263 第20章 第三王都とベルベラディ 20-50 第三王都での鍛冶鍛冶独立試験2
毎日、懸命に叩き順調に鍛造も終える。焼きなましも行って、刃物の強度も上がった。そしてやや面倒な円弧を描くかのような、緩いカーブの刃も研ぎあげて行く。
果たして、出来栄えはどうだったのか。
263話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-50 第三王都での鍛冶鍛冶独立試験2
毎日、鍛造。ひたすら叩いた。
四日めに、もうよさそうだという感じになった。
高温の溶鉱炉で完全に溶かしていく訳ではないから、どうしても炭素は三パーセントか四パーセントくらい、あるいはもう少しはある。鋼にはならないのだ。
見極めの目で見ても、もう十分に出来ている。
私は水に入れて急冷してから、今度は極めて温度の低い炉の方で熱を入れていく。
焼き入れはやってあるので、これは焼き戻しだ。
まず低温で行う。一五〇度Cから二〇〇度C。つまりは普通の炎の温度よりも低い温度だ。炎から遠ざけないとこの温度にならない。この温度でも鉄は徐々に変化していくのだ。ここではやっていないかもしれないが、これが低温焼き戻し。これは一時間かかる。ここに時計はないから、変化を見極めの目で見ていくしかない。
そうしたら一度空冷。
完全焼き鈍しも入れてやる。これがまた。温度はやや高め。八八〇度Cくらいから徐々に下げていく。七二〇度Cくらいまで、時間をかけて下げる。
そして、空冷で放置。
今回はここまで。見極めの目で見ても、刃の鉄が均一化しているのが分かる。
次は柄を付ける、のだが、とりあえず平の部分に自分の紋章を入れる。鏨を使って、◇の中にMとVを重ねて入れる。平の真ん中に自分の紋章を刻み込んだ。
そして木の柄を付ける。これの長さも指定されている。
八フェムで握りの太さは八フェスと言われているから、まず二つに割った木の棒の半径を四フェスつまり一・六から一・七センチとする。
で、中子を入れられるように、彫っておく。ここで中子に開けた穴、三か所の位置を柄に記しておき、そこに穴をあける。
ここで刃を研いでいく。
刃元の部分はかなり急角度を付けた二等辺三角形。
鈍ったら、すぐ研いでもらうしかない。ここはあまり研いでしまうと骨を切った衝撃で毀れる可能性が高いから、斜辺の長い三角形にはしない。
刃元の先は、少し寝かせて研いでいく。こっちは肉や筋を切る部分だろうから切れ味を確保する。カーブの部分が大変である。少しづつ位置を変えつつ、角度を合わせて研ぐので、手間はかかる。これを切っ先まで。
終わったら、反対側だ。
まっすぐに研ぐのと違い、時間がそれなりに掛かり、研ぐのは四日。きっちりと研いでおいた。
休みを挟んで、その翌日。
今度は柄を付けて、根元の部分。つまり『鍔』の所から柄の部分。
刃が重いのでここをしっかり持って骨などを切るだろう。従ってここの造りには気を遣う。
ここに元の世界なら口金といって、極めて薄い金属を巻いて止めるのだが、ここにあるのは、余り薄くはない鉄の板だ。これを少々叩いて薄くして、使いやすい厚さにした。
これを刃の根元に巻き付け小さな穴をあけてやる。
そこにこの巻き込んでいる鉄の板の先端を少し細い状態にして、その先端だけあけた穴の内部に打ち込んで止めてやる。ここは特に慎重に巻き付けている。
あとはハンマーでかなり叩いて、やや変形させた。これで一応しっかり止まっていた。
ここは釘を打った方がいいのか、少し迷ったが今回はこれで。
中子に開けた穴の所に差し込むようにして、鋲を通しておく。鋲は叩いて、留めた。そして柄には薄い皮を巻いていく。柄尻の手前で革をきっちり縛る。
さて。これで出来上がった。
いよいよだな。
これの切れ味を試してみる必要がある。
そこにケニヤルケス親方がやってきた。
「おお、どうやら、出来上がったようじゃないか」
「親方様。まだ、調整を、していません」
「ふむ。何かを切ってみたらいい」
ちょうどそこにゼワンがやって来た。
「どれ。私がやって見よう」
ゼワンが出来上がったばかりの解体包丁を掴んで、工房の材料置き場に向かった。
彼はそこにある、かなり太い丸太に向けて無造作に振り下ろした。
それは音もなく樹皮を切り裂いて刺さった。それだけではなかった。
刃は途中で止まることもなく、あっという間に丸太の下の方まで刃が食い込んでいる。
……
ゼワンも親方も無言である。
これでは、いいのかどうかすら分からない。
勿論、バランスもだ。
「……。親方……。ヴィンセント殿は武器を造っちまったようで」
「わーっはっはっはっ。そうか。そうなるか。ヴィンセント殿の腕は、やはり武器向きなのだな」
「刃の重さを生かして、振り下ろしただけで、これだ。こいつを冒険者や武芸者が手にしたら、いったいどうなるやら」
ゼワンが困惑した表情で、そういって丸太から刃を抜いた。
この刃物をそのまま親方に渡す。
「よろしい。今見たものが全てだな。これは儂が預かる。ヴィンセント殿は部屋に戻って休みなさい。儂は少しこれを見てみる」
「分かりました。それでは今日は失礼します」
リュックを背負って工房を後にする。
まだ夕方には少し早かったが、下宿に戻る。
歩きながら考えた。
また、やり過ぎたか。
しかし、やってしまったものは、もうしょうがない。
まあ、これで独立はまかりならん。とはならないだろう。
あとは、ベルベラディにいる、仮本部のギルドマスターの面接による簡単な審査だな。
これがいつあるのか。こっちからベルベラディに行かねばならない。
これまで、ずっと考えないようにしていたが、たぶん細工の方もベルベラディにいって、ギルドマスターに会う必要があるのだ。
両方、まとめてやったほうがいいな。
となれば、細工物とリルドランケンとリットワースの書状は持っていく方がいいだろう。まあ、色々聞かれるのは間違いないのだが、細工の代用通貨を提出だな。
これを見て貰えれば、たぶん納得してもらえるだろう。
どういう人がギルドマスターなのか全く知らないのだが。
……
翌日にはまた、ケニヤルケス親方がやってきた。
「ヴィンセント殿。いるかね」
「はい。ここに」
私は、入り口近くの扉を開けたばかりの親方の所に行く。
「また、マルダート商会から催促が来ていてね。ヴィンセント殿の爪切りはまだかと、ね」
「既に、一〇個は仕上げてあります」
私がそう言うとケニヤルケス親方が左目だけ閉じた。
「早速行こう。ブロール! ブロール。来て貰えるか」
奥からブロールがやって来た。
「はい。親方」
「荷馬車を出してくれるか。ブロール。これからマルダート商会に行く。君が御者をやれ」
「分かりました。親方」
彼はさっと出て行った。厩に入れてあるアルパカ馬と荷馬車を出しに行った。
「爪切りは、全てが、同じでは、ありませんが、いいのでしょうか?」
「ふむ。その理由は何かな。ヴィンセント殿」
「試作品の、木型、ですから、まだ、最低限の、調整だけです。すこし刃の、長さを、変えた物も、あります。全てを、揃えるなら、木型は、新たに、起こす、必要が、あります」
「いやいや。まだ構わんさ。あっちもまだ手探りだろう。宣伝用に数が欲しいというだけさ」
「分かりました。では、持ってまいります」
流石に全部同じ革袋に入れて持って行く訳にもいかない。揺れてガチャガチャと当たれば傷だらけになる。
一つ一つ、丁寧に革でくるんだ。
まあ、一つ三〇〇デレリンギである。これくらいはやらないとな。
そうしたら、これをリュックに入れた。
ブロールが御者で、横に親方が乗り、私は相変わらず荷馬車の一番前だ。
荷馬車はゆっくりと、マルダート商会に向かって行った。
ブロールもどうにか、御者を出来る様になったばかりくらいで、あまり上手ではないが、荷馬車は商会前に到着。
ブロールには、そのまま荷馬車を見ていて貰うように、親方は言い残し、さっさと降りて商会の扉に向かった。私もついて行く。
マルダート商会では、またジャーロンが出てきた。
親方は気軽に話しかける。
「やあ。ジャーロン殿。お待ちかねの物を用意した。ヴィンセント殿が少し作ってくれたぞ」
ジャーロンの顔が笑顔になった。
「それは良かった。父が、いえ」
そこで彼は咳払いした。
「会頭が、まだかまだかと、お待ちしておりました」
「まだ、試作品です。先日に、お持ちした、物と、ほぼ、同等品です」
ジャーロンの目が輝くのが分かった。
私はリュックを降ろし、そこから革に包んだ爪切りを取り出した。
「全部で、一〇個です。お確かめ、下さい」
彼は早速、革の中の爪切りを取り出し、刃先を見始めた。
「なるほど。なるほど。全部が同じでは無いのですね」
「はい。幾つかは、刃先の、長さが、違えて、あります」
「それは助かりますよ」
彼はいくつかの爪切りを確かめて、実際に握っていた。
「いいでしょう。この一〇個、仕入れとして、買い取ります。書類を作りますから、ヴィンセント殿、代用通貨をお願いします」
「はい」
彼は書類を書き上げていく。
売買契約書
ケニヤルケス工房所属のヴィンセント製の爪切りを買い取りで仕入れる。
個数一〇点を買い取り、一点三〇〇デレリンギとする。〆
当商会は、代用通貨にてこれを売主に支払う。三〇リンギレである。〆
買取担当署名欄
売主 署名欄
その他 欄
責任者は、当商会、ディエリー・オグ・マルダート会頭である。〆
「さあ、ヴィンセント殿。署名をお願いする」
私は鍛冶屋の代用通貨を渡してから署名した。マリーネ・ヴィンセントと。
彼は私の代用通貨の神聖文字を書きとってその他欄に書き込み、それから彼の名前を署名。
もう一枚にも同じように、私が署名し、彼も神聖文字をもう一度書き込み、署名した。
「さあ。これをお持ち帰りください。それと、父が、失礼。会頭がこの刃先をもう少し伸ばしたものを作って欲しいと言っております」
「あまり伸ばすと、逆に切り辛く、なると、思います。刃を伸ばせば、良いと、いうものでも、ないです。爪が厚くて、切り難い、ということでしたら、返って、刃が、長いと、危ないです」
「そういう物ですか」
「怪我を、されると、困ります」
「ふーむ。それはまあ、使った人物の問題ですな」
「では、もう、少しだけ、伸ばした、物を、作って、見ますが、買い取って、頂ける、保証が、ないと、困るのです」
「いいですとも。では、伸ばしたものを幾つ持ってきてもらえますか」
「そんなに、沢山は、作れません。八個です」
「分かりました。その八個を買い取ります。今から書類を造ります」
彼は書類を書き始めた。
売買仮契約書
ケニヤルケス工房所属のヴィンセント製の爪切りを買い取りで仕入れる。
個数は八個である。〆
価格は随時、話し合うものとし、ここでは買い取る事を約束した事実を、記載するものである。〆
買取担当署名欄
売主 署名欄
責任者は、当商会、ディエリー・オグ・マルダート会頭である。〆
「これで宜しいでしょうか」
「はい」
「では署名を」
これまた、二枚に署名した。
「さて。これでヴィンセント殿も売買の経験だけでなく、仮売りの経験まで出来たな。あとは納税だけだ」
ケニヤルケス親方がそんな事を言い、ジャーロンと二人で笑っている。
「少し、大きくします。価格は、高くなると、思って、下さいませ」
「ああ、大丈夫だよ。ヴィンセント殿。出来るだけ、早く仕上げて欲しいが、状況が状況だ。無理も言えない。よろしく頼むよ」
「はい」
「では、ジャーロン殿。また来るよ。ヴィンセント殿。帰ろう」
「はい」
ジャーロンは態々、店の外まで出て来て見送った。
ブロールが御者でアルパカ馬に軽く鞭を入れ、商会を後にした。
私は相変わらず荷馬車の荷台だ。
つづく
また、やりすぎてしまったマリーネこと大谷だった。
しかし、親方の評判は悪くはない。
翌日にはまた親方と一緒に爪切りを売りに行ったマリーネこと大谷。
更に刃先を伸ばした爪切りの追加注文も受けたのだった。
次回 第三王都での鍛冶独立試験3
工房でまた、爪切りの木型から起こす事になった。
親方はベルベラディに行ってしまった。
いよいよ独立承認も近い。