282 第20章 第三王都とベルベラディ 20-69 ガルア街から第三王都へ
いくつかの店を見て行く一行。
しかし北部はほかの街とは全く異なっていた。
ここ、ガルア街は屠畜の街だった。
それで、雰囲気が他の街とは異なっていたのである。
282話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-69 ガルア街から第三王都へ
ガルアの街は大雑把に言って、東西に街道が走っているスッファ街などと同じような構造である。この街道はベルベラディから始まる東の隊商道の一部だ。
街は大きく南北に分けられている。中央には大きな広場と市場、その横には青空市場や倉庫。そして商業ギルドや冒険者ギルドの支部がある。
南側は民家と小さな店が多かった。
西側はしっかりとは見ていない。
今回、見て回る所は東北側になる。
まずは街道から然程離れていない場所に荒物屋。
よく分からない農具のようなものと、よく分からない道具、そして包丁らしきもの。
ここは馬具屋も一緒になっていた。
アルパカ馬に付ける革の手綱等と一緒に口に噛ませる棒なども売っている。たぶん、固定客がいるのだろう。
こういう物はふらっと立ち寄った客が買って行くような事は滅多にないはずだ。まあ、馬具が壊れて困って駆け込む人はいるかもしれないが。
そこでは職人が、革のベルトを木槌で叩いていた。何か調整しているのかもしれない。
すぐ横が大工の仕事場のようだが馬車の直しをするらしい。
たぶん簡単な鍛冶もやっているのだろう。
荷馬車の部品を作る職人たちや、壊れた荷馬車を直す職人たちが数人いた。
懸命に荷馬車を直しているかと思えば、その奥では新しい荷馬車を作っていた。たぶん、直せない程壊れた荷馬車でもあったのだろう。
奥の方に小さな炉があって、そこで小さな部品は叩いているようだった。
こういう店というか作業場を第三王都で見たことはなかった。
たぶん、あちこちにある筈なのだが。無料の乗合馬車は、駅のような整備場のような場所があったので、あそこである程度の事はやっているのだろうけれど、大きく壊れて大がかりな修理なら、どこかに頼むのだろうか。
今や荷馬車は需要が急上昇だろうから、ここも大忙しなのだろうな。
私たちはその様子を暫く見守った。
「真司さんたちは、自分たち専用に荷馬車を買おうとは思わないんですか?」
私は取り合えず訊いてみる。
「マリー。荷馬車を買うだけなら、簡単さ。でもあの馬たちを飼うのは、簡単じゃない」
そう言って真司さんは千晶さんを見た。
「そうね。異世界の生き物ですからね」
千晶さんがそう言うと、真司さんは腕を組んだ。
「完全にどこかに落ち着いて住むのなら、飼うのも出来るのだろうけどね。エイル村でも、それは出来なかったな」
「あそこに、ずっと住むつもりじゃなかったからですか」
「まあ、そうなるかな。トドマ支部に所属していたから、あまり離れた場所に行く訳にもいかなかったし、マリーも見ているから分かっているだろうけど、鉱山の宿場町には、俺たちが二人で住めるような家はないし、トドマの港町もそうさ」
確かにそうだな。それにトドマの港町では、商会の厩はあっても、個人で荷馬車を持っているようには見えない。みんな輸送の仕事絡みだろう。
「そうですね」
「まあ、今度はベルベラディ預かりになったが、あくまでも仮の事らしい。北部の街道では、俺たちにだいぶ色々あったからな。ベルベラディ仮本部では俺たちの処遇に困って、持て余しているんだろう」
千晶さんは笑っていた。
「そういえば、ベルベラディ仮本部で私は白金の人を誰も見ませんでした。本当にいるのですか?」
「二人、老人がいた筈だ。白金二階級の人だが、もう引退したのかもしれない。あと一人は白金の無印でそれほど年は取ってない筈の人がいたな」
「第一王都と第二王都にもいるそうですが、白金三階級の人はいないのですね?」
「らしいね。昔はいたらしいが。白金三階級の人たちを打ち負かせる人がいたから最上位階級もあるんだろうし」
「そういえば、真ちゃん。第四王都の方にいた人は引退したらしいわよ」
「まあ、十分稼いだんだろうさ」
そう言って真司さんは笑っていた。
店を離れて、また少し進む。
裁縫屋だ。
かなり広い。棚には沢山の色のついた布が巻かれたものが積んであり、糸の球も多数ある。一部、どう見ても毛糸らしい球も多数、壁の所に積まれていた。
中は明るく、奥で服を仕立てている職人さんが多い。
よく見ると奥の方に壁がなく、戸が全て開いていて、中に光を入れている。
刺繍のような事をやっている職人もいる。
まあ、明るくないと目を悪くするから、明るくしているのだろう。
元の世界でも、英国だったか、娘さんたちが暗い部屋で昼も夜も刺繍をするので、全員が目を悪くしたとかいう話を聞いた覚えがあった。
あとは靴も置いている。服屋で靴も造っているとリルドランケン師匠は言っていたが、なるほど。初めて見た。
まあ、真司さんや千晶さんはきっと細工屋に頼んで特注で作ってもらうのだろう。
ここで売っている靴は、亜人たちの足の大きさに合わせた大きい物ばかりだ。
私が修行で作った靴も大きかったので、その辺りは分かっている。問題ない。
このお店ではある程度、決め打ちで用意しているのか。靴が並んでいた。
まあ、サンダルみたいなやつなら、若干は調整できるので、そっちを買う人が多いかもしれないが。
千晶さんは服を見ていた。
売られている服はデザインが如何にも、野暮ったいのだが、私もそれほどデザインセンスがいい訳ではないので、そこは目を瞑っておこう。
町中で見かける女性の服はここにあるようなデザインの服と似ていた。それか、作業服だ。
布は全てマカマの方で作った物をここまで運んできている訳だ。
運賃も加わるから布原価は高そうだ。
それで、まだ加工していない布を見ると、上質な布はかなり高い。
艶なしでも六フェルム×一五フェルムで四八〇デレリンギと値札にある。
マリハでは、この程度の布は八〇デレリンギだったはずだ。
運んでくる手間と需要の関係か。六倍とは、恐れ入る。
たぶん間に入っている商会が、相当な手間賃を取っているのだな。
やれやれ。
ここでは、男女共に作業服を並べて売っている。
まあ、マカマのような工場は見かけないが、作業服が必要な場所があるのだろうな。
裁縫屋を出て更に北側に行く。
何軒か見て行くと、工房のある家具木工店。
表から少し見学。大きなテーブルや椅子には飾り彫りが一部施されている。
これも細工師がやっているのだろう。
この規模の街になれば、家具は常にどこかしら需要があるという事だな。
その先には食料品店があった。
塩とか胡椒、植物油や砂糖、魚醤とか値段はともかく、扱ってはいるので、この街の料理の幅は広そうだった。
更に北東に行くと、ガルア街には奇妙なことに街の中に壁がある。
この先が街の外ではないのに。
そして何か獣の匂いがする。
ここには門番がいたが、門番たちはみんな鼻と口を覆う面頬をしていた。
「この先は、何があるんだい?」
真司さんは門番の人に訊いている。
「白金の冒険者殿。この先は屠畜場があるのだ。業者以外、普通の者が立ち入る場所ではないが、中に入るのか?」
北東の一角はどうやら屠畜場か。
取り合えず、訊いてみる。
「北側は、全て、そうなのですか?」
すると門番の女性が答えた。
「ヴィンセント殿。この街と、第三王都のすぐ南にあるトンケラは屠畜の街なのだ」
「分かりました」
なるほど。あの第三王都に大量に運び込まれる食肉は、こことトンケラという町なのか。トンケラは第三王都から南に向かう街道の横に広がるあの放牧場の横にでもあるのだろう。
まあ、第三王都までだと荷馬車でもだいたい半日の距離だ。
早朝出荷なら、昼にはつく。肉が傷む前に供給できると言う事だろう。
という事は、ここの屠畜場に行く仕事の人は相当多そうだ。
その割に動物の鳴き声がさっぱり聞こえない。臭いは大分あるが。
これも、何らかの方法で、相当な防音がしてあるのか。その辺りは不明だな。
「この近くに、鍛冶の、工房は、ありますか?」
「ヴィンセント殿、鍛冶工房を探しているなら、それはここではない。街の西の外れだ」
「ありがとうございました」
私はお辞儀した。
「そうか。この獣臭いのは、この先で大分捌いているのか」
真司さんがポツリと漏らし、千晶さんと共にまた歩き出す。
私は、警備の門番にお辞儀して、二人の後を追った。
……
この門の所から西に行く。だいぶ塀が続いていて、その塀の先は何かの大きな建物だ。
幾らか歩いて行くと、ようやく店なのか工房なのか、よく分からないのだが皮を扱う専門店があった。羽毛を扱う専門の工場なのか、そんなのもある。
そうか。この街の本当の姿はこの北側なのだな。
二人は、ちょうど中央の通りまで出ると、そこから南に向かった。
ガルアは、第三王都へ食肉と革を提供する重要な街なんだな。
街のかなり多くの男衆は、あの北側にある屠畜場に行っているのだろう。
それで、この街の中央を除けば、いまいち賑わいが少ないというのも、頷ける話だ。
中央に向かうに従って、個人商店とか工房ではなく、商会のやっている店や倉庫が増えていく。
ここは前にも思ったことだが、大商会が支配している感じがしない。
そういう商会があれば、中央の区画にどっかりと大きな商館を構え、大きな倉庫や店や大きな宿があっても不思議ではないのだが。
ここの街ならではの、何かの理由があるのだろうな。
中央市場近くに出ているフリーマーケットを眺めつつ、中央の街道に出た。
もうほぼ夕方で、西の方にある鍛冶工房に行く時間は取れそうになかった。
そのまま宿に撤収。
宿で出た夕食は、これまた油をたっぷり使った料理で、第三王都では食べた事のない物だった。
手を合わせる。
「いただきます」
出されたそれは野菜を茹でた上で粉を打って揚げており、それと肉も同じく粉を打って揚げてある。
今回出された全粒粉パンも第三王都ではまず殆ど見たことがない。
肉は魚醤タレに漬け込んだものらしい。
真司さんはかなり気に入ったらしく、沢山食べていたのだった。
スープは、よく分からないが、何かの骨と筋を煮たものだ。骨は取り除いてあったが、肉の味とは違う、独特のコクがあった。
途中で、果汁の飲み物も出された。これはやや甘酸っぱい味だった。
かなり、いい味で満足したのだった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。少しお辞儀。
ガルア街の食事は、第三王都で出る物より、好みかもしれない。
真司さんと千晶さんの意見も同じである。
これは肉が新鮮というのも大きいのかもしれない。
塩漬け肉や、干し肉、燻製肉からの加工ではないからだ。
翌日。
起きてやるのは何時ものストレッチから。
真司さんと千晶さんはまだ寝ているから、そっと着替えて、下に降りる。
サロンのような場所にいくと、何か所かに油のランプで明かりがあるものの、全体的に暗い。
それは、今日は雨だからである。
少し開いている場所を探す。
私は柔軟体操から、空手、そして護身術。ダガーを二本の謎の格闘術。
ここの所満足にできなかったが、朝のルーティーンである。
外の雨は時折激しく降り続けた。
外は大雨か。屋根に打ち付ける雨音が激しい。
今日は外に出るのはないかな。そんな事を考える。
そうこうしていると、真司さんと千晶さんも起きて来て顔を洗いに行った。
朝食は、またしてもコッペパンのような長いパンに、肉や野菜を挟んだ、サンドイッチである。それにやや甘酸っぱい果汁。
それを食べ終えて、一階のサロンに行く。
誰からともなく出た話題は、北側の屠畜場入り口の話だ。
「この街って、少し変わっていますね。街の人の職場はほぼ全て北側なのに、住民の方はみんな南に住んでいます」
私がそう言うと千晶さんが意見を述べた。
「そうねぇ。クルルトの人たちの宗教観でも影響しているのかしらね」
「中央市場はともかく、他の商業地区が出来たのは、街が出来てからだいぶ後なんだろうな」
真司さんも意見を述べた。
なるほど。そう考えると、何となく納得がいく街の造りであった。
ここは、アナランドス王国のアグ・シメノス人たちが完全に計画して作った街ではないらしい。たぶん、街そのものは彼女らが最初に造ったはずだが、内部は幾らか自然発生的な部分が多いのかもしれない。
そういう意味でいえば、たぶんニーレの町もそうだろう。
街道沿いに町が必要になって出来たと。ニーレの場合は漁業だろうけれど。
そんな感じだろうか。
あまりにもやることが無さ過ぎて、暇だったので、千晶さんがあの木製トランプを出して来た。
下手にポーカーとかはやらない。
全部伏せて、神経衰弱。それから七並べ。
三人でそんなのをやって過ごす。
夕食は、生肉を焼いた大振りのステーキとスープに生野菜のサラダだった。
……
翌日。
何時もの様に、起きてやるのはストレッチからのルーティーンだ。
空手からの護身術とダガーによる謎の格闘術である。
そして、私は千晶さんに渡すものがあった。自分で使っていた爪切りだ。
彼らが顔を洗いに降りて、また部屋に戻った時に出して見せた。
「今、手持ちの爪切りは、私が試作したものです。これを差し上げます」
「お、この世界では、爪切りがないから、何時もナイフで削るのが大変だったんだ。これはいいな」
「マリー、貰ってもいいの?」
「大丈夫です。実は第三王都で借りている下宿部屋にはまだいくつかあるんです。それで、少し売り始めているんです」
「値段は幾らなの?」
「今回のそれは、初期の試作品ですから、値段はないです」
そう言って笑うと、千晶さんもつられて笑っている。
「切れ味がすぐ落ちる事はないとは思いますが、もし切れなくなってきたら、分解して研ぐことが出来るようにしてあります」
「ああ。分かった。とはいっても俺は研がないけど」
真司さんがそう言って笑う。
朝食を済ませると、真司さんが冒険者ギルドのトークンで支払ってしまった。
ここの宿代が幾らだったのは、全く判らないが、安くはなかっただろう。
二人は冒険者ギルドに行くという。それで、私は一緒に中央まで出て、そこで別れることになった。
「真司さん、千晶さん、今回、一緒の宿で楽しかったです。またお会いしましょう」
「ああ。マリーは今は第三王都なんだな。俺たちは暫くはベルベラディさ。その後どうするかは、まだ決めてないけどな」
「そうね。あそこの仮本部にいても、多分やれることはほとんどなさそうですし、どこかに移籍するかもしれないわ。マリー」
千晶さんがそんな事を言うのだから、たぶん仮本部では相当、彼らを持て余しているのだろう。
「でも、北部の街道は、雨が酷いし、こっちの東の隊商道のほうが、暮らしやすいですよね」
私がそう言うと、二人とも笑っている。
「そうだね。少し考えるさ」
「それでは、またお会いしましょう。お二人が何処に行くにしても、ギルドで聞けば、白金のお二人の居場所が判らないなんて事はあり得ませんからね」
「ああ。そうなるだろうな。それじゃな。マリー」
「マリー、元気でね」
二人と別れて、中央市場の広い場所へ移動する。
中央市場で、第三王都の市場に向かう荷馬車に載せて貰う事にした。
一二デレリンギで、話が付き、荷馬車の後ろから前の方に移動して何とか荷物を降ろす。
そして、荷馬車は市場を出た。
街道はまだ、昨日の雨の影響で濡れていた。
空はやや曇ってはいるが、今日は雨も降りそうにはない。
……
大空に猛禽が二羽、大きく旋回して獲物を探っていた。
南から僅かに風が吹き抜けていく。
第三王都に向かう荷馬車は、今回は野菜ではない。山積みの箱に入っているのは肉であるらしく、やや生臭い臭いを放っていた。生なのか。まあ、塩ぐらいは塗ってあるだろうけれど。
場所を少し開けて、リュックを置いて、出来るだけ前の方に座る。そうすれば馬車は走っているので、臭いは後ろに行くからだ。
それ程急ぐでもない荷馬車は、半日弱ほどで西門に着いたのだった。
そこで降ろして貰った。荷馬車は門を入ってすぐに南に向かって行った。
まだお昼になったばかりくらいの時間だった。
私は冒険者ギルドにはいかず、そのまま巡回する乗合馬車に乗って、第四商業地区に向かい、部屋に向かったのだった。
つづく
雨も上がった朝。再びガルア街の冒険者ギルドを訪ねていく二人に付いて行き、中央市場で別れ、そこで荷馬車を捕まえて第三王都に戻ったマリーネこと大谷である。
いよいよ細工独立の方も、確定させる時が来た。
次回 第三王都細工ギルド
第三王都の下宿に戻り、翌日は細工工房へ。そして細工ギルドにも向かう。




