285 第20章 第三王都とベルベラディ 20-72 第三王都で雑事と商会
ベルベラディに拘留されたのが長かったため、色々と雑事が残っている。
それらを翌日、全て一日で片づけてしまおうと考えたマリーネこと大谷である。
285話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-72 第三王都で雑事と商会
私はアスデギル親方たちと別れ、自分の下宿部屋に戻る。
考えるべき事がいくつかあるのだ。
私は、何時もの服に着替えた。
そして、椅子に座り込む。
沢山の商会にいっぺんに会わせられた事もあって、名前と顔はまったく一致しないし、思い出せない名前もかなりある。特にベルベラディで会った人々。
まあ、それはベルベラディに行って、オセダールに会えば、何とかなるだろう。そっちは問題じゃないな。
問題なのは、仕事場をどこにするかだな。
何処かの工房に入って、サラリーマンするつもりはない。それじゃ、何の為に独立をしたのか判らない。
あくまでもマイペースで物を造って、ゆったり暮らしていくというスローライフが目標なのだ。この第三王都にまで来てだいぶ時間を使ってまで、あれこれやったのは、その為だったのだから。
うむ。ブレてはいけない。
正直、年会費は予想外だったとはいえ、冒険者の方を止めない限りは、こっちの方での魔獣討伐で貰う金額で十分補填できるので、そんなにがつがつと作らなくてもいい。
となれば、後は鍛冶の音を考えれば、出来れば街の外か。
まあ、今までずっと忘れていたが、第三王都の支部長の部屋に預けっぱなしの魔石のお守りを、街の外の家に置けば、私が餌の匂いを出していても、魔物たちはおいそれと近寄れないだろう。
まあ、問題はそれをどうやって、運んでいくか、というのもあるのだが。
なにしろ、王都のほぼ中央にある支部にまで持ってくるのは大変だった……。
また、あれをやらねばならないのだ……。
何処に持って行くにせよ。
そうだ。もう一つ問題があった。
ブロードソードを折られてしまった。
さらにその残骸も持ち去られてしまったので、ミドルソードをこれから自分のメイン武器にするのがいいのか、それともブロードソードのようなものを、もう一度作るか。
いや。この王都では作れまい。
あれは、昼夜関係なく、体力の続く限り叩き続けたのだ。
それによって、あの鉄鉱石から作り出した鉄塊が鋼に近いモノに変わったのだ。見てくれはともかく。
ここの鉄が多少いい程度では、あのブロードソードの切れ味には到底及ばないだろう。
私の身長は少し伸びてきている。それを考えればミドルソードがこれからのメイン武器にできるか。
そんな事を考えていると、夕食が差し込まれる。
もうそんな時間だったのか。
私は壁にぶら提げた袋から箱を取り出して、燧石を打ち付けて火を熾し、ランプを灯す。
そして、扉下に差し込まれたトレイをテーブルに置いた。
手を合わせる。
「いただきます」
夕食を食べながら、考えた。
今日は第八節、上後節の月、第一週の初日だ。
このままいけば、私の仕事ができる家を探しだすのに、この八節以内で終わるかは微妙だ。とは言え、下前節と下後節合わせて八六日もあるから、見つからないとも限らないな。
ただ、何処から手を付けて探せばいいのか。まあ、そこが問題か。
あと、面倒な事務手続きがあった。
第七節で売った爪切りの件で、商業ギルドに売上の報告をしていない。
始まって早々に滞納扱いは避けたい。確か細工ギルドの支部で、支部長が最悪でも翌節季の終りまでに手続するように言っていた。基本はその節季末で提出だ。
第七節の終わり、といっても第五週の終わりに、ベルベラディに向かって事件に巻き込まれたのだった。
本当は第七週の四日目には戻って来ている筈で、そこで翌日に商業ギルドに出せばぎりぎりだったのだろう。
まあ、行く前にやらなかったのが悪いと言われれば、それまでである。
もしこれが、翌節季末だったとかなら、完全にアウトだ。
これは、後先考えずに慌ててベルベラディに向かったのがいけなかったのだ。あの日にまずは税金処理をしてから、翌日に出れば良かったのだろう。
だが。
もし、そうしていれば、あの演武大会を私が見る事もなかった。
そうであれば、あの事件は起きなかったともいえる。
紙一重の差で私はあの事件に遭遇して、その結果冒険者ギルドは変わったのだ。
そう考えると、良かったのか、悪かったのか、全く判らない……。
これは冒険者ギルドの正常化のために、私が支払ったコストの一つとしておくしかない。折られた上に失ったブロードソードも、だな。
あとは細工の方、あの銀細工の鳥と魚の跳ねている細工物、どちらも名前も紋章もない。入れないと売れないらしいから、銀細工の方、台の方にちゃんと入れるか。
食べ終えたら、まずはどっちも処理しよう。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。少しお辞儀。
トレイは直ぐに出入り口の扉の下に置く。
さて。細工道具を取り出し、あとは帳簿の箱も取り出してテーブルに置いた。
銀の鳥と魚の細工は、今日行ったあの買い取ってくれる商会に出せばいい。
あの商会が今までの資料を見て、値段もたぶん、決めるだろう。
細工の仮ギルドマスターの女性も、銀の鳥細工は相当な金額になると言っていた。他所で見せた時も同じようなことを聞いた。銀細工の鳥はかなりの金額になる筈で、これをリルドランケン師匠は自分の工房の物として、大都市に流すことはしなかったのだ。
これはリルドランケン師匠が私に寄越した、餞別だったのかもしれない。
リットワース師匠が私に作らせた、魚の跳ねている題材の細工物は、もう造っている細工工房はなさそうだ。これを独立試験に出す工房自体が、もう無いらしいからだが。
売れるかどうかはともかくとして、どっちも全力で作ったのは確かだ。
この二点、台の裏に慎重に◇とMに重ねてVを彫り込む。
台座の横。隅の方にマリーネ・ヴィンセントと名前を小さく彫り込んだ。
ほんの僅かな切り屑はすぐに、ほくち箱にいれた。点火用の貴重な木っ端である。
さて、これらを片付けて、税金の方だな。
以前に、帳面の方に記載はしている。
三〇〇デレリンギで二つ。個人売買で二分の税金か。六デレリンギが二つ。
一二デレリンギ。
次が、商会への売掛けだ。
最初が三〇〇デレリンギで一〇個。こっちは五分の税金。一五〇デレリンギ。
次の売掛けが三七五デレリンギで八個だ。同じく五分の税金。一五〇デレリンギ。
たった三つでも、この皮紙を使うのだから、この片面しか使えない方でいいか。
さて、日付もいるのか。
第七節、上後節の月、第二週二日と書こうとしたが、どうやら書き方がそうじゃない。
第七節まではいいのだが、そこから先はその節の通算日か。
うぐぐ。面倒だなぁ。
。
第七節、五一日、六〇〇デレリンギ。内訳三〇〇デレリンギ、二個。税一二デレリンギ。※商会の個人に販売。税率二分を適用。
次は第七節、下前節の月、第三週、二日だ。
第七節、一〇〇日、三〇〇〇デレリンギ。内訳三〇〇デレリンギ、一〇個。税一五〇デレリンギ。※商会へ商品卸し。税率五分を適用。
最後は第七節、下後節の月、第四週、四日。
第七節、一五七日、三〇〇〇デレリンギ。内訳三七五デレリンギ、八個。税一五〇デレリンギ。※商会へ商品卸し。税率五分を適用。
これでいい。たぶん。
たしか宿の方では、年初からの通算日で記入とか言ってたな。
それはそれで面倒だが、他の国も年の始めが同じ日であるなら、その記入方法はどの国でも通用するという事だな。
あとは、代用通貨での支払いの皮紙がある。これも全部処理だな。
第二商業ギルド、鍛冶、そして離れている冒険者ギルドか。
となったら、明日にこの下宿の部屋代をもう一節季分、払ってしまって、その皮紙もまとめて出してくるか。
あと、爪切り。これをあの商会に持って行くのも、纏めてやったらいいのだな。
よし、そうしよう。
明日、それもやって、全て回って出してこよう。
夕食後にマチルドがやって来た。
一緒にお風呂である。こんな時でも階級章は、肌身離さず持って行く。
あとはデレリンギ硬貨一枚を持って、ランプも持ってマチルドと共同浴場に向かう。
浴場では、またしても個室。
お湯をかぶりながら考えた。
元の世界には昔っから、『好事も無きに如かず』という慣用句というか諺があるのだ。
意味は、たとえよいことでも、それがあれば煩わしいので、むしろ何事もないほうがよい。というやつだ。
今回の白金を賜った件は、まさしくそれだ。
階級が上がったのだから、好事なのは確かなんだが、その後の祝賀会だのなんだの、その上、たぶん、たぶんだが、冒険者ギルドだけではなく、色んな場所で私を見る目が、これまで以上に変わってしまう。
背丈が小さいから、なおさら奇妙な目に晒される。
もう少し、大人の身長になれば、とは思うのだが。
身長は伸びてきている。このまま順調に伸びてくれれば、一四〇センチは問題なく越えて行くだろう。出来れば一六〇センチくらいまで行けば、私としては文句もない。
その場合、問題は服なのだが。
ガルアの裁縫屋で見たのは、全て大人の服だった。
基本的に背の低い子供服で、既製品がない理由は、アレだ。
ベルベラディに行った時に見た、亜人たち、准国民専用の学校兼寄宿舎。
あそこで、背が大きくなるまで学んでいるのだ。服も学校の方で用意しているのだろう。
何しろ、あの准国民学校は全て税金で運用しているというのだから。
となれば、オセダールは相当な金額で私の身長のドレスを造らせたのだろうな。
裁縫屋で既存の型紙はなさそうだから、完全にオーダーメイドになる。
まあ、それなら、布を買って自分で作った方がいいだろう。
とはいえ、そのための場所が必要だ。
服ぐらいなら、今借りている下宿でも、出来ないことはないが。
まあ、床に何か敷かないと、服を作る作業は出来ないな。
そんな事を考えながら、お湯に浸かる。
髪の毛がだいぶ伸びていた。
前髪は横に流していても、垂れてくるようになって、だいぶうっとおしい。
前だけなら自分でも切れない事はないが、鏡が無いのだ。しくじると相当変な髪型のまま暫く過ごすことになる。あの山の村の中なら一人だったから、それでもいいが、この王都の中でそれはまずいだろう。
何処かのタイミングで、きちんと切る必要があるだろうが、あのいかがわしい風呂なのかサウナなのか判らない場所にある散髪屋で切って貰えるのだろうか。
……
風呂を出て、更に体を軽く洗ってから体を拭いて、服を着る。
マチルドと共に、下宿に戻った。
……
寝る前に、一応確認しておこう。
ミドルソードを腰に付け、ランプを持ってベランダに出る。
手の方も少し伸びているなら、そのまま鞘から抜けるかとやって見たが、全然抜けない。
鞘を左手で腰のやや後ろに引っ張るのを、左からやや右後ろにする形で付けてみる。
剣を抜くのに少し左側から引っ張って抜いていく形になるが、やはり抜けない。
今は身長が少し伸びて、肩から手首までが約四〇センチ。刀身七五センチを抜くのは、やはり足りないのだ。
手を完全に一杯一杯に伸ばして、これでもぎりぎり抜けない。鞘を左手で抑えてかなり後ろに下げて、何とか抜けるくらい。
まあ、どうやっても今のままでは実戦には使えない。ミドルソードで居合抜刀は無理である。
今後、もう少し身長が伸びてくれればまた出来る様にはなるだろう。
身長が伸びる時期に入っているっぽいから、そんなに経たないうちに出来る様になると期待しておこう。
その場合、今持っているお洒落服が全て、着ることの出来ない古着になってしまうのだが。
あの布たちは高級品だから、それはとても残念だが、致し方あるまい。『ニコイチ』で古着再生とかも考えるようにしよう。
いやまあ、手工業で布を造るのは大変だ。糸を撚るのもそうだし、機織りも完全に手作業だから、膨大な時間がかかる。
そして、それを長距離運んでくるのも、基本荷馬車だから、大変なのだ。
元の世界でも、産業革命以前の服というのは財産だった。
中世の頃は下級民の服は一着しかない、着の身着のままという者も大勢いた。
そこから考えれば、まだ少しはましだ。
布はマカマ街で大々的に作っているから、かなりお金を出せば買えるとはいえ、そんな高い布でそうそう何度もお洒落服を作れないのだ。
思い出してみると、あのマリハの町で布を売っていたあの商会が、かなり安かったのかもしれない。
つづく
まず、提出する売り上げと税金だが、三件しかないので、これはそれほど大変でもなかった。これが何十もあれば、それだけで大変だったに違いない。
それと、気になっていた身長も測る。まだ、ミドルソードの居合が出来るほどには伸びていないことも判ったのだった。
次回 第三王都で雑事と商会2
次の節季の下宿代も支払い、納税に向かうマリーネこと大谷。
細工を提出の為、以前に行った商会にもいかねばならない。
やるべきことは山積みである。




