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291 第21章 第三王都と西部地方 21-1 第三王都に来た任務

 鍛冶工房で鑿やら爪切りやらを叩く日々。

 そこにバーリリンド係官がやってきた。

 291話 第21章 第三王都と西部地方

 

 21-1 第三王都に来た任務

 

 

 再び、ケニヤルケス工房で、鍛冶の日々が始まった。

 幅の細い(のみ)と爪切りを作る日々だ。

 

 実際の所、鑿は次々と出荷されていくらしい。となれば、その行く先は荷馬車を大量に作らされている大工工房か、ニーレの船大工の方だろう。

 

 たぶんガルアにある鍛冶屋で作る量ではとても足りないと言う事だ。ニーレの方にも鍛冶屋はあるだろうが、恐らくは修理だ、研ぎだ、でパンクしているだろう。

 ニーレにはベルベラディにある鍛冶屋の方からも大工道具は行っているはずだが、値段の問題もあるだろう。

 帆船の造船が始まって、道具はいくらあっても足りない状況か。

 

 ケニヤルケス工房では鋼の板を加工して(のこぎり)も造り始めた。

 私も手伝ってもいいのだが、鋸は私の見極めの目をもってしても、製造時間を思ったほどには短縮は出来ない。それなら鑿や(かんな)の刃を作っていた方がいいのだ。こっちは他の職人よりだいぶ早く叩けるからだ。

 結局は、そのほうがこの工房のためになる。

 

 ……

 

 そんなある日のこと。冒険者ギルドから、呼び出しがかかる。

 

 例によってバーリリンド係官が荷馬車でやって来た。

 私はケニヤルケス工房で、(のみ)の細い物を造っていたところだった。 

 彼は工房の扉を叩くや、鍵がかかってないとみると、中に飛びこんできた。

 対応に出たのはケネット。

 そのケネットが、鍛冶場に飛び込んできた。

 

 「ヴィンセント殿! 急いで入り口に来てください。係官殿が!」

 鉄を叩く手を止めて、扉の方を見るとケネットが慌てている。

 「判りました。今行きます」

 やれやれ。どうしたのだろう。

 入り口に行くと、バーリリンド係官がいた。

 

 「慌てて、どうなさいました、バーリリンド係官殿」

 「ああ、ヴィンセント殿。こちらでしたか。支部長がお呼びです。大至急です」

 「討伐ですか?」

 「そうです」

 「判りました。私は、下宿に、行って、着替えて、用意しますので、こちら、ケニヤルケス親方に、説明を、しておいて、下さいますか」

 「ええ。ええ。勿論です。ヴィンセント殿、お急ぎ準備下さい」

 「判りました。剣を持ってきます」

 

 とりあえず、やりかけの鑿を預けて、私は道具を仕舞って顔に巻いた布も取る。全てをリュックにいれて背負い、下宿に急ぐ。

 

 戻って、まずは着替える。

 何時もの服。何時もの靴。

 そして剣はミドルソードと鉄剣、両方を背負う。両腰にダガーと左腰にクレアス。

 首に掛けてある鍛冶と細工の標章は外した。必要なのは冒険者の階級章と冒険者の代用通貨。あとはタオル。そしていくらかの硬貨。それらを何時ものポーチに入れる。水袋はポーチの外で結び付けた。

 今回リュックは無しだ。

 

 出かける前に、マチルドに声をかけていく。

 下に降りて、ロビーの様な広間の方に彼女がいた。

 

 「マチルドさん。また、冒険者ギルドに呼ばれました。いつ帰るか判りません。今日の夕食から止めてください。お願いしますね」

 そういうとマチルドの顔はやや強張(こわば)ってしまった。

 しかし、彼女はどうにか何時もの表情に戻る。

 「お嬢様。お気をつけて。どうか、御無事で」

 マチルドは深いお辞儀だった。

 

 「いってきます」

 振り返って、手を振り、そのまま下宿を出て走り出す。その途中にこちらに向かってきていたバーリリンド係官の荷馬車と出会った。

 

 彼は荷馬車を止めると、私を御者用のベンチの横に引っ張り上げた。

 「ヴィンセント殿。急ぎます。掴まっていて下さい」

 「はい」

 

 私が頷くや、彼は鞭を入れてアルパカ馬を走らせ始める。

 背中に背負った剣がこのままでは、座るのに邪魔になるだろう。しかたなく、私は手摺りを掴んだまま、立っていた。

 

 バーリリンド係官はすごい勢いで、斜めの道を走らせる。

 通常はこういう斜めの道には、巡回馬車はおろか荷馬車も走ってはいない。

 たぶん、特別なのだろう。今回は。

 斜めの道を飛ばしに飛ばして、バーリリンド係官はアルパカ馬に鞭を入れる。

 途中で出会った亜人たちは、みんなびっくりして、文句を言っているのだが、その荷馬車には、背の小さな白金の冒険者が剣を背負って仁王立ちという、その光景を見るや、みんな急に押し黙った。

 

 ……

 

 私は剣を降ろして座る時間すら取れない。

 まあ、座ったところで、この速度だ。物凄い振動が来るので、立っていた方がかえっていいかもしれない。

 

 ちらっと横を見ると、バーリリンド係官も座っていない。僅かに腰を浮かせたまま、その姿勢を維持して、走らせ続けているのだ。空気椅子状態か。これも結構大変である。

 彼は下半身が相当に鍛えられているという事だ。この姿勢は下半身を中心とした大きな筋肉を鍛える運動として、元の世界でも良く知られたものである。

 背筋を伸ばし、ほとんど前のめりにならないのが凄い。

 

 思えば、係官という人たちは、冒険者とは違うのだが、どういう人々が係官になるのか、私は知らないのだった。

 

 たぶん、一時間もかからずに中央の街区に出てから、彼は速度を緩めた。

 アルパカ馬は早足くらいの速度になり、冒険者ギルドの建物の前についた。

 

 「ヴィンセント殿。先に中に行ってください。私はこれを片付けてきます」

 「はい」

 言われるまま、私は荷馬車を飛び降りて冒険者ギルドの扉を開ける。

 周りにはだいぶ冒険者たちの姿が。

 

 「マリーネ・ヴィンセント。出頭しました」

 かなりの大声である。

 

 さっと、周りの視線が私に向けられる。

 しかし、だれも声を発しなかった。

 

 その時に奥から支部長がやって来た。

 「ヴィンセント殿。来てくれたようだね。儂としては、其方を呼び出さねばならない程の事なのか、とは思うのだがね。奥の部屋にいってくれるか」

 「はい」

 奥の部屋に行くと、そこには見覚えのある冒険者たちが集まって座っていた。

 「ヴィンセント殿が来たので、これで揃った。エルヴァン。説明を始めてくれ」

 「承知しました。支部長」

 

 ユニオール副支部長が立ちあがった。

 テーブルの上には、やや小さい地図が出ている。この第三王都周辺の地図だ。

 「さて。集まって貰ったのは、今回、ガルア支部から緊急の支援要請が来ている。ガルア支部の方で怪我人続出で、どうにも出来ない状態との事。どうやら水辺でデルメーデが大量に出たという。毒の霧を出してくる、厄介な敵だ」

 彼はここでいったん言葉を切って全員を見回した。

 

 「だが、一緒にガブベッカが出たようだ。皆も知っていると思うが、ガブベッカはとても固い皮膚を持っている。弱点は口と肛門、目ぐらいしかない。今回、デルメーデの討伐中にガブベッカの水玉攻撃があったようだ。爆発する玉なので、これで怪我人が続出したようだ」

 

 ユニオール副支部長は再び言葉を切って、私の方を見た。

 

 「それで、ガルア支部の新支部長であるヨニアクルス支部長がこちらに支援を出して来たのだが、その中に、ヴィンセント殿。貴女を必ず呼んで欲しいとあった」

 そこでクリステンセン支部長が立ちあがった。

 

 「すまんな。ヴィンセント殿。そういう事のようなのだ」

 「はい」

 私は軽くお辞儀した。

 

 「今回の隊長は、エルヴァン・ユニオール副支部長にやって貰う。ヴァルデゴードはちょっと別の事をやっているのだ。ヴィンセント殿のほうが階級が上ではあるが、ヴィンセント殿は副長だ。いいかな」

 「はい」

 他の人も頷いている。

 支部長は判っていて、そうしたのだ。私が白金だからと言って、隊長に据えるのはまだ難しいと判断しての事だろう。私はこの方が助かる。

 

 「今回の討伐隊は、以前の実績も考慮の上、人選している。テッシュ、ルルツ、ドス、ホロの四名はヴィンセント殿と一緒に行動しているから、知っているだろう。金階級は、すぐに来て貰えたのは二名。オーバリとヤルトステット。それと補佐に銀三階級の二名。ルツフェンとヒスベルク。ヤルトステット以外の三名はヴィンセント殿も知っていよう」

 支部長はそこで一回、咳払いをした。

 

 「独立治療師は、今回もミュッケ殿に依頼している。隊長と副長も前衛と言う事になる。六名だ。その六名を後方から支援するのが弓の二人となる。少ないようにも見えるが、前衛の実力を評価すれば、これでいいだろう。多ければいいというものでもない。そうであろう? ヴィンセント殿」

 

 「はい。色々、御配慮頂き、感謝いたします」

 「いや、何。流石に貴女を隊長に据えて、部下を何十人も連れて行くのは、貴女も迷惑だろうと思ってな」

 クリステンセン支部長が少し笑っていた。

 

 「それに、ガブベッカが相手なら、何十人いても、殆ど役には立つまい。弱点を正確に狙い撃つ腕の者がいればいい。多い人員はかえって怪我人を増やすだけだろう」

 そこでまた、全員が無言のまま頷いていた。

 

 「すみません。質問です」

 「どうしたね。ヴィンセント殿」

 「私はデルメーデという魔物を知りません。どのような魔物でしょうか」

 

 「私が説明しましょう」

 ユニオール副支部長が立ちあがった。

 

 「今回の作戦にも大いに関係があるので、全員これを見て貰いたい」

 彼が指揮棒で指したのは、テーブルの上に出されている地図のガルア街の北側にある川の太くなったような場所だった。

 

 「今回の現場はここだ。アガワタ河がこの場所で二つに分かれ、この細い支流はガルア街の方に流れ込む」

 彼は指揮棒でその場所をとんとんと叩いた。

 「さて、この太くなったやや小さい湖のような場所に、デルメーデがいる。体長は九フェルム(※約三・八メートル)から一〇フェルム。脚は六本だ。両手は鎌の様になっている」

 

 「その長さは四フェルム(※一六八センチ)あるかどうかといった所だ。我々が使う剣よりはやや短いか同等か。そんな所だ」

 彼は指揮棒を持ったまま、右手を口元に引き寄せた。

 少し考え込むような顔だ。

 

 「こいつの目は大きく、かなり周囲が見えているようだ。それと口の所は複雑な構造でまるで鍛冶屋の金槌といったようなものが顎に畳まれていて、これが高速で飛び出してくる。それを獲物に当てて捕食する、水棲の魔物だ。これの危険な攻撃は尻から出す毒の霧だ。どうやらデルメーデは自分の毒には耐性があるらしいが、我らがそれを被れば、まず倒れて昏睡だ」

 「それと、この毒は水中でも出すようだ。この魔物は水辺から少し陸に上がってくる事がある。水から出ても完全に乾燥しない限りは弱る事もない。今回はそういう事が起きたのだろう」

 

 大体は判ったが、相手はどのくらい早いのだろうか。

 

 「あの。デルメーデの、移動や、攻撃は、どの位、早いのでしょう」

 うまく訊くことが出来ていない。これでは副支部長も答えにくいだろう。

 

 「ああ、ヴィンセント殿。デルメーデは、一旦水の中に入ったら、もう我々では対処出来ない。弓でも無理だろう。陸上にいるときの速度は、それ程でもないのだが」

 副支部長はそこで一旦考え込むような仕草だった。

 

 「ヴィンセント殿はレハンドッジと闘った事があるのだったね。鎌はそれほど大きくはないし、レハンドッジの様に四本という訳でもないが、速度は似たようなものだ。むしろ口からの攻撃が早い。金槌のようなものを伸ばしてくる速度が、目にもとまらぬ速さだ。何の前触れもなく繰り出してくるから、正面に立つのは危険だな」

 「どのくらい、伸びるのでしょう」

 「ああ、大体一フェムト(※四・二メートル)といった所だな。身長より長い物を伸ばしてくるんだ。近づき過ぎれば、危ない」

 「判りました」

 要するに、四メートルくらいは伸びるから、余り近づくなと。

 

 「あと、ガブベッカも、ヴィンセント殿はたぶん初だろう。説明しておこう」

 そういって副支部長は咳払いをした。

 「水棲の魔獣だが、全長は一二フェルム。体高は五フェルムといった所だ。極めて長方形の体形をしていて、皮膚が硬い。大きな口を開けると巨大な水の球を吐き出してくる。これが緑色の時は、爆発する。赤い球の時は危険だ。当たった所の物は全て溶ける。青い球の時は途中で四散して霧になり、その霧を吸い込むと寝てしまう。そして、その寝ている所を食べられてしまう。そういう魔獣なんだ」

 「判りました」

 

 大体五メートルくらいの長方形の体なのか。かなり大きいが、皮の大変硬いカバと言う事だろうか。

 水の球の色によって、その性質がだいぶ違うのだな。赤いのが最もやばい。

 今回は緑の水の球が爆発して、怪我人が出たということか。

 ということは、只の水滴ではなさそうだな。

 まあ、どれを喰らっても、良い事は一つもないのは確かだ。

 

 「よし、これより、出立(しゅったつ)する。全員、荷物を持って外に向かってくれ。荷馬車は、ドス、ホロ。それぞれ御者を頼む」

 「了解しました」

 二人が敬礼していた。

 

 今から出ても、ガルア支部なら、夕方までにはつくだろう。

 そこで一泊して、翌日は現地だな。

 

 ロビーに向かうと、独立治療師のミュッケ女史が来ていた。

 「また、担当になったわ。ヴィンセント殿。よろしくね」

 彼女は、私の階級が上がっている事には構わず、前と同じ調子だ。

 その方が私としても助かる。

 

 「全員荷物をもって馬車に乗ってくれ。オーバリ、ルツフェン。ヴィンセント殿とミュッケ殿のほうに。ルルツ殿も、そちらだ。ヤルトステット。テッシュ殿とヒスベルクが私と一緒だ。全員乗車」

 二台の幌付き荷馬車に分乗し、一行はガルア街に向かう。

 今日の夕方までに着かねばならないから、荷馬車の速度は早かった。

 

 オーバリがいるので、中は狭かった。しかし、副支部長のほうはさらに大柄なヤルトステットが載っているのだ。あっちも相当狭いだろう。

 

 そんな中、オーバリが切り出した。

 「ミュッケ殿。態々済まない。今回は、怪我人が出る前提での討伐になる。すでに聞いているかもしれぬが、ガブベッカとデルメーデの群れなのだ。既にガルア支部では怪我人続出で、こちらに回って来た事件なのだ」

 

 「ある程度は聞いております。オーバリ殿。デルメーデ専用の解毒剤と外傷用の塗り薬を多めに用意しております」

 「済まないな」

 オーバリが、頭を下げた。

 「いえ、お気になさらずに。これが独立治療師の任務で御座います」

 彼女はそこで微笑んでいた。

 

 「今回は道中の魔獣は少なめでお願いしたいね。ヴィンセント殿」

 そう言ったのはルルツだった。皮肉なのか、それとも本音なのか。

 「そこに、何が、棲んでいるか、次第、ですわ。ルルツ殿」

 笑顔で返しておく。

 

 今回、弓の二人は特に重要だ。たぶん弓の二人、特にルルツの腕に頼る部分がある。それがガブベッカの急所への一撃。たぶん眼だろうな。

 

 他は剣が通らないとかいうのだ。この背中の鉄剣でも斬れないのだろうか。

 だとしたら、口を開けた瞬間に攻撃か。相手が水の球を撃ちだす前に。

 肛門を狙うのはかなり難しい。相手が倒れてくれれば、止めを刺すのに使える、という程度だろう。

 

 ……

 

 荷馬車は、大きな音を立てながら街道を突っ走る。

 中は当然、揺れっぱなしである。

 

 今回、二つの太陽は進行方向にあるので、どのくらい傾いたのかは判らない。

 ガルア街の門の所で荷馬車は一度止まった。横の幌馬車から副支部長が降りて、前に向かって行った。

 たぶん、門番に挨拶しているのだろう。

 

 直ぐに副支部長は戻って来た。彼が再び荷馬車に乗り込むと、私が乗っている荷馬車も動き出し、街の中央に向かって行く。

 

 

 つづく

 

 任務は、河の水辺に出たという魔物討伐。

 またしても、全く見たこともない魔物と戦う事になる。

 それで、魔物の説明も受けるマリーネこと大谷である。

 

 全員を載せた荷馬車は、一路現場に近い街である、ガルアに向かった。

 

 次回 第三王都に来た任務2

 一行はガルアに到着。早速ガルア支部に向かうのだった。

 

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