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254 第20章 第三王都とベルベラディ 20-41 第三王都での続鍛冶見習い3

 買った鉄の検品を行う工房。

 ミューロックが検品していくのを見学するマリーネこと大谷。

 そしてマリーネこと大谷は重さの測り方を親方から学ぶことになった。

 

 254話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-41 第三王都での続鍛冶見習い3

 

 翌日。

 起きてやるのは何時ものストレッチから。そして下に降りてルーティンとなっている空手や護身術。それ以外の剣術だ。

 

 朝食もとって、いつも通りの作業着に着替えて、工房に向かう。

 

 鉄の延べ棒を一〇本も買ってしまったが、何を作るかはまだ決めてはいない。

 錆びないように油に漬け込んであるので、造るものはじっくり決めればいい。

 箱の中を見ていないので、どうなっているのかは、これから見るわけだが。

 

 工房にはもう、全員が来ていた。相変わらず、皆早い。

 ケニヤルケス親方が、全員を集めていた。

 鉄の延べ棒の検査を行うらしい。

 箱を開けると、中には革が張ってある。六本の鉄の延べ棒は縦に二本、横に二本なので、四本。その上に二本が積んである。

 油が詰まっていて、その中に沈んでいるわけだ。

 四本の方は、横に二本の二段積みだ。

 

 ミューロックが肘まで届く長い革の手袋をして、箱の中の鉄の延べ棒を取り出した。

 鉄の延べ棒には、何やら表面に文字が刻んである。

 ミューロックは、鉄塊を別の革シートの上に置いた。油でてらてらと光っている。

 

 ケニヤルケス親方が、しゃがんでその鉄塊を指差した。

 「ヴィンセント殿。まずはこの棒の表面の文字を見なさい。三つある。一番上はこの鉄塊をどこが作ったのか。これの場合はトドマの鍛冶工房だ。二番目は、この鉄塊を扱う商会の名前だ。これはデュバル商会。一番下の三つめが重要だ。この印は、王国の監査官の下にいる役人が、重さを確かめたことを意味する検印だ。これが入っていないものは、重さが正しくない可能性があるし、不正な捏造品かもしれない。この検印を不正に刻むと、商業ギルドの方から厳罰が下る。まあ重罪だな」

 

 「この、二番目と、三番目の、間にある、突起は、何でしょうか。削って、あるのですが」

 「それはだな。この印のうち、一番目と二番目は、型で作っているのだが、そのせいで規定より軽くなってしまうので、その突起で規定値より僅かに重くするようにしてあるのだ」

 「そして、削って、合わせる、という事ですか」

 「そうだ。それは重量検査する検査官が(やすり)で削って合わせる。そして出荷証明書が出される」

 「分かりました」

 

 なるほど。かなり厳密にやっているらしい。金銀でもないのに。

 もう少し、おおらかにやっているのかと思ったら、全然違った。全品検査か。大変な手間がかかる。

 全ての事に細かい、アナランドス王国ならではだな。

 印を刻むと、重さが変わるんじゃないかと思ったのだが、上の二つは、そもそもそういう彫り込みのある型に流して、突起で重さ調整しているのか。

 

 最後の下のものは、どちらかと言えば焼き印だ。十分に熱した『こて』を鉄に当てて、かなりの圧を加えれば、印がつく。

 その結果として微妙に、数グラム変化する可能性はあるが、そうなる前の重さはちゃんと測ったという事だな。

 

 「親方様。この鉄塊をここでも測り直したりするのですか?」

 「普通はそうする必要はない。新しい商会とかの取引なら、確認の意味を込めてやってもいいが、長く取引している商会が、重さの不正をするとは考えない。まあ、経営者が変わったとか、何か理由がない限り、疑う事も無いだろう」

 「重さはどうやって測るのですか」

 私がそういうと、ケニヤルケス親方が立ち上がった。

 

 「ヴィンセント殿。こちらに来なさい。カルロ、点検を続けていてくれ」

 「ディール、あとはやっておくが、ヴィンセント殿の箱もやっていいのか?」

 「ああ、頼んだぞ」

 

 私は親方についていく。普段は使わない部屋に入った。

 「さあ、これだ」

 親方が奥の棚の方から出して来て見せたのは、片天秤状態の大型な吊り(はかり)と、もう一つは下に台があって、荷物を台に載せた時その重さで表面の板が下に沈み込むのを上に伸びたアームに伝えられ、直角に曲げられたアームのその先に重りをぶら下げる、機械式の『台秤(だいばかり)』だった。

 

 台秤があるのか。なるほど。

 

 「使い方は簡単だ。この皿になっている部分に重りを入れていく。この重りはここでは真鍮のものを使っている。鉄のものとでは、単位が違う。ここでは一番軽いものが、この五カロッグス(約三・七五五グラム)だ。これが一〇カロッグス(約七・五一グラム)一〇〇カロッグス(約七五・一グラム)の板もある。あとはこれだ。四辺が一フェム(約四・二センチ)の長さになっている。厚さも一フェムある。これが一カロース(約七五一・二グラム)だ。そちらに一〇カロース(約七・五キロ)もある。あの鉄の延べ棒は一本で四・六四五カロース(約三・五キロ)あるのだ。後で油をふき取って、測ってみればいいだろう。今後、貴女が独立した際には、こういう台秤も買う必要がある。使い方も覚えておきたまえ」

 

 「分かりました。ありがとうございます」

 そういうとケニヤルケス親方がニヤッと笑った。

 「貴女に必要な事は全て教える。そう約束してあるのだ。独立したら、必ず必要になる知識は残らず教えるのが、儂の役目だ」

 

 「まずは使ってみたまえ」

 そういわれたので、まずは革手袋をしてから、一番重い重りを一つ、台秤に載せる。

 当然、上についている水平の伸びた天秤の棒が上にある横棒に当たっている。

 そこについていてぶら下がっているお皿に同じ重さのものを載せる。

 

 秤の先にある針が、囲われた枠の上下の真ん中にある印を示せば、釣り合っている。

 横に動かせる重りが付いているのだが、これは天秤の皿のある反対側いっぱいに寄せておく。これを動かすと微妙に重さを測れる。

 台秤は、元の世界で使ったのはかなり昔の話だ。祖父の家には、これがあった。それで子供の頃に使った覚えがあるのだ。

 それは最大で一〇〇キログラムまで測れた。もっとも、そんな重さを計っているのを見たことはない。

 台秤のアームの先についている秤の部分には、一部が切り欠いてある円盤型の(おもり)を載せていくのが元の世界の台秤だが、ここではそうはなっていない。

 取り敢えず、使い方はそう変わらないのだ。

 

 ここでは鉄ではなく、重りは真鍮なのか。まあ錆びにくいので、これを選んでいるのだろう。

 しかしまあ、小さな分銅だな。この大きい方ですら四センチ角の正立方体だ。

 

 次は片天秤(てんびん)。これは棒の先端が大きく重くなっていて、そこにフックが付いている。これを吊り下げるようにだ。

 棒の片方は重りがついているのだが、この重りは位置がずらせるようになっている。この棒には細かく刻んだ凹みがある。そして棒の先端が大きくなっている方には皿がぶら下げてある。

 ここに測りたいものを載せ、棒に付いた重りを横にずらしていって、釣り合う位置が、それの重さとなるようになっている。

 細かく刻んだ凹みが大雑把な目盛りと言う事だ。この刻んである目盛りの間に更に細かく目盛りが振ってある。そこを読み取れば正確に重さが測れる。凹みはいくつか切りのいい数値の所に付けてある。

 

 そういう造りなので、この秤ではそう重たいものは測れないのだ。元の世界でも、この手の秤は凡そだが一〇キログラム程度までだ。

 これも一番重い重りをお皿に入れて、棒に付いた重りをずらしていく。釣り合いが取れたところが、その重さだ。

 構造が簡単で、まず壊れないし、安いので元の世界で、今でも使われている秤なのだ。

 

 親方は私を暫く見ていたが、もういいだろうという事で、さっきの部屋に戻ることになった。

 

 とにかく、この異世界で重さをはかる方法と単位を覚えた。少しずつだが、進んでいるな。

 

 先ほどの部屋に戻ると、ミューロックたちはまだ、検品を続けていた。

 何しろ箱の数が多い。既に検査した箱は、再度木の蓋を閉めてある。

 

 「ヴィンセント殿の分は、そこに分けてある二箱だ。印をつけておいた」

 ミューロックがそういった。

 「ありがとうございます」

 私は自分のために買った箱に付けられている印を見た。ミミズ文字で『ヴィン』と彫られていた。

 今後は、この箱の四本入りの方から使おう。

 

 さて、立て掛けておいた鉄剣の方。

 全体を眺め、更に砥石で最後の仕上げをする。

 一応全部研ぎ終えたのを確認して、水を掛けてからよく拭きとり、鞘に納める。

 

 ……

 

 暫く検品を眺めていると、ようやく最後の箱の中を確かめ終えた。

 

 「皆、集まってくれ」

 ケニヤルケス親方が全員を集めた。

 

 「これから、暫くは大工道具を作る。刃物研ぎ直しの注文も受け付けるが、新規の包丁は最低限だ。全員そのつもりで」

 

 「親方。いつまで、それをやるんですか」

 訊いていたのはゼワン。

 

 「注文が来なくなるまでだな。まず、暫くは続くと思ってよかろう」

 

 「それと、ヴィンセント殿。貴女も大工道具を作るほうをやって貰いたいが、それはどっちの材料でもいい。自分の材料で別のものを作るのも構わない。それはそれで、貴女の製作品として売るもよいだろう」

 

 「分かりました」

 私はお辞儀して答えた。

 

 さて。大工道具と並行して自分のものも作れるという事か。とはいえ、何を作るべきかだ。それに鉄塊はそれなりの重さがある。

 あの重さからして三キロは超えているので、やや大きい包丁でも一〇本以上作れそうなのだ。

 暫くは大工道具を作っていくのがいいのだろうか。

 

 兎に角、まず型を用意するところからだ。

 本来は木型制作といって、木材で実際の形を作る所から始まるのだが、この工房では、何度も作っているから、木型は多数用意されている。

 大工道具一式が多数並んだ雄型を選んできた。これを枠に入れて、砂をたっぷり入れ、その上に水を掛けてから、そこに置いて半分埋める。

 他の人も、同じように型の準備を始めた。

 次に、枠を上において、砂を入れてから、砂が少し多い状態にして蓋を載せる。

 

 山砂を用いて、そこに水分を加えかなりの重しを載せて圧を掛けると出来上がる。

 元の世界でも、かなり古く古代からあった、鋳物の製造方法だ。

 これを砂型という。複雑な細かい造りのものをやる場合は乾燥した粉の粘土を混ぜる事もあるらしい。

 これを一応、六つ用意した。

 たぶんこれに鉄塊を一つ溶かして、この六つに流し込めばいいのだろう。

 型が乾燥するにはそれなりに時間がかかる。それは翌日となるのだ。

 

 私は木材を削ってまずはコンパスを作る。

 尖った錐を二本取り付けられるようにして、開く部分は、錐で穴をあけて、ハトメで止める。

 円を罫描(けが)きたいのだ。

 

 できた簡単なコンパス。

 これで慎重に円を描く。三つ。二つはそのまま前後に棒がついたような形になるよう外側を削っていく。

 で、出来た二つはこれまた慎重に重ね。円の中心部分に錐を当てて、穴を彫る。

 かなり慎重に穴をあけて、二つの穴が同じになるようにするのだ。

 で、次は円を描いた、この外側を削っていき、少し太い円柱を作り出す。これまた、削るのに神経を注ぐ。

 そして、この円柱が先ほど作ったものの中に入るか。やや太いのでかなり慎重に(やすり)で削って合わせる。

 油を塗って、ぎりぎり入るようなら、成功だ。

 

 次は穴の開いている方の二本のほう。穴の中心から片方を短く、片方をそれなり長くする。全体で一五センチ程だ。ここの亜人たちには小さいかもしれない。

 私が作ろうとしているのは、ニッパーのような形の爪切りなのだ。

 短くした方、二つを重ねたときに、内側が斜め六〇度の刃になるよう、削っていき、反対側になるほうは、丁度内側で向かい合わせになる様、削りだす。

 この日はここで終わり。

 

 翌日。

 この日は、()込みという作業になる。

 昨日やった枠を慎重に上下を引きはがし、中に埋めた型を抜いてもう一度上下をくっつける。湯口は昨日の内につけてあるので、その湯口の棒を抜いて、木枠の上下を慎重に縛る。二人掛かりで持ち上げて、もう一人がロープで縛る。

 

 それが終わると、この型を反射炉の方に持っていく。

 鉄塊は一個。これを反射炉の中に投じて温度を上げる。

 溶けて出てきた鉄を坩堝(るつぼ)の中に全て入れて、素早く六つの型に流し込んでいく。流石にゼワンは手早い。

 鉄の温度が下がる前に、すべてに注ぎ込んだ。

 鉄が冷えるのを待つ必要がある。冷えるのに半日近く待たねばならない。

 取り出したのは、夕方になってからだ。

 

 ここから取り出した刃物の一歩手前の物が六人に渡される。

 この鋳物のままでは、壊れやすい。そこで、これからこの鋳物を熱して叩いて刃を付けていく。

 鍛造である。

 とはいえ、今日はここまで。

 

 翌日から、兎に角、熱して叩いていく作業が始まる。

 お昼の休みは、私はニッパーのような形の爪切りの木型を量産するために時間を使った。

 ワンセット分で必要な鉄は大雑把に見積もって、二〇〇グラム程だろうか。それで三つ目以降は少し刃の方を大きくなるようにした。

 お昼が終われば、何時もの様に顔に布を巻いて、鉄を叩く作業だ。

 

 毎日叩いている日々が続く。とはいえ、叩き過ぎないように注意が必要だ。

 出来るだけ、周りの出来に合わせるのだ。

 

 昼に作っているニッパー擬きの爪切りの木型は八本分を目標にした。

 たちまち毎日が流れていく。

 

 ……

 

 第六節、下前節の月、第五週。第五日目。

 

 二日で一本の割で叩いていき、幅の広い五本と(かんな)の刃を叩いた所だった。

 次は全部研いでいかないといけない。

 

 そんな時に、工房にまたもや冒険者ギルドの係官がやって来た。

 二メートルほどの中背。肌はやや焼けた色で。髪の毛はこげ茶。瞳は僅かに青い。

 鼻がやや長い。耳は長くやや開き気味。尖っている。確か、つい最近あった事があるような気がする。

 眉間の間に右手の人差し指を当てる。

 

 ……

 

 ああ。思い出した。討伐任務を知らせに来たバーリリンド係官と一緒に来たファイス係官だ。

 あの時に一回しかあってないので、フルネームも知らない。

 いったいどうしたのだろう。

 

 「ファイス係官殿。ご苦労様です」

 「ヴィンセント殿。支部長から、伝えるように言われて来ました」

 「はい」

 「来週から、入隊試験と昇級試験があります。もしかしたら、支部長が呼び出すかもしれないとの事です」

 

 「はい。判りました」

 「では、伝えました。私はこれで戻りますが、支部長に何か伝えたい事などありますか?」

 「いえ。今は特にはないです」

 「では、私はこれで戻ります」

 さっと、彼は工房の外に出て行き、ギルドの荷馬車に乗り去っていった。

 

 副支部長が言ってたやつだな。新人募集と、昇級試験をやると言っていた。

 しかし、私を呼び出すかもしれないっていうのは、何だろうな。

 

 私の工房での作業は、叩き終えた刃物を研ぐ方になった。

 

 ……

 

 翌日。

 起きてやるのは、ストレッチからのいつものルーティン。

 この日は休日。

 作業着を洗濯して、自分の部屋のベランダに干すのもいつも通り。

 

 朝食を食べた後の私の楽しみは、あの図書室に行く事だ。

 焦げ茶の襟のあるブラウスと焦げ茶のスカート。いつも通り、首に階級章、そして白いスカーフ。

 小さいポーチ。ハーフブーツ。

 全くいつも通りである。これで外に出かける。

 

 相変わらず、休日は人が多い。マインスベックの店まで行くのは然程大変でもない。道は広いからだ。

 このショッピングモールの中が、混雑している訳だ。

 階段の所まで、まっすぐに向かうのも大変である。

 

 直ぐに三階にまであがる。

 そして左奥の東方の方の書籍を探していくのだが、ガイスベント王国の本はどうにも見つからない。

 梯子を掛けて、上の方もゆっくり見ていく。

 

 ……

 

 だいぶ探したが、所々がごっそり抜けていて、本がない場所があるのだ。

 

 司書の人に訊いてみる。

 「あの。すみません。私は、ガイスベント王国の本を、探して、いますけど、一冊も、見つかりません。どこにあるのでしょうか」

 司書の人は、少し意外そうな顔をした後、右の眉が跳ね上がった。

 「ああ。東方の本とガイスベント王国の本は、とある商会に貸し出したのだ。修理も兼ねているのだがね。」

 「貸し出すことが、あるのですか?」

 「これは、特別なんだ。この蔵書に大きな貢献のあった商会の頼みでね、断れない。それにだいぶ痛んでいる本の修理もやって貰っている。それゆえの例外という事だ」

 「戻ってくるのは、いつなのでしょう」

 「暫くは戻ってこないだろう。直すと言っても皮紙が傷んでいたら、直せないから、そこは書き直しになる。つまり、読み取って別の皮紙に書き写した上で、その本を分解してその所だけ差し替える。全体が傷んでいるとほぼ写本になるから、かなりかかるね」

 「分かりました。気長に、待ちます」

 「すまないね。時々、見に来ておくれ」

 

 やれやれ。貸し出されてしまったのか。

 ここで本を読めば、ガイスベント王国の事がもう少し判るかと期待したのだが。

 

 諦めて、下宿に戻る。

 

 私は下宿に戻って、やるべきことが一つあるのを思い出した。

 この下宿代の次の支払いだ。今第六節季の最後の月なので、次は第七節季。

 ここは一節季分を全部払ってしまおう。

 私は代用通貨を持って、下に降りた。

 

 下に行くとコローナがいる。

 「コローナさん。ホールト夫人は、いらっしゃるかしら」

 彼女はロビーの様な部屋の掃除をしていた。

 「ご主人様は奥に、いらっしゃいます」

 「部屋代を、払いたいの。今、伺っても?」

 「はい」

 彼女はお辞儀した。彼女はそれまでにやっていたのを止めて、奥に向かう。

 ついていくしかないな。

 

 奥の扉の前で、彼女はノックした。

 「ご主人様。ヴィンセント様が、お会いになりたいそうです」

 暫くして、声がした。

 「コローナ? ヴィンセント殿をお通しなさい」

 「はい」

 彼女は扉を開け、私に中に入るよう促した。

 奥にいた夫人が立ち上がってこちらに来た。

 「ヴィンセント殿。どうなさいました。何かあるのかしら」

 

 「来節季の、部屋代を、支払いに、来ました」

 「相変わらず、早いわね。来週でもいいのよ?」

 「いえ、何があるか、分かりませんから、一節季分、今、支払いたいと、思います」

 彼女は微笑んでいた。

 「そう。じゃ、今回は代用通貨かしら」

 「はい。それで、お願いします」

 「今、書類を持ってくるわ」

 彼女はそういって奥に行き、暫くして皮紙の束を持ってきた。

 

 「一節季なら一五四八デレリンギだけど、一五〇〇にしておくわ」

 「え、そんなに、値引いて、いいのですか」

 「ええ。一括ですからね。これくらいは構わないわ」

 「では、私の代用通貨です」

 彼女はそれを受け取ると、裏返して神聖文字を書きとった。

 

 「貴女も、独立して商売するなら、代用通貨での支払いを受け付けるの?」

 「それは、まだ、分かりません。神聖文字の、読み書きが、出来ません」

 「そう。硬貨しか扱いませんという、職人もいるから、気にする必要はないけど、出来た方がいいわね」

 そんな事を言いながら、彼女は皮紙に次々と書いていく。金額欄に一五〇〇デレリンギと書き込んでいた。

 もう一枚、皮紙に同じものを書いた。

 「この二枚に署名して頂戴」

 「はい」

 言われた通り、二枚とも署名する。マリーネ・ヴィンセントと。

 彼女は一枚の皮紙を丸めるとリボンのような紐を掛けて結び、リボンと皮紙の間に封印を施した。

 

 「これを冒険者ギルドに出してね」

 そういって、丸めた皮紙を渡して寄越した。

 「はい」

 「これで、次の節季はまるまる、あの部屋は貴女の部屋になったわ。貴方なら、そういう事はないでしょうけど、部屋の中を塵置き場にしないでね」

 「そういう人が、いるのですか」

 彼女は、ふっと笑った。

 「たまに、いるのよ。部屋の中で物を作り始めて、部屋の中が塵だらけっていう人が」

 なるほど。部屋の中に材料持ち込んでしまうのか。

 私なら、井戸の脇でやるけどな。

 

 「大丈夫です。私なら、少なくとも、井戸端とか、外で、行いますから」

 そういうと、彼女は笑っていた。

 

 

 つづく

 

 自分で買った鉄で、爪切りを作ることを考え、その木型を造り始めるマリーネこと大谷。

 鍛冶の作業も順調に進んでいく日々。

 休日には、図書室にもいくのだが、ガイスベント王国に関する本は全て、とある大商会に貸し出されてしまっていて、無くなっていた。

 マリーネこと大谷は次の節季の分をトークンで支払う。

 鍛冶修行の日々が流れていく。

 

 次回 第三王都での模範試合

 鍛冶の日々が流れる中、週末の日に冒険者ギルドに呼ばれるマリーネこと大谷。

 その日は冒険者ギルド第三王都支部の昇級試験、最終日だった。

 

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