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261 第20章 第三王都とベルベラディ 20-48 第三王都での続々鍛冶見習い3

前書き

 親方の知り合いの商会で爪切りを出すのだが、相手はこれがよく分からないらしい。

 ミューロックは先に皮紙やらインクやらを頼んでしまう。

 マリーネこと大谷は商売上、必要になる売上伝票などに使う皮紙とかペン、インクを買う事になった。

 261話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-48 第三王都での続々鍛冶見習い3

 

 「さて、誰かいるかね」

 親方は、気軽な感じで扉を開けて中に入った。私もついていく。後ろからミューロックが来て扉を閉めた。

 「おや、ケニヤルケス殿。珍しいですな。どうなされました」

 「やあ、マルダート殿。今日は少し珍しいものを持ってきた。それで、少し相談があるのだ」

 「ふむ。どのような?」

 親方と話しているマルダートという男は、焦げ茶の髪の毛。やや癖っ毛。髪の毛は肩よりは上で切りそろえている。

 眉と目はやや細い。顔全体がやや四角か。顔の彫りは深い。顎が少し割れている感じで、全体的に濃い印象を受ける容貌だ。身長は二メートルといった所だ。

 まあ、身長は平均的なものだろうが、顔の方は平均的とは言えない。

 

 親方は私の作った爪切りを取り出した。

 「これだ。これは、今、我が工房で預かっている、独立鍛冶師候補の者が作ったのだ。紋章を入れさせたが、まだ完全に独立ではない。だが、この出来映えは十分に独立鍛冶師が作ったといってよかろう」

 相手のマルダートは、まだそれの目的が判らないらしい。

 「マルダート殿。これは爪切りなのだよ。小刀で切るよりは、安全で早く終わる」

 「これが? 爪切り?」

 「そうだ。儂も使ってみた。これはいい。家族にも使わせたが、評判はよかった」

 「なるほど。見せてください」

 マルダートという男がそれを見始めた。

 「(はさみ)の変形といった所ですか。なるほど」

 「これはまだ、試作品なのだ。これはここ、マルダート商会で売れる物かね」

 「価格に寄りますな」

 そこで、ケニヤルケスは、大きく頷いた。

 「造った者は、奥ゆかしくてね。これをたった三〇〇デレリンギでいいというのだ。どうだろうね」

 「誰が作ったのです?」

 ケニヤルケス親方はそこで私を指さした。

 「今日、ここに連れてきた。このお嬢さんだ。名前はマリーネ・ヴィンセントと言う」

 「ほほう。こんな背丈の低い方が、鍛冶師とは驚いたな」

 「ご紹介にあずかりました、マリーネ・ヴィンセントと、申します。どうか、よろしくお願いいたします」

 私は深いお辞儀をした。

 

 「おや、これはご丁寧に。私はジャーロン・オグ・マルダート。この商会では父の元、ここでの売り買いの担当をさせてもらっている。よろしく、お嬢さん」

 彼は胸の前に手を当てた。ごく軽い会釈だ。

 

 「さて。これをちょっと預かっても構わないだろうか。売れる物なのかどうなのか、この場では判断が出来ない」

 「委託販売をするつもりはないのだよ。マルダート殿。もし、ここでは扱えぬというのなら、他を当ってみる」

 「分かった。ケニヤルケス殿。委託販売にはしない。それは約束しよう」

 そこにミューロックが口を挟んだ。

 「マルダート殿。ここで皮紙の束や羽根(ペン)青墨(※インクの事)は扱っているかね?」

 「はい。勿論ですとも。ミューロック殿」

 「ヴィンセント殿が、これから必要になる訳だ。一式揃えて持ってきてくれないか?」

 「いいですとも」

 彼はそういうと、奥の方の扉を開けて、行ってしまった。

 どんなものを買うのか、取り合えず訊いてみる事にした。

 「ミューロック殿。必要になる物、一式というのは、どんなものですか、高いですか?」

 「はは。ヴィンセント殿が困るほど高いもの等、あるまいよ。皮紙の束や、青墨の壺やら、縛る帯紐。入れておく箱。そんなものだ。価格もそう高いものではない」

 なるほど……。

 「分かりました」

 

 ……

 

 大分すると、ジャーロンが平たい箱を持って出てきた。横に少し年輩の男性がいる。

 「ヤンデル・ケニヤルケス殿。お久しゅう」

 少し年輩の男性もやや顔が濃いな。

 年配の男性がきっちりと右腕を曲げて胸に当て、それから掌を返し、ゆっくりと少しお辞儀した。

 正式な挨拶だ。

 「おお。本当にお久しぶりですな。ディエリー・オグ・マルダート会頭殿」

 ケニヤルケス親方も右腕を曲げて胸に当てるや、それから掌を返し少しお辞儀した。初めて見るな。ケニヤルケス親方も、こういう儀礼は普通にこなすのだな。

 

 「さて。かなり珍しい物を持ってきたようですな。ヤンデル殿」

 この年配の男が、この商会の会頭か。という事は、この若いほうのジャーロンの父親という事だな。

 「ここのお嬢さんを、今儂の工房で預かっていてだね。第二商業ギルドの上の方からのお達しなのだ。その彼女が、爪切りだといって鋏のような形のものを作った。爪専用だそうだ。まだ試作なのだが、これはここで売って見て、評判を訊きたいのだよ」

 

 「なるほど。ヤンデル殿。まずはここで切ってみよう。儂の爪を切ってそれで決めよう」

 

 年配の男はそれを掴んで自分の左手の小指の爪を切り始めた。

 ぱちんという乾いた音が響いて、爪の欠片が飛んで行った。

 年配はもう三度、四度、音をさせると、小指の爪は綺麗に切れたようだ。

 

 「なるほど。切れ味がいい。しかも短刀で切るより、遥かに安全だな。これを幾つ持ってきたのだ? ヤンデル殿」

 「まだ、試作でね。今日はもう一個だけだ」

 「そうか。それは残念だな。一個は儂が貰おう。幾らだね」

 「このお嬢さんは奥ゆかしくてね。たった三〇〇デレリンギでいいというのだよ」

 「なんと。これをその値段でいいのかね」

 「ああ。それで彼女はまだ完全に独立した訳ではないのでね。独立のために皮紙による記録も経験させたい。お分かりだろうか」

 「なるほど。それは構わないさ。ジャーロン。それをそこのお嬢さんに説明して差し上げなさい」

 「はい。父上」

 「客前では会頭と呼べと言っておるだろう」

 「はっ。ディエリー会頭」

 どうやら、このジャーロンはまだ修行中らしいな。

 

 「さあ、ヴィンセント殿、でしたな? この箱には、この王国で商売する者ならば持たねばならないものを入れてあります」

 彼が箱を開けてみるとそこには、インク壺、羽根ペンが三つ。巻いてあるリボンと何やら茶色の蝋? 封印用か。

 下の段には、皮紙の束。それの大きさは元の世界の紙ノートよりは僅かに小さく見える。

 

 「この皮紙は幅が三三フェス(※約一二・八センチ)で縦は五フェム(※二一センチ)だ。この皮紙は取引で必ず二枚一組で使う。一枚は客に渡すからね。これは綴じてあるものもある。それは値段が高いが、あると便利だが買うかどうかは貴女次第だ」

 「幾らするのでしょう」

 「まず、この束の方は単票と呼ばれている。五〇枚が一組で二〇〇デレリンギ。あとはこの青墨が八デレリンギと羽根筆は三本で四デレリンギ。幅のあるこの紐は、封印用だ。職人は赤を使うのが普通なので、赤色のものを一フェムト巻いてある。これが三デレリンギ。この焦げ茶色の蝋。これも封印に使う。一フェルムで一デレリンギだ。二本入れておいた。濃い黄色の物もあるが、普通は焦げ茶でいい。あとはこの箱が二〇デレリンギだ。いいかな」

 「分かりました。先ほど仰っていた、綴じてあるのも見せて頂けますか」

 「ああ。実はこの箱の下段にいれてある。この単票を取り出して、その下だ」

 束を取り出してみると、糸でしっかりと綴じた皮紙がそこにあった。

 

 「これは、宿などではよく使われているから、ヴィンセント殿も見たことがあると思う。これは八〇枚で一組として紐で綴じてあるが、一番上の木の板は、止めてない。そして一番下にも木の板が入っていて、下の方が丸まったり折れたりしないようにしている。大きさは、横幅が四フェム(※約一六・八センチ)、縦は七フェム(※約二九・四センチ)だ」

 「お値段は幾らでしょう?」

 「これは新品の革でね。やや高い。六七〇デレリンギだ。ただ両面使える。単票の方は、裏は使えない。その違いはある」

 「分かりました。全部頂きます」

 男性は微笑んだ。

 「全部で九〇七デレリンギです。今、書類を用意しましょう」

 彼は奥に行った。

 

 「さて、ヤンデル殿。もう一個は、次の商会同士の寄り合いで見せて、他の者たちに使わせて見ようと思う。なので、儂が二個とも買い取る形で良いだろうか」

 「なるほど。では二個とも仕入れではなく、お買い上げという事でいいのかな」

 「評判が良ければ、更に注文をしようと思う。それは当然引き受けてくれると考えておるのだが、どうだろうね。ヤンデル殿」

 「勿論ですが、現在、大工道具の量産に注力しておりましてな。その合間に、という形にならざるを得ませんな」

 「うむー。荷馬車ともう一つのせいだな」

 年配のディエリーの口がへの字に曲がった。

 そこで二人の顔は微妙なものになったのだった。お互いこれ以上は口にしない。

 そんな暗黙の了解だ。

 

 「ヴィンセント殿。覚えておきたいのは、ここで相手商会が、仕入れで買うなら、商会のほうが伝票を作るのだ。自分の手元には売った先の商会が作った伝票が残る。この時にはこの伝票から、自分が納めるべき税金として五分を計算して、どこかに記録しておくのがいだろう。それをさっきの綴じてある帳簿の方に書くわけだ」

 ケニヤルケスが私の方を見ている。

 「もし、自分が売った形なら伝票は自分が作る。この時に代用通貨なら、二枚書いて、一枚は相手に渡す。硬貨による低額取引ならいちいち伝票を渡すことはしない。省略も許されている。だが、金額が大きい時は必要だ。一回の取引で一リングレットを超えるような時は、必ず伝票を起こし、客の署名が必要になる。これは、高額だと税率が違うからだ。職人の場合は売り上げの一割だ」

 高額取引だと、税率がだいぶ違うのか。

 なるほど。

 

 この皮紙は表紙を一枚捲ると、最初の三枚には何か書いてある。

 これをとりあえず避けて、まっさらな皮紙を取り出した。

 で、書かねばならない。

 

 あの時のマリハの商会で書かれていた、きっちりした売買書類を思い出す。

 右手の人差し指を眉間に当てる。

 

 ……

 

 うっすらとだが思いだした。エールゴスコ商会のあの商人は恐ろしくきっちりした売買契約書を書いて見せたのだ。

 アレを思い出して、真似をすればいい。

 

 売買契約書

 売主 署名欄 鍛冶師 マリーネ・ヴィンセント

 買主 署名欄 

 その他  欄 

 

 売買品目 新開発の道具である、爪切り〆

 売買金額 総額六〇〇デレリンギ〆

   詳細 単品価格三〇〇デレリンギ。販売個数二個〆

 

 詳細記入欄

 今回は試作品である。買主は当該の品物の不具合については、売主であるヴィンセントがそれを対処するが、保証期間は買った日から一節季とする。

 その他、特記事項

 保証期間内に刃が壊れた場合、その破損品を新品と交換するものとする。

        〆

 

 私は二枚をこのように書いた。

 「ほお。随分と書き慣れたような書類だね」

 覗き込んだのはディエリー会頭。

 

 「では、代用通貨の支払いでいいかね?」

 ディエリーがそう言うと、私が何かを言う前にケニヤルケス親方が口を挟んできた。

 「ヴィンセント殿は、まだ神聖文字が書けんのでね。私が代書するが、それはいいかね? ディエリー殿」

 「ああ、構わんさ。商業ギルドの方で、それを文句言うやつはおるまい」

 そういいながら彼は自分の商会の四角い代用通貨(トークン)を懐から出してきた。

 それを受け取って裏返したのは、ケニヤルケス親方。

 「ここを見たまえ、ヴィンセント殿。貴女も自分の代用通貨を見れば、判る筈だが、ここに王国の神聖文字で書かれている物がある。これは一枚一枚、すべて異なる。これを書類に書き写して、あとで提出時に、この金額を自分の代用通貨の方に入れてもらうのだ。だから間違えて書いてはいけない。今回は私が代筆する。いいね」

 彼は羽根ペンを持つと、その他の欄に神聖文字を書き写すのを二回。二枚とも文字が入った。

 「これでいい。ディエリー殿、署名をお願いする」

 ディエリーが頷いて二枚とも署名した。ディエリー・オグ・マルダート、と。

 彼が羽根ペンを返して寄越した。

 それを箱の中に仕舞う。

 

 「さあ、今日はこれで、ここに来た用事は終わった。二人は少し待っていてくれるか」

 「ディール。どうしたんだ」

 ミューロックが少し訝しげな顔になった。

 「まあ、久しぶりに顔を出したので、ディエリー殿と少し話したいのでね」

 「分かった。じゃあ、待つとしよう」

 

 「ディエリー殿。ちょっと奥で話をしないか」

 「ああ。ヤンデル殿。勿論だとも」

 そういうと二人は奥の方の扉に向かって行ってしまった。

 

 「では、何かお茶でも出しましょう。ミューロック殿。ヴィンセント殿」

 そういうとジャーロンが席を外し、別の扉を開けて、そこに入っていった。

 

 暫くの間、ミューロックと二人になってしまった。

 取り合えず、箱の中に今回の初めて書いた売買契約書を仕舞った。

 

 すると、ジャーロンが戻って来た。私たちに低いテーブルがあるほうに来るように言うので、そちらに行って座る。

 そこに彼はお茶を置いていた。

 赤黒いお茶だ。渋みがあるが、他の味も少しする。香りはシナモンに近い。

 

 ミューロックは落ち着かなさげだ。それでジャーロンと世間話を始めていた。

 私は、お茶を飲みながら待つだけだ。

 その時にジャーロンが言った。

 「ヴィンセント殿。その筆記具の会計を済ませましょうか」

 「はい。私も代用通貨でいいですか?」

 「ええ。構いませんよ。では九〇七デレリンギですので、確認して下さい」

 

 そう言われて書類を見る。

 会計筆記具、一式になっていた。詳細欄にはちゃんと商品名は書かれているが細かく価格は記載していない。まあ、説明は受けてある。

 

 私は代用通貨を渡した。

 彼はそれを受け取って裏返し、それを二通に書きとって返して寄越した。

 あとは二通に署名するだけだ。マリーネ・ヴィンセント、と。これでいい。

 ジャーロンも署名した。ジャーロン・オグ・マルダート。流暢な文字だった。

 「では、ヴィンセント殿。こちらを」

 一通を返して寄越された。これは鍛冶ギルドに出す書類だな。

 私はそれも会計筆記箱に仕舞った。

 

 ……

 

 暫くすると、二人が出てきた。

 

 「ヤンデル殿。実に有意義な話だった。それでは、またいい話を期待しておるよ。では、いずれまた」

 「ディエリー殿。こちらこそ、有意義な話だったよ。では、いずれまた」

 

 二人の会話が何があったのかはわからないが、二人とも上機嫌だった。

 私も筆記箱を持って立ち上がり、深いお辞儀。

 それから親方についていき、外に出た。

 

 すると、ミューロックが荷馬車を引っ張って来た。

 それに乗って戻る途中、ケニヤルケス親方が言った。

 「そろそろ、ヴィンセント殿に教える事は、一つ残して無くなったようだ。貴女は色々卒がないな。普通は初めてで、あれほどの売買契約書は書けないのだがな」

 「それは、恐れ入ります」

 「まあ、そろそろだ。ヴィンセント殿に作ってもらうものを考えねばならんな」

 ケニヤルケス親方がそういって、ミューロックと話始め、何にするのか相談しているようだった。

 

 

 つづく

 

 奥から商会の会頭が出て来て爪切りは二個とも買い取られてしまう。

 それで売り上げ伝票をその場で作る羽目になったマリーネこと大谷。

 久しぶりに会ったという親方と商会の会頭は何かの話をしに行った間に、この伝票セット一式をトークンで買い、その手続きも終えたのだった。

 

 次回 第三王都での鍛冶鍛冶独立試験

 試作品の爪切りの残りも仕上げていくマリーネこと大谷。

 更に追加で作り、淡々と鍛冶の日々は過ぎていく。

 そんなある日。とうとう親方は、マリーネこと大谷に独立試験を課すのだった。

 

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