029 第7章 村の生活と狩り 7ー2 でかい熊と謎の蟲
出会ってしまった巨獣。
大ピンチです。
29話 第7章 村の生活と狩り
7ー2 でかい熊と謎の蟲
翌日。
起きてすぐにやるのはストレッチだ。そして槍の素振り。剣の素振り。
いつも通り。
そして今日も狩りに出る。
槍二本とダガーを腰に持ってお出かけスタイルだ。ブロードソードも背負った。その上にリュックだ。
森に入ってネズミだのネズミウサギだのを三頭ほど狩った。
コイツらは相変わらず突進して来てくれるので、こちらもやりやすい。
小川の水で手を洗い、血抜きもやって、頭から魔石を抜き取り、頭と内臓を埋めて、少し休憩。
休憩を終えて立ち上がる。
もう少し奥に行くとふっと『何か』の気配を感じる。背中がぞくっとした。
何かいる。気配は今までの物と違う。
あの鹿馬でもなければ六本足狼でもないが、危険を知らせるシグナルが頭の中に鳴り響く。
背中のバッグをそっと降ろす。背負っていたブロードソードも降ろす。
槍を握って片膝をつき、辺りを探る。ゆっくりと気配のある辺りを見回す。
……
……
……
いた……。
何かデカい獣の顔がこっちをずっと見ている……。
と、急にもの凄い勢いでこちらに向かって走ってくる。ぐんぐん距離が詰まる。
でかい!!
焦茶の巨大な熊だ。
どれだけでかいんだ。こいつ。規格外というやつか。
元の世界では絶滅したカリフォルニア灰色熊が最大三メートルだっけ、体重も六八〇キロとかいう。
現在のグリズリーがそれより少し小さい。
最大なのが北極熊で、北極熊がだいたい二メートルから二・八メートルくらいか。巨大な熊。
氷河期の頃に絶滅したホラアナグマが熊の中では最大級だったらしいが。
重さは一トン。四メートルを越える巨体の個体が見つかったという。
小型の個体がほぼ草食で大型のものはほぼ全て肉食だったという。
しかし……。向かってきた熊はもっと大きい。まるで漫画の巨人の様にさえ見えた。
巨大熊は恐らく威嚇の為であろう、直前で立ち上がったからだ。
恐らくは六メートルはあろうか。七メートル位はあるかもしれない。
そして少し低い姿勢になると前方に巨大な手を繰り出してきた。
私が素早く躱したのでその手は当たらなかったが、私はさすがに冷や汗が出た。
元の世界でも熊に本気で襲われたら、普通の人はまず助からないと言われている。
グリズリーに襲われて武器無しの人が助かったとかいう話は聞いていない。
それがグリズリーの倍はある巨大さなのだ。
槍を投げても、あの手で弾かれそうだ。
戦いが長引くと私のほうが圧倒的に不利になる。
あの巨体のスタミナはおそらく私と比べたら無限にも等しい程あるに違いない。
……
と、なれば。短期決戦しかない。
ぶんぶん腕を振り回して周りの木をなぎ倒す巨大茶熊。やりたい放題である。
木が倒れるたびに地震のような地響きがするのだが、茶熊の暴れるほうの振動が大きく殆どかき消されてしまっている。
私はその暴れまくりの茶熊の振り回してくる腕攻撃を躱す。
熊は再び体を起こしていた。
熊の腕攻撃を見切って一気に足元下に入り、槍を左の胸肋骨三枚を狙う。渾身の力で槍を放つ。
辺り一面を劈く様な悲鳴が響き渡る。
「グギャー。ゴワァー!!」
耳が壊れるかと思った。心臓を突いた筈だ。しかし、死んでいない……。ヤバい。
手負いの巨大熊が暴れ始めた。
胸に刺さった槍はあっさり折れた。熊が滅茶苦茶に腕を振り回している。
さらに周りの樹木がその滅茶苦茶な腕の振り回しで根元から折れて倒れた。
……
私はもうこの熊の腕攻撃を躱すだけで精一杯になった。
槍をもう一本拾って、攻撃を繰り出そうとしたが熊の腕攻撃であっさり粉砕された。
熊の腕の攻撃をぎりぎりで躱したはずだが、風圧で吹っ飛んだ。
さっきより速度が上がってやがる。瀕死の状態のはずだが。
あの茶熊は今アドレナリン全開か……。
ごろごろ転がる。このままでは殺られる。
まずい。やつの心臓が壊れるまで攻撃を避けきれるのか。
もう逃げるという選択はナイ。背中を見せただけで終わる。
転がって態勢を立て直す。ダガーを右手に握った。
武器はこれしかない。
チャンスは一度切りだ。そして、狙う場所もただの一か所しかない。
自分の行動を頭に思い浮かべる。
覚悟を決める。
茶熊の腕が鋭く襲い掛かってきた。
やけにゆっくりと見える。
スローモーションのように見えるその腕の下に転がり込んで後ろに回った。
ダガーの握りを口に咥え、振り向いてジャンプ。
熊の背中に飛び乗る。毛を掴んで一気に上へ上る。
狙うのはたったの一か所。首の付け根の頚椎だ。
右手にダガーを握り直し、渾身の力でダガーを叩き込む。…… 手応えあり!
しかし茶熊が暴れて私は下に叩き落とされた。
受け身がわずかに遅れて全身が軋む。
痛てえ。ごろごろ転がる。口の中に血の味がした。口の中を切ったか。
熊から離れなければ。しかし茶熊は暴れたままこっちに来る。
と。
急に巨大茶熊の動きが止まった。
……
訪れた静寂。
……
茶熊は白目を向いたまま前のめりに倒れ込み地面を揺るがした……。
ズドドドォーーーン……。
地震が来たかのような地響きで体が揺れた……。
…… 倒したか。
合掌。南無。南無。南無。
槍は二本とも折れた。危うく死にかけた。恐ろしい敵だった。
あの鹿馬に劣らない恐ろしい敵だった。こいつの場合は、その巨大さだが。
でかいという事はそれだけで強いのだ……。しかもこのデカさ……。
あばら三枚の心臓狙いの槍は確かに心臓に刺さっていた。
何という生命力、そして体力。
首の根元の頸椎に刺したダガーは、骨の中心部分に達し神経を断ち切っていたのだった……。
刺した後も動いていたのは所謂反射とかそっちのほうだな。脳の司令なしに動くとかいう。
しかし神経を叩き切って体が動かなくなり心臓にも刺さってるし、血が廻らなくなって死んだのか。
デカい獣はやはり怖いな。そして、これをどうやって持ち帰ればいいんだろう。
一トンじゃないな。ゆうに二トン以上はあるんじゃないのか?
……
首の所、頸動脈を切り、首の後ろのダガーを引き抜いた。
取り敢えず。自分の荷物をまとめる。ブロードソードも背負い、折れた槍の穂先を探して拾い、村に一度帰る。
リュックに付けた肉を全て猟師の家に置いて、ロープとダガー、ナイフを持ってさっきの巨大熊のところに向かう。
ロープを足に掛ける。
心臓に刺さっている槍の穂先も回収したいが村に行ってからだな。竿は折れたが穂先はきちんと仕事をしていたのだ。
私の背が低いので、心臓を完全に貫けなかったのが、あの事態を招いたのだ。
槍をもう少し長くするべきなのだろうか。
足を縛ったロープを三重にして、肩に懸けた。物凄い重さだとは思うのだが。
ゆっくり引っ張る。動きそうだ。ズルズルと引っ張る。動くようだ。とても信じられないが。
森を出た所で一回休憩。
血は殆ど抜けたっぽいがどうなんだろう。
熊の首を後ろにしたまま、足に懸けたロープでズリズリと村に引っ張って行く。
熊の皮は引きずったせいで腹の場所の毛は全て抜けていた。
まあ、そうだよな。
タイヤが四本全てパンクした二・五トンはあるSUVをロープで引っ張ったと思えばいいのか。
……
……
やっと村に着いた。
さて、これが魔獣なのか、この森の住人で普通に(!)巨大な熊なのか。
一体どうしたらこんなデカい獣が育つんだ。ここにはそんなに餌があるのか?
さて解体して脳を見てみないとなんとも言えない。
もう夕方になってきた。松明何本かに火を灯す。巨体なのでかなりの本数がないと全体が照らせない。
明かりを確保して、熊の解体を始める。
でかいのでひっくり返して腹を上にするのも大変だ。ひっくり返した瞬間にドォッと音がして、地面が揺れた。
やれやれ。
まず、体をやや半身にして左肩方面を上にする。
そして腹を割いていく。胃の中に何が入っているのか。
何を食べてこんなに大きくなっているのか。
巨大な胃の中に入ってたのは、バラバラになった何かの獣。
多い。だいぶ入っているな。しかし、それ以外に何かいる。
何だろう…。気になった。
ダガーでそっと突いてみる。でかいカマドウマのような蟲が居た……。
なんだこれ……。
頭の中に不意に『獣虫』というキーワードが浮かんだ。
どの異世界物語だったか。神代の時代から生きている蟲で生き物の生命エキスを吸って生きている長命、いや不死身か? の蟲でその外殻はとても硬いとう。
ただその異世界物語ではとてもとても大きいはずだった。これは大きいとはいってもせいぜい六〇センチかもう少し大きいかくらいだ。うずくまっている蟲なので勿論見えている部分での判断なのだが。
それでも蟲と考えたら十分デカいのだが……。
ダガーで蟲の脚を叩いて見るとカンカンと金属のような響き。
硬いな。と、その時だった。
脚がのっそり動いた。
「!! うわわわわ」
腰が抜けそうになった。
ダガーをその蟲の頭らしい部分に刺した。ダガーはあっさり刺さった。
顔はやや細く長く、口が犬か狼のように長い。
頭には長い毛が生えていて、それが胴体の方までびっしり覆っている。
私はダガーを両手で握りしめ、こいつの頭を滅多刺しした。
こいつは得体の知れない液体を流している。血には思えない色だ。
脚が動いていたが、そのうち動かなくなった。
この得体の知れない蟲は喰われても生きていたのか。それとも寄生していたのか。
……
私は、はぁはぁと肩で息をしていた。
得体の知れない生き物を前にして心底恐怖が背中に張り付いていた。
少し落ち着こうと水を飲んで座り込んだ。
……
神代の時代から生きる獣虫は滅多な事では死なないという。
深い傷を負っても地中深くで傷が癒えるまで寝るのだ。そして傷が癒えると外界に出て来て生物に取り付き、その生命エキスを吸い尽くして自分の長命の糧にするとかいう話で、倒す方法は載っていなかった。燃やすしかないという話だった。
私はダガーで胃袋を切り取ると熊の体内から外に出した。浅く掘った穴の中に入れる。
鍛冶場から炭と鞴と薪を持ってきた。薪をその胃袋の上に乗せて着火。
炭も載せて鞴を使う。ゴーゴーと音を立てて温度が上がる。鞴を頑張ると七〇〇度Cを越えた。
……
暫くすると、とんでもない酷い臭いがする。胃袋に入っていた獣たちの肉の焼ける匂いでは無い筈だ。
顔を覆って更に鞴を動かし続ける。ジュワジュワいう音がする。
時々甲高いパキン。ジュワワーという音が。何が焼ければこんな悪臭になるのか。
恐ろしい悪臭と戦いながら鞴を動かして炎を維持する。
バキン。バキン。バキバキ。ジュワワー。焼けている音がする。おおよそ蟲が燃えてるとは思えない音だ。
だいぶ時間が経ったと思う。炭が終わった。これもとうとう燃え尽きたらしい。
脚は高熱で割れて中は完全に炭になっていた。
頭も完全に炭化している。ハンマーで叩くと崩れて炭の粉になった。
……
もし、これでも復活してくる様なら、それこそ魔物中の魔物、化け物といっていいだろう。
もしそういう事になったら、それこそ氷の魔法とかで凍らせて封印するしか手が無いのだろうな。
焦げている脚をハンマーで叩くと崩れて粉になった。
少しホッとした。穴をやや深くして、そこに全ての焼けた粉を入れて埋め戻した。
脱力。思わず深いため息が漏れる。
頭を横に振って水を飲んで休む。鞴とハンマーを鍛冶場に戻し、熊の解体を再開する。
巨大な熊の解体でまずは内臓を全て取り除く。
大きい穴を掘って、そこに埋める。熊の肝とかは薬になるらしいが、やり方が判らないので諦める。
そして肉を切り出していく。
本当なら少し寝かせないといけないのだが、川も無いしここで流水のプールを作って肉を冷やしつつ寝かせるのは現実的では無い。相当臭い肉かも知れないが、致し方なし。
毛皮。最初は完全に何分割かして、何かに使おうとか思ったが、いい利用方法を思いついた。
腹の部分は毛がなくなってしまってるのでここは切り取るが、背中の方はそのまま使うのだ。
取り敢えずは腐らないように鞣す必要があるが、村長宅のあの血の染み込んでしまった床の上に敷こう。
頭の部分は切らずに残して丁寧に皮を剥いでいく。
これだけデカいと床に敷くのに十分の大きさがある。
骨を取り出すのが大変。恐ろしく太いので背骨は斧を持ってきて叩き割った。
掌、肉球とかの部分が確か食べられるハズ。爪も凄いデカい。爪は何かに使えるかも知れない。両手両足の爪を全て剥いだ。
さて、あまり気は進まないが、頭を割らないといけない。まだ詰まっている頭蓋骨。
ものすごくデカい。この頭蓋骨を目の上の辺りからまず鼻の方に向かって少し切る。
ナイフではどうにもならないので、ダガーを使う。とはいえ、私が全力でダガーを叩き込まないと割れないのだ。やっとダガーが入った。
次にゆっくり頭頂部の当たりまでダガーで切っていく。と大量の血液と脳漿が漏れ出して辺りが濡れる。その臭いで激しく噎込んだ。デカい脳だな。
うーん。ゆっくりとダガーを入れていくと何かが当たった。石だな。
かなり大きく割らないと石が出そうにない。頭蓋骨は割るしかなさそうだった。
頭蓋骨を割ると大量の脳味噌と脳漿と血液と石が出て辺りは血だらけだった。
またしても噎返るような血と脳漿の臭い。
魔石がデカい。拳とかいうレベルではなく、遥かにデカい。
私の頭サイズはあろうかという大型の石が出てきた……。魔獣で当たりだな。
しかし、どんな能力を持っていたんだろう。この馬鹿でかい体が魔獣の魔獣たる理由なのか。
倒す前は攻撃を躱すだけで精一杯だったし、この巨大茶熊にどんな隠し能力があったのかは分からずじまいだった。
肋の脇の肉には脂もあるので、これを焼いてみたが臭みが強い。まあ予想はしていたが。
肉を猟師の家の台所に持ち込んで、とにかく叩いてみる。叩いて叩いて、ミンチになる寸前の状態まで叩いた。これに塩コショウして焼いてみる。
取り敢えず、この叩いてない方の肋肉を鍋に入れ、塩を多めに投入。煮てみる。かなりの灰汁が出た。どんどん掬う。
肉スープの方も出来た。
手を合わせる。
「いただきます」
ミンチに近い状態になった肉は、普通に食べられた。問題ない。
脂もあるのでスキレットで焼くのにもちょうどよかった。
この肋の肉だけでもの凄い量がある……。取り敢えずは塩漬けだな。
スープのほうはお世辞にも美味しいとは言い難い。
灰汁は掬ったが、なにか雑味が多い。
煮るなら塩漬けして寝かしてからか。
味噌があればな……。…… 無い物は無いのだ……。
ちょっと雑味の多い肉スープも平らげて、水を飲んだ。
口の中に変な味が残ったからだ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
とにかく片付ける。
流石に他の肉も全てを叩くわけには行かないから、洗って血を流し取り、水気を切って並べる。
これらの肉に切り込みを小さく入れて塩を擦り込み、塩を入れた壺に放り込んでいく。
塩は揉み込んだが、入りきれずに残った半分は後で燻製にしよう。
今日はもう寝る事にした。
松明を一本だけ残して消し、皮を全て鞣す工房に持ち込んだ。
猟師の家の寝床で寝る。
あの燃やした蟲が夢に出て来そうで快適な筈の寝床が、いい気分では無かった。
……
つづく
蟲は夢に出そうで厭ですね。作者もGとカマドウマは大嫌いです。
次は鞣したり香花を探しに行く話です。