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250 第20章 第三王都とベルベラディ 20-37 第三王都の南で討伐任務その後6

 マリーネこと大谷は、支部で確かめたいことがあった。

 それは任務で行った場所の位置関係だ。

 どうしても、気になって仕方ない。

 支部では、報酬の支払いに署名し、そして打ち上げも待っていた。

 

 250話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-37 第三王都の南で討伐任務その後6

 

 私は、確認したい事があるのだ。

 「支部長様。ここに、地図は、御座いますか」

 それにはヴァルデゴードが答えた。

 「ああ。王国の士官たちが持っている物程正確ではないが、任務地の確認などもあるから、ここにも地図はある」

 彼がそういうと、ユニオール副支部長の方が、奥の戸棚を開けて、大きな巻物を取り出した。

 

 それを低いテーブルの上に広げていく。

 

 第三王都の位置は、ムウェルタナ湖の西だ。そこを探せばすぐにわかる。相変わらず東が上なので、湖から真っ直ぐ下の方を探せば、それは見つかった。

 

 「どうしたのだね。ヴィンセント殿」

 支部長が立ちあがってやってきた。

 「どうしても、私には、疑問なのです」

 

 私はパニヨ山塊を見つけた。その脇にあるネマの村。明らかに、第三王都から南に延びる道路には大きな街がいくつかある。

 「私が、思うに、この山の、事件は、このセケラの、街のほうが、圧倒的に、近いです。でも、今回は、マカサの街から、南に向かって、クネマの、町まで、行きました」

 「ふむ」

 「ヴァルデゴード副支部長殿が、こっちに、部隊を、出したからだと、思いますが、自然では、ありません」

 副支部長二人が顔を見合わせている。

 

 「もう一つ、御座います。それは、ユニオール副支部長殿が、引き受けて、向かったという、レイクマという町、です」

 私はカーラパーサ湖の南東端にある小さな町を指差した。

 

 「ここは、どう考えても、近いのはセケラ。それか、ウォルビスか、ティオイラの範囲、と、私は、思います。なんとなれば、第一王都の、管轄、ではないでしょうか」

 

 支部長が、大きなため息だった。珍しいな。

 「ヴィンセント殿」

 支部長が私の前にやって来た。

 「其方が、色々思うところがあるのは当然であろうな。よろしい。今回のこの事態。すこし説明がいるであろう」

 支部長は地図の方に向き直った。

 

 「カーラパーサ湖の水運で、異常が報告されるようになったのは、暫く前。最初は、イデフという湖岸の村の漁民たちだ」

 支部長はカーラパーサ湖の中間ほどにある東岸の村を指差した。そこからセケラ街はすぐ東といっていいくらい、近い。

 

 「無論、すぐにセケラ街の支部から、討伐隊が向かったのだがな」

 「まさか」

 「いや、死人は出てはおらんが、怪我人は続出。魔法師たちの精霊も、なぜかあまり動いてくれぬ。そこでどんどん漁船に被害が出てな」

 彼の指は、すっと動きレイクマを指差していた。

 「とうとう、レイクマの港近くにまで、水棲魔物が出て、船が沈められる事態となった。だが、ウォルビスの支部は何故か我ら第三王都の方に、この任務を送ってきたのだ。それで、エルヴァンに行って貰った訳だ」

 そこで支部長は私の方を見た。

 

 「その頃、ネマの村が大被害を受けておった。それは、本来ならばヴィンセント殿の言う通り、セケラ街の支部がやるべき任務であったろうな。だが、セケラ支部はそれどころではなくなっていた。結局、それはクネマの町からの伝言で、我らの所に届いた訳だ。第一王都の方は、今はセケラ支部への人材派遣や梃入れで、通常任務も混乱しておるのやも知れぬ。なにしろカーラパーサ湖で魔物が暴れるなど、ここ何年もなかった事、故にな」

 「何故、ウォルビスの支部が、第一王都への、依頼では、なく、管轄外の、第三王都へ、依頼だった、のか、私には、分かりかねます」

 「その真意は、儂にも判らぬ。だが、第一王都の管理下にある支部からの要請。儂らには拒否権は無いのだ」

 「そうなんですか」

 あまり納得のいく話ではないのだが、序列があるのだろう。

 

 「それと、ティオイラ支部は、どうして……。あ。南の隊商道、警備が、重要、という事、ですか」

 「左様。第四王都とティオイラの間の警備が、最も重要な任務。カーラパーサ湖の怪異も気がかりではあろうが、人員をそこには割けぬという事であろう」

 

 うーむ。こんな地方まで第三王都がやっていたら、それこそ人が足りないだろう。

 第三王都とベルベラディがカバーしている範囲が広すぎる。それは北東の国境から、東の国境、そしてムウェルタナ湖の周り一帯と第三王都の周辺からベルベラディの周辺全て、となる。勿論、其処彼処に、大きい支部はあるだろう。

 トドマはさほど大きくはないが、それでも中堅。そして北の隊商道で繋がる横のカフサ支部と滝の上でつながっているカサマ支部とは連携している。しかし連携が取れていない支部があまりにも多いのも事実だ。

 

 第二王都は、それこそ西にある塩田やら、多分砂糖畑、そして西にある多数の鉱山が管理区域だろうけれど、第一王都は、そのわずかな周辺とこのカーラパーサ湖の南一帯くらいなのか。まあ、重要なのは首都である第一王都の周辺の街の交通と魔獣警邏なのだろうけれど、それにしても、範囲に偏りがありすぎる。あと、第四王都は、ムウェルタナ湖の南の辺り一帯と、南の隊商道と南西の広大な農地の管理だろう。

 

 どう見ても第三王都が、冒険者ギルドの中心としか思えない程、範囲が広い。なのに、権限は、さほどというか、さっぱりないらしい。

 ベルベラディの方に、仮本部があるからだ。何かが、酷く間違っている気がしてならない。

 

 「納得はして貰えただろうか。ヴィンセント殿」

 「今回の、事件の事は、分かりました。ですが」

 「どうされたのだ」

 「あまりにも、ベルベラディと、第三王都支部の、背負う、範囲が、広すぎるかと、思っています。そして、いまだに、北東支部巡回の、部隊すら、出来ていません」

 「それは、どういう事だね。ヴィンセント殿」

 「いえ。まだ、確認した訳では、御座いません。今のは、忘れてくださいませ」

 「ふむ。あの件がどうなったのかは儂の方からこの前来てもらったノルシュトレーム殿へ手紙を出しておこう。第三王都からも人員を出さねばならんだろうから、知っておく必要がある」

 そういってから、彼は腕を胸の前で組んだ。

 

 「話を元に戻そう。ヴィンセント殿」

 「ヴィンセント殿は金階級故に、副隊長をしてもらったから、それでも金額は多めになっている」

 「今回の報酬金額だが、四九三リンギレと八〇デレリンギとなる。本当ならもう少し与えてやりたい所だが、なにぶん、人数も多い故に、調整の結果、このようになった」

 「多くの報酬、ありがとうございます」

 

 物凄く大雑把に、五リングレット弱なら二千五〇〇万弱だ。本来、これほどの金額になるはずがない。

 たぶん、みんなに報いたいと言っていた副支部長が、副支部長補佐と一緒に自分たちの取り分を大幅に減らして、部下に割り振ったに違いない。

 

 隊長権限で報酬を大幅に配分を変えたのだな。それは何も今回が最初ではない。白金の真司さんが、新人実習の時でもかなり大雑把に彼らに割り振っていた。あれは銅無印階級の彼らが受け取るような金額ではなかった。

 あの時の四人が、腕前を上げて鉱山の方に行けているといいのだが。

 

 「この書類に署名してくれるか。ヴィンセント殿」

 「はい」

 書類を見ると、以前、空欄だった場所にざっくりと斃した魔獣が書かれている。

 ゲネスが六頭、メルイヌエが二頭、ガギゥエルが六頭、ゲダゥニルが一頭、ライメルドが五頭、グルイオネスが八頭。

 私が増援部隊の副隊長であること。魔獣の遺物は二三九四リンギレとなる事が書かれている。

 増援任務の報酬は全体で二〇〇リンギレである事が書かれていた。そして魔獣の遺物の買取金額の二割が支払われるとの事だった。

 他にも独立治療師への支払いが書かれていたりしたが、それは支部の方から支払いを行うと書かれていた。

  私は以前、自分がした署名の下にある、報酬受取人の所に署名。マリーネ・ヴィンセントと。

 

 支部長は私の代用通貨を裏返して、そこに掛かれていた神聖文字を書きとった。そして私に代用通貨を帰して寄越した。

 

 「さて。もう暫く、ここで時間を潰していて貰えるか。ヴィンセント殿」

 「はい。構いません。それで、ユニオール副支部長殿に、お訊きしたいことが、御座います」

 私がそういうと、ユニオール副支部長が私の前にやって来た。

 「さて、何だろうね」

 「今回の、カーラパーサ湖の、方で、沈んだ、大きな、運搬船は、どの程度、ありましたでしょう」

 「完全に沈んでしまったのが二五隻ほどある。あとはかなり壊されはしたが、浮いていたな。漁船も相当な被害が出た事だろう。どうしてそれを知りたいのかな?」

 「今、私は、鍛冶工房で、修業中の身、です。ケニヤルケス工房は、工具も、手掛けます。ニーレや、ガルアの方から、工具の注文が、ありそうなら、今から、対処が、必要かも、しれないと、言っていました」

 ユニオール副支部長は胸の前で腕を組んだ。

 

 「まあ、レイクマの方の漁船や、あの近辺の商会の大型輸送船なら、セケラやクイケラの街の大工が動員されるだろうし、道具もティオイラの方に大量発注するさ。なんといっても第一王都の管轄だ」

 彼は私の方を見た。

 

 「それが、ニーレの港所属の大型輸送船となると、話は変わってくる。完全に第三王都とベルベラディにいる商会たちの物だろう。あそこは船大工は専門がいるわけじゃない。常に船を作っている訳じゃないからな。失われた船のために大工も道具も争奪戦になるな。材木も、か」

 

 そこにヴァルデゴード副支部長も来た。

 

 「人員はともかく、材木の奪い合いはまずいな。今回はルッカサのほうから、取り寄せになるかもしれん。ルッカやルッカベ、アッカサ、パマ辺りまで、材木調達の声がかかるかもしれんな」

 ヴァルデゴード副支部長が地図を見ながら、そんな事を言う。

 

 私は立ちあがって地図を見た。

 今副支部長が言った町々は、全てムウェルタナ湖の東側、ルッカサの周りにある街だ。

 「こんなに、遠くから、運ぶのですか」

 「ああ。北部の方面は魔獣も多く、そもそも林業に向いていない。スッファやキッファには、そういう樵ギルドがなかっただろう?」

 「樵ギルドの、作業場は、確かめてはいません、が、スッファ街の北側は、開発されて、いませんでした」

 「まあ、あの辺の木材は船に使うのは難しいのさ。乾燥させるのにも時間がかかり過ぎる。東の隊商道のルッカやアッカサのほうで伐採して、ルッカサに一度集めて船でコルウェに陸揚げして、あとは隊商道を運んでくることになる」

 

 相当な手間だな……。

 「ははぁ。何故、パニヨ山塊の林にある木を切らないのかって顔をしてるな」

 「はい」

 「あの辺りには大規模な樵ギルドがないんだ。魔獣に怯えながら大規模に伐採と植林をするギルドがいないっていう事だな」

 

 なるほど。

 木材の争奪戦か。それに比べたら鉄塊の争奪戦は、可愛いものかもしれない。まあ、道具だけじゃない。釘とか金具とか、滑車とかそういうものを作る鍛冶屋の方も大忙しだろう。

 

 「大工が、暫く、造船で、大忙し、でしょうね」

 「まあ、そうなるだろうな。そうなると、人が足りないとなってこっちに青銅階級の冒険者を出せ。といってくるかもしれない」

 「ルッカサ支部も大変だな。辺りの樵ギルドから、おそらくは護衛と警邏の仕事が出るだろう。トドマ支部みたいなことをやって、暫く材木を集めないといけないだろうからね」

 

 「そうか。ヴィンセント殿。其方のいう街道巡回というのは、こういう情報の伝達も、あるのだな。巡回と情報共有が滞りなくできれば、色々と割り振りもやりやすくなろう」

 支部長が私の方を見ていた。

 

 「私が、思いますに、少なくとも、ルッカサと、国境のアッサバ、カッサバの、間の、情報を、第三王都に、持ってくる、巡回は、必要に、なるのでしょうね」

 「そのようだな。ヴィンセント殿。これはここでも検討しなければなるまい」

 支部長がじっと地図を見ていた。

 

 同じく地図をじっと見ていたユニオールが呟いた。

 「最低でも国境までは九日、一〇日だな。ルッカサから東は情報の共有もやるのだから、馬車を借りても国境までは一四日。往復で二八日。これをどの程度の頻度で行うかも、問題です」

 

 「今回のような大きな影響がありそうな時は臨時で出すが、普段は一節季で一回でいいのではなかろうか」

 そう言ったのは、ヴァルデゴード副支部長だった。

 

 「うむ。そうであれば金階級の誰かを隊長にして巡回を引き受けてもらい、この任務固定で報酬をだす。その線で、少し検討をしてくれ。リーナス、エルヴァン」

 「分かりました。支部長」

 ヴァルデゴード副支部長が答え、二人は直ぐ地図の前で相談を始めた。

 

 「エルヴァン。経費を出来るだけ抑える必要もあるが、湖の東は街道が安全とは、言い切れない。四人では少ないだろうね」

 「ああ、そう思うよ。弓師を一名入れて、その盾役を追加して六人ではどうだろう。リーナス」

 「まあ、本当なら弓師は二名だが、そこまでやると討伐になる。大きな障害があった場合は、そこで巡回は中断だ。二名を報告に戻す。だいぶ東の場合は、四名をルッカサまで報告に戻そう。そこからは二名が王都にまで来る。他の二人は一番近くの支部で待機させよう。対処が決まれば、ここから人を出すなり、出来る。エルヴァン」

 「いきなり二人、三人がやられるような事は考えにくいな。それが起きたときは、その支部で、応援を出してもらって、ルッカサまで、人員を戻せばいい。あとは、こっちから人を出そう。これでいいか? リーナス」

 「ああ。こんな巡回で毎回、独立治療師を頼む訳にはいかないさ。エルヴァン」

 「よし、経費を計算させる。係官に投げてくる」

 「ああ、頼むよ、エルヴァン」

 

 ユニオール副支部長が出て行った。

 あっという間に、計画の大雑把な部分は決まり、あとは経費計算となったようだ。

 

 ……

 

 そうだよな。そうだよな。これが普通だろう。ベルベラディが時間がかかり過ぎなだけだ。

 

 「支部長様。これは、金階級の、実績に、なるのですか?」

 地図を見ていた支部長だったが、はっとした顔でこちらを見た。

 「ああ。当然そうなるとも」

 「でしたら、希望者は、きっと、大勢出ましょう。見た目、日数は、かかるものの、国境まで、行って、帰ってくる、だけの、任務、ですもの。金額次第、とはいえ、実績を、出して、おきたい人は、これを、選びますでしょう」

 私は笑顔でそう言った。

 支部長と副支部長も笑っていた。

 

 ベルベラディの方では、これを専任でやらそうというから、揉めているのだろうな。希望者を募って、いないときは支部長がくじでも引いて、休んでいる金階級の一人を指名すればいいじゃないか。

 どうして、そういう方向に行かないのか。不思議でならない。

 

 暫くすると、ユニオール副支部長が戻って来た。

 「六人にすると途中の宿泊代やら旅費全体が、だいぶ嵩む。巡回任務のための資金源を何か用意して欲しいと経理は言ってきたよ」

 「まあ、そうだなぁ。カイの東の森の掃討を毎節季一度はやって置くか」

 「それは、カイからガフの町ですね」」

 ユニオール副支部長が応じている。

 

 「そう。魔物に襲われて、家畜の育成がなかなか計画的に出来ないという苦情も来ていることだし、これも組み込むか」

 「上の許可がいるかもしれませんね」

 「支部長がやってくれるさ」

 笑っている二人。

 支部長も苦笑している。

 

 これくらいの速度で物事が決まるなら、スッファの街道掃除への対処があんなに時間がかかる筈がない。

 トドマとカサマへの増員はもっとだ。ベルベラディの決定は遅すぎる。どういう事なんだろうな。

 

 そんな話をしていると係官が入って来た。

 「失礼いたします。用意が出来たとの事です。支部長」

 これまた見たことのない係官だったが、この支部は事務方の人数が多いから仕方がない。

 

 「よろしい。それでは、行こうではないか」

 支部長がそういうと、副支部長二人が地図を丸め始めた。

 手早く丸めて行き、その大きな巻物を奥の戸棚に戻した。そしてその戸棚には、鍵が掛けられる。

 どうやら、普通は厳重に管理しているのだな。

 

 ぞろぞろと移動していく支部員たち。前回の討伐任務で重傷を負った三名はまだ、ここに来れていないが、比較的軽傷だった五名はもう、ここに来ていた。

 

 向かう先は、またもや『ルトラント・ルガスロー』。

 入り口から入って奥に行くと、この宿屋の一階には、大きな食堂がある。

 総勢三五名ほど。これはユニオール副支部長が連れて行った支部員も含まれていた。

 

 長いテーブルが二つ。

 そこから少し離れて丸いテーブルが一つ。

 

 私は長いテーブルの一番外れに置かれた椅子に座ろうとして、椅子を掴んだその時だった。

 「ヴィンセント殿。こちらだ」

 支部長が、手招きしている。そこは丸いテーブル。

 

 支部長と副支部長が二人、さらに副支部長補佐、金階級の知らない人が一人。金階級のオーバリもいた。

 椅子が一つだけ、クッションが置かれて座面が上げてある。

 あれに座れと言う事だな。

 

 どこかの目立たない場所で、こそっと食べて帰ろうとか、甘かったか。

 

 私の席は、オーバリと名前を知らない大柄な金階級の男性との間だ。

 

 「私は、ドルファス・ヤルトステットだ。よろしくな。ヴィンセント殿」

 かなり太い声だ。

 彼は大きな手を差し出す。握手という事か。私は右手をそこにちょこんと乗せる。

 「マリーネ・ヴィンセントと申します。よろしくお願いします」

 私は大きく見上げなければならなかった。

 

 彼の身長は軽く二メートル二〇超え。この会場の中では、一番背が大きいかもしれないな。

 彼はオーバリとか副支部長たちと同じ金髪。だが、雰囲気はオーバリに近い。

 瞳が紫色で、オーバリと同じだ。彼との違いは、髪の毛がオールバックなのと、頬から鼻にかけて真一文字に傷がある事だな。

 がっちりした身体。首にかかっている階級章は金二階級か。

 

 「わっはっはっはっ。本当に小さいな。この英雄殿は」

 そういうと、彼は私の体にもう片手を添えて、大きく持ち上げてから椅子に載せた。

 

 「ドルファス。余り手荒なことはするなよ?」

 支部長がこっちを見ながら笑っている。

 

 「わかってまさぁ。リーナス殿が手こずる魔物をあっという間に斬り捨てたとかいう、英雄殿にそんな失礼なことは」

 そういうと、周りがどっと笑った。

 

 長いテーブル席に着いた支部員たちが、みんなこちらを見ている。

 そこに沢山の給仕がやって来て、飲み物の入ったコップを配り始めた。

 彼らのコップにはどんどん麦酒が注がれていく。

 

 私がいるテーブルでも給仕がコップを七つ置いていったが、麦酒を注いだのは六つ。私のだけ、生果汁だ。

 

 支部長と副支部長が立ちあがった。

 「皆、よく無事で戻って来た。その事が何より重要な事であった。今宵は二つの任務完了を祝って、無礼講と致そう。みな、十分愉しんで欲しい」

 支部員たちから、歓声が上がっていた。

 

 ヴァルデゴード副支部長が、グラスを掲げる。

 「では、任務成功を祝って、乾杯だ」

 

 皆一斉にグラスを掲げ、乾杯の声と共に歓声が上がった。

 

 私は座って、生果汁を飲みながら思った。

 トドマの方では、こういうのはなかったな。

 

 その時に、支部長が声をかけてきた。

 「どうしたのだね。ヴィンセント殿。まさか麦酒が飲みたかったのかな?」

 「いえ。トドマでは、こういう、宴席は、一度も、ありませんでしたので、少し、戸惑って、いるだけです」

 笑顔で、そういって支部長を見る。

 

 本音を言えば、麦酒は飲んでみたかったが、この体が酒を受け付けなかったり、過剰反応したりしても困る。

 それは隠れて、連休の初日に部屋で飲むとかして、それでどうなるのか見てみるしかないな。

 

 「そうか。そうか。まあトドマ支部は、基本的に鉱山近辺の警邏と警護の日々故に、大々的に討伐部隊を出すというものもない。それもあるだろう」

 「そういえば、ヴィンセント殿はトドマ勤務でしたな。どんな魔物がでたのかな?」

 そう言ってきたのは、横に座っているアロルド・オーバリ。

 

 「小さいものも、大きいものも、色々です」

 どこから説明したらいいのかもわからない。

 

 その時に料理が運ばれてきた。

 小さい肉は何かの衣をつけて、揚げてある。それが皿に山のように盛ってある。長いテーブルにも、あちこちにそれが置かれた。

 支部員たちのコップはもうとっくに空になって、次の麦酒が注がれている。

 

 いい匂いがする。

 自分の目の前の皿に三つほど、載せてもらった。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 いい匂いがしていたこの肉は、鳥だ。これだけの量を出すとなると、相当なコストがかかっている宴だな。

 支部員たちへの慰労と言う事か。

 

 「大変、だったのは、たぶん、レハンドッジが、森の中で、群れで、出た時、です」

 「ほぉ。あれが山の森にいるというのが、驚きだね」

 そう言ったのは、ヴァルデゴード副支部長だった。

 支部長を挟んで反対側のユニオール副支部長も頷いている。

 

 「その時は、よく分かっては、いませんでした。三人で、一八体も、相手をして、斃したのが、大変だったのは、確かですわ」

 一瞬、丸テーブルにいた全員の腕が止まった。

 

 ……

 

 「それは、誰といったんだ」

 横に座っていたヤルトステットが私を覗き込む。

 

 「ゲオルグ・ギングリッチ殿が、戦闘指導教官を、一時的に、外れて、鉱山に、来ました。その時ですわ」

 「ほお。金階級のギングリッチ殿が、戦闘指導教官か」

 ヤルトステットがあまり納得していない顔だった。

 

 「カレンドレ・イオンデック殿が、オブニトール遭遇で、重傷を、負われた、からですわ」

 「ああ、それで、ヴィンセント殿がこの支部に一度来た時に、人員不足の窮状を訴えたのだったな。それで、ベルベラディの仮本部から人員がいっただろう。ヴィンセント殿」

 支部長が肉を口に放り込んで、そう言った。

 

 「はい。二八名、来ました」

 「そうだろう。そうだろう。こっちからはベルベラディに三〇名も、持っていかれたのだ」

 「どういうことですか。その人数を、直接、トドマに、送れば、簡単、ですのに」

 支部長がふいに、ニヤッという顔になった。

 

 「ベルベラディ仮本部からの増援にしないと、格好がつかないのだよ。こちらから直接出せば、彼らが何もできなかったという事になる。だから、彼らから増援を出させ、我らはその減った分を、ベルベラディのほうに送ったのだ」

 

 ベルベラディ仮本部は、何が何でも自分たちが管理している形を取りたいわけだな。しかし、実態は全く伴っていないのだが。

 

 ……

 

 給仕が来て、六人には麦酒。私のコップには生果汁を注いでいった。

 

 鳥肉は、いい味がしている。油で揚げるのはこの国ではコストが高いだろうに。

 副支部長は今日は抑え気味らしい。

 彼が本気で食べたら、あっという間に大皿が空になるだろう。

 

 「ちょっと待て。オブニトールがでた? あれは山には出ないはずだ」

 そう言ったのは、オーバリだった。

 

 「はい。トドマでも、今まで、一度も、出たことがなく、それを、知っていた隊員は、僅かでした。私も、初見でしたわ。あんなに速く、腕が伸びる、樹木の様な、魔物とは、思いも、しませんでしたわ」

 

 「それはヴィンセント殿が斬ったのか」

 「はい。一応、そうなります」

 「一応、か。其方は不思議な人物だな」

 ヤルトステットが鳥肉を食べながら、そう言った。

 「それは何体、出たんだ」

 更にヤルトステットが訊いてくる。

 「三体でしたわ。伸びてくる腕が、多くて、大変でした」

 

 そこでまた、丸テーブルの全員が無言になった。

 すぐ近くで聞いていたらしい、長テーブルの支部員たちが、こっちを見て呆気に取られている。

 

 「なるほど。なるほど。ヴィンセント殿のその急激な昇級はそういう事だな」

 また鳥肉をフォークに刺して、口に放り込んだヴァルデゴード副支部長が、もう目を瞑ったまま、何度も頷いている。

 

 「ヴィンセント殿と討伐に行けば、誰でもたぶん納得するだろうさ」

 もはや、投げやりな調子でヴァルデゴード副支部長が言った。

 

 「でも、魔物が、全く、出ない日も、ありましてよ?」

 そういうと、丸テーブルの全員が笑い出した。

 

 「()()()()()って、普通は出ないんだよ。貴女の場合は、出るのが普通なのか」

 そう言ったのは、ユニオール副支部長だった。

 

 「エルヴァン。彼女と一緒に討伐に行けば、厭でもそれを知ることになるさ」

 ヴァルデゴード副支部長は笑っている。

 「おいおい。リーナス。今回の増援で出た魔獣が多かったのは、報告書で見たが、そういう事か」

 「ああ。そういう事さ」

 「二人とも、その辺にしておきなさい。ヴィンセント殿が困っておろう」

 

 その時に料理がまた運ばれてきた。

 野菜のサラダと、焼いた茶色の肉なんだが、これが魚醤の真っ黒なツユの中に沈んでいる。

 このツユがまた、甘い。砂糖と魚醤か。魚醬に入っている塩を考えれば、この砂糖の量は相当だな。

 そしてそこに漬け込んである肉を食べるわけだ。

 

 甘しょっぱい、それでいて魚醤で独特の味がするツユだ。この魚醤は、トドマやマカマ、カサマのものとは、全く違っていた。

 「この魚醤は、どこの、もの、なのですか」

 私がそういうと、ユニオール副支部長が答えてくれた。

 「これはカーラパーサ湖の西岸にある村、ケレで作っているんだ」

 「詳しい、のですね」

 「ああ。カーラパーサ湖の沿岸にある村の事なら、全部調べてある」

 そういいながら、この甘しょっぱい肉を食べていた。

 

 

 つづく

 

 湖の怪異ではだいぶ酷い事が起きて、輸送船がだいぶ沈んだという事だった。

 その位置も本来は第一王都の範疇だったのだが、なぜか第三王都に討伐任務が投げられていた。

 その話を聞いた後、今回の二つの討伐の終了を祝う、打ち上げの宴が催された。

 そこでも、色々突っ込まれたものの、支部長の言葉で、それ以上の追及もなく宴は続いた。

 

 次回 第三王都の図書室

 宴も終わり、定宿に戻るマリーネこと大谷。

 翌日は休日。

 また図書室に行くことにしたのである。

 

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