251 第20章 第三王都とベルベラディ 20-38 第三王都の図書室
宴会も終わって、定宿に戻る。係官が荷馬車を出してくれて、そこに乗ったのだった。
翌日は休日。
朝食前、すこし考え事をするマリーネこと大谷。
それからまた、図書室に行くことにしたのだ。
251話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-38 第三王都の図書室
だいぶ、皆が飲み食いをして、あちこち雑談で盛り上がっていたが、急に支部長が立ちあがった。
「時間も遅くなった。今宵はここまでと致そう。みな、英気を養って次の任務に向かって貰いたい。今日はこれで解散とする」
全員が立ち上がって拍手。
どうやら、終わった。変に絡まれなくてよかった。
私は慌てて手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
軽くお辞儀。
さて、トドマの魔獣退治の話くらいで終わって助かった。
これが、あの魔獣暴走の話とか、カサマの街道掃除はもとより、あの八本腕のガーヴケデックの話とか、面倒この上ない。
飲み足りない支部員たちはまだ、これからさらに第三商業地区の方に飲みに行くらしい。
私はそそくさと、支部長たちにお辞儀をして、外に出る。
宴は終わり。どうやって宿に帰ろうかと思っていると、係官がやって来た。
「ヴィンセント殿。こちらです」
声をかけてきたのはバーリリンド係官だった。
「ヴィンセント殿の定宿は、第四商業地区の北西ですからね。ここから歩いて帰らせる訳には参りません。これにお乗りください」
「送ってくださるのですか?」
「支部長から、言われております」
彼は笑顔でそう言った。
私は冒険者ギルドの荷馬車に乗ることになり、御者台に座った。
係官はアルパカ馬に鞭を入れると、荷馬車はゆっくりと走り出した。
「宴はどうでしたか。ヴィンセント殿」
「お料理は、大変おいしゅうございました」
そういうと彼は笑っていた。
「ヴィンセント殿はお酒は飲めるのですか?」
誰も出してこないから、自分では飲んだ事もない。
「分かりませんわ。私の前に、出されるのは、果汁だけ、ですもの」
そういって笑顔をかえしておく。
「まあ、そうですよね。貴女の見た目は、まるっきり子供に見えます。ですが、貴女は子供ではない。だいぶ成熟された大人でしょう。見た目で損をされていますな」
バーリリンド係官は、そういって、アルパカ馬に鞭を入れる。
思いもかけない所で、そんな事を言われて、多少狼狽した。
何と返していい物やら。
「この背丈で、得をした、事など、一度も、ないですわ。ですけれども、これは、自分の、努力では、どうにも、出来ない事、ですから」
係官は私の方を向いて笑顔で頷いた。
「そういう所が、貴女が成熟された大人だと思うところなのですよ」
彼は再び前を向いて、そう呟いた。
……
アルパカ馬はやや駆け足のまま、第四商業地区に入る。大外の街路を左折して、各工房の作業場の前を通りすぎて、さらに左折。
南に進んでから、宿のある通りの前に出た。
アルパカ馬は『アントリス・ホールト』の前で停車。
「着きました。ヴィンセント殿」
彼は私を抱きかかえて、御者台から降りる。
「ありがとうございました。バーリリンド係官殿」
私はお礼にお辞儀した。
「いえいえ。それではまた会いましょう」
彼はそういって御者台に乗り、アルパカ馬はゆっくりと走り始めた。そのまま東に抜けて行くらしい。
……
宿の扉を開ける。
「マリーネ・ヴィンセント。戻りました」
声だけは掛けたものの、辺りは静まり返っていた。
そうか、もう寝ているんだろうな。
そーっと下宿の方に向かう扉を開けて、そこの壁にある灯されている油ランプを手にして、静かに廊下を歩いていく。
静かに二階に上がり、一番奥の私の部屋の鍵を開ける。
中に入ってまずは鍵を掛け、テーブルにおいた油ランプを灯火。それを持って、また鍵を開けて廊下に出て、また鍵を掛ける。面倒だ。
下の廊下の入り口にまでこのランプを持っていき、借りた方を返してまた戻る。
出かけるときに、ここに自分のランプをぶら下げておけば、帰って来た時にそれに灯火して持って戻ればいいのだ。
今度から、そうしよう。
もしかして盗まれたりするから、みんなそうしていないのだろうか。謎だ。
……
翌日。
起きてやるのは何時ものストレッチからだ。柔軟体操もこなす。そこから急いで何時もの服に着替えて、ダガー二本とブロードソードにミドルソードも持って下に降りる。
井戸端で顔を洗ってから、空手と護身術。いつも通り。ルーティーンをこなす。
スラン隊長から教わった二刀剣術のほうも終わって、休憩。
井戸から水を汲んで顔を洗って、部屋に戻る。
朝食が来るまでの間に少し考えた。
カーラパーサ湖の異変で、輸送船がだいぶ沈んでしまったのは事実らしい。それで商業ギルドの方で話が出ているのだろう。
で、それは材料調達が広範囲に及ぶことを意味していた。
完全に沈んだのが二五隻だったか。壊れた船も多数という。
ニーレの港所属の船がどれほどあったか。それと輸送船の大きさも問題だろう。この辺りを知っている人が鍛冶ギルドにいるのだろうか。
それほど大きくもない、はしけのような船ならば、大騒ぎするほどの事は無いのかもしれないが、ムウェルタナ湖のほうにあった、帆船レベルの輸送船だと、今回の事態で必要になる材木の量も膨大なものになる。
元の世界でも、大昔は帆船を作る材木を確保するために、炭焼きを禁止したり重税を課したりした国が実際にあったのだ。
鉄を作るために必要になる炭と帆船を作るために必要になる材木を天秤にかけたら、帆船の方が重かったと。
そういう話だ。一度切ってしまえば、再生には六〇年程度かかる訳で、それはあの時代の一世代分の年月に相当していた。
そこで、元の世界でアフリカ大陸を盛んに植民地化した理由の一つに、現地で大量の材木を入手してそれで炭を焼き、そこに高炉を造ってそこから鉄生産をしていたのと、ただ同然のコストで使える労働力、つまり黒人奴隷の入手があったというのが、欧州の暗い歴史の一つだ。
この王国では、材木にしたり炭にしたりすること自体、樵ギルドが担当している。
日々の生活で必要になる薪を切ってくるのを禁止していたりは、なさそうだが、それも木々の多い北部での話。
第三王都の辺りの木々は、完全に管理されている可能性が高い。
そしてカーラパーサ湖の周辺にある林も管理されているのだろう。
おそらく漁民が必要とする船の修理に使う板くらいなら、現地調達もありうるだろうが、帆船規模となるとそうも言っていられない。
なにしろ、副支部長は、東部の森から材木を切って来て、ムウェルタナ湖を通って運んでくることになると言っていたのだ。
私は、自分で買った地図を広げた。
距離が不正確ではあっても、街の名前は載っている。
南部の第四王都東にあるカンブラの方の話は出なかった。ルッソームから北部にあるコルウェに運ぶのが大変なのだろうか。
以前の王国の作戦で、あっちの方に行ったが、バラカドからずっと川沿いに東北東に沿ってザリタバ、アナンブラ、カンブラとある。
カンブラとナンブラの間はがっちりした橋が架かっている。あれが南の隊商道だからだ。あの橋は見た。十分な広さがあり、多くの荷馬車や人が行きかっていたのだ。
ルッカサやアッカサの方では降って湧いたような材木特需で、人手不足となり、それがまた国境の方から人をおびき寄せ、治安がよろしくない状態になるやもしれず。
その話がルッソームのほうの商業ギルドにまで流れれば、一口噛もうという商会が出てきても不思議でもあるまい。
かなりの距離はあるものの、造船にかかる時間を考えれば、十分間に合うと考える商会も出るだろう。
そもそもニーレ近辺だけでは、造船所の敷地面積が足りないはずだ。そうそう何隻も一辺に造船できるはずもない。
つまり、造船順番を巡ってすらも、争いが起きるだろう。ここはたぶん、商業ギルド監査官の腕の見せ所だな。
色々、影響はありそうだ。
何故なら、それで輸送船が出来るまでは、荷馬車の需要だの、車輪修理だの、そもそも街道の保全とか補修とか、そっちにまで人がとられる。
そして、セケラの冒険者ギルドは怪我人が一杯。どこまで第一王都の本部が、梃入れするかにもよるが、これは暫くの間、第三王都の南からティオイラまでの街道は、物資輸送の荷馬車でごった返すかもしれん。
そして、東部はどれくらい人手不足になるのやら。
たぶん、こういう事態になっても、この王国の国民は一切駆り出されないだろう。差配するのは監査官たちだけだ。
そんな事を考えていると、朝食が扉下に差し込まれていった。
あの足音は、たぶんコローナだな。
私は地図を仕舞って、テーブルの上を片付けた。
朝食はいつも通り。
手を合わせる。
「いただきます」
一次発酵されたパンを食べながらスープと焼いた薄切りの燻製肉を頂く。
そして、もう少し考えた。
今回の事態は間違いなく、鍛冶屋の方にも影響が大きい。
何隻が第三王都の商業ギルド傘下だったのか。ここが重要だ。
場合によっては、鋸をうんざりするほど作らされる可能性がある。
太い丸太を挽く鋸だけでも、何種類もあるからだ。
暫くの間、鋸、鑿、鉋といった大工道具を延々と作る羽目になりそうだった。
ケニヤルケス親方の工房は元々、そういう道具を作るのが主な仕事だからなあ。包丁とかの刃物は日々の銭稼ぎに過ぎないだろう。
まあ、今後は暫く、縦引き鋸やら、手曲り鋸だの、穴挽鋸だのといった大型の鋸を作ることになるかもしれない。
鋸の歯は、優遇を生かして、圧倒的に短時間に作るとか、そういうことは一切できない、地味な作業の繰り返しなのだ。
まともな鋼の板の辺に三角形の歯を付けていくだけでも大変な手間なのだった。
ちょっとだけため息が漏れた。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。少しお辞儀。
トレイをそのまま、入り口の扉の下に置いておく。
この日は休みだ。
さて。
服は白いブラウスと茶色のスカート。これで外出だ。
向かうのは勿論、あの図書室。
しかし、この休みの日は人の出が多すぎた。
パーラーというのか、休憩室兼軽食堂になっている、大きなホールには大勢の亜人がいた。
この前に来たときは、人が少なかったのだな。雰囲気がだいぶ違う。
どうやら一階に行く男女も多そうだ。
まだ、こんな昼間っから。やれやれ。お盛んな事だ。
……
やっと、図書室にたどり着くのに、だいぶ時間がかかった。
図書室にも、亜人が何人かいた。
私は司書の人に軽く挨拶して中に入る。
私が読みたい本は、たしか左側の一番奥の方だ。
近くにある梯子を借りて、上の方から調べていく。
ガイスベント王国に関する本が見つからない。
何故か、そこだけごっそり本を抜いたような、空いた場所があるのだ。
……
『人族の王国、その概要』、『エルフ族の国』
この二冊を引き抜いて、下に降りる。
読んでみよう。
『エルフ族の国』という本は、かなり薄い。
『ガイスベント王国の東南東、我が国家のほぼ真南に大きな島、大陸と呼ぶべきなのかためらわれる島がある。
この島は東のエルフと呼ばれる、古代から続くエルフ族が住んでいる島である。極めて独立志向の高い民族で排他的。他者を受け入れないために、この島の事に関しては、ほとんどが未解明である』
やはり、薄いだけあって、殆ど分かっていないと。
そうか。排他的な種族なのか。『我が国家の』とあるので、位置的に恐らく作者はマーシリンド王国の人なのだろう。
……
『島の東は大きく湾曲した半島によって、その内側に広大な干潟が広がる地形となっており、恐らくは利用されていないものと推測される。彼らは”ゲト・ジウ・ルス”と自らの国を呼称しているとの事である。この島の南にほぼくっつくようにして、もう一つ島が存在。
恐らくは一つの島だったものが割れて海峡が出来たものと考えられている。東と西に極めて狭い海峡が有り、その中に緩やかな内海が広がっている。
この南の島にも古代エルフ族の末裔とされる種族が住んでいる。南のエルフと呼ばれる者達で、こちらは彼らの言葉で”ダト・ジウ・ルス”と自らの国を呼称しているとの事である。
フランドール国の北及び北東に広大な森林、密林が広がる。これは銀の森と呼ばれる、やや特殊な地域である。
この銀の森に住む彼らは、自らの国として”ホド・ジウ・ルス”と呼んでいるが、その国境線は極めてあいまいであり、これを国として呼ぶべきか、学者の間では意見が割れている』
一番巻末をみると『東の学び舎 地理学、学長 タリアテッレ・キテン 著』とある。地理学からみたエルフ族の土地についての話なのか。なるほど。
東の学び舎とは、人族のマーシリンド王国にあるのだな。『アナランドス王国の概要』もたしか、そうだった。たしか民族学・学長が書いた本だったのだ。
『人族の王国、その概要』。こっちはどうだろう
何々。うーん、どうやらアシンジャール王国が戦争を起こし、人族の国が幾つも滅んだらしい。
『この戦争により滅んだ国、ローデリンド王国は、生き延びた臣下のものにより、”セネリア公国”という国家となった。ほかの一国家は完全に壊滅し、生き延びた者はいなかったとの事である。アシンジャール国の兵士がいかに残忍かを物語っている。
もう一つの国は、遙か南の海に僅かな人々が逃れた。人族の公国で”レイフロース公国”という。位置はかなり南である。
さてレイフロース公国は、フランドール王国の海岸線やや東に位置する特徴的な形を有する島である。クレペリと呼ばれる植物の葉に酷似した形状をしており、北から南に広がる。従って半分が亜寒帯、半分が寒帯に属している。
人口は少ないが、完全に人族の島で、住民たちは主として漁業を行っている。
公爵がこの島の支配者だが、他に貴族らしい貴族はほぼ確認されていない。
現在このレイフロース公爵家以外は貴族がないと解釈されている』
ふーむ。人族について、もうすこし書いてないのだろうか。
つづく
図書室で目についた本を読み始める。
それは人族やエルフ族の事を書いた本だった
それからガイスベント王国の事について書かれた本を探すのだった。
次回予告第三王都での続鍛冶見習い
沢山の本の中、ガイスベント王国の概要について書かれた本を見つけ、それを読み耽る。