253 第20章 第三王都とベルベラディ 20-40 第三王都での続鍛冶見習い2
第二商業ギルドの館に向かう親方と一行。
そこで親方は鉄を買う。
それを見ながら、マリーネこと大谷も鉄を買う。
仕入れ方を知るのは重要だった。
253話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-40 第三王都での続鍛冶見習い2
お昼を食べ終えたあとは、何時もの雑談タイム。
この日は、もうこれから何を作るかに話題が集中していた。
ゼワンがやって来た。
「ヴィンセント殿は、冒険者ギルドで情報を入手したと言っていたが、商業ギルドのほうでは厳重に箝口令を敷いているらしいぞ」
「船の、被害が、多いですからね。どれから、修理するなり、新しく、作るなり、するにしても、順番で、相当、揉める、でしょうね」
「だろうなぁ」
ゼワンの顔は曇ったままだ。
「第一商業ギルドの、監査官が、裁定しても、従わない、商会が、出ると、思っている、のですか」
「まあ、紛糾するのは確かだろう。余程、上から押さえつけるとかしない限りは、な」
そこに、ミューロックも来た。
「まあなぁ。商人たちにとっては、大問題だろう。それで売り上げが大幅に左右されるからな。船に頼っていた商会なら死活問題だろうさ」
「荷馬車が、沢山、売れますね。きっと」
私がそういうと、二人とも、すこしにんまりとした顔だった。
別に、このケニヤルケス工房でそれらを作っている訳ではない。
車輪の金具や車軸ですら、ここでは作っていない。
ここは、あくまでも刃物だ。
荷馬車を作る大工工房は、これから大忙しだろう。
それと、気になるのは、造船技術を持つ大工たちはどれくらいいるのだろうか。
「まあ、どんなに箝口令を敷いても、行商人や独立職人たちの口にまで戸は建てられん。どのみち、船の大被害の話は多くの地域に広がる。そうなる前に先に船を直すなり、荷馬車を多数確保するなりして、自分の所は大丈夫。という顔をしたい大手商会は沢山ある」
ミューロックが腕を組んで、そういった。
まあ、そうだろうなぁ。
「買う、鉄の、量も、問題ですね」
「そうよなぁ」
ゼワンもミューロックも唸っていた。
親方の判断はどう出るのか。それも今日、これから判ることだ。
そこにケニヤルケス親方が入って来た。
「カルロ。ヴィンセント殿。来てくれるかね。これから第二商業ギルドの本館に行くのだ」
「承知」
ミューロックがそういったが、私はまず革のエプロンを外して、ハンマーと共にリュックに入れた。頭の布とかも外す。
首にスカーフは敢えて巻かないことにした。標章とかが見えないと、勘違いされるからだ。
あとは小さいポーチ。肩からかけ直す。
「準備は、出来ました」
そういうと、もう二人が外に向かって行く。
外にはアルパカ馬の荷馬車。
私は荷馬車に積まれた箱の横に座り込んだ。
ミューロックが御者をやるらしい。
行き先は第二商業ギルドの本館か。何処なんだろう。
荷馬車は、そのまま東に向かって行き、中央通りを右に曲がった。
東に入る道を一本過ぎてから、左に折れる。さらに、東だ。
中央通りから少し東に行くと、右に折れる。そこからさらに南に向かって進む。
右手に大きな建物がある。たぶんギルドの建物だ。
「着いたぞ。ヴィンセント殿」
ミューロックの声がした。
私は荷馬車から降りる。
その時に、建物の方から男性が二人やって来た。
ミューロックは、その二人に手綱を渡した。
男たちはアルパカ馬を宥めながら、大きな建物の脇にある厩に誘導していった。
「さてと。デュバル殿はいるかな」
誰に言うともなくケニヤルケスが言った。たぶん仕入れをやる相手の事だろう。
入り口の扉を開けて、二人がどんどん奥に入っていくので、私も遅れないようについていく。
何か書いてある扉を開けて、ケニヤルケスが中に入った。ミューロックも後に続く。
勿論私も、遅れずに中に入ると、ミューロックが扉を閉めた。
中には、机の前に一人の男が座っていた。
「ケニヤルケス殿。お久しぶりですな」
男が立ち上がって手を出した。
「ああ、デュバル殿。お久しゅう」
ケニヤルケスがその手に合わせて、握手。
「今日はどうなさいました。三人もおそろいで。というか、そちらのお嬢さんは?」
「ああ。今うちで預かっている、独立鍛冶師候補の方でな、マリーネ・ヴィンセント殿という」
「ははあ。聞いてますよ。ヴァルカーレ第二商業ギルド監査官様が、ここにヴィンセント殿が来たら、子ども扱いはしないようにと念を押されていきましたからな」
そういって男は笑った。
「何の事やらと、訝しげに思っておりましたが、こういう事でしたか」
男はすこし笑っていたが、すぐに真顔になった。
「さてと。今日はどういう御用件でしょうな? ケニヤルケス殿」
「うむ。新人を四人預かっていることだし、少し練習もさせる必要があるのでね。そこで、だ。鉄塊を多めに買いたいのだ。よろしいか? デュバル殿」
「勿論ですとも。トドマの方で大分、鉄は仕上げておりましてね。多めの量でも販売できますとも」
ケニヤルケスはそこで頷いた。
「鉄の延べ棒で五〇本。どうだろう。調達できるかね?」
「それはまた。二三四カロースも? 随分と多めですな」
「今日運べる分だけでも、先に入手したいのだがね」
「いいですとも。それで、そちらのお嬢さんは? ああ。その前に、私の紹介がまだでしたな。イーフェッリ・ヴァン・デュバルと言いましてな。ここ、第二商業ギルドの材料仕入れを担う商会の一つです」
男がそういうので、私はお辞儀で応える。
さて、話を振られたが、そもそも鉄の延べ棒の大きさが分かっていない。まずそこからか。
「あの、鉄の、延べ棒の、大きさを、教えてください」
「はは。まず、そこからかね。よろしい。まず長さは五フェム。幅は一フェム。厚さも一フェムだ。重さは四・六五カロースといった所だね」
むむ。この王国らしく例によって四二が基本か。
「大きさを、指定する事も、出来ますか?」
「長さ一フェルム単位で指定も出来るが、五フェルムを超えると、トドマの方でも特別扱いになる。料金が別にかかるようになる。それはよろしいかね」
「はい」
「で、お嬢さんも、ご注文かな。最低でも二本から受け付ける」
「その理由は、何かありますか」
「ああ。鉄は錆びるからね。油の入った箱に入れて納品する関係でね。一本単位はご遠慮頂く」
「判りました。私は一〇本でお願いします」
「それでいいのだね。まあ、武器じゃなく、刃物なら相当作れる量だね。それだけでいいのかね」
「はい」
「よろしい。では、これで終わりかね」
「いや、まだあるんだ。骸炭の配給に変化はないかね。もしあるようなら、トドマの炭も買っておきたい。火力の高い方で頼む」
「なるほど。トドマ製の骸炭も、いつも通り支給されると聞いていますがね。心配な様なら、すこし仕入れておきますかね」
「ああ、そうしてもらえると助かるな。骸炭が不足しそうだという時に、追加で頼めるかね」
「勿論ですとも。ケニヤルケス殿の工房はお得意先ですからね」
そこにミューロックが割って入った。
「柄に使う木材なんだがね」
「そうですな。当然必要になりましょう」
そういうと、もう一人、奥の方から男性がやって来た。
「木材なら、少し忠告があるんだ。デュバル殿」
「ホーグ殿。どうなされた」
デュバルが、振り返った。
「東側の木材は、調達困難になるかもしれないのでね。出来れば北東部産出品で賄って欲しいと思ってね。言いに来たのだ」
「そりゃまた。どうもご丁寧に」
ミューロックが受け応えたが、ホーグの顔は曇っていた。
「乾燥した木材が多数あるかどうか。トドマはこの前まで大雨でしたからな」
「北東部も、難しいでしょう」
私が、そういうと全員がこっちを見た。
「それは、どういうことだね」
デュバルが訊き返してきた。
「マカマ街が、冒険者ギルドは、機能不全。樵ギルドが、十分、伐採できて、いるかは、不明でしょう。そうなれば、リカジか、国境の、ルーガか、あるいは、カサマの南の街に、なってしまいます」
「ふむ」
「ルッソームから、仕入れた方が、まだ、いいかも、しれません」
デュバルは腕を組んで、目を閉じてやや考えていたが、やがて眼を開けた。
「そっちは第四王都管轄になる。向こうの仲買人から仕入れる事になるから、値段は上がるな」
うーん。いくつかの商会が噛んでくる可能性があって、値段がかなり上がりそうだ。
「スッファや、キッファには、大規模な、樵ギルドは、ありません。ケニヤルケス親方。どうしましょう?」
私がそういうと、ケニヤルケスは暫く考え込んだ。
「当初の予定通り、トドマの方から仕入れてもらいたい」
「何時もの様に?」
デュバルが訊き返す。
「うむ。乾燥はこちらでもできる」
「わかりました。長さは何時もの様に一フェルムで?」
「ああ。それだと二一〇〇本分だな」
「四フェルムで五二五本で、どうでしょう。ケニヤルケス殿」
「ああ、それでもいいが、切る手間分、少しはまけてくれないか」
デュバルが笑い出した。
「ええ。ええ。勿論ですとも。二〇リンギレでどうです」
「もう一声、下がらんかね」
「こちらも、それほど下げられないですがね。いいでしょう、一九リンギレで」
「分かった。それでいこう」
「では、炭の件は別にしますか」
「ああ。まず、骸炭の状況を確認してからだな」
「では、契約書を」
そういって、デュバルが皮紙を取りに行った。
その時にホーグが訊いてきた。
「ところで、ケニヤルケス殿。こちらの、その、何というか、背の低い女性は、ケニヤルケス殿の工房に来られた方ですかな?」
「ああ、いや。商業ギルドの上の方の紹介でね。うちが預かっている、独立鍛冶師候補のマリーネ・ヴィンセント殿だ」
私は、このホーグという男を見上げる。胸に手を当てる。
「ご紹介にあずかりました、マリーネ・ヴィンセントと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
そこで、深いお辞儀をした。何しろ作業着なのだ。スカートじゃない。
「おお。この方でしたか。上からも言われておりますよ。失礼のないようにとね。なるほど。こういう事でしたか」
「ああ。私の紹介が遅れましたな。フィオンドゥ・ヴァン・ホーグと言います。お嬢さん」
彼が軽くお辞儀をした。
ホーグも、先ほどのデュバルも、褐色の髪の毛。紫の瞳。顔の傾向も同じで、やや焼けた肌。同じ国から来たのだろうな。
「では、ヴィンセント殿も、先ほどの数で契約ですな」
デュバルが皮紙を数枚持って、戻って来た。
「ケニヤルケス殿のほうは六〇〇リンギレと、柄の木が一九リンギレ。ヴィンセント殿のほうは、一二〇リンギレです」
ケニヤルケス親方は、服のポケットから紐の付いたやや大きな四角い代用通貨を取り出した。
ケニヤルケス工房の名前と紋章が入っている。
私は、鍛冶ギルドから発行された、個人用の代用通貨だ。
二人とも出された皮紙、二枚にそれぞれ署名。
デュバルは、一番下に自分の署名を入れた。イーフェッリ・ヴァン・デュバルと。
二人はそれぞれ、控えの皮紙を渡された。
「今日持って帰れる鉄はどれくらいあるかね」
ミューロックがそう訊くと、デュバルは少し上を向いた。
「お二人合わせて、六〇ですな。倉庫の方にある筈です。柄の方は三週後に納品ですな」
「分かった。鉄の方を持ち帰ろう」
そういったのはケニヤルケス親方だ。
「では、倉庫の方に」
デュバルは、皮紙を丸めてから封印をして、奥の方に持って行った。
「ヴィンセント殿。外に出よう。倉庫に行くんだ」
「分かりました」
なるほど。ミューロックがついてきたのは運ぶためだな。
外に出て、親方が向かう倉庫の方に行く。ミューロックはアルパカ馬の荷馬車を、厩から出してきた。
北に向かい、少し行くと倉庫らしい。上にデュバル商会と書いてある。
さて。鍵のかかった扉なのだ。デュバルが開けてくれるのを待つ。
彼が扉を開けてくれたのを見て、中に入ると箱が一杯積んである。
その山積みになった箱の一角に、デュバルが来た。
「ここの六本入りの箱、八つ。こっちの少し小さい箱が四本入り。こっちを三つ。重たいですよ」
親方と、ミューロックが六本入りの箱を一つずつ持ち上げた。
私は四本入りの箱を持ち上げる。
どのくらいの重さなのやら。水の桶と比べても、こっちの方が断然軽いかもしれんな。
そんな事を思いながら、荷馬車に積んでいく。
重さのバランスがあるから左右に四本入りを一つずつ。一番前に一つ。
六本入りの箱も持ってみたが、全く問題ない。
全部、荷馬車に積んだ。
私は、このデュバルという人に挨拶しておくことにした。
「今日は、ありがとうございました。また、材料が必要になり次第、参ります。よろしくお願いします」
そういって頭を下げた。
「ああ。お得意様が増えるのは歓迎だ。あれだけの金額をあの代用通貨で払えるのだね。その鉄塊で、商品を作って早く独立できるといいね」
デュバルは笑顔だった。
ケニヤルケス親方もやって来た。
「デュバル殿。もう耳に入っているかとは思うが、西の湖の事件で、大分荷馬車の需要が上がる。必要なら、直ぐに抑えておくほうがいい」
デュバルは目を見開いた。
「ケニヤルケス殿。それはやはり、商会の船ですか」
「うむ。大声では話せんが、うちに来てくれれば、もう少しは話せる」
「判りました。とにかく荷馬車を抑えましょう」
「ああ。それがいい。ではまたな」
アルパカ馬の御者台にミューロック。その横に親方が乗った。
私は荷馬車の荷台の一番前だ。
荷馬車はゆっくりと北に向かう。
……
「やはり、かなりの箝口令が出ていますな」
そういったのはミューロック。
「カルロよ。やはり東の方の木材を、第二商業ギルドの商会が抑えるつもりらしいな」
「ああ。ホーグ殿の言葉からは、そんな感じでしたな」
ケニヤルケスは、目を閉じた。
「となると、西の方の大商会と揉めるかもしれんな」
「新しい第二商業ギルドの監査官殿の腕前に期待するしかありませんな」
ミューロックはやや投げやりだった。
「ヴァルカーレ監査官様ですね」
私がそういうと、二人とも頷いた。
荷馬車は北側の通りに着き、そこで左に折れる。
「ヴィンセント殿は、知らないのだろうが、第三王都の商業ギルド監査官殿は、第四を除き、全部変わった。もう、会ったはずだが、ランセリア・リル・ヴァルカーレ監査官殿は、元は中央だ。優秀な方だとは聞いている。今回の調整がどれくらいうまくできるかで、監査官殿の本当の力量が判るだろうよ」
ケニヤルケスはそういって、また目を瞑った。
確か、バウンスシャッセ監査官以外、全員変わったのは、この第三王都に来て、ジウリーロとの会食で知ったことだ。
「第一商業ギルドのシャルエルスト監査官もかなり優秀だとは聞いているが、ね。紛糾する商会の話し合いを、抑え込めるものなのかね」
ミューロックがそんな事を呟いた。
「それは、判らんな」
ケニヤルケスは曖昧に相槌を打った。
荷馬車は、北側の工房前通りとなる道をずっと進んで、北西にあるケニヤルケス工房前に到着した。
私たちは、さっそく荷物の箱を、中に運び入れる。
そうするともう、夕方だった。これで今日の仕事はおしまいである。
私は、鉄を買った皮紙を親方に預けて、下宿に戻ることにした。
つづく
木材はどうやら、トドマのものしか買えなさそうで、しかも納品は三週間後となった。倉庫に在庫がないらしい。
買い込んだ鉄をすべて、荷馬車で工房まで運ぶ一行である。
次回 三王都での続鍛冶見習い3
買った鉄の検品を行う工房。
ミューロックが検品していくのを見学するマリーネこと大谷。