤回も出来ないでしょう。次からは、自分の報酬は、必ず満額受け取りなさい。そうしないと示しがつかないし、他の人たちも今後がやりにくくなるのだから」
「はい」
まったく、ミュッケの言う通りだ。私が下手な情けを掛ければ、それはほかの隊長たちにも及びかねない。
私は感情に流されて、やらなくていい事をやってしまったのだ。
確かに。確かに。
その言葉を受けて、ユニオール副支部長はたぶん考えた末に自分の報酬は満額寄越せ、とはあの場では言えなくなったのだ。
確かに。私が悪い。
「さあ、もう気にしていてもしょうがないわよ。夕食を食べに行きましょう」
一階の食堂で出された夕食は、またしてもクリンクの肉の唐揚げの様なものだ。
魚醤でうまく作った下味が十分に染み込んでいた。
……
翌日。
朝の食事を済ませて、すぐにガルア支部前に行く。
ユニオール副支部長は、荷馬車を連れてすぐにやって来た。
「ヴィンセント殿。それじゃ戻ろうか」
そういう彼が御者台に乗る。私は鉄剣とミドルソードを後ろの荷台においてから、彼の横に座った。
副支部長が自ら御者をするとは驚きなのだが。
私のその様子に気が付いたのか、彼は独り言のように喋った。
「私だって、御者くらいは出来るさ。銅階級の頃はリーナスと速度を競ったこともよくあったんだ」
「えっ……」
彼はこちらを見ることもなく、鞭を入れる。
「私たちだって、初級のころがあるさ。ただ、バーリリンド係官のように早く走らせるのは、未だに出来ないね。あの人は昔から走らせるのが上手いんだ」
「はい。バーリリンド係官殿は、たぶん、特別です」
「はは。特別…… か」
「座る、台から、腰を、少しだけ、浮かせた、ままに、第四商業地区から、中央の、冒険者ギルド支部まで、鞭を、入れっぱなしで、走らせた、くらい、特別な、操縦が、出来る人、ですね」
「…… それは大変そうだな。支部長の懐刀と言われた彼が、何故、只の係官なのか謎だし、未だにそうやって隠れて鍛えているのも謎だ」
そう言いながらも、彼は笑っていた。
……
アルパカ馬の蹄の音と、荷馬車の車輪が立てる騒音で、会話はその騒音の中に紛れてしまいそうだったが、これは言わねばならないだろう。ミュッケに言われたことだ。
「すみません。副支部長」
「いきなり謝って、どうしたんだ。ヴィンセント殿」
「私が、ガルア支部で、報酬を、削って、怪我人の、報酬を、増やすような、事を、言って、しまった、ことです。討伐隊、隊長への、迷惑も、考えず、申し訳ございません」
「ん。ああ。あれのことか。まあ、ヴィンセント殿らしいなとは思ったが、あれは今回っきりにして欲しいね」
「はい。ミュッケ殿から、だいぶ、きつく、お叱りを、受けました」
「はは。まあ、ミュッケ殿は独立治療師だからな。冒険者ギルドの階級章を無視して喋る事が出来るから、敢えてそうしてくれたんだろう。今後は気を付けてくれれば、それでいいさ」
「はい。ミュッケ殿から、言われました。私の、ために、ならないし、冒険者ギルドの、ためにも、ならないと」
「ほう。彼女が踏み込んで、そんな事も言ってくれたのか。よほどヴィンセント殿の事を気にいったらしいな」
そういって、ユニオール副支部長の横顔には笑みが浮かんでいた。
荷馬車は快調に街道を進んでいき、まだお昼にもならないうちに、第三王都の西門にたどり着いた。
副支部長は降りることもなく門番の警備兵に片手をあげて合図した。
彼女たちも片手をあげる。
ここから先は、ゆっくりな速度で、そう、巡回馬車の様な速度で支部に向かった。
……
クリステンセン支部長に報告をしたのは、ユニオール副支部長だ。ガルア支部ヨニアクルス支部長が書いた、討伐依頼完了報告書を渡して、討伐において多数の魔物が出現し、『エフィムーズ』が出た事。それによって隊員全員が、麻痺状態になり、ガルア支部の治療院で、療養中であること等を告げたのだった。
クリステンセン支部長は討伐依頼完了報告書にざっと目を通したところだった。
「エフィムーズが出たというのは、本当なのか。エルヴァン」
「斃したのは、白金のヴィンセント殿です。支部長」
「ああ、そういう事か。その時にお前はどこにいたのだ」
「私は、胸に受けた負傷で、骨にひびが入っていたせいで、ミュッケ殿から出撃を固く禁じられました。それで、ヴィンセント殿が隊員を率いて、北側の奥の方に向かった際、確か、戻ろうとした時に偶然遭遇したと、いうことです」
「ふーむ。ヴィンセント殿。何か、付け加える事実はないかね」
クリステンセン支部長が私の方を見た。
「その。ガブベッカが、出まして、ございます。ただ、負傷は、させましたが、斃せず、魔物は暴れ、水中に、逃れました。それで、撤収を、命じた時、だったと、思います。北側に、とても、脅威になる、気配を、感じました。それが、その、魔物で、ございます。たぶん、我らの、戦いを、ずっと、見ていた、のだと、思います。私が、立ち向かおうと、距離を詰めて、いった時に、魔物は、何かを、しました。それで、隊員たちは、あっという間に、倒れました」
「なるほど。それで、今回の報酬については、全てをヨニアクルス支部長殿に一任したのだね」
「はっ。ヴィンセント殿が強く希望されたので、ヨニアクルス支部長殿がその意を汲んで、それを引き受けられました。これから数日以内に全ての報酬を算出するかと」
「エフィムーズは、ガルア支部では恐らく、値段も付けられまい。第一王都の本部案件となろう。そうは思わぬか、エルヴァン」
「討伐記録がありませんからね。恐らくベルベラディでも、決められないでしょう」
「まあ、そうなれば、エフィムーズの分は外して計算し、先に出してくるかもしれんな。その時まで、待った方がいいか、それとも仮にでも少し出したほうがいいかね? エルヴァン」
「今回の治療費支払いはミュッケ殿への分だけでなく、ガルア支部の治療院にもありますが、それもガルア支部のヨニアクルス支部長が処理すると思います。ですから、ガルア支部で一切を計算し終えてからで、よろしいかと」
「ヴィンセント殿が、急ぎで入金を望むという事でもないのなら、まあ、それでよかろう。だいぶ、いつもとは異なる流れだが」
「では、他の者たちが、回復して戻ったら一度慰労会でも行うとしよう。その時は準備を頼むぞ。エルヴァン」
「承知しました。支部長」
「それと。ヴィンセント殿」
「は、はい」
クリステンセン支部長の顔がやや険しい。
「今回は、貴女は特別な参加だった。討伐隊の隊長も階級差を無視しての構成だったのも事実。だが、報酬に関しては出来れば、こちらの支部に任せて貰いたかったというのが、儂からの希望。其方がヨニアクルス殿を信頼しているのは判っておるが、儂の方も信頼して欲しいものだ。ヴィンセント殿」
「す、すみません。今後は、絶対に、このような、事は、しません。全て、規定通りに、お願いします」
クリステンセン支部長の眉が片側だけ跳ね上がった。
「何か、あったのかね? エルヴァン」
「ミュッケ殿から、指導があったようなんです。支部長」
「わっはっはっはっ」
支部長はいきなり笑い出した。
「そうか。ミュッケ殿から、か。あのお方も、時に歯に衣着せぬ物言いがあるでな。よほど見かねた事だったか」
私はお辞儀するしかなかった。
「よろしい。今回の討伐任務は、これにて完了とする。二人ともゆっくり休みなさい。エルヴァンはその胸のヒビ。ちゃんと直すように。では、ヴィンセント殿。ご苦労であった。報酬の件は後日故に、追って連絡する。儂からは以上である」
討伐任務完全終了となって、私は支部を後にした。
まだ、昼下がりだった。
私は巡回馬車を待って、それに乗って第四商業地区を周る。
巡回馬車はゆっくりと、何時もの経路を通り、宿のある方面に向かう。
……
今回は呼び出された、あの日から数えて八日、宿を空けていたことになる。
九日目にして戻ってきたわけだ。
呼び出しがかかった日は、たしか第九節、上前節の月、第一週だったはず。
二日目だったかな。という事は、今日は第二週の四日目だな。
巡回馬車を降りて、宿に入る。
宿の扉を開けて入った直ぐの場所で、早速出迎えてくれたのはマチルドだった。
「マリーネお嬢様! ご無事でございましたか」
私を見た彼女が駆け寄って来た。
「ただいま。マチルドさん」
「マリーネお嬢様。どうぞ中にお入りください。すぐに飲み物をお持ちいたします」
「ええ。そうさせて頂きますわ」
うーん。マチルドはまるで私専用の侍従の如く振舞っているのだが、本来はこの宿の主人である、ホールト夫人の付き人、兼、ここの宿屋の客室従業員の筈なのだが。
玄関の中にある下宿出入り口と兼用になっている場所を抜けて、扉を開けて宿のロビーになっている方に向かう。
ロビーの一角には受付のある場所があり、そこには、ホールト夫人とコローナがいた。
コローナは丁度、夫人にお茶を出している所だった。
彼女も気が付いたらしく、お茶のカップを下に置くと私に話しかけた。
「おかえりなさい。ヴィンセント殿。無事に終えたようね。さあ、こっちにきて少しゆっくりしなさい」
「ありがとうございます」
私は、彼女が示したソファーの横に行き、剣を降ろして座った。
マチルドが私の前にお茶を置いた。
それにしても。
今回の討伐は、何と言っていいのか、判らない。
デルメーデはほぼ、駆逐したものの、親玉であろう女王らしき個体とそれの取り巻きには、逃げられた。
危険な危険な鰐擬きもとい、アーリンベルドは斃したものの、討伐対象だったガブベッカには逃げられている。片目を負傷させたとはいえ、いつ戻って来るかも不明だ。
そして、あのエフィムーズとかいってた、灰色の迷彩色を持つ、翼持ちの豹のような獣。あれが、最大級のやばい奴だった。
斃しはしたものの、隊員は全員昏倒だ。
とてもじゃないが、鰐擬き以外、どれをとっても手放しで喜べるものではなかった。
それが、私の気持ちをずっと落ち込ませてもいた。
「…… ィンセント殿」
あ、あれ? 呼ばれたか。
「は、はい」
「どうしたの? さっきから浮かない顔で、ずっと上の空よ?」
「すみません。今回の、討伐は、少し、疲れた、のかも、しれません」
お茶はもう冷える寸前だったが、それを飲み干した。
「そう。明日も休んだ方がいいかもしれないわね」
「はい。そうさせて、頂きます。お茶を、ありがとうございました」
私は立ち上がって。お辞儀をしてから、剣を背負い直した。
部屋に戻りながら、少し考える。
とりあえず、今回の仕事は終わったし、誰も死ななかった。それでいいじゃないか。
そう思い直す。
私は自分の部屋に戻ったが、少し、引っかかっていたことがあった。
それは、あのエフィムーズという魔獣が、灰色を主体とした、極めて精緻な迷彩模様の体毛だったことだ。他では見た事がない。
元の世界でも、犬や猫などは、赤を感じる色覚部分がないという事は分かっている。
目がある脊椎生物は、魚が最初であろう。四つの色覚があるという。光の三原色以外の一つは、波長の短い紫外線だ。そして、鳥類までは四つあるともいわれるが、両生類は定かではないらしい。
そう。どんな色でも確実に見えているのは、魚類だけだという話がある。
水の中では、極めて複雑な光の反射があり、陸上と比べて色は遥かに多彩だ。
潜って行けば光量が一気に失われて、灰色の世界になる。そんな中でも魚たちは紫外線があれば、それを見る事で、周りの様子が分かるという。
何故か人間は三つで、犬猫になると、二つしかない。多くの哺乳類が色覚は二つだろう。海に棲む鯨やイルカ、シャチなどの海獣は別だろう。たぶん彼らの色覚は三つ。海に出た時期にもよるのだろうけど、四つあるかどうかは分からない。
元の世界で、哺乳類が色覚を失ったのは恐竜時代らしい。恐竜に追われて暗い場所に逃げ込み、夜間にしか外に出なかった哺乳類は、色覚を二つ失ったという説がある。
暗闇に棲み、時々しか外に出なかった哺乳類は、ほぼ灰色の識別でも良かったというのである。
しかし、緑と青が残ったのは、簡単な理由で、植生の緑の判別と、空の青だ。空が蒼くなって見えるという事は、もう夜が明けている。塒に戻らねばならない。という説がある。
では人は、何故三つなのかというと、赤を認識する必要が出てきたからだとかいう説があり、それは食べられる植物の実などの色の判断が必要だったからだという。
失った色覚の分、犬は人間など足元にも及ばない嗅覚があり、それは人間の千倍、いや百万倍ともいわれている。猫や他の哺乳類も、たぶんそういう、人とは比べ物にならない鋭敏な感覚があるのだろう。
よく言われるのは、一部の動物は極低周波の音や振動が聞こえているとか、植物たちの反応を理解しているだとか、自然界における、人間には探知不可能なものを探知し理解しているという話である。
そこから考えれば、あの魔獣は、下手したら緑色というか、黄色くらいしか反応しないのかもしれない。或いは、もしかしたら色覚は無くて、光の明るさだけかもしれない。或いは夜間に見る赤外線映像のようなやつ。
だとしたら、本来は夜行性だったのかもしれない。
そうなると、脳内の識別は、明るいか暗いか、モノクロになっている可能性がある。これでも、エッジになる部分で、十分なオーバーシュートとアンダーシュートがあれば、物の輪郭は綺麗に強調される。
つまり、はっきりと認識できる。
だから、灰色と白と黒での迷彩も、十分考えられる。自分の目には、そういうモノクロしか見えないのなら。
暫く、そんな事を考えていたが、はっと思い出した。
急いで自分の鉄剣の鞘を抜く。
ガブベッカに当てた時には、物凄い衝撃もあったし、あれの牙を切り落としもした。
刃を見ておく必要があるのだ。
……
やはり刃は、少し毀れていた。全体的に歪んでいないか、それも見極める。
…… 歪みはない様だ。それだけでも、ほっとする。
歪んでしまうと、かなり火を入れて、慎重に叩きながら直す必要があり、かなりの時間がかかる。
ただ、これだけあちこち毀れてしまっていると、これの刃を研ぎ直すのはここでは出来ない。ちゃんとした場所が必要だ。
ケニヤルケス工房で、やらせてもらうしかないだろう。
他の刃物も点検する。
ダガー二本。解体に使っただけでなく、あの鰐擬きにも投擲したし、あの灰色の魔獣にも投げた。刃先がそろそろ、傷んでいてもおかしくはない。
見極める。
一本は、かなり気合を入れて研がないといけないようだ。
あとはクレアス。
先端はほんの少し、研ぐ必要がある。毀れたりはしていないが、やや鈍ったらしい。
途中のカーブを描いている部分は、問題ない。ここを研ぎ直すとなるとかなりの手間だ。内側に弓なりにカーブしているので、短時間での研ぎ直しが出来ない。
まあ、元の世界での、ぎざぎざがない鎌の研ぎ直しだと思えばいいのだが。
あとはミドルソードだな。
こいつは、本当に全然減らない。今回はデルメーデを斬ったり、鰐擬きの尻尾を斬ったりと、活躍したのだが。
一応、軽く。本当に軽く撫でるように研ぐだけで良さそうだ。
……
夕食は、少し豪華なものが運ばれてきていた。
扉の下に差し込まれた食事は、何時もの物とは全く違う。
かなり、味の濃そうなシチューと、一次発酵のパンが二つ。スープと色が緑ではないサラダ。それから、メインディッシュは、肉だった。態々蓋がしてあるので、開けてみるとまだ暖かい。
冷めないように蓋をしてあったのだ。
手を合わせる。
「いただきます」
どれもまだ作りたてだった。
私が八日間居なかったので、これまた女主人は気を利かせてくれて、宿の方の宿泊客に出す料理を出してくれたのだろう。
焼かれた肉は、明らかにセネカルの腹の方の肉だ。脂肪もあるが、旨味も多く、繊維が柔らかい。掛かっているソースもやや濃い味付けで、肉によく絡んでいた。
シチューといい、スープといい、どれもいい味だった。
少し残ったパンで、残った最後のシチューを拭う。
十分に堪能した。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。すこしお辞儀。
美味しい食事でお腹が満たされると、やっと幸せな気持ちがやってきて、今回の任務の事を脇に押しやった。
アレが私の匂いでやって来たのか、あるいはガブベッカが去った後での食べ残し餌と見なしたのか、それはもう判らないし、どうでもよくなっていたのだった。
そして、暫くすると遠慮がちにノックがあった。
急いで開錠して扉を開けると、そこにマチルドが立っている。
そうか。お風呂だ。一デレリンギ握りしめて、彼女と一緒に公衆浴場へ。
「お嬢様をお誘いしてもいいのか、だいぶ迷いましたが、かなりのお疲れの様子でございます。お風呂に入って、疲れを流すのが良いかと思いまして」
「ええ。助かるわ。冒険者たちは、お風呂、なんて、考えたことも、ないような、人が、大勢います、からね」
「まあ」
彼女は笑っていた。
実際のところ、あんな野営地では隊長がお風呂を用意しろと命令しない限り、無理なんだと思う。
ヴァルデゴード副支部長と行った、あの山の麓の任務では、彼らはあの野営地で三〇日近く戦ったはずだが、お風呂は無かった。
夕食後は、毎日がただの雑魚寝だったという事だな。
体臭が相当きつい人は大迷惑になっていたのではないかと思うのだが、不思議とそういう話を聞かない。
……
今日も個室を借りて、お風呂に入る。
髪の毛を洗って、それから乳石を泡立てて、頭も体も良く洗う。
どうやら、髪の毛はだいぶ伸びてしまっている。
前髪だけでも、少し切った方がいいかもしれない。
だいぶごしごし洗って、お湯で流す。
そして、湯船に入る。
残念ながら、まだ立ったままである。とはいえ、少しづつ背が伸びてきているので、両手の肘を湯船の縁に置くと、湯は自分の胸くらいの位置だった。
その胸もだいぶ膨らみ始めていた。
胸はいいから、早く背が伸びてくれ。本当にそう思う。
膝立ちでは溺れてしまうので、やや屈んで、首までお湯に浸かる。
そして、少し考える。
今回は全員が意識を失う程度で済んだが、もし、私以外、全員が死亡していたらどうなっていただろう。
魔物を引き寄せて止まない、この体のせいだ。
唇をぐっと噛み締める。
私は、このまま冒険者を続けていてもいいのだろうか……。
それはまだ、私には判らない事だった。
つづく
確かに、独立治療師の言う事は正しい。
それで帰る道すがら、副支部長に詫びたのだった。
第三王都の支部での簡単な報告も終えて、下宿に戻るが疲れが出ていたマリーネこと大谷だった。
次回 廃墟見学
忙しい日々が始まる前に、ガルア街の外にある、水車付鍛冶小屋を見ておこうと行動を開始したマリーネこと大谷である。




