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297 第21章 第三王都と西部地方 21-7 水辺の魔物討伐5

 翌日も副支部長抜きで、討伐の指揮をするマリーネこと大谷。

 何が出るのか、予断を許さない状況が続く。


 297話 第21章 第三王都と西部地方

 

 21-7 水辺の魔物討伐5

 

 翌日。討伐四日目。

 起きてやるのは、ストレッチからのルーティーンだ。

 今日は曇り。雨が降るような天気ではないがすっきりした朝ではない。

 

 さて、今日も九人で討伐だ。副支部長の胸骨のヒビはまだ、繋がっていない。

 いくら金階級の独立治療師でも、そんな短期間には治療を終えられないのだ。

 この世界の治癒術は、万能魔法ではない。

 

 さて。ガルア支部の若手が起きて来て、中央の火を熾し、料理を始めた。

 

 ガルア支部の若手が作る食事は、今日もいい匂いがしている。

 

 そして、何時ものように、朝食を終えて整列。

 野営地を出発する。

 

 ……

 

 風は微風。今日の朝は南からだ。

 川を渡って、やや早足で先を急ぐ。だいぶ北の方まで偵察しなければならない。

 

 デルメーデとやりあった場所を越えて、鰐擬(わにもど)きもとい、アーリンベルドが出た場所まで行くが、何も出ない。

 

 いや、またしても背中にぞくぞくする反応がある。

 昨日の反応と全く同じだが、ぞくぞくする感じがやや強い。複数出るのか。

 確認のために、片膝をついて、左掌を地面に付ける。

 

 これまた、水辺の方か。

 

 「全員、警戒! 魔物、います」

 

 全員、抜刀した。ルルツとテッシュが弓に矢を(つが)える。

 私も大きくお辞儀する格好でミドルソードを抜く。

 

 もう、全員が坂の下の水辺を見つめている。

 

 すると魔獣が、水中から伸びている背の高い、長い葉の草を大きく揺らし、掻き分けて岸に上がった。

 一体では終わらない。ぞろぞろと四体が岸に上がって、坂を上ってくる。

 

 ルルツがペラヌントの顔に向けて矢を放ったが、甲高い金属音を立てて矢は弾かれ落ちた。

 たぶん、目を狙ったのだろう。しかし、相手はそれを感知し、体をちょっとずらした上に、狙われていた左目だけ瞼を閉じた。矢はその左目の瞼の少し後ろに当たったのだった。

 

 「全員、下がって! 散開!」

 

 ペラヌントの背びれのようなものが波打ち、尻尾をこちらに向けると、一斉に棘の攻撃が始まった。

 これは、前日の様にはいかない。

 

 さらに、全員後退。

 広い場所でやらないと、こちらも攻撃がしにくい。

 

 ルルツとテッシュが弓を放つが、目には当たっていない。

 矢はこいつらの皮膚に刺さる事はなかった。

 

 すると、魔物の一体が奇妙な鳴き声を上げた。

 他の魔物たちもそれに応え、首を上にあげるや、奇妙な鳴き声。

 そして一斉に足を踏み鳴らす。

 

 何なんだ。これは。

 

 それが終わると魔獣たちは棘を飛ばしてくる。それほど飛ぶわけではないが、それでも六メートルから七メートル程度は飛ぶ。

 

 棘を躱して、一気に口の中に剣を突っ込むというのは、簡単ではない。

 

 そうこうしていると、水辺の長い草たちが揺れてペラヌントが顔を出した。

 三、四、五……。

 どんどん顔を出していた。その魔物らが水辺から岸に上がってくる。

 彼らの体表面が水できらきらと輝いていた。

 

 不味い事になった。

 硬い敵で弓が役に立たない。

 あの棘の攻撃でなかなか近寄れない。

 

 下手に近寄れば、あの長い舌に巻かれ、喰われるだろう。

 いくら何でも九体の内、四体、五体に狙われてそれをすべて躱して、硬い鱗を持つ相手を全て斬り斃すというのは、無理であろう。

 

 水辺から上がったペラヌントたちは、先にいた四体に混ざった。

 

 その九体の魔物の黒い瞳が一斉に私の方を見ていたのだ。

 

 再び、彼らの背中の長い背びれの様なものが波打ち、それが垂直になったり、後ろ向きに倒れたりしている。

 

 と、その時だった。背中に激しい震えが走る。

 頭の中で警報が鳴り響いていた。

 

 何が出たのか。ただ、今目の前にいるペラヌントの群れが単なる雑魚になってしまうような魔獣か魔物が出たのは間違いない。

 

 「全員、下がって! さらに、出ます!」

 

 岸より少し離れた水上で、急に水が持ち上がる。

 岸辺に波が打ち寄せた。

 

 そして大量の水を持ち上げ、四角い巨体が現れた。

 四角い頭。大きな、しかし短い耳。ぺたっと体に密着していたかと思うと、ぱたぱたとそれを動かす。

 顔が完全に水上に現れた。

 そいつは岸に上がると、大量の水が流れ落ちた。

 

 七メートルくらいはあるか。大きいな。体高も三メートルはあるだろう。確かに箱の様に長方形の魔物だ。これはもう、教えて貰わなくても、ガブベッカだと判った。打ち合わせで聞いた大きさより、かなり大きい。成長してここの(ぬし)になっているのか。

 

 そして、例によって六本脚。どいつもこいつも六本脚が多いな。

 

 出てきた魔物は辺りを見回す。

 巨体に似つかわしくない、小さな目。

 その巨体は、地面に足をめり込ませながら、坂をゆっくり上がって来た。

 集団となっていたペラヌントのうち、一頭が蹴とばされ、地面を転がる。

 ペラヌントたちは、奇妙な鳴き声を上げ始めた。

 

 蹴り飛ばされたペラヌントは、急に水辺の方を向くや、走り始めた。

 あっという間に水辺の草叢に消えて行った。

 

 その時にガブベッカは大きな口を開けた。

 すかさず、オーバリがその大きな口を目掛けて、突っ込みながら剣を突き出したが、口が閉じられて、オーバリは剣ごと突き飛ばされる。

 オーバリから、押し殺したような声が上がった。彼が地面を転がり、草叢を薙ぎ倒していく。

 

 ルルツはすかさず矢を放った。

 しかしガブベッカは目を閉じ、分厚い瞼に防がれて矢は眼球に届かない。

 再度ガブベッカへオーバリが向かったが、逆にガブベッカが突進。

 オーバリの剣がへし折られ、オーバリは突き飛ばされた。彼が再び草叢に転がる。

 

 ヤルトステットも剣を口に向けるが、それは大きな牙に当たり、牙を少し削るも、突き飛ばされた。

 

 「オーバリ殿! ヤルトステット殿! 大丈夫ですか!」

 オーバリは、何とか起き上がり、折れた剣を握ったまま、右手を持ち上げた。

 倒れたヤルトステットの所にヒスベルクが向かい、カバーに入る。

 ヒスベルクが剣を構えていると、ヤルトステットもどうにか立ち上がる。

 

 「オーバリ殿! これを! 受け取って!」

 私は、自分のミドルソードを彼の方に投げる。

 

 それから、深いお辞儀の姿勢で鉄剣を抜く。

 

 ガブベッカは、こちらに向かってくる。地響きを立てて。

 もう完全にペラヌントは雑魚になっていた。何故なら、ガブベッカは少し顔を下げると、左右に振ってそこに居たペラヌントたちを突き飛ばしたのだ。

 ペラヌントとて体だけでも三メートル以上はある巨体である。

 それをあっさりと、邪魔物はどけ! とばかりに左右に突き飛ばし、こちらに向かってくる。

 

 突き飛ばされたペラヌントたちから、奇妙な鳴き声が上がり、そいつらは水辺の草叢に向かって行った。

 

 突進してきたガブベッカ。

 私は何とか横に回って躱したが、ガブベッカの速さは予想以上だ。

 こいつが走るだけで、地震かと思うほどの地響きと振動がある。

 そしてあの大きさで何という身のこなし。

 

 ガブベッカはまたしても突進。私はとにかく躱す。

 もう地面はあちこち、こいつの足跡で凹んでいた。

 

 すると北側に行ったガブベッカが大きく口を開けた。

 何かの球を作ろうとしている。そこにテッシュが矢を放つと、奴は素早く口を閉じる。

 私はその隙に急いで走り寄って鉄剣を横から当てたが、甲高い音がしただけだ。

 口の外にはみ出している牙が折れたが、剣はそれ以上中には切れ込めなかった。

 手が痺れそうなほどの振動と衝撃。

 鉄剣の刃が割れなかったのは、殆ど奇跡と言っていいだろう。

 

 再び、ガブベッカが大きな口を開け始めたところに、テッシュの矢が放たれる。

 閉じようとしたその瞬間に、ルルツの矢が左目に刺さっていた。

 口を閉じて無効化されるのは承知の上、時間差で奴の注意を逸らせて、目に当てる作戦だったのだ。

 

 ガブベッカの頭が大きく動いて、天を見上げるような形になった。

 そこへ続けてテッシュの矢も左目に刺さる。もう瞼を閉じる事も出来ない。

 眼球が潰れ、そこから血が流れだしていて、ガブベッカはものすごい足踏みをした。そして吠えた。

 

 私は立っている事が出来ない程の振動が来た。鉄剣を地面に挿して、それを支えにして耐える。耳も張り裂けそうだ。

 他の隊員たちも転んだり、伏せたりしている。そして両耳を塞いでいた。

 

 もうこの状態では、振動が酷く弓も打てないだろう。あの二人も転んでいた。

 

 ガブベッカは私の方に向かってくるのかと思ったが、そうはならなかった。

 足踏みをしながらぐるぐる回る。

 周りのペラヌント一頭が、その足踏みに巻き込まれ、悲鳴を上げたがぺちゃんこに潰されていた。

 

 ガブベッカは急に湖岸の草叢に突っ込む。そして、湖に逃げこんだ。

 物凄い水の音がして、奴の体が水中に沈んだ。みるみるうちに、かなり遠くまで泳いでいったのがわかった。何しろ大きな波が長く長く伸びていたからだ。

 

 その隙にペラヌントも逃げる。

 奴らは次々と水辺に向かい、飛び込んでいった。

 

 ……

 

 戦いは唐突に終わった。

 

 誰も、一言も発することはなかった。

 

 ぺちゃんこに潰されているペラヌントを見に行く。半分近くは地面に埋まっているため、外形を留めているが、もう死んでいるのは間違いない。

 口から大量の血を吐いていた。

 

 「ヤルトステット殿。このペラヌントの、魔石を、回収、して、下さい」

 彼は無言で頷き、目の所から切り始めた。

 ルツフェンも手伝い始めた。

 

 頭だけ、地面から少し持ち上げるようにして、顎の下に剣を差し込み、埋まらないように固定して、頭蓋骨を横から切って行く。

 反対側も切っていき、脳髄をそこから零して、魔石も地面に落とした。

 

 「隊長殿。これは、どうしますか」

 ルツフェンは、この半分ほど埋まっている魔獣を指差した。

 どうするもこうするもない。ここから掘り出して水辺に投げるのは、手間がかかり過ぎる。

 放置していくしかあるまい。

 

 「放置するしか、ないでしょう。埋めるのも、道具が、ありません」

 全員が頷いた。

 

 私は、魔獣の下の横に行き、肩膝をつき、剣を下に置く。

 両手を合わせて、目を閉じる。

 「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」

 小声でお経を唱える。

 私たちが斃したわけではないが、ここに出てこなければ死ぬことはなかった。

 運の無かった個体だ。他の奴らは逃げたのだから。

 

 辺りにはもう魔物の気配がない。

 「では、少し、休憩」

 

 水を飲んで休憩し、鉄剣を背中の鞘に戻す。

 他の隊員たちも、水を飲んでいる。

 少し休んだ。

 

 よし、もういいだろう。

 「全員、起立。撤収、します」

 撤収を命じて列を作った。私は殿(しんがり)だ。

 

 戻ろうとしたその時に、背中が反応した。

 それはもう、寒気を通り越して震えるような違和感。

 頭の中でがんがん警報が鳴り響き、ただならぬ危険を知らせている。

 

 間髪入れず、しゃがんで左掌を地面に付ける。

 北側だ。

 

 私は急いで立ち上がった。

 「全員、北側! 注意!」

 

 私は仕舞ったばかりの鉄剣を抜いた。

 何か、やばい。

 

 今までと違う!

 北側の草叢の向こう側、何かが、いる。

 

 それも、さっきのガブベッカよりやばいやつだ。

 

 気配のある方向を見極める。

 少し遠くの草叢に、灰色の獣がいる。

 

 豹のような顔。大きな耳が左右についていて、耳の上に長い細い毛が垂直に伸びているのだが、これは黒。そして、その毛はなにやら揺れている。

 

 大きな牙。上下左右で四本。額には大きな角が二本ある。

 顔の下、胸の辺りが僅かに見えるが、灰色の迷彩。以前の世界なら都市迷彩と呼ぶべき、灰色と白、そして黒だ。ただし直線的ではない。どちらかと言えばウッドランドパターンを灰色と白と黒で構成したような迷彩なのだが、なぜ、緑や茶色、青とか赤ではないのか。

 それは、判らない。魔物なりに何か理由があるのかもしれない。

 

 魔獣は、低い姿勢だったらしく、立ち上がった。

 ゆっくりと、歩き始めこちらに向かってくる。

 

 その時に、肘に大きな白い刃が見えた。爪の様な素材によるものだろうか。

 そして、急に魔獣が空に浮いた。

 肩のあたりに羽があったのだ。浮き上がると長い尻尾があって、その尻尾にも羽が多数付いていて、羽ばたいていた。

 

 それは、ほぼ音もなく滑るように草叢の上を滑空して、やや上空に上がる。

 脚は六本だ。

 体毛は尻尾に至るまで全て灰色を主体とした都市迷彩のような柄だった。

 腹だけが真っ白だ。

 

 それは、いきなり飛んできて、何か霧のような物を撒いた。

 そこには三名がいた。オーバリと銀階級の二人。彼らは急に泡を吹いて、痙攣しながら倒れた。

 

 すかさず、ヤルトステットが左手で鼻と口を覆いながらカバーに入り、三人の前に立った。

 

 何が起きたのかすら、判らないが、不味い事が起きている。

 

 豹の様な魔獣が、まるで笑ったような顔をした。

 

 頭の中で警報が鳴っていたが、それが更に大きくなった感じだ。

 危険だ。

 

 鉄剣を構え、私は魔獣に向かう。まだ距離が少しある。

 奴は空中だが、届かない事は無いだろう。剣を左後ろに。ここから一気に右上に斬り上げて、奴を地面に下ろす。

 

 魔獣が急に二本の角を光らせ、角の間に光る球が発生。

 暫くすると光る球は大きくなり、それが飛び出してきて一行の真上で破裂。光の粉になった。

 

 風は今や微風ながら北東からだった。

 その時、私は魔獣の近くにまで迫っていた。

 

 後ろで、草叢に倒れる音が次々と聞こえる。

 私以外の五人が麻痺したのか、それとも即死だったのか。彼らは声も上げず、動いてすらいない。

 何が起きたのか判らないが、早く斃さねば。

 

 左下から右上に剣を払う。しかし、魔獣の動きは速く、鉄剣を躱す。

 魔獣はそれほど、上昇もしないが、動きは早い。

 向かってくる魔獣を躱しながら鉄剣を振るうが、何度も躱されてしまう。

 

 魔獣は低空飛行を得意としているのか。殆ど羽ばたきもせずに、浮いていて滑空する。

 そして前足で攻撃してくる。前足の肘の所にある刃だ。これがさっきより長くなっていた。

 それを鉄剣で打ち合わせる。

 空中に浮いた魔獣の刃との戦いになった。

 

 だが、相手の動きに合わせて剣を振るっても、肘の刃で合わせられるか、躱されてしまうのだ。

 あの、蜥蜴男。そう、山で出会ったラドーガを思い出した。

 あの時は、ブロードソードとダガーの二本で合わせたが、あいつの肘の刃はまさに二本の刀だった。

 

 突きに切り替える。

 鉄剣で突いていくのだが躱されてしまう。

 そして長い尻尾が前方にまで曲がってきて、鉄剣を叩き落とされてしまった。

 

 羽の多数生えた尻尾の力はすさまじく、あれが当たれば、吹き飛ばされるくらいでは済まないだろう。

 私は、クレアスを抜いた。

 

 相手の尻尾攻撃をクレアスで受け、躱す。これでは鉄剣を拾い上げる隙もない。

 魔獣の尻尾は異様なまでに長い。いや、最初の時より伸びているのだ。

 その尻尾攻撃で、次第に私は魔獣との間に距離が出来始めていた。

 

 どんどん、引き離されていく。

 

 もう、魔獣との間はかなりの距離だ。あの尻尾を何とかしないと、こちらの攻撃が通らない。しかし、鉄剣は叩き落とされて、だいぶ遠い所にある。

 

 どうすればいい。

 

 その時だった。

 

 灰色の豹の様な魔獣は再び角を光らせ、光の球が出来始めていた。

 あれが上で破裂したら、助からない。恐らく。

 みんな、あれの攻撃で一瞬にして倒れたのだ。麻痺だったのか、即死だったのか、判らないが。

 

 このままでは、殺される。

 ここで、終わるのか。

 

 こんな所で。

 こんな所で、死ぬのが私の運命なのか?

 

 (いな)。 否!

 降りかかる火の粉は、断じて、振り払わねばならぬ。如何なる理由(わけ)あれ、こんな所で死ぬ訳にはいかない。

 

 諦めるな。私は、こんな所では、絶対に、死なない!

 私は奥歯を噛み締めた。

 

 「うぉおおおお!」

 私の喉から勝手に唸り声が漏れ出ていた。

 

 魔獣に向けて、走って行く。

 光の球が、揺れながら大きくなっていく。

 

 間に合えぇぇ。

 

 どんどん光の球が、大きくなって、もう限界か。魔獣の顔に笑った様な表情が浮かんでいた。

 もう、発射されてしまう。

 くそっ。あと少しなのに。

 

 剣よ! 届け!

 

 …… その時だった。

 

 相手の動きが……、停止した。突如として。

 二本の角の間に出来上がっていた光の球の揺れる動きも、止まっている。

 

 これが一瞬なのか、何秒続くのか、それも判らない。

 だから、私がやるべきことはたった一つだ。

 

 あと数歩の所だったのだ。

 私はそのまま、少しジャンプしてクレアスを投げつける。それは魔獣の胸に突き刺さった。

 私は下に降りる。

 

 クレアスは、胴体に深く深く刺さっていた。

 

 私は、両手にダガーを抜いた。こいつがまだ生きているなら、止めを刺さねばならない。

 ダガー二本とも投げつけた。それはクレアスの両脇に刺さる。

 まだ血は出てこない。

 最初にクレアスが刺さった場所からの流血がまだない。

 本当に、斃せたのだろうか。

 

 その後の一瞬。急に時間の流れが元に戻った……。

 風が吹いていて、草叢の長い茎が揺れ、掠れた音を立てる。

 

 角の間の大きかった光の球が、急に小さくなっていき、消えた。

 

 そして、魔獣は口から血を吐いた。二度。それが草叢に落ち、草を赤茶色に染めていく。

 

 魔獣の目は、大きく見開かれていた。

 

 魔獣はゆっくりと草叢に落ち、それから横に崩れるようにして倒れた。

 クレアスとダガーの刺さった場所から急に血が滲みだし、毛の色を赤く染めていく。

 魔獣の足が痙攣して草叢を素早く蹴っている。それは次第に、揺れ幅が小さくなっていき、そして止まった。

 

 …… 魔獣は死んだらしい。

 

 私は、またしても、この時間が遅くなるゾーンで救われたのだ。

 いや、今回は遅くなるなんていう物ではない。時間は停止していた。それがなければ、たぶん死んでいただろう。たぶん。

 

 それは、少し複雑な気持ちだった。自分の実力で斃せた訳ではない。

 まだまだ、修行が足りない。

 

 あの時、私はなぜ、ダガーを投擲しなかったのだろう。あっさり避けられてしまうと、思い込んでいたのか。投げもしないで。

 

 ……

 

 私は辺りを見回す。他の全員が倒れている。

 

 先ほどから風が北東から吹き始めていた。

 風はもう微風ではなかった。草叢が大きく揺れるほどの風が吹いている。

 

 どうすればいいんだ。

 こういう時は。

 

 

 つづく

 

 とうとう、討伐対象のガブベッカと対面したが、斃すことは出来なかった。

 そして、謎の魔獣が現れ、討伐隊は全滅寸前の状態に追い込まれてしまったのであった。

 しかし、マリーネこと大谷は、辛うじてその魔獣を殪す。

 あとは倒れている隊員たちを何とかしなければならない。

 

 次回 水辺の魔物討伐6

 隊員たちが死んでしまったわけではないが、誰も起きない。

 マリーネこと大谷は決断を迫られていた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] ほぼ全滅状態⁈ ここから撤退できる目があるのか?ハラハラします。
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