294 第21章 第三王都と西部地方 21-4 水辺の魔物討伐2
朝にいつも行う自己鍛錬。終える寸前、後ろで見ていたものがいた。
マリーネこと大谷は選抜したメンバーで偵察隊を構成して、出発。
魔物の出た、現地へと向かうのである。
294話 第21章 第三王都と西部地方
21-4 水辺の魔物討伐2
翌日。討伐二日目。
起きてやるのはストレッチから、と言いたいがこのハンモックの中ではそれも出来ない。
ハンモックから降りて、そっとクレアスを腰に付け、剣を二本持って外に出る。
外はまだ薄暗く、やや朝靄が立ち込めていた。
見張りの隊員が立っていて、彼はびっくりしたようだった。
「お、おはようございます。ヴィ、ヴィンセント殿」
「おはようございます。私は、朝の、鍛錬、なの。お気になさらずに」
まずは軽くストレッチからの、柔軟体操。
そして、何時もの空手。続いて、呼吸を整えて護身術だ。丁寧に技を繰り返す。
それからダガー二本使った、謎格闘術。
クレアスを使って抜刀。
次はミドルソードで一連の型を一通りこなす。そして鉄剣だ。
縦横無尽に振り回す。空を斬る音が辺りに響く。
大きく振り被って、上段から一気に下段まで振り落とし、地面に刺さる寸前で止める。土埃が舞い上がった。
もっと速度だ。
魔獣を超える速度だけが、私を生き延びさせる。
私には特別な剣技など無い。優遇か何かで、必殺技の一つでもあれば違うのだろうけど、そんなものは、ナイ。
だから。自分の作ったこの剣を自在に振り回して魔獣を斬り斃す。
そのために、更に速度を上げる。
私は、いつまで冒険者を続けるのかは判らない。ただ、私が冒険者であろうがなかろうが、私の体から出ている匂いは魔物たちを惹きつけて止まない。
私がこの世界で生きて行くのなら、降りかかる火の粉は自力で払わなければならないのだ。
黙々と剣を振る。時に突き、時に頭の上で剣が回った。
威力を求めるなら、ほぼ真後ろからの回転斬りだ。ただ、隙が生まれてしまう。出来るだけ隙が出来ない回転に抑える必要がある。
私は右から、左から、剣を振り回していた。
ふと、人の気配がした。
剣を納める動作。軽くお辞儀。
「ヴィンセント殿。朝から精が出ますな」
振り返ると、後ろに立っていたのはヤルトステットだった。
私は鉄剣を実際に鞘に納める。
「おはようございます。ヤルトステット殿」
「ああ。おはよう。ヴィンセント殿。随分と熱心ですな」
「何時もの、事ですわ。ヤルトステット殿」
彼を見上げる。
「朝食を、終えたら、偵察隊は、集合、です。それまでは、ゆっくり、していて、下さい」
「ヴィンセント殿は、他の隊員に訓練しろとは言わないのですな」
「曲がりなりにも、銀階級にも、なっていれば、自己管理と、自己鍛錬、です。怠れば、命を、落とす。それは、皆、分かっている、筈ですので」
ヤルトステットがニヤッという顔をした。
もう、周りは明るくなり始めている。日の出はまだだ。
ガルア支部の男たちが天幕から出て来て、火を熾した。彼らは余程慣れているのだろう。てきぱきと作業が進んでいく。
朝食を作るのだろう。
焚火の周りに革のシートが敷かれた。
男たちは手分けして、料理を作り始めた。
今日はパンらしい。種を作り、それを焚火の近くに置いている。
焼けるほど近くではない。
見極める。三八度。湿度も必要だが、ぬるま湯の入った器の中に、パン種の入った一回り小さい器を入れている。なるほど。慣れているらしいな。
表面が乾燥してしまうと、ばさばさになってしまうからだ。
二次発酵はさせないだろうし、ここで湿気は重要だ。
発酵させている間に、男たちは魚の干物を焼き始め、燻製肉も切り始めた。
燻製肉を沸騰したお湯に入れて、彼らはそこに魚醤や塩を入れて、味を調整している。
今回は魚の干物の炙り焼きと燻製肉の入ったスープと、パンだな。
暫くするといい匂いがし始めていた。
男たちはやや膨らんだパンの種を、次々と焚火の上の網に置いて焼き始める。
そうこうすると、みんなが起きてきた。
「ヴィンセント殿。おはよう」
やって来たのはルルツとミュッケ。
「おはようございます」
「あんたは相変わらず早いね」
ルルツはそういって大きな伸びをしていた。
……
みんな揃って、朝食。
パンは若干硬かったが、まあ問題ない。
朝食は十分いい味だった。
「みなさん。もう暫く、休憩して、偵察隊は、出発、します」
「ミュッケ殿。ユニオール副支部長のほう、よろしくお願いいたします」
ミュッケが笑顔で頷いた。
「ええ。任せておいて」
今日は薄曇り。二つの太陽は、まだ東の方に漸く登り始めたところだ。
「偵察隊、全員、集合」
私は、ミドルソードと鉄剣を背負う。
「昨日、言ったように、昨日の、水辺付近と、その先を、偵察、します」
慌てて、漁師の男がやって来た。オッグリロだ。
彼も入れて、隊列を作る。
「では、出発」
今日は、南の方から穏やかな風。
時々、小鳥たちの鳴声が聞こえる。
今日の野営地は、オーバリやテッシュ、ルツフェンも残して来ている。ドスやホロもいる。あそこに魔物が出ても、彼らが何とかするだろう。
一行は川の所に到着し、漁師を船頭にして、向こう岸へ。
「オッグリロ殿。危険、防止の、ため、向こう岸に、戻っていて、下さい。私たちが、川岸に、来たら、こちらに、船を、寄越して、下さるかしら」
「分かりやしたぜ。ちっさい隊長殿」
彼は、他の隊員たちがやるような敬礼を真似して見せた。
そうして、彼は船を出し向こう岸に戻って行った。
私は一度、向こう岸に行った船頭に手を振った。
彼も大きく手を振って応える。
よし。ここからが、偵察開始だ。
やや早足で、先を急ぐ。
偵察隊は、前日の戦いがあった場所に来た。
ここを、やや大きく東に迂回して、若干登っている場所にいく。
あそこは水面から、人が見えてデルメーデが来たのなら、迂回して見えないようにして、先に行き、何がいるのかを確かめる必要があった。
先頭は私。すぐ後ろにヤルトステット。
弓のルルツ。殿がヒスベルク。
風は、今日は南からの微風。つまり、後ろからの風で、もう前方に私の匂いは漂っている筈である。
暫く進む。
すると、背中がムズムズする。そして寒気にも似た震え。
何かが出たのだ、ただ、激しい震えではない。そして、今までにあった感じとは違っていた。
私は素早く片膝をつく。背負った後ろの剣先が地面に当たり、音を立てた。
左手を地面につける。
これは、間違いなく前だな。
「前方、何か、います! 全員、待機」
しゃがんだまま、ややお辞儀の姿勢で背中のミドルソードを抜いた。そして、立ち上がる。
ヤルトステットがぐいと前に出る。
草叢にいたのは、大きな蜥蜴のような魔物だ。
「あれは、ガルゲングスン。ヴィンセント殿」
そう言った彼は走り出し、剣を横に構えた。
どうやら全身鱗に覆われた、コモドオオトカゲと言うべきものだろう。或いは元の世界ではコモドドラゴンとも呼ばれている奴だ。
だが全長は三メートルほど。もう少しあるか。元の世界のコモドオオトカゲは二・六メートルほど。つまり一回り大きい。恐らく体重は軽く見積もっても二〇〇キロ以上はありそうだ。
このくらいの大きさの魔獣はほんとに多いな。
鼻の穴先から頭の後ろまで、ほぼまっ平。
目と目の間、額に当たる部分もまっ平で、そこに角が一本ある。
体が泥で濡れているので、水辺から岸の間にいたのだろう。
どたどた、ノロノロ移動かと思っていると、ものすごい速さで走り出した。
よく見ると、こいつも足が六本か。
大きさこそ小さいが、あの鰐擬きと、たいして変わらないな。
口を開けると。真っ赤な塊を吐き出し、飛ばして来た。
全員が散開している中、その赤い塊は、まっすぐ私目掛けて飛んできたのだ。
私は左に躱した。
あの色からして、当たったら嬉しい内容ではないのは確かだろうな。
赤い塊は地面に落ちると、べっとりとした粘液性の液体が広がって草叢の下草を溶かした。煙のようなものが草叢に立ち上る。
やはり。
これは強アルカリ性か。毒もあるかもしれん。
ヤルトステットが前に出ると、この大型のトカゲは、長い尻尾を振り回す。尻尾の先にはご丁寧な事に棘がある。
ヤルトステットは剣で合わせた。激しい金属的な激突音が辺りに響く。
あの音からして、鱗は相当に硬そうだ。
もう、あのオオトカゲは、私に狙いを絞っている。
間違いない。やつの黒い瞳は、私の方しか見ていない。
一気に殺到してくるのか。
ルルツが弓矢を放ったが、あのオオトカゲは、それを躱した。
そして、オオトカゲは後ろからもう一体現れた。
灰色のような鋼色の鱗を持つオオトカゲは、二体になるとその色が変わり始めた。
それを見たヤルトステットが叫んでいた。
「下がれ! 来るぞ!」
彼は私の位置まで下がると、私の肩を掴んで後ろに引っ張る。
角のある額全体が光り始めた。
どんどん光が強くなる。
!
頭の中で唐突に警報。何か起こるのだ。
私はヤルトステットの手を振りほどいた。
ミドルソードを構える。
とうとうあの二体は全身が光って、眩い輝きを放っていた。
くっ。まんまスレンベレかよ。目眩ましとは。
これは。何かが来る!
私の剣は右下から、左上にかけて、素早く剣が周り、そこからさらに左下を通って右上。∞の動きだった。
…… 手応え、あり。
眩い光のなか、何かが起きたハズだ。剣にも何かを斬った手応えがあった。
ただ、胴体をざっくり斬ったとか、頭を斬り落としたとか、そういう手応えではなかった。
と、魔物二体から、強烈な悲鳴のような鳴き声が上がっていた。
辺りが普通の明るさに戻ると、私の前には二つの肉片が落ちている。
これは…… 舌だ。
あの二体が私に向けて、ものすごく長く舌を伸ばしたのだ。
オオトカゲは、急に後ろに向くや、ものすごい速さで二体とも湖岸の草叢の中に消えた。草叢が少し揺れていたが、それも暫くしておさまっていた。
「全員、警戒のまま、待機」
私は右手を挙げて、全員に命令した。
逃げたのなら、追いかけていく必要はない。
「ヴィンセント殿」
ヤルトステットが横に来て私を見下ろしていた。
「舌を、斬り飛ばしたようですな」
「たぶん、そのようね」
「あの閃光のような眩い光の中、見えたのですか。ヴィンセント殿」
「正直に言えば、見えてないわ」
そういって、見上げるとヤルトステットの顔にやや驚愕の表情が浮かんでいた。
「ヴィンセント殿の今までの実績から言って、それはまぐれではありますまい」
そう言いながら、ヤルトステットは、あのオオトカゲがいた場所を見回していた。
「何かが、来る。という、気配は、判ったわ。あとはもう、時期を、得た、払いに、なったか、どうか、だけよ」
「勘の様なものですかな」
「そうね。他に、説明の、しようが、ないわ」
ヤルトステットが腕を組んで、私を見下ろしていた。
「ヨニアクルス支部長殿が、仰っていた、別の、魔物、は、あれでは、ないでしょう?」
「そう思いますな。やや、厄介とは言え、ガルゲングスンぐらいで、貴女を引っ張り出したと言う事はありますまい。もっと厄介な敵が居そうだと、ヨニアクルス殿は、言っておるのでしょうな」
「判りました。全員、注目」
他のメンバーがこちらにやって来た。
「もう少し、先まで、偵察に、行きます。あくまでも、偵察です。多数が、出る、様なら、払いつつ、撤収します。その時は、殿は、私。先頭は、ヤルトステット殿です。その後ろに、ルルツ殿。ルルツ殿の、後ろに、ヒスベルク殿。必ず、守って、下さい」
全員が頷いた。
「ヴィンセント殿がそういうのなら、それに従うさ。なんたってあんたは、白金の隊長だ」
ルルツがそういって、弓の弦を何度か撫でていた。
「では、出発」
先のオオトカゲが、踏み荒らしたせいで、草叢はあちこちの草が倒れていた。
オオトカゲは、もうどこにも見えない。余程大急ぎで逃げたのだろう。
もう少し先にいく。
大分進んで、もう二つの太陽は、真上だ。
これ以上進むべきか、やや迷う。
もう少し歩くと、草叢がやや剥げた場所があり、横の湖に向かってなだらかな坂になっている場所がある。たぶん、何らかの生物がここを使って、水辺と陸地を移動しているらしい。
「全員、停止。待機」
私は右手を挙げて宣言した。
「どうされた。ヴィンセント殿」
ヤルトステットが訊いてくる。
「ここは、湖と、行き来、出来ます。何かが、いるのかもしれません」
「ああ。ちょっと見てくる」
そう言うと、ヤルトステットは、坂を下りていく。湖の畔まで降りて行き、辺りを見回していた。
その時だった。背中にぞくっと来るものがあり、それから背中の真ん中あたりがじくじくとする感覚。まずい。魔物がいる!
これは……。前にも一度あったことが、ある。たぶん。
それはもう、考えるまでもなく陸地の方じゃなく、水の方だと判った。
「ヤルトステット殿! 戻って! はやーっく!」
私が力いっぱい叫ぶと、彼がこちらを振り向き、坂を上がり始めた、その時だった。
水面に現れたのは、巨大な鰐。あの鰐擬きだ。そう、体長一〇メートルにもなる巨大なヤツ。
薄い緑色の体色にまだらに茶色が混ざる皮膚。皮というよりは、硬い鱗。
ヤツがするすると水中を進み、ヤルトステットの方に向かって来ていた。あの長い軸を持つ双眸が、こちらを見ていた。
私はミドルソードを抜いた。
私は全力で坂を降りる。
ヤルトステットの命は、私がどれだけ早く動けるかに掛かっていた。
つづく
初めて見る大蜥蜴。その必殺の攻撃は、眩い光での目くらましだった。
しかし、マリーネこと大谷の剣が、魔物の攻撃を斬り、魔物たちは逃げ出し撤収した。
その先で、水辺に魔物の気配を感じたマリーネこと大谷。
鰐擬きがいるのだ。
次回 水辺の魔物討伐3
鰐擬きと、激闘となる偵察隊。
そんな簡単には斃せなかった。