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245 第20章 第三王都とベルベラディ 20-32 第三王都の南で討伐任務その後

 討伐隊は第三王都の冒険者ギルドへ帰還。そこで、少し支部長の挨拶のあと、解散。

 マリーネこと大谷は、無料の乗合馬車に乗ろうとして、大通りに出ていくのだが。

 

 245話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-32 第三王都の南で討伐任務に舞い込んだ討伐任務その後

 

 私が召集を受けて、ここに集合して出発してから一一日目にして、戻ってきた事になる。

 ほとんどは移動時間だ。速度のさほど早くない幌のついたアルパカ馬の荷馬車しか無いのだから、移動にかかる時間は如何ともし難いのである。

 任務そのものは二日で終わってしまったからだ。

 

 今回は、本当に運がよかったというべきだろう。

 カサマからマカマの間の街道掃除は、目的の魔獣が出てくれず、あの街道を何度も往復した。

 まあ、街道の魔獣掃除を兼ねていたので、ある程度は仕方がなかったのだが。

 

 ……

 

 第三王都のギルドに戻って、まず、三名の重傷者を治療師ギルドのほうに運んで行った。

 そして怪我人の五人も、続けて治療師ギルドのほうに荷馬車で向かわせたのだった。

 

 その指示が済むと、副支部長は奥に入っていき、支部長の部屋に行ったようだ。

 

 残った全員が広間に集合した。

 

 そこに支部長と副支部長が部屋から出てきた。

 「みな、楽にしてくれるか」

 しかし全員が横一列に並んだ。私は左端にいって壁際に並んでおいた。

 

 副支部長が支部長の横に並ぶ。支部長は両腕の掌を腰に当てた。

 「たった今、討伐隊の隊長である、リーナス・ヴァルデゴード副支部長より、報告を受けた。皆の者、ご苦労。全員、命を落とさなかった事こそが、もっとも重要な事だ。これより、全員、任務完了の書類に署名して、今日はもう戻って十分休んでもらいたい。今ここにいない、怪我人の分については、後ほど治療師ギルドの方にて、手続きを行う事になろう」

 支部長はここで一度、全員を見回した。

 

 「増援部隊も誠に、ご苦労であった。そなたたちの活躍も目覚ましく、無事討伐完了となった事は、誠にもって感謝の意に堪えない。詳細報告はこれより、副支部長と副支部長補佐のマウリッツ・アーレンバリより聞かせて貰う事となろう。今回の報酬はこれより検討する事になる故、後日、それぞれの代用通貨を持参して、ここに来て貰いたい。儂からは以上である」

 よく響く、低音声だった。

 

 全員が深いお辞儀。その時、事務方の男性がだいぶ出て来て、後ろで拍手していた。

 見たことのない人がだいぶいるな。二〇人位か? まあ、この支部は大所帯だ。トドマやカサマとは全く違うな。

 

 副支部長が前に出た。彼は右手を顎から口に押し当てて、一度咳払いした。そして両手を腰に当てる。

 「支部長からのお言葉も頂いた。皆、ご苦労。では、署名した者から、帰っていいぞ」

 

 全員がカウンターの方に向かった。列が四つ出来上がる。今回は一〇人程なので、すぐ順番は回ってきた。

 私も何時もの様に署名する。今回の書類は、ライメルド討伐、増援任務と書かれているが、討伐した魔物の名前と回収した遺物など、一切が空欄になっていた。珍しいな。というか、初めての事だった。

 

 「では、みなさま、ごきげんよう」

 私はお辞儀して大きな鉄剣がついているリュックを背負う。

 そして、冒険者ギルドを出た。

 さて、どうするかな。これから王都の中の巡回馬車に乗って戻っても、夕食に間に合うのだろうか。

 まあ、戻って間に合わないのなら、近くの食堂に行けばいいか。

 そう考えて、大きな道路にでていく。

 

 巡回馬車はまだ来ないらしい。

 馬車を待つ間に今回の任務の事を考えた。

 

 まあ、今回はそれなりに魔獣を斃したが、参加人数も多いし。私が副長だったとはいえ、『増援部隊』の、副長だ。配分は全て支部長と副支部長の胸三寸(むねさんずん)か。まあ、悪いようにはしないと言っていたし、そこそこの金額が出るんだろう。

 

 初日はゲネスが六頭だった。それから腕が伸びたり、硬くなったりするメルイヌエが二頭だ。一頭は逃げた。

 あとはガギゥエルが六頭か? 私が斃せたのはたぶん、ダガーを投げて斃した奴だけだな。で、一頭が毒の球を撃って来て、私が剣に当ててしまったわけだ。まあ後ろの四人に被害が出なかったのだから、あれしかなかったともいえる。

 あの時に弓の人がそいつを斃したが、他の二頭は逃げたんだな。まあ、殆ど弓の二人の活躍だな。

 

 で、二日目に、あの待ち伏せしていたゲダゥニルだな。溶ける、麻痺の毒入りの球を打ち出してきた奴。あれも弓の人が正確に眉間を撃ち抜いている。ルルツの腕前はかなりのものだ。

 でライメルドが五頭だな。私が斃せたのは何頭なのか。覚えている限りでは二頭だが、最初の一頭は、ギリギリ致命傷を与えられず、副支部長が斃している。飛んで襲ってきた奴が私の斃した成果だな。

 

 あとはグルイオネスが八頭いたが、私はあの時ライメルドで手一杯。あれは、弓師の二人の手柄だな。いや、前衛の人たちも斃しているのかもしれない。私が空中に攫われた後は見えていないから、どうなったのかは判らない。

 

 まあ、そうなると、そこそこ魔石と遺物は回収出来た筈だな。恐らく、今回参加した人たちのボーナスになるのだろう。

 増援と言う事で、既に何らかの金額でオファーされているはずだから、魔獣たちの遺物の買い上げ金額は、みんなで山分けだ。

 

 私はそのオファーの金額や、条件は殆ど何も聞かされていない。

 私が増援部隊の副長だというのと、弓師二人と盾持ち前衛三人、独立治療師をいれて、すぐに出発という慌ただしさだったからなぁ。

 全く、クリステンセン支部長も人使いが荒い。まあ、こういう無茶振りの任務も金階級の仕事なんだろう。カサマの仕事も無茶振りだったといえば、そうだよな。あの時も、金額知らないし、斃すべき魔獣を聞いただけだ。私は思わず苦笑した。

 

 暫く考え事をしながら巡回馬車を待っている私の所に、係官が走ってやってきた。彼は肩で息をしている。よほど慌てて走ってきたのだろう。

 何だろうな。

 

 「こ、こちらに、居られましたか。ヴィンセント殿」

 「慌てて、何かしら。こんにちは。係官殿」

 もう夕方だが、まだこんばんはというには早い時間だ。私は笑顔のまま軽くお辞儀をした。

 

 「申し遅れました。申し訳ございません。私はマルケイブ。レスリー・マルケイブと言います。ヴィンセント殿」

 「はい。それで、どうなさったのです。マルケイブ係官殿」

 「支部長と副支部長が、貴女様をそのまま帰しては申し訳ない、食事を、と言う事です」

 「あら、まあ」

 

 あー。副支部長が、支部長に何か吹き込んだのだろうか。任務完了の打ち上げパーティーにでも出ろというのか。

 うーむ。ちょっと面倒臭いなと感じている自分がいるのだが、それは表には出さないよう、にこにこ笑顔だ。

 

 「ええ。こんな姿でいいのかしら。荷物も背負ったままですけど」

 「軽く、夕食を一緒に、という事です。今回の任務の成功を祝う宴は別に用意すると伺っています」

 そう来ましたか。

 まあ、断るのもなんだ。

 

 「分かりました。ギルドの、本館に戻れば、いいのかしら」

 「いえ。食事場所は、すぐ近くでございます。私に付いて来てください」

 「分かりましたわ」

 

 まあ、夕食をどうするか、迷っていたところだし、ここはありがたく受けておこう。

 

 ついていくと、私が以前泊まった宿の入り口前に来た。

 

 「ここは『ルトラント・ルガスロー』ですね。マルケイブ係官殿」

 私は看板も見ずにそう言った。

 

 「ヴィンセント殿はここはご存じでしたか」

 「はい。以前、ここに、泊まりましたので、知っています。料理の、とても、おいしい宿でしたわ」

 マルケイブ係官はそれを聞くと笑顔だった。

 

 「ささ。中にどうぞ。支部長がお待ちでございます」

 促されて中に入る。

 

 係官が右手を上げると、あの時の受けつけの男性が深いお辞儀で迎えてくれた。

 係官はどんどん中に入っていく。

 

 分厚い扉を彼が開けると、中はこじんまりとした部屋だった。しかし、決して安っぽい部屋ではない。

 あちこちに置かれた調度品とシャンデリアのような照明が、この部屋がかなりの高級部屋であることを主張していた。

 

 そこにあるテーブルにセットされた座席には、既にクリステンセン支部長とヴァルデゴード副支部長が座っていた。

 「ようこそ。ヴィンセント殿」

 私は、リュックを降ろした。

 右手を胸に当てる。

 「お招きいただきまして、光栄に存じます」

 そこで、スカートの端を掴んで、少しだけ持ち上げてから右足を引いて、軽くお辞儀をした。

 

 ヴァルデゴード副支部長が立ちあがって、態々、私の席を引いてからクッションを二つ置いた。

 「さあ、どうぞ。ヴィンセント殿」

 「ありがとうございます」

 私はその席に座った。

 

 うーん。なんだろうな。

 

 するとクリステンセン支部長が。

 「今回の任務は、貴女の働きであっという間に終わったと、ヴァルデゴードから聞いた。その貴女をすぐに帰しては、儂の沽券(こけん)に関わる。そういうことだ」

 「任務ですし、出来るだけ、早く終われば、皆様の、負担も、最小で御座います。私としては、いつも通り、なのですわ」

 そういって、右手を胸に当ててから軽くお辞儀をした。

 

 「だそうだ。ヴァルデゴードよ」

 「いや。あれが普通でいつも通りとは、とても思えないんだ」

 そういう彼の顔が少しだけ、歪んだ。

 

 「まあ、それより今日は、彼女に美味しい食事も味わっていただこうではないか。ヴァルデゴードよ」

 そこへ、知らない男性が入ってきた。かなり仕立てのいい、紳士然とした服を身にまとっている。背がすっと伸びているが、顔を見る限りは年配だ。

 

 「クリステンセン殿。今宵は、当宿の食堂をご指名頂き、光栄至極に存じます」

 いきなり、その男性が腕を胸に当てると、深いお辞儀をした。

 

 「ハーゲンゴードン殿。まさか、支配人のそなたがこの席に来るとは思わなんだ」

 「いやいや。冒険者ギルドの支部長殿が、ここに来て頂けるなど、滅多にない事で御座います」

 「今日は、そこに座っているヴィンセント殿と共に少し美味しい食事をしたく、ここを指名させて頂いた次第。早速だが、持ってきて貰えるだろうか。スガル殿」

 そういってクリステンセンが私を指差して笑顔を見せた。

 

 今、支部長はスガル殿と言っていたが、たぶんこの男の名前の方だな。名前で呼び合える程度には、親しいと言う事だ。

 私はとにかく笑顔を維持するわけだが、これはこれで結構神経を使う。

 

 「早速、持ってこさせましょう」

 そういうと彼は振り返り、扉の外に半身を出し、小さく拍手を二回した。

 すると、黒服の男がやって来て、何かの命令を聞いていた。

 「御意」

 やってきた男がそういって、どこかに去った。

 「料理は直ぐにでも持ってこさせましょう。その前に飲み物をお出ししますぞ」

 

 やれやれ。またしても社交の混じった食事だろうか。

 何故だろうな。この異世界のこの王国では、どういう訳か宿の支配人が社交的会食を好む傾向にあるらしい。

 うーむ。

 

 そうこうしていると、四人分の飲み物が運ばれてきた。

 どうやら、この支配人も席に着くらしい。

 黒服の男が、支部長、副支部長、私の前にそれぞれ飲み物を置いた。最後に支配人の前だ。

 深いお辞儀をして、黒服男は下がった。

 

 「それでは、ヴィンセント殿の武運を祝って、乾杯」

 そういったのは、副支部長だった。そうか。任務完了の祝いは別にやるんだったな。

 「乾杯」

 全員がグラスの器を宙に捧げる。私は他の三人の動作に合わせているだけだが。

 

 「それにしても、ヘイデン殿。随分と珍しい事をしなさいますな?」

 ハーゲンゴードンと呼ばれていた、この宿の支配人が支部長に話しかけてきた。

 

 「まあ、儂が現場を見た訳ではないのだが、ここにいるヴァルデゴードがその現場を直接見たという。極めて信じ難い勇敢さを、このヴィンセント殿が見せたそうだ。それによって今回、難敵でもあった魔物の討伐が素早く終わった。そこで彼女の武運を祝おうという訳だ」

 「アレを見てしまったら、ケンブルクが軽くあしらわれたという話も、納得がいくというものです。支部長」

 「それはそれは。見かけは全くあてにならない。と言う事ですな。ヘイデン殿」

 右斜め横に座っている、支配人がやたらと笑顔で、支部長たちと会話している。

 「如何(いか)にも」

 支部長もこれまた、重々しく頷いたりして、芝居がかっているんじゃないのか。

 

 そんな会話をしながら、三人はどうやらワインのような物を飲んでいる。

 私に出されたのは、当然の事ながら、生果汁である。とはいえ、透き通るような果汁である。

 やや甘酸っぱいような、それでいて舌に残らない、爽やかな飲み口だった。

 

 そうしていると、まずは前菜か。

 前菜は、何やら野菜の茹でたものに、魚醤をベースにしたドレッシングが掛かっている。その中にはどうやら、香りからして甘酢が入っている。

 そして、冷えているスープだ。

 

 「それにしても、その『極めて信じ難い勇敢さ』とは、どんなものだったのでしょうな」

 支配人はそういうと、優雅な手つきで野菜を切り、口に運んだ。

 

 私はまず手を合わせる。

 「いただきます」

 

 そして、野菜を食べていると、副支部長のヴァルデゴードが、口を開いた。

 

 「彼女が見せた信じ難いものはいくつかありますが。その一つが、ゲダゥニルという魔物が口から吐き出す危険な球を、彼女は極めて近くで避けたのです。自分から近寄って行って、そして恐ろしく高速のそれを、見切って避けた。たぶん、……あれが出来る支部員はこの王都にはまずいないと言えます」

 「ほほぅ」

 支配人のハーゲンゴードンが副支部長の言葉を聞いて、感嘆の声を上げた。

 

 「当たれば、間違いなく、即死ですよ」

 副支部長が、前菜を食べながらそう言った。

 

 私としては、あまりあの辺の話を出されてもなぁ。とは思っていたが、ここは場の流れに任せるしかない。

 

 「恐らく、ヴィンセント殿は、避けられるという絶対の確信があっての行動でしょう」

 副支部長が、付け加えた。

 

 困ったなぁ。この場では『まぐれです』等と言って誤魔化す事も出来ないだろう。あれは見切りの目と躱しの動きが一体化している私の体術の一環だ。勿論、優遇があるのだろう。あの速さで動けるのだから。

 たぶん、あれは体術の優れた支部長でもやれるとは思うが、ここでその話をしてもしょうがない。

 

 「もう一つは、今回の討伐対象だったライメルドとの戦いです。彼女に襲い掛かる魔獣を彼女は完全に見切って、攻撃を躱して一体斃しました。その時にもう一体が彼女の体を掴んで、空中に連れて行ったのですが、それも空中で彼女は魔獣を大きく傷つけて、離脱。魔獣は墜落して瀕死。彼女は地面に落下する際にも、あの大きな剣を地面に刺して、無事着地するという離れ業を見せました。あんな事が出来る支部員はいませんよ」

 ヴァルデゴードは、私のリュックの後ろに結び付けてある鉄剣を指さした。


 「支部長。何故、彼女の階級は金二階級のままなんですかね? あれは絶対に三階級でもおかしくない。いや、その上かもしれない」

 「まあ、リーナスよ。その辺りは、監査官たちの考えもあるのだ。儂からは推薦は出せても、それ以上はな」

 そういって、支部長は前菜をつついていた。

 おや。第三王都の支部長ですら、自由に金三階級にする事が出来ないのか。どういう事だろうな。

 金三階級以上となると、なにか特別な規則とか、あるのかもしれない。私はそんな事も当然なのだが、知らないのだ。

 

 ……

 

 たぶん、支部長は何か、野菜ぢゃない物を食べたいのだろう。それを察したのか、支配人のハーゲンゴードンが拍手を二回。

 扉の外で控えていたのだろう、黒服が静かに入って来た。

 「次の出しておくれ」

 「御意」

 黒服の男が下がると、暫くして料理が来た。もう待機していたのだろう。

 

 大きな車輪のついたワゴンの上には、大きな金属製の皿が載っていて、それにはこれまた大きな蓋が乗せられていたが、それが取り除かれると、そこには焼いたらしい巨大な肉の塊が載せられていた。

 

 黒服男は、大きな皿の横にあるポットの蓋を取って、中の液体を肉に掛けた。

 更には肉を切り分ける。肉は全部で四等分にされた。

 

 黒服はワゴンの下の段にあった皿を取り出し、肉を乗せると、各自の前に並べて置かれ、ナイフとフォークといったカトラリーも皿の手前に置かれた。

 

 かなり厚切りされた、いい匂いのする旨そうな肉だ。

 勿論、どんな獣の肉なのかは判らない。驚くべき事は、この巨大な肉の塊の中にまで火が通っている事だな。

 表面を炭にすることなく、中にまで火を通すのは短時間では出来ない事だろう。つまり、この肉は支部長がここを予約する前から焼いていないと、これは出来ないと言う事だ。

 普段から、こういう需要に対応できるようにしているのか、あるいは……。私にはそれをどうやるのか想像もつかないが、魔道具か魔法で可能なのかもしれない。

 

 たっぷりある肉をどんどん切り始めたのは、副支部長のヴァルデゴードだった。しかし支部長も負けていない。どんどん切っては、口に放り込んでいる。副支部長が大食漢なのは、今回の任務の食事シーンで納得なのだが、実は支部長もそうだったのか。

 

 私は流石に、ああいう食べ方はしたこともない。ゆっくり切って、少しづつ食べる事にした。

 支配人は、それを眺めて、自分の前の肉を三等分してから、二つをそれぞれ、支部長と、副支部長の皿に載せた。

 

 「おお、すまんな。スガル殿」

 支部長はそういったが、副支部長はもう、一心不乱にソースを塗りたくっては肉を食べる事に集中していた。

 

 ああ。あのお茶会で副支部長は食べる事と剣技にしか、興味がないとかなんとか、独立治療師の方が言っていたが、これを見せつけられると、あながち冗談でもないのか。

 支部長もどんどん肉を食べている。

 

 肉の味は、この透明なソース? の味も混ざっていて、複雑な肉の旨味を形成していた。

 冷えたスープもこれまた、魚醤味だけではない、色んな旨味が入っている。このスープ一つでも、相当な手間がかかっているのが伺える。

 

 流石にがつがつ食べるのは、こういう場ではできない。それで私の前にある肉は、少しずつしか減っていかないが、支部長たちはもう食べきってしまったらしく、スープを飲んでいた。

 支配人は、何故かやたらと笑顔である。

 

 「失礼」

 支配人は席を立ち、扉を開けて、そこで拍手を二回。すぐ近くに控えていたのであろう、黒服の男がやってきた。

 「次もお出ししなさい」

 「御意」

 黒服男はさっと、姿を消した。

 

 次に運ばれてきたのは、巨大な淡水魚の塩釜焼。

 それは言ってみれば、体長一・五メートルはあろう草魚のような姿。それが大量の塩で包まれている。

 これは……。確かマカマのあの高級宿でも二日目に出された料理ではないか。

 大きさは、こっちの方がはるかに大きい。つまりは、使っている塩の量も、相当なものである。

 

 魚は内臓が取り除かれていたが、頭は付いたままだ。

 そこで黒服男が、塩釜を割って、まず塩をどけた。そして身を切っては皿にとり、そこに何やら液体をかけた。

 そして、肉を食べ終えた皿を回収して、そこに魚の切り身が載せられた皿を置いていく。

 

 液体は、透明な臭いもしない魚醤と甘酢。それをたっぷりと掛けてあった。

 皮はそのままだから、塩が中に浸透するのをかなり防いでいて、塩辛くはなっていない。魚の旨味が引き出されていた。

 そこに、この魚醤と甘酢で作ったドレッシングが掛けられている訳だ。

 この魚の身は、臭みの一切しない白身。どうにかして、臭みを抜いているのかもしれない。

 

 副支部長はまた、どんどん食べていく。この人の胃袋は底なしか。超絶イケメンなのに、唯一の欠点が大食漢と。で、女性陣から言わせれば『女に興味なし』の方が、最大の欠点という。

 まあ、あの階級になる人は、何かしら、どこか人とは違う、欠落しているものがあるという事だったが、副支部長はそういう部分が欠落に当たるのか。

 支部長も負けず劣らず食べていく。この二人の大食いを見ていると、もうそれだけでこっちもお腹いっぱいになりそうだ。

 なにしろこの二人で、この大きな魚の身を殆ど平らげてしまったのである。

 

 ……

 

 そこで一回、飲み物が出された。

 私には果汁だが、彼らにはたぶんワインのようなお酒だ。

 

 そのあとは、一度カットフルーツが出された。

 まあ、食休めしろと、そういう事だろう。

 

 そして、再び料理が出される。

 何かの獣肉なのだが、今までに味わったことがない。強烈な赤みの肉。いや焼けているので茶色に近い。そこに何かのソースがかかっている。

 これは、元はぱさぱさした食感であろうが、掛かっているソースと相まって旨味は濃い。

 

 「色々思うところはありますが、(いしゆみ)部隊を、王国の軍団に要請してもおかしくない事態でしたよ。今回の事件は」

 そういって、副支部長は肉をどんどん食べていく。支部長も負けていない。

 

 「今回、ヴィンセント殿が行っても、解決しなかったのなら、そのようにするしかなかろう。それは支部としての評価を著しく下げるであろうが、犠牲がこれ以上大きくなるのであれば已むを得まい」

 支部長がそういってまた肉を食べている。

 

 私にはよく分からないが、余りにも危険な場合は、軍団に出動を要請できるという事だろうか。

 まあ、ここ王都に限っての話かもしれない。

 それにしても、二人はよく食べるな。

 

 「さあ、ここで難しい話は無しに致しましょう」

 支配人はそういうと、また拍手を二回。黒服の男がやって来た。

 

 宴というのか、支部長たちの料理の大食いはまだ続く。

 

 

 つづく

 

 支部長が副支部長も交えて、マリーネこと大谷と食事をしようということだった。

 宿の支配人も交えて、食事会となったのであった。

 

 次回 第三王都の南で討伐任務その後2

 鳥の肉も出て来て、食事会は続く。

 その時に支部長は、副支部長にマリーネこと大谷と剣を交えてみないかと提案するのだが……。

 

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