286 第20章 第三王都とベルベラディ 20-73 第三王都で雑事と商会2
次の節季の下宿代を代用通貨で支払い、さっそく出発。
一日で全部済ませないといけないのだ。
頼れる交通は巡回馬車しかない。
まずはマルダート商会に爪切りの納品からである。
286話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-73 第三王都で雑事と商会2
翌日。
起きてやるのは、何時ものストレッチから。
ネグリジェから何時もの服に着替える。
まずは水甕を持って、下に行き全部零して、良く洗って水を入れ替えて戻る。
朝の空気は、確実に前よりは温度が下がっている。
つまり、季節は確実に変わったという事だろうけれど、元の世界のようなはっきりとした四季があるようには見えない。
準備体操をやって、短剣とクレアス、ミドルソードを持って、再び下に降りる。
顔を洗ってから、空手からの護身術。そして、ダガーを使った謎の格闘術。ここまではいつも通り。
居合抜刀はミドルソードを使っては出来ないのが判ったので、クレアスで行う。そして、ミドルソードを使って剣の型を一通りこなす。
いつも通りの鍛錬をこなしてから、クレアスとミドルソードでの二刀流のあの訓練だ。クレアス自体はこういう事に使う剣ではないが、ブロードソードが無いので、これで代用である。
もう一度顔を洗って、上に戻る。
さて、今日やるべき事を全部まとめておこう。あれこれあるのだ。
来月の部屋代の支払い。夫人に言って、一節季分を前払いする。
それと、爪切りの納品だ。八本を革でくるんである。これを商会に売りにいく。
そして、商業ギルドの本館に行って納税。
それから、銀の細工に錫の細工の納品。
その次が鍛冶ギルドだ。先月の売り上げの皮紙を納めてくる必要がある。
で、出来れば鍛冶の作業ができる場所を借りられないか、相談してみる。
最後は、冒険者ギルドだ。
宿代の皮紙を置いてこないといけない。実は先節季のも、出してない。
支払いがどうなったのか、やや心配ではある。
で、少し小銭を出すのもやっておこう。ベルベラディに行った時に、大分小銭を使ったから、少し補充しておきたい。
蝋燭やら、灯火のための油なども買いたい訳だ。
よし。今日やることは全部頭に入った。一日で回り切れるかは、巡回馬車次第かもしれない。
……
扉の下に、朝食が差し込まれる。
これを食べたら、少し待つ必要がある。
流石にこの時間では夫人が下の執務室に来ていない。
彼女がいるだろう時間を見計らって、降りていく必要があるのだ。
ベランダに干している服を取り込み、本当はアイロンと言いたいが、この部屋にはないから、少し手で伸ばしてやって畳む。
さて、服はどうするか。
今日は作業がある訳ではない。
なので、白いブラウスと焦げ茶のスカート。ハーフブーツだ。
まだブーツの方はなんとか履けている。
これがきつくなってきたら、作り直さなければならないな。
階級章を首にかけ、職人の標章もつける。
小さいポーチに四枚の代用通貨。
リュックには、必要なものは全て入れておく。
で、鍵を掛けて下に降りる。
下のロビーの様な場所を掃除していたのは、コローナだ。
「おはようございます。コローナさん」
彼女は一瞬びくっとして、こちらを見た。
そして深いお辞儀だった。
「ヴィンセントお嬢様。おはようございます」
「早速なのですけど、ホールト夫人はいらっしゃるかしら」
「ご主人様は、奥の執務室で御座います。お嬢様」
「会えるかしら」
「はい。奥までいらしてください」
彼女は箒を壁に立てかけると、奥に向かい歩いて行く。
私も付いて行くと、コローナが扉を軽く叩いてから、扉を少し開けた。
「ご主人様。ヴィンセント様がお会いになりたいそうです」
「コローナ? いいわ。お通ししてちょうだい」
扉が開かれ、私は中に入った。
「おはよう。ヴィンセント殿」
「おはようございます。ホールト様」
「どうしたのかしら。こんな朝から」
「来節季の事で、ございます」
「また。気の早い事ね」
彼女は笑っていた。
「ホールト様。今回の、ような、事態は、滅多に、ある事では、ございません。ですが、実際、五〇日以上、ここを、空けて、しまいましたので、私は、早めに、契約して、おくのが、いいと、考えての、事で、ございます」
「いいわ。判ったわ。じゃ、書類を出してきますから、お待ちくださいな」
彼女は書類の束を纏めたものを持ってきた。
「今回も、一五〇〇にしておくわと言いたいところですけど、食事を出さなかった分があるから、それは今回の下宿代から引いておきます。」
彼女はそういって目を瞑る。
「えっと。第七節下後節の月第六週、一日目より、第八節上後節の月、第一週の一日目の昼まで、貴女はいなかったの。五七日よ。朝食と夕食合わせて一七一デレリンギ、引いておくわ」
「え、そんなに」
「ええ。次の節は一三二九デレリンギよ。いいかしら」
「は、はい」
「ここで、一七一デレリンギ戻してもいいけど、貴女は今日のお金に困るような財布事情じゃないでしょう?」
そういって彼女は笑う。
「ええ。いざとなれば、代用通貨が、ありますから」
そういって、私は冒険者ギルドのトークンを出した。
それを彼女に渡す。
彼女は受け取った代用通貨を裏返して、神聖文字で書かれた私の名前を写し取った。
そして彼女は二枚に署名するように言った。
「そうよね。ここと、…… ここに署名して頂戴」
私は言われた場所に署名する。
彼女は一枚を丸めて、リボンを掛けて封印し、私に寄越した。
「それ、出して来てね。それと、先月のは、まだ向こうに出てないのね?」
「今日、出してくるつもりです」
「そう。分かったわ。行ってらっしゃい」
彼女は書類を仕舞った。
「それでは、行ってきます」
「夕方までには、戻るのよね?」
「はい。夕食までには、戻ります」
私はお辞儀して、部屋を出た。
コローナはもう掃除を終えたらしい。ロビーにはいなかった。
私は一度、部屋に戻り、両腰にダガーを付ける。あと、左腰にはクレアス。
そしてリュックを背負う。
部屋に鍵を掛け直して、出発だ。
さて、表に出る。このまま一旦西に出てから北に向かい、更に東に折れる。いつもなら鍛冶工房に行く道なのだが、今回はこの先で、南に向かう巡回馬車を見つけなければならない。
向かう先はマルダート商会。この第三王都も、あのベルベラディのようなタクシーがあれば、頼めるのだが。
この王都では、個人のああいう乗り物を認めていないのだろう。
第二商業地区を回って、中央通りを南に向かう巡回馬車を待って、それに乗り込み、第一商業地区に入る手前の所まで乗っていく。
そこで降りて、マルダート商会を探した。
見つけて、取り敢えずは、中に入る。
「こんにちは。どなたか、いらっしゃいますか」
「おや?」
奥から男が出てきた。
「お、お、お。ヴィンセント殿。探しましたよ!」
ジャーロンが出てきた。
「色々あったようですな。ヴィンセント殿」
「はい。それで、今日は、納めていなかった、爪切りを、お持ちしました」
「ああ。お待ちしていました。何しろ、上の方では、密かに大人気になっているのに、作れる本人がいないとなって、先に買った人間が羨まれるやら、妬まれる始末。助かりますよ」
そんな事になっていたのか。
リュックを降ろす。
「刃先が、長いのは、ありません。今回の物は、最初に、納めた物と、同じです」
「いいですとも。今回の数は?」
「今回も、八本です」
「それでいいですとも。値段も、以前と同じですな」
「はい」
「では、すぐに売買契約書を書きます」
彼は下に置いてあったらしい、書類の束を取り出した。
私は黙って、鍛冶屋の代用通貨を渡した。
ジャーロンはずっと私の顔を見ていた。
いや、正確には首元だろう。
「本当に、白金の二階級になられたのですな。驚きです」
「はい。上から、押しつけられたのですよ?」
「それはまた。普通は、そうは言わないものですぞ。ヴィンセント殿」
そう言いながらジャーロンは笑って、書類を書いて行った。
三〇〇デレリンギで八つ。二四〇〇デレリンギ。
「ここと、ここに、署名を頂けますかな」
「はい」
私は所定の場所に署名する。
その間も彼は私の顔を見ていた。
「上からは、絶対に事情を訊くなと言われておりますから、残念ですよ」
そういって彼は書類の一枚を巻いてからリボンを掛けて封印した。
「これを、鍛冶ギルドに出してください」
「はい」
「また、刃先の長い方をお願いしますよ」
「判りました。暫くかかると思います。出来たら、お持ちします。それでは」
私は軽くお辞儀して、書類をリュックに仕舞う。
リュックを背負って、店を出た。
取り合えずは爪切りは好評らしい。
この需要だと、この爪切りに関しては私以外の人が作れるように、変える必要がある。
ケニヤルケス親方の所でも作れるようにした方がいいだろう。
たぶん、問題なのは中央の交差させる、芯棒の部分だ。
中央部分を加工が楽に出来る様にすれば、私の見極めの目が無くても、旋盤とかなくても、作れるようになるかもしれない。今日の夜にでも考えよう。
次。
商業ギルドに寄って、税金の支払い。行くべき商業ギルドは第二商業地区の方。
これは、残念ながら巡回馬車を待って乗ったら、とんでもなく遠回りだ。
歩いた方が多分早い。マルダート商会の近くにある東に抜ける道を通って、一本東に出る。
少し歩いていく。この辺は歩いた事がない場所だ。
周りには店もあるが、やや大きな建物がある。この横の道を通って東に出る。
どうやら商業ギルドの建物だ。倉庫もあるのだ。
この通りを歩いて行き、周りにギルドの建物が見え始めた。
大工ギルド。陶芸ギルド。細工ギルド。
通り過ぎて、第二商業ギルドの本館に向かう。
入り口の階段を上り、扉を開けて中に入る。
受付の男が私を見つけるや、こっちにずかずかと近づいてきたが、私の首にぶら下がっている標章を見て、その歩みが止まった。
私は右手を胸に当てた。
「マリーネ・ヴィンセントと、申しますが、納税に、参りました。どこに行けば、よろしいでしょうか」
男はぶるぶる震えながら私を指さしている。
「あ、あ、あ」
埒が明かないな。なんなんだ。この男性は。
「ディロン。どうしたのだ」
後ろの方から声がした。
あの姿は。もはや見慣れた服装。見慣れた髪型に顔。白い手袋。
腕の腕章が違っているのを除けば、いつも見る商業ギルド監査官である。
私は、お辞儀をした。
「マリーネ・ヴィンセントと、申します」
「ああ、ヴィンセント殿か。ヴァルカーレ監査官様から、話は聞いている。なんの用かな」
「あの。納税に参りました」
「ふむ。ああ、名乗っていなかったな。私はエルミーユ・リル・ティヴランだ。納税の方なら、右奥に専門の係がいる。だが、私も一緒に行こう」
そういうや、彼女は歩き出していた。
「ヴィンセント殿は、納税は初めてなのだね」
「はい」
「もうすでに聞いているかもしれないが、売り上げた節と、その次の節の二節季の間に、済ませないと滞納という事になる。例外は無いのだ。滞納すると、その時に支払うべき税額の二倍を納めるのと、その節の総売上額の半分を、罰金として商業ギルドに支払う事になる」
中々厳しいな。
「それは、行商人、も、ですか」
「行商人は少し異なる。彼らは一般人に、小口の商いをして糊口を凌ぐものたちだ。遅れた場合、二倍なのは同じだが、それ以上はない。三節季以上滞納すると、行商人の資格を失う。この方が彼らにとっては問題だろう。あまり厳しくしすぎても、納税しないで逃げる者が増えるだけなのでね。国境を超える際には、行商人は一律、越境税を支払う。納税せずに出ようとしても、結局は国境である程度支払う事になるのだ」
「わかりました」
なるほど。国内での行商なら、納税させる。国境を越えて逃げるなら、越境時に支払わせる訳だ。
行商は、額が大きくないからそれでいいと言う事なのだろう。
「お訊きしたいことが、ございます」
「なんだろうね。ヴィンセント殿」
「青空市場は、職人は、参加できないと、聞きましたが、理由は、なんでしょうか」
「理由は二つある。一つ目の理由は、売り手が職人なら、出来は保証されたようなものだ。それを一般の者たちと一緒に並べるのは、公平とは言えない。もう一つは、伝票の問題だ。青空市場では伝票は書かない。皆、ただ単に硬貨でやり取りする。それでは正確な記録もなく、納税が出来ないからだ」
「分かりました。ありがとうございます」
「ヴィンセント殿は、細工と鍛冶と両方、職人になっている。青空市場では、買う事は出来ても、売る事は出来ないと心得られたい」
「はい」
「破ると、これも罰則がある。独立しているか、否かで異なるが、独立をしている場合は、一定期間、独立標章が無効になる。罰則金もある。それは、青空市場を開いている街により異なるが。独立をしていない場合は、工房の親方がその責めを負い、罰金を納付する。場合によっては、工房を追い出される職人もいる」
「分かりました。気を付けます」
「うむ。買うだけにされたい。細工を売るのは必ず商会を通すように。鍛冶の場合も出来るだけ、商会を通して貰いたい。個人相手ならば、代用通貨を持つ者にのみ売るように。全額を代用通貨で取引し硬貨は使わないように。そして必ず伝票を残すようにな。其方が弟子もいる工房を持ち、店としての販売もある程度行うのならば、個人への販売も自由度が出るが、それでも制約はある」
そんな話をしていると、奥の受付の部屋の前についた。
彼女が扉を開けると、机の後ろに一人の女性が座っていた。
彼女は、このティヴランという監査官風の服を着た女性を見ると起立して、胸の前で手を水平に構えた。監査官の部下たちがやっていた敬礼だな。
「ティヴラン准監査官様」
「スヴァンホルム。今日はヴィンセント殿が納税をするそうだ。彼女の書類を見て、不備があれば、突っ返すのではなく、指摘してその場で直されたい」
「判りました。私は納税の受付をしているケルスティン・リル・スヴァンホルムと言います。ヴィンセント殿」
「マリーネ・ヴィンセントと申します」
胸に手を当てて、深いお辞儀だ。
「では、書類をお出し下さい」
「今節季ではなく、前節季で、三回、売りました。同じ商会で、ございます」
私は一枚の皮紙と、三枚の売買契約書を机の上に出した。
「はい。第七節。それぞれの通算日。売上とその税金額。問題ないようですね。そして、こちらがその時の売買契約書ですね。拝見します」
彼女は素早く三枚の皮紙を眺めた。
「三回とも代用通貨なのですね。この皮紙は、そのまま鍛冶ギルドにお持ちください。今回は拝見しましたが、普通は必要ありません。税額を計算して記録したら、この売買契約書はそのまま鍛冶ギルドの方に提出してください」
「はい。書き方で、良くない場所は、ありますでしょうか」
「ヴィンセント殿。貴女のお名前と紋章が、入っていません。この場で結構ですから、署名して、紋章もお書きください」
「はい」
迂闊だった。まさか名前を入れ忘れるとは。
彼女が青いインクの付いた羽根ペンを渡して寄越したので、納税の皮紙の下に、署名。マリーネ・ヴィンセントと。あとは紋章。◇の中にMとVを重ねた。
これでいい。
「はい。これで結構です。ヴィンセント殿、細工の方も同じように、お願いします」
彼女は、売買契約書の方を返して寄越した。それを受け取ってリュックに入れる。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
私が振り返ると、そこにはまだ、ティヴランという女性がいた。准監査官だったのか。
「ティヴラン准監査官様。ありがとうございました」
「ああ。ヴァルカーレ監査官様から色々指示は出ているが、問題なさそうだな。判らないことがあればここに来られたい。私はほぼここに常駐している」
「判りました。では、失礼いたします」
深くお辞儀して、外に向かう。
そうか。青空市場は完全に一般人向けなのだな。それか、食料品などの販売か。
まあ、行商をやらなければいいのだろう。
青空市場で適当に売ろうかと考えていたが、完全に出鼻をくじかれてしまった。
さらに言えば、個人売買はほぼ出来ない。というか、相手が代用通貨を持つ者のみということか。冒険者とか、他の職人、商会、商人ということだな。
まあいい。次だ。
つづく
商業ギルドで、納税の手続きをしつつ、職人は青空市場で売ってはいけない理由も聞かされるのだった。
次回 第三王都で雑事と商会3
鍛冶ギルドに寄って、居抜きの物件がなさそうか、訊いてみることにしたマリーネこと大谷。雑事をこなしていく。