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248 第20章 第三王都とベルベラディ 20-35 第三王都の南で討伐任務その後4

 マチルドが出してくれたお茶を愉しみ、そのあとは出かけてみる。

 せっかくの休みなので、あのショッピングセンターのような建物に向かってみる事にしたマリーネこと大谷であった。

 248話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-35 第三王都の南で討伐任務その後4

 

 マチルドの持ってきてくれたお茶を愉しみ、それからお菓子も頂く。

 お菓子の方は、やや半生というか、かなり薄く伸ばしたパイの皮を、何層にも重ねて焼いたものの上に炒った木の実や、生の果物が切って載せてあり、そこに蜜が掛けてある。

 

 ナイフで切ってみると、サクサクした感じであり、生地はかなりしっかり焼いてあるようだ。

 載せてある木の実は何だろうな。ナッツのようなものだろうか。食べてみると、少し違った。敢えて近いものを、といえば、クルミの実を薄切りにして載せてあるような、そんな味だった。

 

 薄いパイ生地のようなものは、発酵させてあることが分かった。一次発酵させて生地を伸ばし、薄くしたものを重ねて焼いたのだろう。手間がかかっている。生地の方にも味があって、何かのスパイスだがシナモンのようなものだ。それと僅かな魚醤味と、砂糖の甘み。

 載せてある果物は、柑橘の物と、何だろうな、やや実の締まった硬い果実を切ったもので、酸味が多め。

 

 掛かっている蜜が何なのか。それは考えないことにした。

 もしかしたら、怪しい蟲が美味しい蜜を出すので、それを採集しているとか、あるかもしれないからだ。そういうものは知らないなら、敢えて知らなくても問題ない。

 

 ……

 

 さて、思いもかけない所で、あの山の村人の正体が判って、少しほっとしたというか、これでもう、王国の彼方此方の町で角のある人を探さなくてもよくなった、安堵感があった。

 それと、ガイスベント王国の場所も大雑把にわかった。マチルドの祖国の王国から更に北に船で行かないといけない所にあるらしい。そこは、南の隊商道の終着点だと、彼女は言った。

 

 間違いなく、遠いな。

 そんな遥か遠くから、彼女とコローナは来たのだ。たぶんこれは事情を訊いてはいけないものだろう。

 

 私は、この多層のパイのようなお菓子をナイフとフォークで頂くことに専念した。

 

 ……

 

 「とてもいいお茶でしたわ。気に入りました。マチルドさん」

 「それは、それは。お気に召して幸いで御座います。マリーネお嬢様」

 

 「残っているお茶はもう冷えてしまいましたから、お下げいたします。まだお飲みになりますか。マリーネお嬢様」

 「いえ。もういいわ。十分よ」

 「では、お下げします。それでは失礼します」

 彼女は、お皿と器、ポットなどをトレイに載せると、出て行った。

 

 私は、扉の内鍵を掛ける。

 もし、またマチルドが来たら、また鍵が開いていると、何か言われそうだしな。

 

 さて、お昼を食べようとも思っていない。何しろ朝食をしっかり食べた。夕食まで食べなくても問題ない。

 

 何をするべきだろう。こんな時には、材料の一つでもあれば、何かを作ってこの時間を過ごすこともできるのだが。

 

 それにしても。ガイスベント王国に庇護された小さな島国が、あの山の中にあった村の人々の、本当の居場所だったのだな。

 何があって、あんな場所に計画的な入植をしたのか。さっぱりだが。

 そして、あの時にやって来たあの大貴族様は、ガイスベント王国の侯爵。おそらくは、あの布の島、ラタニエ島と関係が深いのだろう。あの村長は親しい友人だったと言っていたからな。

 

 角がある亜人は、あそこの人だけなのか。まあ。魔族は別かもしれない。魔族に角があるのは、多くの異世界物で一致しているし。

 となれば、あの村人たちも、元は魔族の血を引いていたとか、そういうこともありうるな。そうなれば魔法を使うなど、ごく当たり前のことだったのかもしれない。

 

 私はあの村で、死んだ村人たちは魔法がつかえていたのだろうと結論付けたが、あながち間違ってもいなかったか。

 

 それにしても。人族は六本指か。

 

 元の世界でも、六本指の人は極たまにいる。多指症とかいうやつだ。手の親指や足の小指に生じることがあり、片手や片足に生じるのが殆どなのだが、まれに両手にそれが起こる人がいる。しかも、完全に分離した形で綺麗に六本指という形になる人がいるのだ。

 それは、殆どの場合、小指なのだが、中には中指が一本多いというような、そんな手の形になっているのを写真で見たことがある。これは稀有な例との事だった。

 

 ところが、この異世界の人族は、まれに、ではなく、民族の特徴として指が六本だという。おそらく、足の指も両方とも六本なのだろう。遺伝的にそうなっているのだと考えられる。何故なら、多指症は遺伝形質として受け継がれる傾向があるからだ。

 

 元の世界では、古代においては、だが、多指症は滅多に起こらない事なので、そうした人々が尊ばれていたり、あるいは神の使いなどともなっていたらしい。

 或いは『旧約聖書』の『サムエル記』には六本指の巨人の事が記載されていたりする。またペリシテ人の町ガトの出身者に背の高い六本指の男がいたとか、そんな話だ。その男は巨人族の末裔だったという話もある。

 一九世紀末にアイルランドのアントリム郡で発掘された身長三・六メートルを超える巨人の遺体の右足には六本の指があったというくらいだ。この『遺体』はのちに行方不明となり、完全に失われてしまったが。

 

 両手両足が六本指の部族も米国で見つかっているのだ。その時まで全く知られていなかった未知の部族だ。メランジョンとかいう。元々米国にいた原生部族ではなく大西洋岸に漂着したポルトガル人の子孫だと考えられているそうだ。なぜなら、見た目が完全に欧州人のような顔立ちだからだそうである。

 

 

 部族というか民族というか、種族として六本というのは、ありうるのだろう。

 

 私は最初のあの牢獄で、あの男たちに違和感は感じなかったが、それは背がそれほど極端に低くはないものの、背が高くも見えなかったからだろう。

 だが、この異世界の亜人たちは、成人は皆背が高い。二メートル越えはごく普通だ。一・八メートルくらいの長身な真司さんたちが低く見えるくらいだ。

 しかしこの異世界の人族はみな、六本指で身長が小さいという。たぶん、一・五から一・六メートルくらいか。ここの亜人たちにとっては、人族は矮人族とでもいえばいいのか。

 

 ……

 

 まあ、今までずっと分からなかったことが二つ、三つ分かった。これだけでも大収穫なのだ。

 

 さて、時間はまだ十分にある。着替えて外に行こう。

 白いブラウスと白いスカートを脱いで、焦げ茶のスカート。上は焦げ茶の襟が付いたブラウスだ。

 小さいポーチの中身を全部出して、入れ直す。デレリンギ硬貨を四〇枚。これを小さい革袋に入れて、あとは冒険者ギルドのトークン。それとタオル。まあ、こんなものか。あとは、階級章だ。そして首元に白いスカーフ。左腰にはブロードソードと、右にはダガー。

 ポーチを袈裟懸けして、ハーフブーツを履いて、出発だ。

 

 部屋に鍵を掛ける。

 下に降りていくと、コローナがいた。彼女は下のロビーのような場所を掃除していた。

 「少し、出かけてきますね。夕方には、戻ります」

 「行ってらっしゃいませ。お嬢様」

 ぎくしゃくと、コローナがお辞儀した。

 マチルドと比べると、だいぶぎこちないな。コローナは。

 

 

 私は、下宿を出て歩き出す。

 あのショッピングセンターというか、横に何かくっついた複合施設、ショッピングモールと言うべきか、そこに向かうのだ。

 今日も休みの日なので、混んではいるのだろうが、あの時に見た、二階に行ってみたかったのだ。

 

 さっそく、あのマインスベックがやってる店の前まで歩いた。

 とにかく、人が多い。人混みを掻き分けて、あの階段の所にたどり着いた。

 二階は何があるのか。二階に上がってみると、人が多いのだが、通路は狭い。

 

 左右に小さなコマでお店が出ている。全てお店は壁で仕切られていた。

 マインスベックのあの大きな屋根付きの平屋のショッピングモール的なものは、このせせこましいお店がいっぱいある建物の横に作ったのか。

 更に奥に進む。奥には分厚い造りの扉があり、そこを開けると広い場所があった。

 

 ぽつぽつと柱はあるものの、壁はない。広いサロンぽい感じがする。

 そこではちょっといい服を着た人々が談話している。

 こんな所で。その広い場所の奥では、何か軽食を出していたりする。ここはパーラーという事か。

 

 こんな所に、談話室兼軽食の場所があるとはな。

 この広い部屋の奥の方に、下に降りる階段と上に行く階段があった。

 下に降りてみる。

 

 下はやや薄暗い。ランプの明かりが少ないのだ。そして奥には湯気が。ここも風呂か? よく分からないが、入浴設備なのだろうか。

 どうやら、そうらしい。人々の声が聴こえるが、混浴という事は無かろう。

 その横には、いくつかの区切られたスペースがあって、かなり明るい部屋が二つある。

 

 遠くから見てみると、床屋だ。髪の毛を切っている人がいた。

 やや暗っぽい方は、人が横になっていて、別の人がその人物のあちこちを触っている姿だった。

 いかがわしいスペースなのかと一瞬思ったが、どうやらマッサージをしているらしい。

 別の部屋は、どうやら、もうそういう、性的な部屋なのだろう。半裸女性が入り口の布を捲って入っていった。

 

 ……

 

 なるほど。ここら辺の施設は、マチルドと一緒に行くあっちの共同浴場とは、大分違うらしいな。

 一階は、風呂なのか、サウナなのか分からないが、そういう施設がある。で床屋とマッサージ部屋。それとたぶん、性的な部屋。たぶん他にも色々あるのだろう。

 二階はパーラーと、扉の外に少し店があった。

 その施設の横に、マインスベックは大々的な市場というか、場所貸しして商売ができる広場というかモールを用意したわけだな。

 

 ここは、城壁に密接して作られている反射炉が近い。あの反射炉は、上の方で蒸気が出ていた。上部でお湯を沸かしているのは間違いない。

 反射炉の熱を利用してお湯を沸かし、そのお湯はどうにかして、こっちの商業区画に運び込んでいて、お風呂に使っているのだな。

 反射炉は沢山ある。他の商業区画や、中央の方にまで、運んでいる可能性は十分にある。

 発生した蒸気の一部をタービンに使えば、相当の水量をかなり先にまで送り出せる。

 

 元の世界でも古代のローマ時代に既にハイポコーストというセントラルヒーティングのシステムが発明されていて、公衆浴場のお湯や、金持ち家庭にお湯を供給するのに使われていた。

 これは古代ギリシャ時代にゼルギウス・オラタとかいう人物が発明したとかいうのだが、実際の所、定かではない。

 

 この王国では、その辺も既に発明しているのだろう。地下にそうした蒸気やお湯を供給する土管が張り巡らされている可能性がある。

 古代ローマの共同浴場は、本来は三つの温度が違うものが用意されていた。

 この王国でも、共同浴場の方は、色々ある可能性が高いが、私が見に行けていない。残念なことに。

 

 古代ローマの共同浴場は温度の高い順にカルダリウム、テピダリウム、フリギダリウムというのだが、最後の奴は冷えている水を浴びるやつだ。真ん中の奴は微温という意味なので、かなりのぬるいお湯を示す。

 これ以外に蒸気風呂のスダトリウムやラコニクムというのがあって、ラコニクムというのは中の空気が乾燥していて、つまりは元の世界での現代サウナによく似たものだ。

 ローマ人は本当に風呂好きだったらしく、蒸気サウナのようなものや、熱めのお湯からやや冷たい水にまで浸かっていた。

 この異世界でも、風呂は人々の娯楽の場になっているようだった。

 

 よし。上の方に戻り、三階もいってみる事にする。

 

 二階の先ほどのパーラーを見ると、男女の会話が少し聞こえる。

 奥の方では、鉱山でも見たあの駒の多いチェスのようなものや、バックギャモンのような遊戯、更には見たこともないボードゲームで遊んでいる男たちがいた。

 

 ここは社交だけではなく、様々な遊戯と『交渉』の場なのかもしれない。

 

 ここは、大人の場所だ。それで分厚い扉で区切ってあったのだな。

 

 元々、帝政ローマの時代では公衆浴場というのは、男性同士の同性愛行為を行う場でもあった。そう、ボーイズラブというやつだな。しかもあの時代は、それがごく自然な性行為ともみなされていて、公衆浴場は異性愛だけではなく、同性愛の発展場ですらあったという。

 

 やれやれ……。

 

 そしてあの時代の公衆浴場は娯楽性の高い、レジャー施設でもあったのだ。

 まあ、そんなものが行き過ぎれば、風紀紊乱(ふうきびんらん)がだいぶあったともいうが、(むべ)なるかな。

 

 二階から上に行くと、急に静かになる。階段の終わりに僅かな廊下があり、その先には、これまた分厚い扉。

 扉を開けて中に入る。

 と、そこは広い場所に、何故か本棚が一杯だ。

 なんだろう。図書室なのか。

 

 そこに立ち尽くしていると、厳格そうな顔をした長身の男性がこっちにやって来た。

 「子供の入る場所ではないのだが、そなたは何者だ」

 まあ、そうなるか。ま、何時もの事だ。

 

 「私は、マリーネ・ヴィンセントと言います。冒険者ギルドの、者です」

 私は首に掛けてある階級章が相手に見えるよう、スカーフを取って見上げた。

 男がしゃがんで、私を覗き込むようにして、首の階級章を見た。

 「ふむ。その背丈で、金階級とは、驚きだ。それで、何の用なのだね」

 男は再び立ち上がり、右手を腰に当てた。

 

 「ここは、図書室、ですか」

 「左様。この王国の許可を得て、様々な書籍をここに蔵書しているのだ」

 この男性は私が初めてここに来たのを察したらしい。

 「ここに来たのは、初めてのようだね。この入り口からあの奥の壁まで、右側は王国の文字で書かれたものだ。左側は全て共通民衆語にて書かれた書物になっている。右側の本は、閲覧に許可が必要なものばかりだ。普通は左側の本を見る事になる」

 

 厳格な顔の男性は、どうやら司書と言う事か。

 「ここに入るのに、本来は、許可が、必要ですか?」

 「本来は署名が必要だな。其方の様にかなりきちんと身分を表す物がある人物ならば、問題もないのだが、そうしたものを全く持たぬ人物には、見せる事はおろか、ここから先、入ることも出来ぬ」

 「強引に、押し()る、人は、いないのですか?」

 そういうと、彼のいる場所の奥から二人の護衛兵が出てきた。

 ここでも、いるんだな。革の鎧を着て、少し長めの剣を帯剣していた。

 

 「そういう輩は、我らの手に任せてもらう」

 一人がそういい、私の方を見た。

 「其方がヴィンセント殿か。なるほど。一度会えば忘れる事はないと聞かされたが、そういうことだったのだな」

 二人は暫くの間、私を見ていたが、奥の方に戻った。あの二人がここの警備という事だな。

 

 「今日は、見学に、来ただけです。ここに、ガイスベント王国の、本はありますか」

 司書らしき、さっきの男が指差した。左の奥の方だ。

 「あっちに、東方の国々の本がある。そなたが読みたい本が、どのようなものか、見てくるとよいだろう」

 「ありがとうございます」

 

 さて、左側か。

 とはいっても上の方の本は、手が届かない。いや、亜人の彼らも届かない。梯子をかけて、取り出すらしい。

 大きな木板の仕切りがあちこち刺さっていて、一部が飛び出していて、そこに本の分類が書かれている。

 

 順にみていくのだが、文学、建築工学、土木工学、治山工学、治水工学、造船一般、一般工学、金属工学、化学、基礎数学、応用数学、考古学、天文学、薬学、動物学、植物学、音楽一般、占い学、魔法大全……。

 

 うぐぐぐ。よく見ると、政治に関するものや経済学とかがない。統治に関するものもないな。語学、神学、宗教学もなし。

 そして文学はかなり多い。神話とか、宗教もこの中だろうか。それと一般工学という部分も多いな。歯車応用、蒸気応用とかいうのだけで、一段占めるほど並んでいる。

 基礎数学と天文学も多いな。圧倒されるほどの量がある。

 

 つまり技術的な事やその理論的な事とか、様々な知識に関しては、熱心に分類して書物にしているという事だな。あるいはそういうものを専門的に蒐集(しゅうしゅう)しているのかもしれない。

 

 そして、占いが学問になっている。その割に、占い師とか見た事もないのだが。

 魔法大全は魔法全般らしい。読めば魔法について何か分かるのだろうか……。

 

 人族の分類と歴史、諸国の歴史、地理……。

 おお。地理。と見てみようとしたが、そもそも本が極めて少ない。地図はたぶん期待できない。地政学的なことが書いてあるのだろうか。

 近くにあった梯子を掛けてそこまで登り、地理の僅かな本を一冊手に取る。

 『アナランドス王国のムウェルタナ湖とその他の湖、その形成について』

 なんだこれは。

 梯子に乗ったまま、少し開いて読んでみる。

 

 ……

 

 あのムウェルタナ湖は、かなり大型の火山が三つあり、それが連動しながら大爆発を起こして山体崩壊。一切が吹き飛んで、超巨大なカルデラが形成されたという事らしい。かなり昔の事らしいな。それをどうやって調べたのだろう。考古学の方を見れば解るのだろうか。

 ムウェルタナ湖は一番深い所で、推定七・五フェルス(※約三一五メートル)。そこに銀の森の奥から流れるソルゲト川の水が溜まり、また地下水も噴出し、巨大な湖が形成されるに至ったと。やはり深いな。相当様々な魚類がいても不思議ではない。

 

 なるほど。テパ島の所は、昔の火山の一つがまだ、噴火を続け、あそこに火山が形成されたが、水が溜まって火山島となったと。

 

 もう一つのカルデラ湖がこの王国の二番目に大きい湖、カーラパーサ湖。ここは過去に大きな火山があり、それが大きな地震によって励起され、大噴火によって、すべてが吹き飛んで出来たカルデラにアガワタ河の水が流れ込んで巨大な湖となったと。

 とはいえ、大きさはムウェルタナ湖の八分の一ほど。

 それ以来、大きな火山噴火や巨大地震は起きていないらしい。

 

 これは地質調査でもしているのだろうか。

 それにしても、どっちも山体崩壊して一切が吹き飛ぶほどの大噴火とか。どのくらいの規模だったのか、想像すら出来ない。

 どれほどの天変地異だったのだろうか。その後の天候とか、どうなったのだろうな。その後、この辺りが一切安定してからこの王国が出来たのだろうとは思うのだが。

 

 ふーむ。中々興味深いのだが、ガイスベント王国の方の本を探そう。

 

 梯子を下りて、奥の方にいく。

 

 ポロクワの骨董商から買った『王国の歴史』と『周辺諸国の歴史と動向』は全く読んでいないまま、千晶さんの所に置いて来てしまったし、ここで少し知識が増やせるといいのだが。

 

 ……

 

 東方文学、東方歴史学、東方建築学、東方考古学と。人族の基礎数学とかいうのもある。

 そうか、人族は六本指だから、五本指の亜人たちとは数の数え方自体、違ってくる。その彼らが独自の数学を発達させていても、不思議ではない。六進法や十二進法や二四進法、六〇進、いや、もしかしたら七二進法等で独自の数学が発達しているかもしれないな。

 

 ああ、そういえば元の世界でも、マヤ文明はちょっと特殊で数字なんかはほとんどの事を五進法で、天文学だと二〇進法で表すだったか。まあ、あの文明は暦だけでも三つもあり、暦に関しては特殊な文明だった。長期暦なんて持っている文明は他にない。

 そういう特殊な発展を遂げていても不思議でもなんでもない。

 

 取り合えず、今はそれらは置いておこう。

 梯子を掛けて上にいく。

 

 歴史学の所に『東方の殺戮戦争と血塗られた王家』というのがあった。少し気になる。どこの王家の事だろう。ちらっと中を見てみる。

 

 ……

 

 …… アシンジャール王国は度々、北方への遠征を試み、四度の大規模な侵略戦争が勃発するも、最終的にはガイスベント王国のヴィンセント騎士団に依って、全て退けられている。か。

 血塗られた王家というのは、この大陸にある砂漠の中にある王国、アシンジャール王国の事らしい。

 これって……。

 勇者召還を行った、あの王家か?

 

 少し、先を読んでみるか。

 

 ……

 

 戦争の記述を一つ一つ、詳細に書いていて長いな。ざっと飛ばしていく。

 パラパラとページを(めく)る。

 

 この四度目の戦争で、幾多の血が流されたが、それは殆どが背の低い、砂漠の民だった。

 アシンジャール王国はその戦力の三分の二を失い、壊滅的な被害を被って撤退した。

 そのため彼らは南に転じ、南の緩やかな連邦国家|(のちのオセガルド王国とオルトガルト王国)と激突。オセガルド王国を征服できないと判るや、彼らは更に西に進んでいくつかの亜人と人族の国家を攻撃した。

 この時のアシンジャール王国がこれほどの戦力を整えられたのは、傭兵と奴隷の亜人を先鋒として用いたからである。

 

 ……

 

 この王国の最前線の戦闘員は、殆どいなくなっていて、傭兵や奴隷だったのか。

 大分、血を流すのが好きな戦闘民族らしいな。あのひねくれた顔のじじいの王様。彼奴(きゃつ)はそういう民族だったか。

 そして、そんな王家に、なぜか勇者召還の魔法というか、儀式というのか、あったわけだな。

 

 そして、異世界からパーティが呼び出され、何故か魔王討伐を命令された訳だ。

 一方、やや遅れて登場した私は捕らえられて、地下牢に幽閉され拷問の果てに死んだ。

 

 何というか、色んな事情が込み合っている感じがしないでもない。

 

 まあ、これも置いておこう。ガイスベント王国の本を探そう。

 しかし見つかったのは、『わが国家、マーシリンド国』。

 他に目についたのは、『北方国家 詳説』。これは中を開いてみたが、ガーンゾーヴァ王国の事が書かれているようだ。

 『ローデリンド王国とセネリア公国』、『逃げ延びた人族の作ったレイフロース公国』、『殺戮戦争と一二王国』。

 『砂漠の嵐』、『カザルーク王国の栄光』、『アジョルカ王国の歴史』、『カルルク王国と宗教』、『ザイハール国にとっての三国連合』。

 

 ……

 

 うーん。ないな。上も全部見ないと。

 

 もっと時間をかけて探さないとだめだな。

 今日はここまでにしておこう。

 

 梯子を下りる。本を借りて持ち出す事は出来なさそうだ。

 

 「今日は、ありがとうございました」

 司書らしき、厳格そうな顔をした男に挨拶して、頭を下げる。

 「おや、もういいのかね」

 「また、休みの日に来ます。それでは、失礼いたします」

 

 私は、厚い扉を開けて、廊下に出る。

 階段を下りて二階に。ここで下に降りずに、このパーラーらしき広間を横切って、反対側の扉を開けて外に。

 

 そこは狭い通路に、両側にお店。

 お店は果物を置いている店もあれば、何かアクセサリーらしきものを置いている店もある。

 うーん。一貫性はない。色んな店が、軒を連ねているという感じだろう。

 

 なるほど。この二階のパーラーやら、一階にある、あの謎の風呂場? に来る人々がかなりいるのだ。

 そしてお店が圧倒的に少ない。この横には、過去に少しショッピングセンター的な店があった可能性はある。

 この王国では、准国民は土地を借りる事しかできない。そこで何らかの交渉の末、ここの広い場所をマインスベックは大金を投じて借り上げた上、恐らくは、いったん全部を潰して、平屋のショッピングモールを作った訳だ。

 

 たぶん、横にある建物に来る紳士淑女を相手にする、相当多数の店を出せるようにした訳だ。なるほどなぁ。

 この王国の亜人の大人たちの遊び場と買い物できる場所が、一緒となっていれば、人は大勢来るだろう。

 ここのあんな風呂場というかサウナのような施設を王都で許可しているのも、なかなか凄い。

 しかも、一番上は図書館だった。たぶん一階は、元から怪しげなサウナだったわけではあるまい。たぶんもうちょっと健全な公衆浴場だったのではないか。

 

 この王国は、いろんな国から亜人が集まっているから、風俗に関する考え方も色々だろう。

 国民である、アグ・シメノス人は、亜人たちと普通は交流がない。

 だから、あのサウナは完全にそういう風俗を好む亜人たち向けなのだ。

 

 マインスベックは中々いい場所に目を付けた。と言わざるを得ないな。商才に()けているというべきなのか。

 そして、もっと健全な公衆浴場を好む亜人たちのために、もう一つ、浴場が作られた。そっちは一人用の個室すらある。

 そういう事だな。

 

 そんな事を考えながら、定宿に向かう。もうすっかり夕方になりかけていた。

 

 下宿の部屋に戻ると、もう夕食の時間だ。

 まずは、ベランダに干した洗濯物を取り込んでおく。

 そして、ランプに火を灯す。

 

 夕食はいつものように、部屋の中で頂くことにするのだが、出された食事は、朝と同じく、やや豪華なものだった。

 私はそれを十分に堪能した。

 

 それにしても。あの図書館は宝の宝庫だな。あそこに入り浸ったら、どれほど時間がかかるのか、想像もつかない程の本がある。

 たぶん、一生かかっても読み切れないに違いない。私が知るべき部分だけに絞るべきだな。

 

 ただ、あのお婆がいうには、私が本当に知るべきことは、向こうからやって来ると言った。

 今回のは、そうじゃない。つまりは私が本当に知るべきことではなく、私の興味本位という事であろうな。

 まあ、娯楽の少ないこの世界で見つける事の出来た、私向けの娯楽の一つなのかもしれない。

 

 

 つづく

 

 あのショッピングセンターのような建物は横の建物とくっついた複合施設となっていた。

 ショッピングモールという所であろう。

 そして、複合施設の一階は怪しげな入浴施設となっているし、三階は図書館だった。

 その図書館で、本を読むマリーネこと大谷である。

 

 次回 第三王都の南で討伐任務その後5

 再び鍛冶工房の日々が始まる。

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