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266 第20章 第三王都とベルベラディ 20-53 第三王都での細工2

 休日はまず、次の節の部屋代をまとめて、代用通貨で支払い、また図書室に行くのだが、捗々しい結果は得られない。

 マリーネこと大谷は結局、七宝焼きを学ぶことにする。

 

 266話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-53 第三王都での細工2

 

 翌日。

 起きてやるのはストレッチから。いつも通りのルーティーンだ。

 今日は休みなので、やるべきことは洗濯。

 これも、もはやルーティーンである。

 それと、そろそろ次の節季の賃料を支払っておきたい。

 

 ホールト夫人に会い、また一節季分を支払うのだ。

 下に降りていくと、またマチルドが掃除をしていた。

 「マチルドさん。ホールト夫人に会いたいのですが、よろしいかしら」

 「はい。ヴィンセントお嬢様」

 彼女は、深々とお辞儀する。

 

 奥に入っていき、ホールト夫人に会う。

 「また、早く払いに来たわね。ヴィンセント殿は」

 「今回も、一節季で、支払います」

 「分かったわ。今、書類を用意するわね」

 今回も冒険者ギルドの代用通貨で支払う事になった。

 この日が第七節、下後節の月、第四週の終わりだからあと三週間もあるのだが、何があるかわからない。早め早めの手続きが吉である。

 彼女の書類を見ると、今回も、前回と同じく一五〇〇だ。

 そうしたら、代用通貨を渡して、既定の場所に署名。

 これでいい。

 彼女から封印された皮紙を受け取る。

 

 

 それから、またあの図書室に行ってはみたが、収穫らしいものはない。

 ガイスベント王国の書籍が少しでも戻ってこないかと、期待しては図書室に行くのだが、目ぼしいものはない。

 

 色んな国の書籍が、共通民衆語に翻訳されているものの、世界地図がないから位置関係が分からず戦争物はよく判らない。判るのは、ガイスベント王国と北方の国であるガーンゾーヴァ王国との小競り合いくらいだ。そしてこのガーンゾーヴァ王国以外に北方の国が出てこない。寒すぎて人がほとんど住んでいないか、そういう場所には国としてまとまる程の人口がない、ということか。

 

 砂漠の国より南西は多くの国があるらしいが、ごちゃごちゃしているようだ。

 真司さんも確か、砂漠の国を出てから南東にある海に向かうと、沢山の国を抜けて行く間に両替でどんどんお金が減ったとか、そんな事を言っていたからかなりあるのだろう。

 

 そして、南の隊商道の最終地点が、その近くにあるストレーム王国か。マチルドとコローナの出身国だな。

 たぶんホールト夫人もその近くの国だろうな。なにしろラタニエ島とその布を知っていたのだから……。

 

 うーむ。どの本から見るべきなのかすら、判らない。

 何しろガイスベント王国の本はないし、アシンジャール王国の本は、その戦争の歴史ばかりだ。あの砂漠の国のそういうことを知ったからといって、何かの役に立つとも思えない。

 

 結局、ガイスベント王国の関連する本が戻ってくるまでは、どうにもならなさそうだった。

 

 

 翌日。

 

 私はアスデギル工房で、七宝焼きの方をお願いすることにした。

 「アスデギル親方様。私は、あの、色のついた、硝子を、金属に、載せる、細工を、やろうと、思います」

 「おおそうか。では、作業場に行こう」

 アスデギル親方についていく。

 

 行った先は小型の炉がいくつかある第二作業所だ。

 「ミシュー。ミシュー、来てくれ」

 「はい。親方様」

 「ミシュー。ヴィンセント殿は、色ガラスを銅板に載せるのをやりたいそうだ。教えられる部分は、教えてやってくれるか」

 「分かりました。親方様」

 

 「ヴィンセント殿。こちらへ」

 

 取り合えず、彼はやり方を教えてはくれたが、まず筆が必要だった。

 「道具は、まずあのような、様々な太さの毛筆が必要です。あれは商会行けば買えます。そして、色の薬を、ああやって水で溶いて、そこに石英の粉を混ぜてから、銅板に載せて行きます。それを炉に入れて熱すると色が付くというものです」

 「はい。判ります」

 幾種類かの太さの毛筆が必要で、それを使って、釉薬を真鍮板に載せていき、模様を造る。そしてそれを焼くのだった。

 

 「色は、様々な金属を混ぜて作りますが、これはどこの工房も独自の混ぜ方ですので、自分でそれは見つけてください。ヴィンセント殿。焼いてみないと判らないという色は多々あります。それで、貴女がこの工房で弟子として、アスデギル親方様の下で修行するのでないと、お教えできません」

 やれやれ。様々な色を出すために、通常は色見本がある筈なのだが、それは見せられないという。

 この工房で秘密になっている調合比率があるのだろう。まあ、それは仕方がない。

 

 まず灰色の粉を貰う。色硝子の素材ならば、これは酸化コバルトだな。これは焼けば深い蒼が出るはずなのだ。

 まあ酸化コバルトでも黒いやつがあるので、注意が必要だな。

 

 これをシリカと一緒に水に溶いて、真鍮の板に載せ、八〇〇度にしたいのだが、ここは少し温度が高い。二分弱で加熱だ。炉に入れて、すぐ脈を数える。

 扉にはシャッター付きの小さな窓が付いていて、これは中が僅かに見えるようになっているが、酸素の取り入れ口でもある。還元させる場合はこれも閉じなければならず、あとは勘だけが頼りだ。

 私の脈拍は、多分だが、通常時で六五くらいだ。それなら二分間で一三〇だ。

 ここの炉は温度がやや高いから一二〇で私は扉を開け、『やっとこ』で真鍮を掴んで取り出した。

 

 深い蒼になっている。瑠璃(るり)色だ。

 真っ黒い粉も少し渡された。手に入りやすいものだろうから、これは酸化第二銅であろう。触媒無しなら、これはスカイブルーになるのだ。

 取り合えず、細工道具の箱にある四つの坩堝(るつぼ)では足りそうにない。

 これは毛筆も含めて、皿を買う必要がある。これは親方に訊いておこう。

 銅板や真鍮板に細工を施すのは、私にとっては簡単である。

 

 錫の粉も混ぜる。これは本来は陶磁器の皿などに使うものだが。

 錫石を乳鉢で潰して粉にすると酸化錫が得られる。これにさらに鉛の粉を少量混ぜる。

 これは本来は、元の世界では陶磁器を彩色する際に白くするのに使うのだ。不透明の白色や白い光沢、つまり艶のある乳白色を出すのに、ふっ化カルシウムやりん酸カルシウムを混ぜて使われていた。

 また、これは顔料や釉薬の色安定剤にもなるので、錫は混ぜて使う。

 

 色は、様々な金属で出せるのだが、この工房では色見本は見せて貰えないのだから、仕入れ先も教えて貰えないのだろうか。うーん。

 

 アンチモンなら黄色。マンガンなら鮮やかな紫色。(すみれ)色というやつだな。そして酸化コバルトで瑠璃色。

 黄色はアンチモン以外にも銀、ニッケル、クロム、カドミウムなどで作る。

 

 緑だとクロムだ。クロム、鉄、銅。これらを混ぜる。

 難しいのは鮮やかな赤。これには金がいるのだ。銅やコバルトなども使う。

 そのために元の世界でも赤い硝子は少なく、そしてとても高価だった。

 

 赤紫なら、ネオジムとマンガンなのでネオジムが希少金属とはいえ、金ほど高くはない。たぶんだが。

 黄赤ならセレンとカドミウムである。この異世界でこの手の金属が容易に入手できるかどうかで、この手の色の価格が決まるだろう。

 

 混ぜるのに使うシリカは石英の粉だ。硬いがとにかく粉にすれば得られる。

 硝子を造るなら、これにソーダ灰、これは草木を焼いた灰でいい。もう一つ石灰が必要だ。これは(あられ)石や方解石(ほうかいせき)があれば、それを砕けば得られるが、貝殻や石灰岩でも得られる。

 

 創るの自体は難しい事は無いのだが、まず、この釉薬の仕入れが大変そうだった。恐らく少量では売って貰えないだろう。

 

 多数の釉薬をかなりの量で買って、それらで作ってくことになる。

 これは人数の多い工房でないと、たぶん使い切れないから赤字である。

 

 まあ、鉄もそうだった。あの鉄塊一本の重さが、元の世界の何キロなのかは正確には判らないが、三キロ以上ある。

 日本刀は鋼だが、一振り七〇〇グラム程だ。つまり五本くらいは作れる。

 とはいえ、長さが七〇センチから八〇センチ程。この王国のこの第三王都では普通にその二倍の長さだ。つまり、二振り程だな。しかし、これが包丁なら八から一〇くらいは作れる。そして、鉄塊は最低でも二本以上からだといっていた。

 ケニヤルケス親方があの時、五〇本も買ったのだ。

 人数のいる工房ならではの買い方だ。

 私が今後、独りでやっていくのなら、そんな買い方は絶対にできない。

 

 つまり、七宝焼きはお手伝いに行った細工工房でやっていない限りは、自分一人でやるのは難しいという事だ。色が少ないモノなら可能ではあるが。

 

 完全に工房を造るにしても、その場合は細工工房か、それとも刃物専門で鍛冶工房にするか、選ばなければならない。

 ダブルタイトルのリットワースは鍛冶屋を選ばず、鎧づくり専門の細工工房になった。

 私ならたぶん逆だ。鍛冶屋だが、細工物も出来る。くらいだな。

 

 うーむ。自分一人で独立職人、工房ナシ。というのなら、どんな物を造ろうと構わないのだろうけれど。

 どのみち、それを売る先は必要だ。

 

 ……

 

 指輪とか、革をやるべきか。

 この工房は革はあまりやっていないとは言っていたが、革のバッグは作っていた。そっちに行くか……。

 いや、革はもう自分でバッグも造れないことはない。大きさを客に訊いて、その大きさにすればいいだけだ。

 

 となれば、あの銀糸の細工は?

 いや、あれこそ工房が必要だろう。個人で出来るものではない。

 銀糸を売って貰えるならともかく、この工房ではここで銀糸、金糸を作っていた。

 となれば、もう指輪、耳飾りという方向だな。

 アスデギル親方はここでは木工はほぼやっていないと言っていた。箱くらいは作っていたが、あれは指輪や耳輪を入れて売るための物だろう。

 

 とはいえ、今はこの七宝焼きを続けよう。

 『教えてください』と言って頼んだのは私なのだから、何かしら結果を出さないと、別のをやりたいとは言いにくい。

 

 私は自分の細工箱にある道具で、銅板を細工する。

 そうだ。リルドランケン師匠が木の板にやっていた透かし彫りだ。

 それをこの小さな銅板にやって、草の葉っぱのような模様を作り込み、周りの余分な部分を切り落とす。

 (やすり)で綺麗に仕上げていき、その葉っぱ中央に釉薬を載せる。

 なかなか複雑なものになった。

 

 よし。楕円のブローチを考える。その楕円の外にまた楕円枠。楕円のその枠の内側を透かし彫りにする。所々は釉薬を載せられるようにする。

 中央の楕円は、やや厚めに盛るように縁を造ろう。これも細工の範疇だ。

 

 楕円部分を叩いていき、そこを凹ませる。外側が縁になる。更にその外側に透かし彫りした葉っぱなどがあり楕円の枠が大外にある。という造り。

 銅板を何枚も加工して、この形を作った。

 

 マンガンを少しと酸化コバルト。

 あとは乳白色の釉薬も少し貰う。

 乳白色の方は外側に載せていく。真ん中の楕円をマンガンで。そして周りを酸化コバルトだ。

 これで、真ん中が紫色で、周りの草の透かし彫りが瑠璃色で縁取りが乳白色というものが出来上がった。

 

 出来上がれば、あとは焼くだけだ。

 

 アスデギル工房に数日通い始め、どうにか数個出来上がった。

 私は出来上がった、この細工物をアスデギル親方に見せてみる事にした。

 

 「アスデギル親方様。試作して、出来上がった物で、ございます」

 透かし彫りを周囲に施した楕円のブローチのつもりだ。裏側にピンをはんだ付けすれば、服に止める事もできるし、細いチェーンで首から吊るのも出来るだろう。

 

 「なるほど。なるほど。こういう物を欲しがるような商会を探して、まずは繋ぎとしてこれを一つ渡すのもいい。その前に、確認しておきたいのだが、ヴィンセント殿。君はもうベルベラディの仮マスターには会っているのかね?」

 「え、いえ。第二商業ギルドの、監査官様の、手配で、この細工の、独立標章が、発行、されましたので、まだ、お会いしていません」

 「それはいかんな。うむ。ケニヤルケス殿のほうでは、彼が君を預かって、弟子扱いで、独立職人の試験までやったのだろう?」

 「はい」

 「それなら、それは、ベルベラディに行って、仮マスターの承認を受けねばならん。それは細工も同じだ。君がここの正式な弟子なら、私の責任で売る事が出来るが、君は細工が未承認のまま、これの販売は出来ん。君は直ぐに、ベルベラディに行きたまえ」

 「は、はい。判りました。行ってまいります」

 「うむ。承認を受けたら、また来るがいい。第二商業ギルドのヴァルカーレ監査官様からは、細工商売の仕入れと売り、納税の所までを指導するように言われているが、君が仮マスターの承認を受けていないとなると、未承認の独立職人が商品を作って売買したことになるのだ。それは流石に、私の責任問題になる。直ぐに、承認を受けてきなさい」

 「はい。では、荷物を片付けてきます」

 「ああ。君の承認済み報告を待っているよ」

 

 

 つづく

 

 七宝焼きでは、色見本は見せて貰えなかった。

 自分で、探らねばならない。

 他の細工も考えたが、まずは七宝焼きで結果を出そうと、アクセサリを作るのだが、マリーネこと大谷がギルドマスターの承認を受けていないことで、このまま販売は出来ないという。モグリ販売をすれば、アスデギル工房に迷惑が掛かる。それでベルベラディへと行く事になったのだった。

 

 次回 独立承認でベルベラディへ

 第三王都を意気揚々と出発するも、道のりは遠かった。

 結局、途中で荷馬車に乗せてもらうマリーネこと大谷。

 

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