299 第21章 第三王都と西部地方 21-9 魔物討伐その後
ガルア支部に行き、今回の討伐に関しての報告である。
299話 第21章 第三王都と西部地方
21-9 魔物討伐その後
翌日。
朝食の後、撤収作業が始まった。
まずは負傷者、いや、正確に言えば傷は負っていない、病人という事になるのか。八名を三つの荷馬車に担架で載せていた。
三名ずつ。特に酷いオーバリの所にはミュッケが同乗。
この荷馬車は先にガルア街に向かって行った。
次は、天幕の回収作業。
副支部長が指揮をしていた。天幕と、中にあった吊り床とその柱。男性陣の方は大きな革製のシートだ。これも丸めて行く。
後は焚火の後始末。それと食事を作った時に使った即席の竈。
それらも片づけていた。
私は副支部長と同じ荷馬車に載せられて、ガルア支部に向かう事になった。
……
ガルア支部で報告。
隊長であるユニオール副支部長と私は、ヨニアクルス支部長によって、支部長室に招き入れられた。
初日の分をユニオール副支部長が報告。
まず、初日のデルメーデの報告だ。
「大分いましたよ。ヨニアクルス支部長殿」
「そうか。当支部でも、討伐隊の話ではデルメーデは多かったと聞いている」
「今回は見えただけでも一三体はいました。私が倒れるまでに斃せたのは七体でしたが、その後に二体斃して、他の魔物は逃げ出したようです」
結果、デルメーデ九体の魔石、鎌が一八。顎の武器も一八である。
「判った。個体の集まりではなく、群れがいる様だな」
「そのようでした」
二日目以降の分は私が報告。
「二日目は、デルメーデが、出た、場所で、ガルゲングスンが、二体、出ましたが、逃げられました。舌を、斬りましたので、当分、出ては、来ないでしょう」
「なるほど」
ヨニアクルス支部長がそう言って頷いた。
「それから、北に、進みました。湖に、向かって、下っている、場所が、あります。そこでは、アーリンベルドが、一体、出まして、全員で、討伐しました」
「そうか」
「三日目。初日に、デルメーデが、出た、場所です。最初に、一体、続いて、七体も、出ましたが、後ろの、三体は、少し、違っていました」
「どう違ったのだね」
「一体だけ、少し、大きい、個体でした。たぶん、レハンドッジと、傾向が、同じなら、女王、だと、思います。左右に、それを、守る、個体が、いました。斃せたのは、最初に、出た、一体と、集団で、来た、うちの、四体でした」
「なるほど。三体は逃げたか」
「はい」
「相変わらず、多いな」
ヨニアクルス支部長はそんな事を言い、右手で右の耳たぶを引っ張った。ユニオール副支部長は目を細める。
回収したのは、五体の魔石、鎌が一〇。顎の武器も一〇である。
「先に進むと、アーリンベルドが、出た場所で、ペラヌントが、二体、出ました。斃したのも、二体です」
回収したのは二体分の魔石。
「四日目。やはり、ペラヌントが、同じ場所で、出まして、最初は、四体」
「ほう。最初は、と言う事は増えたのだね」
ヨニアクルス支部長は、顎に握った右掌を当てた。
「はい。五体が、現れまして、九体に、なりました」
「多いな」
ユニオール副支部長は腕を組んでそう言った。
私は頷いた。
「その時に、ガブベッカが、出まして、ございます」
「そうか」
「この、ガブベッカの、目に、弓師の、二人の、矢が、当たりまして、左目を、潰しましたが、手の、付けられない、暴れ様で、ございます。この時に、ペラヌント、一体が、踏まれて、即死、したようで、ございます」
「そんなに暴れたのか」
「はい。それで、魔石、一個を、回収しまして、戻ろうと、した時で、ございました」
二人が同時に頷いた。
「名前も、判らぬ、灰色の、獣が、遠くの、草叢の、隙間から、こちらを、睨んで、いたのが、判った、のです」
「……」
「一瞬で、三人が、痙攣して、倒れました。私は、魔獣に、向かって、いたのですが、光る、球が、魔獣の、角から、でて、五人が、倒れました」
「うむ」
「私は、魔獣と、戦いになり、最後は、魔獣に、小剣を、投げつけて、胸に、当てました。それから、いつも、使っている、短剣も、投げて、当てました」
「それで、あとは全員を回収して、魔獣は引きずって来たのだね」
「はい」
「そうか。まあ、これでデルメーデはほぼ駆逐したか。女王が逃げたそうなので、また増えるだろうが、相当時間がかかるだろう。ガブベッカは斃せなかったと言うが、片目を失ったというので、恐らく傷が癒えるまでは、水辺から陸に上がって人を襲う事もあるまい。それと、エフィムーズだ。まさか、こんな危険な魔物があそこに生息していたとは、思いもよらなかった。だが、ヴィンセント殿が斃して来た。十分だろう」
ヨニアクルス支部長は私とユニオール副支部長のほうを交互に見た。
「ヴィンセント殿が、討伐に加わると、いつもこういう数になるのですかね。ヨニアクルス支部長殿」
「うむ。私は簡単な報告しか見ていないが、カサマの街道でも街道掃除を兼ねた討伐は相当な数が出たそうだ。彼女はどういう訳か、狙われやすいようだな」
ヨニアクルス支部長がそういうと、ユニオール副支部長は腕を組んで唸っていた。
そこをあまり突っ込まれると、何らかの説明が必要になる、可能性があるのだ。出来れば、そのままスルーして欲しいと、心底思った。
……
「それと。ヴィンセント殿が気に病んでいるようだが、第三王都支部の隊員たちは全員快方に向かっている。あと二日もすれば、麻痺で倒れた者たちも荷馬車で王都に戻れる。重症だった三名も、ミュッケ殿が命は心配ないと言っていた。前日も言ったが、ヴィンセント殿は出来る事を全てやった。それは望みうる最高の結果だったのだから、胸を張って王都支部でも報告して欲しい」
「今回、私の報酬分を、大幅に、削って、傷病者に、割り当てて、下さいます様、ここで、お願いします」
それを聞いて、ヨニアクルス支部長は目を閉じて少し考え込んだ。
「判った。ヴィンセント殿。それで貴女の気が済むなら、そうしよう」
それから、ヨニアクルス支部長は、床に積み上げられていた魔物たちの遺物を眺めた。
「今回の魔石やその他の遺物は一旦、このガルア支部で預かって計算する。計算が終わったら、それは第三王都支部に、正式な討伐証明として、私の名前で送っておこう。報酬分を私が決めてもよいだろうか」
ユニオール副支部長は黙っていた。
「ユニオール副支部長殿。第三王都支部討伐隊長として、何かあるだろうか」
少し、間があった。ユニオール副支部長は即答しなかった。
……
「いえ。今回は私が初日に負傷して離脱したため、殆どをヴィンセント殿が行っています。魔物の攻撃を十分躱せなかった私が、不甲斐ない。そんな私が討伐隊の隊長として、通常の報酬を要求するのは、些か厚顔に過ぎましょう」
「ふむ」
「ここは、ヨニアクルス支部長殿の判断と分配の指図にお任せしたい」
「そうか。判った。少し時間をくれるか。魔石と遺物の数も多い。エフィムーズに至っては、角と牙以外に尻尾もある。これらに関しては薬師ギルドに訊いてみないと、どんな価値になるのかすら分からない。なにしろ、王国の槍以外でアレを斃したのは、第三王都配下では初めてではないか?」
「記録を見直してみる必要がありますが、少なくとも、私の記憶にはありませんね」
そう言いながら、彼はズボンのポケットから、だいぶ大きな魔石を取り出した。
「これです」
それは平べったい、灰色で楕円の魔石。中央には白っぽい渦巻きがあった。
「これは、私が解体しました。初めて見る物ですので少し観察するために、私が手元に置いておきました」
彼はそれをヨニアクルス支部長に手渡した。
「これか。だいぶ大きいな。どれ程の物か、魔法師ギルドと相談してみよう」
「では、今日はここまでとしよう。今日、すぐ戻るのでなければ、明日、ここに寄って貰えるだろうか、ユニオール副支部長殿。今回の討伐依頼完了の書類を用意しておこう」
「判りました。明日、ここに立ち寄ります」
すると、ヨニアクルス支部長が私の方を見た。
「ヴィンセント殿。ありがとう」
まだ何か言いたそうだったが、私は深いお辞儀だけして、そこを後にした。
で、廊下を通ってロビーに行く。
支部を出ようとすると、待ち受けていたらしいカー隊長が私に敬礼。
「ヴィンセント殿。あの物凄い振動は、何だったのか、教えて頂けませんか?」
「あれ、ね。あれは、ガブベッカが、暴れたのよ。弓矢で、片目を、失って、大暴れ、した訳」
「そうだったのですか。野営地にまで、その振動が来まして。水面がかなり酷く波立ち、漁師の方々は船を一度、陸にあげたくらいです」
そうか。局地的な地震のような状態になり、震源から南に離れた場所にある野営地も揺れたし、その近辺の水が弱い津波のようになったのだろう。
私が覚えている範囲では、水位の上昇などは見られなかった。
「その後に、笛が二度、聞こえました。これは絶対に、何かあったのに違いないと思いまして、設営護衛部隊を全員、向かわせたのです」
「ええ。助かったわ。私、一人では、運べませんから」
「ですね。とにかく東岸の怪異が片付いて良かった。これで暫くは湖の方も安静でしょう」
「そうね。ガブベッカは、傷が、癒えても、暫くは、来ない、でしょうし、デルメーデが、あの群れの、状態に、なるには、かなりの、時間が、かかると思うわ」
「これで、暫くはカーラパーサ湖の北岸の警邏に集中できますよ」
「何時もは、そちらが、主体、なのね」
「そうですね。今回の様なアガワタ河周辺の討伐など、滅多にある事ではありません」
そんな会話をしているとユニオール副支部長がやってきた。
「ヴィンセント殿。もう、出発してしまったかと思った」
「いえ。今日は、一日、この街に、いて、明日、戻ろうと、思っていました」
「ああ、それならちょうどいい。初日に宿泊した宿に泊まれば、出るときの署名は一筆、支払いはガルア支部と書いておけば、宿の方にも話が通っているそうだ。で、朝一番でここに来てくれれば、荷馬車で帰れる。それでいいかな」
「はい。判りました」
明日、朝一で一緒に荷馬車で、第三王都支部に戻ることになる。
初日に泊まった宿に行けばいいというので、その前に鍛冶ギルドへ行く事にする。
「ユニオール副支部長殿。この街の、鍛冶ギルドの、場所は、御存じですか?」
そこにカー隊長が口を挟んできた。
「ヴィンセント殿。鍛冶ギルドの事務所なら、すぐ近くです。私が案内しましょう」
「助かりますわ。それでは、ユニオール副支部長殿。また明日」
軽くお辞儀して、ガルア支部の外に出る。
カー隊長はどんどん歩いて行くので、ついて行く。
冒険者ギルドのあった場所から、さほど遠くもなかった。
しかし、小さい建物だ。
「ここです。ヴィンセント殿」
「ありがとうございました」
「いえいえ。それでは、私は戻ります」
「はい」
さーて。何時もなら首に付けている鍛冶標章がないので、鍛冶ギルドに入れるかどうかすら怪しいのだが。
入り口の扉を開けて、まずは名乗る。
「こんにちは。私は、冒険者のマリーネ・ヴィンセントと言います。責任者の、かたに、会えますでしょうか」
そこに居たのは、色黒のひょろっとした男性がいた。
「何の用だ? あんたは」
「空いている、工房の、事で、相談が、ありますの」
「鍛冶師の標章は?」
「今は、これです」
冒険者の階級章を見せると、男の表情が一変した。
さすが、白金の階級章。
男の喉が音を立てる。
「白金の冒険者殿とは……。思わなかった。奥にどうぞ。支部長がいます」
男の態度は豹変していた。
まあ、いい。入れて貰えた。
「はい。それでは、奥に、入らせて、いただきます」
そこに居たのは、濃紺の作業着を着た、しわくちゃの老人。
とりあえず、挨拶だな。
「私は、冒険者にして、独立鍛冶師のマリーネ・ヴィンセントと、いいます」
「ほうか。儂が、ここ、ガルアの鍛冶ギルドの責任者になっちゅう、デクラン・ドーンぢゃ。今日は鍛冶標章、持ってねぇのんのかぇ」
かなりの老人。やや訛りがあるようだ。意味は分かるがこういう訛った喋りの人は、ワダイの村にもいなかった気がする。
彼の背丈は、二メートルには全然満たない。
髪の毛は焦げ茶に白髪が混ざっていた。顔の彫りは深いのだが、やや丸顔。
顔は完全に鍛冶熱焼けしていて、赤銅色の肌。
老人は、椅子から立ち上がると、こっちによろよろと歩いてきた。
少し腰も曲がってるな。こういう老人をどこの事務所でも見たことがなかった。
老人は中腰で私を見つめている。
「冒険者として、討伐任務に、来ていました。その、帰り、なんです」
「ほほ。その首に付いちょう、金属が普通ぢゃなか」
そういって、老人はからからと笑った。
「まあ、その剣を置いて座りなはれ。白金のお嬢ちゃん」
私は背中の剣を降ろし、勧められるままに椅子に座る。
老人はまたよろよろと、先ほどの席に戻った。
「実は、一軒家で、水車の、付いた、鍛冶小屋を、探しています」
「ふむん?」
「私は、独立鍛冶師に、成れたので、今は、標章を、持ってきて、いませんが、今後は、一人で、鍛冶も、やろうと、思うのです」
「おまえさん一人で、かぇ。おまえさん。そんの背丈ではきっついなるでぇ。どっかの工房、へぇった方がよくないかぇ?」
「風を、ずっと、送る事、さえ、出来るのなら、一人で、全て、出来ます」
「おまえさん、どこん支部、いるのだぇ」
「第三王都、です」
「ふむん。このガルアの北ん方、もう無人になっちょう鍛冶工房があるだ。そこにゃ、優秀な鍛冶師がおっちゃがのぅ。あんの周りは魔獣もでるでなぁ。いい加減、歳だで、あんな外れで叩くのはもう無理っちゅうことで、そいつは返したんだわ」
「返したって、いうと、どこにですか」
「第三王都の中央に、ぢゃな。ここいらの街ん中ならともがぐ、街ん外の物件、須らく、みな王都の管理であるべき、なのぢゃ」
「そう、だったのですか」
「ま、中央商業ギルドに話を通すんが一苦労ぢゃが、これをせんとな。なんも始まらんのぢゃわ。それと、借主登録が、必要ぢゃな」
「元の借主は、何という方、でしたか?」
「ケラム・ブリッカーいうのぢゃ。ブリッカー鍛冶工房ぢゃな。今はこん街ん中あるんぢゃが」
「ということは、移転前の、で訊けば、いいのですね」
「ま、そういうこっちゃな。お前さんが独立鍛冶師だっちゅーのなら、中央も厭な顔はせんぢゃろ。そんれより、おまえさん、ちゃんと金はあるんぢゃろうな?」
老人が鋭い眼光で私を見つめる。
「は、はい。冒険者として、貯めてきた、資金が、あります」
「おまえさん、本当にやるっちゅうんなら、あんの工房も使わんくなって、だいぶ経っとうで、あれも、だいぶ荒れちょうぢゃろ。直すんに金もかかるんけぇが、それはそれ。直すんに、人手もかかっちょう。それも、おまえさんの差配ぢゃな。それができひんと、あそこは使えんのぢゃ。今は、ほれ。船で大工が出払っちょうでな。先に見た方が、ええかもしれんな」
「判りました。ありがとうございました」
「いんや、いんや。もう儂の様な老人に出来るこっちゃ、こげな事くらいぢゃ。もう、鍛冶の鎚もようよう持ちあがらんぐてなぁ。おまえさんは、これからぢゃ。気張りぃや」
そういうと、老人はにかっと笑った。
私は、剣を背負い直す。
「はい。それでは、失礼します」
深いお辞儀をして、この鍛冶ギルドの事務所を出た。
だいぶ訛った老人の話だったが、要するに第三王都に戻って、中央商業ギルドに話を通して、今は壊れかけかもしれないが、水車付の工房を借りる契約をすればいい。直すのもその時に、か。直すのはこっち持ちらしいな。
要するに、物件管理とか、そう言うことじゃなく、王都は土地の借地権だけ、管理しているという事だな。ああ、それと違法建築かどうかとか、そういうのもあるのか。まあ、街から離れた工房だし、煙突は問題ないだろう。
あの工房っぽい建物は遠くから見たが、完全に倒壊寸前という風には見えなかった。
とにかく、徹底的に直せば、使えそうだ。
まあ、確かに老人が言う通り、大工が船の方に持って行かれている可能性が高い。
直すのに人出がいるとなると、それを確保できるのかどうかだな。
自分でやれそうなら、全部自分でやるのだが、流石に水車が壊れてるとかだと、私の身長では色々厳しすぎる。そこはもう、外注で直してもらうしかない。
しかし、水車があって、鍛冶をするのに昼夜を問わず叩いても迷惑にならない場所として、あそこは十分だ。
私にとって理想的な工房かどうかは、あとは、実際に見てみるしかない。
かかる金額の多寡は、問題ではない。
自分の作業場所が確保できるかどうか。場合によっては、今後の終の棲家になるかもしれないのだ。
そうであれば、自分で必要なものは全部自分で作って行けばいい。
あの山の村でそうしたように。
つづく
討伐報告の後、鍛冶ギルドの支部に立ち寄って、街の外にある、水車付鍛冶小屋について尋ねてみるマリーネこと大谷。
どうやら、放棄されて、廃墟になっているらしい。
次回 魔物討伐その後2
宿に行くとミュッケから、思わぬ指摘を受けるマリーネこと大谷。
そして、何はともあれ、第三王都に帰ることにしたのだった。
今回は、何か酷く気疲れしたのだった。