030 第7章 村の生活と狩り 7ー3 皮の鞣しと薫る葉っぱ。
巨大熊も乗り越えて、しぶとく生き残るマリーネこと大谷。
熊肉がどうにも臭いので、何とかしたい。
香花を探しに行きます。
30話 第7章 村の生活と狩り
7ー3 皮の鞣しと薫る葉っぱ。
翌日。
お湯を沸かしてまず顔を拭いた。体をお湯で濡らした布で拭いていく。
あの巨大茶熊との戦いで色々汚れた。
それからストレッチ。槍の棒での素振り、剣の素振り。何時もの事だ。
服もしょっぱい村人の子供服に着替えて自分の服は洗う。
ぬるま湯で服を洗い、村長宅の前の木に張ったロープに干す。
そろそろ自分の服を何とか造る方法を考えよう。
さて、猟師の工房に持ち込んだ皮。
ネズミウサギの方から処理する。脂を削ぎとる。そうしたら表面の毛を全てナイフで刈り取る。
ネズミのほうもネズミウサギのほうも全て毛は刈り取る。
それからお湯で一回洗って、揉む。それから叩く。叩く。
ペラペラになるまで叩いた。
残りもどんどん揉んでは叩く。ゆっくりやってられないのでやや丁寧さに欠けるが、仕方無い。
で、どんどんタンニン液の樽に入れる。
さて、熊の皮。これだけデカいと脂肪取るのも大変だが、揉んでから叩くのはもっと大変だった。
この皮だけで揉んでから叩き終えるのに丸々一日かかる。
何しろ五メートル×六・五メートルくらいの大きさがあるのだ。
こんな大きい皮は樽に入らない事に今更ながら気がつく。
後で縫い合わせる事にして、切って漬け込むしか無い。残念……。
二メートル×二メートルくらいの大きさになるように三分割。
この皮専用に樽を三つ用意して、タンニン液を作って流し込む。
竈で樹皮をどんどん煮ていく。かなり色の着いたタンニン液を樽に入れて皮を漬け込む。
これだけ分厚い皮だ。これまた一週間くらいは毎日タンニン液の追加が必要だろう。
夕方はとにかく熊肉を叩いて叩いて、これをぶつ切りにして串に挿して塩コショウで焼く。
ネズミウサギの肉はぶつ切りにして鍋に入れ塩もかなり入れて、煮る。灰汁を掬うのを忘れずに。
出来上がった。
手を合わせる。
「いただきます」
串に刺した熊肉を頬張りながら、考えた。
自分で取ってきた肉がだいぶストックが溜まった。
まあ、半分はこの臭みの強い熊肉だが。ネズミウサギの肉もだいぶある。
あの鹿馬肉の燻製もだいぶ残っている。
これでざっと四ヶ月、いやもうちょいはいけるな。燻製肉を先に消費していき塩漬け肉も時々燻製にして追加すればいいか。
あと一ヶ月分くらいストックがあれば多少は狩りに行けなくても暮らせるのではないか。
臭みの強い熊肉のために香草とかあればいいのだが。
ネズミウサギの肉スープを一気に飲み干して、食事終了。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
手っ取り早く片付ける。
今日も猟師の家の寝床で寝る。あの蟲の夢を見なくて、心底ほっとしている自分がいた。
……
翌日。
服は取り込んで村長宅の中に置いた。パンツだけは回収して穿く。
この村人服で少しやっておきたい事がある。
ブロードソードを左腰に、ダガーも右腰に付けた。
昨日思いついた、葉っぱを摘みに行こうという訳だ。出来れば香花とか、月桂樹みたいな香りのある葉っぱを探しに行くのだ。
槍は予備一本あるが、取り敢えず槍は置いていく。あとで作らないと。
バックパックにはキャンプ道具。水袋。薄く切った塩肉。ロープ。いつものように『お出かけ』スタイルである。
今までの狩りでは行ってない方向の森に行ってみようと思う。
少し木々がまばらで明かりも差している。
林と森の中間のような感じか。
こっちは若干植生が違うのか。
下生えが多いので背の低い私には視界が悪いし、歩きにくいので今まで避けていた。
ブロードソードはほぼ毎日鍛錬で素振りはやって来たが、実際に何かが出た時これで切り払えるかはまだ分からない。
ずっとずっと考えない様にして来たが、もし相手が人間だった時に躊躇い無く斬れるか?
そこは大問題だった。
今までの敵は魔獣、襲ってくる。の二点で躊躇わず殺しているが『人』が害意や敵意で向かって来た時、斬れるか?
それはその時にならないと分からない。
正直、対人で殺すのはゲームの中ですら躊躇いがあったので、この異世界でそれが致命傷にならないよう、心を鬼にしていくしかない。
それに、あの村人を斬殺した様なのが襲ってくる可能性は十分にある。
まあこの五ヶ月、魔物以外の動物に出遭っていない。人はおろか普通の動物すら棲めそうにない場所らしいぞ、という事は徐々に分かって来た。
雑木林の様な所に踏込むと一気に植物が増える。
下の草は背が大きくはないが、小さい木が多く生えていて視界の邪魔をする。
やはり昆虫が居ない事が影響しているのか。
それでも花が全く受粉出来ずに植物が新しく生えてこないという訳ではないらしい。
数が少ないというだけだ。
風で飛ばされるタイプの受粉と種子なら昆虫も鳥も不要だしな。
少し湿った土の上を歩く。
雨はまだ降っていないが、夜半から朝にかけて霧がかなりある様でこの辺りは下に水分が多く苔も見られる。
霧が出るのは湖の方もだが、村にはほぼ出ない。
この辺りに沼でも有るのだろうか。
沼は出来れば避けたい。
何故かというと、今更だが、何が居るか分からないからである……。
…………
取り敢えず、低い位置にも葉っぱがある樹木を探して臭いを嗅いでいく。
あまりいい匂いのする葉っぱは無いな。
『柑橘の香りがします!』くらいのものならば見つけたが果たして使えるのか。果実は生っていない。
手に届く範囲にある葉っぱをどんどん毟っていく。
他はあまり匂いすらしない葉っぱが多い。
湿っているせいか、時々樹木の下には怪しげなキノコが生えている。
幽霊のように白い長い形状のキノコや、やたらと傘は大きいが毒々しい色のキノコ。
「絶対に食べちゃ駄目!」と言わんばかりの派手に真っ赤な傘に黄色の斑点と紫の線……。
「毒キノコです!」と声高に主張しているようだった……。
そういう木々は避けつつ迂回する。下手に胞子を吸い込んだだけでおかしくなりかねない。
胞子にもし神経系撹乱とか神経毒系の物質が含まれていたならアウト。
剣や槍で何とかなる相手じゃないのだ。君子危うきに近寄らず。ま、君子じゃないけどな。
もう少し奥に進む。あまり奥には進みたくなかったが。
ようやく数本、香りがある樹を見つけた。
勿論何の木なのかは分からないのだが、少しすぅっとする香りが漂う葉っぱだ。
そのツヤツヤしている葉っぱをどんどん毟っていく。背中のリュックから溢れそうになるほど摘んだ。
もう届かないな。残念。諦めて先に進む。
先のほうが少し明るくなっていて開けているのだ。
……沼だな。
やはり水が大量にあったか。
沼にはそこに独自の生態系が出来ている可能性が高く、そしてそういう場所に居る生物には猛毒を持つ者も多い。
近づかないほうが良さそうだ。
どの道、魔物しか居ないという事は分かっている。
この辺りの生物はあの沼で水を飲んでいるのだろうか。
沼の所には、水に引き込む魔物とか、バカでかい蛙もどきとかイモリもどき、サンショウウオもどきやら鰐もどき、スライムとかピラニアもどきに、牙を持つ魚等、何でも考えられる。
実際、陸地より生物が多様になっている場所であろう。
あの沼に何処からか水が流れ込んで、流れ出ている川があるのか、水が下から湧いているのかでも違うがそれを確かめる気にはなれない。
葉っぱ二種類、特にこのツヤツヤしている香りの高い葉っぱに満足して、引き返す事に決めた。
林の途中で何かの気配を感じ、ゾクゾクっと来た。魔物だな。
いい加減、このゾクゾクする気配というのか、これには慣れた。
狩りの時にこれがあれば必ず魔物が居る。
ブロードソードに手を掛ける。リュックは背負ったままだった。
片膝を着いて左手を地面に当てる。
気配はどっちだ……。左……。じっと動かないようだ。こちらも動けない……。
これでは埒があかない。少し誘うか。
スッと立つ。そして剣で下生えを払う。
ズサっという草の切れる音。
その瞬間に相手が動き、こちらに向かってきた。
中型犬よりは大きいくらいの獣だ。猪か。物凄いスピードだ。
デカい牙が生えている。あれで突き上げられたら即死だな。
ズドドドドド……。低い姿勢で一気に走ってくる。脚が短いのか。しかし強烈な速さでその脚を動かしている。
ブロードソードを下に構える。突進をわずかに右に躱して左下から上に払った。
やや怪しいが手応えはあり……。
「ピギャッ!」
獣から悲鳴がして、それはその場でズサーと倒れ込んで激しく痙攣した。
しかししばらくするとまた立とうとしている。
剣は喉の下の方を掠めて相手の左前足の上をざっくり斬って抜け、激しく流血していた。確殺し損じたようだ。
自分の踏み込みがなかったせいだな。
ブロードソードをケツの穴に突っ込む。
「ピギーピギー!!」
物凄い悲鳴が響き渡った。
脚が高速でバタつく。その脚の動きが遅くなり痙攣に変わった。
痙攣も止まった……。斃したようだ。ケツのソードを引き抜く。尻から大量に流血。
念の為に心臓をダガーで突く。死んでいるはずだが恐らくは魔物なので安心はしない。
合掌。南無。南無。南無。
喉を大きく切って血を抜く。
後ろ足をロープで縛り、村に向かって引っ張っていく。
猪は初めてだった。
村について猟師の家で解体する。まず腹を捌いて胃を確かめる。
奇妙なキノコやら木の実? 木の根っこ?? 真っ青な蛙もどきや真っ黄色の蜥蜴もどき。
基本雑食のようだ。
それでも、コイツも人は襲う。と。
木の根っこは気になった。こんなもの食べられるのか。
もしかしたら高麗人参みたいな栄養がある植物でも生えてるのか。
まあ、私は食べようとは思わない。
小腸のほうを確かめたかったが、尻から剣を刺した事で派手にそのあたりは流血していて、何が入っていたのか、観察できない。
少し頭を振って、内臓を全て桶に入れてたが、ふと思い直して小腸を取り出して小さい桶に入れた。それ以外は外の捨て場に持っていき穴に入れて土をかぶせる。
小腸はまず桶に水を入れて何度もよく洗う。尻からの剣であちこち切れて裂けているところが多い。
これをぶつ切りにして、お湯にくぐらせた。
このまま煮るには調味料がなさ過ぎる。
あとで塩を振って焼いてみるか。
さて、魔物は何でもデカいと思っていたが、これはそう大きくはなかった。せいぜい中型犬のやや大きい程度。
という事は、これはまだ親元を巣立ったばかりの子供かもしれんな。
さて、これが魔物なのかこの森の住人で普通の獣なのかは魔石次第。
これが魔物かどうかは、例によって頭蓋骨を割らなければならない。
猪の頭を持って外に出て慎重に頭蓋をダガーで切り裂く。
血と脳漿が溢れ出してきて、その臭いで噎せる。
ダガーで脳味噌の中を探るとコツンと当たった。魔石だな……。
魔石は大きくはない。少し拍子抜けした。
あのネズミウサギの魔石とたいして変わらない。そうか、成長途中なんだろうな。
この猪もどきもきっと馬鹿でかい大きさに成長して、頭の中の魔石も成長するのだろう。
血は十分に抜けている。毛皮を剥いで肉を切り分ける。
牙は取っておこう。下顎から切り取る。
あとはこいつの鼻。表面は削ぐとして、たぶん中は食べられる。耳も削いだ。
毛皮を剥ぐ時にだいぶ腕前も上昇したのか、ほとんど脂肪を皮の方に残さずに処理できるようになった。
鞣す時の作業が少しは楽になる。
あとリュックの葉っぱだ。取り出して広げる。軽く乾燥させる目的だ。
獣臭いこの工房に少しだけ清々しい香りが漂い始めた。
この葉っぱを揉んで、あの熊肉に擦り込んで見る。臭みが多少でも取れてくれたら有り難い。
もう日が暮れ始めている。作業は解体した肉に塩を擦り込む方に集中。
竈に火を熾す。
狩って来た猪もどきの肋骨の肉を試す。
塩を振ってスキレットで焼く。まだ肉が解体したばかりなので、寝かせないと行けないのだが。
脂の載った肉を焼いているといい匂いがした。
スープはいつもの塩漬け肉を切って鍋に入れて煮る。
それとさっき湯がいておいた小腸のぶつ切り。塩を振って焼く。
もう一つ。猪の鼻。どういうものだろうな。少し薄切りにして塩胡椒して、串に刺し火に炙る。
出来た。
手を合わせる。
「いただきます」
スキレットの肉を頬張る。
やや血生臭い感じはあるが、まあ、悪くない。脂の所には旨味もある。
塩肉スープを飲んで、小腸を試す。塩味のみ、タレがないのでくさみは消せない。
よく火を通したので、ヤバい事はないだろう。食べてみる。
豚の小腸のつもりで。
恐る恐る食べてみると、ガムのような食感だがなんとか食べれた。もっとがんがん火に当てて炙るべきだな。
猪の鼻を炙ったやつ。んー、変な食感だな。肉ではない。柔らかいのだが……。自分の好みからはやや外れていた。
しかし、どっちも捨てるのはもったいない。大切な食べ物であるし、せっかく用意したので全て食べる。
こういう物を食べて味をうまく表現出来ないのは、やはり私の味覚が鈍ってきてる気がする。
食事終了。
今日も無事生き延びれた事に感謝。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
やるべき事は多い。ランプに火を灯して工房に行く。
工房の竈にタンニン液の鍋を置いて更に抽出。
これを熊皮の桶にそれぞれ入れてかき回す。
他の桶も掻き回しつつ、そろそろいいか引き上げて見ては確認する。
ランプの明かり頼りに猪の皮から脂を削ぐ。灯りが頼りなくてもう二つくらい灯したくなる。
脂を削いだら毛を刈り取って、とにかく揉む。全体を揉んでいって叩く。
叩いてペラペラになったら、タンニンの桶に入れる。
まだ作業は残っている。肉を塩の入った樽に入れるのだが、熊肉と混ざらないようにするために桶を別にして底に小さい台をおいてそこに塩を少し入れ、肉を積み上げた。
そこにさらに塩を入れる。上底にしたのは、肉汁を塩が吸いきれなかったら下に垂れるのでそれで悪臭になると困るからだ。
明日また確認する。
ここまでやって、今日は終わりだな。
猟師の家の毛皮な寝床で寝る。
……
つづく
狩りをしながらの淡々とした日常が続きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
チラシの裏に書いた文章がここまで長くなるとは予想外。
もう裏が白いチラシがだいぶ無くなってきました。
誤字脱字、あるいは間違いなぞありましたらご指摘いただければ幸いです。