289 第20章 第三王都とベルベラディ 20-76 第三王都で鍛冶と細工2
ケニヤルケス工房用に青銅で型を作り、爪切りが作れるようにレクチャーも行い、量産に入った。一日一本は確実である。
289話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-76 第三王都で鍛冶と細工2
さて。
爪切りは、青銅の型をケニヤルケス工房に置いて、量産に入る。
工房の彼等の手隙の時間に、この爪切りの叩き方と、組み立てを解説し彼等にも作れるように指導擬きを行った。
私だけではどうにも数が作れないので、ライセンスなぞ無視して爪切りの型を工房の物として、鋳物を作っていく。
完全に鋳物では刃先が直ぐに駄目になるので、刃先は鍛造する。
本当は全体を鍛造した方がいいのだが、穴が歪むと芯棒が通らないから、そこは妥協。
なにしろ、鋼鉄のドリルなぞ無いし、旋盤もボール盤もないのだ。
穴の近辺にあまり熱を入れないように彼らに、注意を向けて貰った。
鍛造した後、芯棒が通るのをまずは目標にしてもらう。
そこさえクリアしていれば、後は刃先のかみ合いだけだ。
そこにやはり腕前の差は出てしまう。ミューロックやゼワンは直ぐにそれが出来ていたが、モンブリーとエイクロイドで、ぎりぎり。
ベルカイムとシュリッケンは、時々火を入れ過ぎていて、穴が歪むらしく、いくらか、芯棒が通らない不良品が出来てしまう。
これでも刃先は長いのだが。
刃先が短い最初の試作品は私が鍛造していたから、全体を叩いても穴の歪みはさせないように出来ていたが、それはやはり見極めの目があってこそだ。
何はともあれ、値段もそうそう安くないので、多少不良品が出ても誤差の範囲だろう。これから、これはケニヤルケス工房の商品の一つになるのは間違いない。
お世話になったケニヤルケス親方にこれで恩は返せたかな。
ここで自分の紋章入りの爪切りをさらに増やせた。最初の八本と、更に八本だ。
翌週。
この一六本の爪切りを、商会に持って行く際に、親方とミューロックも一緒だった。ケニヤルケス工房制作の爪切りも納品することになったからだ。
ケニヤルケス工房では、三二本作っている。
まあ、刃先しか叩かないので、穴が歪まない限りはコンスタントに造れる筈である。
しかし、ケニヤルケス親方は雰囲気がいつもと違う。
たぶん、この爪切りをヴィンセント工房ではなく、ケニヤルケス工房製として納める事に、若干不安があるのだろうか。
そんな事を考えていると、荷馬車はマルダート商会に到着。
商会に入って行くと、出迎えたのはジャーロン。
「おや、ケニヤルケス殿。それにミューロック殿とヴィンセント殿。どうなされました」
「ジャーロン殿。今日は、爪切りを納めに来たのが、当工房でも作り始めてね。それを見て貰いたい」
「ヴィンセント殿が作っている訳ではないと?」
「いや、彼女も造っているが、儂の工房でも作り始めたのだ」
「おお。そういう事ですか」
ジャーロンはやや驚いたような顔だった。
「すみません。マルダート殿。私一人で、作るのでは、とても、数は、増やせません。それで、ケニヤルケス工房に、型を、渡して、工房の、方で、数を、ある程度、作って、いただくよう、お願い、しました」
「なるほど。お見せいただけますか。ケニヤルケス殿」
ケニヤルケス親方が、多数の爪切りをだした。これで半分。
残りの半分をミューロックが出して置いた。全部で三二本。
「以前とは少し、その、大きい様ですな」
見るなりジャーロンがそういう。
「当工房でも、確実に作れる大きさと言う事、なのだよ。ジャーロン殿」
ジャーロンは、爪切りを一本手に取った。
「失礼。重さも以前の物よりは重い様ですな。では使い心地を拝見」
そういって彼は自分の左手の小指の爪を切った。
ぱちんという音がして、爪の先端が飛んで行った。
彼は更に二回音を鳴らして爪を切った。
「なるほど。切れ味に違いはありませんね。となると、値段は如何しますか」
「値段は以前のでいいだろう。大きくはしたが、買って使ってもらえる事が重要だ。それと、今後はこの長さの物を出して行く事になる」
「判りました。ヴィンセント殿は?」
私も一六本の爪切りを出す。八本が今回の大きさである。
「では、一本当たりの価格を三七五デレリンギ、ということで全て買い取りましょう」
「ヴィンセント殿。よろしいかね」
そう言ったのはミューロックだった。
「ええ。私は、構いません」
「では、ケニヤルケス工房の分と、ヴィンセント殿。ヴィンセント工房の分で二通、買い取りの売買契約書を書きましょう」
ジャーロンはそういって、下の方から皮紙の束とインク、ペンを取り出した。
ケニヤルケス工房の方が三二本、一二〇リンギレ。
これはケニヤルケス親方が出した工房の代用通貨で、契約書を書いていた。
そこにケニヤルケス親方が署名も入れた。
私の方は一六本だ。半分である、六〇リンギレ。
私も鍛冶の代用通貨を渡して、それから署名。
またしても、大きなお金が私の口座に入った。元の世界の三百万である。
契約を終えて、外に出るとケニヤルケス親方が、ふーっと溜息を吐いた。
「どうされました。親方様」
「いや、ヴィンセント殿。其方の爪切りと同じ値段で納得して貰えたのでね。これから当工房の商品の一部に加える事が出来た。礼を言う」
「工房でだいぶお世話になりましたから」
ケニヤルケス親方が、真顔で私を見つめていた。
「ヴィンセント殿は本当に不思議な方だな。普通なら自分が全く新しい物を造ったのなら、製造の型や製法は秘密にしてもおかしくないものを、それを簡単に人に教え、型まで寄越すとは」
ケニヤルケス親方が、荷馬車に乗りながら、そんな事を言う。
「もっと、多くの、人に、使われるのが、一番ですから」
私は荷台に乗りながら、そう答えた。
ミューロックが、軽く肩をすくめて、アルパカ馬に鞭を入れた。
これで、この日はおしまいである。
翌日は、アスデギル工房に向かう。
さて、細工はもう一つ、造ろう。
以前にブルクを作って、その錫細工をジウリーロに手渡した事を思い出した。
あのブルクを、やはり三五分の一で作ってみるか。特別監査官の護衛三人組のあの戦車のような三輪車を引っ張る三羽のブルク。
あれと、乗車しているアグ・シメノス人三名。道路にいる監査官が指示を出している風景を思い浮かべた。その監査官の横には、やはり護衛の兵士だな。
人物が六人。ブルク三羽。三輪戦車。
よし。イメージは出来た。これも情景模型になるだろう。
前回の模型はいい値段になった。私の趣味全開の模型みたいなものだが。
しかし、これには時間をかけるだけの価値があるようだ。
まず、人物はどのような姿勢がいいか。独りが立っていて、手綱を持ったまま監査官と話している感じがいい。他の二人は座っていて、戦車の縁に手を掛けているが、二人とも長い槍を上にしている。
監査官は道路の左側に立っていて、道の先を指差している格好がいいな。その脇に二名の護衛の兵士。帯剣していて、一人は長い槍も持っている感じ。
兵士たちは全員革の鎧に兜も被っている様子。
途中で思いついて、戦車の後ろでしゃがんで話している護衛の兵士も追加して、人物は七人だ。
頭の中に、彼女らを思い出していく。
今回も、色を塗れないのが残念だが、木製でこのスケールモデルを作る。
やるのはまず、ブルクだ。
ブルクのサイズは、アルパカ馬の大きさとほぼ同じ。三メートルほどだが、首が長い。元の世界のダチョウの大きい版とでもいうのか。そういう大きさと姿だ。
三羽のブルクは、それぞれ、顔をやや変えて、見ている方向も別にする。まだ走り出していないので、足はそのまま地面に真っすぐだが、一羽は、片脚を上げている感じにするか。残る二羽も脚は平行ではなく、ずらしておく。見た目の問題だ。
脚は細いので、錐で穴をあけて、真鍮製の針金を通す。重量が掛かって折れないように。関節の曲がっている部分は、その位置で錐を使って穴をあけて針金を通し、下の脚部分の針金とは半田付けで接合。その外側を膠を塗った木片でカバーした。
ここにかなりの時間がかかった。
次はあの三輪戦車。随分前に見たものだが、思い出せるか。
右手の人差し指を眉間に当てる。
目を閉じると、あの時の光景が瞼の裏に浮かんできた。
車輪の大きさもだ。
木材でまずは床板とか車輪を削りだす。
側面の板も切り出すが、これが湾曲させないといけない。
コの字ではなく、丸まっているのだ。
炉の作業の横で火を借りて、加熱しながら『やっとこ』で薄板を掴んで徐々に力を入れて曲げていく。
板の表面を焦がさないように、細心の注意が必要である。
そして、アグ・シメノス人の彼女らを造るのは、案外難しい。全員顔が同じだからで、表情だけ変えるという、難しさがある。目が細いし、ここは特に気を使う。
姿勢も重要だ。情景模型であるから、自然な立ち姿やら、座った姿を掘り出さないといけないのだ。
まあ、これを錫で作る訳ではないので、型抜き出来ないかも、とか考える必要はない。これで、型抜きを考えるとなると難しさは確実に一段、いや二段は上がる。
これまた、頭の中のイメージを頼りに一心不乱に彫刻刀を振るった。
最後は組み立て。
まず、三輪戦車を組み立てる。
次は土台を例によって石畳の状態になるように削って、再現。
これは奥行きが五フェム。二一センチほど。
道の長さは七フェム。二九・四センチ。
この周りを囲う額縁も造る。額縁の隅に、私の署名と、紋章だ。◇とMとVを入れた。
出来上がったブルクから、仮に配置し、馬具のような紐部分を布で作り、垂らしておく。で脚の下に真鍮棒を埋め込んで、板の方に穴をあけて止める。樹脂も少し使って接着。
これも位置を間違うと、情景模型としての完成度が一気に下がる。
慎重に配置していき、三輪戦車も車輪の下に真鍮棒を埋めて、地面に挿す。
地面の方に樹脂を少し付けて、接着。
さあ、残りはアグ・シメノス人フィギュアの配置だ。
これも地面に立っている三人は、靴の下に真鍮棒で留める。
戦車の中の三人はごく短い真鍮棒を取り付け、床に穴をあけて樹脂で接着。
最後の一人。地面にしゃがんでいるので、片膝着いた膝の所に真鍮棒を挿して、地面に止め、樹脂で接着。
さて、最後は手綱。立っている一名に布で作った手綱をすべて纏めて持たせる感じで、樹脂で止める。
よし。十分だ。
自分でも満足のいく出来映え。
最後は、これを入れる箱だ。以前納品した時と同じく箱も造り、この箱にも自分の署名と紋章だ。
これは全部で一六日程掛かった。
まあ、アグ・シメノス人の兵士たちがこれを見たら、ここは違うとか言われるかもしれないのだが、私が今まで見てきた限りの知識で彫ったので、そうそう間違っているとは思えない。
私は、これまでにアグ・シメノス人の監査官や兵士たちをかなり多く見てきたのだ。
だからこの鎧姿とか、監査官の立ち姿には自信がある。
完成させたら、これもまた納品だが、その前に。
このままでは、私は金属細工で模型を作るのと、木工細工で模型を作る、模型職人になってしまう。
たぶん、外から見ればそういう認識になるだろう。
そしてああいう物は既製品的なカタログ記載は不可能だ。基本的には受注生産しかできない。
今回の模型は私が好き勝手に作っただけであり、それが売れるならそれでよし。という感じだが、毎回これで行ける訳もない。
となれば、商会の商品台帳に載せられるようなものを、一つは作る必要がある。
となれば、七宝か革だが何を作るか。
やはり革の鎧か。これなら自信作を提出できる。上と腕だけでも作るか。
しかし。この工房では革の細工はあまりやっていない。バッグくらいしかやっていないのだ。たぶん上半身の鎧を作る分でも、新たに仕入れて貰わねばならないだろう。
それに、誰が鎧を買うのか。買った本人に合わせて、微調整が必要だが、商会を通しての売りっぱなしでは、それが出来ない。
うーん。流石に鎧を売りっぱなしはやりたくないな。
そうなると、何がいいのか。
洋白で食器とかも、ここで私が作るべきものではないだろう。それならまともな炉がないと厳しいのだ。型を作って、流し込む必要があるからだ。
自分の作業場があるならともかく、ここで作れる、既製品のような物は何だろうな。
私が人々の望む細工物を知らぬと、言い切ったリットワース師匠は、まったくもって正しい。
細工は裾野が広いが、鍛冶ではなく、はっきり細工となると難しい。
ここの工房の様に銀糸や金糸で、花とか鳥などを作るのが、それと判る細工なのだろうな。
しかし、革で行く事にしよう。これならリルドランケン師匠に習った革の加工が存分に生かせる。
つづく
爪切りの後は、細工。
これまた情景模型を作ってしまったのだが、このままでは、模型職人にされてしまう
次回第三王都で鍛冶と細工3
細工職人として、目録に乗るような製品を作ろうと考えたマリーネこと大谷である。