296 第21章 第三王都と西部地方 21-6 水辺の魔物討伐4
偵察を終えて戻った一行。
副支部長に偵察内容を報告するマリーネこと大谷。
296話 第21章 第三王都と西部地方
21-6 水辺の魔物討伐4
野営地につくと、ユニオール副支部長が出迎えた。
「お帰り。偵察隊の者たち」
私は軽くお辞儀。
「ヴィンセント殿。偵察の結果、何か出たのかね」
「ユニオール副支部長殿。お体の方は、大丈夫、ですか」
「ああ、大丈夫だと言いたいが、胸の骨にヒビが入ったらしい。ミュッケ殿からはまだ実戦に出るなと、きつく止められてしまったよ」
「そうだった、のですね」
そこにミュッケがやって来た。
「ユニオール副支部長殿。肋骨が折れなかったのは、奇跡と言っていいのですよ。かなり大きめとは言えヒビで済んだので、日常生活はなんとか普通に出来るはずです」
「確か、デルメーデの、伸びる、顎の、様な、物が、当たった、のでしたね」
「ああ。あれは表面に硬い棘もある。今回は先に剣に当たって、私が後ろに飛ばされてく最中に、もう一つが当たった。だから威力が相当に減衰した状態だったんだ。そうでなければ、当たった場所の肋骨が全部折れて、内臓が潰れている」
彼は淡々とそう説明したが、それはもう即死するという事を意味していた。
「ユニオール副支部長殿。夕食の後で、また薬を塗ります。忘れずに来てください」
「ああ、判った」
彼らの会話が終わるのを待って、私は偵察の結果を説明することにした。
「今回の、偵察ですが、昨日の、デルメーデが、出た場所を、迂回して、先に、進みました」
「ふむ。それで?」
「ガルゲングスン、二頭が、出ましたが、逃げられました。しかし、手傷は、負わせて、います。暫く、何かを、することは、ないでしょう」
「ほう」
「その後に、更に進むと、湖岸に、出る、坂があって、そこを、ヤルトステット殿が、降りて、偵察。すると、アーリンベルドが、水中から、出ました」
「棲息しているのは知られていたが、出たか」
「全員で、何とか、斃しました。魔石は、ヒスベルク殿が、回収しました」
「判った。それで撤収したのだね」
「はい。その通りです。その先に、行くと、もう、戻るのが、夕暮れに、なりそうでした」
「ああ、無理はしなくていい。今日の偵察としては十分だろう。それで、何か判ったことはあるかね。ヴィンセント殿」
あの草叢を歩いていて、ずっと思っていたことがあるのだ。
「どういえば、適切なのか、迷いますが、水中と、比べて、あの草叢は、気配が、なさすぎます。これが、普通なのか、私には、判りません。或いは、何か、強い、魔獣が、あの、草叢の、奥にいて、辺りが、その魔獣の、縄張りに、なっているのかも、しれません」
ユニオール副支部長は、少し考えているようだった。
彼は握った右手を顎に当てて、しばらく目を瞑った。
「判った。ヨニアクルス支部長殿が、態々、貴方を指名した理由は、ガブベッカよりもっと面倒な相手がいるのではないかという予想からだ。今の話を聞くとどうやら、それは杞憂ではないということか」
「まだ、証拠は、ありません。ただ、あの、奥の草叢は、静かすぎます」
すると急にユニオール副支部長は笑い出した。
「はっはっはっはっ。貴女は、何が何でも魔獣か魔物が出ないと納得しないようだな。ガルア支部の北部は畜産の場所だ。だから多数のセネカルやダグ・ゼリンを放牧している。なのであの辺りはかなり駆逐されている。それにその北部は穀物畑だ。王国の軍隊も、あの辺の駆逐は力を入れたはずだ」
うーん。副支部長が言っていることが本当なら、確かに魔物はいないのかもしれない。
東の隊商道のように、魔物が駆逐されていて特に心配ないのか。
何かが引っかかる。
「では、副支部長殿は、水辺の、方が、問題、なのであって、陸地は、さほど、問題では、ないと」
「いや、そう言うわけではないよ。王国の部隊が駆逐したのは、随分前の事だ。アーリンベルドもだいぶ前に駆逐したのに、また棲息している訳だし、新たに何かが来たのかもしれない。実際に奥に行ってみるしかないだろう」
彼はそういって中央の焚火の方に目を向けた。
野営地では、夕食の支度が始まっていた。
中央の焚火は、昨日と違い昼前からずっと火を熾していたらしい。
脇に炭火があった。そしてそこには、多数の魚が長い串に刺してあり遠火で炙られている。
この辺りでは全く見たことがない料理だ。
ワダイの村では干した後、焼き魚にしていた。そうでなければ、生魚は内臓を抜いての塩煮だった。トドマやカサマでは魚醤煮つけだ。それはマカマの方やマリハでも同じだ。
大きな宿では塩釜焼が出たが、あれは特別料理だ。
ここでは干した魚ではなく生魚の姿焼きか。たぶん塩焼きだな。
その作業をしているのは、ガルア支部の若手ではなくあの漁師の船頭たちだ。今日は船頭二人、野営地に残して行ったのだが彼らが少し魚を採って来たらしい。
「ヴィンセント殿」
ユニオール副支部長はこちらを見る事もなく、喋った。
「残念だが、私は明日も出れない。オーバリはもう大丈夫の様だ。そういうわけで、明日は私抜きで、頼む。貴女が隊長だ。副長はヤルトステットにやって貰う。そういう事で頼むよ」
「判りました」
私はお辞儀した。彼が見ているかどうかは判らないが。
炙られている魚の方からは美味しそうな匂いがしてきていた。
夕食は一次発酵した四角のパン。丸のパンが出た人もあるな。まあ、色んな器にパン種をいれて発酵させたのだろう。
あとは、肉の入ったスープ。それと、肉と粉を入れたシチュー。そして生魚の塩焼き。
手を合わせる。
「いただきます」
塩焼きを頂く。相変わらず、名前はサッパリ判らない。
この近くで採ったのだから、アガワタ河の太くなった、あの湖にいるのだろう。鱗がとても細かい。魚の顔は細長い。全体的にほっそりしている。
塩焼きは思った以上に旨味が引き出されていて、びっくりした。
食べながら考える。
今回はあのコモドドラゴンみたいなオオトカゲが、果たして陸上の魔物だったのか、それとも水辺に棲んでいるのか。それにもよるだろう。
何となくだが、あれは水辺に棲んでいて、そこらへんに来る小さい動物を狙っている気がする。
あの、長く伸びる舌で小動物を捕らえているのだろう。
鰐擬きはともかくとして、他に一切気配がなかった。
今までに、こういう事が無かったので厭な予感しかしない。
気を引き締めて行くしかない。いや、いつだって油断した状態で任務をした事など無いが。
考え事をしていると、全てが冷えてしまう。
急いで残りを食べた。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。少しお辞儀。
例によってガルア支部の隊員が私に水を出してくれた。
それも頂く。
みんなはまだ焚火の周りで話をしていたが、私はさっさと自分に割り当てられたハンモックに行って寝ることにした。
翌日。討伐三日目。
起きてやるのは、まずハンモックから下に降りて、剣を持って、外に行く。
桶に汲まれていた水を少し貰って、顔を洗い、水を少し飲んで、まずはストレッチ。準備体操からの空手と護身術。何時ものルーティーンをこなす。
今日は、空は曇天。まだ、薄明るくなり始めたところだが、星空は見えない。
今日の掃討任務は副支部長とミュッケを置いて、他は全員だ。
野営地は、ガルア支部のカー隊長が率いている隊員たちが警護しているから、それは任せればいい。
そして、ガルア支部の若手が起きて来て焚火を起こす。
朝食の準備だ。
今日はパンではないらしい。お粥か。
あとは、野菜と燻製肉を放り込んだシチューと焼いた肉。これはクリンクの塩漬け。
手を合わせる。
「いただきます」
クリンクの塩漬けだが、これは胸肉ではないらしい。味はしっかり出ているが、やや硬い。筋張った場所もある。たぶん足の方だろう。
お粥は例によって魚醤で味付け。
十分、いい味だった。ガルア支部の若手はこういう炊飯に慣れているようだ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。少しお辞儀。
食事を終えたころに、水が出され、それを頂いて少し食休み。
……
あまり日が昇らないうちに出発だ。
船頭三名を加え、一二人で、川岸に向かう。私が先頭。その後ろに、ルツフェン、ヒスベルクがやや後ろで二人が並ぶ。その後ろにオーバリ。
更にその後ろは、ルルツとテッシュ、その横に、ドスとホロ。
その後ろに船頭三人が縦一列。殿はヤルトステットだ。
体形は上から見たら◇の後ろに丁字という形。
川岸で三人と船頭の形で別れて、船に乗り向こう岸。
今日の風は、やや西からの微風だ。草叢の長い葉っぱたちがゆっくりと揺れている。
私を先頭にして、隊形を維持しながら、あのデルメーデが暴れた場所。やや窪み、泥濘んだ場所に向かう。
暫く歩いて、現地に到着。泥濘んだ場所には一昨日の足跡が多数残っている。
多分、水面近くで見ているデルメーデは我々を発見したに違いない。
水面を見る。
と、強烈な違和感が走り、背中に寒気が来た。頭の中で警報が鳴り始めた。
「水面! 来ます!」
私がそう言うのと、ほぼ同時。デルメーデが水面から顔を出し、素早く湖岸にたどり着くや、這い上がって来た。
私は大きくお辞儀の姿勢で鉄剣を抜いた。
まったく、前兆すらなくデルメーデがあの、伸びる顎の様なハンマーのような物を叩きだしてくる。それは真っすぐ、私に向けられていた。
私は一歩左に躱し、鉄剣の横っぱらを斜めにして、当てつつ逸らす。
激しい音が鳴り響き、手に来た衝撃も相当だった。
そこにテッシュが弓を放ち、デルメーデの胴体に刺さる。
デルメーデが暴れ、尻から何かを噴射したが、それは湖岸の長い草にかかった。
デルメーデが暴れている。ルルツが矢を放つと、頭の大分後ろに刺さり、デルメーデの動きは止まった。蹲るようにして、手足が折り畳まれ、それらが小さく痙攣。
そこに、更にデルメーデがどんどん水面から現れて、這い上がってくる。
やばい。数が多い。
「散開して! 後ろに、下がって!」
全員が広がりながら、かなり後ろに後退。
もう、デルメーデが七体もいる。一番後ろの個体だけが、色が違い、更に少し大きい。
トドマの山に出たレハンドッジの時、ああいう個体は確か、女王だと言っていた。これもそうかもしれない。
「弓は、一番後ろの、大きいのを、狙って!」
ルルツとテッシュが、弓を放ったが、それは大きな個体の前にいる二体のデルメーデの鎌で落とされてしまう。
あの二体は親衛隊とか、護衛とか、そういう役目か。
あの後ろの奴らには近寄る事すらできない。
とにかく、手前の四体を何とかして斃してしまわないと、あの女王に近づけない。
オーバリとヤルトステットの二メートルにもなる剣が、それぞれデルメーデの胴体を切り裂いていた。真っ黄色の体液が飛び散り、地面を黄色に染めていく。
ルツフェンとヒスベルクもコンビを組んで一体を左右から翻弄。ルツフェンの剣が胴体に刺さり、止めを刺していた。
私も鉄剣で大きく横から薙ぎ払うと、正面のデルメーデが顎を一気に伸ばそうとしていた。
だが、私の剣のほうが僅かに早かった。デルメーデの上半身が斬れ落ちた。
残った胴体の方から黄色の体液が噴出し、手足が出鱈目に動いている。
地面に落ちた顔の方、顎が伸びていたが、それはもう、ぐにゃぐにゃした筋であり、その先に棘の付いた顎の片割れが二つ、転がっていた。
と、その瞬間だった。後ろの三体が、さっと水辺に戻り、あっという間に水中に入る。その速さたるや、瞬きする間もないほどだ。
もう、ルルツの矢も届かなかった。彼女の放った矢は水面に刺さり、そのまま水面に浮いて来て、ゆっくりと南に流れていく。
戦闘は、唐突に終わりを告げる。
辺りにはこの魔蟲の酸っぱいような体液の匂いが充満していた。
時折、湖岸を渡ってくる西風がどうにかこの匂いを散らしていった。
「全員、待機!」
私は辺りを伺う。気配はない。
たぶん、ここの近くを根城にして水辺に来る人や動物を襲っていたデルメーデの一群は、あの三体だけになったのだろう。
あまりに多すぎても、餌が足りない。
「気配、なし。少し、休憩」
全員がしゃがむ。
それぞれが水を飲み始めた。
私は鉄剣を大きく二度、振るってから、鉄剣の鞘を降ろし鉄剣を仕舞った。
小さなポーチに結び付けて置いた水袋から、少し水を飲む。
この後は、このヤゴの化け物の様なデルメーデの解体だ。
その前に、やることがある。
私は片膝をついて、静かに両手を合わせる。
両目を閉じた。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
小声でお経をあげる。
こいつらが、大挙してここに集まってこなければ、こんなにたくさん斃す事にはならなかったのだが。
それは今考えても仕方のない事だ。
彼ら魔物には魔物なりの理由があるのだろう。
「では、デルメーデの解体をお願いします」
五体の解体だが、そのあいだにルルツとテッシュは、矢を回収していた。
辺りには魔獣の体液の匂いが漂う。
解体中にガブベッカが出る事はなかった。
「では、これらの死体は湖に流します」
明らかに彼らがうんざりした顔をしている。
まあ、重いし、体が千切れている物もある。
私は首に該当する部分を斬り飛ばしたデルメーデの胴体を引きずって、水際に投げた。派手な音がして水飛沫が上がり、辺りが一面黄色くなる。
私はどんどん運んでいき、左から腰を入れて前方に向けて投げる。
ヤルトステットとオーバリが殆ど原型をとどめたままのデルメーデを運んできて、二人で投げ込んだ。
次々とバラバラになった魔蟲の一部が投げ込まれる。
派手な音がして辺りに黄色の飛沫が飛び散り、周囲の水はもう完全に真っ黄色だ。
そして、湖を渡る西風が湖面の水を揺らし、少し波立っていた。
岸辺の周辺は死んだ魔蟲の残骸で埋め尽くされていたが、徐々に水の流れで、バラバラになっていき、ゆっくり南に移動していく。
水上で暫く浮いていた魔蟲の屍体は次第に沈んでいった。
……
さっきまで死体のあった場所は、もう黄色に染まった泥というか、黄色く泥濘んだ場所になっていたが、その黄色も泥の中に染み込んで汚い茶色に変わっていた。。
「全員、集合」
彼らが列を作る。
「では、警戒態勢で、出発」
また私が先頭になって、先に進む。
少し登り。草叢は先日歩いて、だいぶ草が折れているので、私はそこを歩いた。
風はいつの間にか、南から穏やかに吹いていた。
そのそよ風で草叢が揺れていた。
先日、コモドオオトカゲもとい、ガルゲングスンと呼ばれていたオオトカゲのような魔物が出た場所を通り過ぎる。
あれも、そこそこ大きくて、草叢はなぎ倒されている場所が多い。
私と一行は、そこも通り過ぎた。
まだ、魔物の反応なし。
更に行くと、あの鰐擬き、もといアーリンベルドが出た場所だ。
水辺に向かって、下り坂になっている場所。
「ヴィンセント殿。私が見てこよう」
オーバリがそういうと、彼はさっさと下り坂を降りていく。
! 背中が反応している。ぞくぞくするような感覚。魔物の反応だ。
「オーバリ殿! 何か、います! 全員、注意!」
背中のミドルソードをお辞儀するようにして抜いた。
ヤルトステットが前に出る。
そのままだと見えないので、私は位置をずらした。
背中に長い背びれの様なものが付いた、海イグアナの様な大きな蜥蜴魔獣だった。
水の中から、ぬっと顔を出したが、いきなり長い舌を伸ばして来た。
それはオーバリの方にいったが、彼はほぼ横に倒れるかのようにして、躱した。
テッシュが弓で牽制。魔獣は一度水に潜ると、岸にまでやって来て上陸。
体全体、細かい鱗の様なもので覆われていて、水が滴り落ちると太陽光が反射し、光って見えた。体表面の色は黒っぽい鋼色か。
「ヴィンセント殿。あれはペラヌント。背中や尻尾から棘を飛ばしてくるが、口を開けた時がもっとも危険な攻撃。紫色の球を飛ばしてくるが、それが猛毒。注意なされよ」
ヤルトステットが私に教えてくれた。
体長は大体、尻尾まで入れて六メートルくらいだ。陸上の魔獣と比べるとやや大きい。尻尾も二メートル以上ある。
更にもう一体が水中から現れた。
これは私の匂い云々じゃない。ここは魔獣たちの餌場なのか。
水から顔を出したもう一頭の方も舌を伸ばした。
またしてもオーバリのほうにそれが伸びる。
彼は草叢の中を転がりながら躱した。
ルルツとテッシュがオーバリを援護するために弓の連射攻撃だ。
しかし、胴体に当たっても金属的な音がするだけで、矢は下に落ちてしまった。刺さりもしない。
あの鋼のような色の鱗状の皮膚は、そのままやつの鎧になっているのだ。
ヤルトステットが、急に雄たけびを上げて、剣をまっすぐ前に突き出して突進。
大きな蜥蜴魔獣は、尻尾を振り上げ急に前に尻尾を振るってきたが、ヤルトステットの剣は突きから変化。激しい金属の激突音がして、その尻尾を斬り飛ばした。
魔獣から大きな鳴き声が上がると、斬られた尻尾からは大量に流血。焦げ茶色の液体が辺りに飛び散った。
私も、ヤルトステットの横にいくと魔獣の反応は明らかに変化した。
魔獣は私の方をずっと見ているが、尻尾を斬られ、前には出てこない。
後ろの魔獣が岸辺に来て水から上がった。
再び、長い舌。私の方に伸びてきたその舌を斬り飛ばした。
もう私を食べる気満々だったのだろうけど、舌を斬られた魔獣はその痛さで奇妙な鳴き声を上げた。
さっきの尻尾を斬られた魔獣が口を開ける。口の中に紫色の球が生成され始めている、その時。
ルルツの放った矢が、口の中に刺さった。
矢の刺さった魔獣が奇妙な声をあげながら暴れている。
もう一頭の方も口を開けた瞬間に、また、矢が刺さった。
これはテッシュの放った矢だった。
のたうち回る魔獣。岸の土が抉られて泥と化していき、魔獣はもう泥だらけだ。
起き上がって構えていたオーバリが剣を胴に突きたてる。金属が削れるかのような音があたりに響いた。
剣が刺さった魔獣が一瞬体を硬直させ、頭がぶるぶると震える。
手足が痙攣していた。
そして口から流血。真っ黒いような焦げ茶色っぽい血が流れ出ていた。
もう一頭の方はルツフェンとヒスベルクのコンビが、二人揃って左右から剣を突き立てる。これも激しい金属音がした。
ヤルトステットの剣が口に差し込まれ、魔獣は一瞬で絶命した。
手足が出鱈目に痙攣している。
口から、やはり激しい流血。
戦闘は、終わった。
辺りに魔物の気配はない。
私はしゃがみ込んで、静かに剣を置き、両手を合わせる。
目を閉じて、お経。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
この魔獣たちは、いきなり私に向かってきた訳ではなかった。
しかし、出会えば斃すしかない。今回はそういう任務だ。
許されよ。
静かに立ち上がる。私は剣を振るってから、鞘に仕舞った。
「魔石、回収!」
そういうとオーバリとヤルトステットの二人が、あのペラヌントとかいう海イグアナのような魔物の頭に取り掛かった。
かなり、硬い鱗の様なものがあるので、二人は眼球の所に解体用の刃物を差し込み、そこから頭蓋骨を割っていた。
まあ、頭頂部の鱗や頭蓋骨が硬すぎて刃物が壊れるかもしれないから、あれはあれでしょうがないのだろう。
見ていると、やっと頭骸骨を割った所で、透明の液体が噴出し腐った魚の様な臭いがそこから出ていた。
少し噎せる。
彼らは脳味噌を抉って、灰色の魔石を取り出した。
大きさが、あまり大きくもない。体長と比較した時、見合っていない大きさだ。私の親指くらいの大きさしかない。
「ヴィンセント殿。この魔獣は、肉の回収も困難なので、魔石だけがいいでしょう」
オーバリがそんな事を言った。
私は胴体の横を押しながら岸と平行になるようにして、転がす。
残った全員で、もう一頭を押す。
漸く、二頭の魔獣を水の中に押し込んだ。
魔獣から流れ出ていた、やや黒っぽい茶色の血液が辺りを染める。
……
重い魔獣だったので、浮いても来ない。ヤルトステットとオーバリは、剣を鞘に納めたまま棒のようにして、魔獣の死体を少し押した。
水中の魔獣の屍体は、少し押されて深い方に落ち込んでいく。
水が比較的透明度があるのだが、彼らの黒っぽい血液で濁り、たちまち見えなくなった。
「少し、休憩!」
全員を休ませる。
全員が水を飲んでいた。
飲み終えたのを見計らって声をかける。
「では、撤収。私が殿」
隊列を組んで戻るのだが、陸地には魔獣の気配がさっぱりない。不気味なほどに。
そして、この日もガブベッカは出なかった。
つづく
次々現れたデルメーデ。全員でこれを斃し、さらに先に進むと海イグアナの様な魔獣に遭遇。
これも撃退するが、ガブベッカは出なかった。
次回 水辺の魔物討伐5
連日、副支部長抜きで、討伐の指揮をするマリーネこと大谷。
まだ、今回の本命の魔獣は出ていない。