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278 第20章 第三王都とベルベラディ 20-65 ベルベラディからガルア街へ

 あまりにも、ベルベラディ仮本部の件で時間を食い過ぎてしまったマリーネこと大谷。

 白金の二人と主にガルア街の支部に行く事になったのであった。

 278話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-65 ベルベラディからガルア街へ

 

 休みの日は真司さん、千晶さんと街に出たかったのだが、雨が降ってしまい、出かけるのは諦めた。

 激しい雨が一日中、降り続けていた。

 

 翌日も雨。

 この日も宿の中で過ごす。

 真司さん、千晶さんたちと、サロンのような場所で紅茶とお菓子だ。

 そして私に着せられているのは、相変わらずドレス。今日の物は若草色である。

 

 「ヴィンセントお嬢様」

 オセダールがやって来た。

 

 「お嬢様は、独立職人の資格を取られたのでしたな。売る先が無い様な事は無いと思っておりますが、売る先に困る物があれば、私にお任せください。どんな物でも扱いますぞ」

 彼はいつになく笑顔だった。

 

 「オセダール様。祝賀会でも、申し上げましたが、私が、細工で、作るのは、たぶん、金属細工、木工、革靴、鍛冶の方で、包丁とか、短い剣に、なる、予定で、ございます」

 そう言って彼を見上げると、彼は左掌に右手の拳を打ち付けた。

 「そうでしたな。今後、どこかの工房に入るのですかな? それとも工房を立ち上げるのですかな?」

 「いえ。それは、今は、考えていません。工房を、立ち上げると、私は、この、階級章を、返すことに、なるのです」

 「ふむ。お嬢様は、今後も冒険者ギルドにいる事を選ばれているのですな」

 「はい。もう少し、続けるつもりです」

 オセダールは、少し思案顔だった。

 

 「お嬢様に合うような、独立職人を受け入れる工房があるといいですな」

 「では、少し、席を外させて貰いますぞ。皆さま」

 そう言ってオセダールは奥に行ってしまった。

 

 ドレス姿では空手も出来ない。きっちりとした鍛錬をやる事が出来ない日々で、すっかり体が鈍ってしまったような気がしてならない。

 

 ……

 

 夕食は、またしてもオセダールも参加しての晩餐会のような食事会だ。

 これはこれで、かなり疲れる。

 

 そしてその翌日。

 第八節季の上前節の月、第七週、二日目。

 

 流石に、もうこれ以上いても。と考えていたら、真司さんがオセダールと話していた。

 ここの宿の代金一切が今回の事件の事もあって、ベルベラディの商業ギルド仮本部が出すのだという。白金の二人の分も合算して請求するらしい。

 

 オセダールにしてみたら、どこから支払われるにしても違いはないだろう。

 私はかなりの時間を、ここで過ごしたことになる。

 

 第三王都を出たのは、第七節季の下後節の月、第五週の最終日だった。

 色々あって、この宿に来たのは第八節季の上前節の月、第二週、一日目だった。入り口の廊下に出されていたカレンダーらしきものを見たから、それは間違いない。

 第三王都を出て、もう五〇日以上が流れていた。

 

 私は何時もの服に着替える。

 また服を全部畳んで仕舞い、リュックに全て詰める。

 鉄剣はリュックに結び付ける。

 靴もいつもの物だ。何時もの物じゃないのは、左腰につけた短剣。クレアスくらいだ。そしてダガーを両腰に付ける。

 ブロードソードを失ったため、この鞘はリュックに入れておいた。

 

 箱馬車はオセダールが用意してくれた。

 御者がそのままガルア支部の横まで送ってくれるという。

 途中の町で宿泊になるのだが、それも手配するというのだ。

 そこまでしてもらうのも気が引けたが、真司さんたちは大喜びである。

 まあ。正直に言えば、私も大歓迎なのだが。

 

 「では、山下様、小鳥遊様、ヴィンセントお嬢様。またお会いできるのを楽しみにしておりますぞ」

 

 「ああ、ありがとう。オセダール殿。世話になった」

 真司さんが代表でお礼を言い、私と千晶さんは深いお辞儀だ。

 

 リュックを降ろして、箱馬車に詰め込み、三人が乗る。

 四人乗りで、アルパカ馬は二頭立て。御者の方が来て、お辞儀した。

 「私はアサック・ボーダンと申します。では、タオまで参りますが、距離がさほどありません。昼過ぎには着くかと思います」

 

 そういって、ボーダンは御者席に座り、アルパカ馬はゆっくりと動きだした。

 流石に、オセダールの所の御者だから、上流階級の客を乗せたりもするだろう。とてもスムーズな発車だった。

 

 箱馬車は暫くして、ベルベラディの東南の門に差し掛かり、アルパカ馬が少し()き声を上げ、止まった。相当な臭いで愚図っているのだ。

 

 門の外には多数の干物が吊るされていた。

 ああ。あれか。あれが例の魔除(まよ)けだな。

 

 私は態と日本語でしゃべった。

 「あの魚の干物が魔除けです。真司さん、千晶さん」

 「魔除け? マリー、それはどういう事なんだ」

 「今、私が日本語で喋っているのは、誰かにこの会話を聞かれて内容を知られたくないんです」

 

 あの時、特務武官は口外禁止、私から漏れたら(かば)えない。仮本部長も誰に訊かれても、一切話すなと言っていたが、この二人は知っておく必要がある。いや、知る権利があるのだ。

 あのスッファ支部での街道掃除にかなりの時間待たされた事にしろ、マカマ支部再立ち上げのための募集にしろ、そもそもトドマやカサマでの人員不足も、全てがそこから始まっているからだ。

 

 「オセダール殿のいっていた口外禁止の事か。マリー」

 「そうです。ですから、これから話すことは、誰にも言わないようにお願いします」

 「ああ。判った」

 真司さんと千晶さんが頷いた。

 

 「それで、この事件は、結構前からなんだと思います」

 「そうなのか。どれくらい前から?」

 「私が、この王国にくる前からだと思います」

 「そんなに前からなのか……」

 二人が絶句した。

 

 私は、どう切り出すべきか、少し考えた。

 

 「仮本部が余りにも動きが悪かったのは、仮本部の上層部三名が魔物にやられて、すり替わっていたんです。それもかなり前から、です」

 「な、なん」

 真司さんが素っ頓狂な声を上げかけたが、そこで、千晶さんが黙って真司さんの口を片手で塞いでいた。

 

 「完全に姿、声や性格、知識まで吸い取る魔物がいるそうです。もしかしたら、ですが、魂が吸い取られているかもしれないと言っていました。私はその魔物になっていた幹部三人に次々と襲われて、その三人を斬り(たお)したんです」

 「なるほど」

 真司さんがそう言い、二人が同時に頷いた。

 

 「何故、私に襲い掛かって来たのか、誰も判りません」

 「……」

 「あの時、広い訓練場は模範試合が行われていて、たくさんの冒険者の人が来ていました」

 「その日は祭りでもあったのか?」

 「年に三度ほどの演武発表の日だったそうです。その途中、いきなりです。本部長が走ってきました。本部長は業物の剣を持っていて、私のブロードソードは折れてしまいました。速さもかなりでしたけど、それが魔物の力なのか、その人の実力だったのかは判りません。ただ、傷をつけて転ばせた時に顔が元の魔物に戻ったんです」

 「そんな事があったのか」

 「マリー。その事と仮本部の対応が遅かった事と、どういう関係があるの?」

 千晶さんが訊いてきた。

 

 「副部長から説明がありました。その魔物は、元の人と同じ判断や決断を下せるかについては定かではなく、大きな決断が出来ずに迷う事が多々あるという事でした」

 二人は暫く沈黙した。

 

 ……

 

 「なるほどなぁ。本部のトップが決断せずに保留にしてしまっていたら、そりゃ、応援が来るも何もないな」

 そう言って真司さんが頷いた。

 「そうね。まして幹部二人もそうだったのなら、多くの事項で決断できない部分は先送りになっていたのでしょうね」

 千晶さんがそう言うと、真司さんは腕組みをしていた。

 

 「そういえば、マリー。さっきの魔除けってどういう事だ」

 「あの魚の干物は、独特の魚醤に漬け込んであるそうです」

 「くさやの干物に似た物、ということかい?」

 「だいたいそういう事だと思います。魔物はそれを炙った匂いがとても嫌いなのだそうです。死ぬほど嫌っていると言っていました」

 「だれが?」

 「副部長の女の人です」

 「ふむ」

 「それは、西の方の山に近い村で知られている物だそうです。そして、山に入る時には、それをつけていくのだとかいう話でした」

 「くさやの干物を炙ったやつを腰に付けて歩くのは、やりたくないね」

 彼はそういって鼻に手を当てた。

 

 「とても、とても、恐れられてる魔物だそうです。出会えばだれも助からないと言っていました」

 「そうだったのか。それで、いきなり襲って来たのにマリーは顔を盗まれなかったのかい」

 「それはなかったです。ただ、魔物の顔が現れた瞬間に、周りにいた人が全員動揺して、大パニックになったんです。それで、その事態を見てしまった人々を抑え込むために、仮本部についての噂話ですら禁止。あの事件を少しでも口にした人は、一切の地位と資格を失って王国から追放だそうです」

 「そんな事があったのか。そりゃ、誰も何も言わなくなる訳だな」

 「そうね」

 二人とも頷いていた。

 

 「あと、街の中の人々も、徹底的に調べたそうです」

 「調べるって、どういうことだ」

 「あの街自体が一度完全に封鎖されて、街の人全員、あの干物を炙った匂いを嗅がされて、正体が現れた者はその場で槍で処刑だったそうです」

 「……」

 二人が顔を見合わせていた。

 

 「私は、ずっと隔離されていました。街が封鎖されていた間は、商業ギルドの用意した館でした。」

 「そうだったのか。それから、オセダール殿の宿に預けられて、仮本部に呼ばれていって、マリーには白金が出されたんだな」

 「はい。かなり上の方が決めたとかで、もう、拒否する余地はありませんでした」

 「うはははははっ」

 真司さんは大笑いだ。

 

 「大体判った。有難うな。マリー」

 「いえいえ」

 

 「しかし。その姿も顔も声から性格まで盗むっていうのは、恐ろしい魔物だな。つまりドッペルゲンガーみたいになるのかな。この世界では今まで聞いたことがないが」

 「はい。今までに聞いたことがない化け物ですよね」

 「そうね。ここに来る途中の王国でも、私は聞いたことがないわ」

 そう言って、千晶さんが頷いた。

 

 とりあえず、この化け物話はここまで。

 

 箱馬車は暫く、木々に囲まれた街道を走っていると、町が見えてきた。

 タオの町だろう。

 

 御者は商業ギルドの館の横にある宿に箱馬車をつけた。

 そこで一泊。

 しかし、宿代は全て御者の人が、代用通貨で支払ってしまった。

 

 翌日は、箱馬車はニーレの町だ。

 ここも商業ギルドの館の横にあった商館のやっている、やや高そうな宿に泊まる事になった。

 「随分、人が多いな」

 真司さんがそんな事を言うので、私は少し考え、それから教えることにした。勿論、日本語だが。

 

 「ここは、造船所があるんです。少し前ですが、このカーラパーサ湖南で魔物が暴れ、沢山の運搬船が沈んで、大被害が出たそうです。それで今は帆船の作り直しに大忙しです。大工や様々な作業員がかき集められているんです」

 「へー。そんな事があったのか」

 「そういえば、何だか、工員や大工が多い感じね。こんな小さな港町らしくないわ」

 周りを見回していた千晶さんがそう言う。

 

 「ここ、ニーレの港に所属していた帆船は殆ど沈んだようですから、一年か、下手したら二年か三年くらいは造船が続くでしょう」

 「そうだったのか。こんな小さい町では、人が収容しきれないだろうな」

 「そうね。たぶん南の方に拡張するでしょう」

 千晶さんは、ここからではやや遠い港を眺めていた。

 

 商館がやっている宿は、商人たちで混んでいた。

 「ここは、宿の中も混んでいるな」

 真司さんがそういうが、これはましな方だ。

 「安宿は、工員さんや行商人で一杯ですよ。ここに泊まった時は安い宿しかなくて、それも値段が上がっていて大変でした」

 「ああそうか。マリーは王都からベルベラディに向かったから、ここは通ってるんだよな」

 

 宿の中にも沢山の商人がいるというのは、このニーレの町に大きな商機があるという事だな。まあ、相当人が集まってきた訳だ。色々な物が取引されるだろう。

 夜になると雨が降り始めた。篠突く雨が一晩にわたって降り続いていた。

 だいぶ激しい雨だ。

 

 翌日。

 昨晩の雨は上がっていた。外は酷くどんよりとした曇り空だ。

 私は起きてからやるストレッチと柔軟体操、空手からの護身術までは出来るのだが、宿の部屋の中では短剣すら振るう事が出来ない。

 だいぶ、まともに練習できない日が続いている。

 

 この日、箱馬車はニーレの町を出て、アガワタ河を渡る。河の水がだいぶ増水して、濁流となってカーラパーサ湖に注ぎ込んでいた。

 この河は、少し上流には確か沼の様になっている所がある筈なので、そこの沼も大変な事になっているかもしれない。

 私はそんな事を考えた。

 

 箱馬車は、まだ雨に濡れたままの街道をひた走る。

 

 昨日夜の雨は本当に激しかった。

 街道の脇は泥で一杯だ。そこを歩いてくる人たちがいる。

 野営しながら移動しているのだろうか。

 

 箱馬車は、やや足早に街道を走りガルアの街中に入る。

 持っていた地図の距離は全く当てにならなかった事を思い出す。

 最初に到着した時に、ここはキッファ街ぐらいの規模だなと思ったが、その通りで、スッファ街の方よりは少し大きい街なのだ。

 

 箱馬車は、中央にある街道を通って中心地の辺りで左に折れる。

 つまり北の方に向かった。

 暫く進むと、そこで停まった。

 御者が降りて、外からドアを開けた。

 「ボーダン殿。ありがとう」

 真司さんはそういって千晶さんの手を取って降りる。

 私はリュックを持ち上げようとしたが、それをボーダンが横から、持ち上げて地面に降ろした。

 

 「ありがとうございます。ボーダン殿」

 私も丁寧にお礼を言うと、彼は少し笑顔を見せ、私の腰辺りに手を当てて箱馬車から降ろした。

 「白金の三名様を一度にお運びするなど、滅多にある事では御座いません。当家の誇りとして語られることになりましょう」

 彼はそういって深いお辞儀をした。

 「それでは、オセダール殿に、宜しく言っておいてくれないか。ボーダン殿」

 「それは、もう」

 「じゃあ。お世話になった」

 真司さんが手を振ると、彼は深いお辞儀だった。

 

 さて、リュックを背負って、街路の横にある歩道で辺りを見回す。

 辺りは漆喰の白い壁の建物で一杯だ。

 

 すると、すぐ横にあったのが冒険者ギルドの建物だった。

 ガルア支部だ。

 真司さんと千晶さんは一休みもせずに、支部の中に入っていくので私も付いていくだけだ。

 

 真司さんは冒険者ギルド支部の扉を開けた。

 「邪魔するよ」

 相変わらず真司さんは、丁寧な挨拶などしない。

 係官が目を見張ってこちらを見ていた。

 

 

 つづく

 

 ベルベラディ仮本部の事件は二人が知っておくべきだと考えたマリーネこと大谷。

 大雑把にこれまでに起きたことを語ったのだった。

 そして箱馬車はガルア街に着く。

 

 次回 ガルア街と支部

 白金の真司と千晶は、ガルア支部に入り、ヨニアクルス支部長と面会する。

 そこにマリーネこと大谷も付いて行く。

 そして、ヨニアクルス支部長に何が起きたのかを知った三人だった。

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