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258 第20章 第三王都とベルベラディ 20-45 第三王都での奇妙な邂逅

 マリーネこと大谷は、以前、乗合馬車でざっくりとしか見学できていない第三商業地区に向かう。

 もう少し詳しく見るつもりだったのだ。

 

 しかし。とある倉庫に入り込んだマリーネこと大谷がそこで見たものは……

 

 258話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-45 第三王都での奇妙な邂逅(かいこう)

 

 翌日。

 起きてやるのはいつも通り、ルーティーンだ。

 作業着は洗っておく必要がある。これは井戸端で洗って、部屋のベランダに干す。

 

 まあ、連休になったので、朝食を終えたら外に遊びに行くことにしよう。

 とはいえ、冒険者の階級章と腰のブロードソード、ダガーは忘れない。

 まあ、何時もの服で行こう。

 あと持っていくのは、小さなポーチと小銭を少し。

 

 図書室でのガイスベントの本は暫く期待できない。

 今日は南にある第三商業地区に行って探検だな。

 あの地区は、前にざっと馬車で回っただけだ。あそこは少し気になる。

 

 朝に東に向かう巡回馬車に乗って、中央通り。そこから南に向かい、第一商業地区に入る。王宮周りの街路を通って、一度大きな駅というのか、アルパカ馬の乗合馬車の整備をする所まで乗った。

 

 そこから、第三商業地区に向かう乗合を教えてもらい、その馬車に乗って、第三商業地区に向かう。この乗合馬車は、南門より一つ手前にある大きな街路を東に入った。

 以前、馬車から眺めたときは、所々大きな建物がある以外は、何というか、元気のなさそうな区画に見えたものだった。

 

 それで、気にはなっていた。何故、この区画だけ元気がないように見えているのか。

 

 そもそも、人が殆ど乗ってこない。言ってみれば、元の世界の人がほぼ乗らない、地方の赤字路線バスと同じ状態である。

 

 第三王都は、何故こんな人も乗らない路線を維持しているのか?

 いや。これは准国民の為にやっている訳ではないのだった。

 あくまでも国民と、王宮関係者や士官たちのために運航しているのだ。そう、電話で呼び出して来てもらうなどという事が出来ないから、一定の間隔で、全路線を定期的に巡回して行く事に意味があるのだろう。

 

 それを准国民に無料で利用させているだけだ。

 

 たぶん、准国民にそういう乗合を運営させると、この王都の中の交通事情が荒れると考えているのかもしれない。それに、アルパカ馬たちが多数街路を巡回するようになれば、糞の始末もかなり増える。くさい匂いに敏感な彼女たちがそれを放置するはずもない。

 

 もしかしたら、昔は大手の商会には許可していて巡回バスの様に走らせていたかもしれないが、色々あって廃止になったのかもしれない。

 その辺りは色々考えられるな。

 

 半ばくらいまで進んだところで降りる。

 以前、東から西に通った時は、この街路より一本南にある、一番城壁に近い街路だった。

 確か、この辺りに大きな建物がいくつかあって、人もまばらだった。

 ここも人は全然いない。

 

 賑わいの多い第四商業地区と全く異なる。

 人の多い南門の近くとも異なる雰囲気だな。

 

 暫く歩いていく。

 馬車からでは分からなかったが、二階建ての建物には細い扉の入り口がついている。

 本当に人通りが少ない中、倉庫の前で亜人の商人らしき男、二人が、荷馬車に袋を積んでいた。団袋(だんぶくろ)に何かをぎっしり詰めていて、それを多数積み上げている。

 アルパカ馬がやつれた様な顔をこちらに見せた。

 あまり世話をして貰えてなさそうだな。

 

 街路は人通りが少ないが、時々、背中に籠のようなものを背負った亜人がいた。

 少し、つんと来る異臭が漂う。

 彼等は顔に布を巻いていて、二人一組で道端の(ふん)を塵取りのような道具で回収しては、背中の籠に入れている。

 もう一人の男が背中に背負っていたのは水らしい。柄杓(ひしゃく)一杯分の水をそこに撒いてから、二人はしゃがんで、襤褸(ぼろ)切れでそこを少し擦って拭いていた。

 

 ……

 

 やはり、街路の糞を回収する者たちがいるのだな。

 そういう作業を亜人たちにやらせているのだ。あれはどこかに運んで行って、醗酵させてから肥料にするのだろう。この王国は元々農業国家だしな。

 それにしても。態々、水を撒いて拭くところまでがワンセットか。

 相変わらず、王国はそういう所が徹底している。

 

 更に歩いていく

 

 この第三王都で一番寂しい場所なんだろうな。ここは。

 全く活気がない。

 大きな建物の横に細い道があった。なんだろう。入ってみる。

 

 細い抜け道のような道を通って裏手に行くと、少し幅のある西に向かう横道がある。その場所の南には大きな倉庫の入り口。

 倉庫に書いてあるのは、謎の文字。たぶん王国の文字だ。勿論読めない。

 

 なんと倉庫の扉は少し開いていた。

 どうして開いてるんだろうか。

 その中に入ってみる。

 中は、薄暗いが入り口近くには、箱と袋があり、どうやらここは穀物倉庫だ。

 

 乾燥させた穀物がここの奥に集積されているらしい。

 少しだけ奥に入っていく。

 もう中は真っ暗だ。

 

 ……

 

 少しだけ進んだが、もう引き返したほうがよさそうだな。

 そう思った、その時だった。

 

 ((おぬしは、何者ぞ))

 ((!))

 な、なに……。

 

 ((随分と希代(きだい)な匂いをさせておるから、来てみれば。いやはや))

 頭の中に誰かが話しかけてきている。

 ((あなたは……。いったい誰ですか))

 

 (ようや)く、暗闇に目が慣れてきた。ここは何故かぼんやりと周囲が見える程度に光があるのか。光苔でも生えてるのか。

 ぼんやりとした薄い暗闇の中、そこにいたのは、かなり奇妙な模様が乱れ入っている、大型の猫のような動物だった。二メートル以上はある大きな体だ。長い尻尾。体は後ろの方は真っ黒で尻尾も黒かった。

 鼻の後ろから額の所まで、帯状に斑点がある。まるで豹のような。

 しかし、顔の周りはまるで唐草模様。しかし色合いが統一感なぞ、皆無。ピンクや紫、青、紺、黄色、赤、黒が入り乱れているのだ。

 目の上には大きな長い毛がある。鼻の後ろの髭も白く、かなり長く太い。

 顎の下はやや黄色で、短い白い髭がびっしり生えていた。

 耳の上には黒く細く長い毛が多数立っていて、それが細かく揺れていた。

 もう、こういう生き物を見ても、まったく驚かない私も、私だな。

 感覚が麻痺している。

 

 ((儂は、クテン・ス・ベル。あの蟻女どもは儂の事を穀物の守り神と呼んでおるが、儂の仲間はいくつもおるよ。どの王都にも、大きな都市にも、小さな街にもな。守り神がそんなに沢山いていいのかの。きっひっひっ))

 

 ((私は、マリーネ・ヴィンセント。冒険者です))

 ((ふん。それにしては、ずいぶんと小さいの。おぬしは子供ではなかろうに、背丈はまるで子供ぢゃな))

 ((私の、匂いが、判るのですか))

 ((これだけ、盛大に臭いをまき散らしおってからに。判らぬはずがなかろうが))

 ((あなたは、もしかして、魔族? それとも魔獣?))

 ((そう呼びたければ、それでもよいぞ。マリーネとやら。正確には違うがな))

 

 何故、背中は反応しないのか。頭の中に警報もない。一切がまるで静かだ。

 こんな事は今までになかった気がする。

 アジェンデルカの時やベントスロースの時だって、背中には震えるほどの違和感があった。

 しかし。今回は背中が全く反応しなかった。

 これはあの魔獣暴走の時とは違う。あれは魔獣使いに操られていたのだし、そいつらを昏倒させたら、反応があった。あの時とは違うな。

 

 ((あなたは、ここで何をしているのです?))

 ((きっひっひっ。穀物を狙って色んなものが来よるに。ここにおれば食べるのに困らん。それだけよ。ほれ、そこにネイススが来おった))

 

 そう意思表示した、この奇妙な猫のような魔獣は腕を伸ばした。

 恐るべき速さで()()()()()()()()()。速い。これは……。あのゲダゥニルが口から叩きだした玉よりも断然速いのだ。それはもう黒服男たちのあの剣速に達していた。

 それなのに、このクテン・ス・ベルという猫型の魔獣は、何気なく手を出したと言わんばかりの態度だ。

 そして、爪がそのネイススという小動物を捕らえていた。

 さっと引き戻された手にはもうネズミのような小動物が爪に刺さっていた。それをぽいっと口の中に放り込む。

 

 ((これ、この通りぢゃな。食べるものに困らん。きっひっひっ。儂がここにいるのは、それが理由よ。あの蟻女どもも儂の事は邪険に扱う事もないからの))

 ((蟻女って、アグ・シメノス人のことですか))

 ((くっくっくっ。おぬしは、何も分かっておらんな。あれらは、おぬしらとは根本的に違うのぢゃぞ))

 猫型魔獣はまるで笑うかのように目を閉じた。

 ((外にいるやつらは、ここに来る亜人どもを管理する仮の姿よ。農地にいるやつらは、穀物を得るため、仕方なく外に出ておるがな))

 

 ((あの王国の槍の人も、仮の姿ですか))

 

 ((きっひっひっひっひっ。軍兵も警備兵も槍も、あれらは、全て地下のものを守るための犠牲の槍と剣。あのものたちはそれゆえに長生きも出来ん))

 また暫くの間があった。

 

 この猫型魔獣は、腕を少し伸ばして、自分の顔を撫でていた。

 ((ともあれ、あの蟻女どもは、地下にいるのが本当の姿よ。おぬしはそれも知らんか))

 なんということだ……。

 ((この王国で国民の子供の姿を見ない理由が、それですか))

 ((きっひっひっ。流石に何時も地下という訳にはいかんがの。おぬしがそれを確実に見る必要があるのなら、それもまた、おぬしの前に、現れるであろう))

 ……

 

 これは、最後は、予言か?

 

 ((ま、ここに来ておる亜人どもも、それらを知らん奴らばかり。全く持って、(うつ)けものばかりぢゃ))

 

 ((もしかして、あなたはアジェンデルカと、お知合いですか?))

 ((…… ふん。あんな偉ぶったやつは、儂は嫌いぢゃ。あやつは山に引っ込んでおればいいのぢゃ。あげな石頭に関わりたくもないわ。おぬしもあんな、偏屈な自分は何でも正しいと思い込んでおるようなのと関わるでない))

 

 うわわわ。散々な言われようだ……。まあ、これ以上関わるなとか言ってきたのはアジェンデルカの方だしな。

 クテン・ス・ベルという猫型魔獣の表情が歪んだように見えた。耳の先の長い毛が振動している。

 

 ((もしかして、これもまた、私が出会うべき者だったと言う事ですか、ベラランドスのお(ばば)))

 つい、独りごとのような思考が念話になってしまった。

 すると、暫くの間があった。

 

 猫型魔獣は、大きく伸びをするよう姿勢の後、体を伏せた。

 顔の高さが私の目の高さになった。

 

 ((ふん。ふん。きーっひっひっひっひっ。そうか。そうか。儂と会う事もまた、おぬしの運命ということか。マリーネとやら))

 ((なぜ、そう、言い切れるのですか))

 ((おぬし、何も知らんで、お婆におうたか。きっひっひっ。お婆は、この世界の観察者。この世界が始まる時に生れ出て、終わる時までを見届ける者。そして、この世界に大きな影響を及ぼしかねない者には、その者が行くべき進路を与える者ぢゃ。そういう役目を背負うたヴィーヴェの者はもう、あのお婆だけぢゃな))

 この猫のような魔獣は、私を見据えていた。耳の上の長い毛が激しく振動した。

 そしてその金色の中の黒い瞳が縦にすっと細くなった。

 ((おぬしが、そういう人物だと。そういう訳じゃな。ふん。きっひっひっ))

 ((お婆様が、間違う事はないのですか))

 ((きーっひっひっひっ。ない。ないな。それはないのぢゃ。マリーネとやら。あのお婆が背負うた役目ゆえな))

 ((私は、あの広い北の森を越えて王国に来る最中、深い深い森の中、()()出会ったのです))

 ((偶然? 偶然といいよるか。きーっひっひっひっひっ。そういう出来事で偶然なぞ、この世界には()()。知っておくのぢゃな。ま、おぬしは、まだまだぢゃ。次に進むにはまだ早い。色々足らんな。もう少し知る必要があるぢゃろう))

 

 ((私が本当に知るべきことは、向こうからやってくる。お婆様はそう言いました)) 

 (ふふん。ふふん。如何にもあのお婆らしい言葉ぢゃな))

 

 ((赤くて黒い者よ。クテンよ。今日はそこまでにしておけ))

 

 !

 

 ま、まただ。しかも今度は会話に割り込んできた。

 

 ((ふふん。ふん。これからが、面白いところだというに。邪魔しよる。まあ、いい。マリーネとやら。おぬしが、本当に、()()()()()ならば、また会うであろう))

 

 そういうや、この大きな猫のような魔獣は立ち上がり、軽々と(ひるがえ)って暗闇の奥に消えた。

 

 ……

 

 私はこの闇に近い、穀物倉庫の奥から、外に出た。

 

 外はまぶしかった。目が暗闇に完全に慣れてしまっていたのだ。

 暫く掌を目の前に当てて、光を調整。順応するのを待つしかなかった。

 

 何故、この穀物倉庫の扉が開いていたのか、それは判らない。私は扉をそっと閉めた。

 そして荷馬車がどうにかすれ違える程度の道を通って、東に向かう。少し建物を迂回してからまた街路に出た。

 相変わらず、街路に殆ど人がいない。時々亜人が通り過ぎるだけだ。

 

 ……

 

 とぼとぼと歩きながら、少し考える。

 

 あの奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)な模様の入った、明らかに猫のような顔をした生き物。

 この出会いは、一体どういう意味を持っているのだろう。

 間違いなくかなり高い知性があり、ベラランドスお婆の役目を語り、あのアジェンデルカの事も知っていた。

 かなり嫌っていたが。

 

 ただの魔獣ではないな。

 もしかして、ベントスロースのような、生き物なのだろうか。

 しかし。ベントスロースはあの時に、念話で話してくることはなかった。

 だからと言って、ベントスロースが念話が出来ないと決めつけるのは早い。

 

 この王国のアグ・シメノス人たちは、あの猫魔獣を『穀物の守り神』と呼んで、大事にしているらしいが、あのクテン・ス・ベルと名乗った猫魔獣は、もしかして、神獣?

 

 ……

 

 それもありえる。

 ただ、沢山いると言っていた。それは彼の眷族神が多々いるというのなら、それもありえる。だとすれば、あの猫型魔獣、いや猫型神獣の神格はかなり高いという事になる。

 あの会話の喋りはとても神様には思えなかったが……。

 それに、ここは第三王都。格上の第一王都や第二王都には、もっと格上の神獣がいるかもしれないし、あるいは四つの王都にいるのは全て同格かもしれない。いずれにしても、各街にある穀物倉庫にいる彼の仲間は、念話も出来ない眷族かもしれないのだが。

 

 あの、謎の声が、わざわざ名前を呼んだのは、あの猫型神獣の方だ。

 私の事は、相変わらずの『赤くて黒い者』。

 つまり、あの謎の声は、猫型神獣の方をよく知っているという事になる。

 そして、あの猫型神獣はその指示に従った。あまり面白くはなさそうだったが、逆らう素振(そぶ)りはなかった。

 あの謎の声もまた、神様なのか? だとしたら、かなり格上なのか?

 だが、一度として私の名前を呼んだことがない。

 謎だ。

 

 巡回している乗合馬車がやって来た。私は手を挙げて停まって貰い、乗り込んだ。

 

 そして、中央まで戻る。

 もう外の景色も見ていなかった。

 あの猫のような神獣? との出会いは、一体どんな意味をもっていたのだろう。

 中央から、第四商業地区に向かう、西からの時計回りの乗合馬車に乗る。

 これは相変わらず、乗ってくる亜人も多い。

 私は、あのマインスベックの店があるショッピングモール近くで降りていく亜人たちと同じく、そこで降りて定宿に向かった。

 

 

 つづく

 

 猫型の謎の生き物との念話は、あの暗い、謎の声でいきなり遮られた。

 猫型の魔獣なのか神獣なのかわからぬ、それは、マリーネこと大谷に、いう。

 お前がそういうものならば、また会うであろうと。

 

 また、運命の歯車はかちりと音を立てて回った……。

 それはゆっくりと、ゆっくりと回る石臼のような速度で。

 

 次回 第三王都での奇妙な邂逅の後

 あの猫型の謎の生き物との出会いをずっと考えていたマリーネこと大谷。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] じっくりと物語が進み、その世界で生活している人たちの姿が見えてきてとても良い [一言] 謎の存在の意思がはっきりとして、大谷の謎がさらに深まるとともに、お婆のことも知れてとても良かった。 …
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