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257 第20章 第三王都とベルベラディ 20-44 第三王都での続々鍛冶見習い

 独立したあとに、細工の仕事が来なくても、やっていけるよう、クラカデスを造ることも考えたマリーネこと大谷。

 その原料となる植物を図鑑で調べたりしていた。

 休みの日は呼び出しのために待機していたが、それもない。

 

 257話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-44 第三王都での続々鍛冶見習い

 

 

 下宿に戻って、すぐに着替える。何時もの服装だ。

 そして、洗濯だな。

 明日は休みだから、明日やってもいいのだろうが、もし支部長からの呼び出しがあった場合、行かなくてはいけない。

 

 断る選択肢も当然あるが。

 そうなると、服をどうするか。今日も着て行った赤い服でいいのか、他のブラウスにするか。周りから見て分かりやすい服にするのなら、この赤い服なのだが。

 まあ、もう演武は無いだろうから、長いスカートでもいいだろうとは思うが、普段着ている何時もの服でも、たぶん問題ない。

 

 赤い服は、今日の演武で汗もかいているから、軽くでも洗った方がいい。

 あとは紫色の作業服も。

 それらを籠に入れて持って下に行き、井戸端で洗う。

 

 直ぐに乾くというのは考えられないので、明日もし呼ばれたら適当にブラウスと焦げ茶色のスカートとかで行く事にしよう。

 朝食後にそれに着替えておけばいいのだな。

 

 図書室の方は、残念だがガイスベント王国の関係は全部貸し出されていて、暫く戻ってこないという。

 まあ、部屋で図鑑を見て過ごすというのもいいのかもしれないが。

 

 洗って濯ぎ終えたら、自分の部屋のベランダで干す。

 この赤い服、少し赤の彩度が落ちてきているが、まだ大丈夫。

 もう少し赤の彩度が落ちてしまったら、どうするべきなのか。

 作り直したほうがいいのだろうが、これって、ものすごい時間を掛けて作った服だからなぁ。

 鍛冶の合間にこの部屋で作るには、ちょっと期間がかかり過ぎるだろう。

 

 それに、これと全く同じ服を作るのは、布の関係で不可能。

 布地からまず選ばなければならないのだ……。マカマまで行けば選び放題なのだろうけれど、ここ第三王都からでは遠すぎる。

 

 さて、夕食まではまだ時間がある。

 少し早いのだが油ランプに油を追加して、火を灯す。

 

 暗くなる前に火を(とも)しておくことにしたのだ。

 

 改めて、持ってきた図鑑を眺める。

 ここで眺めたのは植物油が知りたくて、植物図鑑で油が採れそうなのを見つけたのだった。

 もう少し見ておくか。

 

 植物図鑑を眺め始める。

 あの時、エイル村でずっと師匠が作っていた虫除け渦巻きの原料が、たしか『コモスイ』だった。

 どこに生えている草なのか。

 『植物図鑑 Ⅰ』から、ずっと見ていく。

 

 ……

 

 あった。

 『コモスイ 白い花の咲く多年草である。草の丈は最大でもあっても五フェム(約二一センチ)程の小さな草である。

 この草は先端に多数の花をつける。それもあってか、繁殖力はかなり高い。

 温帯地域では、水のある湿地場所によく見られる。亜熱帯においては、川端において普通に群生している。温度が低いのは苦手であり、場合によっては花を付けずに枯れてしまう。

 一年間に数回花を咲かせる。その多くは雨の降り続いた後である。

 花はやや独特の香りがする。虫たちが来ないため、この花は風による受粉に頼っている。

 この、コモスイがよく利用されるのは、殺虫成分コモヒビトールが多く含まれ、人体には無害であるためである。

 殺虫成分コモヒビトールは花の子房に幾らかと、花を咲かせた際に茎に多く含まれている。そのため、花を咲かせた茎を叩いて潰し、成分を取り出し、それにおが屑とシロカの粉を混ぜて練ったものを固めて、クラカデスという虫除けを作るのに使われている。このクラカデスに火をつけ、(いぶ)らせると虫の嫌う臭い成分が煙となって辺りに広まり、虫が来なくなる。このため、刺す虫の多い亜熱帯以北の地域ではよく使われるほか、温帯地域の農業従事者も使う事が多いという』

 

 …… なるほど。川端に生えていた小さな白い花がコモスイだったのか。

 コモヒビトールとかいう成分が元の世界でいうピレトリンにごく近いものなのだろう。

 このクラカデスは農業従事者も使う事が多い、か。

 細工であまり売れない時は、このクラカデスを造って売るのもいいかもしれないな。燻したときにいい香りがするように混ぜ物をすれば、この辺りでも売れるかもしれない。

 そのためには『シロカ』も調べておかないとな。

 たしか、あの白色の粉は糊の代わりとかいっていて、あの渦巻きが千切れないようにするための繋ぎだったはずだ。

 

 そんな事をしていると、夕食が差し込まれた。

 急いで食べて、また図鑑を読み始める。

 

 そこに扉にノックがあって、メイドのマチルドが来ていた。

 お風呂だな。

 ランプとタオルを持って、二人で連れだって共同風呂に行く。

 

 その道すがら、訊いてみる事にした。

 「マチルドさん。知っていたら、教えてください」

 「マリーネお嬢様、何で御座いましょう」

 「『シロカ』と、いうものを、ご存じですか」

 彼女は暫く思案気な顔していたので、二人ともかなりゆっくりな歩きである。

 暫く考えてから彼女はやっと答えを言った。

 「お嬢様が言っているのは、『コクングレ』の実の事ではないでしょうか」

 「『コクングレ』?」

 全く聞いたこのない名前が出てきた。

 

 「はい。雨がだいぶ降った後に多数の実をつける植物です。お嬢様」

 「その実は、売っている物ですか?」

 「いえ。『シロカ』は実を挽いて粉にした物の名前です。挽いていない実の方は王都では見かけたことがありません」

 「では、粉ならば、売っているという事ですか」

 「はい。粉を糊の代わりにする人たちは御座いますし、料理に一部使う方もいるという事です。お嬢様」

 「料理にも使えるのですね」

 「味はしないのですが、とろみがつくのです。お嬢様」

 「わかりました」

 私は笑顔を返しておく。

 

 なるほど。これでやっと料理の幾つかについていたとろみの理由が解った。

 まるで片栗粉のようなとろみがついていたのだ。あれはシロカだったのか。

 

 お風呂を出て、下宿に戻ったら、『コクングレ』も探しておこう。

 生えている場所が判れば、自分で採集できるに違いない。

 

 ……

 

 今日も個室だが、いい風呂だった。

 共同風呂を出て、これまた二人でゆっくり歩いて戻る。

 

 宿のホールで彼女と別れ、自分の部屋に行く。

 

 早速、植物図鑑だ。

 『コクングレ』を探していく。

 

 あった。

 『コクングレ 小さな黄色い花を多数咲かせる多年草である。草の丈は最大であっても四フェム(約一七センチ弱)と、かなり小さい草となる。

 一本の茎に最低でも一〇以上の花が咲く。平均は一三であるが、多いものでは一六も咲くことがある。花一つにつき、種が一つ付く。花はほぼ臭いがしない。虫たちが近寄らないことを考えると蜜もほぼ無いものと思われる。実際、この花を集めて潰しても花の蜜は有意な量が得られない。この花の受粉は風に頼っている。

 この草はコモスイと同じく水のある湿地場所によくみられるが、温度の高い場所では、川端や平地でも多く見られ、群生する。日光を好むため、日の射さない場所には生えない。

 

 このコクングレの種を集めて乾燥させ、挽いて粉にしたものをシロカといい、水を加えるとかなりの粘り気を持つために糊の代用として使われることもある。粉の色は白色であるが水を加えると透明になる。

 毒性はないため、粘りを加えるために食品に混ぜる事がある』

 

 なるほど。川端に生えているんだな。名前さえ判っていれば、探すのはそう大変じゃないな。

 それに群生しているのなら、栽培もそう難しくはない。となれば、シロカは干して粉にする部分の手間が恐らくは値段を決める。

 然程高くもないのだろう。

 

 少しずつだが、こういう知識が増えていくのが楽しい。

 

 

 翌日。

  起きてからやるのはいつも通りのストレッチからの柔軟体操。

 何時もの服に着替えてから、剣とダガーを持って下に行き、井戸端でやる空手と護身術、剣の鍛錬という、いつも通りのルーティーン。

 井戸端で顔を洗い、部屋に戻って水甕の水を交換しに行ってから少し休憩。

 

 いつも通りの朝。

 そして朝食もいつも通りだ。

 

 今日がいつも通りではない部分は、もしかしたら支部からの呼び出しがあるかもしれないので、部屋で待機する事だな。

 断っても構わないと係官は言っていたが、それにしたって、連絡があるのかどうかは待たねばならない。

 

 電話がある訳でもなし。バーリリンド係官が荷馬車で大急ぎで来るにしても、直ぐには来れない距離がある。なにしろここまで、大雑把に三〇キロ近い距離があるのだ。

 元の世界だと、自転車とか原付とか自動車とか便利過ぎて、距離に対する感覚が麻痺しがちだが、足で歩くと三〇キロの距離は近くはない。時速四キロなら途中の休憩を入れて八時間は確実にかかる。かなりの速足な時速六キロでも五時間強だな。

 

 そんな訳で、例え速足で歩いて連絡が来るとして、朝、明るくなってきたくらいで支部を出て、ここに着くのがお昼前。少し休んで、そこからまた支部まで歩いて行くと……、完全に夕方か夜になっている。

 

 自分専用に自転車が欲しいよなぁ。とは思うのだが、この背丈では大きいものは乗れないし、ギアが造れても精密な小型チェーンはまだ作れないだろう。

 まあ、王国の技術ならもしかしたら造れるかもしれないが、鋼は准国民には自由に作らせていない。と言う事はアルパカ馬の蹄鉄(ていてつ)は、普通の鉄か。

 

 ま、タイヤも空気入りのゴムじゃないとなると、木製だ。椅子に座って乗れるのだろうか。バネもないのだから、ずっと振動が尻に響く。そんな状態で往復で六〇キロの移動とか、考えたくないよな。

 

 ……

 

 色々考えても、この異世界では自転車の制作は無理だろう。

 

 誰かが考え付いて作ったのなら、とっくに普及しているだろう。なにしろこの王国は多くの道路が石畳みとはいえ、舗装されているのだ。

 

 こんな考え事をしていてもしょうがないな。

 植物図鑑を見始める。

 

 ……

 

 しかし、この日、係官が訪ねてくることはなかった。

 

 

 翌日。

 起きてからやるのはいつも通りのストレッチからの柔軟体操。いつも通りのルーティーン。

 井戸端で顔を洗い、部屋に戻り水甕の水を交換しに行ってから少し休憩。

 

 そして、朝食が扉の下に差し込まれる。

 これまた、いつも通りの朝。

 

 そして、再び鍛冶の日々が始まった。

 

 造るのは、(のみ)(かんな)の刃。(のこ)は後回し。

 私は研ぐ方に集中する。

 

 第七週の三日目。

 お昼時、私は気になっている事を訊いてみる事にした。

 「ミューロック殿。荷馬車や、船大工で、大急ぎで作ると、どうしても、道具は傷みます。よく折れてしまって、単体で売れる、鑿を、教えて下さい」

 

 「ほお。なるほどな。一式で買うのは最初だけ。そのあとは研いだりしても、刃が短くなり過ぎた物は交換していくだろうし、扱いが手荒な場合などは、早々に刃が砕ける。その場合はもう新しくそれを買うしかない。ヴィンセント殿が言っているのは、使っていて砕ける鑿が、特定の幅の物ではないかと思っているのだね」

 

 「はい」

 ミューロックは暫く私を見ていた。

 「あっちの型置き場に行けば分かるとは思うが、同じ幅の鑿の木型が並べてある型枠があるのだ。一番大きい幅のものと、一番小さい幅の二つは、よく単体で売れる」

 彼は腕を組んだ。

 

 「まあ、折れてしまう以外にも理由があってな。大きい鑿でだいたいの形出しをするのに、多くの人数が関わる事があるのだ。そのために道具が多く必要な理由(わけ)だな。幅の小さい方は、使用頻度が高くてな。砕けてしまう事もままある。大抵は(なま)ってきた刃を研がないからだが」

 

 「分かりました。私は、今後は、幅の、一番小さい鑿を、造り貯め、しましょう」

 「ああ。そうしてくれると助かるな」

 

 昼食を素早く片付けた後は、爪切りの木型造りだ。先端が少し長い物も作ってみた。

 で、どう見ても、鉄塊を流し込むと余るのだ。この余った鋳鉄を受けておく長方形の木型も造る。今回はたぶん一〇センチ、四・二センチ、四・二センチもあればいいはずだ。

 しかし、少しだけ使ったといった事を考えるなら、ここは元と同じ五フェム(約二一センチ)にするべきだろうな。うーん。溶けた鋳鉄を流し込めば、だんだん薄くなっていく鉄塊になる訳だな。まあ、それを油の入った箱に戻せば保存は出来る。そうは言ってもせめて二回か三回で使い切るべきだ。

 

 そして午後は砂型造りだ。

 一番幅の狭い鑿が並んだ型枠を持ってきて、砂に埋める。

 そのあとは、研ぐ方だ。

 

 翌日には、()()み作業。

 私では身長が小さくて、独りで反射炉の所での作業が出来ない。

 ゼワンがやってくれるのだが、今回は細い鑿が七本なので大きな鉄塊ではない。材料のある所から、彼は三分の一ほどの大きになっている鉄塊を選び、反射炉で溶かして、坩堝(るつぼ)にいれた。

 そしてこれを、湯口から流し込む。

 

 すると、エイクロイドがやって来た。なんだろう。

 更にモンブリーもやって来た。

 「今日はこれで、炉を止めるぞー」

 エイクロイドが大声で宣言した。

 「明日には、全員で炉の掃除をする」

 周りに説明しているのは、モンブリー。

 

 そうか。月末だ。連休前に炉を止めて掃除だな。

 明日の昼過ぎには灰を掻き出す作業があるのだろう。

 

 取り合えず、私は研ぐを方をやっていく。

 ()()みが終われば、冷えるのを待って、鍛造なのだが、それは来週という事だな。

 その合間に、自作の爪切りも進めよう。

 

 そして、翌日。

 朝から昼までは、研ぎを続ける。

 昨日に鉄を流し込んだほうはどうにか、冷えているので、これは砂型を崩して中のものを取り出した。

 この横幅が狭い鑿は、全部私が作業するので、一応、私のやっている物が置いてある場所に置いておく。

 

 昼になってもまだ反射炉は冷え切っておらず、まだかなり熱があったのだが、灰を掻き出して、全体の掃除が行われた。

 

 こんな大型の反射炉を私が一人で使うのは出来ないな。改めてそう思う。

 こういう、かなりちゃんとした、人数がいる工房だから維持も出来ている訳で、私一人では小さな炉がせいぜいだ。

 

 

 つづく

 

 鍛冶の日々が始まり、再び研いだり、鋳型に流して次の刃物の準備だったり。

 マリーネこと大谷の鍛冶の日々が流れていく。

 週末は二連休になるため、炉を止めての掃除もあった。

 

 次回 第三王都での奇妙な邂逅

 マリーネこと大谷は、ずっと気になっていた第三王都の第三商業地区に向かう。

 そして、そこで奇妙なものと出会った。

 これもまた、マリーネこと大谷の運命であった。

 

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