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256 第20章 第三王都とベルベラディ 20-43 第三王都での昇級試験の見学

 マリーネこと大谷は、募集試験も昇級試験も正式なものは一切知らない。

 トドマでの入隊試験は、臨時で行われた、腕試しに近いものだったからだ。

 しかし、正式なものは、勿論そんなものではなかった。

 

 256話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-43 第三王都での昇級試験の見学

 

 再び、練習場の方に行く。

 

 数人の銅階級の人と、あとは係官が数人。副支部長たちもいる。

 

 で、列を作っている青銅三階級の若い人たち。

 何をするのか見ていると、まず全員が模造剣を構えて振り始めた。

 係官の一人が、自分の腕の脈を確かめながら、笛を吹いている。

 みんながそれに合わせて振っているのだが、何十本か振っていると、遅れる人も出始める。

 たぶん、それは不可なんだろうな。

 数人の係官が、手元の皮紙に羽根ペンを走らせる。

 どうやら素振り一〇〇本だな。

 

 次は、突きらしい。模造剣を突くのをやはり笛に合わせて何本も行うわけだ。

 そういうのが、型を変えてしばらく続いた。

 全部で型は八つか。それで終わりらしい。

 

 次は真鍮の人だ。やっぱり同じような事だ。彼ら全員が一斉に素振りをしている。

 これまた、それが型を変えては素振り一〇〇本。暫くの間、続いた。

 型は全部で一六か。それで終わり。彼らはもう汗びっしょりで、肩で息をしている。

 まあ、基本的な振りが出来るかどうか、なんだろうな。

 細かい階級差はどこでつけているのかは、この試験だけでは分からなかった。昇級試験は四日間あるのだから、最初のほうから見れば判ったのかもしれない。

 

 次は鉄階級。

 これは、先ほどまでと違っていた。銅三階級の人が全身に厚めの防具を身に着けている。こんな姿は今まで見たことがない。

 頭にまで、やや厚い布の入った半球型に近い兜というか、元の世界の安全帽のような物を被った。

 その銅階級の人が持っている武器は、やや短い棒とやや大きめの木製盾だけだ。

 で、鉄三階級の人が、模造剣で打ち込みに行くという、練習試合の様になっている。それを係官が見ているのだ。

 たぶん、あれで実際に魔獣狩りに連れて行けるかの判断をしている事になる。

 銅階級の人は、打ち込まれてきた模造剣をあの短い棒で受け止めたり、払ったり。

 緩い攻撃では腹や頭に打ち込ませないように払ったりしている。

 あれは受ける方も技量が必要だ。

 

 トドマでの時、私が受けた試験は、相手は防具もなかった。いきなり木刀での試合だったからな。

 鉄階級の試験とはいえ、流石にこれだけの人数をこなすとなると、怪我人が出ては困るのであろう。

 こういう部分も人数の多い王都の支部は違うという事だろうな。

 

 !

 よく見ると、係官が明らかに砂時計を持ちだしてきていて、時間を計っている。

 あんな物があるのか。まあ、正確性に欠ける部分は多少あるにせよ、一定の時間内に既定の攻撃が出来ているかどうかを、審査しているらしい。

 砂が落ちきったところで、笛が鳴らされた。これで一人が終了か。

 

 それにしても。砂時計は初めて見たな。

 ま、あれで何分とかが正確に分かる訳でもなかろうが、全員が同じ時間を与えられているという保証にはなる。

 

 かなりの人数をこなし、どうやら鉄階級の昇級試験も終わった。

 入隊試験は、今日最終日での試験は、追加枠らしい。希望者が多いから、こうなったという訳か。

 試験は副支部長補佐が、体力がどうこうと言っていたな。

 

 それは程なくして判った。

 

 まず、大きな背負い袋とかなり沢山の木箱が用意されている。

 更にその箱を何か所かに置いた。奥の方では箱を積み上げ始めた。

 

 あの大きな背負い袋には、『何か』が入っている。たぶん、それなりに重いのだ。

 それを背負って走り、あの箱を乗り越えて、ゴール地点まで走れという事か。

 まず、持ち上げられない人が何人もいた。結構多い人数がそこで脱落。残念ながら、論外という事だな。

 次は大分高くまで持ち上げて見せてから、それを背負って、走れるかという事だが。これは数人が同時スタートだ。

 スタート時に笛が鳴らされ、砂時計がひっくり返される。

 この砂時計の砂が落ちきるまでに、走り切れと。

 

 箱は大分積んである場所があって、そこはどんどん上っていき、更にその先は降りて行って、ゴール地点にまで、運べと。係官が一人並走している。

 並走している係官より遅れてはいけないのだろうな。

 必死に、係官の前に出ているようにして、走っている。

 

 歩くのと転ぶのも、だめらしいが、転んだ場合は怪我をしていないのなら、再挑戦可能らしい。最初の地点に戻って、もう一度次の組に入って再試験。ただし、それも一回だけだ。

 歩いてしまうと、そこで脱落である。

 

 怪我をした場合、当然だが、治療師が治療してくれる。

 走り切ってその後倒れた者なども治療の対象か。

 治療師ギルドのほうから若手の女性治療師が来ているらしい。まあ、若手治療師の修行の場だな。

 

 砂が落ちきると笛が鳴らされる。

 そこでゴールできていない者は、脱落。

 どうやら一発試験か。割と厳しいな。

 

 こういうのは体力自慢でないと、すぐに始まる道路工事ですらお荷物になってしまう。体力不足ですぐへばったり、重い物を動かしている時にふらついて転べば事故になりやすい。

 それを考えたら、こういう(ふるい)の掛け方でも、ありといえば、ありなんだろう。武器の振るい方は、どのみち基礎から教えるのだ。

 

 武術を基礎から教えながら、道路工事のような肉体労働に従事させて、仕事もさせる。当然、給料も出るし、たしか冒険者ギルド専用の宿舎で、集団生活とかいっていた。たぶん部屋代もかからない。

 下手したら食事もそこで全員で食べるんだろうから、生活には困らない。

 

 トドマのあの鉱山の警護だって、宿舎があって食事も出ていた。

 少なくとも、仕事をするうえで、生活基盤を心配する必要はないという事だな。

 たぶん、工事で不真面目なやつや、手を抜くようなのは、自然と追い出されるんだろう。

 まあ、冒険者ギルドを追い出されたら、すぐに何か職に就かないとこの王国では居場所がなくなる。町や村の外で、冒険者でもない人間が野宿で暮らせるほど、甘い世界ではない。魔物の餌になって終わるだけだ。

 

 冒険者ギルドの経験者が町に武術道場を作って教えるというのもいそうなものだが、この王国ではそういうのがない。

 たぶん、これは武術道場を作るのが出来ないんだろうな。そう考えるのが自然だ。

 恐らくだが、王国の上の方が許可を出していないのに違いない。

 理由もなんとなく、うっすらとだが分かる。

 王国の方針に不満を持つ者たちが、そういう武術道場などで武術を鍛えて、大規模に反旗を翻されても、面倒だということだ。

 まあ、大手商会ならやろうと思えば出来なくもないが、彼等は傭兵を雇っているし。

 

 街と街道を守るのは基本、冒険者ギルドの仕事として、どうにも手に余れば、王国の槍が出てくる。それ以外でも、街が不穏になれば、軍隊がいくらか派遣されて、駐屯する。駐屯まではいかなくても、それに近い状態は、北東部のマカマとマリハで見てきたので、それは間違いない。

 住民たちは、自分たちで自衛するというのは、まずないのだろう。

 

 それもまたこの王国の方針という事だな。

 

 ……

 

 どうやら試験は終わったらしい。

 そこに支部長がやって来た。

 

 「全て、試験は見たかね」

 「はい」

 「そなたは、冒険者ギルドに入った時の経緯が経緯だと聞いておったしな。それで、第一王都の本部に問い合わせて、特別にその時の記録の複製を一通作らせて、取り寄せたのだよ。それで、そなたには一度試験を見て欲しいと思ってだね。儂の方からの声かけで、仕事という形で来てもらったのだ」

 やはり、そういう事だったのか。

 

 「ありがとうございます」

 「いやいや。そなたには、ちゃんと模範演技で仕事をして貰っている。帰る前に、係官に言って今日の分の仕事の署名をしていきなさい」

 「分かりました。ありがとうございました」

 支部長にお辞儀。

 

 私はギルドの本館に向かった。

 裏口のような、扉を開けて中に入る。廊下を抜けて入り口の所にある広間にでた。あとは係官がいるかどうかだが。

 若い亜人たちが一杯で、彼らが色々話をしているのだが、彼らの言葉は全て共通民衆語だ。

 

 それで試験の事を話しているのだというのは判った。

 彼らから下手に注目を浴びる前に、さっさと用事は済まそう。

 

 (ようや)く、バーリリンド係官を見つけた。

 「バーリリンド係官殿」

 声を掛けてみる。

 「おや。ヴィンセント殿。どうなさいましたか」

 「支部長様から、今日の仕事の、署名を、してから、帰るように、言われました」

 彼は、小さく頷いた。

 「ええ。いいですとも」

 彼は暫く皮紙に何かを書いてから、持ってきた。

 「今回の仕事は討伐ではありませんが、支部長からの指示ですのでこれも通常の実績仕事として数えられます。よかったですね」

 バーリリンド係官がそんな事をいった。

 「あ、ありがとうございます」

 そんなつもりは全くなかったのだが、これも支部長指示なので、実績なのか。

 まあ、冒険者ギルドというのは、そういうものなのかもしれないな。

 「では、ここに署名をお願いします」

 彼が指差した場所に署名する。マリーネ・ヴィンセント、と。

 他にも多数の署名欄がある。

 「随分と、沢山の、署名欄が、ありますね」

 そういうと、彼が説明してくれた。

 「はい。今回の昇級試験に出ていた、副支部長や係官たちの署名が必要です。正式な模範演武の披露として、記録されますので」

 

 げげげ。まさか、あんな簡単な模範試合で、か。

 「もう、帰られますか?」

 「そのつもりですが、何かありますか」

 「明日は入隊試験合格者を集めた集会があります。支部長はそこにも出られますので、もしかしたらヴィンセント殿を呼ぶかもしれませんが、その時は断ってくださっても結構。翌週の五日には、昇級試験合格者を集めた催しがあります。その後の二日間は月の終わりで休みですから、大宴会になるのかもしれませんが、これもまた、支部長以下、役職の者は全員が出席されます」

 「今後の予定ですわね」

 「そうです。今日はもう少ししたら、結果発表があります。発表後なら、私が荷馬車を出して、宿までお送りしますよ」

 なるほど。結果発表をやった後なら、荷馬車で送ってくれると。

 しかし、さっきの演武を見ていた人たちに囲まれたりするのも、十分考えられる。ここは辞退して、さっさと帰るべきだな。

 

 「いえ。ご厚意は、有難いのですが、私は、ここで、退出いたします」

 「分かりました。それでは、お疲れ様でした」

 「はい。失礼します」

 

 とにかく、さっさとここを出るのだ。

 

 私は混んでいる冒険者ギルドのホールを後にした。

 

 これから、もう暫くしたら、彼らの合格発表だの、昇級発表だのが行われて、あそこは、大騒ぎだろう。

 あのホールでは狭すぎるから、練習場の方で発表かもしれないな。

 

 どっちにせよ、紙が無いので、皮紙を多数用意して、長々と合否を書いて貼るよりは、合格者だけがどんどん呼ばれて、別の場所に集合とか、その方がありそうだ。

 どっちにしろ、新規の合格者には新しい青銅の階級章を発行しなければならない。

 そうなると、かなりの時間がかかる。それは今日じゃないかもしれないな。

 

 ま、その辺がどうであれ、夕方までかかるかもしれないな。

 バーリリンド係官はアルパカ馬の加速がうまいので、私が荷馬車に乗せてもらって、下宿に戻るのに恐らく一時間はかからないだろう。感覚的に、だが。そうなれば、日暮れ後、ぎりぎりぐらいでつくかもしれない。

 

 私がここで、巡回している馬車を拾って、北西部まで行くとたぶん、それよりはだいぶ早い時間ではないかとは思う。いくら何でも、夕方にはなるまい。

 

 そうなれば、大通りで巡回馬車に乗るだけだ。

 私は北に行く馬車を待った。

 少し人が乗っているままの乗合馬車が来て、それに飛び乗る。

 少々足を上げたくらいでは、ステップに届かないのでしょうがないのだ。

 

 乗って、空いている席に座る。窓際に座ってからちょっと膝立ちで外を見る。

 

 第一商業ギルドの管轄である、この辺りは大きな商会の館が多い。

 それで、箱馬車が多く停まっていて人も多い。

 商業ギルドの上が動いてるんだろうな。

 

 ゆったりと走る乗合の馬車の窓から、彼らを眺める。

 明らかに上質な服を着た人々。そしてその周りにいる傭兵。護衛だろうか。

 あちこちの館で、それが起きているのだ。明日の休みの日は、彼らはきっと休みではないのだろうな。

 そんな事を考える。

 

 たぶん、第一商業ギルド所属の輸送船が多数沈んでしまったのだ。

 その損害もかなりだろうけれど、今後の輸送をどうするのか、大きな問題になっているだろう。もう、荷馬車を大分確保して、第一王都やティオイラとやり取りしている大商会もあるかもしれないな。

 この第三王都への影響はどのくらいなのだろう。

 

 少しそんな事を考える。

 

 ……

 

 あの時、副支部長たちと地図を見たが、カーラパーサ湖の南には大きな河があって、ティオイラと第一王都のアルジェとの間に流れている。そこにはアクラという町があり、その少し北側には狭いながらも湖があるのだ。そこにテクラクラとかいう小規模な町がある。

 たぶん、そこに港があるのだろう。

 もし、そこの港から、北上してニーレまでを船で運べたのなら、たぶん荷馬車を使うより、早く多量に運べるのだ。

 

 今回の船の騒ぎはそれだろう。正直言ってレイクマで積み荷を降ろして、そこから陸路では、メリットが薄い。まあ、ベルベラディの方からだと、それでもメリットが上回るだろうが。

 

 荷馬車で運ぶとなると、第三王都と第一王都の間の距離は、正確には判らないのだが、あの町の数からいって、八日。下手したら九日だな。

 帆船なら、たぶんもっと早い。五日くらいか。風がよくなくても八日はかかるまい。

 ニーレでの積み下ろしがあるので、どうしても、そこでひと手間掛かる。

 第三王都かベルベラディがもっと近くなら、ニーレが重要視されたかもしれないが。

 副支部長は確か漁民たちの町だと言っていたので、水運に使うようになったのは、商会が目を付けたからなんだろうな。

 

 ……

 

 現時点では、彼ら商業ギルドは大騒ぎなのかもしれないが、私の修行の方には特に大きな影響は無さそうだ。

 今後の見通しとして、鉄不足もありえたので、鉄塊もかなり多めに買い込んだから、大きな剣でも作らない限りは暫く造れそうだ。

 

 それで、売れる物を造って、独立試験を受ける事になるのだろうか。

 

 ギルド概要本に書いてあったのは、親方が出す試験に合格する。または、ギルドマスターの出す一発試験に合格するというやつだ。

 ケニヤルケス親方が出す試験なら、あそこで作っている刃物。調理用や、獣解体用刃物の他に大工道具等の生産用道具だな。

 それなら、あそこに型もあるだろうし、鋸を除き、全部鋳物からの鍛造なのだ。

 問題ない。

 

 それと、独立資金そのものはまったく問題ない。筈だ……

 たしか四〇リングレット(※大谷換算で二億円)以上入っているはずなので、どこかを借りるのもその資金で出来るだろう。

 あとは、ギルドマスターにあって簡単な審査があるのだったな。

 

 もう一つのギルドマスターが出す一発試験が、見たこともない武器や農具の名前だけ出されて、それを作れとか言われても、まったく無理な話なので、これは今の工房で独立試験を受けるようにしないといけない。

 

 そんな事を考えていると、乗合馬車はもう北側まで来ていた。そして左手に曲がる。

 

 もう暫く馬車に乗っていると、(ようや)く西側の城壁に近い道路にまで出て、南に向かう。

 

 もう、ここまで来れば下宿は近い。

 横に向かう東の道を一本通り過ぎて、二本目の所で降りる。

 下宿前に着いた時、まだ二つの太陽は大分高い位置にあって、夕方までは暫くの時間があった。

 

 

 つづく

 

 冒険者ギルドの募集試験は力自慢と力の持続力を見るようなものだった。

 それは直ぐに道路工事に入れる者たちを選抜していたのだ。

 その合間に剣の方も教えていくと言う事だ。

 帰り道、自分の独立の事を考えるマリーネこと大谷だった。

 

 次回 第三王都での続々鍛冶見習い

 植物図鑑で、あのクラカデスの原料を調べたりするマリーネこと大谷。

 週の初めは研ぐところから。

 また鍛冶の日々が始まっていく。

 

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