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247 第20章 第三王都とベルベラディ 20-34 第三王都の南で討伐任務その後3

 再び普通の日々が訪れようとしている、休日の朝。

 いつも通りの鍛錬を終えて、部屋に戻ると朝食はいつもとは違っていた。

 247話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-34 第三王都の南で討伐任務その後3

 

 翌日。

 起きてやるのはストレッチ。やや眠い。昨日の剣の研ぎ直しがかなり深夜まで及んでいたらしい。

 寝不足かもしれない。

 柔軟体操をやってから、ブロードソードとミドルソード、鉄剣とダガー二本をもって、下にいく。

 鉄剣とミドルソードを背負って、ダガーはいつも通りベルトにつけて両方の腰だ。そして左腰にブロードソード。

 

 まだ朝早く、外は薄暗い。それで空には星が見える。

 

 さて、井戸脇の空き地で空手と護身術。そしてダガー二本の我流な謎格闘術。

 ブロードソードとミドルソードで剣道の型を一通り。二刀流のスラン隊長のあの剣術も忘れてはいけない。

 いつも通りだ。

 

 そして鉄剣を振り回す。

 

 副支部長は、私のこの剣の動きを見ても、得る所はほぼないと言っていた。

 まあ、私の筋力と膂力(りょりょく)で振り回す一撃必殺の剣だが、魔獣並みの速さ、いや時にはそれを上回る速さと力で相手を圧倒し、ぶった斬る。

 そういう剣なので、残念ながら彼がこれを見て参考になる、或いは修得しうる、いかなる型も技も、一切存在しない。

 

 そして、私の他の剣術は対人の技と言い切った。まあ、その通りだ。彼は対人の技は必要としていない。

 彼ほどの腕があるなら、相手がよほどの剣の達人でない限り、魔獣をぶった斬る対魔物剣術でも、人相手に十分なのだ。

 何しろもうすぐ白金になるかもしれないという、金三階級だ。まあ、そういう事だな。

 

 私は更に鉄剣を振り回す。

 

 ……

 

 私がこの鉄剣で、あの腕が硬化する魔物の腕を斬った時、髪の毛は赤くなっていたのだろうか。

 あるいは、あの高速の球を眼前で避けた時。あるいはライメルドだったか、あの翅のある魔物に攫われた時。

 自分では分からないのだが、私が何かやらかすと髪の毛は赤くなっているらしい。

 それが、あの謎の声が言う、赤くて黒い者、なのか。

 赤いのがそれでいいとしても、黒い者とはどういう意味だろう。

 

 それが私の血の色じゃないことは確かだな。自分の血の色は、戦闘でミスって何度か鼻血が出たり、口の中を切って血が出たり、あの乱暴な監査官のビンタ喰らって鼻血が出たりで、何度か見ている。赤い色だった。そして、アグ・シメノス人の監査官たちは、その色を見ても驚くことは一切なかった。

 この異世界でも、赤い血が普通という事だろう。まあ、血の色がおかしい亜人は居たには、居た。あの灰黒い鎧を纏った豚のような顔をした暗殺者だが。

 

 と言う事は、黒い者の意味が分からない。まさか、私の意識が真っ黒とか、そういうことか? 魔獣を切り倒す黒い悪魔とか。

 まさかな。

 

 今は考えてもしょうがない事か。

 

 更に鉄剣を振り回す。

 

 ……

 

 鉄剣の訓練はここで終了。

 井戸水を汲んで顔を洗う。水を飲んで少し休憩だ。そうしたら、剣をすべて持って、また二階に行く。

 

 今日は休日なので、服はお洒落着を着ておこうと思うが、その前に洗濯だ。紫色の作業服を着て、何時もの服や、山で作ったズボン、つなぎ服をまずは洗おう。

 下に持って行って、井戸端に置いてある小さな(たらい)に入れる。

 ここが洗濯場にもなっているからなのだが、近くの(かわや)の横に屋根が付いた場所があり、そこに箱が置いてある。その箱の中に灰が入っている。

 この灰を掬って、盥に入れた。

 

 洗濯は丹念に擦っていくしかない。

 山の村で作ったつなぎ服は、またしても色が褪めてきている。まあ、また染め直すしかない。染色の材料が近くにあればいいのだが。

 何時もの服は、上着、シャツ、スカート。あとはパンツというよりトランクスのような形のやつ。

 全部洗って何度か濯ぎ、軽く絞った。あとはこれを二階のベランダのロープに干せばいい。

 

 今日やっておくべき事は終わった。

 昨日大急ぎでやった鉄剣の正式な研ぎ直しは、鍛冶工房でやり直す事にする。あの全体を真っすぐに研ぐのは短時間では無理なのだ。

 

 取り合えずだが、紫色の作業着を脱いで畳み、お洒落着にする。

 白いブラウスの下に飾りっ気のない白いスカート。これをお洒落着と呼んでいいのかは不明だが。

 ワンピースも考えたが、今日は止めておく。これは山の村で作ったのはいいものの、殆ど着る事のなかったものだ。

 ああ、エイル村で染物をするための材料を貰いに行く時と、あとはマカマの宿で一度着ているか。いずれにせよ、殆ど着ない服なのは確かだな。

 

 ワンピースとか、長いスカートなら要らないのだが、短めのスカートなあの赤い服は、薄いお洒落な靴下が無いのが痛いよなぁ。

 綺麗な薄くて長い靴下は自分では縫えないし。かといってこの異世界の工業力では、まったく期待できない。服で手一杯だろう。

 そもそもこの異世界で今まで見た限りにおいて、だが、靴下を履いている人はいなかった。あの最初に救った商人の親子でさえ、履いてなかったな。

 まあ、無いものは無いのだ。

 

 寒い地方なら、かなり分厚い靴下を造っている可能性はある。防寒の一環で。

 あるいは私のいた山の村の人たちが元居た街か何かでは、ファッションが相当進んでいる可能性は高い。あの村の箪笥にあったお洒落着は、凝ったデザインの物もあった。そう、村長さんの奥方の服には。

 

 この王国ではそんなものはいらない。すぐに汚れてしまうだけで、実用性もほぼ皆無。となれば、ないのも仕方がない。

 南で見た、農作業の女性たちはみんな長袖に長ズボンだった。実用的だよな。あれなら草などで怪我をすることもない。

 

 まあ、靴下もないと、靴の匂いがかなり酷い事になる訳だが、私は靴は出来るだけ洗っている。革靴はそうそう、洗えないのだが、中を水拭きで拭いて陰干しくらいはする。

 他の人たちがどうしているかは知らないが、匂い消しを使っているのかもしれない。

 

 まあ、匂いそのものは常在菌とその人の皮脂、汗、垢などにより、特定悪臭物質が生成されることによる。常在菌が元の世界と同じようにいるのなら、相当な悪臭になってるだろうし、そういう常在菌が極端に少ないのなら、あまり匂いが出ないのかもしれない。

 特にアグ・シメノス人は、そういうのが無いかもしれない。それくらい彼女らは普通の亜人とは違っているからだ。それに匂いに敏感な彼女たちが悪臭がするようなものを放置するのは考えられない。

 

 まあ、ここは異世界。元の世界と同じような常在菌が多数わさわさいると断言できる訳ではない。

 

 もし薄い靴下を作れたら、人気が出たりして売れたりするだろうか。それなら頑張ってデザインしてみるのだが。

 うーん。売れるかは怪しいな。

 現状私の裁縫で出来るようにするには、足の甲の形に縫うのではなく、膝のあたりから足首までにすればいいのか。とにかくゴムが無いのだ。細い紐、いやリボンで縛る形にしかできない。かなりお洒落に作った薄手のゲートルなら、私が考えている脚のお洒落に使えるのかもしれない。まあ、私の身長がこのままでは、どうにもならないと言えばそうなのだが。

 

 

 そんな事を考えていると、朝食の時間だった。

 扉にノックがあったのだ。扉の内鍵を開ける。

 マチルドがトレイに食事を載せて持ってきてくれた。

 

 普通なら扉の下を開けて置いていくだけなのに、どうしたのだろう。

 

 「おはようございます。マチルドさん」

 「おはようございます。マリーネお嬢様。お食事で御座います」

 

 うぐぐぐ。もはや毎度の事ながら、メイドらしい女性にお嬢様呼ばわりされると背中がもぞもぞする。

 

 「今日は何時もと、内容が違いますね」

 彼女は持ってきたトレイをテーブルに置いた。そのトレイに載っていたのは、何時ものような簡単な燻製肉とスープにやや硬いパンではなかった。

 

 「ご主人様から、今日の食事はお嬢様に宿の方の物をお出しするように、仰せ付かっています」

 「わかりました」

 そういって私は自分の椅子に座る。

 

 マチルドは、テーブルの上に皿をどんどん並べて、私の前にカトラリーを置いた。

 そして、彼女は私の斜め後ろに回って、立ったままだった。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 出されたのは、発酵パンと黄金色のスープ。野菜のシチュー。肉を焼いた薄切りには一緒に焼いたらしい野菜の薄切りが添えてある。そして果汁の飲み物。

 

 発酵パンは一次発酵させて、さらに砂糖を液糖にしたものを掛けて染み込ませ、その後焼いてあるものだ。

 たぶんこれは、手で千切ってバクバク食べていいものじゃなさそうだ。後ろでマチルドも見ているし。

 ナイフとフォークで小さく切って食べ、スープもスプーンでそっと掬って、そっと口に流し込む。

 

 ……

 

 パンは明らかに甘く味がついている。スープは魚醤と何かの肉と骨を煮込んで出したものだろうか。

 旨味が濃い。

 野菜のシチューっぽいやつ。魚醤ベースではあるのだが、野菜の味が出ている。

 

 肉は塩漬けではなかった。血抜きした肉を寝かせて、熟成が始まる辺りで捌いたものだろう。

 この肉と一緒に薄切りした謎の野菜が焼いてあって、一緒に食べるらしいので、これも小さく切って、ゆっくりと食べる。

 十分にいい味がする。

 というか、このレベルの焼肉は、この王都でもなかなか出るものではない。

 

 最後に果汁の生ジュースを飲んで終了。

 

 私は十分に堪能した。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。小さくお辞儀。

 

 私は振り向いて、マチルドに尋ねてみる。

 「大変、素晴らしい味でしたわ。これは、普通に出る食事では、ありませんわね?」

 「ご主人様が、マリーネお嬢様には一〇日間、ここの食事を出せていないので、朝出せる最高の物をと仰いまして、厨房に命じられまして出させたもので御座います」

 そういって、彼女は深いお辞儀をした。

 「わかりました。とてもいい食事で、私は満足しましたと、お伝え下さい」

 「はい」

 彼女は笑顔で、私の前にある皿などをトレイのほうに片付けた。

 「それでは、失礼いたします」

 彼女はお辞儀して、出て行った。

 

 さて。朝食を終えたがどうするか。

 

 その時、ふと自分の爪がだいぶ伸びているの気が付いた。

 細工箱のある方に行って、(やすり)を取り出し、削り始める。

 

 そうか。爪切りがないんだよなぁ。この異世界には。

 

 元の世界だって、爪切りが発明されたのは、一九世紀だった。

 

 遥か昔、紀元前の頃から爪は長いのはペン型のナイフとかで切り揃えて、場合によっては鑢で仕上げていた。女奴隷の爪はそうやって処理していたらしい。たぶん爪であれこれ抵抗出来ないようにする為である。

 

 U字型の鋏も古代ギリシア時代には作られていたのだが、これは羊毛刈り用だったらしい。X字型の鋏は洋鋏だが、これは鉛や針金、時には細いロープ等を切るのに使われていたらしく、爪切りに使おうという発想自体がなかったようだ。

 それ以降、爪はずっと小型のナイフで少しずつ切り取っていくのが普通だった。

 

 発明された鋏のような爪切りが日本に入って来たのは、ちょうど明治時代に入ったばかりの、文明開化の時代。高価なものなので庶民には縁が遠いものだった。

 

 芸妓の懐中道具として、国産の物が作られ、それは握りばさみだった。これで爪切り時間が劇的に短縮されて、彼女らの間で大流行し、それが一般にも普及した。

 それまでは、小刀で切って、爪磨(つまと)という砥石で仕上げていたという。江戸時代には爪を切る専用の小刀とそれを入れておく箱や、切った爪を入れる壺、さらには爪を磨いておくために使う砥石のための水を入れる器なども用意したという。

 

 梃子(てこ)の原理を使った折り畳み式となったのは、更にその後である。

 

 大正時代になって、欧米から伝わったのだ。しかし日本人は爪に関してはこだわりが強かったのだろう。何しろ小刀で切った後、砥石で爪を磨くことまでしている。

 それで爪切りはどんどん改良されていった。

 

 欧州で主流なのはずっとニッパー式だ。あとは洋鋏型。これは理由がある。巻き爪といったような変形爪が西洋人には多く、変形爪や足の爪を切るのに適しているニッパー式が愛用されていたために、他のがあまり普及しなかったのだ。

 

 日本では圧倒的に多いのはクリッパー型という、折り畳み出来る上下の刃で爪を挟んで切るタイプである。

 種類も多く、日本製のクリッパー型のいいやつと同等の性能を持つものは、世界でも特に英国のシェフィールド、ドイツのゾーリンゲンの物しかないというくらい日本の物は性能がいい。普段当たり前に使っているから、気が付かないのだが。作っている場所が、世界三S都市と呼ばれる、刃物の都市だ。日本の方は岐阜の関市だ。

 

 発明したのは英国と米国なのだが、この刃物に関しては日本の方が使い勝手と切れ味等を追及する職人がいたという事であろう。

 

 この異世界で折り畳み式を作るのは、やや難易度が高い。

 私が鍛冶で作るなら、ニッパー式だな。バネがなくても何とかなる。

 クリッパー型は、二枚の金属の内、ベースにする下の方の金属が僅かに反らせてあって、これが押し込んだ時に(たわ)んでくれないといけない。

 つまりバネ性のある硬い金属を作らなければならない。これは今の私には、ちょっとハードルが高い。

 

 板ばねを仕込んで、下側の金属が撓まないようにする方法も考えられるが、この場合梃子の根元になる部分と板の合わせ目の根元で二か所、可動部分が必要になる。そこを小さく、強度を保って作るのが大変なのだ。そう。ドリルもないし、高硬度の針金のようなものもないし。色々ない物ばかりなので、手作りできるかと考えると相当厳しい。

 

 ニッパー式なら、刃先と軸を頑張る必要はあるが、鋳物でもできる。可動部分は軸の一か所だけ。とはいえ、かなり精密な元型を作らねばならないが。軸の部分の出来次第で、刃の噛み合いが決まってしまうからだ。

 

 そんな事を考えながら、両手両足の爪を研ぎ終えた。

 爪切りか。これは何とか作ってみることにしよう。とはいえ、言うほど簡単ではないことは判っている。

 

 ……

 

 鑢を片付けていると、また扉にノックがあった。

 「どなた?」

 「マチルドです。マリーネお嬢様」

 なんだろうな。

 「どうぞ。鍵は掛けてありませんわ」

 

 マチルドはトレイを持って入って来た。

 「お嬢様。不用心ですわ」

 そういって、マチルドは振り返り、扉の内鍵をかけた。

 

 うーん。元の世界での話だが、私の感覚では、大きな家の下宿部屋で自分がいる時に内鍵を掛けた事って、割と集中して何かをやりたい時か、寝る時だけだったんだよな。

 まあ、理由はいろいろあるが、最大の理由はトイレが共同だったからだ。ここもそうだが。

 今回のは、洗濯の後戻って来て鍵は掛けているので、食事後の鍵を私が掛け忘れただけだが。

 

 「これからはきちんと、鍵をしますわ」

 そういって、笑顔を作っておく。

 「お茶をお持ちしました」

 「ホールト様からですか」

 「はい。こちらに、お出しするよう、仰せ付かって参りました」

 

 私は、自分の椅子に座った。

 マチルドは、テーブルに品のいいお皿と器を置いた。そこにポットからお茶を注ぐ。

 そして、もう一枚のお皿の上には、トレイに載ったバスケットからトングの様な物で、お菓子を掴んで置いた。

 「仕事で、暫く部屋を離れたのは、確かです。でもこんなにしてもらっていいのでしょうか」

 「ご主人様から、すこしゆっくりなさったら。という御提案で御座います。マリーネお嬢様」

 「はい。では、遠慮なくいただきます」

 

 うん。馥郁(ふくいく)たる香りが立ち上るお茶だ。監査官たちが飲んでいても不思議ではない薫り漂うお茶だった。

 

 「そういえば。マチルド・ヴュイヤールさんは、どちらの出身なのですか。コローナさんも同じ国かしら」

 彼女は一瞬固まったように見えた。

 訊いてはいけない事だったのだろうか。

 

 「私の……国は…… ストレーム王国と言います。コローナも同じ国です」

 彼女の声は普段よりずっと小さい。

 「私は、昔の、記憶がないから、その国が、どこにあるのかも、判らないわ」

 そういいながら、私はお茶を飲んだ。この紅茶の渋みは抑えめで、やや柑橘が加えてある。

 

 「マリーネお嬢様。ストレーム王国は、ここからずっとずっと東で御座います」

 「私が知っている東の国というと、オルトガルト国ですわ」

 あのオセダールの所の傭兵隊長の出身国だ。

 

 「マリーネお嬢様。ストレーム王国は、そのオルトガルト王国のすぐ北にあるのでございます」

 「まあ」

 「ストレーム王国はとても小さい王国で御座います。北西には山脈が。すぐ東は海で御座います。そして南にはお嬢様が仰ったオルトガルト王国が御座います」

 「どんな王国、なのかしら」

 「ストレーム王国は、昔から貿易で栄えている港町を中心にした王国で御座います。マリーネお嬢様」

 おやおや、思っても見なかったが海運国家があるのか。

 

 「海運で、貿易を?」

 「はい。ストレーム王国から北側の海はそれほど荒れていません。北西に大きくへこんだ湾になっています。そこを通って北にあるガイスベント王国や、更に北のガーンゾーヴァ王国、そして北東にある大きな島国のマーシリンド王国との交易が御座います」

 「貿易国家、なのね。私には、想像することすら、できないけれど」

 そういうと彼女が少し微笑んだ。

 「この王国の南の隊商道は、ずっとずっといくと、沢山の国を通って、終着点が私の祖国、ストレーム王国なのです。マリーネお嬢様」

 「ホールト夫人が、私の、服の布地を、見て、この布は、ラタニエ島の、特産、そう仰いました。その島は、ご存じですの?」

 「ラタニエ島は……ガイスベント王国の東にある少し横に細長い島で御座います。マリーネお嬢様」

 「そこに、住んでいる、人々は、どんな人です?」

 「その。お嬢様とはまったく頭の部分が異なって……。その。角があるのです。一本の方と二本の方がいらっしゃいます」

 

 ! 声を上げないように、抑えるのが精いっぱいだった。

 とうとう、ついに。ついにだ。あの村人と村長らしき貴族がどこから来たのか、分かったという事か。

 

 ……

 

 「お嬢様。どうなさいました?」

 私の内心の驚きが、顔に出てしまっていたのか。

 「この王国では、見かけないですわね。そういう、方々は」

 そういうのがやっとだ。

 

 「あの島の方々は、とても閉鎖的だと聞いていますわ。他の国には、滅多に出ないそうです。ただ、ガイスベント王国の庇護を受けておりますれば、ガイスベント王国の方に行かれる方々はいらっしゃるという事です。マリーネお嬢様」

 「わかりました。少なくとも、私の出身国がその近くなのかもしれない、という事ですわね」

 「マーシリンド王国は、人族の王国なのですけど、マリーネお嬢様はもしかしたら、そちらの方かもしれませんわ」

 マチルドはそういって微笑んだ。

 「でも、この王国の、監査官の方々は、私を、人族とは、言いませんでしたわ」

 「ええ。それは、勿論そうだと思いますわ。だって、お嬢様の指は()()ですもの」

 

 !

 

 「え。と言う事は、人族は、指の数が、違うのですか」

 「ええ。人族の方々は、指が()()()()()()()ですわ。耳はお嬢様と同じように短いのですけど、もう少し丸くなっています。それと、成人の方々でも、人族は背が低いのです」

 彼女は微笑んでいた。

 「そう、だったのですね」

 そういうのがやっとだ。

 

 人族が六本指。そうか。亜人たちは五本指なのに。それで、あの王国の作戦の報告で、リーゼロンデ特務武官が、言ったのだ。

 あの魔獣使い兼魔法使いの男は『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と。

 あの時の男は、亜人と同じ背格好で五本指だったし、耳も長かった。典型的な姿だ。それで違和感を覚えなかったが、あれが六本指なら、私が見逃しているはずがない。剣も交えたし、あの男は手を振り上げて魔法も使っていたからだ。

 

 ……

 

 そうか。人族は身体的な特徴が異なると言う事か。残念な事に、この異世界に飛ばされた私を監獄にぶち込んだ王国の衛士や、拷問してきたあの太った男の指は見えなかった。暗かったしな。

 だからあの王国の人間は私と同じだと思っていた。背もそれほど高くなかったし。普通に、元の世界の人間と同じだと思っていたが、違ったらしい。

 

 六本指の人族と、そして角のある村人のいる島。

 

 私にとってはあまりにも衝撃的な内容が、マチルドの口から語られていた……。

 

 ……

 

 

 つづく

 

 マチルドの口から語られた、ガイスベント王国の位置と、あの山の村にいた人々の住んでいる場所、そして人族の事。

 長く探していた角のある亜人の住む場所がようやくわかった。そして、人族の事もやっと分かったのだった。

 

 次回 第三王都の南で討伐任務その後4

 お茶を愉しんだあとは、休みの日なので、あのショッピングセンターのような建物に向かってみる事にしたマリーネこと大谷。

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